来月には七夕がありますね。
あれから一年が経とうとしている。
昨年、とある神社に参拝した時のことだった。
七夕の短冊にこんな内容があった。
「ママと里奈ちゃんと健斗くんで楽しく暮らしたい」
一見すると平凡な願い事なんだけど、よくよく考えてみると、まったく別の見方もできる。
文学的な読み方は面白いね。行間を読むとは、こういうことなのかもしれない。
自分のアドバイスが他人の文章に貢献したということに自分の存在価値を妄念のように執着している人
飼い猫ちゃりりんとは。
自分のアドバイスが他人の文章の向上に貢献したということに自分の存在価値を妄念のように執着している人。
飼い猫ちゃりりんさまは──
トリックスターになりたいひとなんだと私は解釈しています
>同じですよ
「ご自身の立場を安全圏に置き、
無責任に他者の作品を評価する」
作品に対する酷評はありだと思います。
酷評をしていはないけないとお考えですか?
>つまり安全圏から
石をお投げになっているだけです。
それはすべてのユーザーさんと同じ条件ですよ。
余程のことを言わない限り、逮捕されることも裁判になることもないでしょうからね。
ちなみに、僕の作品は現在の時間で、6面、7面、8面にあります。
よく確認してから主張した方がいいですよ。
同じですよ
「このサイトでの活動」は
偏差値さんの活動そのものとは無関係です。
このサイトで作品を出さず、
他参加者の作品について評価なさるなら
偏差値さんの評価は
「ご自身の立場を安全圏に置き、
無責任に他者の作品を評価する」
です。
つまり安全圏から
石をお投げになっているだけです。
鍛錬とは……。
わりと身近なところにも落ちています。
たとえば、
>素朴な疑問です。
>飼い猫さんはなにがしたいんですか?
ここで
飼い猫さんはなに「を」したいんですか?
に変えたらどうだろうか。どう違うのか。そういうものを考えることも鍛錬です。
些細なことではあるけれど、面白いですね。
>「自分は鍛錬から降りるけど、 他者の作品を無責任にこき下ろしたい」
これは違うかな。
ここで投稿しないだけで書いてはいるのですよ。
そういう人も多いのではないかな。
未投稿作品も多いですよ。
偏差値さんは
他ユーザを疲弊させないことを除けば
飼い猫ちゃりりんさんと同類ですよね。
「自分は鍛錬から降りるけど、
他者の作品を無責任にこき下ろしたい」
という。
鍛錬から降りると
こうも粗雑に発言できるんだな、と
日々感心しています。
まあ、面白いね。
飼い猫ちゃりりん氏。
「タカダ様。飼い猫はこの作品が好きです。愛していると言ってもいい。だからこそ、この作品が気の毒でならない。」
タカダ氏
「怖えーつーの。もう、ごはん!から離れます。」
人の感覚は人それぞれだけど、「怖い」というより、個人的には「気持ち悪い」という感じかな。
いずれにせよ、勝手に来て勝手に去っていく。よくあるパターンなので、なんとも思わないけれど。
とはいえ、その程度の言葉で去っていくということは、
もしかしたら、かつて暴言氏が複数名存在したことがあるので、このサイトを疲弊させる原因だったのかもしれないですね。
彼らに比べたら、猫さんはやさしい部類ですからね。
とにかく、他人から何を言われても気にしないことがベストですね。
ちなみに、ホメホメクラブは、米米CLUBのモジリですかね。どうでもいいけど。
↓のように
このアカウントとまともに対話をする意義はありません。
批判する価値すらない、とご認識なされるのが良いかと思います。
要は「反応さえもらえれば、その内容なんてなんでもいい」んです。