作家でごはん!伝言板
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そもそも気になるのは

群青ニブンノイチ

あなたのねじ曲がった魂胆が駄々洩れているその感じであって、とても“小説”なり“文章”といったおハナシが出来そうな印象も必要も感じませんし、そもそもあなたがとても古臭い着眼と理解で文章やら作品を練り上げる人であることはかねてからうっとうしく知り尽くしているのでやり取りすること自体が馬鹿馬鹿しく無意味でしかありませんので、ハア? と。

あなたの苛立ちは、あたしには関係ないですし、けっきょく悪口が言いたいだけの文脈に堕ちているあたり、恥ずかしくないですか? センパイ。
ラピスさんを気の毒に思って鼻の下伸ばしますか?


って、ムカつきましたか?
あなたはつまりそういった魂胆をあたしにぶつけて返り討ちに遭ってしまうだけのことですし、存在の仕方がそもそも小説的でなくて全然魅力がありません。
同類じゃないので近寄らないでください。


箇条書きですか?

ここに何しに来てるんですか?
あなたの文章、お行儀よろしいらしくつまんないですよ、日暮と茶でも啜っていてください。
あたしがラピスさんにだけ言ってると思っているつもりなら、文盲甚だしいだけなので「すっこんでろ」ということ。
あたしが八連投して以来、馬鹿馬鹿しく繁盛を取り戻しつつある“鍛錬場”なる“小説”という苛立ちに正々堂々と参加する気力もない外野ディスが吐き散らす“言葉に不自由”とかウケますね。
あなたのようなショボい理論武装型の旧ザク文士気取りには少しも興味がないので近寄らないでください。
嗤い過ぎて腰が抜けそうですまじで。


言ってること、死ぬほどダサいですよ。


>前に「来年はプロになる」と言っていましたが、それも眉唾ものですね。貴方の作品を読んでもプロにはほど遠い。

詳しいんですね。
おっかないおっかない。

群青ニブンノイチ様

コウ

文字を書く目的を相手に何かを伝えることとするならば、誰がなんと言おうと貴方は文章が下手です。「“分かりにくい”文章を書こうなどという魂胆はこちらには微塵もない」らしいので、私には断言できますね。

例として、一文だけ解読してみましょう。

“分かりにくい”と感じるのはあなたの感想や理解の丈によることであって、あたしには関係のないハナシであるばかりか、“分かりやすく”出来そうであることをそうしないでいるものとして“愚かしい”と揶揄したがる主張はむしろこの場の目的を踏み外したらしいずいぶんとのどかな親切心かべき論ようにしか受け止められないので、単純に受け止めがたい意見のように個人的には感じさせられます。

書かれていることを分解すると、
①“分かりにくい”と感じるのは、あなたの感想(?)や理解の丈によることである。
②そんなことは私に関係ないし、わざとそうしている。
③それを“愚かしい”と主張することは、この場の目的を踏み外している。(?)
④私にはずいぶんとのどかな親切心か、べき論(の)ようにしか受け止められない。

随分と無駄な言葉が多いとは思いませんか?
箇条書きの方がずっと相手に伝わる。

下手な文章の典型【その1】一文が長すぎる。
【その2】主語と述語が一致していない。
【その3】詰め込みすぎ。
【その4】論理破たんを起こしている。(前後の文章に論理的つながりがない)
【その5】読み手を意識していない。
【その6】脱字および統一性(あたしなの? 私なの?)
全ての当て嵌まる見事な文章です。

貴方はご自分で口の悪いと言っていますが、私から見れば言葉に不自由なだけですよ。文章力とは、「正しい情報をわかりやすく伝える技術」もしくは「文章を読んだ人が書いてある内容をスッキリと理解できるようにする力」です。まずは、誰にもわかる文章を書けるようになる。偉そうに言うのは、それからだと思います。
題名についても他の人の「無題」と書かれた投稿に対して、無能と蔑んでいたことをおぼえています。ご自分のは恥ずかしくないのですか?

前に「来年はプロになる」と言っていましたが、それも眉唾ものですね。貴方の作品を読んでもプロにはほど遠い。それなのに、その上から目線の自信はどこから来るものなのでしょうか? よろしければ、教えてください。

無題

群青ニブンノイチ

“分かりにくい”と感じるのはあなたの感想や理解の丈によることであって、あたしには関係のないハナシであるばかりか、“分かりやすく”出来そうであることをそうしないでいるものとして“愚かしい”と揶揄したがる主張はむしろこの場の目的を踏み外したらしいずいぶんとのどかな親切心かべき論ようにしか受け止められないので、単純に受け止めがたい意見のように個人的には感じさせられます。

“分かりにくい”文章を書こうなどという魂胆はこちらには微塵もなく、むしろそうでなければ伝わらないものとしか思えないつもりで書いていますので、この場の嘘臭い体裁の威を借るなら、つまりそれがあたしなりの“作家性”という裏切りがたい言葉選びであり文章という表現のはずなので、“分かりやすく”といった要求に応えるべきと言いたがるらしい批判めいた指摘はむしろこの場の嘘臭い体裁に従うとするならずいぶんとまぬけな主張と受け止められなくもない気がするのですが、どうなのでしょうか。
目に見える部分ばかりが、言葉ですか。

ちなみに、それが書き手としての“あなた”という“分かりやすさ”なるものに直結する案外見過ごせそうにない“文章”というハナシに他ならない気がしないでもないのですが、例えばそのあたり、書きたがるあなた自身に対するあなたの油断のようなものに思い当たる節はありませんか。

“分かりづらい”かもしれませんが、先にあたしが申し上げた“愚かしい”といった意図は、案外文脈ばかりに縛られない程度の意図は含めたものであるつもりでいるので、確かに“分かりづらい”との感想は分からなくもありません。
ですから、その感想に対して丁寧に寄り添うべきとはあんまり考えるタチでもないことも、お分かりいただけなくていいと思ってしまうことすらも意図であることを恐らくお分かりいただけないでしょうことも承知しています。


>感想欄については「読める人と読めてない人がいるな」との見方です。それは恐らく、あなたや私だけでなく、他の方々だって各々感じている思いでしょう。
素人集団なので、正解がどれとは断言できないんじゃないでしょうか?


とても人が良い方であることは分かっているので腹を立てずにいて欲しいのですが、要するにあたしが言っているのはそういうことではない、というそのすれ違いをこのご返信が証明してしまう文章という特性もあるということを、あるいはそういった傾きの中でこそ文章を扱いたい種類の人間もいることを分からなくてもいいので知っておいて欲しい気はしています。
先ほど“油断のようなものに思い当たる節はありませんか。”と尋ねたのはあるいはそういった意味こそを意識したものであるつもりなのですが、“分からない”から伝わらないのだと思いますし、それは目的に対する効率とか要領のようなハナシでしかないとは思うのですが、口の悪いあたしのような人間はそういった様子であることをときに“まぬけ”などと表現しがちだったりするところがあるという身もフタもないハナシです。

感想を感想としてしか述べられないなら、それはただ読めていないだけ、目的を理解していないだけだとしか個人的には思えないということを言っています。
読めなければ書けません、というのは各々についてのことで、それは書きたがる自身をプロデュースする能力と感性という問題意識に他ならないということ。
松岡がまた熱心に徘徊していますが、読めない上にセンスもないけれど、反面教師的滑稽さにだけは長けているのも一つの才能とかキャラクターだと思って遠巻きに眺めて嗤うばかりなのですが、例えばたぶん、あなたよりはある意味効果的ではあるはず、という下卑た感情が誰にも通じてしまいがちであることを客観的にご存じですか。

個人的にはそういった効果こそを嫌うタチのもので、つまり“分かりにくい”のはレベルの差としてごく個人的にはむしろ誇示して然るべきものとズルく考えるものですし、分からないレベルに対して歩み寄ることに例えば表現というモチベーションは一体どうして存在し得る、温め続けられるものとお考えですか。
個人的には目的が違うような気がするのですが、どうなのでしょうか。

ご返信にあるように、“正解”を断言できることに価値を求めたがるのであれば、万が一にもこういった趣味にはあまり向いていないのではないかといった適正問題のようなものもなくはなさそうな気もしますし、少なくともあたし個人としてはむしろ正しさのようなことを裏切らずにはいられないタチなものですからやはり、“分かりにくい”ことはむしろ本性として存在し得るものとして扱いたい気がしてしまいます。
少なくとも、“正解”には興味がありません。
下手糞だなあ、読めてねえなあ、とそのまぬけさを正当に見下さなければ、あたし自身の見苦しい誤解にすら辿り着けそうな気がしません。

やはり、“あなたが思い付きがちなことは何だか、的外れのような気がして仕方がない”というのが、例えばあたしの“分かりにくさ”というあなたにとっての“正解”ということなのではないでしょうか。

ご納得いただけなくてももちろん構いません。

秋里さま

ラピス

最終選考は大抵、偉い作家さん方がやるので、一次や二次選考の話だと思ったのです。が、あやふやですね。
本人にインタビューしてみないとハッキリしません。
文学賞はそれぞれレベルや、求める傾向が違います。だから、一括りにして語れませんね。

〉一次通過ができないのは、個性が強すぎる作品。
 読者が何を欲しているかを考える。
 予選通過できない人は個性を抑えることが大切。

〉一次、二次通過できるのは、読者に寄り添えている作品。
 基本ができている。
 自己PRが充分にできていない。

なるほどですね。ただ、賞によっては疑問に思う作品も上がってますやね。
一次は、たった一人の下読みさんが選別するから、運もあるのじゃないでしょうか。

群青ニブンノイチさま

ラピス

オリジナリティについては、その編集者が詳しく言及しなかった為に不明なままです。アイディアとか内容で、文章じゃないでしょう。
感想欄については「読める人と読めてない人がいるな」との見方です。それは恐らく、あなたや私だけでなく、他の方々だって各々感じている思いでしょう。
素人集団なので、正解がどれとは断言できないんじゃないでしょうか?

一度、訊いてみたかったのですが、あなたは何故そんなに分かりにくい文章で意見するのですか?(*´-`)?
分かりやすくしようとすれば、いくらでも出来そうに思えるのです。
読み手に苦行を強いるやり方も愚かしいと言えます。

ラピス様

秋里

>「文章は書けば書くほど上手くなるものだから、僕は文章は下手でもオリジナリティある作品を選びます」

 ここで言われている「文章は下手」というのを、ラピスさんがどういうものだと受けとっているのかわかりませんが、「選びます」とありますからこれはもしかして前提として、最終選考に残っている作品のなかではとか、少なくとも二次選考や三次選考通過レベルの作品においては、という話ではないでしょうか。
 相対的なものですよね。
 例えば最終選考の候補作品のなかで比較して、文章は上手だが無難だったり凡庸だったりな作品と文章は下手でもオリジナリティのある作品、どちらかを選ぶとしたら自分は後者を選ぶ――ということではないでしょうか。

 最終選考に残る作品と考えてみれば、
 「文章は下手」とは標準より相当に上手いが受賞まではいかないかもしれないレベルで「下手」な文章のことであり――。
 書けば書くほど上手くなるというのは、磨けば磨くほど輝く原石みたいな(=ラピス様の書かれているように『初めからその片鱗が見えてる』みたいな)ものであり――。
 つまり編集者さんのおっしゃっているのは、もともと地力のあることは間違いないのだからそういう人が訓練を重ねればさらに上達するのは道理だ、という意味に近いのではないでしょうか。


>文章が下手でデビューして、その後で上手くなった人って誰でしょうか?

 素人レベルでの標準よりも文章の上手な方がデビューして、プロとしてさらに磨きがかかってベテランの域になっていく――という意味ではないかと思うのです。
 しつこいようですが、編集者さんの言っている「文章は下手」というのは、受賞レベルで比較すると下手ではあるが、というニュアンスを含むのではないかと考えてみてはどうかということです。文章が下手――ではない。「文章『は』下手」ですからね。



 ところでラピス様の書きこみを読んでいて思いだしたことがありました。

 以前ある編集者の方が新人賞対策について語っておられる動画を視聴して、印象に残った言葉があるのです。※言葉はそのままではないかもしれないのでそこはご注意ください。

 だいたい以下のような内容でした。


・一次通過ができないのは、個性が強すぎる作品。
 読者が何を欲しているかを考える。
 予選通過できない人は個性を抑えることが大切。

・一次、二次通過できるのは、読者に寄り添えている作品。
 基本ができている。
 自己PRが充分にできていない。


 別の編集者さんの語っていたことですが、こういうのを思いだすと、ラピス様が話題に出された編集者さんの話されている対象となる作品も、「文章『は』下手」とはいっても、充分に読者のことを考えて書かれている、読者に寄り添った文章であることは間違いないと思うのです。
 そういう作品の「文章は下手」とおっしゃっているのではないでしょうか。


 ……長々とエラソーに書いてしまってお恥ずかしいです。失礼いたしました。

文章力って、なんですか。

群青ニブンノイチ

上手な文章って、どういうこととお考えなのかとむしろ疑問に感じさせられます。

編集者の言をダシにするなら、つまり”オリジナリティ”とはどういったものとお考えでしょうか。
それをあなたは”上手な文章であること”とおっしゃられているような文脈と取れなくもない気もしてしまうのですが、個人的にはそんな同意しかねることを例えばその編集者の方もおっしゃられているのではないのか、ということです。

読み方もその印象の受け方もそれぞれのことですが、それを個として怯まずに磨けずして恐らく、”オリジナリティ”などいうものの模索は叶わないものと個人的には考えるものですし、つまり”書く”ということを何と捉えるのか。
そうして生み出されざるを得ないものがつまり”言葉”とか”文章”という一先ずは結果としてしか存在し得ないものの様な気が個人的にはしていて、こんなことは言ってはいけないことなのかもしれませんがこの場の目的がただの建前ではないとしたがる馬鹿どもの威を借りて言わせてもらうなら、例えば今現在の最新コメント欄に見る限りのすべての感想、あるいはそれに対する返信について、例えばあなたはどんな印象を受けますか。
個人的には、とてもまぬけな印象以外に思いつくことがありません。
そんなことを言えば多くの方が腹を立てるのでしょうし、またしてもよからぬ魂胆の下手糞がああだこうだと的外れな言質や振る舞いを仕出かさずにはいられなくなるのでしょうが、仕方がないです、わからない人にはわからないことですし、そういった人に限って軒並み自分の為にしか言葉を思いつけない人ばかりですから、そんなものが頓着したがる”小説論”など嗤うのも面倒臭いというものです。

言っている意味、わかりますか。
何が上手であるべきか、それはつまり”小説”というハナシをしているつもりなのですが、わかりますか。
個人的にはあなたの問いかけは、そもそもが的外れでしかないような印象をうける、ということを言っています。

何をもって”面白い”と感じるのか、それは書く側にも読む側にも共通する下品なほどのそれぞれの欲求あるいは魂胆で、さもなければ”オリジナリティ”なる贅沢のようなものなど獲得しようもないものだと思うのですが、どうなのでしょうか。

自分が思い付いたらしいアイデアについて、”面白い”ことをやっている作品、ありますか。
なぞるだけか目的を理解していないものばかりのような気がしますが、眺めていてため息漏れませんか。
小説的な脳を使われていない作品に限って、くだらない感想のやり取りが多いことに辟易します。
”枯れ木も山のにぎわい”となれば、あなたの問いかけはますます愚かしくまぬけなものになりかねない気がするのですが、どうなのでしょうか。

文章力って

ラピス

ブログか何かで、ある編集者が
「文章は書けば書くほど上手くなるものだから、僕は文章は下手でもオリジナリティある作品を選びます」
と述べていました。

文章が下手でデビューして、その後で上手くなった人って誰でしょうか?
私的には文章の上手い人って、初めからその片鱗が見えてると思うのですが、、、

母さんのほうは認識しないので、こちらに

上松煌

夜の雨さま、こんばんは

 早速の閲覧をありがとうございました。
不定期の投稿をよくぞ見つけてくださいました。

 この作品はちょっと庶民から遊離した高級料理屋の話でしたので、正直言ってどこまで理解されるかが疑問でした。
それなのに、

    >>洗練された格式が高い文章ですね<<

と、言っていただき、また、ネット・ネット以外でも閲覧が伸びていますので、「え?こんなのウケるの?」とちょっとびっくりしました。


    >>もちろん、老舗料理屋なので、料理が出てくるわけですが、その描写と説明が経験なければ書けないような内容で、上松さん、こういった料理屋に通っているのですか(笑)<<

 そうですね、接待をしたりされたりが仕事の一環でもあるので、たまには行きます。
でも、おれとしては最愛の家内と家庭で一杯が好きですねw


    >>主人公の父の時代から玄さんを温かく見守っていたという設定になっており、親子二代にわたる話が背後にあったりして、奥行きが感じられました。最初はカウンターだったのですが、そこから奥座敷に移動、そして縁側へと場所が変わると内容も変わって行くあたりも練られていると思いました<<

 いえ、おれはまだまだ発作と自動書記で書いてしまっています。
この作品を書こうと思った動機は「美味いものが食いたい」でした。
ヌーベル・キュージーヌも縁談も最初の発想にはありませんでした。
玄さんは昔堅気の頑固者設定に決めていましたが、女将さんの人となりも、カウンターも奥座敷も目黒川ですら自然に物語の進行に従って出てきたものです。
いい加減で気分次第、筆の赴くままに考えなしに書いて行くパターンから抜けられていません。


    >>極めつけは縁談でしたが。ラストまで読むと主人公もその気があるようで、相手の女性が女将に似ていればよいですね<<

 夜の雨様らしい、本当に率直な感想ですね。
はい、おれもそうあって欲しいと願っています。



    >>この作品はこれで出来上がっていると思いますが、御作では主人公の父親の存在があります。下記の場面などを読むと主人公と父親のやり取り(会話)があってもよいかなと思いました。主人公は父親を尊敬しているようなので、会話文とかをいれて父親と主人公のエピソードを挿入しておくと人間関係が深くなるのではと思ったりしました<<

 まだ、これが理解できません。
おれの作品はいつも発作と自動書記なので、きちんと熟考し起承転結を練った作品とは一線を画するものでしょう。
慎重に構築した隙のない作品は確かに高度なものとは思いますが、自己の生命からほとばしる発作と自動書記によって構成された作品こそ、自分自身の『生の呪詛(訴えたいこと)』を表明する生きた作品なのだと考えます。
おれはテクニックは持たないし、必要ないと考えます。
親父との会話は蛇足だと…。

 この部分がまだまだ未熟なところなのでしょう。
あなたの言葉を理解するにはもうすこし、時間がかかりそうです。


    >>ちなみにこの感想に気づかれて、伝言板に返答を書く場合は、削除の「パスワード」を「設定」しておいて、3日後ぐらいに削除してください<<

 おれはこの伝言板のやり取りこそ、まさに伝言=伝える言葉であり、ごはんのごはんたる所以との認識がありました。
でも、あなたに迷惑がかかっても不本意なので、そのように致します。
いつもながら、本当にありがとうございました。

こういうのってウケるの????

上松煌

夜の雨さま、こんばんは
 いつものことながら、早速の閲覧をありがとうございます。
この作品は庶民からちょっと遊離した和食グルメなので、どれだけ理解されるかと疑問でした。
それがどうしたことか、ネット・ネット以外でも閲覧は伸びています。
詳しいことは「母さん、お肩を…(ある研修医の話)」に書きたいと思います。
いつもお世話になり、本当に恐縮です。
よろしくお願いいたします。