作家でごはん!伝言板
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純文学とエンタメの境界は考えたくありません

きさと

 人間の見えない部分(感情)を重視したのが純文学、見える部分(言動)を重視したのがエンタメであるという気もしますから、どちらにより着目して読まれたいか、という作者の願望の現れとしていずれかに偏りがちなのだと思います。

 ところで論点は少しずれますが、小説の舞台であるはずの現実世界(虚構世界が舞台であっても)には、見えない部分も見える部分も両方多分に存在していて、しかも互いに深く関係し合っていると思います。各々の感情がその後の行動を決めますし、誰かが何かをしたせいで誰かの感情が変わります。そういう当たり前のことを念頭に置くなら、純文学はエンタメ性が欠けているという点で不完全であり、エンタメは純文学性が欠けているという点で不完全である、というやや悲観的な理屈も成り立ちうるのではないでしょうか。純文学かエンタメかと議論することは、結局より不完全でないのはどちらの要素かを考えているに過ぎないのではないか、むしろ考慮すべきは、純文学と現実世界の境界、およびエンタメと現実世界の境界の方なのではないか、とも考えています。表題を「純文学とエンタメの境界は考えたくない」としたのはそういう理由からです。

 しかし別に不完全なのが悪いとは思いません。人間は物事の何もかもを見尽くせるわけではありませんから、不完全さもまた「現実の人間の目線」の反映であるとも考えられると思います。

金曜日にテンションが上がって思いっきり夜更かししたら、月曜日にきっとものすごい後悔するのだとしても、人生はきっとフィフティフィフティなのだからそれでたぶん大丈夫

気分を変えて

感じたままを言葉として表現するスタイルは、純文とかエンタメとかに関わらず成り立つ話だと思います。
問いかけ方を変えて、
その小説の中で言葉を言葉として差し出せているかどうか?
と書けばこの辺のニュアンスが伝わるかもしれません。

このニュアンスを説明するための反例を一つ。初心者の頃には作者の妄想文だったものが徐々に小説っぽいちゃものへと変わっていきバンバン小説的な修辞を覚え文章はそれなりにこなれて、俺も小説がずいぶん上手くなったな。ガハハ。と思ったはいいが、複雑で微妙な感覚を言葉にするための小説的語彙の引き出しは多くなったものの、複雑な感覚を「複雑な感覚」というラベルの貼られた言葉で繊細っぽく書いているだけで、実際はかなり大雑把だったりしたことってありませんか?
このジレンマが起きてしまうのは、言葉を言葉として差し出せていないからだとするのはいささか乱暴な主張でしょうか?

あと、純文とエンタメは同じものだと思います。
だってどちらも差し出されるだけの言葉ですから。
純文になるかエンタメになるかは単に描く風景と見える風景の違いなのではと思います。

こんな主張を書くと文章至上主義者みたいですけど、ストーリの大切さは当たり前すぎて特に言うことがないだけです。面白い話を面白く書けたらいいなと思う、今日この頃であります。

ラベルづけ

そうげん

純文学とエンタメのちがいは、

純文五大誌に発表されるようなのが純文学。
一般文芸誌に発表されるようなのがエンタメ作品。

あとおまけとして、
ラノベレーベルから出版されたものがライトノベル。
分類ってそれだけの話、

ある程度数を当たれば、あとは自然とわかるんじゃないだろうか。

小説の巧拙、文章の巧拙、

気分を変えて

>文章はその中に託された想いを読者へ伝えるための手段
物語を言葉によって伝える形をとるのが小説という形態ですから文章を伝達の手段として捉えるのは理に適っていますけれど、そう思い切ってしまうのは若干ためらいを覚えます。なぜなら文章は手段であること以上に結果であるからです。ギターは手段で、ギターの奏でる音は結果、音の連なりで作られる曲が物語であるというのは音楽の世界のことですが、言葉は手段であり結果であり、言葉の連なりで作られる文章が物語であるというのは小説の世界のことです。言葉は物語を書く中で生まれる物語る力の実体そのものでもあると思います。そういうものの存在を信じないと、若かりし頃から今に至るまで自分が魅了され続ける謎のパワーの説明がどうしてもできないのです。物語る力の実体などという気取った言葉を使ってますけど、単純に雰囲気がある、空気感が素敵な文章と思ってくださって構いません。文章はアロマキャンドルではなくアロマそのものなのだということが伝われば。小説的であるというのはそういうことを指している言葉なのではないでしょうか? 不遜にも宣言すると小説でストーリが面白い物語は例外なく文章も面白いのだと思います。文章は面白いけれどストーリがつまらないもの、面白い文章が日本語として拙いことは無論あったりしますが。

主張されているように、読みやすさというのは大切な要素であり美点であり武器であると思います。読者は表現者が拘泥するような細かいこだわりに気づきません。しかし一方で読者は琴線に少しだけ触れうるような微妙なところにある鈍感さを決して看過してはくれません。リーダビリティについての勘違いはいつもそこにあるように思います。難解であることを目的に難解にしてしまった小説のリーダビリティが乏しいのは言うまでもないですが、リーダブルであることを目的に琴線に触れる細かいところをロードローラで舗装してしまった小説は胸躍りません。

面白さこそが唯一の評価基準と言う点に異論はありません。
面白いストーリを書けるのが卓越した能力であることはその通りだと思います。
では小説の面白さはどうやったら引き出せるのでしょうか?
面白いストーリを考え、文章でそつなく正確に伝えること?
いいえ、面白いストーリーが面白いのは、読者がその舞台の上で変わり続けることができるように仕向けられているからです。変わり続けるというは裏切るということです。小説的な言葉でつなげでいくというのは裏切り続けることです。欲しいのは面白いストーリの解説文章ではなく、面白く変わり続けるような仕掛けとしての言葉なんだと思います。文章を手段として考えて割り切って書くことにためらいがあるのは、そういう姿勢で書いてしまうと自ずと幅が決まってしまって、言葉の方が自分を裏切ることができなくなるからです。と無駄に熱っぽく筆が走ったわけですけども、書きたかったのは、小説の巧拙は文章の巧拙と強く関わりながらもかなり違ったものではないか? と思う今日この頃です。

純文学とエンタメ

ラピス

Rさん、私もよく考えます。
私が両者を意識するようになったわけは、昔、編集者に自作を読んで貰ったときに「あなたの作品はエンタメなのに、良くも悪くも純文学的な文章が見受けられる。文体を考えなさい」と言われてからなんです。
純文学とは深いテーマがあって、それに見合う文章で綴られていて、人物の心理も踏み込んであり、、、ですかね?
エンタメとはストーリーを楽しませ、キャラが立っている、、、?
境界が曖昧で思いつく文学賞は、小すばです。エンタメ募集と書いてあるけど、一般のエンタメとは違うやね。

熱かなと

かろ

ずっと見てなくて伝言板とか、てかまず伝言板見ちゃいますね。
文系理系、エンタメ純文学、などなどもうこれは色々で、売れたい、受賞したい、想いをぶつけたい、など他もいっぱいあると思います。
再開しようかなあ、読むのは読者だから。

無題

群青ニブンノイチ

>R
“純文とエンタメ”って、まじで言ってるのかなあと。
だったらその前の投稿で言っていたことは所詮建前だったのかと。
ただの日和見発言だったのかと。

“コロナ前とコロナ後”の間違いなんじゃないの? っていう遅まき世間のこじつけ臭い欺瞞の先にあるただの当然、ってことなんじゃなかったの? ってあたしは思ったはずなんだけど言ってもわかんねっか。
口先ばっかか所詮。

>所詮凡人藁
ポジショントークで死にたがるなら所詮凡人ってその証明を生ぬるく簡単に使い切るものだなあと。
深爪さんのとこで馬鹿にも高が知れたこと、一番わかってるのは自分のはずなのに所詮そんなに自分が可愛いかと。
事態すら読めないほどまでてめえ守りたがるなら恥ばっかで好きに生きろってことだよね所詮下手糞がみじめなもんだよねあなたはもうおしまいですよわかってるはず自分が可愛いってそういうものですから“小説”には不向きです。
ご愁傷さまでした下手の意味が違うんだよ馬鹿。

コウさんに同意かな

ラピス

私も文章の巧拙はあると思います。巧拙は、個人の好みで違うものではないと。
文章は素質と鍛錬が必要で、ただ書けば自然と上手くなるような性質ではないと考えます。
だから、下手でも良いと述べた編集者に疑問を感じた次第です。

おれ、今、ダメ

上松煌

書けない。
な~んも浮かばない。
それで、見た夢を出来る限り思い出し書きしたんだけど…。これって伝達の限界ね。
記憶に忠実であろうとするほど、読者にとってイミフになるんだ。

      ★理屈っぽい夢を見た★
      https://slib.net/100484

 小説といい、表現といっても、架空世界にどれだけリアリティをぶち込むかということ。
「『犯人』しか知りえない事実を、どこまで盛り込めるか」だ。
だけど、夢は夢で手をつけないほうがいいね。
この話より夢の方がもっとまだるっこしくて、哲学的に理屈っぽくて、自罰的でシュールで面白くて、夢々していた気がする。

そんなおじいちゃんが

群青ニブンノイチ

ひねり出したやつがコレ ↓ です。刮目せよおまえら(衝撃ランクマイナストリプルZ)



>返信を期待されているようですので  コウ

楽しく読ませていただいていますよ。
今日も元気で良いですなぁ。でも腹が痛いのであれば、心配です。病院へ行ってください。



僭越ながら要約いたしますと、“箇条書き最コウ”なんだそうですさすが難解にして頓珍漢ですね。


もはや思考が迷子のおじいちゃんが頻繁に横切りますが、生ぬるく見守るまでもなく陽気はもはや夏ですから一ミリも迷うことなくスルー推奨です(群青まとめ)



楽しいお昼休みのひととき、お邪魔致しました。