それって、あなたの感想ですよね?
匿名は相手にしませんよ。自分の名前に責任を持たない人は、私の名前を書かないでください。そもそもまずはあなたが、その態度とものの言い方をわきまえてください。できないのなら、あなたが、実践で示してください。それがこの場所のすべて。ということです。
《どんな人の感想も否定することは出来ない。すべての人は感想は、本心である限り、それぞれが正しい。》
正しくはないですね。むしろ間違ってることが多いです。なので世間一般では、度が過ぎると、「それって、あなたの感想ですよね?」とか言われたり、「おまえがそう思うんならそうなんだろう。おまえの中ではな!」とか呆れられたりします。
感想はあくまでも感想なので、たかが感想でマウントを取らないほうがいいと思いますし、ほかから感想を否定されても、それは感想の内容が、はたから見ていて、度が過ぎたものだから、だと思います。
ネットには、エビデンスのないデマ、一方的な決めつけ、偏見、またそういったものによる印象操作、ミスリードなどであふれています。最近ではAIを使っての誹謗中傷も出てきましたね。
お店の商品は、お客様のために売られていますが、商品を買うからといって、すべての人がお客様ではないように、小説を読むからとって、すべての人が読者というわけではないような気がします。
ノノアノさんへ
実践で示せない奴は態度とものの言い方をわきまえろっつうの
それがこの場所のすべて。
感想……。
個人的には「面白いか否か」 ただそれだけ……。
なので、主観の部分が大きいですよ。
そして主観であるがゆえに、小説の内容と合致しないこともありえる。
たとえミスリードであっても、そのように解釈したならば、それが正解です。
従って、どんな人の感想も否定することは出来ない。
すべての人は感想は、本心である限り、それぞれが正しい。
にもかかわらず、他人の感想を否定しまう人もいるので、困ったものです。
オンラインコミュニティ!
え? なんで、「感想」と書いて「主観ですね」となるのか、わからないです。論理の転移魔法でしょうか。でもたぶん、そういうことを言ってるから、読める人からは馬鹿にされるんだと思います。
素直に「客観」の意味を調べてください。辞書で調べてもいいけど、あなたのお好きなAIに聞いたらこうありました。
《「客観(きゃっかん)」とは、主観(個人の感情や見方)を離れて、第三者の視点で物事を公平・冷静に見ること、または主体から独立して存在する外界のことです。誰が見ても納得できる普遍的な妥当性を持つ様子を指し、類語に「客体的」「公正」「公平」などがあります。 》
客観的な感想は基礎的なことを知ってないとできません。で、小説のルールや技術は客観的に正解が決まっているものですから、それから外れていたら、それを指摘し、たとえ外れていても、演出や個性として効果があるものだったら、それがうまくいっているかどうかを個人の感想として書けばいいんです。そこは主観で答えることになりますね。
もちろん主観のみで感想を書いてもいいと思いますよ。でも、そのとき、勘違いの上から目線で、偉そうな態度をとったりするなどして、ものの言い方をわきまえてないと、実践で示せ、と叱られるわけです。なぜなら、客観性のない主観的な意見だけだと、何の裏付けもないので、信用できません。というか、相手が初心者で純粋な人だったら、悪影響なんですよ。間違ったことをさも当然のことのようにゴリ押しするので。
この「せんちゃん」というのも匿名の人で、浮離さんの小説の登場人物の名前を騙ってる匿名参加者にありがちな性格をしています。文章が読めなくて、自分が都合よく解釈できる切り取りするんですね。コピペを貼り付けたり、AIを貼り付けたり、そういえば、みんな同じですよね。
だから、ほんと、匿名の人って、最悪なんですよ。たぶん過去にご自分の小説が評価されなかったので、逆恨みしているんだと思いますが、逆恨みするくらいだったら、そのエネルギーを創作に向けてください。そして改心したら、「名は体を表す」ので、まともなハンドルネームで参加してください。
そもそもここは「オンラインコミュニティ」の場所であり「創作の場所」ではありません。コミュニケーションの取れない人だと、どうしても勝ち負けこだわり、自分を偉く見せようとしますが、それは会話ができないからだと思います。ゴマスリや馴れ合いに依存しない、まともなコミュニケーションがとれるように訓練してください。
もちろん勝ち負けにこだわることは、やる気が出たりして、モチベーションが上がります。それを利用するのはいいと思います。が、創作の宿命として創作は孤独な作業なんですよ。ちょっとできたら推敲もせずに鍛練場にあげたり、何度も同じものを投稿して、みんなと一緒に小説を書き上げるんだ、みたいなのに馴れてしまうと、本当の依存症になってしまいます。はっきり言えば、飼い猫ちゃりりんさんみたいになってしまいます。自覚がないのであえて書きましたが、飼い猫ちゃりりんさん、自分をメタ認知して生まれ変わってください。あと、もちろん、匿名の人たちも。あ、みんな同じ人かな?
あ、AIについて、宇多田ヒカルさんのこの対談がものすごく参考になりますね。感動しました! なので、紹介しておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=xw-9mwZxl-0 The Evolution of AI and Creativity: Yuval Noah Harari × Hikaru Utada / AIの進化と創造性【ユヴァル・ノア・ハラリ×宇多田ヒカル】
「感想」
「感じて、想う」。
主観ですね。
「感想」に客観とラベリングする人は
「私は日本語を理解できていません」
と、自己紹介しているわけですね。
国語便覧から出直したほうがいいのでは?
要するに……。
客観的な小説
誰でも理解できる
状況が把握できる
つまり、ここが第一のステップだね。
主観だけの小説
作者だけ分かってる
読者が置いていかれる
いったい誰の小説だろうか。
とはいえ、面白さは読者による。
肉まん派かあんまん派か。小説のセンス。好みの問題。そんな感じだね。
ノノアノさんへ
実践で示せない奴は態度とものの言い方をわきまえろっつうの
それがこの場所のすべて。
だそうです
あたしは
音楽に戻るのでまたしばらく消えます
喜びですかあたしに疲弊するばっかの下手くそども
馬鹿ばっかで格好つけてみてくださいよ
鍛錬場さっそく地獄さながらのボロさじゃないですかつまんなくて見てらんないです
じゃあな
やっぱり客観的に考えることができるようになることが、最優先! 急務!
いえ、ですから、偏差値45さん。それから、飼い猫ちゃりりんさん。客観的に、誰もが、そうだなとわかることをベースにして、持説を述べてください。気づいてないのかもしれませんが、お二人とも主観または個人の感想を書いてるだけなんですよ。
偏差値45さんの、第一のステップ、第二のステップ、第三のステップって、偏差値45さんが勝手に決めたことですよね? なぜそう言えるのか、それをまずは客観的な事実や論拠をもってわかるようにしてくれないと。
私のは、ちゃんとふつうに口にする言葉から、要素を分けて、こうですよ、と説明しているじゃないですか。面白かった、楽しかった、感動した、は概念というのか、感覚として、誰もが実感できることですよね?
それを元に、人はなぜ面白いと感じるのか、を説明しているわけです。たとえばまさに本質的なことをいえば、いま生きている現代人が、勝ち負け、つまり生死の生存競争に勝ち残って生き延びてきたから、そこに面白いを感じるのではないでしょうか。
楽しいは、人類の最初のコミュニティーが少数の集団で、またその環境を楽しいと感じる本能があったから、集団をつくることもできたんだと思います。だから理解するしないとかに関わらず、人のなかに、楽しいという感覚があるということが、ぜんぜん納得できますよね? こういう感覚がわかると恋愛小説とかも書けるんではないでしょうか。
感動も、偏差値45さんは先入観というかイメージでとらえてますが、ふつうに、あなたのことが好きです、とか他人から言われたら感動するじゃないですか。受け入れるかどうかはともかくとして。人間には、驚きというか、気づく、知る、ということで、覚醒感みたいなものを感じる感覚がやっぱり本能としてあると思います。それは知性や難しいことじゃなくてもいいんです。喧嘩してた人が、じつは裏で援助してくれたとか、いろいろ助けてくれてたいたとか、そんなことを知ることでも感動すると思いますよ。感動のドラマってそんな構成になってるじゃないですか。
しかし偏差値45さんのステップという考え方は、どこからきているのか不思議というか、偏差値45さんの過去の思い込み、主観で、そういうふうにいっているのではないかと思うのです。
《人の「面白さ」とは人によってそれぞれ異なります。》というのも、違いますって。面白さ自体は共通で、人によって、それぞれ特別な事情があって、面白く感じない、ということがあるだけだと思いますよ。
人類の歴史として、7万年前に「認知革命」が起きました。簡単にいうと、人類が、虚構の物語を想像できるようになったんですが、まさにこれこそ小説の起源でもあって、人は面白さや楽しさ、感動を共有できたんだと思います。またこの事実を知っていると、「小説には意味がない」なんて言っている飼い猫ちゃりりんさんが、ちょっと、なんか、知ったかぶって適当なことをいうそのへんの人って感じがしますよね。
認知革命については以下の動画を見ると参考になるかもしれません。人類の歴史を知ることで、いろいろな考えの「本質」がわかるようになると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=A7o8r3AzoQs【要約】サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福【ユヴァル・ノア・ハラリ】
飼い猫ちゃりりんさん。あなたが文章を読めない人だから、他人のコメントが長く感じられるのです。あなたは文章を読む人ではなく、文章を見る人なので、パッと見て、何が書いてあるか、勝手に決めつけて、コメントを書いてますね。あなたがAIのコピペを貼り付けても、たぶん読む人はいませんよ。むしろそのことに気づいて、自分の言葉で、コメントを書いてください。
ノノアノ氏。
「面白さ」の本質を理解していないように思える。
>たとえば人は何かを見たり読んだりする場合、この三つの異なる軸の感想をもちます。「面白かった」「楽しかった」「感動した」です。
それは異なるものでありません。レベルの違いだけです。
第一のステップ 理解できるか否か。
第二のステップ 楽しめるか否か。(面白いと思えるか)
第三のステップ 感動できるか否か。
つまり、感動できるレベルとは、他の二つのレベルを越える必要があります。
読みにくい、分かりにくい小説に関しては、第一のステップで止まってしまうでしょうね。
なぜなら、理解できない小説は、その「面白さ」も理解できないからです。
人の「面白さ」とは人によってそれぞれ異なります。
どんなに素晴らしい小説でも、読まない人は読まないですからね。
逆に、素晴らしい小説ではなくても、ある人物には興味を持たれることもありましょう。
で、ここで何が言いたいか、と言えば、文章力、表現力は二の次で良いのです。
あえて言えば、誤字脱字があってもいいし、日本語的に少しおかしくてもいい。
そのようなものは些細な問題でしかない。
要するに「面白さ」を読者に伝えられる技術さえあれば良いのです。
逆に素晴らしい表現力で正確な日本語であっても、退屈な小説なんていくらでもあります。
そんなものよりも、拙い表現ながらも興味がある内容であれば、読まれるものですよ。