高血圧が心配です。笑
>実践では示せないことあたしに敵わないことわかってるからあたしにはしょうもないクズが人外以下感性白状して恥も知らずに付きまとうだけでしょ
↑
つきまとっているのは浮離さんです。
馬鹿は黙れ
出来もしない見下され腫れ物風情がなにを言い腐って恥も知らないつもりかってはなし
何を言うか、ではなく、
"誰が言うか"
って何度も言ってるでしょ。
おまえらが何かにつけて文豪さまだか作家さま笠に着てふんどし晒すのってそういうことでしょクソ馬鹿の借り物風情がどんなダブルスタンダードだっつうの
実践で示せない奴は態度とものの言い方をわきまえろっつうの
それがこの場所のすべて。
実践では示せないことあたしに敵わないことわかってるからあたしにはしょうもないクズが人外以下感性白状して恥も知らずに付きまとうだけでしょ
それがこの場所が晒す事実。
どんな感想気取ろうがなにを言い腐ろうが、下手くそならボロく見下げられるだけだし態度間違えれば地雷に成り下がるだけ
下手くそって、そういうことだから
いい加減にしろっつうの
どっち向いてもクズばっかどもが
一人称の主人公は誰に語る?
まず最初に「読者に語る」は明確に間違い。
なら誰に語る?
実は簡単なんだけど単純じゃない。
試しに演説する人、登壇者になってみてください。
場所は暗い講堂。聴衆の顔がぼんやりと見える。
聴衆は家族、友人、同僚、ときに見知らぬ人たち、ときに実態のつかめぬ社会をイメージ。
さらにややこしいのは、登壇者は演説の途中で感情が込み上げ、自分自身に向かって語ることもある。
画一的に「1人称の主人公は誰に語る?」を決めることは不可能です。
ノノアノさんが言うことも、100%間違っているわけではありません。
>面白さは、大人になると、つまらなくなります!
>もちろんいまでも、小さな子供相手だったら「面白ければいい」だけでもいいんですが、大人相手に「面白ければいい」だけでは通用しないと思いませんか? 『ドラえもん』は面白いと思いますよ。でも小学校までですよね?
そもそも子供向けのコンテンツなので良い例えになっていません。
逆に子供ころ「つまらなかったもの」が「面白くなる」ことの方が実は多いですよ。
たとえば、ニュース番組、株式投資などです。
読者は大人向けのコンテンツへと移行するだけであって、「面白さ」は重要な要素です。
釣りバカ日誌、課長島耕作などはその一例でしょう。
大人であっても「面白さ」だけでいいのです。
小説や漫画に対して、何かしらを学ぶことを目的としてしないからです。暇つぶしでも良いのです。
別に「お笑い」のコンテンツだけを言っているわけではありません。
哲学でも心理学でも天文学でも数学でさえ、「面白さ」はあるものです。
興味がある。共感できる。魅力がある。そのようなものでも「面白さ」の一言に含有するものです。
かんたんに言えば、大人になると、面白いコンテンツが増えることを意味しています。
従って、面白さは、大人になると、増える! これが正しいかな。
逆に「面白さ」がない作品を誰が読みたいと思うだろうか。
老骨活動家!
ようやく折れてきた、と感じられるのは、飼い猫ちゃりりんさん自身のことですよ。いつも無自覚に、自分のダメなところを言っているのです。それを相手になすりつけるから嫌われるのです。たぶんプライドが高いのだと思いますが、他人と話すときはまずその性格を治したほうがいいですよ。まさに話している内容に関係のない人格攻撃、誹謗中傷ですから。
『人間失格』が書かれた時代は神視点の時代といってもいいかもしれません。だから当時は作家性が前面に出て、名文だの文体だのと、書き手の個性が際立って、作家同士が競い合っていたのです。
でもいまはそんな時代ではありません。内容が重視され、透明な文体が好まれ、書き手が顔を出すのも小説の書き方を知らない素人の特徴となります。例外はあるとは思いますが、文学的な主義主張で作家同士が喧嘩するということもほとんどありません。
それでも『人間失格』は、ちゃんと写真を出して、写真の自分の姿を見て描写してますね。飼い猫ちゃりりんさんだと、そういった手間を惜しんで、直接、自分の外見描写をすると思います。それをしてしまうのは、現場の自分の視点ではなく、過去を振り返って、記憶を思い出して書くという、そういった視点の取り方しか知らないからですね。だから飼い猫ちゃりりんさんの書く小説は小説というより細切れの嘘っぽい高齢者の思い出話に感じられるわけです。いまの時代の人、若い人には受けないし、受け入れられません。そもそもネットがあって情報過多で、他人の人生、他人の昔話(自慢話)になんてそこらじゅうに転がってますから、目的(意味、意義)を設定して提供しないと、わざわざ「読む」必要はありません。
日本語は不思議な言語で、敬体と常体の二つの文体があります。ふた通りの書き方ができるのです。これは繊細な日本語くらいなものではないでしょうか。ですます調の敬体は外側に向かって話す文体です。しかし、だである調の常体は内側に向かっての文体でもあるのです。ですから、夏目漱石の「吾輩は猫である」という言い方は当時は、画期的だったというか、そういう内面を描く文体ということもあって広まった、と聞いたことがあります。「である」は夏目漱石が考えたわけじゃないけど、新しい表現方法だったんですね。
子供向けの児童書が、ですます調を使うのは、子供向けの読み聞かせだからです。だから日本昔ばなしもそうなってますね。けれども、小説でですます調は、読みにくいんですよ。その感覚は対等の関係の大人だとわかります。飼い猫ちゃりりんさんが小説でですます調を使うのは懐古主義か幼児性ですね。難しいことは考えたくないけど、子供に向けて、上から目線で語りたいから?
反ワク活動をしている暇があったら小説や文学に関する読み物を読み漁って仕入れた情報をここで語ってください。そしたら、活動家、陰謀論者という汚名を晴らすことができますよ。いまのままだと何も知らないくせに上から目線で語りたがる老骨活動家のイメージのままです。
一人称は自分に語る感じで書くといいか。
ノノアノさんも少し折れてきたので、さらに進みます。
例えば、人間失格の有名な出だしはどうですか? 「恥の多い」から始まりますよね。あれは誰に向かって語っていますか?
普通は自分に向かって、でした、です、ますなどの丁寧語は使いませんよね。
誰に向かって語ってますか?
ヒント。ノノアノさんが完全に間違っているわけじゃない。
面白さは、大人になると、つまらなくなります!
えーっと、《小説は面白いから、楽しいから読むものですよ。》は基本ではなく、始まりですよ。皮肉だと思いますが太宰治は小説は女子供が読むものと書き残してますね。
漫画もゲームもそうです。もともと子供のお遊びだったものが、大人も読んだりやるようになって、それは日本文化の功績だと思いますが、世界中の大人が、漫画やアニメ、ゲームを見たりやったりするようになったのではないでしょうか。
もちろんいまでも、小さな子供相手だったら「面白ければいい」だけでもいいんですが、大人相手に「面白ければいい」だけでは通用しないと思いませんか? 『ドラえもん』は面白いと思いますよ。でも小学校までですよね?
では提供する側として、どういう面白さを提供すればいいか、それを考えてみてください。すると高い技術が必要となります。それで、メタファー、描写、視点などのスキルが、書き手側に、必要となってくるわけです。
とくに「ジャンル」について考察してみるといいかもしれません。自分に合う合わないもありますし、世界は自分が考えている以上に広いと感じることもできます。
あと、間違ったことをいつも押し付けているのは、飼い猫ちゃりりんさんです。それでみんなに嫌われたりしてますよね。落ち着いて他人の文章を読むことをし、もっと謙虚になってください。
飼い猫ちゃりりんさんは、リアルで生きていて、誰かに説明をしながら生きてませんよね? でも独り言をいうことはあるかもしれません。そういう感覚はリアルでありますから、わかりやすいと思ったのですが、でも独り言というと語弊があるので、自分自身に向かって語る感じで、といっているわけです。それは無意識に脳内でやっていることでもあるから、おかしなことではありません。
飼い猫ちゃりりんさんも偏差値45さんも、一人称の小説を書くとき、読者に向かってではなく、一人称の自分に語る感じで書いてみるといいかもしれません。読者も説明を読む感じだと、長編になればなるほど、読むのが辛くなりますから。まあ騙されてみたと思って書いてみてください。たぶん見違えるほど上手になりますよ。
基本的に……。
小説は面白いから、楽しいから読むものですよ。
まあ、それは漫画でも同じです。ゲームでも同じです。
所詮、娯楽ですからね。娯楽をより多く提供できる小説ほどいい小説と言えるでしょうね。
だからこそ漫画よりもゲームよりも面白い小説を書くことが必要でしょうね。
偏差値さんの言うこと、そんなに間違っている?
地球と神様に謝れ?
その過剰な怒りは、浮離さんの勘違いに起因しています。
ま、頭を冷やして。怒り脳では、いつまで経っても意味信者、真理厨のままです。
「小説は面白ければいい」
↑
そんなに間違ってますか?
飼い猫は音楽を聴くとき、楽しければ良いと思っています。いかんですか?
ピカソのゲルニカを見たときも
「なんかすっげー」と思っただけ。子供と同じです。
ちなみにゲルニカには数多くの評論家が講釈を垂れてますが、
「アホやなあ」
と思いました。まあ、そんな講釈に多くの羊が騙されるから、やめられませんよね。笑
ノノアノさん。間違ったことを
教えちゃあかんがな。
一人称は常に独り言ですか。
もちろん独り言設定で書いたならそうです。でも違う設定で書くこともありますよ。
「清き罪」を読んでくれたことには感謝します。ただし指摘は作品のコメント欄でお願いします。誰でも大歓迎ですから。
ちなみに飼い猫はどんなコメントも大歓迎です。優しいコメントもいいけど、激辛非難罵倒コメントも大好きです。さらに言うなら、誹謗中傷も大歓迎です。
ただし作者に対する誹謗中傷はダメです。作者を投稿しているわけじゃないので。