作家でごはん!伝言板
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人の描写ができません

風のみた夢

登場人物が会話して仲良くなってセックスするような描写が書けません。
なぜならば僕はお友達がいなくて、女の子と仲良くなったこともなくて、喋ってもつまらなくて、「黙ってたら賢そうなのにね」って誉められて、一万五千円はらうのでセックスしてくださいってお願いしたら、えーきもーいって言われて、一人ぼっちになって、家で2ちゃんねるをして、おっぱいおっぱいって書いて喜んでいたら四十五歳になってしまったからです。
どうしたらいいですか。

あ、君のことだよ?

チエル

舌先三寸ね。
君はいくら小説を書いてもなんも変わらんね。
いくら書こうが読者より作者は偉くならんよ。

浅薄舌三寸さん

BOSE

ダラダラと糞の上に着地
お見事ですwww
自己満足お疲れさまでしたwww

あはは、わからん

チエル

ま。それでいいよね。

わからんから、他人は面白い。

科学のほとんどは名も残らないような英雄たちが地道に作り上げた研究により成り立つ。

小説も、何千年先に名前も残ってないような作品が、読まれるものだ。

未来なんてわからない。

わからないから、楽しいんやな。

大きな勘違い

飼い猫ちゃりりん

ほとんどの人が、意志が肉体を動かすと勘違いしている。

だから理性的ではない意志は、つまり正しくない意志は戦争などの愚行を犯すなんてことを主張したりする。

そこに大きな勘違いがある。
意志が肉体を動かすなんてことはあり得ない。
肉体が意志をコントロールしているのだ。

実験してみれば誰でも分かることだ。
さあ、自分の右手でグーチョキパーをやってみよう。
ほらね。
自分の右手は意志なんかで動いていないでしょ。

宗教的な正しさと科学的な正しさ

チエル

やばかったわ。
おばあちゃんたちハッスルしすぎやわ。
しょんべんで全更衣、スプリンクラー管理室で隠れんぼ! 今日も楽しい病院勤務やわ。


で、詳しく書こうと思ったけどほぼいい終えてましたわ。

宗教って言っても色色あるけど、例えば聖典だったり、天皇だったり、昔は宗教と政治は一体化しているものだったと思います。

ゆえにそれを否定するのは死を覚悟するのが普通でした。批判可能ではなく、批判不可能が普通だったわけです。

そりゃそうですよ。神が存在することを前提にしているのに、神を否定したら破綻しますよね。それが宗教です。

科学は違う。
そうした前提が否定されても破綻しない。
それを調べるためにあるから。
目的がそもそも違う。
正しいを前提にしないから、科学は真実を探求できるのです。

宗教的な正しさとは、はんこみたいなもんです。今では必要ないけど、かつて、必要だったもの。生活に深く関わっているから今更捨てられないし、それを捨てようとすると反感を買うような。


前提ありきだから、それを疑うことを許さない。同調圧力により批判を沈黙させる、そんなもの。くだらない? いや、歴史の重み、血の重みは確かにあるから、笑えない。

宗教を信じて、死んでいった幾多の命を思えば。


だからこそ尊重されるんでしょう。



っていう回答でいいかな?


あ、帆さんよ。
汝自身を知るためにも、心で思ってることなんて他人にはわからないわけで、言わなきゃわからないやん。言うしかないのはわかる。それが小説になればいいよね。

ただし、理性は肉体じゃないのかい?
肉体だと思う。

本能に任せれば同調圧力に屈するを良しとするのが普通じゃない?

かつて宗教弾圧をされた科学者は本能的にはおかしなことをしてると思うよ。死ぬことさえ厭わない覚悟で科学を勧めたんやで。馬鹿やな。生物的には。

だけど、それが。芸術なんやないかな。

真実とは創造するもの

飼い猫ちゃりりん

 どんな真実も理性的に存在するものではないんだよなぁ。

 肉体的に存在するもんなんだ。

 ソクラテスなんて信じていたら、ずっと奴隷のまま。迷妄のまま。

「汝自身を知れ」
の「汝自身」が真実だなんて、ちょっと考えが甘くないか。

「汝自身」を知りたいのなら、それを創造するしかないんだよね。

 奴隷が真っ先に失うもの。
 それは性格なんだ。

 

返信ありがとうございます

チエル

詳しくは21時以降書きますね。今日夜勤でしてね。そんくらいなら患者さん寝静まってくれるから、パソコンやりたい放題なんすよ。

コウさんってひろゆきに似てるね。

〉〉もしかしたらソクラテスは、チエル君のために「無知の知」という言葉を残したのかもしれませんね。

こういうとこでマウント取ろうとしてるとこも、論点ずらしがうまいとこも。
ひろゆきもよく、『論点ずらしてました?わからなかったです』と言ってるけど、無自覚なのかもね。そのスタンスだと相手の言いたいことの浅い部分しか掬えないと思いますよ。ディベートならそれでいいけど、ディスカッションには不向きだと思います。


それは置いといて、ざっくり質問に答えると、そもそも科学とはなにが真実かどうかを客観的に理解するための手段であり、学問だからです。前提や仮定が正しいか間違ってるかを客観的に理解するためのものであり、前提がいくら正しく見えようが調べるし、逆に間違ってるように見えても調べ、判断するのが科学なんじゃないかと思います。

なので前提条件ありきの宗教的な正しさはあっていいわけです。それを調べるのが科学なので、前提自体を馬鹿にするのは科学的ではない、と私は思います。調べてから是非を問うし、明らかなことではないが可能性は低いとい言う結論にはなっても常に誤謬性がある可能性を排除しないと思います。


しかしながら、そこはね本来コウさんどうでもいいとこなんですよ実は。

僕はね、ちゃりりんさんのリアリティについての書き込みを見て、それを前提にして書き込んでいるわけです。

>>芸術家は真実という嘘をとらえ、その内臓をえぐり出して抹殺し、真実を創造しなくてはならない。

 真実とは、与えられるものではなくて、創造するものなのだ。

 詐欺師ソクラテスに踊らされているような連中は、決して汝自身を知ることはない。
 ソクラテスは理性に従うことを要求する。
 従ったら支配されるだけだと言うに。
 真実は真実という名の嘘を抹殺し、創造するしかないものなのだ。


→これを見て、かつて教会が絶対的な権力を握り、聖書を絶対的な正しさとみなしていたとき、科学者たちがしていたことそのもののように僕は思えたわけね。

 信じられていた創造論を覆しいかにして科学は発展を遂げたか。それはまさに無知の知によるのではないかと思ったんですよ。

 

ごめんなさい

コウ

書き方が悪かった。

>それは客観的な真実を求めるとき常に否定、批判できるという前提があるからです。

こう書いていますね。

その上で

>宗教的な正しさを科学は否定しないんですよ。空飛ぶスパゲッティが世界を創造したと信じる権利を、誰もが持ち、自由に思索することをむしろ尊重するのが科学的な正しさです。

なぜ科学(暫定的な正しさ)が、宗教(絶対的な正しさ)を尊重することが科学的な正しさなのですか?

うーん、わからん

コウ

科学(学術)の分野では、根拠があれば否定も批判も当たり前に許される。そんなの常識でしょう。
もしかして、科学を持ち出したことが間違い?

それとあなたが宗教と喩えた絶対的な正しさとは、具体的に何を指すのでしょう?