作家でごはん!伝言板
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ラストウオッチャー

ウオッチャー

 一つ目の反論に対する答です。

>これはあなたのごはん界隈での振舞い、政治に関する発言、創作者が政治に無関心であることに警句をここに記されていた事実からわたしはこう言いかえれば、同質の提案が可能だと思いますよ。

 分かりました。では、これを以って私は消えることにします。

 二つ目に付いては、相変わらず意味不明な持論を長々展開しているようですが、面倒臭いので無視します。

ウオッチャーさんへ

そうげん

ウオッチャーさんに対する反論は二項目あります。

ひとつめ。

>伝言板や掲示板で本やアニメやゲームの紹介ばかりしてますが、そんな暇が有ったら、作品掲載して下さい

とのことですが、

これはあなたのごはん界隈での振舞い、政治に関する発言、創作者が政治に無関心であることに警句をここに記されていた事実からわたしはこう言いかえれば、同質の提案が可能だと思いますよ。

●伝言板や掲示板で【政治に対する意見】ばかりしてますが、そんな暇が有ったら、作品掲載して下さい

ブーメラン刺さってることを弁えるべきです。

そしてわたしのもうひとつの反論。

習作はいま書く気はありません。
また書きたいものを書くときに、ここに掲載するかどうかは、またいつどのように書くかという判断を他者に任せる気はありません。ウオッチャーさんは創作というものを誤解していると思いますよ。これを書いて。新しいのを書いて。頼まれてポンポン書くのは職業作家であり、生活の糧を得るためにやっているプロならばいざ知らず、書くこと自体に最高度の自由が許されているアマチュアの書き手に、いま書きなさい、いま作品を出しなさいと【命令あるいは指示】ができると思ってしまえるウオッチャーさんは自身の傲慢を知るべきだと思います。

以上の2点がわたしの反論になります。


さて、
わたしは書きたいものを書きたいときに、書きたいように書く自由を持っています。そしてそれはいまのところごはんに投稿する予定もありません。ほかの投稿サイトを考えてもいます。ずっとPVがあがらないといっていた、もう二十年ほど前からの知り合いがそこですこしPVがあがって喜んでいたのでこちらも嬉しく思ってます。そちらはID制ですし、コメントも抑制が効いていてヘンな書き込みも少ないですから。

こう書くとそっちへ行ったらというコメントが届くのもここごはんの通例ですね。ねたみ・そねみ・ひがみの温床にもなっている。ここの利用者の年代や性別、職業の別などのボリュームゾーンを考えれば、どうもここに作品を出す魅力は薄いと思ってますよ。

ですから、「わたしはこう思う」式の感想の【鍛練】に徹しています。

そうげんさん ここに居る意味を考えましょう!

ウオッチャー

そうげんさん……
伝言板や掲示板で本やアニメやゲームの紹介ばかりしてますが、そんな暇が有ったら、作品掲載して下さいってお願いしてますよね。

 届いてますか〜?

 ここに居る意味を考えましょう!

追記

そうげん

結婚は、始まりは婚姻届けの提出があって、おわりは離婚届があるでしょう。
車はわたしは持ってないけど、ナンバーの返却とか廃車手続きとかそういうのがあるでしょう。
区切りをつけることができる。

でも、廃村・廃墟・廃テーマパーク・避難指定の地域、そういうのは、
いつのまにか人がいなくなって、打ち捨てられてしまう場所。
そこに暮らしてきた、楽しい時間を過ごしてきた人たちの思いが残存していて、
その営みに思いをはせるとき、誰かが依り代となって区切りを付けましょうというところでした。

依代という点では、君の名は。の巫女もそうだし、天気の子の100%の晴女もそう。
他者の犠牲によって世界が守られる。しかし今回のすずめの戸締りは世界は守られるけれど、
女性(ヒロインあるいは主人公)を犠牲にはしなかった。そこがわたしはいいなと感じました。

あと考えるほどに『英湯伝説3白き魔女』・『英雄伝説5海の檻歌』に出てきた巡礼――各地をめぐって隠された真実に到達するというところに共通点を持っています。フォルト・ウーナ・マクベイン、マクベイン一座の旅芸人として各地を巡っていくストーリー。これの現代版として見てもそこそこ考え方としてあってるようにも見える。

あと君の名は。天気の子ときて、今作、やっと本当に表現したいことにちゃんと向かい合えるだけの自信がついた、的なことを映画館来場者に配られたパンフレットの中のインタビューに書かれてあったかと思います。わたしは前作2作、ちょっと見ていて不完全燃焼という気持ちがぬぐえませんでした。でも今回、全2作より格段に推せる理由が強くなってました。まあよかったですよ。

隕石

今晩屋

 隕石落とす。災害起きる。は、とても安易で、くだらない略称として新海誠にしますが。
 江戸川乱歩賞の荒木あかね
 此の世の果ての殺人は、面白かったので、割と新海誠ええやん。にしときます。では。

そうげん。ええやん。

今晩屋

 地鎮祭をするのに去る場合にやらない。
 それは結婚式と離婚式の「人間」の考えだからないっしょ。
 納車はあっても離車はないでしょ。
 そこに強烈な「エゴイズム」がある事を解らない奴って話。
 そして、人は人間を戸締まりなんか出来ない。
 何かを残し、遺し、流し、それが歴史だろ? 
 形は恨み、形は笑い、変形した形を「顔」としてるだろ?
「君の名は」の興行収入あるやん。あれは隕石の話やったな。味占めて。
 
 コロナで東日本大震災が風化するから作ったらしい。
 俺は当時大阪で働いてたが、いわき気仙沼に行った。確かに「新海誠」を視た奴はいなかったな。
 今までもこれからも「新海誠」を被災地の前線で視た奴は存在しないし「風化」させない「新海誠」もみた事は無い。
 いや、被災地に入りゃいいって話じゃない。そりゃそうだ。
 こういった話は、繋いだ手を離した片破れしか語るべきでない。って俺の考え。
 俺は「書いていた」時期だったから、取材を通してボランティアでもやれたらと思ってたらかな。
 
 体が半分になって膨れた遺体をその目で眺めて、体育館に集まった子供達がそれを探してる雰囲気を味わえば「戸締まり」なんて、出来ないんだよ。

すずめの戸締り――雑感

そうげん

新海監督、ゲーム会社のファルコム出身なんですよね。
わたしは中学のときに友人とPCゲームの貸し借りをして『英雄伝説シリーズ』等遊んでたんですよ。英雄伝説3の白き魔女、英雄伝説5の海の檻歌、このころOPムービーなどを新海さん担当されてたらしく、ファルコムのこのあたりのRPGのストーリーラインとか踏まえてると、どういうところにファルコム的なファンタジーを入れてきてるとかわかるんですよ。

色遣いにしても、背景とか、光や陰影の入れ方とか、ああ、あの頃遊んでたPCゲームを下敷きにしてというか、自分の糧として、いまこうして最新作を作られてるんだなとわかるわけです。天気の子のときは、東京があんなふうにキラキラ見えるのは地方在住者の夢の中にだけあるようなもので、数年も東京に住んでみればもっと薄汚れたものもたくさんある現実を知るものだといってる評家もいましたよ。でもファルコムのファンタジーRPGの文脈からいったらそれでいいんだと思ってます。

現代ものでファルコム作品といえば東亰ザナドゥがありますけど、これが制作されたころには新海さんはもうファルコムを離れられたかなと思います。しかしファルコム文脈で現代ものをやるとこうなるのかということがわかるので、これと新海監督の作品の作風を比較してみてもまた面白いと思ってます。

まあしかし童貞ボーイの夢見る世界的なものにチューニングされているのはよくわかります。川村元気さんの手によるものであるのと、十代にちゃんと届くように作っているんだろうなと思います。わたしも作中、主人公の独白が入るシーンは(「きっと世界は○○なんだ」式の独白など)それに接するたびに背筋が寒くなります。自分的にはすべってるように聴こえるけど、それもこみで作品なんだろうなとさいきんは諦めてますけど。

すずめの戸締り。戸締りってなんでしょねというのは、タイトルでもありますからこれについて語れば思いっきりネタバレになりますし、まあ、簡単にいえば、 これまでわたしたちを育み、愛おしんでくれた土地に感謝して、ちゃんと貸してもらった相手に返しましょうってところで主人公は「お返しします」という。土地を見捨てて放置するのではなく、ちゃんとお返しする。

家を建てるときには地鎮祭をするのに、去るときにはそういうことをしないのはなぜ? という疑問を監督はインタビューで口にされています。震災で避難地域に指定された場所や、全国各地に生じつつある廃墟、廃村、廃テーマパーク、この作は、そういうところに目を向けてますよ。

主人公の過去は、彼女が悪いわけではない。しかしそれをどう受け止めて、どのように処していまを生きているのかというところが作品を通じて見えてくる。とにかくポジティブに行動して、とにかく走りまくる主人公の動きは圧巻でした。

トラウマとか、鬱的傾向とか、病気とか、そういった最近の流行りに向かうのではなく、行動する主人公を設定して作品を作り上げてるところがわたしはよいなと思いましたよ。下降線をたどり、これからもどんどん落ちていくであることが予見される日本だからこそ、こういったポジティブ全振りの作品がつくられる。そういうものが作られるくらいにいまの日本は落ちていく流れに歯止めがかけられなくなってるんだと逆に把握できるわけです。

視点を変えようか

今晩屋

 俺が嫌いなのは、精神や死を「商業化」する事。
 新海誠は見事に成し遂げ「最高収益」を上げてるね。
 では、文学的に新海誠が表した側面はあるのか?
 ここは、誰か頼む。
 俺の感覚では無い。
 
 宮崎駿は、人と自然の「違い」を表してるじゃん。
「整合性」のない「すずめの戸締まり」「整合性」のない「天気の子」
 天空の城ラピュタは、時勢感ないから、整合性あるんだよ。万年前、万年後、あるかもねぇ。
 
 まぁ、新海誠が嫌いだからねwww
 

すずめの戸締まり

今晩屋

 何が面白い。災いを戸締まりする?

 ふざけるなよ。

 何が面白い「救う」って「前」もってやれんのか?
 人が人の生で後悔する事は「過去」しかない。
 つまり、新海誠は、たいした「過去」がない監督だから、こうなる。
 
 

宮崎駿

今晩屋

 ナウシカ。ラピュタ。ets
 何がそれぞれ面白いか聞きたい。

 俺は偽善が嫌いだから、環境や貧困はクソ食らえ。
 俺が便器で生まれたガキであろうが、お前等は知るよしも無い。
 準備は出来たな。

 「考えろ」