- 青木 航
2021/03/24 15:38
-
歴史小説に挑戦してみたいです 今頃見付けたのですが、他に書く人も居ないようなので、取り敢えず何か書いてみましょう。 しかし、カモさんスレ立てるの好きですね。殆ど席巻してるじゃないですか。
興味無いのも多いですが、ここなら何か書いてみてもいいかなと思いました。
基本的に私、小説が好きなんじゃ無くて、歴史が好きなんだろうなと思います。 歴史小説だけじゃなくて、歴史好きの方のブログは色々読んでましたね。凄い知識量でとても太刀打ち出来ない人が多いですね。
だから、最初の頃書いたものは小説と言うよりもブログに近かった。ただ、エビデンスの無い想像が入ってしまうんで、歴史好きの方のブログの範疇には入れて貰えないなと言うところでしたね。
|
- 青木 航
2021/03/24 16:24
-
歴史小説に挑戦してみたいです 『霊界放談』と言う、会話だけのものを書きましたね。霊界で将門と信長が話し合うんですね。どんなつもりで居たかとか、ぶっちゃけトークですよね。
これ、或サイトに投稿した時『将門に付いての小説を書いてみたら』と言う声を頂いたと思うんですね。ショートショートみたいのは何回か書いたこと有るけど、長編小説なんて書けないよなと思っていました。
地元に『千方神社』と言うのが有りまして、子供の頃から『千方様』と言う呼び名で馴染んでいました。千方様って殆ど神社と同じ意味に思っていました。それほど地元に馴染みの有る存在だったんです。
それまで読んだことも無かったのですが、神社に掲げられている縁起を読んでみると、『将門を討った藤原秀郷の六男でこの地を治め善政を施した為祀られた』と書いて有りました。 『そのくらいのことで神様として祀るかよ。なんか眉唾だな』と思いました。
しかし、ここで将門と千方が繋がりました。調べてみると『千方神社』と言うのは市内にもう二ヶ所、隣町にもう一ヶ所、合計三社有るだけで、決して良く有る神社では無いと言うことを、この時初めて知りました。
|
- 青木 航
2021/03/24 16:52
-
歴史小説に挑戦してみたいです 一方、『藤原千方』を検索してみると、『四鬼を従えて朝廷に逆らった悪の将軍』の伝承と、それに題材を取ったゲームや漫画やアニメしか出て来ない。 伝承の伝わって居る場所は伊賀だし、時代も壬申の乱の頃とされているので、最初は同姓同名の別人だろうくらいにしか思わなかったんですね。
でも、歴史好きの私はふと気付いたんですね。 『壬申の乱の頃、藤原を名乗る豪族なんて居る訳無いだろ』 ってね。 何故なら鎌足は、天智天皇から大織冠を授けられ、内大臣に任ぜられ、「藤原」の姓を賜った翌日に逝去したのですが、天智天皇も間も無く死に、跡継ぎの大友皇子を大海人皇子が討って政権を奪ったのが『壬申の乱』です。 この時、鎌足の遺児は史人(後の不比等)ひとりだけで13歳。当初、隠れるように生きなければなりませんでした。 藤原が増殖し始めるのは不比等の子の時代からです。それは、黒岩重吾の『天風の彩王・藤原不比等』を読んでいたから分かりました。
秀郷の六男とこの伝承の悪の将軍とは別人と言う見方が多かったのですが、伝承の時代設定の異説に平安時代中期・村上天皇の時代と言う説が有ることが分かりました。
これだと、秀郷の六男・千方が生きた時代と符合する訳です。秀郷の六男が鎮守府将軍に任じられた記録も有ります。
|
- 青木 航
2021/03/24 17:15
-
歴史小説に挑戦してみたいです もうひとつ、二人の千方を結び付ける糸を見付けました。望月三郎兼家と言う男です。 秀郷に協力して将門との戦いで手柄を立て、甲賀十六ケ村の郡司に任じられ、後に伊賀の郡司も兼ねたと言うのです。 そして、伝承ではありますが、甲賀三郎兼家は甲賀忍者の祖、藤原千方は伊賀忍者の祖と言う説が有ります。 甲賀三郎兼家についてはかなり怪しげなのですが、甲賀の水口と言う所に鴨長明筆の甲賀三郎兼家の石碑が有るので、居たことは確かでしょう。鴨長明は平安末期の人で、時代的にはそんなに離れていない訳ですから。
では、何故、千方は何故、悪の将軍としての伝承を残されたのか? 朝廷、藤原摂関家に取って都合の悪い人物だったからではないか。
誰かを悪人に仕立てる。それは、勝者によって昔から繰り返し行われて来たことですし、今でも、SNSを中心に日常行われている事です。
草原(かやはら)では、善政を施した領主・神として祀られている千方と四鬼を従えて朝廷に背いた悪の将軍である千方。この二人の千方をひとりの人間として繋げる作業が『坂東の風』です。 因みに、千方を討ったとされる紀朝雄については全く架空の人物です。つまり、伝承は、意図的に作り出された千方に対するネガティブ・キャンペーンなのです。
調べれば調べるほど面白い記録が出て来る。そのひとつが、今丁度提示している信濃での『千常の乱』です。
|
- 青木 航
2021/03/24 18:03
-
歴史小説に挑戦してみたいです この時期に満仲が信濃に行っていたと考えられる傍証があるのです。
鬼退治と言うと息子の頼光が有名ですが、満仲にも鬼退治の話が有るのです。
坂田金時の父・金末を引き連れて戸隠山の鬼神を征伐したとされるのが、この時期のことと思われ、
『鬼神が金末を取ておさえるところを満仲が走りよって鬼神の首を水もたまらず打ち落とし、金末を引き起して鬼神の首を持たせ、都をさして上っていく。満仲の御手柄天晴れ、並みの男の出来ることではないと皆して感心しない者はなかったのだ』
こう結ばれているところを見ると、源氏の祖を称えて鎌倉時代に作られた逸話と思われ、「鬼切の太刀」の伝説に繋がって行きます。
満仲はこの時期に信濃に居て、誰かと争ったのではないかと推測される理由です。
平維茂が信濃守の時のこととされる「紅葉狩」の伝説も鬼退治なのです。
『紅葉伝説は、長野県の戸隠、鬼無里(現、長野県長野市)、別所温泉などに伝わる鬼女にまつわる伝説。平維茂が鬼女・紅葉と戦い、討ち捕る話』
因みに、「紅葉」とは満仲の父・六孫王・経基の局だったと言うことで念が入っています。
|
- 青木 航
2021/03/24 18:23
-
歴史小説に挑戦してみたいです 『諱いみなと呼ばれ忌み名に通じるため、本名を呼ばれることは悪いこととされていたのです』良く見る説明です。 でもね。当時、正々堂々の戦いをする際は、官姓名を名乗った訳ですよね。 『やあやあ、良うく聞け。我こそは、前さきの鎮守府将軍・藤原秀郷が六男・六郎千方なり』ってなもんですかね。敵にわざわざ諱を教えてやる訳です。一番諱を知られたく無い相手だと思うのですが。 また、源満仲が『多田のまんじゅう』と呼ばれていたことは、あちこちに書かれています。満仲と言う諱が広く知られていて、それを音読みすると『まんじゅう』と読めることを皆知っているから、『まんじゅう』と言うあだ名が成り立つのではないでしょうか。
安倍晴明についても、『あべのはるあき』と知られていて『せいめい』が成り立つ訳です。逆に、晴明が、住所や官職で呼ばれていた記載を見付けることは逆に難しいのではないでしょうか。 『諱を呼ぶことは命を奪うのと同じ事で、例え主君でも憚られ、太郎や次郎と呼んでいました』などと尤もらしい回答をして「ベストアンサー」とされていた方も居たように記憶しています。 ノーベル賞を受賞した先生が「教科書を疑え」と仰っていたのを思い出しました。 確かに諱は日記や物語には書かなかったのだと思います。しかし、録音が残っているはずもないので調べようもありませんが、案外、中・下級の官人や庶民は、私達が芸能人やスポーツ選手を呼びつけにして会話するように『将門が攻めて来る言う噂やで』とか 『今度の武蔵守は源満仲らしいで』とか言っていたのではないでしょうかね。
|
- 青木 航
2021/03/24 18:58
-
歴史小説に挑戦してみたいです 前に書いたものを貼り付けたらかっこなしのルビが後についちゃいました
|
- ルイ・ミモカ
2021/03/24 19:09
-
歴史小説に挑戦してみたいです 青木さんの知識の豊かさを尊敬しています。
私は、いろんなドキュメンタリー番組などを見て、もっと歴史の勉強しようと思います。
|
- 青木 航
2021/03/24 19:48
-
歴史小説に挑戦してみたいです 自分で書いた文章ですが、正直、読んでるだけでワクワクしえ来るんですね。 でも、このサイトの殆どの方に取っては、ふーんてなもんで、せ最近40枚で書いてるMさんの文章が美しいとか芸術的だと思う感覚しか無いんでしょうね。 正直、私には気取った文章にしか見えなないんですけど、ま、私の方が、芸術も文学も理解しないどうしようもない奴と言う事になるんでしょうね。
|
- ルイ・ミモカ
2021/03/24 20:18
-
歴史小説に挑戦してみたいです 私は青木さんの世界観が好きです。
整った美しい文体で、格調高い雰囲気を生み出しているように感じられました。
|
なかなかプロのようにかっこよい言い回しで書けないです。
でも、素人の方でも、詳しく昔のことを知っていて、
いかにもな感じで書ける人もいたりして、
すごいなって思います。
私もいろいろ勉強して歴史小説書けたらさぞかし爽快だろうなって思います。