作家でごはん!鍛練場
しまるこ

ドトールという小さな世界においても癖のない男がモテる

ドトールという小さな世界においても癖のない男がモテる

小生はいつもドトールに行っては、同じ時間に、同じ格好で、同じ席に座り、カバンから変なノートを取り出して、変なものを書いて去っていく。

しかし、若い店員たちの性事情をちゃんとウォッチングしている。

彼らの頭の中が、今どれだけの性で占められているか、仕事をしている中で、彼らの性のバロメーターが上がったり下がったりしているのを、変なものを書きながら、ウォッチングしている。

よく見ていると、一人の男店員がすべての女店員たちを欲しいがままにしている。

すべての女店員は、その男が好きなようである。パンを咥えながら小走りで駆けてくるあの子も、洗濯物を干したその足で出勤してくるババアも、いつも文句ばっか言って梅干しみたいな口になってる女も、みんな、その男に向かって話しかける。

これは非常に興味深いことだ。女は受け身で牡蠣のように口を閉ざしているものだが、この男の前では熱した牡蠣のように心を開く。

女店員たちは同性同士でおしゃべりするよりも、この男と話す方が楽しそうである。

男は大してイケメンではない。髪型は韓国ヘアーで後頭部を刈り上げて今風ではあるが、小太りで色黒で、飲食店なのに腕毛が生えている。

清潔感という観点から見ると、少し惜しい。女はよく清潔感、清潔感というが、色黒はしょうがないらしい。腕毛もしょうがないらしい。しょうがないものはしょうがないらしい。むしろ、身体のハンディキャップを背負ってるんだと勝手に母性本能を持ち出すフシすらある。

色黒で腕毛が生えていると、普通人よりお風呂に入っている感じがして、彼は毎日ちゃんとお風呂に入っている感じがするから、それでぜんぶオッケーになっている感じがする。

なぜこの男がすべての女を引き寄せるかというと、単純に「わかってる感じ」があるからである。

小生と接客するときもわかっている。

(変人がきた……!)とおくびも顔に出さない。

毎日やってくる小生が店内に入ってきた様子を見るだけで、アイスコーヒーのSサイズを作ってくれる。「こちらでお召し上がりになりますか?」とか「レシートは要りますか?」などと間違っても聞いてこない。

この男がいちばん落ち着いている。他の男は、もし暴漢がドトールに押し寄せてきたら一生懸命に倒そうとするだろう。女たちにいいところを見せようとして、掃除用具棚からモップを取り出して飛びかかっていく。

腕毛男はたぶん、静かに警察を呼ぶと思う。あまりに落ち着きすぎているとそれはそれで変人だから、そこそこ驚いて、そこそこ困った顔をしながら、静かに警察を呼ぶと思う。その辺りの所作がとにかく普通人なのだ。人間に癖がない。

癖がない人間ほど女にモテる。

なんというか、普通に話して、普通に笑って、普通に緊張感があって、落ち着きすぎるわけでもなく、自然体。

腕毛はあまりエロそうな顔をしていない。モテようとも落とそうともしていない。恋愛の話もしない。女とどんな話題でも楽しく話せている。ごく自然にそれができている。男と女にある性差を意識させないから、逆に意識させている矛盾がある。

小生はイッテQの話なんて持ちかけられたら、「すいません、テレビないんで」といってしまうが、この男はどこまでも、どこまでも、世界の果てまで女と会話できそうである。

がんばらなくても、そこにあるものを女と共有できる。仕事の会話や普通の会話をして、小さな笑いが起こっている。起こしているのではない。生じている。

他の男も決して悪い男ではないが、腕毛に比べると子供っぽい。自分が英雄になるチャンスをうかがっている。普通の会話では腕毛にかなわない分、暴漢が攻めてきたとき一発逆転を狙っている顔をしている。そんなことを考えながらレジをやっているから、毎日店内で過ごす小生に向かって、「店内でお召し上がりになりますか?」と言ってしまう。

小生の見たところ、腕毛の会話のセンスはせいぜい55点くらいである。それなりに気づくから、笑いどころや話のキモを間違えないし、小生がなんか面白いことをいったら、それなりに笑ってくれるだろうが、自分で何かを創造できる男ではない。

25歳ぐらいに見える。フリーターだ。フリーターだから、月収は16万円くらいだろう。しかしドトールの女を好きにできる。

他の男は女を意識しすぎている。あれこれ頭で考えるけど、いざ顔を合わすと何も話さない。シフト中、女と一緒に組んでいても、何も話さず一日を終えている。(一日……。そう、小生は一日それをずっと見ている……)

彼らは、女と話したくてしょうがないくせに、「腕毛のようなつまらない男を好きになるような程度が低い女は、こっちからお断りだ!」と、なぜか勝手に怒っている。

ふだんはそれほどでもないけど、女と仕事しているときはいつも怒っている。そのため、ろくにコミュニケーションをとれないからミスを連発している。その分を、暴漢を退治することで取り返そうとしている。しかし暴漢は待てど待てどもやってこない。もう、彼らは毎日売り上げに貢献している小生に向かってモップを振り下ろしてきそうな勢いである。

腕毛とこの男達の明確な差は、「気づき」にあると思う。それは仕事においてもよく現れている。

腕毛は考えるまでもなく瞬間的にパッとなんでも気づく。そんなにすごくよく気づくわけではないけど、まあまあ気づくといった感じだ。というより、腕毛以外は気づかなすぎる。

腕毛に比べると、他の男は視線や動きや話し方が一つ一つの動作が固い。ネチョネチョして精液に絡まって動けない感じだ。こいつらは、ぜんいん薄暗い部屋でオナニーしている背景がちらついて見える。コーヒーに精液がついてそうで、こいつらが作ったコーヒーは本当に飲みたくない。

ただ当たり前のことに気づいて、当たり前のことをこなす男は非常に少ない。だから女は普通の人がいいというのだろう。女のいう普通とは、腕毛男のような男を指す。

普通の男だったら、女は自分から話す。女だって男と話したくてしかたないのだ。女同士で、女子更衣室の中のような、マン臭と香水がミックスしたような、きな臭い中に囲まれていると、男と話したくなるのだ。確かに女は受け身だけれども、心を許した相手にだったら、南国少年パプワくんみたいに積極的な目になる。

腕毛男。決してブログやYouTubeで成功する人間には見えないが、変にブログやYouTubeで成功しようとする暑苦しい男よりも、こういう男の方がモテるだろう。

クセがなくて変なところがなくて、及第点に達すると、そのうちに女から合格証書をもらえて話しかけられるようになる。

街を歩いてるほとんどの男が、パチンコ野郎だから、彼のような男は貴重だろう。女は男を見ると、8割は生理的に拒否を覚えるというが、その気持ちもわからないでもない。確かに、小生から見ても、気持ち悪い男ばかりだ。むしろ気持ち悪くない男を探す方が難しい。

小生は、幅もなければ高さもなければ厚みもない究極の一点を求めて生きているけれど、それこそクセがない真実の一点なのではあるが、ほとんどの人はクセにしか聞こえないだろう。女からすれば、とくに。

剣のクセを捨て去ることで、人生のありとあらゆるクセをすべて取り払った宮本武蔵は、モテないだろう。腕毛男に負けてしまうだろう。宮本武蔵が……!

少なくとも、このドトールで、宮本武蔵と付き合いたい子はいないだろう。

女は、掃除を終わらすと、「ただいま」というように、彼のもとへ帰っていく。清掃から精巣へとうつっていくように。

女をこういう風にすることができたら、後はどうにでもできてしまうだろう。

それは、宮本武蔵でもできない秘剣なのだ。

ドトールという小さな世界においても癖のない男がモテる

執筆の狙い

作者 しまるこ
133.106.218.143

少し昔のものですが、ここに来ていたmacoリカさんから褒められたので、ここに載せてみようかと思いました。

コメント

茅場義彦
sp49-97-26-81.msc.spmode.ne.jp

相変わらず好きです すきいい

でも セックスでてこないので not.enough

しまるこ
133.106.218.143

ありがとうございます。まったく同じ時間に互いの感想をして、とても恥ずかしいですね。

茅場義彦
sp49-96-229-188.msd.spmode.ne.jp

やーん 恥ずかしいい 小生シリーズ大好きです

茅場義彦
sp49-96-228-207.msd.spmode.ne.jp

観察眼がユニークだね

しまるこ
133.106.218.143

私としては、通常運転のつもりだったのでしたが、何人かの人に、「なんじゃこりゃ!」と言われたので、いつもとそんなに何か違うかな?と思って、こちらのサイトに人に伺ってみたくなりました。←執筆の狙いに書いておくべきでした。 

自分の良さというものは、自分では気づけないものですから、他人の視点というものが必要になってきますね。

あんどこいぢ
softbank126203219206.bbtec.net

どうも済みません。
あまり鍛練の足しになるようなことは書けないのに、いろいろな方のとこにお邪魔して、いろいろお騒がせしてしまって……。

>ただ当たり前のことに気づいて、当たり前のことをこなす男は非常に少ない。だから女は普通の人がいいというのだろう。女のいう普通とは、腕毛男のような男を指す。

ほんとにそうなのでしょうね。
それなのに妙に力んだ挙句、「結局顔なんでしょ」、とか、「結局金なんでしょ」、とか言ってしまう男が多そうですね。私は……。

宮本武蔵も宝蔵院を訪ねたとき、ただ畑を耕していただけの老人の鍬の動きを妙に意識してしまって、その老人の傍を通る瞬間パッと跳んで一瞬で通り過ぎるというようなことをやってしまって、あとでその老人にそれじゃ駄目だ、みたいなことを言われていたような記憶があります(私が観たのは年始の大型時代劇で、映画のほうはあまり観ていないし、小説も読んではいないのですが……。そういえばあの方の作品は句点が矢鱈多いです。『私本太平記』だったでしょうか……。最終巻までいかなかったのですが……)。

>剣のクセを捨て去ることで、人生のありとあらゆるクセをすべて取り払った宮本武蔵は、モテないだろう。腕毛男に負けてしまうだろう。宮本武蔵が……!

その大型時代劇での宮本武蔵は芸者さんにも、それじゃ力み過ぎ、みたいなことを言われていました。

とはいえその時代劇は結構気に入っていて、VHS三倍録画でしたがなん度も見直していました。
へんな楽しみ方かもしれませんが、それとの相乗効果でこの作品も楽しかったです。

失礼しました。

しまるこ
133.106.218.143

おはようございます。あんどこいぢさんは、コメントも独特ですね。

宮本武蔵が力みから始まって、だんだん静かになっていくというストーリーは、バガボンドという漫画にも見られますね。

じっさいの、宮本武蔵の素振りを、その時代に見たという人の感想が伝わってもいるのですが、その感想としては、「私は剣というものは全くわからないが、とにかく静かだったことに驚いた」というものでした。村人か何かの目撃談だと思われますが、私の方も、文献は忘れてしまいました。

徹底的に静かになることは、絶対的な意味ではクセがないことを意味すると思いますが、相対的な意味においては、とても強いクセになってしまうのでしょうね。

感想、ありがとうございました。

むらさき
KD106179132252.ppp-bb.dion.ne.jp

拝見させていただきました。
モテる男性がテーマになっていますが、僕のイメージとは少し違うかなと思いました。
僕の意見としてはやはり顔がいいとモテているイメージがあります。
容姿が優れていると自然と女性との関わりが増えている気がします。
そして容姿が優れている人は振る舞いなどが洗練されているようなイメージがあります。

しまるこ
133.106.254.70

むらさきさん、こんにちは。

容姿がいいからモテるというのは真実だと思います。

今回はある一つの角度をとがらせていって、それをテーマにして創作したというところですかね。しかし、直球に思うことでもあります。マッチングアプリとかでも、変人かそうでないかをふるいにかけていき、会社の面接のような、パーソナリティの上塗りのような会話をする中で、「私は変人ではないですよ」と証明するための儀式のように思われます。

しかし顔が良くて動きが洗練されていることの方がもっと大事なことだと思います。

夜の雨
ai249224.d.west.v6connect.net

「しまるこ」さん、読みました。

>ドトールという小さな世界においても癖のない男がモテる<

しまるこさんがドトールで観察日記を書いているのは絵になりますね。
というか映画の冒頭みたいで面白いですが。

何を観察しているのかというと、
>彼らの頭の中が、今どれだけの性で占められているか<
という事らしいですが。

>よく見ていると、一人の男店員がすべての女店員たちを欲しいがままにしている。<

というところですが、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すべての女店員は、その男が好きなようである。パンを咥えながら小走りで駆けてくるあの子も、洗濯物を干したその足で出勤してくるババアも、いつも文句ばっか言って梅干しみたいな口になってる女も、みんな、その男に向かって話しかける。

これは非常に興味深いことだ。女は受け身で牡蠣のように口を閉ざしているものだが、この男の前では熱した牡蠣のように心を開く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このあたりの表現力が高いですね。
イメージが湧くよい文章ではないかと。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
男は大してイケメンではない。髪型は韓国ヘアーで後頭部を刈り上げて今風ではあるが、小太りで色黒で、飲食店なのに腕毛が生えている。

清潔感という観点から見ると、少し惜しい。女はよく清潔感、清潔感というが、色黒はしょうがないらしい。腕毛もしょうがないらしい。しょうがないものはしょうがないらしい。むしろ、身体のハンディキャップを背負ってるんだと勝手に母性本能を持ち出すフシすらある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
面白いのはココですね。
「腕毛が生えている。」というところですが、ここに、男を感じるのではないかと思いますが。
だいたい体毛が多い方は精力が強そうで、異性を惹きつけるところがあるのではないかと思います。
体毛が少ないとたしかに清潔感はありますが、男としてはちょいとという感じなのでは、女性からしたら。
そういえば「007」のショーン・コネリーなどは体毛が多かったですね。
外人は体毛が多い。
男っぽい。
なので、心理的に持てる要因があるのでは。
外見的には「清潔感」がどうたらと女性は言っていますが。
内心は剛毛が好きなのでは。

それと御作の腕毛の男ですが、人間関係やら客あしらいがうまそうなので、ドトールで店舗の役職についているのでは。
それで、店員の女性たちは彼のそばにいると安心できる(ゴマをする)のではありませんかね。

>小生の見たところ、腕毛の会話のセンスはせいぜい55点くらいである。
>自分で何かを創造できる男ではない。
>25歳ぐらいに見える。フリーターだ。フリーターだから、月収は16万円くらいだろう。
>>しかしドトールの女を好きにできる。
このあたりのしまるこさんの観察眼はいいですね。

>>他の男は女を意識しすぎている。あれこれ頭で考えるけど、いざ顔を合わすと何も話さない。シフト中、女と一緒に組んでいても、何も話さず一日を終えている。(一日……。そう、小生は一日それをずっと見ている……)<<
ここで、しまるこさんが、一日ドトールにいることがわかり、御作の本筋は「ここかい」と思いましたが。

それにしてもドトールには一日いてもよいのですかね(笑)。
「テーブルチャージ」が必要だなぁ。
ドトールは企業として、採算が合うのか心配です。
まあ、私はドトールの経営者でないから関係ないか(笑)。

あと。
>腕毛男。決してブログやYouTubeで成功する人間には見えないが、<
>街を歩いてるほとんどの男が、パチンコ野郎だから、<
ほか、いろいろと観察しているところが伝わり楽しめますね。

>クセがなくて変なところがなくて、及第点に達すると、そのうちに女から合格証書をもらえて話しかけられるようになる。<
>>小生は、幅もなければ高さもなければ厚みもない究極の一点を求めて生きているけれど、それこそクセがない真実の一点なのではあるが、ほとんどの人はクセにしか聞こえないだろう。女からすれば、とくに。<<
クセがないと持てると書きながら、しまるこさんも「クセがない」が、それが「ほとんどの人はクセにしか聞こえないだろう。女からすれば、とくに。」このあたりが、笑えます。

しまるこさんは日常系のエピソードを描くのがうまいです。
さりげなく周囲を観察していて文字にしている。


お疲れさまでした。

しまるこ
133.106.228.169

夜の雨さん

ほぼ全文抜き出して一つひとつ感想くれて、ありがとうございます。

坂口安吾が、「小説は人間観察にはじまって大きな感動に終わらねばならない」と言っていますが、大きな感動にはなかなかならないですね。

ちんまいのは書けても、スリラーみたいに、大きな作品を書くには、相容れないところがあって、試行錯誤中ですね。

いろいろ、鍛錬場で、実験していけたらなと思います。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内