機動戦士サテュロス
一人の生徒が刺された。
刺された箇所のあかい裂傷から橙色の腸が、ダラリと出ている。黒い点のような蠅が数匹、たかっている。
ひどく戦闘的な生徒で、思考は混乱を極めて、神を呪ったあと神に感謝をし、さらに神を罵倒しそのあと老婆に席を譲って、どういうわけか老婆の頭を引っ叩くような生徒だ。名前を良太という。
第一中学校の二年三組の生徒である、良太は刺された。第三中学校の生徒と揉めたのだった。ゴキブリと呼ばれる他校の卑怯な生徒に刺されたのだった。ゴキブリと呼ばれる生徒は、背は低く痩せていて、力もなかった。しかしそういった非力さと、性格面での臆病さがあったが、他面では病的に攻撃的な性格をした生徒で、常にナイフを持ち歩いていた。AMAZONで三千円で買った折り畳みナイフだ。臆病という性格と攻撃的な性格が一致するところには常に武器が生成するものである。エロスとタナトスが一致するところに武器が生成する。
良太は腹から腸を出したままどういうわけか、登校した。クラスの生徒らはどうしたんだよおーい! と言うと、第三中学校の奴に刺されたと言って、その後、救急車で搬送された。
クラス内は騒然とした。黄色い下痢便を漏らす生徒もいた。文化祭が目前で、教室内には、いい加減に作ったマスコットの等身大人形や、様々な飾り付けがカラフルにあった。中学生のやる文化祭など往々にして、適当なもので、それらのどの創作物にもやる気の感じられない、独特の安っぽさがあった。
良太は戦闘的な性格をしているので、クラスメイトに恐れられ、大抵の生徒に嫌われていたが、他校の生徒に刺されたとなると、頭にくるものである。ゴキブリのように頭にくるものである。蠍(さそり)のように頭にくるものである。病的な悪環境を好む、忌まわしい爬虫類のように頭にくるものである。アルツハイマーの男性老人のように頭にくるものである。
それでクラスの大抵の生徒が頭に来ていた。烈火の如く怒り、第三中学校を潰そうと考えた。しかし例外的な生徒ももちろんいた。一致団結など幻想なのであり、そんなつまらないものがこの世にあってはならないのである。
例外の代表的人物の一人は、狂咲狂子(くるいざききょうこ)という頭がおかしい女子生徒で、この人物は好んで猫を殺してはバラバラに解体し、猫専用の冷蔵庫にコレクションしているという、怪人物であった。孤高という言葉がしっくりくる女子生徒で、人とはいっさい群れないでいかなる感情にも同調せず、ひたすら猟奇的欲望を満たすことばかり考えていた。彼女の目標は給食に猛毒を入れて皆がばたばたと死んでいく光景を眺めることで、それはさぞかし美しい事だろうと思うのだった。
例外の人物のもう一人は自閉傾向のある少年で、名前を高村真司といった。自閉傾向のある彼は人とは群れず、ひたすら自己の偏執狂的欲望を満たすことのみを考えていた。彼は文化祭の出し物として、信じられないことだが、巨大ロボットをつくってしまった。ベニヤ板に鉄板を貼って組み立てたのである。この巨大ロボットは教室内に収まりきれず、校庭に佇立してある。表面に石粉粘土でもって有機的かつグロテスクに装飾されたこの巨大ロボットは、異様な、禍々しさと威圧感があって、学校全体に不穏な空気感を放っていた。この巨大ロボは『サテュロス』と名付けられていた。
そういった例外的人物はまだ他にもいたが、ここでは省略する。
大半の生徒が頭にきたのである。ふだん、良太に陰湿ないじめを受けていた生徒も若干、頭に来ていた。中でも最も頭きていた――激昂といっても良い――のは、良太と常に行動している子分的存在の、カオルと啓太だった。彼らも良太ほどではないにしても粗暴な傾向のある人間で、良太の暴力衝動と、思考の混乱を尊敬していた。それで、カオルと啓太は第三中学校へと赴き、ゴキブリという渾名の例の生徒を呼び出し、彼の三千円のナイフを奪うと、それでもって滅多刺しにした。凄まじい滅多刺しであった。人類の歴史は数百万年だか知らないがあるが、その人類史にも例があまりないほどの滅多刺し出会った。ゴキブリは人間の原型をとどめないほどの滅多刺しに遭い、肉の塊のようになった。カオルと啓太は大笑いをしながら、その肉の塊に向けて放尿をした。しかしカオルは第三中学校の駆けつけてきた生徒に釘バットでもって頭蓋を割られた。啓太はナイフで応戦しようかとも思ったが、敵があまりに多数だったので逃走した。
文化祭当日。中学生の文化祭などやる気がなくて、カラフルな飾り付けがそこここにあるものも、やる気のなさからくる貧乏臭さで、ゴキブリホイホイのような装いだった。ただ自閉傾向のある高村真司の作った巨大ロボットのみが病的な霊魂を注入された異様さ威圧感で、来場者を圧倒させていた。
――オナニー。中学生の男子生徒を特徴づける性質はやはりオナニーである。一日に3回オナニーをするのが中学生である。文化祭には他校の女子生徒や色っぽい女子大生や女子高校生や女子小学生も、もちろん来場した。三年二組のとある男子生徒は女子大生に誘惑されてトイレでしゃぶってもらい、大量の精液を射出した。
そういった天国的桃色の出来事がある一方で、例の第三中学校の生徒らも来場した。彼らはナイフや警棒やスタンガンや桜の棍棒や釘バットやカイザーナックルなどで武装していた。ヤンキーとギャルの集団だった。ヤンキーは悪である事がカッコいいと思い込んでいて一桁の暗算も出来ないことを誇りとしていて、ギャルの経験人数は、優に三桁を超えていることを誇りにしていた。彼らは性と暴力以外のことを考えられなかった。
彼ら第三中学の不良どもは二年三組の生徒を呼び出した。生徒らはやがてやって来た。
「何か用か」
と二年三組の生徒の一人は、眉間に皺を寄せてきつく睨んでいった。
「性的なパーティーの提案でもしにきたと思うか?」
笑いながらそう言い、続けて
「殺しに来たんだよ!」
と不良どもは言って、大笑いした。
どうしようかと二年三組の生徒らは話し合っていると、自閉傾向のある高村真司は、あのロボットは乗れるし動く、と言った。
その声は二年三組の生徒らを高揚させたと共に、第三中学校の生徒らを慄然とさせた。校庭に突っ立っている、あの悪夢のように悪趣味なロボットが動けるのかと。そう考えると自分たちが手にしている武器が酷く頼りないように思えて、二桁の足し算が出来ないことなど、さして愚かでもなければ悪魔的でもないように思えて、「お漏らし」をするギャルもいた。
誰がロボットに搭乗するかという話になって、皆はあまり真剣ではなくふざけていたので、クラスでいちばん気の弱い生徒である田中に搭乗させようという話になった。そう決まると気の弱い田中は「お漏らし」をした。
巨大ロボットに梯子をかけて田中は漏らしつつもコックピットにはいった。中には外部を映し出すモニターと水晶玉が一個あった。水晶玉に手を置いてみるとロボットは起動した。
うにょーーんという音がしてロボットが起動し、目の部分が点滅してから光ると、第三中学校の不良らは、怯えて走って逃げていった。『お漏らし』しながら逃げていく不良もいた。
文化祭が終わった後に、校庭で盛大な焚き火をして締めくくろうと、文化祭のために作った様々な物が燃やされた。やる気の感ぜられない様々なオブジェだ。しかし高村真司の作った巨大ロボット『サテュロス』は燃やされなかった。いつかまた第三中学のものの襲撃があるかもしれないし、あの悪魔的な造形は、一種の崇高さがあって、燃やすのが躊躇われたのだった。
平和な日々が続いた。とはいえ狂咲狂子は、猫や鳥などの小動物を殺していたし、給食の鍋に毒を入れるオブセッションに駆られていた。またクラス内の程度の低い連中による陰湿ないじめもあった。それに思春期特有の過剰な自意識からファッション的にサドやバタイユやジュネといった悪徳の書を、これ見よがしに読んでいる生徒らもいた。武器マニアという生徒もいてナイフやスタンガンを学校内に持ち込んでいて、試しにスタンガンを虚弱な男子生徒に使って失神させたりしていた。しかし基本的にはこれと言った大事はなかった。
そんなある日の昼下がりにズシン! と校庭で音がした。みるとそこには巨大ロボットがあった。その巨大ロボットは第三中学の自閉傾向のある女子生徒が作ったもので、女子が作ったものらしく胸部は出っ張っていて腰がくびれていて、どことなくセクシーな外観のロボットだった。そのロボットの周囲には以前にきたヤンキーやギャルたちがいた。彼らは校舎に向かって中指を立てて笑っていた。
「第三中学の奴らだ!」
二年三組のある生徒はそう叫んだ。
虚弱な田中はまたかとうんざりしつつ、今度はロボットと戦うのかと思って、倦怠感と不安感に駆られつつもサテュロスに搭乗した。水晶玉に手を置き、ロボットを起動させた。しかしロボットは操作に従わなかった。どうしたんだろうなと思っていると、外で声が上がった。
「勃起してる!」
と校庭に出た二年三組の生徒らが叫んだ。そうサテュロスは隆々と勃起をしていたのだった。第三中学のセクシーな巨大ロボットに欲情したのだった。そして相手を押し倒し、勃起を女陰に挿入した。ああん! という第三中学のロボットが喘ぎ声を上げた。こともあろうか学校の校庭で巨大ロボットがセックスを始めたのだった。
いやあん! そこおん! もっとお! などという喘ぎ声が学校内を響いた。中学校である。大抵の生徒らは性行為未経験者である。恥ずかしさのために顔を赤らめる生徒や、興味深そうにじっと眺める生徒や、マスをかき始める生徒もいた。
やがてサテュロスが射精を終えてセックスは終わった。皆はもうなにがなんだかわからずに、喧嘩する意欲も失せていて、ただ恥の感情に支配されていた。そして第三中学の連中はトボトボと帰って行った。
その後は比較的穏やかな日々が続いた。童貞を捨てた生徒がいた。処女を捨てた生徒もいた。自分はモテないからと諦めてひたすらにマニアックにオナニーに執着するものもいた。狂咲狂子は死んだ鳩の身体に、猫の頭を縫い付けるという、奇怪なオブジェを作ったりしていた。
数ヶ月たったころ、またまた第三中学の連中がやって来た。
「出産しそうだ」
と第三中学のヤンキーの一人が言った。
「お前の妹がか」
と二年三組の生徒が不可解に思いつつ答えた。
「いや、ロボットが出産しそうなんだ。陣痛で苦しんでいる」
一緒に来て見てくれと続けた。
行ってみると、第三中学の校庭では女型ロボットが仰向けになって股を開いていた。女陰からロボットの頭が出ていた。
生徒らが集まって「頑張れー!」などと声をかけていた。
やがて女陰から新しいロボットが、ゴテっと出産された。
皆はなんだか感動してしまった。
「暴力よりセックスだ!」
ある生徒が叫んだ。それは、そうだそうだ! と生徒らへと波及していった。
やがて彼らは一つの大きな輪を作って、性行為を始めた。輪になった皆は、生殖器で一つに繋がったのだった。もっとも、参加しないで冷笑している者もいた。
暴力、今まで彼らはそればかりに取り憑かれていたのだった。今はもうそうではなかった。学校間の抗争はこれで終わった。
平和な日が続くある日、狂咲狂子は給食の鍋に猛毒を入れた。クラスの大半の生徒が死んで、彼女はヒャッハー! と歓喜の声を上げた。
――色々な人間がいるものである。
執筆の狙い
ありがとうございます。久しぶりの投稿になります。よろしくお願いします。