作家でごはん!鍛練場
ぷりも

御伽話編纂所

【プロローグ】
 私の名前は春奈。バイト先である「御伽話編纂所《おとぎばなしへんさんじょ》」の所長は私のことをハルと呼ぶ。所長といっても他には誰もいないけど。
 編纂っていうのは、資料を集め、整理、加筆を行い書物を作り上げることなんだけど、ようはみんなが知っている御伽話を時代に合わせてアレンジするみたいなことなの。
 こんな仕事が成り立つのかとか、時給はいくらとか野暮なことは聞かないでね。
 ふと、私は物思いにふける。
 前回の「金太郎」を最後に更新止まっているなと。

【鬼子母神】
「ハル、今回のテーマは鬼子母神だ」
「ずいぶん久しぶりですね。ほとんど世間の人たちから忘れ去られてますよ。あと、かぐや姫は公開しないんですか?」
「あれはイマイチだったからな。そういう時は切り替えが大事だ」
「今回はいい出来になるということですか?」
「早速だが、ハルの持っている鬼子母神のイメージを聞かせてくれ」
「話逸らしましたね」
 所長は聞こえないふりをして先を促す。
「そうですね、人間の子供を攫って食べてた鬼子母神を戒めようとお釈迦さまが鬼子母神の子供を隠し改心させるお話ですよね」
「概ねその通りだな。相変わらず一文で終わらせるその手腕は素晴らしい」
「ありがとうございます」
「だが、あまり簡潔にまとめてしまうと、読み物にならないから、我々はそこからストーリーを膨らませないといけない」
「これもいつもみたいに普及版と原作は違うんですか?」
「意外にもそのままと言っていい。ちょっと箇条書きでおさらいしようか」

•人間の子供を攫って食べていた
•子供は五百人(千人、一万人説あり)
•サンスクリット語でハーリーティー、それを音写した訶梨帝母《かりていも》という呼び名もある
•夫は毘沙門天の部下、武将八大夜叉大将パーンチカ
•素行を 見かねた釈迦に最愛の末子ピンガラを隠匿される
•一週間世界中を探しまわった末に釈迦に助けを乞う
•釈迦は子を失う親の気持ちを説き、改心するなら再びピンガラに会えるだろうと告げる
•帰依することでピンガラは戻され、安産の神となる

「ざっとこんなところだが、ハルは何か思うところはないか?」
「五百人も子供いたんですね。今日び三人兄弟でも中学の同級生からいじられるのに大変ですね」
「それだけ産んだのもすごいがパーンチカの絶倫具合も見逃せないな」
「そこは掘り下げない方がいいと思います。でも奥さんが人間食べてるのを見て見ぬふりしてたんですか、その人? 毘沙門天の部下ですよね」
「まぁ色々あるんだろ」
「身も蓋もないですね」
「それを言ったらお釈迦さまだ。五百人こさえる間に人間食べまくってるわけだから、もっと早いとこ諌めるべきだと思うんだ」
「そうですね。あと、いくら子供攫って食べてたからって、鬼子母神の子どもを誘拐しちゃうお釈迦さまの行動に問題はないんですか?」
「いい着眼だ。現代であれば問題になるだろう。ネット上の荒らしと呼ばれる人をちょっとおちょくっただけであちこちから苦情がくる世の中だからな」
「誰の話ですかそれは」
「単なる独り言だ。忘れてくれ」
「それと、散々人を食い殺しておいて、安産の神になるなんて、凶悪犯罪者が弁護士になるみたいでヤですね」
「確かに、神の話になると不思議とそういうこと言う人はいないな。よし!整った!」


〜 鬼子母神 〜

「今日もハードだったな」仕事を終えて帰途につくパーンチカはため息混じりにひとりごちる。
 仕事では上司の毘沙門天に怒られてばかり、家に帰ればハーリーティがどっかから攫ってきた人間の子どもをムシャムシャやってて食欲も失せる。
「あたしは子どもを産むために栄養が必要なのよ。あんただって子どもたくさん欲しいって言ってたじゃない。あれは嘘なの?」そんな風に一喝されると何もいい返せない。
 うん、確かに言ったよ、言ったけどさ、まさか五百人もこさえるとは思わないじゃんフツー。せいぜいそこは五人だろ。もう名前考えるのも大変だ。この前生まれた子にはピンガラと名付けたが、正直もう誰が誰だかわからない。
 パーンチカは家の前で足を止めた。玄関の両脇には松明《たいまつ》が道を照らしている。コンビニで買った発泡酒の缶を開けて勢いよく呷る。

「またか」

 パーンチカは“急な仕事が入って一週間出張になった”とハーリーティにメールして酒場へと向かった。

「大将、オレのグチに付き合ってくれるか?」
「おう、ここは漢の嘆きを置いていくところだ。遠慮なく言ってくれ。ホイ、生中お待ち」
「オレには子供が五百人いることは前に話したよな。オレもそこで打ち止めだと思ってたんだ。だけど違ったんだ」
「どういうことだい?」
「さっき家の前にきたら、松明が燃えてたんだ。あれは、今夜OKよ❤︎ってサインなんだ。お前がOKでも、こっちはとっくにKOだってのに」
「そりゃきついね」
「ああ、考えてもみてくれ、同じ屋根の下に五百人の子供がいると思うと、コトを構えるのも心理的プレッシャーすげぇよ。我ながらよくここまできたなって思っちまう」
「この際、千人でも一万人でもいっちまいなよ」
「無責任なこと言うなよ。ちょっと待ってくれ家内からだ。もしもし?」
「あんた大変だ、ピンガラがどこにもいないんだ! あたしこれから探しに行くよ」
「なんだって? オレも色々当たってみる」パーンチカは電話を切った。
「何だか穏やかじゃないね」大将が心配そうに言う。
「子どもが行方不明らしい。とりあえずお釈迦さまに連絡する」
「もしもし、お釈迦さまですか? 家内から連絡あって子どもが攫われたらしいんです。オレもうどうしたらいいか、……」
「あ、その子隠したのワシ」
「ちょ、何やってんですか! お釈迦さまでもやっていいことと悪いことがあるでしょ!」
「落ち着きなさい、キミんとこの奥さん人間食べまくってるでしょ。毒を以て毒を制するということだ」
「そうは言っても、……」
「安心しなさい、そのうちハーリーティの方から私に連絡してくるだろう。改心させたのちに返すから。じゃねー」
 電話は切れた。

「ダンナも大変だね」やりとりを聞いた大将が労いの言葉をかける。
 まぁ、確かにあいつにはこれくらいした方がいいのかもしれない。しばらくはビジネスホテルで暮らそうとパーンチカは生中を追加した。

 そして一週間後、まさに全ては釈迦の手のひら。ハーリーティは今後一切人間を食べないことを約束して安産の神となり、ピンガラも無事に戻ってきたと連絡を受けた。

「一件落着か」パーンチカは深夜に家へと戻る。松明は燃えてない。ようやくオレにも息つける場所ができたと玄関を開ける。

 家の中で松明燃えてた。

「お釈迦さま、夜分すいません。あいつこの期に及んでまだ、こさえる気なんですけど、オレもうどうしたらいいか、……」
「頑張って! じゃねー」
 パーンチカは切れたケータイを握りしめて覚悟を決めた。



「ハル、こんな感じでどうだろう?」
「いいわけないです」

御伽話編纂所

執筆の狙い

作者 ぷりも
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現在七面にある御伽話編纂所の追加エピソードです。笑い話を心がけていますが、前回
悲しさと切なさとやりきれなさを感じさせてしまった反省点を活かしているかもしれないし活かせてないかもしれません。

コメント

茅場義彦
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すっごいいいです。乾いた笑いが良い。知識もつくし。最高です。神話って色んな民族のが混じってるから、シュールですよな。元々は子供を食ったりさらったじゃなくて、異民族だったのかもねえ。

ぷりも
pw126247158205.14.panda-world.ne.jp

茅場義彦さま
お褒めいただきありがとうございます。
作品はおふざけですが、私も調べながら書いているので、私自身知識がつくという副産物があります。
神話は結構面白いですね、ギリシャ神話なんかは翻訳間違えてないかと思うくらい支離滅裂なことあります。
それにしても、パーチカンさんも大変ですね。

しまるこ
133.106.243.160

物語を書くなら、これくらいのスケールや遊び心を持って挑みたいものですね。読んでいて、ワクワク感が漂っていました。文章自体がその性質からか、自然と内省的な方向へ向かいがちですが、清涼感があって楽しかったです。茅場さんが前に書いていたコント作品と、テンポ感が似ていると思いました。

・凶悪犯罪者が弁護士になるみたいで

こうした文章がところどころ見られますね。

写実的な描写で綴っていくというよりも、例えや比喩だったりギャグを積極的に挟んで展開していくあたり、リスクがある方に向かっていく姿勢が好きです。この作品だからというわけでなく、根本的に、題材といい、表現といい、そもそもの文体が発想の方をメインに据えているような気がしました。読んでいて、一文単位の緊張感を問われるため、大喜利とかの勉強の方が見返りが大きそう気がしました。

ただ、そのせいか、ぷりもさんの中で意味合いが取れている、意脈に沿って書かれているせいか、この短い文章の中で、ん? と、立ち止まってしまうところが、個人的にはありました。

•帰依することでピンガラは戻され、安産の神となる

最初、ピンガラが? 鬼子母神が? どっちが安産の神? と一瞬、止まってしまったものですから(文脈でわかるところではあるのですが笑 知識がないもので)

「あたしは子どもを産むために栄養が必要なのよ。あんただって子どもたくさん欲しいって言ってたじゃない。あれは嘘なの?」そんな風に一喝されると何もいい返せない。

これも、パーンチカとハーリーティの会話が始まったのかと思ったら、少し読み進めて、あ、パーンチカの帰路につきながら回想してるのか、と、一瞬、読みあぐねて、後で腑に落ちる、といった、この短い文章の中で、何回かありました。主語とか、場面展開とか、全体的に、文章を省略するきらいがあり、もう少し必要な時は説明的でもいいのではないかなと思いました。

夢があっていいですね。夢があっていいです。

ぷりも
pw126247153220.14.panda-world.ne.jp

しまるこさま
感想ありがとうございます。
>全体的に、文章を省略するきらいがあり、もう少し必要な時は説明的でもいいのではないかなと思いました。
おっしゃる通りですね。書いてる本人には頭の中に明確なストーリーができているので、冗長にならないようにと意識するあまり、削りすぎてしまうようです。
あと地の文を減らして会話中心にしているので、「あたしは子どもを〜」はカッコでくくるべきではなかったですね。

ちなみに松明については、あるタレントさんがトーク番組で話していたエピソードを拝借しました。誰か忘れてしまったんですが、家の前で赤色灯が回っていたらそのサインだと。それが嫌で飲み屋で時間潰して帰ってきたら無くなっていたもんだから安心して寝室に入ると、そこで赤色灯が回っていたそうです。

しまるこ
133.106.243.160

>書いてる本人には頭の中に明確なストーリーができているので、冗長にならないようにと意識するあまり、削りすぎてしまうようです。

頭の中に明確なストーリーがないまま書き始める人が多い中、これができる事は凄いと思うのですが。

>あと地の文を減らして会話中心にしているので、「あたしは子どもを〜」はカッコでくくるべきではなかったですね。

それが言いたかったです。ぷりもさんの方で気づいてくれて感謝です。

赤色灯も、実のところ、一回立ち止まってしまうところがありましたね。初見だと、瑞々しくダイレクトに伝わってきにくいかもしれないですね。ワンクッション挟むと、そのワンクッションが命取りになってしまうというか。

ぷりも
pw126247146006.14.panda-world.ne.jp

しまるこさま
再訪ありがとうございます。
そうですね。全ては匙加減だと思うんです。
毎回、冗長と説明不足の間で塩梅を探りながら書いてます。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>ぷりもさん

読ませていただきました。
昔話をいじる系の話はおもしろいですよね。
私も過去に何作か書いたことがあります(そのうち、ごはんに投稿すると思います)。

鬼子母神の話は有名ですし、ツッコミどころも多いですし、いい題材だなと思いました。

>「あたしは子どもを産むために栄養が必要なのよ。

ぷりもさんなら、ここでカマキリの話でも出して、
俺が食われるよりはマシなのかも……
とかつぶやかせるのかと思いました^^;

作品全体を通して、ネタとしてはおもしろいとは思ったのですが、
この内容やオチでいくでのあれば、もっと短い文章でもよかったようにも思いました。
とはいえ、気軽に読めるコメディ作品というのもいいものですね。
読ませていただきありがとうございました。

ぷりも
p3689221-ipxg00g01tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

神楽堂さま
感想ありがとうございます。
カマキリもちょっと考えました。【生態系】ネタですね。あちらもお読みいただき感謝です。
前作では三本立てでしたが、今回一作のみなので、無意識に長くしてしまったかもしれません。
それにしても、いまだに多くの方々に題材にされる昔話って何気にすごいですよね。

西山鷹志
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拝読いたしました。

>御伽話を時代に合わせてアレンジするみたいなことなの。

これはグットアイデァですね。
御伽噺も

西山鷹志
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失礼いたしました。

途中でインター押してしまいました。

>御伽話を時代に合わせてアレンジするみたいなことなの。

これはグットアイデァですね。
御伽噺も色々あるので面白いと思います。

>五百人も子供いたんです

いやいや凄いこれでは歴代徳川将軍の子供を合わせても無理ですね。
私も御伽噺をアレンジした作品(浦島太郎の子孫は宇宙人)があります。
これなら沢山のアレンジ作品が描けそうですね。
次回作も楽しみです。

ぷりも
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西山鷹志さま
感想ありがとうございます。
当初は【昔話編纂所】の予定でしたが、海外の童話もいずれやろうかと思って【御伽話編纂所】としました。放置してましたがまた追加できたら良いなと思います。
浦島太郎や、かぐや姫はSFと相性良さそうですね。

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