令和救世主伝説
僕のヒーローはスタローンです。部屋の壁は彼のポスターでいっぱい。ロッキーとランボーは大好きです。
何度倒れても立ちあがるロッキー。地獄の戦地から友達を救うランボー。そんな大人になることが夢なんです。
幼なじみの正志くんは、たった一人の親友です。正志くんは、いつもいじめられています。
助けてあげたいけど、相手は大きくて強い子たち。僕はチビでどんくさいから絶対無理。それが本当の僕なんです。
そんな自分が嫌になります。そんなときはいつも、ベッドの上でタマを抱いて泣いています。
小学生のとき、正志くんと一緒にタマを保護しました。
野良犬がタマを側溝に追いつめて、牙をむいていたのです。
僕は正志くんに言いました。
「誰か呼んでこようよ」
「だめだよ! 今助けなきゃ、かみ殺されるよ!」
正志くんは、何度も石をぶつけて犬を追っ払いました。
正志くんは団地に住んでいたから、僕がタマを飼うことになったのです。
正志くんはタマの命の恩人だから、タマのためにも、正志くんを助けたかった。
僕はベッドで泣きながらタマに謝りました。
「ごめんね。僕じゃ助けられないよ」
「ニャ……」
ある日の放課後、また正志くんが体育館の二階でいじめられていました。
「お前が盗ってこねえから、どっかのクソ野郎に買われちゃったじゃねえか」
「あーあ。あのゲームカード欲しかったなぁ」
「万引きなんてできないよ……」
「お前、俺たちをなめてんのか?」
僕は正志くんが殴られる様子を、跳び箱の影から見ていました。心臓がドキドキして足が震えました。
「助けなきゃ。でも、やっぱり無理」
結局、僕はあきらめました。
「先生を呼びに行こう」
でも、先生に相談してもその場限りで、何の解決にもならないのです。
「このままじゃ正志くんが。いや、自分がダメになってしまう」
精一杯の勇気をふりしぼって、いじめっ子たちの前に出ると、彼らのリーダーが言いました。
「こいつを助けに来たのか? お前が?」
彼の仲間たちが大笑いしました。
「お前が言うとおりにすれば、こいつを許してやるよ」
「どうすればいいの?」
「お前がこいつを殴れば許してやる」
正志くんの顔は腫れあがり、唇が切れていました。
正志くんが僕に、「早く殴って……」と言うと、また彼らは大笑いしました。
僕は震えながら正志くんを殴りました。彼らがいいと言うまで、何度も。
僕は学校から帰ると、夕飯の支度をする母に相談しました。
でも、いじめっ子のリーダは、父が勤めている会社の社長の息子なんです。
母は手を止めると、凄い剣幕で怒りました。
「お父さんが会社で困ったらどうするの!」
「母さんは友達を見捨てろと言うの?」
「じゃあ、あなたが養ってくれるの!」
僕は自分の部屋に上がり、ベッドの上で泣きました。そんな僕を、タマが部屋の隅から見ていました。
カッターナイフを手首に当てたとき、メールの着信音が聞こえたのです。英語で書かれていて読めなかったけど、すぐ日本語に翻訳されました。
「君はヒーローになるのだ」
「あなたは誰ですか?」
「自筆のファンレターをハリウッドに送ってくれたじゃないか。英語は間違っていたけど、私はとても嬉しかった」
「スタローンさんですか!」
「そうだ」
「これ、いたずらメールですよね?」
「疑うなら嘘じゃないことを証明しよう」
「どうやって?」
「実は、私はCIAの職員でもあるのだ。もちろん、このメールは傍受されていない。今は詳細を言えないが、ある作戦が極秘で進められている。君の国の政府も知らない。その作戦を遂行する人間が君なのだ」
「どうして僕が?」
「君が有能な人間だからだ」
「馬鹿な! 僕は学校で一番の弱虫なんですよ!」
「世界最高レベルの人工知能が、最も有能な日本人として君を指名した。君の能力は大谷翔平をはるかに超える」
「そのAI、ぶっ壊れてますよ!」
「とにかく、私の言っていることは本当だ。それを証明しよう」
「どうやって?」
「君がいじめっ子たちの前に立ち、彼らの要求を断ればいい。そうすれば、君は自分の真の能力を知ることになる」
「無理です! 僕じゃ勝てません!」
「いい戦法がある」
「格闘技なんてできませんよ!」
「格闘なんてしなくてもいい。殴られても立ち上がればいいんだ。ロッキーみたいにな」
翌日の放課後、また酷いリンチが始まりました。でも僕は堂々と前に出たのです。
いじめっ子たちは、また正志くんを殴れと言い、きっぱりと断ると、彼らは僕をとり囲んで殴りました。
僕は倒れるたびに、「立ち上がればいいんだ。ロッキーみたいに」と言って立ち上がりました。
僕は殴られているうちに、痛みに耐える方法と、パンチの衝撃をやわらげる気功法を習得しました。
いじめっ子たちは、化け物でも見るかのような目で僕を見ていました。
「もう終わり? もっと殴ってよ」
「こいつ。狂ってる……」
彼らは逃げ出し、廊下を歩いている柔道部の連中とぶつかって階段から転げ落ちました。
帰宅して玄関で靴をぬいでいると、母が居間から出てきて、凄い剣幕で怒りました。
「あなた! 学校でなにをしたの!」
「なにもしてないよ」
「お父さんから電話があったのよ! お父さん、みんなの前で大恥かいたのよ!」
「社長の息子だから、人を殴っていいわけじゃないよ」
「お黙り! もう、あなたの晩飯は無いからね!」
その様子をタマが廊下の隅から見ていました。
僕は無言で自分の部屋へ上がると、スタローンにメールをしました。
「僕、ヒーローになったよ」
すると、すぐに返信が来ました。
「勘違いするなよ。悪ガキを懲らしめたぐらいでヒーローじゃないぞ」
「なら、どうすればヒーローになれるの?」
「仲間を助ければ」
「もうしたよ?」
「そうじゃない。君の同胞が拉致され、何十年も救出を待っていることは知っているな。君が助けるのだ」
「いくらなんでも無茶です!」
「拉致被害者の家族にはもう時間がない。言っちゃ悪いが、君の国の政府は無能だ。ミサイル好きの馬鹿殿に警告するためにも、君の力が必要なんだ」
「兵隊なんてできません! 武器のことなんて知らないし、車も運転できません!」
「ランボー見ただろ。あんな風にやればいいんだ」
「無茶言わないでください!」
「大丈夫。君には最強の武器がある」
「なんですか?」
「根性だ!」
「昭和かい!」
「必要な装備は用意した。君は本当のヒーローになるのだ」
窓ガラスがカタカタと揺れ始めました。
プロペラの音が鳴り響き、窓を開けると、オレンジ色の空から縄梯子が降りてきました。
僕はタマを抱きしめて誓いました。
「必ず生きて帰るから」
「ニャ……」
タマを下におろして縄梯子につかまると、それは勢いよく上昇しました。
でも、ふと下を見ると、タマも縄梯子につかまっていたのです。
「タマ! なにしてるの!」
「ニャ……」
タマと一緒にヘリに乗り込むと、僕は操縦士に謝りました。
「ごめんなさい。こんなことになってしまって」
「OKカウボーイ。仲間は多いほうがいいぜ」
ヘリは夕日の輝く日本海を飛び続け、僕らを地獄へ運んでゆきました。
エンジン音が響く機体の中で、僕は武器の取説を速読しました。
「M3サブマシンガン、C4型プラスチック爆弾、M47催涙弾、次はえ〜っと。あーもう知らんし!」
すると操縦士が言いました。
「よく聞け。君のコードネームは『捨て猫』だ」
「うん、わかった」
「指揮官は『大ガラス』だ」
「うん、了解」
「ついに地獄に着いた。捨て猫、無事を祈っているぞ」
僕は武器と弾薬を装着すると、タマを抱きしめて誓いました。
「必ず生きて帰るから」
「ニャ……」
僕はタマを下におろすと、機体から闇の中へ身を投げました。でも、少ししてから気づいたのです。
「パラシュートが開かない。なぜ?」
地上がぐんぐんと近づいてきます。
「ひもがからまっている!」
腕を伸ばしても、ひもの固まりに手が届きません。
「だめだ! もう助からない!」
ドサッと音がして、何かが僕の肩につかまりました。
「タマ!」
「ニャ……」
タマは僕の後を追ってヘリから飛び降りたのです。
「タマ! あのひもをほどいてくれ!」
タマは猫じゃらしの名人。ゆれるひもが大好きです。
タマが猫パンチの速射砲を浴びせると、ひもの固まりが解けてパラシュートが開き、地上スレスレで激突をまぬがれました。
突風の吹き荒れる荒野を歩き、小高い丘から暗視スコープで偵察すると、鉄条網に囲まれた基地が見えました。
ミサイルを積んだトラックがとまっていて、同胞が働かされている作業所が見えました。
「タマ。ここで待っていてね。ついて来ちゃだめだよ」
「ニャ……」
僕はポッケにある見取図と同胞の顔写真を頭に入れると、サバイバルナイフで鉄条網を切り裂き、基地に潜入したのです。
ミサイルを積んだトラックに起爆装置を仕掛けると、タイヤの影から作業所を偵察しました。
「入り口が一つしかない。どうやって救出するんだ?」
すると、いい作戦が浮かびました。
「そうか。堂々と正面から入ればいいんだ」
真正面の入り口から作業所に入ると、汚れた作業服を着た同胞たちが、機械で部品を加工していました。
僕は平然とした態度で歩みより、機械の停止ボタンを押しました。
「迎えに来ました。遅くなり申しわけありません」
「私たち、家に帰れるのですか?」
「みんな待っていますよ」
兵士たちはポカーンとその様子を見ていましたが、すぐに激しい銃撃戦となりました。
僕はサブマシンガンで応戦すると、手榴弾で壁を破壊し、催涙弾をばらまきました。そして、駐車してあるジープに同胞たちを乗せたのですが……
「おかしい。一人いない」
白煙の中に人影が見えました。
「止まれ! こいつを撃ち殺すぞ!」
同胞が兵士に捕まっていました。
「あたしに構わないで、逃げてください!」
僕は武器を捨てて、両手を上げました。
「よし。そのまま地面にひざまづけ」
「ニャー!」
タマが兵士の股間に噛みつきました。
兵士が苦しんでいる間に女性をジープに乗せていざ出発。
「タマ! おいで!」
タマが飛び乗るとアクセルを踏み込み、荒野を疾走したのです。
やがて前方に不時着しているヘリが見えてきました。でも操縦士がいません。捕虜をつくる可能性を極力排除していたのです。
同胞をヘリに乗せて夜空に舞い上がり、起爆装置のボタンを押すと、大きなキノコ雲が立ち上がりました。
でも、すぐに敵のヘリが攻撃を仕掛けてきたのです。
僕はヘリを自動操縦に切り替えると、機体に装備されているガトリング砲で応戦しました。
なんとか敵機の追撃をかわして日本海に到達すると、やがて宝石箱のような夜景が広がりました。
そのとき、スタローンから指示が来たのです。
「大ガラスから捨て猫へ。大ガラスから捨て猫へ。聞こえるか?」
「はい。聞こえます」
「負傷者はいるか?」
「全員無事です」
「大ガラス了解。では着陸ポイントを指示する 。国立競技場に着陸せよ。繰り返す。国立競技場に着陸せよ」
「捨て猫了解」
国立競技場の照明が見えてきました。下り坂48のライブの真っ最中です。
スタジアムにごう音が響き渡り、弾痕だらけの機体がフィールドに着陸すると、ライブはぶち壊れ、ヘリから降りる帰還者たちを、大観衆が固唾を飲んで見守りました。
でも観客たちは、帰還者たちに罵声を浴びせたのです。
「邪魔するなー!」
「金返せー!」
「早く消えろー!」
あの人たちの眼を開かせよう……
僕はヘリに積まれている20ミリ機関砲で、スタジアムの照明に機銃掃射を浴びせました。
無数の電灯が砕け散り、ガラス片の雨が降りそそぐと、観客はベンチの下に身を隠し、下り坂48のメンバーは走って逃げていきました。
自衛隊のヘリが投光器で僕を照らし、特殊部隊が一斉に銃口を向けると、スタジアムに指揮官の声が響き渡りました。
「作戦は終わった。武器を捨てるのだ」
電光掲示板にスタローンの姿が映っていました。
僕がタマを抱いてフィールドに立つと、フェンスの後ろからスタローンが現れ、僕の前まで歩いてきました。
「君は本当のヒーローだ」
僕は家族と抱きあう帰還者たちを指差して言いました。
「あの人たちが本当のヒーローです」
「君の望みはなんだ?」
「人々が幸せに暮らすことです」
おわり
執筆の狙い
パイングミ様のアイデアを取り入れ、タマが活躍する展開にしてみました。
よろしくお願いします。