名無しの戯言 第1章-第1節まとめ【#1~9】
名無しの戯言
第1章-第1節まとめ【#1~9】
【#1】
心地よい風が私たちを優しく通り抜けた。
「ちゃんと来てくれたみたいで良かった」
背を向けて大空を見上げたまま、彼は私に語りかける。私は少しの間を置いて考えていたことをそのまま口にする。
「仮に逃げるんだったらあんなことは言わないよ。私は……もう覚悟を決めたの」
「……そうかい、それじゃあ始めようか♪ 試練を……」
私がそれに静かに頷くと巨大な結界が展開され、先程まで吹いていた風は次第に消えていった。
「ふふふ♪ どうやら彼女は結界を張り終えたみたいだね。楽しいお遊戯会のスタートだ」
次の瞬間、彼は私の背後に回り込んでいた。彼は私に向けて打撃を放つ。私は手のひらでギリギリ受け止めた。この異常な速度、恐らく【能力】によるものだろう。
「へぇ……この攻撃だけで勝てると思っていたんだけどね。残念……もっと本気出さなくっちゃ♪」
「……!」
右からの回し蹴りによって対応しきれなかった私の体は宙へと投げ出される。
「想定の2倍、楽しんじゃった。だから……これお礼ね♪」
「まずっ……!」
今の体制でこの攻撃を回避できるはずもなく、彼の攻撃は私の腹に直撃する。私は最初の攻撃とは比にならない衝撃で地面に叩きつけられる。「このままでは勝てない」と正直、確信した。能力を使わない私と彼の間にはとてつもない差がある。それが理解できない程、私は馬鹿じゃない。……負けることは許されない。ここで負けては本末転倒なのだ。ただ、スピードでやや劣っているうえに戦闘経験も私の方が少ない。「それなら……」と私は立ち上がる。それに対して彼は目を見開いて言った。
「へぇ……まだ動けるんだ。それが君の【能力】なのかな?」
次の瞬間、私はさっきのルクルドさんと同等の速度で彼に近づいた。私がこんなにも素早く動いてくることを想定していなかった彼は私のその一撃をもろにくらう……はずだった。回避される可能性は限りなく零だった。それなのに……
「残念、君は何か勘違いしているみたいだけど……あの身体能力は僕の素の力だ。能力とは無関係の……ね」
まさか……嫌な予感がする。
「能力 模倣 死神ノ鎌」
彼の手には鎌が握られていた。私は再び彼と距離を取る。いや、本能が離れろと必死に呼びかけていた。それ故に勝手に体が動いた。
「僕は遊び人って呼ばれてるけどおかしなことにジャグリングすらできなくてね。それじゃあ何故遊び人なのかって? それは……」
彼から凄まじい威圧感が放たれる。そして彼は言った。
「僕の戦い方は遊び人よりも理解ができなくて面白いからさ!」
言い終わると同時に彼は鎌を振った。この距離で鎌を振っても当たることはない。だから……牽制だと思った。それなのに……鎌の先端の刃の部分が外れ、私の方へとへと飛んできた。それはブーメランのように回転しながら私のすぐ隣を通過、その後Uターンをして彼の元へと戻り……そして柄の部分と再度接続された。
「意味が……分からない」
私は思わずそう呟く。そして彼はそのときにできたほんの一瞬の隙を見逃さなかった。背中に激痛が走る。そして気づけば私は……倒れていた。
「背中を強打したせいで体が動かないでしょ? 君は確かに強いけど今はそれが限界だ。」
「……そうですね、もう……」
「だったら降参を…」
「限界じゃないっていったらどうしますか?」
私は彼の首に包丁をあてていた。彼の動体視力を遥かに超越した速度。当然、彼は反応すらできていない。
「そうかい、やっぱり君も……。その包丁は“能力”を使って出したのかな?」
この世界には能力者と呼ばれる人間たちが存在する。能力者は❝能力❞と呼ばれている特別な力を持った人間たちのことを指す。今から千年以上前に突然現れて魔族と人間の混血の子孫だとか神様が与えた力だとか様々な噂が飛び交っている。ただ、そこまで数がいるわけじゃない。人間全体のうちのほんの一握りなのだが、それでもこの世界で確かな地位を築いている。それは何故か。理由はいたって単純、この世界が魔王によって支配されているからである。そして能力者の持つ能力というのはその魔王に対抗しうる程、強大なものだからである。一般人であれば到底太刀打ちできない魔物が相手でもいとも容易く勝ててしまう。それが私たち能力者なのだ。
「私が能力者だと勘づいていながら殆ど能力を使ってなかったですよね。油断があなたの敗因です。私こそかなり楽しめましたよ」
例えいつか自分が悪だと罵られることがあったとしても……私は必ず【目的】を達成しなければならない。全ては正しい世界の為に……。
【#2】
ここはどこなのだろう。今はどれくらいで……まだ視界が霞んでいるが右隣にある窓から光が溢れているのが分かる。
「ん……ああ、ここは」と私がふと呟くと遅れて左から声がした。
「良かった……起きたのね、ここは町外れの宿屋。あなた森の中で倒れ込んでいたのよ? 体に異常はないかしら?」
薄紫色の長髪の美しい女性が私の左隣で優しく微笑んでいる。
「大丈夫です。あの……えっと助けてくれてありがとうございます……あの……名前を教えてもらえないでしょうか」
「もしかしてあなたあまり人とは話さないのかしら? そんなに緊張しなくてもいいのよ? 私は魔法使いのワズン、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
ワズンさん、聞き覚えのある名前だ。もしかして、と試しに私は訪ねてみることにする。
「この前結成された……魔王討伐部隊の方ですか?」
「あら、知っていたのね」
魔王討伐部隊、“部隊”と名前に入っているが実際には勇者と呼ばれているリーダーを中心とした3~5人程度の能力者で構成されているいわゆる勇者パーティというやつである。となるとこの人、ワズンさんの仲間は……
「ただい……あれ、もう起きてたんだ」
「こいつは遊び人のルクルド、色々とふざけてるから相手にしなくていいわ」
「僕は至って真面目なんだけど? ま、いっか♪ 改めましてはじめまして、僕はルクルド、よろしくね」
ルクルドさん、知ってはいたがかなりマイペースな人である。すると次の瞬間だった。彼は突然こちらへととてつもない速度で近づき、見極めるようにこちらを見つめてきた。あの人間離れした速度、恐らく能力なのだろう。私がそんなことを考えていると……
「あ痛!」
バシッと明らかに痛そうな音が鳴り響く。ワズンさんが叩いたわけなのだが魔法使いが叩いた音にしては大きすぎた気もする。とはいっても他に周りに誰かがいるわけでもないのだが……魔法使いってなんだろう。それともこれも能力なのだろうか。
「なんというか、ごめんなさいね」
ワズンさんが謝ってきたが別にワズンさんは悪いことはしていないし、それにあの目はきっと私の実力を確かめようとしたのだろう。厳密にいえばあのときのルクルドさんの速度についてこれるのかを試された。
「いえ、全然大丈夫です」
ただ、ルクルドさんは……と彼がいたであろう場所に視線を向けたが
「居ないし」
私の気持ちをワズンさんが代弁してくれた。この感じだと勇者にあたるメンバーに私のことを報告しに行ったといったところだろうか。私がそう結論付けていると……
「悪い、ちょっと遅くなった」
恐らく勇者なのだろう。にしても…
「帰ってきてすぐで悪いんだけど、ルクルド連れ戻してくるわね」
「あいつ、またどっかに行ったのか」
“また”ということはもう既に何回もこれを繰り返しているということなのだろう。マイペースなのは知っていたが……ここまですごいとは思っていなかった。……悪い意味で。
「折角2人きりなわけだし、自己紹介するか。俺はアクト、アクト・ブレーブだ」
「よろしくお願いします……」
一瞬、不思議そうに見てきたので何かやらかしてしまったのだろうか。 …これから何を言われるのだろう。私が不安に駆られていると
「俺たちは魔王討伐部隊、それも俺は勇者だがこんなのはただの二つ名だ…故にそんなに緊張しなくてもいいんだぞ?」
「へ?」と想定外の言葉に思わず驚いてしまった。
「いいんですか?」
「ははっ、まだその様子じゃ俺たちの雰囲気に慣れるのにはもう少し時間が掛かりそうだな」
恥ずかしい。でも少し楽しい……かも?
その後も会話が弾み気が付けば夕暮れに差し掛かっていた。ようやっと会話が尽きて部屋全体が沈黙によって支配された頃、アクトさんが突然提案をしてきた。
「……なぁ、お前、俺たちの仲間にならないか?」
私は微笑んでその問いに返事をする。
「もし、アクトさんがそれでいいのなら……私は入れてほしい……私、多分だけど役に立てるから…………」
「駄目よ」
今度はやや冷たいその声が部屋の空気を支配した。
「どうして駄目なんだ?」
「あまりにも危険すぎる……それにこの子は森で倒れていたのよ? まだ体調だって万全じゃないし、悪いけどあの森のモンスターは正直、そこまで強くないわ、だから……」
アクトさんがワズンさんの言葉を割って入ってくる。
「俺はこいつに何かとてつもないものを感じてるんだけどな……」
魔王を討伐するための旅が楽だなんてことはあり得ない。ワズンさんは私のことを心配してくれているのだろう。それにあの森に生息しているモンスターの強さを考慮したときに私が能力者ではないと考えるのが妥当、魔王討伐の旅において無能力者ははっきり言ってしまえば足手まといなのである。
「そっかぁ、なら……」
次のルクルドさんの一言はあまりにも衝撃的すぎるものなのであった。
【#3】
「そっかぁ、なら……彼女と僕が勝負をして僕が認めたら彼女を仲間にしてもいいよね」
その衝撃的すぎる言葉にその場に居た誰もが驚きを隠しきれていなかった。
「一応、言うけどこの子は怪我人なのよ? 魔法で回復させたとはいえ、流石に無茶だし、それに……」
確かにそうかもしれない。だけど…
「勝負やりましょう。体は明後日には万全になると思います。何より皆さんに恩返しをしたいんです」
「決まりだな、勝負は明後日、万が一のことがあればワズンが止めに入ればいい。それにルクルドは俺たちの中じゃ1番強いからな。こいつに認められたら本物だろ」
「ちょっと!」
私はワズンさんを見つめる。少しの間その場を沈黙が支配した。
「あーもう! いいでしょう、ただし……」
何を言われるのだろうと私は緊張する。
「無理だけはするんじゃないわよ!」
「……! はい、もちろんです!」
なんやかんやで優しい人である。
2日後、ワズンさんの魔法の効果もあって私の体調はほとんど回復しきっていた。外に出ようとしたとき「負けるなよ」とアクトさんが私の頭を軽くポンポンしてきた。「ふふっ」と笑みがこぼれる。そして私は言う。
「大丈夫です、私は負けません!」
「そうか、なら加入祝いの御馳走でも作って俺は待ってるよ」
アクトさんは私の勝ちを確信してくれていた。嬉しさがこみ上げてきた。この試練に打ち勝たなければいなけない。私はそう覚悟を決めて外への扉を開く。そして彼のいる方へと何歩か歩みを進める。そして心地よい風が私たちを優しく通り抜けた。
「ちゃんと来てくれたみたいで良かった」
背を向けて大空を見上げたまま、ルクルドさんは私に語りかける。私は少しの間を置いて考えていたことをそのまま口にする。
「仮に逃げるんだったらあんなことは言わないよ。私は……もう覚悟を決めたの」
「……そうかい、それじゃあ始めようか♪ 試練を……」
私がそれに静かに頷くと巨大な結界が展開され、先程まで吹いていた風は次第に消えていった。ワズンさんの結界術だ。
「ふふふ♪ どうやら彼女は結界を張り終えたみたいだね。楽しいお遊戯会のスタートだ」
次の瞬間、ルクルドさんは私の背後に回り込んでいた。彼は私に向けて打撃を放つ。私は手のひらでギリギリ受け止めた。この異常な速度、恐らく【能力】によるものだろう。
「へぇ……この攻撃だけで勝てると思っていたんだけどね。残念……もっと本気出さなくっちゃ♪」
「……!」
右からの回し蹴りによって対応しきれなかった私の体は宙へと投げ出される。
「想定の2倍、楽しんじゃった。だから……これお礼ね♪」
「まずっ……!」
今の体制でこの攻撃を回避できるはずもなく、ルクルドさんの攻撃は私の腹に直撃する。私は最初の攻撃とは比にならない衝撃で地面に叩きつけられる。「このままでは勝てない」と正直、確信した。能力を使わない私と彼の間にはとてつもない差がある。それが理解できない程、私は馬鹿じゃない。……負けることは許されない。ここで負けては本末転倒なのだ。ただ、スピードでやや劣っているうえに戦闘経験も私の方が少ない。「それなら……」と私は立ち上がる。それに対してルクルドさんは目を見開いて言った。
「へぇ……まだ動けるんだ。それが君の【能力】なのかな?」
次の瞬間、私はさっきのルクルドさんと同等の速度で彼に近づいた。私がこんなにも素早く動いてくることを想定していなかったルクルドさんは私のその一撃をもろにくらう……はずだった。回避される可能性は限りなく零だった。それなのに……
「残念、君は何か勘違いしているみたいだけど……あの身体能力は僕の素の力だ。能力とは無関係の……ね」
まさか……嫌な予感がする。
「能力 模倣 死神ノ鎌」
ルクルドさんの手には鎌が握られていた。私は再び彼と距離を取る。いや、本能が離れろと必死に呼びかけていた。それ故に勝手に体が動いた。
「僕は遊び人って呼ばれてるけどおかしなことにジャグリングすらできなくてね。それじゃあ何故遊び人なのかって? それは……」
ルクルドさんから凄まじい威圧感が放たれる。そして彼は言った。
「僕の戦い方は遊び人よりも理解ができなくて面白いからさ!」
言い終わると同時に彼は鎌を振った。この距離で鎌を振っても当たることはない。だから……牽制だと思った。それなのに……鎌の先端の刃の部分が外れ、私の方へとへと飛んできた。それはブーメランのように回転しながら私のすぐ隣を通過、その後Uターンをしてルクルドさんの元へと戻り……そして柄の部分と再度接続された。
「意味が……分からない」
私は思わずそう呟く。そして彼はそのときにできたほんの一瞬の隙を見逃さなかった。背中に激痛が走る。そして気づけば私は……倒れていた。
「背中を強打したせいで体が動かないでしょ? 君は確かに強いけど今はそれが限界だ。」
「……そうですね、もう……」
「だったら降参を…」
「限界じゃないっていったらどうしますか?」
私は彼の反応を遥かに上回り、背後へと回り込んでいた。
【#4】
ルクルドさんの背後に回り込んだ私は次の瞬間、彼の首に包丁をあてた。あまりの速さに彼は反応すらできていない。
「そうかい、やっぱり君も……。その包丁は“能力”を使って出したのかな?」
「私が能力者だと勘づいていながら殆ど能力を使ってなかったですよね。油断があなたの敗因です。私こそかなり楽しめましたよ」
少しの間を置いてルクルドさんは私に言った。
「僕の速度は無能力者なら目で追うことなんてできない。だけど君は僕と初めて出会ったとき、僕の動きを目で追えていた。あえて左右に動きながら移動したのに完璧にね。ただ、森で倒れていたこともあって確証がなかった。手加減はいらなかったってことだね……完敗かぁ」
そう言って彼はその場に座り込む。格好つけてみたものの能力を使ったのが久々すぎて体は限界を迎えていた。ルクルドさんの方へと向かおうとしたそのとき「あっ」と声をあげる。石につまずいたのだ。だけど私が地面とぶつかることはなかった。
「大丈夫?」
顔をあげるとそこにはワズンさんがいた。私の腕を掴んで支えてくれている。
「まさか……勝っちゃうなんてね。私もあなたを認めるわ。……あの馬鹿なら2、3分後には回復してるでしょうし、とりあえず宿に戻るわよ」
「……はい」
こうして私は彼らの“仲間”になった。
「おかえり。勝ってきたんだね」
部屋の扉を開けるとアクトさんが料理を4人分並べていた。
「なんか、私の分だけ量が多くないですか?」
僅かに笑みをこぼしつつ、私は言った。他3人は4品なのにも関わらず私だけ8品用意されていたのである。
「窓から見てたよ。きっと疲れただろうし、お腹もすくだろうと思った……それに今日の主役はお前だからな」
こういう気遣いは素直に嬉しい。食べ切れるかは少し不安だけど。
「あれ? なんか名無し君の分だけ多くない?」
突然後ろからルクルドさんの声が聞こえたので驚いて私は足を滑らせる。
「痛っ!」
「凄い音したけど大丈夫?」
「大丈夫です。ワズンさん、ありがとうございます」
私はその場から立ち上がる。にしても正直、しばらく帰ってこないと思っていたのだがどうやらワズンの行っていた通りルクルドは復活が異様に早いらしい。
「とりあえず全員揃ったし、冷めないうちに食べるか」
その言葉を合図に私達は食卓を囲む。
「いただきます!」
「そういえばあのときの包丁、この宿の料理人が使ってるやつだよね? アクトが借りて料理をしていたんだとするとあれはどうやって出していたんだい?」
食事中、ふとルクルドさんがそんなことを聞いてきた。
「あれは私の能力で生み出したものだよ。私の能力は【自分自身を今よりも強い状態にする】能力なんだ」
「……? もし仮にそうならどうして包丁が出せたのよ」
ワズンの言う通りただ自分を強化するだけの能力なら包丁を出せたのはおかしい。ただ、私の能力は一般的な自分自身を強化する能力とは色々と違っており、複雑なのだ。
「包丁を持っている私と包丁を持っていない私、あの戦いだと包丁を持っているかはそこまで勝敗に影響しなかっただろうけどどちらが強い状態かと聞かれればそれはもちろん包丁を持っている私。だからそれを包丁を持っている私を思い浮かべて能力を発動した瞬間、私の手には包丁が握られていた」
「なるほど、じゃあ突然僕以上の速度が出せるようになったのも能力ってことか」
私が能力の仕組みを話し終えると再びワズンさんが問いを投げてきた。
「割と何でもアリな能力ね。でもそれだけ強いってことはそれ相応のデメリットもあるのでしょう?」
その通り、デメリットは存在している。私はそれを唐揚げを1つ摘んだ後に話し始める。
「まず、私がこの目で見たことのないものやそのものの仕組みを理解していないものは生み出せない。それと持っていても強さに影響しないと私が思っているものも当然生み出せない。あとは同時に生み出すのは今は2つが限界……こんな感じかな」
「なるほどね」とワズンさんも納得した様子で私の話に頷いてくれた。するとアクトさんが今更な、でも大事な質問をしてくる。
「そういえばお前、名前はなんて言うんだ? 出会ってからもうすぐ3日経つわけだがまだ名前を聞いてなかったと思ってな」
「そういえば聞いてなかったわね」
その質問に私はすぐに答えることができなかった。
「もしかして……名前がない、とか?」
「……はい。色々あって名前……なくて」
「まぁ、ちゃんと決まるまでは名無しでいいんじゃない?」
「え?」
仮決めとはいえ、そのあまりにも雑すぎる名前を聞いて流石に素っ頓狂な声をあげる。そしてアクトさんとワズンさんの方を見て「流石に駄目でしょ」と言ってくれるのを期待する。だが
「ま、それでいいんじゃね?」
「私も異論ないわ」
どうやら私の仲間3人にはネーミングセンスというものが欠片もないらしい。「ま、まぁ仮決めだからね」と私もそれを承諾する。このときの私はまさかこれが本当にそのまま名前になるなんて思いもしなかったのであった。
【#5】
夕食も食べ終わり、私はアクトさんの食器の片付けの手伝いをしていた。
「そういえば、3人って魔王討伐を目標にしてるんだよね? どうして魔王を討伐しようと思ったの?」
私は今まで疑問に思っていたことの1つを問いかける。
「魔王の居城である魔王城にはどんな願いでも叶う世界樹が封印されてるって言われてる。俺たちの目的は厳密には魔王を倒してその封印を解き、世界の平和を願うことなんだ。魔王によって苦しむ人たちの姿をもうこれ以上見たくないからね」
「……」
私はそれを聞いて思わず黙ってしまった。普通の人間なら世界の平和ではなく私欲を満たすためにその木を活用するだろう。私は感動した。そしてこの人たちと出会って正解だったと改めて思った。
「明日、準備が整い次第ここを出る。最寄りの村に寄ってから森を通って神聖国っていう、魔王の支配下に置かれてる国に向かう」
神聖国、魔王の直属の配下である四大妖がいると噂されている国だ。
「目的は四大妖の討伐ってこと?」
私がそう訪ねるとアクトさんは軽く頷いてそして言った。
「四大妖はどんな姿なのか、そもそも魔族や魔物なのかさえ分かっていない裏から魔王を支えている配下だ。分かっているのは存在しているという事実とそれぞれのコードネームだけ、【白鎌の死神】・【銀の瞳】・【古の蒼炎】・【吸血神】、この4体だ。そして神聖国にいるって噂されているのは【白鎌の死神】だ」
これを聞いて私はとある部分に疑問を抱いた。何故姿が分からないのにどうして神聖国にいるのが【白鎌の死神】だと分かるのかである。私がそんなことを考えていると私の表情を見て察したのかアクトさんがその答えを話し始めた。
「なんで【白鎌の死神】がいると分かるのかは不明だが……支配されてるのは事実だからな。どちらにせよ行くしかない」
ここで私はもう1つ疑問に思ったことを口にする。
「だったら魔王をとっとと倒した方がいいんじゃない?」
すると彼はその問いに少しの間を開けて答えてくれた。
「世界樹の封印は四大妖と魔王によって施されたと言われてるんだ。だから結局、魔王討伐の前に四大妖を倒さないといけないんだ」
「そっか……」
片付けが丁度終わったので私たちは各々の部屋に戻り明日に備えて寝ることにする。神聖国の四大妖【白鎌の死神】こと“死神ルーシア”を討伐する為に……。
「眠れない……」
隣の窓からほんのり自然の香りがする。「魔族によって苦しまされる人がいない平和な世界にしたい」、私はこの願いを応援したい。だけど……きっとそれは叶わない。私には分かるのだ。だから眠れない。……少なくとも世界樹の封印が解けるまでは何も考えずに突き進めばいいだろう。「でも、その後は……」と私の思考は再び降り出しに戻る。そんなことを繰り返し考えているうちに私は段々と深い眠りへと落ちていくのであった。
翌朝、準備が整ったので私たちはチェックアウトをすることにした。精算をしてくれているのはアクトさんだ。
「長い間、世話になったな」
「いえいえ、料理も殆ど自分で作っていらっしゃいましたし、色々とお手伝いもしていただきましたから。此度は平原の宿屋をご利用いただきありがとうございました」
2人の会話が終わって外に出たを確認し、私は宿主さんにあることを尋ねる。
「ここ最近、何かが消えた……みたいな奇妙な噂とかって聞いてませんか」
「噂? 噂は聞いてないませんが最近、“草原の草やお花が少し減った気がする”んですよね。まぁ、気付く方がおかしいくらいの変化なので気にしないでください」
私はそれを聞いて少しの間を置いて「教えてくださり、ありがとうございます」とお礼を伝える。
「はやく来ないと置いていくわよ」
ワズンさんが私を呼ぶ声が聞こえた。本当はきっきの話についてもっと聞きたかったのだが……仕方がない。
「お仲間が呼んでいらっしゃいますよ。いってらっしゃいませ、お気をつけて」
「お世話になりました」
そう言って私は3人のもとへと駆けていく。
「……本当に……お気をつけ……tE……」
私が彼女の声を聞くことは……“もう2度とない”のであった。
「遅くなってごめんなさい」
私はそう言って2人と合流しようと……
「あの……ルクルドさんは?」
正直、彼の性格を踏まえると何故いないのかなんてあまりにも簡単すぎる問いである。それでも私はワズンさんに聞いてみる。
「ルクルドさん、何でいないんですか?」
「先に村へ向かったわよ?」
まるでそれが当たり前かのように言う彼女を見るにやはり俗に言う常習犯というやつなのだろう。
「まぁ、俺たちは俺たちのスピードで行けばいいだろ」
その言葉を合図に私たちは森へと足を進める。この森は……確か私が倒れていた森だったはずである。それを思い出した私はその場で立ち止まり考えを巡らせた。だが、次の瞬間私はそれをやめざるを得なくなる。
「名無しちゃん危ない!」
ワズンさんの声に反応した私は反射的に体を1歩後ろへと下がらせた。
「これは……」
魔力をまとった何かがこちらへと突進してきている。そして私はその魔力を知っている。ケンタウロス、元々英雄と呼ばれていた魔物の子孫の怪物だ。今はかつての英雄としての面影は少しも見られない。
「能力 身体強……」
「待ちなさい!」
能力を使おうとしたときワズンさんがそれを止めてきた。
「名無しちゃんの能力は反動が激しいわ。それに一応私はこのパーティの俗にいう先輩だからね。だから……ここは私に任せて頂戴」
私は彼女が頷いたことを合図にその場から素早く離れてアクトさんのもとへと向かったのであった。
【#6】
私がアクトさんのもとに戻りきる前に彼は言った。
「ワズンの動きをよく見ておけ。アイツの能力は俺たちの中じゃ1番火力が出ない。だけど能力の扱いにはあいつが俺たちの中で誰よりも上手い。本気のルクルドを除いた話ではあるがな。反動が大きくて扱いきれてないお前にはいい見本だろ」
だとしたらルクルドさんの実力って一体……と少しの疑問を抱きつつ、私はワズンさんの方へと視線を向ける。
「能力 風林ノ参式 プラントムーブ」
詠唱が終わった瞬間、ケンタウロスの足元にあった植物が絡みついて動きを制限していた。身動きが取れなくなったケンタウロスは「ヒングゥオーヴ」と声という言葉だけでは表せないような唸り声をあげている。
「あら、汚い声を私に聞かせないでくれないかしら? 能力 炎ノ壱式 フレイム」
ワズンさんの周りに3つの魔法陣が展開され、そこに小型の炎の魔法弾が生み出される。だけどこの程度の大きさでケンタウロスを倒せるのだろうか。そのとき、ケンタウロスの背後に1つの気配が近づいていることに気が付いた。
「なるほど、そういうことか」
私は小さな声で呟く。それとほぼ同時に魔法弾が放たれ、一直線にケンタウロスの方へと飛んでいく。
「グゥヴィオォン」
ケンタウロスの悲鳴が聞こえる。だが、まだ倒しきれてはいない。ケンタウロスが狼狽えてのたうちまわり始めた頃だろうか、先程ケンタウロスが飛び出てきた方向から感じ慣れた気配がした。
「あれれ? みんなさっきぶりだね」
茂みから突然臨戦態勢のルクルドさんが飛び出してきた。さっきケンタウロスは何かから逃げるように突進してきた。おそらく彼から逃げていたのだろう。彼がいなくなっていたのは村までの道のりの安全確保のためといったところだろう。
「能力 顕現 鬼斧」
あのときの鎌とは異なる武器。ただ死神の鎌とは違い、魔力をまとったときの禍々しさのようなものはない。
「こんなただの斧がまさか……」
ルクルドがそう言った瞬間、肉が抉れる音がする。
「こんなにも切れ味がいいだなんて思わないよね」
彼がそれを言い終わったと同時にストンとケンタウロスの首が落ちる。
「凄いだろ? こいつらはパーティを組む前からの知り合いだったんだってよ。連携があまりにも上手いから最初は俺も驚いた。……ただ」
私はアクトさんの声の方へと視線を向ける。しかし、そこには既にアクトさんの姿はなくなっていた。
「油断したら駄目だろ?」
彼はどこからか武器を取り出し、ケンタウロスに接近していた。私はその武器の神々しさに驚き、言葉を失うのであった。
ケンタウロスの生命力はとてつもないもののようで首を切られてもまだ生きていた。それに気付いた彼が抜いたのは刀。珍しい武器であり私自身、実物は初めて見た。
「じゃあな」
別れの言葉を発しきるその頃にはケンタウロスは心臓があったであろう部分を切り刻まれて体は一切動かなっていた。少しの間を置いてアクトさんが話し始める。
「さて、村へ向かおうか」
「えっ? さっきの刀は一体何だったんですか? それにケンタウロスの死体はあのままでいいんですか?」
「さっきの刀は俺の魔力を使って生み出した魔力刀だ。生み出すことに多少は能力を応用しているが武器自体は能力でも何でもないんだ……って言っても俺の能力を知らねぇんだから理解しにくいか。また今度教えてやるよ。それで死体については……」
するとアクトさんは「お前の方が詳しいんだからお前が説明しろ」とでも言いたげにワズンさんの方に手のひらを差し出した。
「魔物や魔族っていうのは体全体が魔力と物質の混合物でできてるの。だから倒されて魔力を補給している魂が消滅すると最終的には物質だけが残る、残った物質は人体にも環境にも基本的には無害だから放置しても問題ないってことなの」
正直、魔物についての知識は殆ど把握していなかったので驚いた。
森に入って20分が経過した頃、私の頬に1粒の雨の雫が落ちてきた。空は雲に覆い尽くされている。
「何だかさっきから雲行きが怪しくないですか?」
私がそう呟くと今度は手の甲に雨の雫がついたのを感じ取った。ちなみに私たちは風雨を凌げるものを持っていない。なので私はその言葉を口にする。
「雨宿りできる場所探しませんか?」
私たちは大急ぎで雨を凌げる場所を探すのであった。
私たちは偶然見つけた古びた森の洋館で雨があがるのを待つことにした。外からは本降りを迎えた雨の音が凄まじい勢いで鳴り響いていた。
「思っていたよりも早く、それもかなり強く降ってますね」
私が言ったその言葉に最も早く反応したのはアクトさんだった。
「ワズンの結界で雨を遮断して移動することも一応できるが……流石におとなしく雨が止むのを待った方が早いよな」
「そうね……流石に面倒くさいわね。念の為に索敵用の結界だけ張っておこうかしら」
「僕は適当にその辺を見回ってくるよ」
ルクルドさんはいつも通り勝手に単独行動をし始めた。
「能力 結界ノ弐式 探知結界……この洋館に私たち以外で今、いるのは吸血鬼が1匹だけね。強いて言うなら地下の探知結果に少しだけ違和感があるけれど……」
それを言った後からワズンさんから薄っすらと殺気が感じられるようになった。それに気が付いたアクトさんがワズンさんに対して少し強めの口調で言った。
「確かに吸血鬼らしき気配が徐々にこちらへと近づいてきている。だが、その吸血鬼から敵意は感じらない。殺気を抑えろ」
その時だった。私たちの背後にあった階段を登った先、そこにある扉が突然開き、吸血鬼が姿を現した。
【#7】
「貴様ら、何者だ……?」
吸血鬼を前にしたからなのか一時的に抑えられていたワズンさんの殺気が再び僅かに漏れ出す。しかし、私が気になったのはその吸血鬼の瞳だった。光を失っている瞳はその吸血鬼が何かに絶望していることを訴えかけていた。焦っているということが誰が見てもわかる……そんな表情。私は思わず尋ねてみることにする。
「私たちはこの神聖国を目指している旅人です。なんだか焦られているようですがどうかなさったのですか?」
私たちが魔王や白鎌の死神を倒そうとしていることは黙っておいた方がいいだろう。すると吸血鬼は私の瞳を少しの間見つめた後、焦っている理由を話し始めた。
「前までは人間は追い返していたのだが……今は人の手も借りたい。私の娘であるメルラ・アンドが数日前から突然消えたのだ。それもなんの前触れもなくだ。そもそも……」
「少し落ち着いてください。私は昔、人が突然消える怪奇現象について調査していたことがあるんです。その人についてあなた以外でメルラさんの存在を示す物、もしくは人はいらっしゃいますか。種族も問いませんし、日記などでも構いません」
「怪奇現象の調査をしていた」というのは当然嘘である。ただ私にはメルラさんが消えた理由に心当たりがある。だからこそ、こんな質問をしているのだ。
「ある……この前、突然日記を手渡されたんだ。中身は見ないでほしいと言われたから中身は見ていないが……」
この言葉で私は確信する。原因は間違えなくあれだ。
「怪奇現象調査の際の結末が奇病が原因というものでした。これは私の見解ですがおそらくメルラさんはその奇病にかかってしまったんだと思います。その奇病にかかった者は“ある共通の特徴を持った者達を襲い、殺そうとします”。最悪、返り討ちにされる可能性もありますから早めに探してあげた方がいいかもしれませんね……」
これも殆ど嘘。そんな奇病は存在しない。では何故そんな噓をついたのか、それはこの噓の中に少なからず真実も紛れているからである。ただ、“正しい世界の為”にも真実を全てそのまま述べるわけにはいかなかった。
「いなくなったのは何日前ですか」
「3日前だ……3日前に突然……」
「3日ならおそらくまだ生きているかと思います。私たちはこの雨が止み次第、神聖国に向かいますがその道中でメルラさんがいないか探してみましょう」
「本当か!」
私はここでアクトさんに視線を飛ばし、とあることを聞く。
「次の村に着くのにどれぐらいかかるかわかる?」
「大体2日くらいだな」
思ったよりもすぐに返事が帰ってきた。ちなみにワズンさんは余計なことを言わないようにという意味なのか、アクトさんに口を塞がれていた。
「でしたらメルラさんがここに帰ってくるかもしれませんし、あと3日はこの洋館で帰宅を待ってそれでも帰って来なければ森全体を探せば見つかるでしょう」
「ただ……」と私は付け加える。
「奇病によって多少性格が変わっている可能性があります。それを治す方法は私でさえ分からないのでそのときは神頼みするしかないですね」
「そうか……。分かった感謝する人間の娘よ。またいつか会えることを願おう……それと背後には気を付けた方がいいぞ」
そう言って去っていった。吸血鬼の瞳には僅かに光が戻ったような気がする。メルラさんに何事も無ければいいのだが、きっとそうはいかないだろう。それに……
「館の1、2階を探索してきたけど特に何もなかったよ」
「え?」
考え事をしていたのにも関わらず、突然背後からルクルドさんの声がしたので私は思いっきり叫んでしまうのであった。
雨が止んだので私たちは吸血鬼の館を後にして今は食料確保のために最寄りの村へと向かっている。「そういえば……」と思い出したようにアクトさんが私にそれを尋ねる。
「怪奇現象の調査なんてやってたんだな。どんなものを調べていたんだ? ちょっと教えてくれよ」
さて、どうしたものか。あれは真っ赤な嘘なのだが……。
「例えば……私が倒れていたあの森で心霊現象の報告があったんです。それで調べてたんですが……結局、人を食らう魔物が原因で人間を誘い込むために使った魔術が心霊現象の正体だったみたいです。私もまんまとその術にハマって背後からみね打ちで気絶させられた……って感じですかね」
正直、矛盾だらけの嘘である。そもそも私にはかなりの実力があることがルクルドさんとの戦いで証明されている。ただの人食いに負ける程、私は弱くないのだ。
「でもだとしたらどうして魔物はあなたを食べなかったのかしら?」
ワズンさんが私に尋ねたこれは至極当然の疑問であり、もう1つの矛盾だ。「お腹が空いてなかったんじゃないですかね……」となんとも適当な返答をする。流石に不自然すぎただろうか。
「なるほどね。他にも聞きたい話はたくさんあるけれど……まぁ、もうすぐ村に着くしここまでにしましょう」
ワズンさんのおかげで助かった。ただ、私の説明の最初の方での3人の反応には少しの違和感を覚えた。あの反応はきっと……。
【#8】
違和感を感じたのは私が“あの森”と言ったタイミングである。私が“あの森”について考えを巡らせているとルクルドさんがアクトさんに突然言った。
「アクト、お腹すいた。ご飯作って」
「そもそも食料が尽きたから村に向かってるわけで……」と私がその事実を口にする。すると少しの間を置いてルクルドさんが私に向けて話し始めるの。
「そうだね。食料が尽きてる……。けどそれはあくまで現状だ。そしてその現状はもう変わる。ほら、あっちを見て」
ルクルドさんが指で示した方向に全員が注目した。「あ……風車」と私は声をあげる。木々の隙間から風車の羽が見えている。風車ということは村だ。
「やっとついたわね」とワズンさんが軽く背伸びする。ちなみにだが、結局道中でメルラさんを見つけることはなかった。
しばらくして村に着いて食料を買い込んだ後に私はワズンさんにとある店まで案内された。「こ……こんにちは」と私は恐る恐る店の扉を開ける。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ。ただのボロい服屋だし……」
「ボロいは余計じゃ、ワズン。それで今日は何の用じゃ」
会話の内容的にこの店の店主らしきおばあさんとワズンさんは知り合いなのだろう。というか私は何故連れてこられたのだろうか。「あー、今日は私じゃなくて……」と私を指差すワズン。
「……え、私?」
どうやらこの店は勇者パーティの人たちの衣服を作っているらしい。その後、私はどの生地がいいかと聞かれたり、どのアクセサリーがいいかと聞かれたりしてそれが終わったらひたすら着せ替え人形状態である。ちなみにこの頃、アクトさんとルクルドさんは2人でご飯を食べていたらしい。ワズンさんが私を引っ張っていったときに「これは長引くやつだ……」と察したとのこと。つまり、私が何をされているのかを知っていながら助けに来なかった。この後、3人は私にひたすら叱られるのであった。
次の日、完成品が届いて私は悩んだ。理由は想像以上に出来が良かったからである。
「……あれだけ叱っておいて着ていったら流石に馬鹿にされそう……」
今日、私たちはこの村を発つ予定である。そして昨日の店主には「明日、完成品が届くはずだからこの村を発つ前に着てる様子を見せておくれ」と言われている。要するに着る以外の選択肢を潰されてるといっていいだろう。“仕方なく”、私はその服を着て外へと向かう。
「あっ」
アクトさんとワズンさんが「結局着たんだ」と言いたげにこちらを見てくる。正直、気まずい。
「そ……そういえばルクルドさんは?」
「適当にその辺を歩いてるんでしょ。それで……昨日の店よね? もう少し物資を買ったら村の西門で待ってるから」
「分かった」
ワズンさんたちとそんな会話を交わすと私は昨日の店に向かうのであった。
「それで……着心地はどうじゃ?」
おばあさんの問いに私は簡潔に答える。
「最高です。着心地も見た目も……」
「そうじゃろう。ベージュとフードの組み合わせに黒のズボンを足してみた。ついでに防水、防風、防寒、防暑効果もついとるぞ」
防水、防風、防寒、防暑効果は着心地や見た目に関係ないのでは……と思ったが突っ込まない方が良さそうである。
「それで……じゃがお前さん、何かに悩んどるでしょう?」
おばあさんのその言葉に私はドキッとする。
「お前さんは勇者パーティの味方でも魔王の味方でもない……。今は誤魔化せてもいずれは……」
「分かっていますよ。それに……少なくとも“今は”勇者パーティの……アクトさんたちの味方ですよ」
「……そうか」
「そろそろ行きますね」
私は軽く手を振りその店を後にする。
「“今だけは”……3人との旅を楽しんでも罰は……当たらないよね」
私は空に向かって手をかざす。しばらくして手を下ろすと村の西門に向かい始めるのであった。
「ごめんなさい、遅れました」
私は急ぎ足で3人ののもとに向かった。かなり珍しくルクルドさんもいる。私も段々と合流したときにルクルドさんがいないことに慣れてしまっていたので正直違和感があった。慣れとはやはり恐ろしいものである。するとワズンさんが私を見つつ僅かに首を傾げた。「私の顔にに何かついてますか?」と尋ねてみるとワズンさんはすぐに答えた。
「いいえ、気のせいだったみたい。戸惑わせちゃってごめんね」
恐らくワズンさんは私の魔力が減っていることに疑問を抱いたのだろう。かなり微量だったので気付かれないと思っていたのだが、流石魔法使いといったところだろうか。アクトが言った。
「それじゃあ、そろそろ行くぞ。ナナシ、忘れ物とかは大丈夫か?」
「忘れ物はないと思います」
ただ、と私は付け加える。今まで散々放置していたこれにいい加減触れようかと思う。
「私の名前って結局何にするんですか?」
「ナナシ君じゃないのかい?」
私の問いに対しておそらくアクトさんが作ったであろうサンドイッチを頬張ったまま答えるルクルドさん。
「いや、流石にそれは……」
私はアクトさんとワズンさんの方へと視線を向ける。
「ま、それでいいんじゃないか?」
「ま、それでいいでしょ?」
「なんでそうなるんですか……」と思わず私は頭を抱えた。その後、色々と抗議はしたものの、結局私の名前はナナシのまま決定になってしまうのであった。
【#9】
村を出発した私たちは神聖国に繋がる道、屍道とも呼ばれているらしいがその道をゆったりと歩いていた。にしてもとんでもなく薄気味悪い名前である。昔、とある死神がここで大勢の魔物や魔族の命を奪ったことからこの名前がつけられているらしい。
「そういえばメルラは結局見つからなかったな」
アクトさんがふと思い出したように言った。それに対してルクルドさんが1つの仮説を提示する。
「そもそもこの森に既にいないんじゃあないかい? もし生きていたらいつかどこかで会うことになるのかもね……」
確かに既にこの森にいない可能性は大いにあるだろう。というか個人的にはそれで間違えないと思っている。「あ…」とルクルドが声をあげる。
「どうかしましたか?」
私はその声を拾い、そして尋ねる。「あそこ」と軽い返事が返ってくると同時に指を指す。かなり目を凝らしてその方向を見ると旗が見つけられた。あれは神聖国の旗だろう。これだけ距離が離れていれば当然、旗はかなり小さく見える。私でさえすぐに見つけられなかったというのにも関わらず彼はおそらく見えるような距離になってすぐにそれを把握していた。彼の動体視力が如何に化け物じみているかがよく分かる。能力者でなければ視界に収められるかも微妙である。なぜなら能力者と一般人では動体視力に大きな差があるからだ。それにしたって「どんな動体視力してるんですか……」と思わず言ってしまうのであった。
旗が見えてからすでに屍道を1時間近く歩いている。まだ旗に何かしらの装飾がついていると分かる程度しか近づいていない。あまり進めている感触はない。
「そういえば神聖国についたらまず何をやるんですか」
私はふとそんなことを尋ねる。白鎌の死神がいるというのはあくまで噂程度であり、本来は噂を確かめるという工程が必要になる。ただ、この中で私だけはそこにいるのが死神ルーシアであると知っている。その一方で私でさえ神聖国のどこにいるのかは知らないので結局探す必要はある。私がそんなことを考えているとアクトから返答が返ってきた。
「そこまで細かくは決めてなかったがとりあえず宿屋に荷物類を置いて動きやすくしようかと考えてる。ただ、最近神聖国は俺の出生国との貿易を突然やめてる。だからもしかしたら何かあるかもしれない」
するとそんなアクトさんにワズンさんが疑問を浮かべた。
「アンタの出生国って確か命王国だったわよね? 勇者パーティの登録、管理をしていて唯一魔王進行の影響を一切受けていないっていう……。神聖国とは大違いね。さて、そろそろ国境ね。もともと私たちが居た森国と神聖国の境目には本来、役兵と呼ばれる国境管理を行ってる兵士がいるはずなんだけど……おかしいわね。誰もいないのだけど……」
そういってワズンさんは周りを軽く確認すると「後ろに最低3歩さがりなさい」と彼女は叫んだ。それに応じて私たちはすぐに後ろへと下がった。下がりきったさの瞬間に私がついさっきまでいたはずの場所に高速で何かが落ちてきたことに気がついた。その衝撃によって砂埃が舞ったがそれも晴れようとしている。
「……あなたは!」
砂埃によって隠れていたその人物を見てワズンは驚きのあまりその場から動けなくなっていた。そこで私がその人物と対話を試みる。
「姿から察するに兵士……それも場所的に役兵ですよね? なぜ私たちを攻撃するんですか!」
その言葉に目の前の男は反応する。
「そうだ。役兵だ。だからこそ、今お前たちを国にいれるわけにはいかないんだ」
「どうして国に入れられないのかって聞いてるんですよ!」
再び役兵から攻撃が放たれる。拳の挙動的に能力は使っていない。おそらく無能力者だが、能力無しでここまでの実力を手に入れたことには素直に関心する。彼の拳は私が能力を用いて多少、自身を強化しないと避けられない程のものだったからだ。ただ、そんな拳を放った彼は私の質問に何も答えない。
「答えてください。でないと……」
「何だ? 俺を……殺すのか?」
金属がぶつかり合う音がした。役兵が取り出したナイフと私が能力で顕現させて放った銃弾がぶつかり、そして役兵のナイフは彼方へと飛ばされてしまった。「なっ……」と男が声をあげる。そして、私はその一瞬の隙を見逃さなかった。私は動揺する彼の背後へと回り込み、彼の首元にナイフを当てた。
「ま……待ってくれ。話す!事情も話す。だから……殺さないでくれ」
ついさっきまでは強気に見えた役兵が今はかなり弱々しく見えた。別に懇願されずとも殺すつもりはなかったのだが……私は彼に尋ねる。
「それで、何があったのですか?」
「俺は……お前を……ワズンを今起きているとある事件に巻き込みたくなかったんだ」
そういってワズンさんを指差す。最初のワズンさんの反応も踏まえるとこの2人はおそらく知り合いなのだろう。
「とある事件って何ですか? それに2人はどういった関係なのですか?」
するとワズンが役兵に近づきながら言った。
「こいつは私の友人の父親。私は神聖国のちょっと治安の悪い場所のうまれだったから。にしてもあなた、まだ生きていたのね」
「勝手に殺さないでくれるか。私はこれでもあの子の分まで生きなければいけないわけで……」
「それで…」と役兵は話を続けた。
私はその言葉を聞いて耳を疑わずにはいられなかったのであった。
【第1節-完】
執筆の狙い
1話ごとに記載します。
前回(#1~6まとめ投稿時)に
提示していた予定3/28深夜に
間に合いませんでした。
申し訳ありません。
この物語では
主人公ナナシや物語全体に謎を
散りばめることを意識しています。
アドバイス、よろしくお願いします。