作家でごはん!鍛練場
音翔

ホットコーヒーはブラックで

重い腰を上げ、押し入れの扉を開ける。途端に冷気が身を包む。
 目前にある、おもちゃや絵本の山。気の強いお袋に急かされ、半ば強引に大掃除を始める。さっさとゴミ袋に突っ込んでしまいたい気持ちと裏腹に、手はのろのろとおもちゃを一つずつつかみ、その度に希実と、美奈との思い出も一つ、二つと浮かんでくる。美奈と一緒に遊んだ時が昨日のことのようだ。
 あの頃は可愛かったなあ。一緒に公園に行ったり、希実もずっと笑顔で…。ああ、美奈が泣き止まない時は、これを見せると泣き止んでたっけ…。
 一粒、涙が落ちる。そうなるともう止まらなくなって、あとからあとから涙が頬を伝う。
 自分は、気づいていた。なのに最後の日、希実に聞いてしまった。「なんで離婚なんか…」と。「家事や育児から逃げてばかり、家族のことはほったらかしのくせに口ばっかり」とはっきり言われ、暗い巨大な穴に突き落とされたようだった。
 美奈はちょうど反抗期で、昔から怒りっぽかったのが更にひどくなった。自分では手におえなかった。だから、逃げた。希実は美奈を連れて早々に出て行った。
 一人娘だから、余計に会いたくなるんだろうか。一緒に過ごしていた時は不満とストレスで限界だったはずなのに、思い出になった途端良い方しか見えなくなって、だんだん惜しくなる。半年経っても耳に声が、網膜に顔が色濃く残っていて、顔を上げればまだそこに希実も美奈もいそうな気がしてならない。そんな自分の都合の良さに、どこまでも落胆する。
 気持ちがある程度おさまり、今度は全部ゴミ袋に突っ込む。キッチンに行き、お湯を沸かす。希実が置いて行った粉末のコーヒーを淹れ、冷まさず一気に飲む。やっぱり苦いものは苦手だ。
 これでいいんだ、これで。そう、更に心を締め付けるだけの言い訳が残る。冷たいフローリングが、足から熱を奪っていく。
 自分は死ぬまで、記憶という水槽から抜け出せない。どこか大事な所が欠けた、その水槽で。
 両手で包んだ空のコップに残る暖かさに、また少し泣いた。

ホットコーヒーはブラックで

執筆の狙い

作者 音翔
114.129.4.246

国語の課題で、短歌から連想される物語を創作する、というものがありました。
「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」
改善点があればぜひ教えていただきたいです。

コメント

そうげん
58-191-102-51f1.shg1.eonet.ne.jp

「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」

この短歌に触れると、私の場合、幼いころに触れて、たくさんの思い出を得てきたおもちゃや積み木、絵本などが青き水槽――つまり夢の中に揺蕩うように、過去のなかにこれらを透かし見るような、そして実際にそのものに触れてみれば、あの幼い時間の中に戻って自身も水槽の中に泳ぐ(潜る)ような錯覚まで得られるような期待感がある風に受け取れます。

今作の狙いとして、別れた妻と娘との思い出をそこに見る元夫の姿が描かれました。ひとつの短歌に触発されてひとつの物語が仕上がったのは良いことだったかと思います。しかし元の短歌に描かれているような、郷愁というか、ほのかな寂しさ、しかし快くもある、といった調子は消されてしまっているかと受け取られました。




わたしも過去にこういうものを書いてました。

いるものなんてそんなとこに入ってないから - 星空文庫
https://slib.net/103819

音翔
114.129.4.239

そうげん様
短歌から受け取れることも大事にしないといけないということですね。
調整してみます。ありがとうございます。

偏差値45
KD106180001212.au-net.ne.jp

>短歌から連想される物語を創作する、
「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」

個人的には、「捨てる」という言葉が浮かび上がりますね。
もはやゴミでしょうからね。
「捨てる」ことは実に気持ちいい作業です。
従って「捨てる」ことを主題として考えていきたいかな。

一方、御作では過去にしがみつく心情が描かれているように思えます。
つまり、「捨てられない」

で、問題があるとすれば、物語として上手にまとまっていない。
そこはもう少し考えてもいいんじゃないかな。そんな気がしましたね。

夜の雨
ai200081.d.west.v6connect.net

「ホットコーヒーはブラックで」読みました。

>「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」<
この短歌から「連想」される物語を創作する、という事ですよね。

で、押し入れの中のおもちゃは主人公のモノかと思っていると、半年前に離婚した嫁の希実とのあいだのひとつぶだねの「美奈」という娘のものだった。
ということで、主人公の「私」が、子育てに協力をしなかった末の離婚らしいのですが、具体的には描かれてはいませんが主人公の「母」も希実へだいぶ影響を与えていたのではないかと思いました。
冒頭の「気の強いお袋に急かされ、半ば強引に大掃除を始める。」のエピソードがありますので。
「嫁姑問題」も背景にあるのでは。
そのあたりも含めて作品に反映させれば、それはそれで面白くはなると思いますが。

しかし「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」この短歌は、哀愁を狙って書いたものだと思われますので、あまりはっきりとした原因とかは描かないで「謎を残したまま」の物語の方が奥が深くなるかもしれませんね。

そういった意味では主人公の母を「気の強いお袋に急かされ、」このように、きつめに描くよりも、優し気な女性にしたほうがよかったかも。

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 気持ちがある程度おさまり、今度は全部ゴミ袋に突っ込む。キッチンに行き、お湯を沸かす。希実が置いて行った粉末のコーヒーを淹れ、冷まさず一気に飲む。やっぱり苦いものは苦手だ。
 これでいいんだ、これで。そう、更に心を締め付けるだけの言い訳が残る。冷たいフローリングが、足から熱を奪っていく。
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ラストのこの部分ですが、元嫁の「希実」が置いていったインスタントコーヒーとからめて、コーヒーを飲む主人公の姿が絵になりますね。
「冷まさず一気に飲む」よりも人生の深い味というか罪深い味わいを感じるためにもゆっくりと飲んだほうがよいと思いますが。
「お湯を沸かす」ので、一気に飲むと舌やら食道を火傷しそうです。
「冷たいフローリングが、足から熱を奪っていく。」 ← このエピソードはよいですね。


お疲れさまでした。

音翔
114.129.4.217

偏差値45様
2人を惜しむ姿を描こうとしましたが、たしかに「なんで捨てることができたんだろう?」と思いそうですね。
もうちょっと気持ちのバランスを整えてみます。ありがとうございます。

音翔
114.129.4.221

夜の雨様
原因もどのように書くかすごく悩んだところでした。
一気に飲んだ方が嫌いな物な感じが出てそっちにしようと思って書きましたが、ゆっくり飲むところも悩みました。
お母さんは気が強いように振る舞っていて裏で心配してくれているような、そんな感じにしたかったのですが、うまく書けませんでしたね…。
ありがとうございます。頑張ります。

クレヨン
softbank060106200020.bbtec.net

 音翔さん、拝読しました。

 国語の課題で書いていたということで、文字数制限というものがあったにせよなかったにせよ、そんなにたくさん文字が書ける状態ではなかったと思います。この小説が原稿用紙三枚分くらいなんですが、授業で書くとしてもそれぐらいですよね。

 そうなってくるとやはり優先順位を考えることと、文字に書いてないことを読ませるってことが大事になってくるのではないかと思います。

 優先すべきところはラストの締めの文章、あとは「離婚」「進まない片付け」「家族との思い出」。これらを簡潔にあらわさなければならないわけです。

 片付けようと思ったのに片付けられない、この動作はよかったと思います。端的に主人公の心情を現わし、さらに読者へなぜこの人は片付けしてるのって、思わせることができたと思います。

 あとは、離婚したなどと言う必要はないかもしれません。

「家事や育児から逃げてばかり、家族のことはほったらかしのくせに口ばっかり」

 この一言だけで喧嘩を示唆することができます。それと片付けを掛け合わせて「別れたんだこの人」って思わせられるのかな、と。これだけで文章を結構節約できると思います。

 もっとも、これはあくまで課題を書き進めるときに限られた枠のなかで文章を作ることを想定したものです。普通に文章を書くならあまり役に立たない提案です。

 

ぷりも
softbank060111105211.bbtec.net

拝読しました。短歌からストーリーを膨らませる創造性がよいと思います。あと、足の熱が奪われると受動態にせず、無生物主語の能動態にするのは趣がありますね。
記憶という水槽から抜け出せないもいいと思いますが、どこか大事なところが”欠けた”その水槽というと、私なんかはガラスが欠けているとイメージしてしまうので、”だだっ広くなった”の方がいいかなと思いました。
あと冒頭からなんですが、主人公が男か女かわからず、お袋という表現を見てそこで男なんだなと思いました。で、押入れのおもちゃとかを見て希実と、美奈を思い出す。二人とも娘かと思ったら、読み進めて希実は元妻だとわかる。
この辺はもうちょっとわかりやすくした方が良いような気がしました。
でも良くできているのでは無いかと思います。

音翔
114.129.4.202

クレヨン様
たしかに、相手に想像させるのを狙うには大切になってきますね。
そこも書き直してみます。ありがとうございます。

音翔
114.129.4.195

ぷりも様
「だだっ広くなった」…。とてもいいです。思いつきませんでした。
これまでにも何回か、「わかりにくい」と言われたことがあるので、気をつけていきます。
ありがとうございます。

西山鷹志
softbank126077101161.bbtec.net

拝読いたしました。

「なんで離婚なんか…」と。
「家事や育児から逃げてばかり、家族のことはほったらかしのくせに口ばっかり」

これが全てを物語っていますね。
三下り半を突き付けられ去って行ったと妻と娘。

哀れな男としか言えようがありませんが。
この男の母が強引に掃除させることは
「いい加減に忘れて立ち直れ」
そっ言っているようにも思えました。
私は短歌は苦手なので、これから連想される事は出来ませんが。
(ホットコーヒーはブラックで)
題名とはそぐわない内容ですが、お洒落でこれもありかと思います。
お疲れ様でした。

音翔
114.129.4.203

西山鷹志様
そうです、忘れて欲しいということを言いたかったのですが、どうすればいいかわからず、このような表現になりました。もっといい書き方を教えてくれると嬉しいです。
ありがとうございます。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」
・・・
彼は肉親の父親に対しても、家の召使に対しても、時とすると母親に対してさえ、この不可思議な羞恥を感じた。随って彼は人間を避けた。人間が懐しい癖に、彼自身の恥ずべき性癖を恐れるが故に、人間を避けた。そして、薄暗い部屋の隅にうずくまって、身のまわりに、積木のおもちゃなどで、可憐な城壁を築いて、独りで幼い即興詩を呟やいている時、僅わずかに安易な気持になれた。
――――江戸川乱歩「蟲」より引用――――
・・・
囚われ閉ざされた水槽の中での小さな世界……
ふと主人公、柾木愛造の幼少時代が思い浮かびました。

……なんてね 笑

そうげん
58-191-102-51f1.shg1.eonet.ne.jp

短歌にある「住む」という言葉を軽視する感想者が多すぎる。

音翔
114.129.4.224

凪様
江戸川乱歩さん、自分も好きです。
もう一回読もうかな。

音翔
114.129.4.219

そうげんさん
「住む」ですよね…。
押し入れには思い出がずっとある、と意味なのかな、と思ったのですが。
もっと短歌から感じ取ったことを入れ込まないといけないですね。
ありがとうございます。

パイングミ
flh2-221-171-44-160.tky.mesh.ad.jp

拝読しました。執筆の狙いにある「押し入れは青き水槽遠い日のおもちゃや積み木絵本など住む」ですが、子どもの頃の郷愁みたいなイメージが一般的かもしれません。ただ、御作の捉え方も私はありだと思います(国語の課題的に正しいかは置いておいて)。

具体的には…「青」はアオハルみたいな青春・若い頃の他にも、未熟(バナナが青いなど)としての意味もあります。つまり、親として未熟な主人公を連想させます。「水槽」は入れ物であり、親としての器です。「おもちゃ」「積み木」はそのまま子供ですね。それが「遠い日(過去)」になってしまい、今も私の心に「住み着いている」。そう考えると、充分に短歌に即したお話ですし、他の生徒さんとの差別化も図れる気がします。

お話的にはよくまとまっていますが、主人公はあまり好きになれないですね(笑)。音翔さんも作中で書かれているので意図的だと思いますが、自分に都合の良い真面目系クズだなぁと。奥さんや子供のことを想っているより、うじうじと不幸な自分を悲しんでいる、全体的にそのような印象を受けました。熱いコーヒーを一気に飲んだところで終わるなど、前向きな変化や成長をもう少し感じさせるラストの方が、私的には好みでした。

色々書かせて頂きましたが、分かりやすく伝える筆力をお持ちですし、短歌に対する捉え方も独自性があって良かったと思います。また次作も期待しています。

音翔
114.129.4.208

確かに明るいお話にしても良かったですが、今回イメージしたキャラクターにあまり合わなくなるので暗い方にしました。でも不幸な自分を悲しんでいる…それは意図していなかったところでした。
以前、何度か「お話がわかりにくい」と言われたので、「都合の良いことが自分でもわかっていて、それでも別れを惜しんでいる姿」を描きたかったのですが、わかりやすくしようと思って書くとそちらにいってしまったようです。そちらもアドバイス等あればぜひ教えていただきたいです。
ありがとうございます。

パイングミ
flh2-221-171-44-160.tky.mesh.ad.jp

音翔さま

再訪します。言葉足らずでもしかしたら誤解させてしまったかもしれません。感想下手でごめんなさい。追加で説明させていただきますね。

>奥さんや子供のことを想っているより、うじうじと不幸な自分を悲しんでいる

先の感想でそう書いたのですが、高校生や大学生のカップルの話で「別れを惜しみ後悔している…」ならともかく、20代~30代前半の親としてはいかがなものかなと。しかも家事・育児の大変さから逃げてたのに、どの口が言うんだよ、とツッコミたくなりました。「美奈が大人になった時のために、養育費とは別に貯金をしよう」といって新しい通帳を用意したり、「次会う時のために、恥ずかしくない自分でいよう」と生活態度を改めたり。本当に妻や娘のことを想うのなら、ちょっとした前向きな行動があっても良いのかなと(それがないので、家族と離れた自分に酔っているのではと思った次第です)。

>粉末のコーヒーを淹れ、冷まさず一気に飲む。

上記の意味合いから、ここは良いのかなと思ったんです。「バカだった自分や過去の苦い思い(ブラックコーヒー)を飲みこんで、前に踏み出そう」といったイメージがありますから。ただ、その後の描写的にどうやらそうでもない感じだったので、「前向きなラストの方が好みです」と書きました。

例えば、御作の場合なら、「妻と娘にひどいことをした」→「でもこれは一生背負っていく自分の傷だ」→「その覚悟として、苦くて熱いコーヒーを飲みほした」みたいな構成です。物凄いハッピーエンドにしろとか、明るく笑える話にしろと言っているわけではないので、ご注意ください。

ただ、これは私の好みの話であって、音翔さんの描きたいラストでないと思うので、「こんな意見もあったよ」程度にとどめてください。何を取捨選択するかは、作者にだけ与えられた権利ですので。以上、長くなり大変失礼しました。執筆活動頑張ってください。

音翔
114.129.4.218

パイングミ様
どうやって明るい感じにしようか、と悩んだこともあったので参考になります。
ありがとうございます。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

面白い短歌を紹介していただき、ありがとうございます。
この小説は一つの物語として独立しても成立する味がありますし、そんなに元の短歌の厳格な意味に縛られる必要もないと思います。
火傷するようなホットコーヒーで泣ける、というのはなかなか情緒のあるシーンを作ったと思いますよ。

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