誤認逮捕
ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ病室に妙な靴音が聞こえて来る。とてもくたびれたような歩き方だ。しかし何処となく愛嬌が感じられる靴音に聞こえるのが不思議だ。
「来たわ、あの人よ……今日で六回目だもの靴音で分かるわ」
そう言ったのは交通事故で入院している音羽の妻,早紀であった。
今では二人とも彼が来るのを楽しみにしているようだ。やがてその靴音は病室のドアの前で止まった。コンコンと遠慮がちなノックの音が聞こえる。早紀と音羽は顔を見合わせニコッと微笑む。
「はい、どうぞお待ちしておりました」
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あれはある事件が切っ掛けだった。今ではかけがえのない友人である。
その事件とは一か月前に溯る。その日は九月十日午後一時三十八分。某県某市の路上で強盗ひったくり事件が発生。
犯人と思われる三十代後半の男が、若い女性を襲い大金の入ったバッグを奪いバイクで逃走したと言う一報が北沢警察署に入った。被害者女性、松坂文江二十七才。売上金七百三〇万を銀行に預ける途中に襲われ大怪我をして病院に搬送されたと言う。本来なら社長自ら銀行に持って行くのだが今日に限って社長は商談で行けないと託されたそうだ。
通報を受けたパトカーが八分後に現場に到着。
「幸いまだ明るい、非常線を張ればすぐにとっ捕まえられる。犯人の足跡を追え!」
この署に着任して三か月のキャリア組と言われる若い警部で、最初の事件であった。捜査一課の課長である宮本警部は自ら部下を引いて現場に向かった。これで早期事件が解決すれば初のお手柄になるはずだった。事件が起きた周辺十キロ周辺に非常線が張られた。それから三十分過ぎ警戒網の中に、犯人と思われるバイクに乗った男が停止を命じられた。被害にあった女性の表現と似ているのが理由だ。但し彼女は病室で事情聴取を受けている。彼女から聞いた犯人の特徴と似ていたのが理由だ。大した手掛かりとは言えないが情報と一致した者は徹底して停止させた。
非情網に一人の男が引っ掛かたと聞き宮本警部はその場所に向かった。
「課長ご苦労様です。一応バイクを停止させていますが、本人は急いでいると拒むのです」
「そうか十分怪しいな、どれ私が取り調べて見よう」
まだヘルメットを被っているが長身の男である。
「ちょっとバイクから降りてヘルメットを脱いで」
「いったいなんですか? 交通取り締まりにしては慌ただしいね。私は妻が交通事故にあって急いでいるのですが」
「適当の言い訳をしやがって。グダグダ言わないで免許証は?」
かなり傲慢な態度にバイクに乗っている男が怒りをあらわにした。
「なに! グダグダだと何様のつもりだ。そんな態度なら見せる訳には行かんね」
「なんだと拒否するつもりか」
「本来なら急いでいる所を申し訳ありませんが、ご協力をお願いしますでしょうが。それを最初から犯人と決めつける態度を取るからだ。どうしても見せて欲しいなら、その態度を改めろ」
「なんて奴だ。ともかくパトカーに乗ってもらおうか」
「おい、なんで俺が連行されるのだ。交通違反もしていなのに。強引すぎる違法だ」
その男は屈強そうで、その男と目が合ったらつい視線を逸らしてしまいたくなるような凄みがあった。警官四人がかりでパトカーに乗せようとしたら抵抗して乗ろうとしない。
男は断固して捕らえられた理由を追及するばかりだ。それでも強引に身体検査をする。
「どっちも、ありませんねぇ」
小声で言ったが情報によると拳銃を所持しているかも知れないという。
「何がないなんだ。犯人扱いするな」
犯人と思われる男は格闘技の経験があるのか、四人で押さえるのがやっとだ。
「だから俺は何も知らないと言っているだろう!! 妻が交通事故に合い救急車で運ばれたので急いでいるんだ。早く解放してくれ」
「ほう、威勢がいいな。誰でも最初は適当な口実を口にするものだ」
「本当だ。妻が心配なんだ。事情聴取なら後にしてくれ」
「ふざけんな。思いつきの嘘を並べやがって! 服装やバイクが目撃情報とそっくりだ。文句があるんだったら署で聞く」
「俺を逮捕すると言うのか。抵抗した訳でもなく強引に身体検査してパトカーに乗せるのは違法逮捕だろう」
男は百八十五センチ以上ありそうな大柄の体格。警官四人に取り囲まれて押さえつけようとするが、それを振りほどこうとした。この男なら警官四人ぐらいなら突き飛ばして逃げられるかも知れない。
「ああ~逃げようとしたな公務執行妨害で逮捕する」
「なんだと、貴様。許さないぞ」
あまりにも強引な行動にベテラン刑事の秋山が言った。
「課長、ちょっとやりすぎじゃないですか」
「秋山さん、今回は黙っていてもらいないかな。今日は私のやり方でやらせて貰う」
宮本警部は口実が出来たとばかりニヤリと笑みを浮かべ、わめく男を殴りつけ強引に手錠を掛ける。
「殴ったな。貴様許さんぞ。何が公務執行妨害だ。よく調べもしないで犯人扱いするな」
宮本はキャリア組で三十歳ながら警部であった。同じ警官でも国家公務員で格が違う。ノンキャリアは地方公務員であり、キャリア組は国家公務員と別けられる。
国家公務員一種試験合格者を、キャリア警察官という。依ってノンキャリアから警部となった警官とは大きな差がある。それだけにエリート集団であり警察に配属され、いきなり警部補の階級が与えられる。
しかし宮本は焦っていた。同期のキャリア組は既に警視になった者もいる。
それだけに宮本は手柄を立てたく焦っていたのである。しかしいくら早く手柄を立てたくとも経験もなく現場の指揮を取る為、その指揮下に置かれた者は振り回されるばかりだ。
この署に配属された宮本はこれが初捕り物で、課長として部下を引き連れて現場に意気揚々と向かって初の手柄になる筈だった。強引にパトカーに乗せられた男はかなり頭に来ているようだ。警官四人を前にしても全く怯むことなく睨みつけて来る。
「課長、容疑者の所持品から獲られたバッグと七百三十万円が見当たりませんが、それと銃も」
「なに? 金と銃だと。いったい何を調べて居るんだ」
男は驚き大きな声で叫ぶ。
この現場では一番の年配刑事である秋山が言った。
「やっぱり勇み足じゃないですか」
宮本はこの秋山刑事が苦手だった。自分の部下ではあるがベテラン刑事で叩き上げの為か時々意見が合わずぶつかる。だが今回は自分の意志を押し通した。内心こいつの為に俺の出世が遅れていると思っている。
「……そんなはずがあるか、ならば何処かに隠したかも知れん。ともかく署に連行しろ」
課長であるキャリアの宮本警部と、若い吉井刑事に酒井刑事、共に二十六歳。一方ベテランである四十代後半の巡査部長の秋山刑事であった。
「課長、ほんの数分で逃走しながら現金を隠しには無理でしょう」
案の定、秋山はまた不満を口にする。
「秋山さん、じゃあ他に犯人が居て逃走したとでも? いい加減にして欲しいなぁ」
疑問が残る秋山巡査部長であるが警察は縦社会、若くても上司には逆らえない。北沢署に連行されることになった。秋山は強引なやりかたに、かなりムカついていた。
「連行するなら四人も要らんでしょう。俺はもう少し単独捜査してみますよ」
「ああ、勝手にやってくれ」
腑に落ちない秋山はその周辺をパトロールすると言って別行動に出た。
宮本警部は容疑者に手錠を掛けたまま覆面パトカーの後部座席に、容疑者を真ん中に座らせ宮本警部と酒井刑事は後部左右の座席に座った。 運転するのは吉井刑事であった。
だが車が走り出して五分過ぎ、容疑者は宮本警部に頭突きを喰らわせ、更に掛けられた手錠で酒井刑事の顔面に叩きつけた。普段刑事は拳銃を持ち歩かないが、容疑者が拳銃のような物を持っていたと被害者の証言もあり拳銃を所持が許可されていた。
二人が一瞬うずくまっている隙をつき宮本警部の脇腹から拳銃を取り出しと、すかさず
その拳銃のグリップで頭に叩きつけた。宮本は意識が遠のいた。この一連の動作はいったい何者か? 完全に刑事を手玉に取っている。更に酒井刑事に向かって安全装置を外した拳銃を頭に当て手錠を外せと命令した。
運転していた吉井刑事は一瞬の出来事で対応が遅れた。慌てて運転する車を止めようとするが。
「動くな! 動いたらこの刑事の頭を吹き飛ばすぞ。〇〇病院に行け」
そう命じた。どうやら拳銃の扱いには慣れているらしい。素人が拳銃の扱いに慣れているのは不自然というか、ならばヤクザかまたは警察関係者か或いは自衛官。思い当たるのはそのくらいだ。酒井刑事は渋々ながら手錠を外した。すると逆に酒井に手錠を掛け後部座席の上にある手すりに繋いだ。続いて気絶している宮本警部からも手錠を取り出し同じように手すりに繋ぐ。更に助手席に素早く乗り移り、外から見えないように拳銃を突きつける。この間三分足らずの出来事であった。
手錠に繋がれた宮本警部が目覚めたのか後ろの席で叫ぶ。
「おい! こんな事をしてただで済むと思っているのか! 早く手錠を外せ」
「黙れ! 何もしていない一般市民に手錠を掛けて殴り、俺の事情も聞かず逮捕する方が悪い。君達が公務執行妨害と問うなら、こちらは自己防衛だ」
すると運転している吉井刑事が口を挟む。
「そうかも知れないが警察官としては容疑者を取り調べる権利がある……」
「なんだと? 事情を聞くだけならその場でも出来る筈だ。殴ったうえ手錠を掛け犯人扱いしたじゃないか」
「あんた何者だ? まぁこっちも……悪いと思っている。しかし上司には逆らえない」
すると宮本警部が吉井刑事に怒鳴る。
「当たり前だ! お前たちは何をしていた」
なんと部下に責任転嫁する始末だ。すると銃を奪った男が苦笑いして。
「飛んだ上司だな、まさか新米のキャリアとか? 事情聴取の仕方も知らない。そっちが丁寧な対応すれば俺はこんな手荒な事はしなかった。お前達が蒔いた種だ。俺の責任ではない。俺はただ妻が心配なだけだ」
宮本警部は黙った。自分の強引なやり方に気まずい思いをしているのか? それとも銃を向けられて恐れたのか?
「妻が死ぬかも知れないんだ。一刻も早く病院に駆けつけたい。騒ぎを起した原因はお前たちだ」
やがて覆面パトカーは病院に到着した。その間パトカーに異変が起こった事を知らせる術がなかった。
「悪いが。あんたにも手錠を掛けさせて貰う」
そう言うと運転している吉井刑事から手錠を奪いハンドルに繋いだ。
男は急いで病院の中へ走って行った。
運転席の吉井刑事が手錠を掛けられたまま、なんとか腕を伸ばし無線で本部に知らせた。
「なっなに!! 逆に三人とも反撃され手錠を掛けられ動けないだと? バカモノ~~恥を知れ!」
「しかし手錠かけられながらも逆襲に転じ逆に手錠掛けるとは何者だろう。身元は分からないのか早急に調べろ」
数分後、県警本部や北沢警察署から十数台のパトカーと機動隊員数十名が病院を取り囲んだ。
「油断するな。犯人は拳銃を持っているぞ」
その後も大勢のパトカーが駆けつけ大勢の警官で病院周辺を取り囲んだ。
その頃、単独行動を取っていたベテラン秋山刑事は、ひったくり事件のあった現場に戻り、現場検証している警察官と鑑識班に事情を聞いた。これはベテラン刑事の感で、先程逮捕した男が犯人でないとしたら、非常線を掻い潜り逃げるのは難しい、きっと近くに潜んでいると読んだ。
「何か手がかりになるような物が見つかったかね」
「残念ながら今のところは何も」
「うーん防犯カメラは?」
「一応、近く防犯カメラを確認中ですが、丁度死角になっていたようで残念ながら」
仕方なく秋山刑事は現場周辺の路上に面した商店などを廻り目撃者探しを始めた。
やがて七件目で金物屋に聞き込みに入った。
「どうもお邪魔します。つい先ほどひったくり事件がありまして、聞き込みをしておりますが、ご協力願いませんか」
出て来た六十代くらいの店主だろうか、どうも様子がおかしい。ベテラン刑事だけに直感した。
「何かご存知のように見えますが。何かあったんですか」
「それが、この裏にアパートがあるのですが、見慣れないバイクが停めてあって様子が変なんですよ」
「と、言うと何者かが隠れているとか」
「いや其処までは分かりません。裏のアパートにバイクを持っている人はいなので、ただ友人が訪ねて来たかも知れなので、なんとも言えませんが」
「有難う御座います。申し訳ないが貴方達に危険が及ぶかも知れません。外には出ないで下さい」
秋山はバイクを調べて見た。被害者女性の言っていた車体が青くバイクに似ているがメーカーまで知らいそうだ。
バイクのマフラーを調べた。ほんのりだが熱が残っていたが、残暑が残る九月上旬では区別がつかないが、金物屋の主人の話からして、先程までバスクがなかったとか。そうなると乗って来たばかりという事になる。これはかなり可能性が高いと睨んだ。
秋山刑事は携帯電話を取り出し応援を呼んだ。その間、逃亡されないようにアパートの陰に潜み、ここが奴の住処か空き部屋に隠れているのかは分らない。五分ほどしてパトカーがサイレンを鳴らさず近くにスーと停車し三人の警官が下りて来た。
「秋山さん、本当に犯人が潜んでいるのですか、今、本部は大変な事になっていますよ。取り締まりで連行しようとした男が宮本警部達三人に暴行を働き逆に三人に手錠を掛け、そのままパトカーごと奪った拳銃を持って病院に駆け込みました」
「なっなんだって! 強引に取り押さえるからだ。あれでは誰でも怒る、ともあれこっちも犯人と思われる奴を追求しないと」
「秋山さん、それって真犯人ですか?」
「何とも言えないが十分に怪しい。奴に気づかれないように一部屋ずつ確かめてくれ」
アパートは二階建てで上と下を合わせて八部屋ある。一人の警官は逃走しないように階段の近くに隠れている。秋山は一階の部屋を一軒ずつノックして住民に事情を説明して行く。更に二階に登った。三部屋は留守で一部屋は空き部屋ようだ。二人の警官が同じよう調べて行く、そして一番端の部屋をノックしたが返事がない留守? それにしては変だ。窓に灯りが見えたが急に消えた。ノックしても返事がなく急に灯りが勝手に消える訳がない。警官は二階に居る秋山刑事に手で合図する。すると秋山刑事は、下に居た警官に扉とは反対のベランダの下に行くように手で合図をする。犯人がベランダから飛び降りて逃亡を防ぐ為だ。秋山は扉の前で、大声で叫んだ。
「おい!! 大人しく出てこい。周りは警察官に取り囲まれている。もう逃げられないぞ。出て来なければドア蹴破って踏み込むぞ。抵抗すれば更に罪が重くなる。出てこい」
秋山や警官達は調べた部屋の住民には暫く部屋を出ないように頼んでいた。
それでも応答がない。秋山は拳銃を構えた。それから三分ほどすると男はドアを開けて出て来た。大勢の警官が取り囲んだとカマを掛けられ観念したのだろう。男を押さえつけ秋山は部下に渡し、部屋の中に踏み込むと奪われたバッグらしき物を発見。中を確認すると七束の札と三十万が入っていた。被害金額とピッタリだ。たが拳銃はなかった。男に拳銃を出せと聞いたが持っていないという。もしかしたら最初から持っていなかったかも知れない。更にバイクはお前のか聞くと盗んだ物だと言う。調べたらバイクの鍵を持っていた。現金に逃走したバイク間違いない。
すると強引にパトカーに乗せた男は無実となる。
「十五時五十九分、現行犯逮捕する」
秋山は真犯人を逮捕して安心したが、まさか犯人と間違われた男が刑事達を殴りつけ病院に立て籠もる大事件になっているとは思わなかった。
秋山は署に電話を入れた。
「なんだ、秋山か今それ処ではない。いったいお前は何をしている。確か宮本警部と一緒だったはずだが」
「はい、宮本警部の許可を得て自分だけ単独行動していたところ、真犯人を逮捕しました。奪われた七百三十万も押収しまた。間違いありません」
「なんだって! では今、病院に立て籠もった男は犯人じゃないと言う事か」
「そういう事になりますね。なんたって奪われた七百三十万も見つかりましたから。それと拳銃は所持していませんでした」
病院を取り囲んだ警察だが一本の電話で事態は一変した。北沢署では署長を始め陣頭指揮を取っている最中だった。病院を取り囲んだ警官から次々と情報が入っている。
単独で強盗ひったくり犯の操作を続けていた秋山刑事から一方が入ったと。
「ひったくり強盗犯確保! 奪われた七百三十万も無事に回収したそうです」
「なっ!! なんだって……それじゃあ宮本警部が逮捕した男は無実……つまり誤認逮捕か」
秋山は犯人をパトカーに乗せた警官に頼み、病院に直行した。かなり慌ただしい。
その途中、別のパトカーに乗り、現場責任者に電話を入れた。
「秋山さん、あんた宮本警部と一緒じゃなかったのか」
「はい、一応容疑者をパトカーに乗せたのを確認し、宮本課長の許可を受け、どうも容疑者にしては腑に落ちなかったので単独で操作していました」
「では宮本警部が確保した男は犯人じゃないという事か……なんという失態だ」
「その誤認逮捕した事になる男が、乗せられたパトカーを襲い宮本警部以下二名に手錠を掛け病院内に逃走。現在、県警本部長及び機動隊員を含め総勢百名前後が病院を包囲中」
「なっなんだって馬鹿な!」
秋山刑事はパトカーの助手席に座り無線で連絡を取り合っていた。情報を聞いた秋山は
毒ついた。
『なにがキャリアだ。若造が。こっちは叩き上げのデカだ。足跡を追え、だと? その前にてめぃの足元を見ろってんだ。奴は大怪我をした妻に会いに行くと言っていたな。不味いぞ、誤認逮捕で逃走したとしても間違って射殺でもしたら大変だ』
更に電話で秋山は学生時代の友人がテレビ局のディレクターをしている事を思い出し、そのディレクターに頼み込んだ。
「なっ悪いが、ニュース速報で流せないか」
事情を聞いたディレクターは独占スクープと喜び承諾した。
「こっちこそトクダネありがとう。分かった早速テロップを流すよ」
テレビの情報は早かった。ニュースを聞きつけ駆けつけた報道陣や野次馬で病院前は騒然となった。現場で指揮を取っている本部長に報道陣が一斉にマイクを向けた。
「県警本部長、誤認逮捕の男が暴走したって本当ですか? 原因を作ったのは警察の方だって?」
テレビでは次々と速報が入りテレビの生中継まで始まった。こうなると警察も迂闊に病院に突入出来ない。現場に到着した秋山刑事は説得させてくれと名乗りでた。機動隊を病院に突っ込ませる訳にも行かず、それに応じた。早速、秋山は暴走男の説得に当たった。
「頼む、聞いてくれ。悪いのはこっちだ。謝罪する。これ以上暴走しないでくれ」
「暴走? 俺はただ妻が心配なだけだ。緊急手術が行われている最中だ。もし妻が死んだら俺を逮捕した刑事は絶対に許さん」
「分かった。ならば病室の鍵を開けて人質を解放してくれ」
「なにを言う? 誰が人質なんだ。病室のテレビでは俺が拳銃を持って人質をとって立て篭もっていると言っている。全くの誤解だ。病気の皆さんは表に沢山の警官がいるのが不思議に思っているよ」
「そうじゃないのか?」
「違う! 拳銃はパトカーに置いて来た。人質なんて居ない」
秋山刑事はパトカーの中を調べるように依頼した。四分ほどして助手席の下から拳銃が発見された。またしても失態を犯した。誤認逮捕に怒り拳銃を奪い人質まで取ったと全て誤報であった。真犯人は逮捕したから無実は証明されたと伝えた。
「今、確認出来た。あんたの言う通り拳銃はパトカーの中にあった。人質を取っていない事も分かった。後は私に任せてくれ責任もって処置する。ああ私は秋山巡査部長だ」
「分かった。あんたは信用出来そうだ。いま出て行くから撃ちなよ」
「ありがとう。信用してくれて悪いようにはしない」
やがて秋山刑事の説得により投降したが、警察の失態が招いた事件として連日報道された。危篤状態の妻の下へ駆けつける人間を、有無を言わさず誤認逮捕したキャリア刑事の行動は非難された。ただ誤認とはいえ警察官を暴行し手錠を掛けて逃走した事が問題となった。しかし元を正せば警察がミスを犯した。危篤状態の妻が心配で仕方なく起した行為である。
警察も、この男の処遇に困った。これだけ警察が手玉に取られ無罪放免では立ち瀬がない。罪状をつけるならいくでもある。公務執行妨害、暴行、逃亡。だがそれは警察の言い分、報道関係者は納得しない。世論はマスコミ効果もあり誤認逮捕が生んだ事件として譲らない。ただマスコミは乗せられたパトカーの中で警察官三人を襲い手錠を掛け逃亡した事は知らない。逮捕されパトカーに乗せられたが警察官三名に手錠を掛ける離れ業はいったい何者か。
みっともなくて、こんな失態は公表されていない。これほどの男だ。ただ者ではないのが分かる。やがてその男の素性が明らかに、なった。正体が分かり驚いたのは警察と陸上自衛隊の幹部達であった。警察は暴走男の処遇に困った。そこで自衛隊幹部と警察幹部の話し合いが持たされた。警視総監と幕僚長のトップ会談である。
「どうです警視総監。うちの隊員が起した事件が公になれば、そちらの現職刑事三人が手錠を掛けたにも関わらず逆に手錠を掛けられ尚、拳銃まで奪われたとなると警官の質が疑われませんか? どうでしょう世間は誤認逮捕までしか知りません。こちらも優秀な特殊部隊々員を失いたくありませんが、痛み分けとしませんか?」
暴走男は自衛隊特殊部隊に所属しているという。謎の男の身分は世間に隠され暴走男は無罪放免で釈放された。後に暴走男の消息は誰も知らない、但し一人を除き。
手柄が欲しい為に誤認逮捕し世間を騒がせた罪は重い。宮本警部は依願退職に追い込まれた。
それから数か月が過ぎた。
この事件で二人の男との間に友情が生まれた事は確かである。事件直後、秋山刑事は犯人と間違われた音羽一等陸尉の妻が交通事故で入院している病室に見舞いに行ったのが最初だ。幸い命に別状はなかったが数か月の入院が必要らしい。それを機に秋山刑事は何度も見舞いに行っている。今では意気投合する仲になっていた。勤務の暇も見ては、秋山刑事は見舞い行く、そし今日も。
ドアを開けるとその足音の主がニヤッと笑った。お世辞にも綺麗とは言えないタバコのヤニが付いた歯に愛嬌が伺える。その足音の主に妻と二人で選んだ靴を用意していた。歩いても疲れにくい靴をプレゼントするつもりだ。刑事は歩くのが仕事と言っていいほど、捜査で足を使う。余ほど丈夫な靴でも半年でボロボロになるほど歩くのが仕事だそうだ。
秋山刑事は柄に似合わない花束を持って病室に入る。それを音羽一尉は笑顔で出向かえ手を差し伸べた。
「秋山さんが俺を信じて説得してくれたから丸く収まった。本当に感謝していますよ」
「とんでもない。それより私がパトカーに乗っていなくて良かった。半殺しにされていたかも」
「もうそれは言わないでくださいよ。家内にもきつく叱れていますから」
「お陰さまで妻が来週には退院出来そうです。秋山さんその時は盛大に退院祝いしますので来て下さいよ」
「それは良かったですね。勿論、喜んでお伺いしますよ」
了
執筆の狙い
今回は前回(お正月Ⅲ)と変って警察アクションものです。
その始まりは職務質問にありました。
有無を言わせず尋問したのが事の発端となりました。
まさかそれか大きな事件に発展いすると?
宜しくお願いいたします。