ある出来事
ある出来事
渡辺沙羅
私は中学のころ神田の古本屋に毎日出入りしていた。ノイローゼ気味で病気でも何でもないのに気の病とでもいうのだろうか、自分の顔が良くないと思いつめていたのだ。制服姿でビルの大きな本屋に入った。何階かはわすれたが岩波新書が平積みになっている。
目に入ったのが「コンプレックス」という本私は迷わずこれをレジに持って行った。そこでレジをした大学生のアルバイトだろう、本の題名を見るまに噴出して大笑いした。そしてほかの店員を呼ぶと私を指さして笑うのだ。私は完ぺきにてんぱった。
「何だこの野郎、店長を呼べ」
中学生とも思えぬ言葉があの笑いから大きな怒りとなって噴出した。
「あんたは何だバカヤロー」
「自分の不細工な顔を鏡で見ろ」
そこに店長がやってきた。
「どうされました?」
「この女が私を笑ったんです、この本で」
店長は、
「君、お客さんを笑うとは何事だ。これは差し上げます」
レジの女は涙目になってしょぼんとした。
私は本屋を出ると「コンプレックス」をびりびり破いてごみ入れに捨てた。
私は満足だった。
執筆の狙い
自分の体験を書くことで過去の怒りをトラウマから抜き去ったのです。
人間の心理です。
昔のことを犠牲にして楽になりたかった。