自身の実力で文芸・文学賞を受賞した作家の紹介です。
このたび、幸運にも優秀賞を受賞することができました。
30歳になったある日、ふと小説でも書いてみようと思いつき、ネット上に『小説の書き方サイト』でもないかと検索したのが、このサイトとの縁でした。
その頃は「」の後、改行することも知らない素人でしたので、執筆の基礎の『ごはんちゃん』を隅々まで読んで、おおいに参考にしたことを覚えています。
今思えば、あれが第一歩でした。
参考までに記せば、ここまでにかかった時間が約二年。毎日夜11時から12時まで、一日一時間を執筆に当てました。書いた枚数がのべ1200枚になり、そのうち8割が公募用原稿です。大小、計三回の公募を経験しました。
よく参考にした資料は、中村明氏の書いた『感情表現辞典』のシリーズ。公募原稿の体裁は、渡瀬草一郎先生のサイトを見て、そのまま真似しました。
未熟者ですが、根気良く頑張っていこうと思います。運営の方々、利用者の皆様、今後とも宜しくお願いします。
2005年10月、小説を書こうと思い立った時に「作家でごはん!」を知り、原稿用紙5枚ほどの作品を投稿させていただいたのが始まりでした。以来、頂いたコメントを参考にしながら小説を書き続けて1年半ちょっと、ここまで順調に行くとは思いませんでした。まだまだ半人前ですが、いっそう真摯に小説に向き合っていきたいと思います。
最後に、この場を提供してくださった運営者様に感謝するとともに、サイトのますますのご発展をお祈りしております。
こんにちは、月島総記と申します。
2003年から2006年にかけて、『魚雷堂』の名前で鍛錬場を使わせて頂いておりました。
このたび賞を頂き、作家としての第一歩を踏み出せたのも、共に鍛錬を重ねた皆様のおかげです。
お褒めの言葉に何度元気付けられたか、また厳しい批評に何度身を引き締められた事か。今ではその全てが私の財産となっております。
コメントを付けてくださった皆様、本当にありがとうございました。
今後はそのご恩に報いるためにも、小説を書き続けようと思います。よりよい物書きになる事を目指して、生涯鍛錬です。
作家でごはんをご利用の皆様。
この度わたしの作品がYahooJapan文学賞を受賞いたしました。
日頃から投稿作品に批評をしてくださっている方々、又ノミネートの段階であたたかいエールをおくってくださった皆様に一言お礼を申し上げたくてこの場で告知させていただくことにしました。特に受賞作品である『FUNFUNFUNを聴きながら』は別の題名で鍛錬場にも投稿した作品であり、様々なアドバイスをいただきました。又批評者の幾人かの方に公募を考える時期に来ているのでは?と言うお言葉をいただいた事もこの度作品を応募したきっかけになりました。心よりお礼を申し上げ、今後も実力をつけるべく創作に励んで行きたいと思っております。ありがとうございました。
私の投稿作品に、感想、アドバイスをくださった皆さま、本当にありがとうございました。鍛錬場に投稿することによって、自作を客観的に見る目を養うことができたと思います。また、納得のいくまで推敲、改稿し、完成度を高めることも大切さを教えていただきました。作家としてはまだまだ未熟ですが、こちらのサイトで学んだことを大切にしながら、一歩一歩前進していきたいと思います。
最終選考まで残ったとき、その紹介として編集部からつけて頂いたうたい文句が『世代を超えて紡がれる、魔法と約束の物語』でした。拙作『イヴは夜明けに微笑んで』は確かにそのような雰囲気の物語だと思います。この原稿を手がけるにあたり、「時の流れの描写」・「人の絆と約束」という物に対してだけはどんな作品にも負けないという意気込みでのぞんだからです。(その成否はおいておいて(笑))。事実。今回僕は最終選考までの段階で運良く二作残していましたが、審査員の方に読まれる物として残されたのは「イヴ」の方でした。荒削りであろうとも主張すべき部分が明確であったという点を評価されたのだと思います。
──僕自身の事例で恐縮ですが。新人賞を目指される方、自分独自の「持ち味」を伸ばすことを意識するのが成長への最も確実な方法だと思います。他に二つと無い「あなただけの作品」がいつか書店に並ぶこと、心から応援し、そして信じています。
幻冬舎アウトロー大賞は、作家の持ち込みをシステム化した形の賞で、入賞しても賞金はありませんが、評価されれば即出版というところが嬉しいです。下読みと選考委員のダブル・スタンダードに悩まされることもありませんし。すでに献本が届けられていますが、書店に並んでいるところを見ていないのでまだ実感が湧きません。待ち遠しいです。
2003年ごろ、ほぼ一年にわたって「朔夜」の名で鍛錬場に作品を投稿したり感想を書いたりしていた者です。受賞後、雑誌掲載を重ねて、このたび初文庫を出していただくことになりました。「単行本が出たときに受賞告知」と思いこんでいたもので、報告が遅くなってしまいました。
商業誌で書くようになって、鍛錬場の皆様から指摘されたことが、身にしみてよくわかるようになりました。自分の未熟さを思い知らされることばかりですが、初心を忘れず、書き続けていきたいと思います。
一年半ほど前まで『タク』名義で、投稿やコメントなどに参加させていただいていました。最近は書き込むことも少なかったのですが、ちょくちょく眺めています。
まだ若輩の身ながら、僕がみなさんに贈れる言葉があります。それは、「面白い作品の勝ちだ」ということです。これは、僕がいわゆる「書き方系」の本を何十冊も読んで得た結論です。誰がどこで「このようなやりかたでは絶対に受賞できない」ということを言っていても、それを乗り越えることのできるほど面白い作品が書ければ大丈夫です。好き勝手にやってみることが重要ではないでしょうか。そして最後に、何があっても絶対に揺るがない物書き大原則を。「死ぬほど読んで 死ぬほど書け」
作家になろう、と思ったのは19歳の春でした。石にかじりついても作家になってやると決めました。一歩一歩、一語一語、じりじりと書き続けました。絶望した日も挫折した日もやめませんでした。
あれから早6年。「ごはん!」にはいろいろとお世話になりました。鍛錬場で感想・批評を書き合った日々のことはきっといつまでも忘れません。掲示板で愚痴を吐いたりしたことは水に流してやってください。みんな、ごめん。
ところで僕は、かつて久保田弥代先生が「ごはん!」の後輩たちへ寄せられた言葉をよく覚えています。「わたしは一歩先に行かせてもらうけれど――待っているよ。」先輩、ちょっともたもたしましたが、ようやくスタートラインに立てそうです。この険しく楽しき道は、まだまだ先へと続いています。
それから、やがて追いかけてくるはずのライバルたちへ。「俺は待っててあげるほど優しくないから、来るなら必死で走ってこいよ」
とにかくずっと小説家になりたいと思い、とにかく書き続けていればなれるのではないか、と思い込んできた結果がようやくでました。『思い込み力』これは存外強力なようです。とにかく受賞はスタート地点だということを繰り返し自分にいいきかせています。少しでも面白い、楽しいと思って貰える小説が書けるようこれからも精進して参りますので、拙作が世に出た際は皆様なにとぞご贔屓に。そして同じ志をもつ皆さんも頑張って下さい。
一次予選すら通ったことがなかっただけに、おろおろするばかりです。書けるものを書くのではなく、書きたいものを書いたのがよかったのかな、と思います。どうぞごひいきに。
同じ志をお持ちの皆様に申し上げられるのは、夢はあきらめなければ賞味期限は案外長い、ということです。私はミステリーの賞に、捕物帖ではない時代劇で、しかも主人公は超能力者というファンタジー設定の作品を応募して、入賞しました。だから、カテゴリーエラーは気になさらず、書きたい物を遠慮せずに応募なさってはいかがでしょうか。
自分でも無我夢中で目の前のハードルを一つ一つ飛び越している状態です。先はまだまだ長いですが、気を引き締めて創作活動をして行きたいと思います。でもやっぱり夢は絶対諦めちゃいけないです! いくつになっても(笑)人生まだまだ何があるかわかりません。ほんとです。
受賞者の多くが「二作目」を出せないで沈んでいく昨今……大事なのは「これから」と、覚悟を決めて頑張りたいと思います。
それと今書いている皆さんへ──作品はたくさん、書き溜めておいた方がいいですよ♪ それで後悔している私が言うのもなんですが(^^;)
驚きのあまり、書店の前で「うそーっ!!」と叫んで以来、腰が抜けたままです。不安もありますが、これから悔いのないよう全力で頑張りたいと思います。そして、つぎに「うそーっ!!」と絶叫するのは、あなたかも。
時は二十一世紀中庸――情報屋を営む九条隼人は、公認の《賞金稼ぎ》という一面も持っていた。政府から手配された《手配人》を追い、捕らえて賞金を得る――それが賞金稼ぎだ。ハロウィーンの夜、彼の元に旧知の警察官が訪れる。テロリストが街に仕掛けると予告した爆弾を、九条に発見、解体せよというのだった。URBAN HERCULES――九条隼人の疾走が始まる。