作家でごはん!鍛練場
郷駕

廻る四季

生きたい……と思っていた。ただ今は死にたいと思ってしまっている。
生きたい理由を考えると曖昧な答えが返ってくることが多いが、死にたい理由を考えると明確な答えが返ってくることが多いだろう。
もっとも、真剣に生きている人間のみに言えることだが……

ここ最近僕は癌になった時期の夢を見る。

「癌、ですね」

「そうですか……」

去年の春、僕は癌である事を告げられた。悪性腫瘍が見つかったんだっけな。
その時の自分は妙に落ち着いていた。
実感がなかったのか、はたまた上手く理解ができていなかったのか。
入院先の病院の隣のベッドに同年代に見える女性がいた。

「こんにちは!」

元気に挨拶をする彼女はニット帽を被っていて、自分と同じ癌なのだなと悟った。
今、改めて思い出すと鮮やかなピンクのニット帽は彼女の天真爛漫さ、そして生命力の強さを象徴しているようだった。

僕たちはすぐに彼女と打ち解け、仲良くなった。
話を聞くと彼女はあと半年ほどで退院らしい。だから僕が退院したら一緒に遊ぼう……なんて計画も立てていた。
蝉時雨が降り注ぐ夏真っ盛りの日のことだ。

「あのさ、もし遊びにいくならどこ行きたい?」

僕は彼女に聞いた。病院の中は暇なので彼女と話すことが多かった印象だ。

「うーん」

彼女は下を向き、頭を悩ませている様子だった。

「高校の修学旅行行けなかったからさ、沖縄の海、見たいかな」

彼女が高校生だったことに驚いた。
ふと彼女の顔を見ると、窓の外から広がる新緑の世界に恍惚している様子だった。

蝉の声が弱まった秋の初頭、彼女はイヤホンを装着し、パソコンを開いてノートをとっていた。
彼女のペンを走らせる音と少しばかりの音漏れが病室の陰気臭い雰囲気を切り裂いていた。
それからちょっと後、イヤホンを外し、伸びをする彼女に

「オンライン授業ってやつ?」

と聞いた。

「うん。オンラインでも出席日数に入れてもらえるらしいし」


「卒業できそうなの?」


「うん!できそう!」

彼女ははしゃぐように言った。

「そもそも私は未来についてちゃんと考えてるからね」

鼻を高くする彼女を横目に僕は自己嫌悪に陥った。なぜなら未来についてなど考えてもいなかったからだ。

「未来か……」

(正直未来なんて勝手に来ると思ってたしな…)


「まあ癌になる前は未来についてなんか全然考えてなかったんだけどね」


「僕は今もだよ」

「そんなことないよ!」

彼女は首を横に振って、語気を強めて言った。

「だって実際、退院後のこととかアバウトだけど一緒に考えられてるじゃん」

「ありがとう」

彼女は首を傾げ、口を開けたままこちらを見つめた。
少しの静寂が訪れたが、僕はその静寂にホッとした。

ある夕食の日。

「そろそろ味の薄いご飯にも慣れた?」

「まあさすがにね」

「私は慣れるのに結構かかったな」

「以外だね」

「そう?」

色の薄いスープを口に運んでいる彼女の口には米粒が付いていた。
面白かったので僕は言わないでそのままにしておいた。

秋の終わりごろ、彼女から嬉しいしらせを聞くことができた。

「私ね、もうすぐ退院出来るらしいの!」

「おお!それは良かったな」

それを聞いた僕は目頭が熱くなり、自然と安心した。
だが彼女の眉毛は下がり不安そうに見えた。

「でも私ね……今複雑な気持ちなの」

彼女はニット帽を外して窓を見つめる。

「うん?」

「いや……退院できない人だっているし、最低な考えなんだけど、君と離れるのが寂しいなって」

窓から吹く乾いた風で彼女のまつ毛が揺れていたのと同時に冬の訪れもその時に感じた。

「ははは……そっか」

なんて返せばいいのかわからず曖昧な返事になってしまった。

「えっと……これ」

そんな中彼女は唐突にお守りを僕の手のひらにそっと乗せてきた。

「私がいなくても寂しくないようにね」

僕はもらったお守りをぎゅっと握りしめた。

「あと、私が自分で作ったから大事にしてね!」

お守りに付いていた小さな鈴が僕の手の中でシャンと鳴った。
彼女は、静かにはにかんだ後、満足気な顔持ちで病室をあとにした。
彼女の作ったお守りはところどころ糸などが飛び出ていたが手作り感が出ていてむしろ嬉しかった。

彼女がいなくなってからは一人ぼっちの病室だったが想像していたより寂しくはなかった。
大学の友人や親が見舞いに来てくれたりあの時ほどではないがそこそこ楽しかった。

ある時、彼女から電話がかかって来た。

「もしもし?」

僕がそういったあと彼女は食い気味に

「あのさ、今学校行けててさ、毎日が楽しいんだよね!」

「なに、自慢?」

僕が冗談めかして聞くと、

「違うよ!ただ今の私があるのは君のおかげだから」

「そっか……こちらこそありがとう」

「あと、誕生日おめでとう!」

「な、なんで知ってるんだ?」

あきらかに自分は動揺していただろう。

「えーっとね、昔看護師さんにこっそり聞いたの」

その時、ベッドの上に一粒の雫が零れ落ちた。

「っうぅ、ごめん、ありがとう」

情けないところを見せたくない、だが僕の感情と反して体は言うことを聞かないのだった。

「えーっ泣いてるの?」

こんな時まで心配してくれる彼女は本当に優しいのだなと、さらに雫は零れていく。
そのあとも少しだけ雑談をした。

「じゃあ君が退院したら、一緒に出かけようね」

「おう」

一瞬だった。通話の時間は。
まるで線香花火のようだな、なんて思ったっけ。

あの頃の僕たちはやっぱり、将来に期待をしていたんだなと、今になっては思う。


冬の真っ只中、僕はサークルの友人から送られてきた写真を眺めていた。
彼女にもいい報告ができるようになってきた頃、彼女から一本の電話がかかってきた。

「もしもし?」

僕がそう言うと、彼女はゆっくりと口を開いた。

「もう一回入院することなっちゃった!」

「はい……?」

彼女の声は震えていたし、鼻を啜る音が通話越しに聞こえてきた。

「再発した癌があちこちに転移してたらしいんだよね」

「……」

「手遅れみたいなんだよね……へへへ」

彼女の声は震えていた。
僕は頭の中は深夜のテレビのように砂嵐が映っているようで、ノイズが渦巻き、何を話せばいいのか分からなくなってしまった。
頭も呂律も回らず、僕はなかなか口を開けないでいた。

「絶対治すから!それまでに君も治して一緒に沖縄に行こう!」

通話越しで見えないはずなのに、彼女の笑顔がすぐに頭に浮かんできた。

「言ったな!約束だからな!」

僕の涙腺のダムは崩壊しているようだった。この時の僕はただ、熱くなった目頭をハンカチで抑えることしかできなかった。
その後はいつも通り雑談をして、通話は終わった。
まるでガラスが割れるときのように一瞬だった。彼女はきっと僕を心配させないために、必死に取り繕っていたのだろう。
だがそれを指摘するのは彼女の頑張りを否定することになる。
僕はお守りをぎゅっと握る。
安心する……どうしてだろうか。
僕は自分にできることを足りない頭と有り余った時間で考えることにした。

「ふー」

ゆっくりと息を吐いた。
僕は彼女に渡すお守りを完成させた。
僕の足りない頭では、お守りを作って返す、という簡単で単純な考えしか出てこなかった。
ふと自分の指を見ると、乾燥や針が刺さった跡などでボロボロだった。
完成したお守りは所々糸が綻んでいたり
形も無愛想だったりで出来が良いとは言えない代物だった。
だが僕は見た目より、そのお守りに詰まっている思いや、時間が大切だということを知っている。いや感じたことがあるのだ。
お守りの色は彼女のニット帽と同じ、鮮やかなピンクだ。
彼女のはにかんだ笑顔がまた見れるといいな……
窓越しに見える星空に、僕は思いを馳せた。


僕は彼女の病室の扉を叩いた。コンという軽快な音とは裏腹に病室の前の空気は冷えきっていた。

「入るね」

僕は扉の前で呟くように口を開き、引き戸を開ける。

「おっ久しぶり」

彼女はいつものように笑って僕に挨拶をてきた。
体にはところどころ管が通っていて、点滴だろうか……
髪がボサっとしていたり、目には隈ができていたり、何より以前会った時より痩せていた。頬が痩けて、心配になるほど細い手足。

「久しぶり!ちょう……」

調子はどう?と聞こうとしたが、そんなの聞くまでもないだろう、と言葉を胸に押し込んだ。
薄いカーテン越しに差した柔らかく淡い光。
そんな光みたいに穏やかな様子で彼女は喋り始めた。

「私さ、もうダメかもしれないんだよね……」

この時僕は初めて彼女の弱音を聞いた。

「……渡したいものがあるんだ。君に」

僕は唐突に言った。彼女は不思議そうな目で僕を見つめた。
僕が彼女のベットに一歩一歩、そっと優しく近づいていく。

「手、だして」

彼女は僕の前に手を突き出し、パッと開いた。
彼女はまだ不思議そうに僕を見つめる

「はい、お守り。汚いかもしんないけど、自分なりに頑張って作ったから」

「うん」

彼女はゆっくりと頷いた。

「一緒に頑張って二人で沖縄行こうな」

「うっうぅ」

彼女は泣きだしてしまった。

「心配させないように、泣かないようにって頑張ってたんだけど、今日はどっちもだめだ」

ピンクのお守りは、彼女の涙を受けてより一層濃い色になった。

冬が終わりに近づきもうすぐ春という時期だった。
僕のスマートフォンには衝撃的なメッセージが一通届いた。
メッセージは彼女からではなく、彼女の母からのものであった。
内容は娘の容体が悪く、僕にお見舞いに来て欲しいというものだった。
生命力が弱まっていく彼女の病室へと走る僕には生命力が溢れていた。
僕は回復しつつあったのだ。
お願いだ……死なないでくれ。
自分勝手でもいい。一緒に沖縄に行こう。そう思った。
僕はノックもせず勢いよくドアを開けた。

「こんにちは」

彼女の手を握る女性……おそらく母親だろう。冷たい声で挨拶をしてきたが、僕はそんなのを気にも留めずに彼女のそばに近づく。

「彼女は、彼女は大丈夫なんですか」

「……分からないわ」

彼女に会いに行ったら、安心出来ると思っていた。いつもみたいに挨拶して、彼女のはにかんだ笑顔を見ながらいつも通り喋れる、なんて思っていた。
癌の辛さは僕もわかるはずなのに……
その時の僕は唇を噛み締めて、彼女の手を握ることしか出来なかった。

「お母さん、それと君か」

今にも途切れそうな微かな声で彼女は喋った。半目だけ開いている状態だったが彼女が驚いていることは伝わってきた。

「ごめん、君との約束守れなそうだよ」

「約束?」

彼女の母親は理解できていない様子だった。

「約束なんかより、今は治すことに専念してよ……」

さっきまでの僕は自分勝手なことを思っていたのに……自分が分からなくなった。
それから時間はあっという間に過ぎていき、僕と彼女の母親と一緒に病室から出た。

「あの子とは仲がいいのかしら?」

病室の前のドアで彼女の母親は訊いてきた。

「……そうですね、今は良くなってきたんですけど僕も癌を患っていて、彼女とは病室のベッドが隣だったんですよ」

そういえばあれは春のことだったな。

「癌になって暗かった僕を励ますんじゃなくて、ただ普通に接してくれて、救われたし、心が楽になったしで彼女には感謝でいっぱいで……」

「あの子は優しいでしょ、本当優しい子なのよ……」

彼女の母親の声は微かだが震えていた。
あの時の冷たいように感じる声もなんだか、泣きそうな声だったように今になっては思う。
自分の娘が病気で危険な状態なんて正気でいられるはずがない。
僕は自分の病室に戻った。足は重く、頭がグワンとした。
それから1週間程した後の朝。
桜の花びらが一枚だけ、舞うように僕のベッドに落ちた。
満開だった桜の木もところどころ緑色が点在していた。
明るい日差しにより僕の病室はポカポカと春の陽気に包まれていた。
今日は彼女を看取る日だ。
昨日、彼女の母親からメールが来たのだ。明日が娘にとって最後の日になるから看取りに来て貰えないか、という内容だった。
行かない、という選択肢は僕の中にはなかった。
僕は昨日の夜に散々泣いた。覚悟は決まったはずだ。
僕はまず花を買いに花屋へと向かった。

僕が扉にノックをして、ドアをゆっくりと開ける。
部屋の中には彼女と彼女の母親、そして医者。
僕は持ってきた数本の花を花瓶の中に刺す。僕が持ってきたピンク色のスイートピーは殺風景な病室では眩しいほど鮮やかで、花から発せられる匂いが病室の中に満ちた。
彼女がこのまま奇跡的に回復する事を願うよりも、この最後の時間が終わらないことを願うことの方が現実的なのだろうか……

「心拍数が下がっていきました」

医者は続けて言った。

「皆さん覚悟をしてください」

その瞬間ドアを勢いよく開ける音が静寂を保っていた病室に響く。

「遅れた!母さんあの子は?」

おそらくお父さんだろうが僕は振り向きもせず、ただ彼女の手を握った。

「ピーー」

弱々しく波打っていた心電図はついには水平線のように平行になったまま動きを止めた。

「ご臨終です」

「うわっ」

僕は夢から目を覚ました。
期間が長い夢だが、いつも一瞬で終わる。
ベッドの横を見ても窓はなく、退院したことを思い出す。
彼女が死んでしまってから何度何度も見ているこの夢。僕は彼女の名前と、彼女になんて呼ばれていたか、この二点がどうしても思い出せない。
そういえば今日は彼女の葬式だと彼女の母親が言っていたな。
もちろん自分が行くなんて烏滸がましいことは考えていない。
生きよう、と思う理由よりも、死んでしまおう、と思う理由の方が強くなっていた。
彼女が死んでしまってからの僕は、大学に行けていない。僕が死んで、彼女が生きていられるなら、喜んでそうしたい……僕は何度もそんなことを考えていた。
涙は枯れ、食欲もない。
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中で、彼女から貰ったお守りをゆらゆらと揺らし、鈴の音を鳴らしているだけで一日の半分がすぎてしまうこともざらにあった。
いっそ死んで、彼女と同じところにでも……
スマートフォンが震えて液晶を確認すると、彼女の母親から電話がきた。

「今大丈夫かしら?」

「は、はい。えっと葬式は……?」

「もう終わったわ。今からあの病院の前に来れるかしら?渡したい物があるのだけれど」

「は、はい。大丈夫です」

電話を切った。おそらくあの病院というのは、僕と彼女が入院していた病院のことだろう。
僕には時間が有り余っていたため、好都合だった。
ドアを開けて外に出る。桜はすっかり緑色に染まっていた。
久しぶりに太陽の光を見た事で、あまりにも眩しく、僕はクラっとしてしまった。

電車に揺られバスを乗り継ぎ、僕は病院に到着した。
バスから降りたが、よくよく考えると僕は待ち合わせの場所などを聞いていない。電話するのも煩わしく感じた僕はとりあえず病院の入口へと向かった。
すると自動ドアの前に彼女のお母さんが日傘をさし、そこに立っていた。

「久しぶりですね、体調はどう?」

「体の方はもう万全なんですけどね……まだちょっと立ち直れなくて」

「それは娘のこと?」

「はい。時々、どうせ死ぬならあの子じゃなくて自分だったら良かったのに、なんて思っちゃうんですよ」

彼女の母親が腕を振り上げ、僕の頬を思いっきり叩いた。頬が徐々に暖まっていく感覚が、自分が平手打ちされたことを再確認させた。

「あのね、私はそんなこと思わないし、あの子の分まで君には生きて欲しいと思ってる。だから君が簡単に死にたいって言うのはあの子に失礼だわ」

「……すみません」

自分はなんて浅はかで愚かだったのだろうか。彼女の母親の言う通りじゃないか。

「これ、娘の日記とあなたから貰ったお守り」

「え?」

「娘が死ぬ前にあなたに渡したいって言ってたのよ」

そういうなり、彼女の母親はバス停の方に向かっていった。
受け取ったお守りは、彼女が熱心に握り続けたのか、色が褪せて淡い色に変わっていた。
僕は徐々に遠ざかる傘に向かって声を張り上げて伝えた。

「ありがとうございます!これから彼女の分まで必死に生きます!」

おそらく声は届いただろう。彼女の母親は振り向いて僕に会釈し、バス停の方にまた歩き始めた。

家に帰ったあと、久しぶりに家の電気を付け、茶封筒の中に入っている小さなノートを取り出す。
日記とボールペンで雑に書かれたノートだ。
癌が再発し、再入院する日から日記は始まった。初日のページから二週間は他愛もないただの日記だった。
おそらく体調が悪化したのはこの後なのだろう。
日記の文字は弱々しく、シャーペンからボールペンへと変わり、内容は日常のことから、病気のことや親への感謝が主へと変わっていった。
僕がお見舞いに行った日、日記には水が滴り、少しボールペンのインクが滲んでいた。

「あの人との未来がもう少し見たかった」

再発から一ヶ月半ほど経ったあと、彼女の書いた最後の文字だ。
この日以降からおそらく看護師さんなどに代筆してもらったのだろう。
それからの日記は日記というより報告書のようだった。彼女の癌が悪化していく様子が、残酷なほど精密に書かれていた。思わず目を背けたくなるような内容だったが、今までみたいに僕は現実から逃げたりはしない。
なぜなら彼女の日記には現実逃避の内容はなく、勇気が出る内容だったからだ。
最後のページ彼女が亡くなる、五日前。
きっと力を振り絞って書いたのだろう。
震える文字で
「生まれてよかった。晴くんもそう思えてたら良いな。桜良より」
とだけ書かれていた。
やっと思い出した。彼女が、いや桜良が思い出させてくれたんだ。
僕は晴くんって呼ばれてて、彼女のことは桜良、そう呼んでいたな。
しかし、これだけの文を書くのに、どれほど苦しい思いをしたのか、僕には推し量ることしかできない。
枯れたと思った涙は僕の中から溢れ出していった。
そっと僕はノートを閉じた。
するとノートの中から折りたたまれた紙がふわりふわりと舞うように床に落ちた。
腰をかがめ、僕は紙を拾い上げた。
開いてみると活発な文字で
「桜良の死ぬまでにやること百選!!」
百選と書いてあったが、紙に書いてあった内容は、多く見積って三十そこらだろう。
しかし紙の隅をよく見ると
「今のところはまだこのくらい。これから生きていく中で増やしていきたいな。目標は多い方が良いよね!」
僕は特に意味もないがベランダに出た。
まだ風邪が涼しい。僕の手をそっと天に向けると、僕の手のひらに桜の花びらが一枚、ふわっと降りてきた。
僕はその花びらをふーっと飛ばし、ベランダを後にした。
「大学間に合うかな?」
この日からの僕はまるで重力が半分、いや今までが二倍だったのかな。とにかく今の僕は身軽だ。


僕は沖縄の地を踏みしめていた。
彼女が旅立ってから、ちょうど十年。
僕は彼女のやり残したことを、彼女の思いを背負い、一個一個達成していく毎日を送っていた。
今日は念願の沖縄。社会人になってから必死にお金を貯めてやっと来れたのだ。いつか僕の癌が再発してしまうかもしれない。だが、生きる理由を見つけられた人間は強い。まあ真剣に生きている人間にのみ言えることだが。
太陽は眩い光で地面を照らしており、自分から垂れた汗も一瞬で蒸発した。
僕のリュックには今でもお守りが二つ付いている。二つとも色褪せてボロボロだったが、これが僕の精神的支柱となっているのだ。
僕は少し小走りで空港を出た。鈴がシャンと鳴り、穏やかな風が辺りに吹いた。

廻る四季

執筆の狙い

作者 郷駕
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題名の通り、四季を通して時間の変化が詩的にわかりやすいように書いたつもりです。
最初の生きる理由と死ぬ理由の話と最後の方に出てくる「生きる理由がある人間は〜」というシーンだったり、電話の長さを表す比喩だったり、色んなシーンで対比の構造を使ってみました。
小説を書く経験はあまりなくて、人間の絶望と虚無、そこから立ち直る様子を初めて書きました。前半ほとんどが夢の中にするのに挑戦しましたが、上手くできた気がしません。

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