僕に残されていた愛の場所
天井が白い。
それが最初に掴めた世界だった。
白すぎて、逆に怖い。蛍光灯の光は世界をならしてしまう。痛みも、幸福も、同じ明るさで。
僕はそれを見上げながら考える。
僕とは、いったい誰だろう。
君のことはわかるのに、僕がわからない。
帰れる場所だけが先にあって、帰るはずの主体が抜け落ちている。家という座標だけが点滅していて、「僕」という点が表示されない。
思い出そうとする。
病院に来る前、僕はどこにいた?
結婚して、ささやかな生活を持っていた。世界の片隅で、目立たないように、でも確かに暮らしていたはずだ。
凶悪な犯罪者ではない。そのかわり、世界史に名前が残る英雄でもない。僕が倒れても、世界は止まらない。ニュースは流れ、朝は始まり、誰かの仕事は続いていく。
僕の不在は、世界には小さすぎる。
けれど君には——君の生活には、きっと小さくない。
だから僕は、思い出さなければならない。
僕が誰で、何を守ろうとして、どこへ帰ろうとしていたのかを。
*
最初に僕が掴めた世界は、iPhoneの画面とMacの画面、そしてベッドから切り取られた風景だけだった。
画面の中では君と話すことができる。
君は普段は働いている。
君は、僕が出会い、恋に落ち、妻になった人だ。僕にとって特別で、そして今は夢を叶えて働いている。出会った頃の君は心理学を学ぶ大学院生で、「本当に人を救えるのか」と迷っていた。それでも君は、ちゃんとその場所に立った。
僕の意識は、ゲームの場面みたいだった。
ここで彼女との思い出に入りますか?
はい/いいえ
そんなふうに尋ねられている気分になる。
僕は一度、そこで「いいえ」を選ぶ。
思い出に入った瞬間、戻れなくなる気がした。記憶は救いになるのに、同時に、刃にもなる。
僕はまだ、入り口の前にいる。
扉の向こうに君がいることだけは、わかっているのに。
*
朝の6時、部屋が勝手に明るくなる。8時、朝食が運ばれてくる。トレーの音がして、金属が擦れる。12時、昼食。18時、夕食。時間は味じゃなくて、配膳で測られる。
その合間に、リハビリが3回ある。脚を動かす。舌を動かす。指先を動かす。動かしているはずなのに、どこか他人の身体を借りている気分になる。身体は僕のものなのに、僕のものじゃない。
それ以外は、ベッドの上だ。日にちの感覚は壊れている。12月2日に倒れたことだけは分かっている。でも今日がいつかは、分からない。わかってもすぐにわからなくなる。あるのは、点滴の音と、蛍光灯の白さと、充電の残量だけだ。
ベッドの上には、iPhoneとMacがある。この二つのバッテリーが切れたら、世界が少し狭くなる。君の声も、君の顔も、遠くなる。
君はApple Watchをつけている。僕からの着信を、いつでも拾えるようにしてくれている。僕が呼べば、君は聞こえる場所にいる。
それだけで、僕はまだ人間の側にいられる。
君の存在は、休日にやってくるお見舞いの時間と、FaceTimeの画面の中と、日々のメッセージに散らばっている。僕はその断片を、落とさないように握りしめている。
*
夜は、悪夢の時間だ。
病室は暗くなるはずなのに、暗くならない。機械の表示が点滅して、廊下の光がドアの隙間から漏れて、世界はずっと"起動中"のままだ。
眠ったのか、落ちただけなのか、わからない。どこからが本当で、どこからが幻なのか、境目が剥がれていく。
点滴の音が、秒針みたいに聞こえる。ビープ音が、心臓の代わりみたいに聞こえる。僕の身体はここにあるのに、僕の身体の"管理画面"がどこか別の場所にある気がする。
下半身の感覚がおかしい。脳神経はちゃんと全身と繋がっているのだろうか。どこかで線が抜けて、信号だけが迷子になっていないだろうか。
その不安が膨らむと、世界がゲームみたいに見えてくる。僕はベッドの上で、コントローラーも持たずに、自分のキャラクターを動かそうとしている。脚を動かす。舌を動かす。指先を動かす。入力はしているのに、反応が遅い。反応しない。勝手に別の動きをする。
病室のこの"管理された世界"の中にいると、奇妙な未来が見えてしまう。
僕は今、身体の管理をされている。スケジュールがあり、配膳があり、リハビリがあり、バッテリー残量があり、通知がある。ここでは、痛みも幸福も、同じ明るさでならされる。
人とコミュニケーションをとることが難しくなり、画面の中の文字だけで生きていく未来。僕はアナログな肉体を失い、デジタルな存在になってしまうんじゃないか。
そのとき、怖かったのは"死"じゃない。
僕が僕であるための手触りが、静かに消えていくことだ。
僕はまるで、ドット絵のSFの中で三次元を夢見たRPGの主人公みたいだった。世界がおかしい。それでも、君の通知だけが、現実の側から僕を引っ張ってくれる。
奇妙な夢をみる。
この世界が、もう終わってしまった夢だ。
この世の終わりは爆発じゃない。誰かがスイッチを切るみたいに、静かに、静かに、ならされていく。
蛍光灯の白さみたいに。痛みも、幸福も、同じ光で拭き取られていく。濃淡が消えて、陰影が消えて、世界は平らになる。立体だったはずの人生が、薄い紙みたいにぺらりと剥がれていく。
僕はその平らな世界を歩いている。歩いているのに、足音がしない。空気がないわけではないのに、肺の奥が動いている気がしない。誰かの街だったはずの場所に、誰かの生活の匂いがない。
空に、薄いUIが浮いている。
四隅に小さな文字。
SKIP
AUTO
RETRY
画面が世界を覆っている。世界のほうが画面の中に入ってしまったみたいだ。
人がいる。たくさんいる。でも、顔がぼやけている。目鼻が曖昧で、輪郭だけが歩いている。そして、その頭上にはタグが揺れている。
〈モブ〉
〈観客〉
〈敵〉
〈味方〉
〈恋人候補〉
〈感動要員〉
誰かの涙が落ちる。涙が落ちた瞬間、字幕が出る。
〈ここで泣け〉
〈感動の展開〉
〈保存しました〉
保存? 何が?
僕が見ている景色が、勝手に保存されていく。僕の胸が締めつけられる感覚も、勝手に保存されていく。そうして保存されたものが、次の瞬間には「おすすめ」として再生される。
どこかで誰かが体験した熱い展開が、僕の眼前に配信される。どこかで誰かが勝利する瞬間が、世界の中心みたいに輝いている。その光の周りを、僕の人生が薄い影みたいに回っている。
それ以外は、クソゲーなのだ、と。
背後から気配がする。
振り返ると、若い頃の自分がいる。二十代のころの僕だ。その目は、何かを見抜いたふうに澄んでいる。でも同時に、どこか空っぽだ。
若い頃の僕は、胸のポケットから小さなリモコンを出す。リモコンの中央に、赤いボタンがある。
RESET
若い頃の僕は何も言わない。ただ、そのボタンを見せている。
僕の中に、声が響く。押せば楽になる。押せば孤独が消える。境界がなくなって、全部ひとつになる。
「あなたとわたしの境界はなくなる」
口が勝手に、その言葉をなぞる。僕の声で、僕じゃないものが喋っている。
「あなたはわたしでもある」
僕は自分の舌の感覚を確かめようとする。舌がある。でも、舌が僕のものじゃない。喋っているのに、喋らされている。
世界はフィクションだ。すべてゲームみたい。すべて映画みたい。
全部、物語にしてしまえばいい。固有のものなんて、ない。固有のものがあるから苦しい——
群衆の輪郭が近づいてくる。顔のない人々が、僕の周りを取り囲む。彼らの頭上のタグが、ひとつずつ消えていく。モブも、敵も、味方も、恋人候補も。全部、消えていく。
タグが消えた場所に、代わりに同じ言葉が浮かぶ。
〈統合〉
〈理解〉
〈幸福〉
群衆の声がひとつになる。音が溶けて、単一のハミングになる。それは不思議と美しい。孤独がなくなる音だ。
孤独なんていらないだろ——
そう言いそうになる。
でも
僕は夢の中で立ち止まる。
立ち止まった瞬間、世界が少しだけ立体に戻る。蛍光灯の白さに、わずかな影ができる。
そして、その影が教えてくれる。
大きな存在って何だ。無って何だ。
そこを考え始めた瞬間、若い頃の思想は急に薄っぺらい宗教みたいな顔になる。言葉だけが残って、手触りがない。美しいことを言っているのに、指先が何も掴めない。
みんながひとつになって理解する——そんなことはない。理解は、溶けてひとつになることじゃない。境界を消して終わることじゃない。
孤独は、溶かして終わるものじゃない。
「この現実にしか救いはない」
「相手を思いやるところにしか未来はない」
誰かが言う。その声は、群衆のハミングの奥から聞こえる。でも、それは"正しさ"の声だ。正しすぎて、冷たい。
孤独な魂には、ぴんとこない。
病気になって、尊厳がぐちゃぐちゃになって、それでも人生を続けろというのか。
僕の中から問いが飛び出す。問いは、武器みたいに飛び出す。
——あなたは誰だ。
その問いを投げた瞬間、夢の音が変わる。
点滴の音みたいな、秒針みたいな音。ビープ音。測定機の、あの無情な音。
夢の中の世界が、病室の機械に上書きされていく。群衆のハミングが、機械のビープに変わる。顔のない人々が、看護師の足音に変わる。UIの「RETRY」が、モニターの数字に変わる。
そこで目が覚める。
天井が白い。白すぎて、怖い。世界はまだ"起動中"だった。
僕は反射で、iPhoneを探す。指が震える。画面が点く。通知の一覧が、白い光の中で浮かぶ。
そこで、君って誰だ? となる。思い当たるのはひとりしかいない。
名前を見て、息が戻る。
君を忘れたくない。忘れたくないのだ。
通話ボタンを押す。呼び出し音が鳴る。鳴っているあいだ、僕はただ祈る。この世界が、まだ君につながっていることを。
三回目のコールで、君が出る。
「どうしたの」
寝起きの声だ。少しかすれている。
僕は何も言えない。ただ、君の声を聞いている。
「……大丈夫?」
大丈夫じゃない。でも、君の声が聞こえる。それだけで、僕は現実の側に引き戻される。
僕が生きている理由なんて、君しかないのだ——そう言おうとして、やめる。
言わなくても、君は知っている。
僕は15年前にいた。
病室の白さが、昔の白さを呼び戻す。白い天井。白い光。白い壁。白は、安心の色みたいな顔をしているくせに、僕の中ではずっと恐怖の色だ。
母がくも膜下出血で倒れた夜。家族の危機が、突然生活を別のモードに切り替えた。あの時も僕は孤独だった。孤独というより、世界の手すりが外れて、どこにも掴まれなくなる感じだった。
それでも人は社会に戻る。戻らされる。僕も戻った。どうにか自分の居場所を探さなければならなかった。
小説家になりたい。夢を叶えたい。そういう気持ちで、出版社の雑誌編集のアルバイトをしていた。でも僕は夢を掴んだのではなく、ただ「文章で生きていくことができるかもしれない」という可能性の入口に立っているだけだった。
仕事のあと、家に帰って、机に向かう。何かを書こうとする。けれど何も書けなかった。
虚無。
生きていることには意味があり、書くべきことがある。そういうことが、どうしても分からなかった。分からないのに時間だけが進む。進むのに僕だけが薄い。
結局僕は仕事を辞めて、実家に帰って、普通の人間として生きた。普通の人間。それは当時の僕には、どこか敗北みたいに聞こえた。
でも——そんな人生が輝かしいものであることを教えてくれたのが君だった。
*
2010年11月。
僕たちはネット上で実際に会う約束をした。
彼女はある作家の大ファンで、僕もその作家の熱心な読者だった。ネットのフォーラムで、彼女は心理学を学ぶ学生として書き込みをしていた。僕は名もなき作家志望だった。
たまたまそういうふうに話せたことが、僕には嬉しかった。言葉が、現実へ降りるための橋になる気がしたからだ。
彼女は僕のことをおかしな人だと思いながら、会ってくれると言った。
会う日に向けて、僕は日本食の美味しい店を探した。大阪の宗右衛門町あたりに、いい店があった。街の知識は、雑誌編集者として調べたものだった。年上だからといって、人生経験が立派なわけじゃない。だからその店が見つかったことが、妙に救いだった。
彼女は、誰にでも愛されるというタイプの美人ではなかった。でも、ひとたび笑顔を見せると、たちまち人を魅了してしまうタイプだった。実際、僕の前で彼女はよく笑った。
そしてその日、彼女は言った。
「カフカ少年は、故郷に帰らなかったら良かったと思うんです」
僕は箸を止めた。彼女が好きな小説の話だった。家出をした少年が、最後には故郷に帰る物語。
僕は言った。
「家には帰らないとまずいんじゃないかな。物語として。いつか父や母を理解する。そういう必要があると思うけれど」
けれど彼女は、僕の説明を待たずに言う。
「でも彼は家から離れて、その分身は父親を殺し、姉を犯した。それは現実ではなくても。彼の中にはそういう部分があった。彼は自分の人生を生きることもできた」
頭のいい人だなと思った。そして彼女は本気だった。意見として言っているのではなく、人生として言っている。
彼女は関東から家を出て、関西にやってきて、そこで僕と出会った。そんな彼女は、いつかは関東に帰りたいと思っている。でも僕と出会ってしまった。僕と関係が続く限り、家には帰れない。
その事実が、胸の奥に棘みたいに残った。
僕は思う。
僕が彼女から奪ったのは、故郷だ。
*
僕は記憶の中から病室に戻る。
思い出の中には、いつまでもいられる。そこでは僕は倒れていない。身体は自由で、言葉も自由だ。でも、僕はそこに住むわけにはいかない。
僕たちの帰る場所は、まだ立派な家ではない。けれど帰る場所がある。
彼女との結婚。二人で歩いた異国の街。自分たちの住む小さな家。それが僕たちの帰る場所だ。そこには、出会って15年が過ぎた二人の暮らしがある。
そして若かった僕には手に入らなかった、かけがえのないものがある。
この世でいちばん大切な人がいる。
だから僕は、思い出に沈みきらない。病室の白さにならされきらない。
君のいる場所へ帰る。
この毎日は、どこか繰り返しだ。
病室の一日も。会社へ向かう朝の一日も。学校へ向かう朝の一日も。
違う景色のはずなのに、同じ速度で進む。同じ時間割で、同じ音が鳴る。
8時、トレーが来る。12時、トレーが来る。18時、トレーが来る。配膳が、僕の一日を区切る。
それは家でも同じだった。朝、目が覚めて、顔を洗って、コーヒーを淹れて、電車に乗る。やることは決まっていて、僕はその上を滑っていく。
世界は、AUTOで回っている。
若い僕が言っていたことが、いまなら分かる。全部画面の中でいい。苦しいところは飛ばして、綺麗なところだけ再生すればいい。現実は編集できる、と。
——ほんとうに?
病室では、編集ができない。「SKIP」を押しても、痛みは飛ばない。「RETRY」を押しても、身体は昨日の状態に戻らない。「AUTO」を押しても、勝手に人生はすすまない。
僕は、画面の中で生きている。
iPhoneの光。Macの光。通知の光。君の名前が光る。
でも、光は温度じゃない。
画面の中に君がいても、画面の中の君は、僕の指に触れない。僕が触れているのはガラスだけだ。ガラスはいつも冷たい。冷たいのに、完璧に指紋を残していく。
僕は思う。
もしこの世界が、もっと管理されていくなら。僕たちの暮らしも、同じようにならされていくなら。そのとき最後まで残るのは、何だ。
たぶん、君の体温だ。
布団の中で、君が隣にいるという重み。寝返りの気配。呼吸がふっと変わる瞬間。僕が眠りの底から浮かび上がったとき、君がまだそこにいるという確信。
その確信は、文字では代替できない。
「おはよう」
朝だよ、と言う声。声が耳に触れる距離。返事が返ってくる時間。その小さな儀式が、僕を人間に戻す。
肌と肌が触れる、というのは、ただの甘さじゃない。それは確認だ。僕がここにいて、君がここにいる、という確認だ。
境界があるから、二人でいられる。
境界があるから、守れる。
だから僕は、帰りたい。
思い出の中に帰るんじゃない。画面の中に帰るんじゃない。
君のいる場所へ。君の体温がある場所へ。僕が僕でいられる場所へ。
*
昨日、退院のことで君と喧嘩した。
僕はもう退院できると言った。年末年始を病院で過ごすなんて馬鹿げている。でも君は12月18日に転院して、きちっとリハビリを受けた方がいいと言う。運動機能に問題はないように思われるが、言語機能に問題があるかもしれない。
君はもう少し病院でがんばってと言う。僕は帰れるなら帰って仕事に復帰したい。
何が正しいのかわからない頭で、ここからは自分の思いだけではなく、相手のことを考えた思いが大切だと誰かが言う。そう、今は僕が僕の頭で考えたことよりも、君の言うことが正しい。これからの人生がもし、僕がこれまで考えてきたより長いなら、十分にリハビリをするという選択は間違いではない。
君は病室のベッドの脇に座り、僕を説得する。僕は最後には折れて、わかったよと言う。
そしてようやく君の目で世界をみることができる。
君は僕をみている。君は本当に僕を心配している。君は僕を支えている。そして君は僕を愛している。
僕は僕の勝手なまま、君を愛してきたけれど、君は僕を愛している。
僕も、君の夢を叶えなければならない。
初めて、現実に会った日。二軒目の店を出ると、君は言った。
「歳をとってもずっと一緒にいたい。おじいさんとおばあさんになっても手を繋ぎたい」
僕は出会ったばかりなのに、未来を想像した。一日は、ただの一日ではない。彼女はその一日の終わりに、酔って自分のイメージをみせてくれた。
もし、幸せに歳をとれたなら、君は僕が君から故郷を奪ってしまったことを許してくれるだろう。
僕たちは僕たちの家に帰るのだ。
僕には残されていた愛の場所があるから。
もうひとつの病院で、クリスマスと新年を越してから、僕は退院した。
ようやく、家に帰ってきた。
玄関を開ける。君の靴がある。廊下の空気が、病室とは違う温度をしている。
僕は靴を脱ぐ。その動作が、思ったよりも難しい。でも、僕はちゃんと脱げる。脱げることが、嬉しい。
リビングに君がいる。振り向いた君が、笑う。
「おかえり」
その声が、僕の耳に触れる。画面越しではない声。距離のある声。距離があるから、届く声。
僕は答える。
「ただいま」
その言葉が、僕の口から出る。出た瞬間、僕は僕に戻る。
天井は白くない。蛍光灯のならされた光ではない。窓から差し込む冬の光が、部屋に影を作っている。影があるから、光がわかる。
観葉植物が光を求めている。
僕は君のそばに座る。君の体温が、すぐそこにある。
君が手を伸ばす。僕の手に、君の手が重なる。
冷たいねと君が言う。
僕は何も言わない。ただその手を握り返す。
病室で何度も考えた。境界がなくなって、全部ひとつになる世界。孤独が消えて、苦しみも消える世界。それは美しく見えた。
でも——
今、僕の手には君の手がある。
君の手は僕の手ではない。僕の手は君の手ではない。
その違いがあるから、触れることができる。
その違いがあるから、温度がわかる。
境界がある。
だから、二人でいられる。
僕に残されていた愛の場所。
僕はそこに帰ってきた。
窓の外で、冬の光が傾いていく。
君の手は、僕の手の上にある。
執筆の狙い
お世話になります。カクヨムの円城塔賞に応募した作品になります。
昨年、この小説のような病気になり、リハビリがてらAIの助けも借りながら書いた作品になります。
またこの作品は、現在ベータ公開中のAI小説評価サービスでも評価してもらっています。
https://www.novelrank.jp/report.php?id=b7e466ba-8a10-4a12-95c1-03635408a752
しかしながら、人間が実際に読んだ時のアドバイスにはまだAIは敵わない部分があります。
そのあたりのことを比較検討しつつ、
AIサービスも作品もブラッシュアップしたいと思い作品を投稿させていただきました。