やわらかい楯は、よく刺さる
画面の光だけが、部屋の中で浮いている。
外は昼のはずなのに、ここには時間がない。
「リスカについてどう思いますか?」
送信したあと、既にわかっていた。
まともな答えなんて返ってこないことも、
それでも誰かに投げずにはいられなかったことも。
既読がつく。すぐに。
「いいんじゃない?血を見て生きてる実感を確認するんだろ?」
——やっぱり。
軽い言葉。
命を削る行為が、まるで娯楽みたいに処理される。
「多分そうです」
それでも、会話を続ける。
やめられない。
誰かと繋がっている感覚のほうが、痛みよりマシだから。
Bはスマホを片手で持ちながら、ソファに寝転んでいた。
退屈だった。
タイムラインは同じ話題の繰り返し、動画も見飽きた。
そんな時に来た、このメッセージ。
「リスカについてどう思いますか?」
——めんどくさいのが来たな。
そう思いながらも、指は動く。
「いいんじゃない?」
適当に返した。
どうでもいい。相手の人生なんて。
ただ、少しだけ引っかかる。
“生きてる実感”
その言葉に、ほんの一瞬だけ、記憶が触れかける。
——やめろ。
考えるな。
「私はメンタル強いからやったことないけど」
そう打ち込む。
事実ではある。
少なくとも、自分ではそう思っている。
いや、そう思わないといけない。
一度でも「弱い」と認めたら、
どこまで崩れるかわからないから。
「最近の子供は雑魚だからなぁ」
送信して、少しだけスッとする。
見下すことで、位置を確かめる。
自分が上だと確認する。
それだけで、足場が安定する気がした。
Aの返事は予想通りだった。
「私も雑魚雑魚です。お豆腐メンタルですよ」
——ほらな。
自嘲するやつは楽だ。
いくらでも踏み込める。
「ww」
笑いを返す。
本当は、面白くなんてない。
ただ、笑っている側にいないといけない。
いじめの話になる。
「やられたらやりかえせよ」
反射的に出た言葉だった。
Bの頭の奥に、古い記憶が沈んでいる。
教室のざわめき。
机に書かれた落書き。
見て見ぬふりをする教師。
——やり返せなかった。
あのとき。
何もできなかった自分を、
まだどこかで引きずっている。
だから、言う。
「やり返せよ」と。
Aの返事は、気に入らなかった。
「告げ口するだけでやめてます」
——逃げてる。
そう感じた瞬間、苛立ちが膨らむ。
「それは違うぞ」
違うのは、どっちだ?
「言い訳してるだけだ。本当は勇気がないんだろ」
言葉を重ねるほど、
なぜか自分の中の何かもざわつく。
——これは誰に言ってる?
画面の向こうか、
それとも、過去の自分か。
Aはあっさり認めた。
「そうですよ、これは言い訳です」
——なんだそれ。
拍子抜けと、苛立ち。
もっと否定しろ。
もっと抵抗しろ。
そうしないと、こっちの正しさが証明できない。
「言い訳するな」
強く打ち込む。
「でもこれが私の生き方です」
その一文を見たとき、
Bの指が止まる。
“生き方”
そんな大層なものか?
ただ逃げてるだけじゃないのか?
そう思うのに、
なぜか言い切れない。
「ださいよ?」
短く切り捨てる。
それ以上考えたくなかった。
Aの返事は、静かだった。
「ださくても、生きていくためには必要です」
その言葉は、妙に残った。
消えない。
Bは苛立っていた。
理由ははっきりしない。
ただ、この会話が気持ち悪い。
弱いくせに、折れない。
否定されても、崩れない。
それが、気に食わない。
——なんでだ?
簡単だ。
自分は折れたことがあるからだ。
「なんで最近のガキってさ、こんなに雑魚になったんだろ」
また、外に押し出す。
内側を見ないために。
会話の終わりは、乱暴だった。
「二度とくるな」
そう打ち込む。
切りたかった。
この違和感ごと。
Aの返事。
「それは私の自由ですね」
——まだいるのか。
しつこい。
いや、違う。
逃げない。
それが、腹立たしい。
最後に、言ってはいけないことを言う。
「北朝鮮に生まれればよかったのに」
送信した瞬間、
ほんの一瞬だけ、手が止まる。
でも、取り消さない。
既読はついたが、返信は来なかった。
画面が静かになる。
部屋も、静かだ。
Bはスマホを伏せる。
天井を見る。
何もない。
音もない。
誰もいない。
ふと、思う。
さっきのやつは、
「言い訳で自分を守る」と言った。
じゃあ、自分は?
見下すことで、
傷つけることで、
何を守っている?
考えかけて、やめる。
その先は危ない。
崩れる。
スマホを手に取り、別の画面を開く。
新しい会話。新しい相手。
同じことを繰り返せばいい。
考えなければいい。
画面の光が、また顔を照らす。
それはまるで、
血の色みたいに、やけに生々しく見えた。
執筆の狙い
実際にあったチャット参考にしてます
優位に立ってるはずの人が苦しむのが好きです