作家でごはん!鍛練場
桜猫

マッチ売りの末裔

 繁華街を一本外れた裏通りに、ポツンとスタンド看板が立っていた。灯っている弱々しい照明で、何とか店の名前が『バー まっち』だと分かる。終電までまだ十分時間があるのにその裏通りはほとんど人の往来がなかった。
 出張でこの街にやって来た小野寺は、取引先との商談が思いの外とんとん拍子に進み、晴々とした気分でメイン通りを歩いていた。あとはホテルに戻って寝るだけ。それまでの想定外の隙間時間をどうしようか、と考えを巡らせた末、彼は一人で祝杯を挙げることを思いついた。
 通りに居並ぶ飲食店を物色している内に、彼の足は裏通りへと向かい、やがて『バー まっち』の看板を目にした。小さくて地味な外観からつまらなそうと判断し、彼は店を素通りしていく。しかし歩き過ぎてしばらくして彼の足が止まった。
 待てよ。どの店に入ってもそれなりに楽しいに決まっている。だったらどうだろう、思いっきりつまらない店で飲んだ方が今日という日を逆に輝かしいものとして記憶に残せるんじゃないか? 彼はそう考えを改め、回れ右をして『バー まっち』のドアを開けた。

 店の中は、四人掛けテーブル二卓と五席のカウンターのみの手狭な空間。壁には柄の短い斧のレプリカや古めかしい地図が飾られていた。お客は、誰もいない。
 カウンター内でグラスを拭いていたママの真理が、入ってきた小野寺に気づき振り向いた。
「あらいらっしゃい」
 その途端、小野寺は踵を返して店を出て行きたい衝動に駆られた。真理を目にした彼の心に去来したものは、ほんの微かな親しみと多大な苛立ち。同族嫌悪に近い訳の分からない感情。しまった。こんな店に来るんじゃなかった。しかし彼は、このまま黙って出て行くのも大人げないと思い直し、不機嫌そうにカウンターに座った。
 近い、と思わせる程身を乗り出して真理が小野寺を眺めまわす。
「この辺りじゃ見かけない顔ね」
 小野寺は、答えを返さずぶっきらぼうに注文する。
「カールズバーグ」
「まあ珍しい。北欧のビールが好み?」
 それにも答えず小野寺は煙草をくわえ、ポケットに手を入れた。
「待って。点けてあげる」
 真理は、カウンターの端に置かれていたマッチの箱を手元に引き寄せた。
「そっちこそ珍しい」
「何が?」
「マッチ。ライターの方が便利だろ?」
「そう?」
「俺は、母親からマッチを使うことを固く禁じられて育った」
「あら、それこそ珍しいわ」
 真理はマッチを擦って炎を灯した。すると炎の中に初老の女性の顔が浮かび、その光景を目の当たりにした小野寺は思わず声を上げた。
「ええっ⁉」
「見えたの? この人もしかしてあなたのお母さん?」
「あ、ああ。どういう事なんだい? これ」 
 真理は小野寺の煙草に火を点けた後、マッチの火をフッと消した。すると同時に炎の中の女性の顔も消えた。
「私のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんって、デンマークの人みたいなの」
「んんん? それが今のとどんな関係が?」
「そのおばあちゃんってね、マッチ売りの少女だったの。あ正確にはマッチ売りの女だったのかな」
「え? あのアンデルセンの童話の? でもあれ、創作だろ?」
「ところがところがうちのおばあちゃん、実はアンデルセンの父親違いのお姉さんなのでした」
「まさか。信じられない……。あ、けどそう言えばあの話じゃ最後は死んじゃってるぜ?」
「事実は“童話”より奇なり。実際はマッチが尽きて倒れている所を、ヨーロッパ諸国漫遊中のお侍さんに助けられたの。そのお侍さんがつまり、おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんって訳ね」
「ははは。何だよそれ。もう馬鹿馬鹿しくなってきた」
 真理は小野寺のコメントに構わず話を続ける。
「さてさて、それではお侍さんのおじいちゃんは、どうやって北欧の美女を日本にお持ち帰りしたのでしょうかあ」
 カウンターに身を乗り出す小野寺。
「うんうん」
「何よ。馬鹿馬鹿しいって言ってたくせに。興味あるんじゃない。じゃ続きはマッチの炎の中でね」
 真理は小野寺に顔を寄せて、ひそひそ声で告げた。
「分かるでしょ? 炎の中の映像を見ることができるあなたは、間違いなくおばあちゃんの子孫。つまり私とあなたは遠い親戚」
「そうか……。それでライターを使わずにマッチを……。探してたんだね、仲間を」
「うん」 
真理はほっとしたような優しい笑顔を向けて、マッチを擦った。
 炎の中に、レンガ造りの建物の多い夜の街並みの光景が現れた。

 一八二七年冬。デンマーク、コペンハーゲンの深夜。雪の降りしきる、全く人けのない石畳の舗道。アンデルセンの姉、カレン・マリーはマッチが売れず、寒さと疲労のあまりとうとう倒れ伏してしまった。そこに通りかかった薩摩藩士の西条新十郎伸定は、カレンに気づき、驚き駆け付け介抱した。西条はカレンを抱き起し、間近に見るその美しさにすっかり心を奪われ、じっと彼女を見つめていた。。
 その時、街頭の向こうに複数のカンテラの灯りが揺らめいているのに気づいた西条は、その視線をカレンと近づきつつあるカンテラとの間を何回も往復させた末、カレンを連れて逃げ去ることを決断し、彼女を抱いて立ち上がった。。
 やがて映像が徐々に薄れ、消えていく。

 『バー まっち』のカウンター。真理は、炎の消えたマッチを灰皿に捨てた。小野寺は感慨深げにつぶやいた。
「あーいい所だったのに……」
「仕方ないわ。マッチだもの、すぐ燃え尽きちゃう。ちょっと待って」
 真理は、再びマッチを擦った。

 コペンハーゲン。西条はカレンを背に街頭をひた走り、荒くなった呼吸を抑えつつ路地裏に隠れた。複数の警官が、カンテラの灯りをかざしながら辺りを見回し走り去って行く。
西条は安堵の息をつき、首を後ろに回し、気を失っているカレンを見た。その直後、突如路地裏の両側からたくさんのカンテラの灯りが西条たちを照らし、警官たちに挟み撃ちにされてしまった。
 映像が薄れ、消えていく。

 『バー まっち』のカウンター。小野寺は頭を抱え、おろおろ声で叫んだ。
「いきなり窮地に立たされちゃったじゃないか! 本当に二人で日本に帰れるのか? どうするんだご先祖様たち!」
「落ち着いて。きっと大丈夫よ。今火を点けるわ」

 帆船の船上。わずかに船体が斜め上に持ち上がったかと思うと、次には静かに下っていくような動きを繰り返していることから、船が洋上を航海していると分かる。
 多くの乗船客の中、西条とカレンは帆柱にもたれて甲板に座っていた。カレンは、自分のすべてを預けたように西条の肩に頭を乗せてうっとりしていた。

 『バー まっち』のカウンター。小野寺は、炎の中の映像を見ながら納得がいかないように不満の声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。 さっき警官に囲まれて絶体絶命だったのに、何で一足飛びにロマンチックな雰囲気になっているんだ?」
「ごめんなさい。マッチの先端の火薬の量次第で、どうしても微妙に進行に誤差が出ちゃうの」
「いや誤差有り過ぎだよ。でもまあ、これでめでたしめでたし、ってことか」

 帆船の船上。突然船に海賊船が横付けされ、海賊たちが帆船に飛び移り、客たちを襲い始めた。西条はカレンに何か言い、刀に手をかけて立ち上がった。
 映像が薄れ、消えていく。

 『バー まっち』のカウンター。
「ひゃー大変だ! 一難去ってまた一難。これはヤバいんじゃないか?」
 持っているマッチに向けて、真理が念じた。
「今度はきっちりと続きでありますように」
 真理がマッチを擦った。

 海賊船の甲板。西条とカレンは背中合わせになって、それぞれ日本刀を構えていた。その二人を、様々な武器を手にした凶悪な顔つきの海賊たちが取り囲んでいた。

 『バー まっち』のカウンター。炎の中の映像を見て、小野寺が首をひねる。
「えっいつの間に海賊船に乗り移ったの? しかもおばあちゃんまで刀を持ってるけど大丈夫? 戦えないだろ?」
「やめておばあちゃん。危ないわ!」

 海賊船の甲板。海賊数名が、剣や斧でまずは弱そうなカレンを襲った。その瞬間、カレンの刀が一閃、たちまち男たちがくずれ落ちた。動揺し後ずさりする海賊たち。
 西条とカレンは、背中合わせのまま振り向き合い、爽やかな笑顔を交わした。

 『バー まっち』のカウンター。
「えー⁉ このおばあちゃん、一体何者? て言うか、もしかしてご先祖さんたち、この状況を楽しんでないか?」

 海賊船の甲板。他の海賊より一回り大きい船長らしき男が現れ、二人の前に立ちはだかった。
 映像が薄れ、消えていく。

 『バー まっち』のカウンター。
「出た! 海賊のラスボスとの最後の決戦。一体どうなるんだ? これは絶対に見逃せない」
 真理がマッチに対して片手合掌して祈る。
「マッチの神様、ちゃんと続き、お願いっ」
 真理がマッチを擦った。

 海賊船の甲板。片目にアイパッチを着けた西条と抜き身の刀を肩に担いだカレンが、海賊たちの前に立っていた。

 『バー まっち』のカウンター。小野寺が派手にカウンターに突っ伏した。
「あ~やっぱり……。残念、クライマックスを見逃したか。これはどうやら海賊船を乗っ取って、船長に収まったみたいだな」
「アイパッチ着けてるもんね」
「そこで判断するのか? でもさあ着物にアイパッチなんて、何か海賊の船長と言うよりまるっきり、」
 小野寺と真理が、同時に叫ぶ。
「独眼竜正宗!」

 海賊船の甲板。西条が刀を天にかざして何か叫んでいる。それに呼応して海賊たちも武器を振り上げた。

 『バー まっち』のカウンター。
「何を叫んでいるんだろう?」
「大方黄金の国ジパングへお宝を頂戴しに行こう、とかうまくだまして日本に帰るつもりなんじゃない?」
 映像が薄れ、消えていく。
「と、こういう訳で私たち子孫がここにいるのでした。ああ感動的だわ!」
「どこがだよ。でもさ俺、君がお宝って言ったのを聞いて大事なことを思い出したんだ」
「何を?」
「子供の頃、おふくろから聞いたんだ。ご先祖のお侍が財宝を船から運び出し隠したって」
「まあっ。それきっとさっきの海賊船のことだわ」
 小野寺は腕組みをして、意を決したかのように言った。
「よし、今度は俺がやってみよう」
「初めてのマッチね。頑張って!」
 小野寺は、マッチを擦った。

 海岸の岸壁。西条の指揮のもと、海賊たちが横付けしている船からいくつもの箱を運び出していた。

 『バー まっち』のカウンター。
「やっぱりそうだ!」
「ねねねね。マッチの炎が消えないうちに、ここがどこだか確認しておきましょう」
「そ、そうだな。残りのマッチを束にして火を足そう」
 小野寺は、あわててもう一方の手でマッチ箱からマッチをわしづかみにして火を移した。
「キャー馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! そんなに火を点けたら危ないじゃない!」
「しまった! 服に火が点いた!」
「何やってんのよお。あー私の服にも! 早く消して!」
「くそっもうちょっとで宝のありかが分かったのに」
「だめっ焼け死んじゃう! キャー」
「助けてくれー!」
 燃え盛る炎で、映像がかき消される。

 一八四五年一二月。コペンハーゲン。『マッチ売りの少女』の初掲載となる『デンマーク民話カレンダー一八四六年版』の出版を間近に控えていたハンス・クリスチャン・アンデルセンは、しんしんと降る雪を窓から眺めているうちに、ふと思いついたようにマッチに火を灯した。やがて彼は、マッチの炎をふっ、と吹き消し呆れながらポツンとつぶやいた。
「やれやれ。姉さんの子孫に、ろくな奴はおらんな」

                                 (了)

マッチ売りの末裔

執筆の狙い

作者 桜猫
zaq7d0419fc.rev.zaq.ne.jp

 童話をモチーフにして書いてみました。
 見よう見まねで文章をつづった超初心者です。
 基本的な所からいろいろとご指摘いただけると、とってもうれしいです。

コメント

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

真ん中あたりで、読むのが辛くなったな。

途中のマッチ点灯と主人公のツッコミあたりから、どうしても単調というか他人事に感じてしまい、距離を感じてしまいました。
なんか迫るものがないな。
言いたいことというか、メッセージみたいなものを、書く前に見つめなおしてもイイかもね。
笑いを狙ったのかシリアスに寄せたのか、ちょっと立ち位置も中途半端かも。

基本的な文章としては成り立っていると思います。

偏差値45
KD059132061245.au-net.ne.jp

確かに面白さがあるのは理解できる。ただ、個人的には十分に楽しめないかな。

理由としては、場面転換が多く、カメラがあちこちに飛び回るような印象があり、
落ち着いて物語に入り込む前に次の展開へ進んでしまう点が大きい。
結果として、読書として補完を求められる部分が多く、脳の負荷がやや高く感じる

とはいえ、幻想的な物語と現実の会話劇が交錯する構造そのものは、この作品の魅力でもある。
そのため、単純に整理すれば良いというよりも、この“交錯による面白さ”と“読みやすさ”
のバランスを取るのが難しい作品だと思いましたね。

また、設定や展開がやや盛り込み過ぎな印象もあり、ちょっと消化不良という感じかな。

桜猫
zaq7d0419fc.rev.zaq.ne.jp

えんがわさん

お読みいただきありがとうございます。
自分が気づかなかった部分を的確にご指摘いただき、ただただ感動するばかりです。
お言葉を糧に、また懲りずにがんばります!
ありがとうございました。

桜猫
zaq7d0419fc.rev.zaq.ne.jp

偏差値45さん

お読みいただき、ありがとうございます。
深くて心に沁みるご指摘、とても感謝しています。
文章全体を俯瞰して、美しさすら感じました。
これを励みに頑張ります!
ありがとうございました。

夜の雨
sp1-73-30-25.nnk01.spmode.ne.jp

桜猫さん「マッチ売りの末裔」読みました。

なかなか面白いというか、妄想が立ちあがってきますね。
そのためにも、アンデルセンを検索して調べました。
アンデルセンの姉、カレン・マリーのこともわかりました。
アンデルセンよりも6歳上で父親が違うという事。
ちなみにアンデルセン(1805年4月2日 - 1875年8月4日)が37歳のときに彼女が会いに来て顔を合わせています。
異父姉カーレン・マリー(Karen Marie, 1799-1846)である。彼の母が、結婚前に私生児として生んだのだが、アンデルセンはカーレン・マリーの存在を恥じて隠そうとした。彼にとってカーレン・マリーは退廃、無知、乱交の象徴で、その存在が自分を貶めることを恐れた。

で、このカーレン・マリーが御作では重要な役目をしています。
なので、そのあたりのことを御作に取り込んで物語を創れば、御作の矛盾点も解決するのではないかと思いました。

つまり
御作を読んでいるとエピソードが重要なところで飛びます。
警察に追われているところでマッチの炎が消えて、肝心なところで先がどうなったのかがわからないとか。
海賊の場面でも同じように、この先どうなるのかと思ったところで、マッチの炎が消えて飛びます。

解決方法です。
御作の中にアンデルセンはラストに出て来るだけですが。
そのアンデルセンを「作中にも出す」とよいのです。
つまりマッチの炎のなかで活劇が進行中のところで第三者の如く、背景として「この場面なんだよなぁ、この時は酒を飲んでいて警察官からどう逃げるのかを考える前に寝ちゃったのだよ」とか、能書きというか、つぶやきを入れておけばよいのでは。

ほかの場面でも「ここ、ここここ! この海賊と戦うシーンなんだよ。きっと読者は手に汗を握りながら読んでいると思うんだ。ところが、友人の●●が訪ねて来て、相談があるとかで、相談事を聞いているうちに、海賊ネタを忘れちゃったのだよ。それに友人の相談というのが、●●侯爵のお嬢さんの口説き方を教えてくれないかとか。ぼくに女性の口説きかたなどを尋ねるなよな。ぼくは、結婚もしていないんだぜ」
とか。
ほかの重要なエピソードなどにも。
「そう簡単にアイデアが出るものでもないよ」とか、ぼやきまくり。

という具合にアンデルセンを御作の作中に出して、ボヤキとかつぶやきを挿入すれば、御作の問題点は解決すると思います。

あとアンデルセンは家族の事でいろいろと悩んでいるらしいので。
御作の中でそのあたりの事にも触れてみると、ドラマ的にも味わいが出て来るのでは。
アンデルセンが抱えていたカーレン・マリーの問題を小野寺に擦り変えるとか。つまり小野寺が抱えている家族とかの問題とアンデルセンの問題とをからめると、物語が締まると思います。
たとえば主人公の「小野寺」に、家族の事で何やら問題を抱えていることにするとか。結婚話でもよいし、家柄が違うとか(彼女の家庭に問題があるとか)。
そうすると、アンデルセンと小野寺がリンクするのでは。

御作の中でカーレン・マリーと薩摩藩士の西条新十郎伸定の活劇は、少々ぶっ飛んでいても、上のようにアンデルセンを登場させて背景部分を挿入すると、読者は納得するのでは。そこに来て、主人公の小野寺にも家族の事で問題を抱えているとかにするとよいのではありませんかね。

御作は、結構面白いので、発想を少し変えてみるとよくなると思います。

ということで、お疲れさまでした。

それでは創作を楽しんでください。

桜猫
zaq7d0419fc.rev.zaq.ne.jp

夜の雨さん

お読みいただき、大変ありがとうございます。

世の中には、こんなに柔軟で広くてかつ緻密な発想ができる人がいるんだと、涙がでるほどめっちゃくちゃうれしく思っています!

ご指摘いただいた内容にとても共感できるものがたくさんありました。これを参考に、作り直してみます!

夜の雨さんをはじめ、えんがわさん、偏差値45さんの作品をたくさん読んで勉強します!

このサイトに投稿したのは正解だったと思います。

今後ともよろしくお願いします!

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