手紙
午前3時。誰も食べなかった揚げ物の皿が静かに冷えていく中、酔いの勢いを借りてその場のテンションはただただ加熱していく。無意味に。
やたらと高価で会員制を謳うそのスナックは、しかし一度中に入ってしまえば、結局のところただの場末である。私たちのいつもの仕事場。
誰かがアンジェラアキを歌い出す。「手紙」。
おっいいねえ、と、この歌の世代らしきおじさまたちが反応する。
拝啓 この手紙 読んでいるあなたは
どこで何をしているのだろう
歌う女がどこからか伊達メガネを取り出してかけ、長い髪を振り乱しながら大仰なエアピアノを始める。爆笑が上がる。アンジェラ!腰から身体をくねらせて踊る様は、何気にちゃんと本家に似ていて、クソみたいに笑えた。
今 負けそうで 泣きそうで
消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を信じ歩けば良いの?
私が十五の頃、母が手紙越しに教えてくれた歌だった。誕生日に、異国から送られてきた手紙。もうずっと、会ってもいないくせに。
当時の私は、ベッドの中でこれを読んで、冷笑しようとして、失敗して、少し泣いた。確か、冬の最中の小春日、はにかむような朝のことだったと思う。
ひとつしかない この胸が
何度もバラバラに割れて
エセアンジェラのエアピアノに入る熱が高まり、誰かがふざけてデスボイス風のかぶせをする。本日のお財布様は、角の席でふんぞりかえって、商売女たちのこのらんちき騒ぎを眺めている。ゲラゲラ笑いながら、私も立ち上がって熱唱に加わる。
今 負けないで 泣かないで
消えてしまいそうな時は
自分の声を信じ歩けば良いの
あまりのしょうもなさに眩暈がしながら、なぜか目に涙が滲んだ。
誤魔化すために、テキーラを頭からかぶる。色の抜けた髪から胸の谷間に水滴が流れ落ち、薄いドレスが肌に張り付く。また盛り上がる。警笛のような口笛が聞こえる。…ああ。
いつからこんな大人になってしまったのだろう。
今すぐ気を失ってしまいたかった。アルコールがぐらりと回って、眩暈がする。視界が徐々に暗くなっていく。
暗転。
執筆の狙い
9割くらいノンフィクションで、この間あったことを忘れないうちに書きました