咲く花キミと重なって
「次はエントリーナンバー三番。東京都、神田真帆さんです」
司会の男性が言ったあと、最前列に座る女性がアコースティックギターを持ってステージに歩いて行った。
演奏はエントリー順なので、締切間近に申し込んだ私の順番はまだまだ先。さっきから私の鼓動は速くなり、手に汗が滲んでくるわで気が気じゃない。うまくいくのかなという不安と、このあと私の歌を聴いた人たちの心をきっとわし掴みにできるであろうという自信が三十秒周期で入れ替わり精神の摩耗が半端ない。
ステージに上がった小柄で色の白い女性は無表情のままスツールに座った。緊張しているというより、虚無というか落ち着きはらった顔でギターを構える。ピックを持つ右手を弦にあてて、彼女は何も言わずこちらに一礼をした。
彼女がギターをかき鳴らして前奏を弾きはじめた時に私は耳を疑った。そして、『目に映る白い花はワタシにキミを想い出させて』と、彼女が歌い出した時には、私は思わず声をあげてしまった。
うそ? うそうそ? えっ、なんで?
アンプから流れるギターの音色と彼女の歌声に私は理解が追いつかない。
ステージで彼女が演奏するその歌は、私が作った曲だったからだ。この後、私の審査オーディションで披露しようとしている曲。その私の楽曲を見ず知らずの他人が歌いはじめている。なんで?
私の混乱などお構いなしにAメロが終わり曲はサビに入った。もうこの時点で私の全身から冷たい汗が噴き出していた。恐怖、驚愕。もはや、めまいすらしはじめちゃって狼狽するしかない。
サビに入ってピッキングはさらに激しくなったが見事なリズムキープで演奏は進んでいく。
『咲く花キミと重なってワタシはしゃがんで傘の中に二人の世界を作る』
サビの歌詞もメロディも寸分も違わない。ここまできたら偶然でしたなんかでは説明ができない。いきさつはまるでわからないけど、はっきりしているのは、彼女は私の歌を盗んだということ。
「待ってください! それ、私の歌です」
私はヤバい、変な奴って思われる。とブレーキを踏もうと思ったが、気がつけば私は立ち上がって叫んでいた。
私はステージの片隅に立つ司会の人に向かってもう一度叫んだ。「あの人止めてください、これ盗作です! この歌私の歌なんですって」私はアンプから流れるギターと彼女の歌声にかき消されながらも叫びに叫んだ。最後まで演奏された時、本当にこの曲の所有権が彼女に移ってしまうような気がしてしまったのだ。なんとかやめさせないといけないと思った。
ステージ上の彼女もさすがに演奏をやめて、私を無言で見ている。悪びれた様子も驚くこともなく、ただ虚無的な表情をして黙って座っていた。
会場内は一気に静寂に包まれた。審査の順番待ちをしている他の応募者たちの視線はすべてステージから私に移っていた。
「どういうつもり? その曲あなたの物じゃないよね?」
「いえ私の歌です」
ステージ上の彼女は飄々といった。その態度が私のタガを外した。
「はぁ!? アンタどうやって私の曲盗んだんよ? ちょっとマジで誰なん? ホンマありえへんって」
完全に感情がバーストしてしまい、オーディション会場では使わぬよう気を付けていた関西弁でまくし立ててしまった。おかげで会場が騒然としはじめていた。中には面白がった他の応募者がスマホを私に向けている姿も見える。スタッフが駆け足で司会者の元へ走り寄り指示を出していた。
「そこのあなた、落ち着いてください。他の応募者の演奏中は静粛に聴くようにお願いしたはずですが」
司会者が私に注意をしたが、はいはい、そうでした、すみません。て、素直になるわけにいかない事態じゃないか。突然、自分が作曲した曲を他人が演奏しはじめて黙って聴いてられるわけがない。
「咲く花キミと重なっては私の曲です! 私だってこのあと演奏するつもりでした。今すぐここで演奏させて下さい! この人が盗作したってわかりますから!」
私は椅子の下に寝かしていたギターケースを手に持った。
「六十八番の方、自分勝手な行動は慎んでください」
自分勝手!? え? 私が? どうして? どう考えたって自分勝手なのはあの女じゃない。「聴いてください、聴いてもらえばわかりますから」
私はギターケースを持って人と椅子の狭い隙間をよちよち歩く。すると列をようやく抜けたところに二人の男性スタッフが待ち構えていた。
「六十八番の方、直ちに退出してください」
「私が退出? あの女じゃなくて?」
スタッフが先導してゆっくり歩きだすが、私は応じずその場で立ち尽くす。「おかしいです、絶対おかしい。順番は守りますから私にも歌わせてください」
「今日はお帰りください。これ以上指示に従わないようでしたら、次回以降のオーディションも出場を認められなくなりますよ」
男性スタッフは冷静な口調であったが、言いようのない圧を感じた。十八歳の女子高校生である私はまだまだ大人たちから可愛がられ、ある程度のわがままも許されてきたが、はじめて見ず知らずの大人の畏怖というものを見せつけられた気分だった。
他の応募者たちの冷ややかな視線を浴びつつ、私はスタッフに誘導されて扉へ向かって歩く。
会場から退出するとスタッフは「たまにいるんだよ。勝ち目がないと思った瞬間に妨害行為する奴が。まぁ今回は記録に残さないから、今度こそいい曲できたと思ったらまたおいで」といって会場に戻っていった。
扉を隔てた会場から「神田さん、あらためて楽曲の演奏をお願いします」という司会のアナウンスが聞こえて、私が作ったイントロが再び流れた。
たった扉一枚。でも、この会場の扉は夢への扉なのだ。その外へ立ってしまった私は夢への途絶が確定したということ。もう私はこれ以上別人が歌う『咲く花キミと重なって』を聴いてられなくて、ギターケースを右肩に背負ってレコード会社のスタジオを出足早に出て行った。
私の鬱屈とした心とは裏腹に東京の空はとんでもなく晴れていた。
地下鉄に乗って品川駅へ着き、コインロッカーで荷物を取り出す。みどりの窓口で最終の新大阪行きから十四時二十六分発の列車に時間変更をして、のぞみに乗りこんだ。本来なら夜の新幹線に乗って東京を離れるはずだったのに。
車窓からは憧れの東京のビル群が高速に流れていく。私は今日のオーディションで勝って、プロのシンガーソングライターとして新大阪に戻るはずだった。それがどうだろう。ただの変人、迷惑な関西人という称号を持って帰ることになるとは。
歌手になりたい。高二の夏、卒業後の進路の選択をはじめて考えさせられたとき、突発的にそう思った。元々思い立ったら止まらない性格だ。私はお金もギターの知識も無かったが、勢いと衝動でギターを手に入れて毎日毎日弾き始めた。できないことができるようになっていく快感が、ギターを上達させていく。ギターが弾けるクラスメイトの美咲にひととおりコードの押さえ方を教えてもらい、好きなアーティストの曲をカヴァーを演奏できるようになった。そうするうちに私は次第にオリジナルソングを作りたいという欲も出てきた。意図して楽曲を作るのはとても難しいことだ。私はシンガーソングライターになる才能は無いのかもしれないと思い始めていた。
ところがある雨の日、アルバイト先に向かっている時だった。ふと目に入った公園の花壇に咲く白い花を見た時、なんだかしおらしい女の子みたいだなと思った。瞬間、『咲く花キミと重なってワタシはしゃがんで傘の中に二人の世界を作る』って歌詞が浮かんでみるみる楽曲の世界観が頭ん中に広がっていったのだ。メロディがとめどなく流れて、私はバイトをすっぽかして家に引き返して、ギターを手に取りスマホで録音をした。
三時間ほどで楽曲は完成。でも、こんなにうまくいくものなのか? どこかで耳にした歌詞のフレーズやメロディがたまたま思い出しただけじゃないか? 疑念を持った私は歌詞をネット検索に打ち込み、AIの鼻唄検索機能でメロディを口ずさむ。該当曲はひとつもなく、私はオリジナルソングを作り上げたのだと歓喜した。
『咲く花キミと重なって』は間違いなく私が作った楽曲だ。顔も名前も知らない、ましてや遠く離れて暮らすあの女はなぜ私の作った曲を演奏できたのか? 私はライブ活動なんてしてないし、もちろんSNSにもあの歌はあげたりしていない。あの曲はたった一度だけ文化祭で演奏しただけだ。それともあの女も私と同じ感性を持っていて、奇跡的にもまったく同じ楽曲が同時に生まれてしまったのか? 歌詞の一文も違わない曲が? そんなこと起こるはずがない。
でも、私が怖かったのは自分が作った曲がオーディション会場でそっくりそのまま演奏されていたということだけではなかった。あの女は私以上にあの曲の世界観を表現して歌い上げていたことだ。ギターの演奏力、歌の上手さ、どれもが私よりも圧倒的に格上で、聴きごたえがあった。私が後攻で同じ曲を演奏したとしてもあの女に負けていただろう。
『咲く花キミと重なって』はどうやってあの女の元に届いたのか。いくら考えても答えが出ない。出るのはため息と悔しいあまりに流れ出る涙と鼻水だけだ。
新大阪駅で降りると、南口の改札で「瑠花」と私の名前を呼ぶ者がいた。振り返ると美咲が暗い顔で立っていた。
「美咲」
「瑠花、ちゃんと帰って来てくれて良かった」美咲が俯き加減で言う。
新幹線の中でオーディションの経緯と今、新幹線に乗って大阪へ戻る途中であるとLINEを交わしていた。それで美咲は新大阪まで来てくれたのだ。
「てわけ……意味わかんない」
私が力なく言うと、美咲は私を抱きしめた。美咲の身体が小刻みに震えていた。一緒に泣いてくれている。私まで感極まってしまう。美咲は長い時間私を抱きしめたあと、目尻を人差し指で押さえながら「帰ろ」と言って、私の荷物を手にとってくれた。
美咲が新大阪まで駆けつけてくれたのは本当にありがたかった。
美咲とは学校で言葉を交わすことはない。高二になって仙台から転校してきた彼女は、中学からエスカレーター式に上がって高校に入学した私たちとは馴染めないでいた。たまたま地元の駅が一緒だった私たちは登下校の電車で一緒になり、少しずつ話すようになった。今ではテスト前に駅前のマクドで勉強したり、たまに二人でカラオケに行ったりする仲だ。
在来線に乗り換えて地元の駅へと向かう。車内は夕方の帰宅ラッシュで混雑していたが、美咲はひとつ空いていた四人がけのボックス席に私を座わらせて通路に立った。
「ご飯食べてく?」美咲は気を遣ってかオーディションのことを切り出さない。
「あんまりお腹減ってない」
「そっか」
ちょっと愛想がないような対応になってしまったことを悔やむが、フォローする気力も出ない。
無言のまま電車に揺られる。美咲も手持ち無沙汰にスマホをずっと見ていた。
すると見慣れた景色が車窓から流れてきた。もうすっかり陽が落ちて真っ暗になっている。
地元の駅に着いて改札を抜けた。
駅前の自転車置き場に着くと、「私は歩いてきたから、ここで別れよっか」と美咲が言った。
「あ、うん。せっかく来てくれたのにご飯付き合えなくてごめん」
「ねぇ瑠花。わたしがオーディション受けたらって言っちゃったせいで、ごめんね」
「なんでよ、美咲は悪くないやん」
「私がそんなこと言わなきゃ瑠花は傷つかずに済んだじゃん」
確かにこの新人歌手オーディションを教えてくれたのは美咲だった。「瑠花ならプロになれるよ」そう言ってレコード会社のオーディション案内のインスタを私に見せた。締切間近だったというのもあって、私に躊躇させる時間を与えなかった。
「美咲のせいちゃう、私の曲を盗んだあの女のせいやねんから」
美咲は困ったような顔をして「瑠花が受けたオーディションの結果どうだったんだろう?」と続けた。
「さぁどやろな」
「もうどうでもいい話だよね。じゃあ私行くね」
「うん、また明日学校で」
美咲と別れて自転車をこいで家路につく。公園の前を通り過ぎた時、花壇に咲く例の白い花が目に入った。やっぱり気になった。オーディションの結果、まさかあの女が優勝してやしないだろうか。
真っ暗で気温も下がった公園には誰もいない。自転車を停めてベンチに座る。
レコード会社のインスタを開くと、あの女がトロフィーを持っている写真とともに【ニュースター新人女性歌手オーディション、デビューをつかんだ優勝者は神田真帆さんの『咲く花キミと重なって』に決定!! #ニュースター誕生#バンビレコード】という記事が掲載されていた。
冷たい夜風が容赦なく私にぶつかる。でも、どこか物憂げな顔をしている神田真帆の顔を見ていると、憎悪がそうさせるのだろうか、私は寒さが麻痺していく感覚にとらわれていた。
オーディションの翌日、私は学校へ行く気にはなれなかった。昨日のショックがとてもじゃないが癒えそうにないからだ。
神田真帆というまったく縁もない女が、私の作った曲を演奏してデビューをつかんだ。バンビレコードのオーディションで優勝をすると、デビューはもちろん、CMのタイアップ起用も確約される。デビュー曲がいきなりCMに流れるなんて通常ありえないことだけど、大手レコード会社の新人だからなしえることらしい。過去の優勝曲には、タイアップ効果もあってか、百万回ものダウンロードやストリーミングにいたっては五億回も再生されたウルトラヒット曲もある。
優勝曲は私が作った。間違いなく。どうやって神田は私の曲を演奏できたのか? まったくもって意味不明な事態だけど、『咲く花キミと重なって』が私の作品であるということが証明できたら逆転デビューもあるかもしれない。なんて往生際の悪いことを考えたりする。
でも考えたところで謎が解けるわけでもない。家にいても鬱屈とするだけだし、学校へは行くことにした。
私が教室へ入ると、「あ! 瑠花」とひとりがそう言って、ほとんどのクラスメイトが私の席へ駆け寄ってきた。昨日新大阪まで駆けつけてくへた美咲は遠くから私を見ている。
「昨日はあかんかったんやなぁ」
「うん、まぁね」
「瑠花でも受からへんてプロの世界って、ホンマ厳しいんやな」
「そう簡単には無理やわ」
みんながフォローの言葉を私に浴びせる。クラスの上位カーストにいる私への気遣いなのだろう。応対するのがとても面倒くさい。やっぱり今日は学校へ来るんじゃなかった。
「瑠花の歌盗作されてたんやろ?」
「なんで知ってるん?」
クラスメイトの言葉に驚いた。オーディションで起こったことは美咲にしか話していなかった。美咲がみんなに言ったのか。でも去年転校してきてから私以外のクラスメイトとは馴染めずにいる美咲が言うはずはない。
「昨日、Xに瑠花が盗作されたってもめてる映像上がってたんよ、ハッシュタグ付けてバンビレコードってサーチしたら何個か出てた」
「マジ? そんなん上がってんの?」
そういえば私が神田の演奏を遮って盗作されたと主張していた時に、スマホをこちらに向けている応募者がいた。そいつがSNSにあげたんだ。
「瑠花に対していちゃもんつけんなって書き込みばっかでさー、わたし腹立って、盗作した方が悪いやん! ってフォロー外からリプしまくっちゃった」
昨日は公園で神田が優勝したことを確認してからスマホを触らなかった。私の醜態が全世界に発信されていたなんて、余計に気持ちが落ちる。
「わたしも帰ったら応戦するわ」「わたしも! 瑠花は被害者やのに」私の席を囲んだクラスメイトたちは次々に言う。スマホの持ち込みが禁止されているうちの女子校では今は反撃することはできない。
「わたし夏の文化祭で、瑠花の歌聴いたときからホンマええ曲やって思ててん。人の歌パクって自分が優勝するとかありえへんわ」
夏休み前の文化祭で私は一度だけ『咲く花キミと重なって』を人前で演奏している。プロアーティストのカヴァーを弾き語りしていたのだが、面白がった生徒たちが「アンコール!」と私を煽ったのだ。
あの時、もう一曲カヴァー曲を演ろうとしたが、ふと『咲く花キミと重なって』を演奏したら、みんなどんな反応をするのだろうかと思った。それまで他人の評価が怖いがゆえ、人前で『咲く花キミと重なって』を演奏したことはなかった。でもその反面、私はこの曲への評価を知りたいという思いも並行して持ち合わせていた。
だから私は意を決して『咲く花キミと重なって』を弾き語った。結果は演奏後の大喝采と聴衆から放たれる羨望の眼差し。私は言いようのない快感に酔いしれてシンガーソングライターを一生の仕事にしたいと強く思った。
待てよ。私はふと思い立つ。あの文化祭でステージを観ていた者から神田に曲を横流しできるのではないか? 全校生徒とは言わないが一年生から三年生までの百名ほどはあの体育館にいたと思う。その中に神田と繋がっている者がいれば盗作は可能である。あの文化祭中もスマホの持ち込みはダメだった。でも、そんなルールを破る者はいるし、曲を録るならボイスレコーダーでも録音することはできるはず。
「なぁ、誰かさ私がステージに上がってる時、スマホで撮ってる人とかおらんかった?」
「ええ? どやろか。わたし瑠花の演奏に夢中やったし、そんなん気にしてへんかったわ」「うちもやわ」「スマホバレたらダルいし、そんなことする奴おらへんかったんちゃう」
クラスメイトたちからは有力な情報は得られなかった。でも、他のクラス、いや他の学年にまで広げたら、ひとりやふたりスマホが何かで私の演奏を撮っていた人間がいたのではないだろうか。
教室前方の扉が開いて先生が入ってきた。始業のチャイムが鳴りみんな各自の席にあわてて着く。
とっくに席に着いている美咲と目が合った。唇を結んで物悲しげな顔をしていた。オーディションを私に受けるように勧めたことを、まだ申し訳なく思っているのだろうか。
「文化祭でスマホを持ち込んだ奴を探したいって?」
担任の松木先生は何を言い出すんだといった顔だ。私は放課後担任が顧問を務めるソフトボール部の練習場所に単身乗りこんだ。グランドでは威勢よく部員が掛け声を発してランニングしている。
あの日、文化祭でスマホを持ち込んで私の演奏を撮っていた者がいるかもしれない。対象は全校生徒、なんとか学校として調査してほしい。と私は松木先生に切り出したのだ。
「そうです」
「なんで撮られたらあかんの?」
「私の歌ってる動画が流失したかもしれないんですよ」
「何があかんねんな。色んな人に聴いてもらえたら嬉しいやないか」
私ははぁとため息をついて「私の歌が盗まれたんですよ、しかも何食わぬ顔で演奏して、それでデビューしちゃったんです。盗作に遭ったんです、私」と力説した。
先生はうーんと唸った。「そんなことで……、いや、全校生徒を調査するのはちょっとなぁ」
今、そんなことでと言ったのを聞き逃さなかった。「先生、これは大きな問題ですよ。去年うちのクラスで盗難事件があった時は、あんなに大騒ぎしてたのに!」
「あれはほら、現金も盗まれてたんやで」
昨年の夏休み明けの始業式の日。美咲の鞄から授業で使うタブレット代が盗まれたと、松木先生が大騒ぎして私たちを問い詰めた。体育館で始業式をしている間に誰かがここに侵入したとにらんだ松木先生は、体調不良で欠席した者の自宅にまで乗りこんで取り調べを行った。学年を越えて、下級生や受験でカリカリしている高校三年のクラスにまで足を運んでアリバイを確認したという。
「私は歌を盗まれてたんです! はっきり言って一億円盗まれたんとおんなじなんですけど!」
「一億て、ちょっと盛りすぎやろ」
「盛ってなんかない! 私の曲はホントに価値があったんだから!」
私は大真面目にいっている。今後、『咲く花キミと重なって』はCMソングにも使われて多くの人が耳にする。そうなるとダウンロードやストリーミング再生数も必然的に伸びる。新曲のうちはカラオケで爆発的に歌われることもあるだろう。もしかすると、印税は一億円を超える可能性だってある。目に見える現金が無くなったことには大層大騒ぎするくせ、一億円の価値がある楽曲には無頓着な松木先生が腹ただしい。
「わかったわかった。俺も他の先生にも相談して調べてみる。またわかったら声かけるわ」
そう言うと、松木先生はバットを持ってグランドに歩いて行った。
「さぁ、ノック行くぞ」
「うぉーーい」
ショートカットの女子高生たちが高らかに声出しをして守備位置について行く。
松木先生はあてにならないな。そう直感して私は学校を出た。
校門を出ると、前に美咲が歩いていた。私は小走りに美咲に近づいて「美咲、帰り遅いやん」と話しかけた。
「瑠花」
「何してたん?」
「先生に相談事があって」
「相談? 学校しんどいん? いつもひとりやしなぁ」
「違うよ、ちょっと勉強のことで相談してただけ」
「ふーん、そうなんや」
美咲は微笑みをこちらにやる。私は美咲が強がっているように見えた。
美咲は昨年両親が離婚をしてお母さんの実家がある大阪に引っ越してきた。元々はお父さん、お母さんそれにお姉ちゃんの四人、仙台に住んで暮らしていた。父は優しくていつも美咲を可愛がってくれていて、姉は美咲にとっての子どもの頃からの憧れで、何でも姉のやることを倣ってやるのだが姉にはひとつも敵わなかったらしい。美咲は仙台を離れてお母さんの実家がある大阪へ引っ越すことになった。見知らぬ大阪に引っ越すのは死ぬほど悲しかったと嘆いていた。
美咲は勉強がとてもよくできる。でも今のお母さんとおばあちゃんとの三人暮らしの生活環境を考えると、進学は諦めざるを得なかった。すでに美咲は大阪では有名な梅田にあるデパートに就職をすることが決まっている。
「てか、美咲うちらのグループに来たらええやん、ひとりでおっても楽しないやろ?」
「ありがとう。でもわたしみたいな暗い奴がいたら盛り下げちゃうし」
美咲が輪に入れないのも無理はないと思う。転校して一週間もしないうちに美咲の私物が次々に盗まれる事件が発生した。おとなしい性格だから表沙汰にしないだろうと、面白がった者が転校生への洗礼をみまった。最初は体操服。困惑して体育を見学する美咲を見て笑っていたのはサユリとミキ。あいつらが事件の発端を起こした犯人だろう。教科書、定期ケース、そしてローファーが盗まれたときは、体育館シューズで下校しているところを笑っていたのはユリとミサキ、カナもナミも加わっていた。私はわざと美咲とサユリ達を同時に呼び出した。
「お前らなんのつもり? 美咲の物盗んでケラケラしやがって、めっちゃキモいねんけど」「エ?」
サユリたちは私が根暗な転校生の肩を持ったことに心底驚いていた。
その日の帰り道に美咲は「わたしのために、瑠花が立場を悪くすることないのに」と恐縮していた。
「美咲は大事な友達やからなぁ」と私は美咲に微笑みながら言った。
「ありがとう」美咲は優しく微笑んでいた。しかし、翌日の現金盗難事件。さすがに美咲も先生に告発をして、学校をあげての大事になった。私はサユリたちの今までの悪事を先生に言ってやろうかと思ったがさすがにそれはできなかった。サユリたちの進路にも関わると思ったからだ。今では美咲の私物の盗難事件はぴたりとなくなったが、彼女はもはや完全にクラスメイトから孤立するようになり私以外とは話せなくなったようだ。
「ねぇ瑠花、例のあの歌ホントに瑠花が作ったんだよね?」
「あたり前やん! え? 私の方が盗作したとでも?」
「違う、違う。そんなこと思ってない。わたし、文化祭で瑠花の歌を聴いてホントにいい歌だって思ったの」
美咲は立ち止まって私の腕に触れながら「これは多くの人たちが感動するって心から思った」と続けた。
「あの歌を演奏したんは文化祭の一回だけ。私は学校の誰かが神田に歌を横流ししたって思ってる。美咲、どう思う?」
美咲は俯きながら答えを出そうと考えているようだった。そして目の前の横断歩道の信号が青になり、歩き出した時に口を開いた。
「わからないよ。でもその可能性は高いかな。でも理由はなんなんだろう?」
「私だってわからない。実は誰かに妬まれてたりするんかなぁ?」
「瑠花が? 考えにくいよ」
「なぁ美咲、あの曲取り返したいねん。協力してくれる?」
「わたしにできることがあったら……。わたしなんか役に立つかな」
「心強いよ! その時が来たらお願いするからね」
駅に着き改札を通る前に「カラオケでも行く?」と美咲に言った。歌う気分でもなかったが、ひとりで家にいたらまたモヤモヤして気分が落ち込みそうだった。
「えー、今から?」
「ひさびさに聴かせてよ、美咲の歌!」
美咲は歌がめちゃくちゃ上手い。転校前は合唱部に所属していて全国大会に出るほどの強豪校だったらしい。太い声で迫力をつける歌唱法や高音キーのキープの仕方など、歌唱スキルを美咲から教わったこともあった。「美咲天才! あんたも歌手目指したら?」と煽てたが二学年上の全国大会優勝の歌を聴いた時にオペラ歌手になる夢は捨てたと言って照れたように長い髪をといていた。
美咲は「今日はおばあちゃんのご飯作らなくちゃいけないし」と言った。
「あ、そうなん? じゃまた今度行こっか」と言って私は改札をくぐった。美咲は改札を通らず「ちょっとわたし本屋寄って帰るね」と言って手を挙げた。
「オッケー、また明日」と言って私も手を挙げてホームに向かおうとしたが「ねぇ瑠花」と美咲に声をかけられた。
「なに?」
「また新曲作りなよ。あの歌を超える曲作ってさ、それであの盗作した人を見返してやろうよ」
美咲の目は真剣で力強い意志が宿っていた。こんなにも意志の強い美咲は見たことがなく私は少し気圧された。
「瑠花ならもっともっと良い歌作れると思う」
「うん、ありがとう」
私は振り返って歩く美咲の背中を見つめていた。
美咲の言葉は正直に嬉しかった。こだわるよりも見返す。私はもしかしたらそうするべきなのかもしれないし、健全なのだろうか。いやいや盗作した方に罰がないのは納得いかないし……。
モヤモヤしているうちに電車がホームに到着した。私は急いで改札をくぐりホームに向かって駆ける。
暗い夜に白い雪が舞う中、黒いコートを着た長身の人気女優と、同じくスラリとしたイケメン俳優とが腕を組んで談笑しながら歩いている。次第にアングルは二人が組んでる腕に寄っていく。二人の腕には同じデザインの腕時計が巻かれていた。
『二人で同じ時間を刻む』という女優のナレーションの後、ブランド名が発せられてCMが終わる。美しい映像、そしてCMで流れている音楽は神田が歌う『咲く花キミと重なって』だ。ハイブランドの時計のCMに使われることで『咲く花キミと重なって』の知名度はぐんぐん上がっていた。さらにMAHOと名乗ってデビューした神田をインスタやTikTokで見かけることが多くなり、私の歌がどんどん世に流れ出しはじめている。
「やっぱり悔しいわ……」
私は放課後に美咲を誘ってカラオケにやってきた。冬休み前のテスト勉強という名目で呼び出したが、もちろん勉強など手につかない。
「MAHOだっけ? すごい勢いだよね。わたしもこの間バルバルミュージックにも出てるの見たよ」
「マジ!? めちゃ人気番組やん」
「瑠花が好きなマツドシュンの隣に座ってたよ」
私はフライドポテトを口に放り込みかけてフリーズした。「シュンの隣に座ってた」はかなりこたえる。シュンは私にとって憧れのアイドル。私の『咲く花キミと重なって』を盗んでデビューしたあいつがシュンの隣に座って、どうして私の方が狭いカラオケルームでベトベトのフライドポテトを食べてなくちゃいけないの?? エ? おかしくないかこれ。
「瑠花の歌を何食わぬ顔で歌ってさ、許せないよね」
「腹立つやら悔しいやらでもう何も手につかないよ」
「気持ちはわかるけど、世間にあの歌は盗作って証明できる方法ある?」
「犯人に自白させるしかないやろ」
「犯人わかった?」
「知らんよー、それを一緒に考えてほしいねん。あ、もしかしてさ」
「もしかして?」
「神田が文化祭に来て私のステージ見てたとか?」
「うちの文化祭は学生以外来れないじゃない」
「学生のふりして来てたとか?」
「どうして東京から大阪の一高校の文化祭に潜り込む必要があるの?」
「それはあれやろ、私の歌を盗みに……そんなわけないよなぁ」
美咲はくすくす笑って「瑠花があの歌を歌うのは、その時の思いつきだったんだよね」と言った。
「やっぱり誰かがあのステージを撮って神田に送ったってのがしっくりくるかな」
「誰が?」
「いろいろ考えたんだけど、サユリ達も怪しいなって」
「サユリちゃん? 瑠花がわたしの盗難事件を咎めたから、その腹いせ?」
「そう」
私はその仮説を立てていた。サユリたちは私が転校生の肩を持ったことに腹を立てていた。自分で言うのもあれだけど、私はクラスでは中心人物だし直接反撃がしにくい。
「何か彼女たちがやったっていう証拠があるの?」
「ない!」
私はマイクをソファに打ち付けながら「サユリやカナたちのSNSぜーんぶ調べたけどなー、フォロワーのアカウントも見たし。何にも見つからへんかってんな……」と言ってソファに深く沈み込んだ。
美咲はノートに目をやり、テスト勉強を着々と進めている。
「美咲は真面目やなぁ、就職決まったんやしそないテスト頑張らんでもええやん」
美咲はシャーペンを置いて、「実はね進学することにしたの」
「エ? そうなの?」
私はソファから起き上がって「就職どうするん?」と美咲に聞いた。
「この間、先生に相談したの。先生困ってたし、わたしもまだ迷ってたんだけどね。でもやっぱり昨日関東に進学しますってお願いしてきた」
「関東に行くの?」
「うん、お姉ちゃんも関東の大学行ってるし、一緒に住まないかって」
「姉妹だけで東京に住むの? いけるん?」
美咲は首を縦に下ろして「そうだよ。お姉ちゃんと私だけで部屋を貸りて住もうって思ってる」と言ってまたシャーペンを握る。
「偉いなぁ、美咲お姉ちゃんのこと好きやもんなぁ」私は空になりかけたメロンソーダを飲み干した。
「瑠花は? 進路どうするの?」
「私? さぁどうするかなぁ」
「東京で待ってるから。また『咲く花キミと重なって』みたいな曲作って上京してくれると思ってる」美咲は私の手の甲に自分の手を重ねた。
「簡単に言うけどさぁ……。私だって前見て進まなきゃって思うけど、整理がつかないんよ」
私が愚痴ると美咲はリモコンを手に取り、操作をし始める。すると、テレビモニターに『咲く花キミと重なって 作詞/作曲 MAHO』と表示された。『目に映る白い花はワタシにキミを想い出させて』映し出された歌詞はメロディの進行に合わせてピンク色に染まっていく。
「ちょっと、やめてや」
ミュージックビデオの神田真帆を見てると、歯を食いしばってしまう。身体全体が熱っぽくなって胸が痛い。辛い、自分が作った大切なメロディなはずなのに聴くのも耐えられない。
私はいつもMAHOのSNSを検索しては、彼女に反響が出ていないことを祈ってる。でも、デビューイベントやミュージックビデオで圧倒的な歌唱シーンを一目見ては気持ちが落ちていきスマホを消してしまう。
私はリモコンを奪い取ってカラオケを消した。
私たちの部屋の空気が重い。どこかの部屋の若い男の子たちの大合唱が部屋に入り込んでいた。
「瑠花、悔しいと思うけどもう今さら取り戻せないよ」
私は答えない。作詞/作曲MAHOという文字が頭にこびりついて離れない。私は深い呼吸をして泣きそうになるのを堪えた。ここで泣いたらあまりにも惨めだ。
「確かに瑠花のあの歌は最高の曲だと思う。でもあの歌を超えることを目指して前を向く方が瑠花にとって良い未来になると思う」
「瑠花、わたしは願ってるよ。また瑠花がいい歌を作ってくれるって」
私は目線だけを少し上げて美咲の顔を見る。私が見ていることに気づいてないだろう。唇を結んで俯く私を見下していた。笑っている。それは前向きに励ますような笑みではない、明らかに嘲笑している顔。鳥肌が立った。
「さ、勉強しよ。わからない問題があったら聞いてね」
私は「ドリンク入れて来るね」と言って、そのまま鞄を持って部屋を出た。私はカラオケを出て歩き出した。美咲は私のこの状況を喜んでいる。LINEを美咲に打つ。『ごめん、体調悪くなっちゃったから帰る』
『あららお大事に』
素っ気ない返事が返ってきたのを確認して私は歩き出す。美咲は私のことをどう思っているんだろう。あの冷たく不気味な笑顔の残像が消えない。
二学期の終業式を終えた夜、私は駅前のロータリーにギターを担いでやって来た。駅ビルの軒下に折りたたみの三脚を立ててそこにスマホをセットする。土曜日の夜ということもあって人通りは多い。あまりにも寒い夜だったので厚みのあるダウンを着てきたが、失敗だった。ギターを構えてたらいつもより弦が押さえにくかったからだ。
一目惚れして買ったクリーム色のギター。店員さんは「綺麗なギターでしょ? 見た目だけじゃなくて音もいいよ。ちょっと初心者には手が出にくい値段やけど」と言って私にギターを構えさせてくれた。「似合ってるね、雰囲気ある」煽てるのもうまかった。ガラスに映る自分がとてもカッコよく見えた。夢にほんの小さな一歩だけど近づくことができたと思った。
とはいえ私は楽器屋でこのギターを買うかどうか悩んでいたが、やっぱりこのギターを連れて帰りたいという思いが私の背中を押した。私はこのギターで練習を積んでそして『咲く花キミと重なって』を作った。私にとってかけがえのない大切なパートナーだ。
私が『目に映る白い花はワタシにキミを想い出させて』と歌い出すと、何人かが立ち止まった。二人連れの男女はこちらにスマホを向けていた。
ギターを弾いて歌っている時が私にとっては何より生きていると実感できる瞬間だ。それも他の誰でもない自分が生み落とした曲だとなおさらだ。
私の歌を聴いてリズムをとるものもいた。私の歌が人の感情を動かす。これほど快感な時間はない。一曲歌い上げた時には五、六人が私を囲んでいて、拍手をしてくれる者もあった。
「これCMの歌やん、なんて歌やっけ」
「咲く花キミと重なってやで。あれええ歌やんな、わたしこの間、二次会のカラオケで歌ったわ」
カップルがそんな会話をしている。
スーツを着た若い女性が私のギターケースに五百円玉を入れ込んだ。私がエッ? という顔をすると、「MAHOのカヴァーだよね。ファンなの?」と言った。
私が答えられないでいると「すごく上手だった。MAHOみたいな歌手になれるよ」と言った。
「これ私が作った曲なんです」
「エ?」
女性は気色悪そうな顔をした。「そう。MAHOの歌に似てるね」
「あっちが盗んだんです。MAHOが私の曲をカヴァーしたんです」
女性は明らかに困惑していた。変な奴だと思っているだろうがそんなことはわかっていた。私を囲んでいた人たちはいなくなり、女性も立ち去りそうだった。
「すいません、そんなこと言われても困りますよね」と私が言うと、女性は「頑張ってね」と言って駅へ向かって歩き出した。
私はその後何度も『咲く花キミと重なって』を歌った。誰もがMAHOの曲だと言った。MAHO歌うますぎだよね、この子も悪くはないけど程遠いわと、酔った感じの人にそんな心無い言葉をかけられたりもした。
悔しいけれどそれは私も実感していた。MAHOである神田はまるで自分の曲のようにあの日のオーディションで弾き語っていた。さらにデビューをしてから演奏を重ねるうちにどんどん自分の物にしていった。私の歌唱力ではあのオーディションで『咲く花キミと重なって』を歌っていたとしても、デビューできなかったのではないかと思うこともある。
もはやあの曲を歌うに相応しいのは私ではなく、MAHOなのかもしれない。結局のところ、ここで私が曲を盗まれたと言っても誰も信じることはないだろう。
私はギターと三脚を片付けてその場から離れた。家に帰りつくと、先ほどスマホで撮った駅前での動画をパソコンに読み込ませた。私がサビを歌っているところと『MAHOのカヴァーだよね。ファンなの?』と女性が言ったところを繋ぎ合わせた。そして『これ私が作った曲なんです』と私が言って女性が困惑している映像をさらに切り取って繋ぎ、それをMAHOのインスタのDMに送りつけた。
『お久しぶりですMAHOさん。あの時オーディションであなたの演奏を邪魔した者です。今さら『咲く花キミと重なって』が私の歌だって言っても誰も信じてくれはしないし、覆らないこともわかってる。でもあなたと私。それからもう一人だけは真実を知っている。あの曲は私が作った曲だってね。あなたは誰かの手によって『咲く花キミと重なって』を手に入れたんですよね。どうして? そして私は誰があなたに曲を横流したのかもわかってる。それが真実なのかだけは教えて欲しい』
動画の後メッセージも付け加えて送った。おそらく返信はないだろう。彼女自身ではなくレコード会社のスタッフがアカウントを管理しているだろうし、そんなメッセージは抹殺される。私にとってはダメ元というわけだ。
と思っていたが、お風呂から上がってスマホを見ると予想外にもDMの返事が来た。
『こんばんは。あさっての土曜日にフェスであの曲を演奏しに大阪へ行きます。開演前の楽屋に入れるようにスタッフにお願いします。そこでお会いできればと思います』
何のために会うのか? もはやあの曲はMAHOが歌い続けていくのがいいだろう。彼女が謝ったとして、私はすんなりと受け入れることができるのか?
私は『遅くにごめん。MAHOと会うことになった』と美咲にLINEを送った。MAHOからのDMをコピペしてそれも貼り付けておいた。
LINEはすぐに既読がついたが美咲からの返信はなかった。
美咲は今私のLINEを見て何を思っているのだろう。あさっての土曜日に盗作の真相がわかることを祈りながら、私は眠りに落ちた。
大阪城公園駅は人でごった返していた。皆んなが大阪城ホールへ向かって直線の道を歩いている。毎年有名音楽アーティストが集うフェスが開催される。MAHOはデビュー直後のお披露目として、このフェスで一曲歌うらしい。
皆がメインエントランスに向かって階段を登って行くが、私はそのまま階段の前で左に折れて、通用口へ向かう。
そこでMAHOのDMに着いた旨を連絡すると、スーツ姿の男が現れた。この男を憶えている。あのオーディションの日に私を退出させた男だった。向こうは私の顔を見てもぴんときていないらしい。
「MAHOの知り合いの子? 名前確認させてもらっていいかな?」
「丹田瑠花です」
私が名前を言うと、男はゲストと書かれたプレートを手渡し「それを首からさげてついてきて」と言って歩き出した。
男について通用口を歩く。スタッフの人たちが慌ただしく走り回っている。ギターやドラムのチューニングをしているのだろう。ステージの方からは楽器の音が漏れ聞こえていて、とても緊張感があった。
地下に降りて扉が通路両脇に並んであって、奥の方の一室の前に着くと、男は「本番前だから時間はあまり取れないからね」と言った。そのまま男は元の方向へ歩き出し、私は扉をノックした。
「はい」
「丹田瑠花です」
「どうぞ」
私はMAHOの楽屋に入る。楽屋というより会議室といった部屋。つい立てがあり、そこを抜けるとローテーブルに対面して女性が座っていた。ひとりはMAHOで、もうひとりは美咲だった。
MAHOは立ち上がって「こうしてお話するのは初めてですね。神田真帆です。美咲の姉です」と言って美咲の隣のソファに手を差し伸べた。
私が座ると美咲は「わたしがお姉ちゃんにあの曲を送ったの」と悪びれず言う。
「あ、そう」
「あれ? あんなに怒ってたのにあっさりしてるね」
「そんな気はしてた。美咲とMAHOが姉妹だったとは思わなかったけど、つながりはあるんだろうなって」
「そうか、つまんないな」美咲はペットボトルのお茶を飲んだ。
「わたしたち家族はずっと仙台で暮らして
いました。両親が離婚して美咲は母方の実家の大阪へ越して、わたしは元々東京の大学に通うために東京へ出ていました」MAHOはくもった顔をして「美咲とはやり取りしてました。誰も知らない見知らぬ大阪で妹はいつも辛い辛いと嘆いていて、いつかまた一緒に暮らそうねって励ましてたんです」
MAHOはそこで唇を結んだ。
「最悪だったよ。なんで親の都合でこんな辛い目に遭わなくちゃいけないんだって、お母さんにもあたり散らしてた」美咲は私ではなく、MAHOに吐露した。
「美咲の私物が盗まれてたのは知ってますよね?」
「はい。知ってます」
「もう妹は完全に崩壊しそうでした。ただ生活してるだけでも辛い日々なのに、仕打ちまで受けたんですよ」
「すいません、私も気づいてました」
美咲を横目で見る。美咲はもう遅いよ、とでも言いたそうな顔をしていた。
「いや、美咲が本当に傷ついたのはその後ですね」MAHOは少し身を乗り出した。「ある日美咲から、私物を盗んだ犯人を呼び出して私の前で頭を下げさせてくれたクラスメイトがいるのって電話をかけてきたことがあったんです」
「私のことですね」
「美咲とは通学の電車が一緒だったんですよね? 少しずつ話すようになって、孤独だった美咲を誘い出してカラオケに行ってくれたり」
「そう。クラスの中心人物の瑠花が気にかけてくれてるのはささやかな希望だったんだよ」うっすらと笑みを浮かべて美咲は言う。「とても学校では話しかけられないけど、たまの放課後に瑠花と会話できたのは、本当に救われた、ありがとね」
美咲のありがとねは、明らかに嫌味だった。なるほど、美咲あのことをは知ってたのか。と私は理解した。
「美咲は心底喜んでました。大阪でやっていける希望も持ったと思います。でも、その次の日のこと覚えてます?」
「はい」
私はそれ以上続けられなかった。あの日かは自分の中では消そう消そうとしていた記憶を追求される恐怖がそうさせる。
「わたしのタブレット代ね、四万四千円が無くなった!」美咲は私の右肩に手を置いた。「あぁ、サユリちゃんたちは瑠花に問い詰められて余計に逆上してわたしのお金を盗んだんだって思ったよ」
「瑠花さん、美咲のお金を盗んだの誰か知ってますね? これもわたしたち三人だけが真実を知っていることです」
あぁ、なるほどね。これは取引だったのだ。
「私、です」
私が美咲のお金を盗んだ。サユリたちを呼び出して、美咲の前でこれまでの盗難事件を謝罪させたのも、私に容疑がかかりにくくなるという魂胆があった。
「わたしが教室を離れる時ブレザーの胸ポケットにスマホ入れてたの知らなかった? 盗難事件が続いた時からね。だから盗難事件の犯人がサユリちゃんたちってのは知ってたの。いつか絶対復讐してやろうって」美咲は笑顔で言う。逆にそれが絶対的な憎しみを持っているのだとうかがえる。「でさ、現金を盗られたあと、録画した動画見てびっくりしたのよ。ふふふ、ね。あんたが映ってるからさ」美咲は私の肩を何度も何度も叩きつつ爆笑している。
「美咲も黙ってようかと思ってたみたいですけど、さすがに母も身寄りがなくて大阪に来てるくらいですから、なんとか工面したお金だったんです。これ以上、お金を用意できなかったので、先生には盗られたと言うしかなかった」
MAHOもこれには険しい顔で私を見ていた。
美咲のお金を盗んだことが学校で大騒ぎになった時、私はかなりあせった。バレやしないだろうとは思ってたけど、やはり不安だった。サユリたちの今までの悪事を先生に言えば、完全にあの子達がクロと判定されるだろうと思ったが、高三の進路をひかえたこの時期にそんな容疑がかかれば人生に関わる冤罪を着せることになる。それはできなかった。
「でも先生には私が犯人だって言わなかったんや?」なんとなく美咲からの返答は予想がついたが聞いてみる。
「もっと痛い目に遭ってほしいからね。先生に怒られて終わりましたなんて話にならない」
美咲はさらに続けた「あんたは何食わぬ顔でギターを買ったなんて言って、それ誰の金なんだよって思いつつコードの押さえ方も教えてあげたっけ。とにかく懐いて懐いていつか噛み付いてやろうってずーっと考えてたんだよ」
ギターが欲しかった。思い立ったら止まらない性格だ。
「その私への復讐で『咲く花キミと重なって』を盗んだんだ」
「そうそう。文化祭で下手くそなカヴァーしてたじゃん? でも最後の曲、あんたにこんな才能あるんだって思った。まぁ歌は下手だったけど曲は抜群に良かった。これを奪ってやろうってさ。何か復讐の手がかりを見つけてやろうと思ってあんたが何かやるたびに動画で撮ってた」
「美咲からはあなたに現金を盗まれたことも聞いてました。そしたら、歌手オーディションを受けてほしいって連絡が来て、意味がわからなかったんですが、瑠花さんの曲を演奏してほしいって」
「お姉ちゃんは合唱部を全国大会優勝に導いた部長なのよ。ギターも歌もお姉ちゃんの影響で始めたけど、何ひとつ叶わなかった。本当はわたしがオーディションで弾き語ってやろうかとも思ったけどね」美咲は満面の笑みだった。
「だからMAHOさんと同じオーディションに鉢合わせるために応募させた?」
「エントリー順に審査があるって書いてあったからね。お姉ちゃんが応募してから瑠花にオーディション受けなよって声をかけた。自分の順番前に自分の曲が演奏されたら、たまんなく焦ったでしょう? まさかあんな大暴れまでしてくれるなんてね。投稿してくれた人に感謝よ」
美咲は徹底して私を落とし込む用意をしていたのだ。
「新大阪に迎えに来てくれたのも、私のへこんだ様子を見たいからやったんやね」
「もち、そう。もう気持ちが抑えられなくなって新大阪まで行っちゃった。私吹き出しそうになって思わず瑠花を抱きしめて誤魔化したのよ。泣き笑いがおさまらなくて焦ったんだから」あの日を思い出しているのか、天を仰いで笑っていた。
あの時美咲は、一緒に泣いてくれてたのではなく、笑って震えていたのか。私は屈辱のあまりに、苦手なコーヒーを飲んだような苦さが口に広がった気がした。
「自分の作った曲が目の前で他人に演奏される。美咲もそれだけで復讐を果たせると言ってましたが、まさか優勝できるなんて、それは予想外でしたけど」MAHOは一旦、申し訳なさそうな表情をしたが「でも、ここでデビューして少しでもお金が入れば美咲も進学させられるし、わたしたちまた一緒になれるって思ったんです。瑠花さん、ごめんなさい」と続けて頭を下げた。
「お姉ちゃん、謝る必要ないよ」美咲はMAHOに向かって言ったあと、私に顔を向けて「元はあんたが盗んだお金で買ったギターで作った曲だもんねー。お互いさまじゃん」と笑いかけながら言った。
本当にお互いさまなのだろうか。確かに私は美咲の現金を盗んだ。そのお金でギターを買って作った曲なのも間違いない。でも、曲を盗まれた私の方があまりにも罰は大きくないだろうか。もはやあの『咲く花キミと重なって』は少なくとも数千万円のお金を生み出しているだろう。四万四千円と数千万円の差、目に見える形としてもバランスは狂ってる。
「高すぎた代償だったね」私の心中を見透かしてたかのように美咲は言った。「因果応報。罪に小さいも大きいもないよ。傷ついた事実は一緒じゃん。わたしもあんたもね」
もはや今さらなにを言ったところで、あの曲が私の元に返ってくることはない。私には才能があった。あの時、お母さんかお父さんに頼んでギターを買ってもらっていれば……。お年玉を前借りでも良かったのに。でも後悔は先には立ってくれない。
「瑠花ちゃーんまた曲作ってよ。お姉ちゃんさ、二曲目をレコード会社の人に催促されてるんだ。ねぇ、瑠花の歌唱力じゃいくらいい歌作っても売れないよ。それならお姉ちゃんに歌ってもらおうよ! 自分の曲が世に出してくれるなら、瑠花も本望でしょ?」
美咲は悪魔だ。もうあんな曲いらない。作らなければよかった。言い返す言葉も見当たらない。
フェスが開演したのか大歓声と演奏の爆音が楽屋まで聴こえてくる。楽屋の扉が開き、先ほどのスーツの男が入ってきた。
「MAHOそろそろスタンバイ頼む」
「はい」
MAHOが返事をして立ち上がった。
「瑠花、わたしたちも客席に行こう! 瑠花の席も用意してくれてるから。これで復讐はおしまい」
私は黙って楽屋を飛び出し駆け出した。
通用口を抜けて大阪城公園の駅へ一直線に走った。息が切れて立ち止まる。ヤバい、まだホールからの音が聴こえる距離だ。でも走れない。
すると、ホールから漏れ出る音が聴こえた。
うっすらと聴こえるその歌ははっきりと歌詞までは聴こえない。それでも私にはなんと歌っているかがわかる。
『目に映る白い花はワタシにキミを想い出させて』
だって私が作った歌詞だから。
駅まであと少し。でも私はこれ以上走れない。
【了】
執筆の狙い
創元ミステリー新人賞に出そうかと思い制作した作品(約20000字)です。初稿ですがこれ以上手に負えなくて断念しました。
是非忌憚のないご意見、アドバイスがほしいです。
短編ミステリー小説として、どこで読む気が失せたかなどもお聞かせいただきたいです。