ワタシ
何を想って描いているのか。人はワタシにそういう問いを投げかけることが多かった。
陽の光が僅かに差し込んだ、ただ広いだけの部屋。床に散らばる画材やもうなんの興味を持つこともできない過去の作品。
ただひたすらに、手を動かし続ける。そうしていれば、勝手に人は評価する。そうしていれば、人は自分を無価値な人間だと言うことはできない。
問に対して、私はこう答える。
「描くことを想って描いている。それ以上でもそれ以下でもない」
もちろん、真っ赤な嘘であるが。
目の前の椅子に彼女が腰掛けていた。彼女とは、共に画家を目指した仲だった。
それは己の幻覚だった。彼女は、5年前に死んだ、ワタシが最初で最後に愛した女性でもあるのだった。
彼女が、一瞬目を伏せて、それから少し色素の薄い瞳がまっすぐこちらを向いた。ワタシに、なにか伝えたいことがある時の瞳だった。
「なにを想って描いているの?」
心臓が嫌な音をたてた気がした。もうワタシの瞳は、私の作品を見ていなかった。彼女だけを見ていた。
「あなたを想って、永遠に。」
彼女は歯を見せずに口角をあげた。瞳は、寂しそうにワタシを見た。
───何か、苦しいことがあった時の、表情をしていた。
「じゃあなんで、そんな全てを憎むような瞳をしているの?」
ワタシが、彼女を見るように、彼女もワタシの瞳を見ていた。
「君を不幸せにした世界が憎いからだ。君がいない世界が憎いからだ」
「違う」
一瞬言われた意味が分からなかった。彼女が、ワタシを否定することなんて、これまでにない事だった。
「だって、あなたは私の事も憎んでいるわ」
声が出ない。彼女の涙を救う方法が分からない。
「なんで?私はあなたに何をしたの?」
ワタシは心の中だけで呟いた。
──ワタシを残して死んだ彼女がどうしようもなく憎いからだ。
気づいたことがあった。
ワタシは、世界を憎んでいた。ワタシが彼女の涙を拭うことができなくなったからだ。ワタシが、彼女と笑い合える日々が有限だということを知ってしまったからだ。
「ワタシは、ワタシの人生の主語を貴方にしたかった」
己の喉が掠れた声で紡いだのは、そんな、言葉だった。
彼女は、もう涙を流してはいなかった。
ただ、ワタシの瞳を見ていた。
「でも、出来なかった。貴方のためにしたことは全て、そうすることでワタシが貴方を感じ続けるためにあった」
気づけば、ワタシは再び1人だった。
もう彼女を見ることは無いだろう。
床に無造作に置かれた作品は、ワタシがワタシを想って描いた作品だった。
執筆の狙い
自分の人生の主語は自分であるべきだ、というようなことを表現してみたいなーみたいな趣旨で書いております。