作家でごはん!鍛練場
しいな ここみ

ありきたりなラヴ・ストーリー

「もぉっ! お母さん! どうして起こしてくれなかったのよーっ!」

 目覚ましアラームが鳴らなかった!

 時計を見るととんでもない時間!

 でも全力で用意して全力疾走すればなんとか学校に間に合う時間!


 階段をだだだーっ! と駆け下りたらお母さんはキッチンテーブルで呑気に朝ごはんを食べてた。

「お母さん! 学校間に合わないから! これくわえていくね!」

 あたしの席に置いてあったお皿の上から食パンを引っ掴んで口にくわえ、あたしは廊下へ飛び出した。

「……行ってらっしゃい、陽菜」

 後ろでそう言うお母さんの声が、なんか元気ない。
 こっちを見もしないで食も進んでないようだ。
 なんかあったのかな……?
 まぁ、それどころじゃない! 走らなければ! 学校に間に合わない!


 ☆ ☆ ☆ ☆


 あたしの名前は佐藤陽菜。とってもありふれた女子高生だ。
 名前もありふれてる。陽菜はあたしが産まれた年の女子に多い名前第一位だ。『はるな』と読めばそうでもないらしいけど、しっかり読み方はありふれてるほうの『ひな』だ。

 食パンくわえてあたしは走った。

 なんかありきたりな予感がする!

 ブロック塀の角が見えてきた!

 ありふれたあたしによる、ありきたりなラヴ・ストーリーが始まる予感!

 あの角を曲がったら、イケてる男子とぶつかって──


 どーん!


「あいたたた……」

 本当にぶつかった!

 ぶつかった相手は……ありきたりなことに──

「大丈夫?」

 イケてる男子!

 黒い学ランに、真面目系男子を物語る黒髪がサラッサラ! 憂いを帯びながらも優しそうなまなざし! 端正な顔つき! 落ち着いた声音!
 しかもあたしが全力でぶつかったのに、びくともしてない! なんてヒーローのごとき頼り甲斐!
 尻餅をつきながら、あたしは遅刻しそうなことも忘れて、一目で恋した乙女を纏う。

 キラキラと二人を取り巻いて舞い踊る花やらハートマークやら──

 ありきたりなワンシーン──

 あぁ……。本当に、こんなことって、あるのね。

 漫画なんかではよくあることだけど──

 まさか現実に、こんなフィクションではありきたりな出来事が起こるなんて──

 優しい朝日をバックに、彼が手を差し出してきた。

「立てる?」

「あはい」

 しまった。アホみたいな声出しちゃった……。そう思いながら、遠慮なく彼の手を取った。
 手の冷たいひとは心があったかいとかいうよね。ますます好印象──!

「このまま──」
 彼が口から白いけむりを少し吐きながら、言った。
「連れていってもいい?」

「え──?」

 ど、どこへだろう……
 何て答えたらいいんだろう……
 なんかありきたりな展開じゃないからあたしが戸惑っていると、彼が言った。

「申し遅れたね。僕の名前はイーイ。死神だよ」

 ぽかーんとしているあたしに、イーイが語る。

「その様子じゃ気づいてないみたいだね。君、昨日の学校帰りにトラックに轢かれて死んだんだよ。ちょうどよかった。僕は今から君を迎えに行くところだったんだ」

 しまった!
 へんなひとだった!

 慌てて手を振りほどこうとしたけど、なぜかひっついたみたいに離れない。

 イーイがまた白い息を吐いた。
 春なのに。真冬みたいに息を吐く。

「かわいそうにね。自分が死んだことに気づいてないひと、多いんだ。よくあることだけど、説明するのは骨が折れるんでね。だからいつもこうしてる」

 彼の背中から、黒い翼が開いた。
 よく見れば着ているものも学ランじゃなく、黒い……なんていうか戦闘服みたいなやつだった。
 その背中に現れた真っ黒な鎌を見て、ようやく──いやいや!

「あたし、死んでなんかない! だって出かける時、お母さん、『行ってらっしゃい』って言ったもん!」

「お母さん、霊感があるんだね」
 無表情にイーイが言う。
「きっと君の姿は見えてない。でも、君が通る気配は感じたんだ」

 そんな……お母さん……
 そういえば……なんか元気なかった……

「証拠を見せてよ!」
 思わず泣き叫んでた。
「あたしが死んでるって証拠を! 見せれる!?」

「ごめんね」
 そう言ってイーイが鎌を振った。

 斬られる! と思う暇もなかった。
 軽々と振られたおおきな鎌が、あたしの腰をすり抜けるように通ると、視界が歪んだ。
 自分が白いけむりになったのがわかった。イーイが腰につけてる革袋に吸い寄せられていく。

「すまないけど連れていくね」
 真っ暗になった中に、上から彼の声が聞こえた。
「また八月には帰らせてあげるから」

 泣きたかった。
 でもけむりのあたしには涙が出せなかった。

「それまで……どうするの?」

「天界を一緒に旅することになる」
 あたしの声は聞こえたらしく、イーイが答えてくれた。
「冥界までの道のりは結構長くて厳しいんだよ。まずは黄泉平坂を抜けて三途の川を渡らないと……。死者ひとりでは厳しいから、僕が一緒について行ってあげる」

 もう、彼の言うことを疑うことはできなかった。

 お母さんをひとりにしてしまった。しかもお父さんと同じ死に方で──

 現世に帰ることはもう、諦めないといけないんだ……。

 でも! 諦めないぞ!

「行こう!」
 けむりのあたしは革袋の中で手を振り上げる勢いで言った。
「連れて行って、イーイ! あたし、天国へ行くんでしょ?」

「急に元気になったね」
 イーイは不思議そうに言ったけど、たぶん顔は無表情だ。
「そうだね。たぶん天国だと思う。でも冥界神さまに決めてもらうまではわからないよ」

「神さまに会いに行くんだ?」

「うん」

「閻魔大王さまじゃなくて?」

「そんなのはいない。人間の作り話だよ」

「行こう!」

「前向きだね」

「そうよ! あたし、前しか向かない子なの」

 こうなったら何が何でも進むんだ、前に。
 イーイと出会ったのは運命だと思うから。
 一緒に冥界を旅しながらイーイと距離を縮めて──

 何が何でもしてやるんだ!

 この物語を、ありふれたラヴ・ストーリーに!

 ちょっと行ってくるね、お母さん!

ありきたりなラヴ・ストーリー

執筆の狙い

作者 しいな ここみ
KD106146064146.au-net.ne.jp

未発表の新作です。
少女向けのライトノベルの冒頭部分になります。
単純に『先が読みたいか』をお聞きしたいです。

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