待ち人
「ママ、まだかなぁ」
愛美(アイビ)は鉄柵から手を伸ばした。
アパートの二階の一番端。玄関先にはゴミ袋が幾つか無造作に転がっており、蝿が集って耳障りな羽音を立てている。少女はそこへ紛れるように地べたへ座り、降り続ける雨に触れようと掌を広げた。
「ぱしゃ、ぱしゃ」
少女は屋根から伝った滴がそこへ落ちるタイミングで瞬きをしてみたり、効果音をつけて楽しんでいた。こうして、もう三日だ。ふと立ち上がる。靴も履いていないその足で階段を下りた。
屋根の外では一層強く少女の身体を叩き付けるが、自身はそうした感覚も嬉しかった。両腕を広げて階段の柱の周りを走り回り、笑い声を上げる。
「んふふ、はははっ」
そんな少女の姿にアパートの前を通り過ぎる人々は、奇異な目を向けるばかりだった。
記録的豪雨が続いていた。黒のアルファードがアパートの敷地内に停まると、中から男が傘を差して降りてくる。身なりはそれなりだが、だらんとした足取りで反対側に回ってドアを開けた。すると、荷物を両手に持った女が忙しなく降りてくる。
「もう、早くしてよ!」
車に鍵をさせるのも惜しいという風に、さっさと階段へ急がせた。男は表情そのまま、文句一つ言わず傘を差し出してエスコートする。後ろではピッと鳴いたドアが力無く閉まっていた。車から距離のない階段へ着くと女は我先に上っていく。カツ、カツ、と確実なヒールの硬い音が潰れて消えた。
「あれ」
男は階段の柱の下で、隠れるように横たわる少女を見付けた。雨にかき消されない程度に張り上げた声を二階へ投げ掛ける。
「なぁ、これ」
「なぁに?」
「あんたの子供じゃねぇの?」
女はようやく気付いて面倒臭そうに聞き返し、鉄柵から身を乗り出して覗き込んだ。男は女に見えるように少女の腕を引き上げてやって、ギョッとする。力も生気も感じられない肢体に思わず腰が引けた。
「やだほんと。そんなとこで寝て汚いったら……」
女は口をへの字に曲げて眉を顰めた。以前欲しい欲しいとせがまれて、仕方なしに買ってやった白のワンピース。すっかり泥に塗れていたが娘には違いなかった。
玄関の方へ向き直りながら男へ言伝る。
「ごめん、その子持って上がって」
「ったく。人使い荒ぇよ」
男は女の目が無くなった途端に少女の腕を手離した。上半身がバシャン、と物のように地面へ叩き付けられる。震える手で傘を閉じた。しゃがむと張り付いた前髪を恐る恐る上げてやる。閉じた瞼。横向き故に半開きになった血色のない唇。
はああ、と大きく長い息を吐いた。最悪だが仕方ない、と抱き上げる。
身体が揺れている。愛美は閉じそうな意識の中、微かな温もりを感じていた。
「まま……おかえり」
執筆の狙い
過去作SSを改稿したものです。
とは言え拙いと思いますが、宜しくお願いします。