作家でごはん!鍛練場
78

待ち人

「ママ、まだかなぁ」
愛美(アイビ)は鉄柵から手を伸ばした。
アパートの二階の一番端。玄関先にはゴミ袋が幾つか無造作に転がっており、蝿が集って耳障りな羽音を立てている。少女はそこへ紛れるように地べたへ座り、降り続ける雨に触れようと掌を広げた。
「ぱしゃ、ぱしゃ」
少女は屋根から伝った滴がそこへ落ちるタイミングで瞬きをしてみたり、効果音をつけて楽しんでいた。こうして、もう三日だ。ふと立ち上がる。靴も履いていないその足で階段を下りた。
屋根の外では一層強く少女の身体を叩き付けるが、自身はそうした感覚も嬉しかった。両腕を広げて階段の柱の周りを走り回り、笑い声を上げる。
「んふふ、はははっ」
そんな少女の姿にアパートの前を通り過ぎる人々は、奇異な目を向けるばかりだった。

記録的豪雨が続いていた。黒のアルファードがアパートの敷地内に停まると、中から男が傘を差して降りてくる。身なりはそれなりだが、だらんとした足取りで反対側に回ってドアを開けた。すると、荷物を両手に持った女が忙しなく降りてくる。
「もう、早くしてよ!」
車に鍵をさせるのも惜しいという風に、さっさと階段へ急がせた。男は表情そのまま、文句一つ言わず傘を差し出してエスコートする。後ろではピッと鳴いたドアが力無く閉まっていた。車から距離のない階段へ着くと女は我先に上っていく。カツ、カツ、と確実なヒールの硬い音が潰れて消えた。
「あれ」
男は階段の柱の下で、隠れるように横たわる少女を見付けた。雨にかき消されない程度に張り上げた声を二階へ投げ掛ける。
「なぁ、これ」
「なぁに?」
「あんたの子供じゃねぇの?」
女はようやく気付いて面倒臭そうに聞き返し、鉄柵から身を乗り出して覗き込んだ。男は女に見えるように少女の腕を引き上げてやって、ギョッとする。力も生気も感じられない肢体に思わず腰が引けた。
「やだほんと。そんなとこで寝て汚いったら……」
女は口をへの字に曲げて眉を顰めた。以前欲しい欲しいとせがまれて、仕方なしに買ってやった白のワンピース。すっかり泥に塗れていたが娘には違いなかった。
玄関の方へ向き直りながら男へ言伝る。
「ごめん、その子持って上がって」
「ったく。人使い荒ぇよ」
男は女の目が無くなった途端に少女の腕を手離した。上半身がバシャン、と物のように地面へ叩き付けられる。震える手で傘を閉じた。しゃがむと張り付いた前髪を恐る恐る上げてやる。閉じた瞼。横向き故に半開きになった血色のない唇。
はああ、と大きく長い息を吐いた。最悪だが仕方ない、と抱き上げる。

身体が揺れている。愛美は閉じそうな意識の中、微かな温もりを感じていた。
「まま……おかえり」

待ち人

執筆の狙い

作者 78
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過去作SSを改稿したものです。
とは言え拙いと思いますが、宜しくお願いします。

コメント

偏差値45
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やさぐれた母。ネグレクトですね。

>仕方なしに買ってやった白のワンピース。
生活感はあるので、虐待という認識はないのかな。
言ってしまえば、関心が薄い。
で、男もまた愛美への関心が薄い。

>身体が揺れている。愛美は閉じそうな意識の中、微かな温もりを感じていた。
「まま……おかえり」

最後が切ないですね。
そんな母に対しても甘えたいのかな。
描写としては、よく書けていると思いますよ。

78
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偏差値45様、お読み頂きありがとうございます。
ストレートに伝わっているようで安心しました。
また機会があれば宜しくお願いします。

夜の雨
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78さん「待ち人」読みました。

なかなかの文体で、味がありました。


「ママ、まだかなぁ」
愛美(アイビ)は鉄柵から手を伸ばした。
アパートの二階の一番端。玄関先にはゴミ袋が幾つか無造作に転がっており、蝿が集って耳障りな羽音を立てている。少女はそこへ紛れるように地べたへ座り、降り続ける雨に触れようと掌を広げた。
「ぱしゃ、ぱしゃ」
少女は屋根から伝った滴がそこへ落ちるタイミングで瞬きをしてみたり、効果音をつけて楽しんでいた。こうして、もう三日だ。ふと立ち上がる。靴も履いていないその足で階段を下りた。

>愛美(アイビ)は鉄柵から手を伸ばした。<
この「鉄柵」は二階の外廊下の鉄柵だと後の文章を読むとわかりますが、読んだその場で伝わるように書いておいたほうが読み手の脳にストレートに伝わります。
そのあと「少女」とありますが、少女と言っても幅が広いので年齢がわかる程度の情報を書いておいたほうがよいと思う。御作が映像だったら、観ていると少女の情報はその場でわかりますが。文章で描かれているので。
そのほかの文章はよいですね。
雨の効果音を楽しんでいる情景が伝わります。
>屋根から伝った滴がそこへ落ちるタイミングで瞬きをしてみたり、<
特にここがよかった。少女の無邪気さが感じられるので。

屋根の外では一層強く少女の身体を叩き付けるが、自身はそうした感覚も嬉しかった。両腕を広げて階段の柱の周りを走り回り、笑い声を上げる。
「んふふ、はははっ」
そんな少女の姿にアパートの前を通り過ぎる人々は、奇異な目を向けるばかりだった。

ここは、雨を使うことで、少女が特異な情景に描かれている。そのあたりを目にする通行人たちの反応を見てもわかるので、社会的に少女が浮いていることがわかり、作品の奇異な世界を楽しめる。

記録的豪雨が続いていた。黒のアルファードがアパートの敷地内に停まると、中から男が傘を差して降りてくる。身なりはそれなりだが、だらんとした足取りで反対側に回ってドアを開けた。すると、荷物を両手に持った女が忙しなく降りてくる。
「もう、早くしてよ!」
車に鍵をさせるのも惜しいという風に、さっさと階段へ急がせた。男は表情そのまま、文句一つ言わず傘を差し出してエスコートする。後ろではピッと鳴いたドアが力無く閉まっていた。車から距離のない階段へ着くと女は我先に上っていく。カツ、カツ、と確実なヒールの硬い音が潰れて消えた。

ボロアパートには似つかわしくない高級車のアルファードから降りてくる男。身なりも車に合っているが、歩き方でだらしなさが伝わるので、やさぐれな感じが出ていてよい。男がドアを開けて女も荷物を両手に持ち、忙しなく降りてくるし。
「もう、早くしてよ!」というあたり、女の育ちも知れている。また、男との対比もできる。

「あれ」
男は階段の柱の下で、隠れるように横たわる少女を見付けた。雨にかき消されない程度に張り上げた声を二階へ投げ掛ける。
「なぁ、これ」
「なぁに?」
「あんたの子供じゃねぇの?」
女はようやく気付いて面倒臭そうに聞き返し、鉄柵から身を乗り出して覗き込んだ。男は女に見えるように少女の腕を引き上げてやって、ギョッとする。力も生気も感じられない肢体に思わず腰が引けた。
「やだほんと。そんなとこで寝て汚いったら……」
女は口をへの字に曲げて眉を顰めた。以前欲しい欲しいとせがまれて、仕方なしに買ってやった白のワンピース。すっかり泥に塗れていたが娘には違いなかった。

少女と女と男の関係が伝わってくる、また、少女の壊れかけている状況もわかり、なかなかの文章であると思う。
「白のワンピース」のエピソードもあり、女にも少女に対する愛情が少しはあることがうかがえるが。

玄関の方へ向き直りながら男へ言伝る。
「ごめん、その子持って上がって」
「ったく。人使い荒ぇよ」
男は女の目が無くなった途端に少女の腕を手離した。上半身がバシャン、と物のように地面へ叩き付けられる。震える手で傘を閉じた。しゃがむと張り付いた前髪を恐る恐る上げてやる。閉じた瞼。横向き故に半開きになった血色のない唇。
はああ、と大きく長い息を吐いた。最悪だが仕方ない、と抱き上げる。

身体が揺れている。愛美は閉じそうな意識の中、微かな温もりを感じていた。
「まま……おかえり」

このラストの部分ですが。
>「ごめん、その子持って上がって」
>「ったく。人使い荒ぇよ」
なかなかいいですね。
男と女がどういった性格をしているのかが伝わりますが。
少女に対しての愛情が垣間見られるのがよいですね。口は悪いが、多少の愛情は伝わりました。

男は女をだいぶ意識しているというか、女の方が立場は上という感じで、ボロアパートと高級車、そこに人物が絡んでいて世界観が面白い。
少女の壊れ具合からして食事などはどうしていたのかと心配ですが、ため息はつくが抱き上げる男にぬくもりを感じるのか、「まま……おかえり」というところが、少女の母親への愛情表現かというところ。抱いて二階へとあがっていくのは「まま」ではなくて「ぱぱ」なのだが。もちろん、違和感はない。

作品全体では文体が世界観に合っていて情景とともに、面白そうな女と男、そして彼らの娘である少女の物語が綴られそうで、よかった。

続きも妄想すると、イメージが浮かぶ。


このレベルの話が描けるのなら創作が楽しいでしょうね。

78
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夜の雨様、お読み頂きありがとうございます。
鉄柵と少女の年齢幅の件、確かに明記した方が良さそうですね。ご指摘助かります。
又細かな部分も伝わっていたようで安心しました。
また機会があれば宜しくお願いします。

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