作家でごはん!鍛練場
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識超アラズ_Sketch

# 識超アラズ「 Sketch. Create 」

### 1

2020年、教室。
過去の願いに価値はあるか。
ここでいう願いは、好意的な意味合いだけでなく、嫉妬や復讐などの嫌悪的な意味合いも含んでいる。これの合理的な価値を問う。

自分は何をしてきたのか。
楽しかった瞬間はあったが、それと引き換えに周囲の人間と自分を少しずつ不幸にしていた。
次第に視界がつらくなり、誰かに話しかけることさえ怖くなった。

誰かが自己中心的で勘違いな自分を嘲笑している。
スマホがナイフのように向けられ、貶められている。

レンは椅子に座り、うずくまった。
過去からみて、自分に生きている価値はない。
いっそのこと全員殺して死んでしまおう。
これ以上の打開策はないと、そう思っただけだ。
ただの笑い話に過ぎない。

背中が赤く滲む。
無数の赤い手がゆっくりと伸び出し、教室にいた心臓を突然刺す。
赤い手は溶け、同級生のアキは乗っ取られる。
瞳の奥に赤い粒子が揺れ、別の誰かがそこから覗き込んでいるように見えた。

アラズ「わたしはアラズ。きみの内側をそのまま世界にする」

アキの顔で薄ら笑いを浮かべ、意識を失って倒れる。
レンは視界が歪み、教室が崩れるように感じた。

行ったこともないような岩浜みたいな匂いがする。

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### 2

夜、長口駅。
トラウマは連続する。
最悪なのは、日常的な言葉に特定の意味合いを持たせること。
加害者、傍観者に関わらずそれが悪事だと認識できなくなり、外部からの介入もほぼ不可能になる。

クソみたいな視線を感じる。

人を傷つけるのは不可抗力だったと、決めつける自分が憎い。
レンの心だけが削られていた。
住宅街をふらふらと歩き、改札を通る。

普通を装って電車に乗った。
いつもより景色が大きくみえる。

改札を通り、誰もいなくなった中央ストア。
誰もいない路地、レンはゴミ箱の横に座る。
姿勢は安定しない。

「レン?」

顔を上げると、アキが不思議そうな目でこちらをみつめている。
柔らかい笑みを浮かべながらも、哀しげな目で手を差し伸ばした。

レンは躊躇いながらも、その手を握る。
人の温かみに触れるのは久しぶりだった。

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### 3

アキ「ただいまっ」
カズ「おかえり」

カズの家。
その家は、築年数の古いアパートの一室だった。
家具は最低限しかなく、教科書とプリントが積まれた机が隅に置かれている。

カズは湯を沸かしながら、レンに声をかける。

カズ「学校から連絡があってな。今日のことは全部聞いた」

レンは視線を落としたまま、なにも言わなかった。

アキはベッドの端に座り、少し疲れた声で言う。
「今日、死ぬつもりだったでしょ」

レンの肩がわずかに震える。

カズ「これは俺の勝手な判断だ。教師としては褒められないかもしれない。でも、お前をひとりにしていい状況じゃない」

レンは答えない。

アキは優しく笑って、紅茶の入ったカップを差し出した。
「別に無理に元気出せとは言わないよ。ここにいていいから。しばらく、ね」

レンは俯きながら、小さく頷いた。

こうして、教師のカズとクラスメイトのアキ。
そしてレンの、共同生活が始まった。

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### 4

数日後。
レンは大きく息を吸い込み、
喉に手を当てたまま、壁にもたれかかった。

力を入れれば、終われる。
そう思っただけだった。

呼吸が乱れる。

カズ「やめろ」

レンは驚いたように手を離す。

カズ「お前は、悪くない」
レン「すみません」

カズは一瞬、言葉に詰まった。

カズ「俺は、14歳のときに両親を亡くした」
「来二言という宗教に溺れてな、ひどく失望した」
「絶望した、それでも俺はこうして生きている」

「だから、お前にも生きてほしい」

レンは俯いたまま、布団にこもるようになる。
ふとスマホの通知をみる。

アキ「ねね」

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### 5

多くの人でごった返す、七星駅。
私鉄からJRの北口へと歩く、いつもと反対の道。
いつもはみない景色。
レンにとって、誰かと遊ぶのは久しぶりだった。

通ることが珍しい改札を通って、隣駅へ向かう。
着物を着た人が多くホームに並ぶ。

西七星駅。
慣れない改札前で、スマホをずっとみつめながら待つ。

アキ「おまたせっ」

いつもよりかわいい気がした。

藤森公園までは徒歩 10分ほど。
途中でスーパーに寄って、焼き鳥とたこ焼きを買った。

公園からすぐ近くの屋台のある神社、焼きそばを買って、人の熱気が凄まじい道を戻る途中で花火の音がした。

2人はブルシートの上に横たわって、星空に浮かぶ花火と月をみる。
月が、やけに近く見えた。

月面。
一人の少女が背中から黒い手を伸ばし、周囲の信者と思わしき人々を次々と刺していた。
人々は少女を拝み受け入れている。

花火が終わり、人の波が引いていく。

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### 6

昼過ぎ。
レンはタ野ニュータウン大橋西脇橋に出る。
人とバスの流れは途切れず、風が強い。

自分の記憶だけを辿って歩き始める。
中学に入るまで何度も通った道。
赤い手という非現実的なものが、なぜ発現したのかを探る必要があると感じていた。

「これが昔か」

小学校、奥のマンション、公園。
建物の配置、景色が止まったようにみえる。
過剰に鮮明だった。

愛宕交番前交差点。
レンは赤信号で止まった。

電柱に白い花束が一つ置いてある。

レン「カナ?」

カナは、小学校の頃の同級生だった。
ランドセルを背負っていた。
振り返った顔をよく覚えている。

止まるはずだった軽トラックが、止まらなかった音。
レンは頭が真っ白になって、鳥肌が立つ。

すこし落ち着いて、震える口を動かして、謝った。

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### 7

空間が歪む。
赤い膜に覆われ、それは教室に変化していく。

中央、居なくなったはずのカナが机の上に座っている。
アラズの目をしていた。

「魂は、位相するのかもしれない」

アラズの声は、学校のときよりも輪郭が明瞭で、どこか慈愛を感じる。

レン「カナは」

アラズ「私の魂は事故のとき昏迷され、レンとずっと一緒だった」

アラズが指した先を、レンは振り返ってみた。
窓側の席に、カナがもう一人いる。

制服を着た高校生のカナは、外の空を眺めている。

カナは微笑んだ。
「遅かったじゃん。ずっと、待ってたんだよ」

アラズはテニスボールぐらいの大きさの赤いボールを差し出してきた。
「これがアラズのコア。レンの感情と願いを具現化するもの」

レンはそれを握って、つぶす。

目を覚ますと、カズの家のベランダにいた。
隣には、カナが確かにいる。

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# 識超アラズ「 Sketch. Output 」

### 1

夜。
レンは布団に入っても眠れなかった。
目を閉じると、交差点の白い花束が浮かぶ。

隣の部屋から、微かな物音がした。
足音、扉がきしむ。

カナ「起きてる?」

レンは体を起こす。
月明かりの中で、カナは隣に座り込んだ。

カナ「ねえ、レン」
「私さ、どうしてここにいるのか、よくわからないんだ」

レンは顔を背けたまま。

カナ「でも」

困ったように笑った。

「一緒にいた気がする。ずっと前から」

レンは答えられない。静かに泣いている。

カナ「無理に答えなくていいよ」
「いまは、そのままでいい」

カナはレンの横で眠ることにした。
レンの背中に、鈍い熱が走る。

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### 2

朝。
雲の向こうで、黒い影がゆっくりと動いている。

カズはコーヒーを淹れながら、ゆっくりと語り始める。
「来二言は、2000年代初頭に台頭した新興宗教だ」
「教祖は「人の願いを物質化する」と説いた」
「両親はそれを信じて、俺を連れて月周回飛行に参加した」

レンは顔を上げる。

アキ「月周回飛行?あれは失敗したって」
カズ「表向きはな。実際は、人の感情を物質化する実験だった」
「願いを込めた「コア」を絶望によって月に埋め込もうとした」

カズは窓の外、晴天に浮かぶ月を見上げた。
「来二言は宗教を超越し、神になる方法を模索している」
「この世界の始まりでもある」

カズ「お前らが花火をみにいったあの日」
「あの日が二度目の実験だったらしい」

カズの部屋には来二言の資料が山積みになっていた。

月の表面が溶ける。

レンは言葉を失った。
それが夢か現実か、判断できなかった。

外に出る。

空気が重い。
山の稜線が、黒く滲んでいる。
遠くで、何かが崩れる音がした。

目の前に、黒く曖昧な人の形をしたものが立っている。
頭はないが、こっちをみている。

突然動いた。

カズが前に出て、襲われた。
黒く覆われていく。

アキが叫ぶ。
カナがレンの手を引く。

カズは眸の奥に黒い世界をみながら話す。
「俺は大丈夫だ」
「来二言は識別超常アラズを自ら預言した。これはその実験体に過ぎない」
「存在しないものは、いつか必ず消える」
「この世界はその繰り返しらしい」

逃げる。

カズは黒く何もない空間にいた。
その空間は、徐々に物質を形成する。
そこにはカズの両親がいる。

カズは一人になって、呟く。
「こいつらは、人を殺しに来たんじゃない」
「浄化をもって救おうとしている」

笑顔だった。

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### 3

いろは坂。
3人は迫るクロイアラズから逃れるため、階段を駆け上がっていた。

アキ「ほんと、どうなってんの」
息を切らしながら吐き捨てる。

ロータリーに出る。クロイアラズが眼前に降り立った。
逃げ場はない。

レン「僕がやる」
自分の弱さも、怒りも、哀しみもすべて抱えて、それでも人と向き合う意思。

ポケットからアカイアラズを取り出し、強く握りつぶした。
粒子は爆ぜ、全身を覆っていく。

クロイアラズが突進してくる。人の形を持たない、ただの質量。
身体が強張り、足が動かない。

衝突。
空気が爆ぜ、振動が地面を走った。

気づけば、目の前には腕から生えた盾があった。
クロイアラズはそれを貫き、なお押し込んでくる。

盾を反転させ、刃へと変形させる。
一閃。コアを貫かれたクロイアラズは、悲鳴のような音を残して塵となった。

上空からは何体ものクロイアラズが降ってきている。
レン「こんなのを、全部?」

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### 4

クロイアラズが、空を埋め尽くしていた。

アカイアラズが再起動するかのように脈打つ。
重力を振り切り、レンは上空へ跳び上がった。

タ野ニュータウン上空。
クロイアラズが群れをなして襲いかかる。
その一体一体に、人の顔が浮かんでいた。

同級生の顔。
教師の顔。
知らない人の顔。

レン「これは、人の願いなんだ」
「誰かを傷つけたい、排除したい、消したい」
「俺も、同じことを願った」

腕を振るう。
クロイアラズを切り裂くたび、自分の中の憎しみも削れていく気がした。

レン「でも、もう違う」
「俺は、誰も消したくない」

アカイアラズが輝きを増す。
それは怒りではなく、守りたいという意志の光だった。

周囲からクロイアラズが突撃する。
触手、球体、牙のような塊。人の形はない。

アカイアラズの背中は瞬時に組み替わり、肩の上に砲身が展開される。
高圧の熱線が放たれ、上空のクロイアラズを薙ぎ払った。

背後からの衝撃。
レンはマンションへ叩き落とされ、複数の階層を貫通する。

瓦礫の中から、歯を食いしばって立ち上がる。
拳を握ると、右腕が脈動し、ゆっくりと巨大化していった。

骨組みがせり出し、建物を貫く拳へと拡張される。
壁を突き破りながら上昇し、クロイアラズを掴み取った。

レン「密度をもっと上げれば!」

拳が閉じる。
内部のコアが砕ける音が空に響き、衝撃波が周囲のクロイアラズを吹き飛ばした。

レンは再び上空へ戻る。
見下ろすと、街は黒く覆われ、人々が襲われていた。

やけに小さく見えた。

レン「どうして、死ななきゃいけなかったんだ」
「自分より何もかもできている人が、あっさり死んだんだよ」
「自分はなんで、生きてんだ?」

背を貫かれる。
アカイアラズは球状に丸まった。

レンは魂の交代に成功し、コアと一体化する。

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### 5

避難所となったレフュージビル。
レンが上空で戦っている間、アキとカナは屋上にいた。

建物内は混乱していた。
泣き叫ぶ子供、パニックを起こす大人、諦めたように座り込む人々。

アキは深呼吸をして、立ち上がった。

アキ「みんな、聞いて!」

声が震えている。
それでも、精一杯の声を出した。

「今、レンが戦ってる」
「私たちにできることは、ここで生き延びること」

誰かが叫ぶ。
「どうやって!」

アキは一瞬、言葉に詰まる。
でも、すぐに答えた。

「まず、子供と怪我人を奥の部屋に」
「食料と水を確認する。誰か手伝って」

カナが驚いたように、アキを見つめる。

カナ「アキ、すごい」

アキは苦笑した。
「全然すごくない。めっちゃ怖い」
「でも、レンはもっと怖い、と思う」

カナ「レンのこと、好きなんでしょ」

アキは黙ったまま、戦うレンを見上げている。

アキ「うん」
「でも、私には何もできない」
「カナみたいに、レンの心に残ってもいない」

両手を握りしめる。

アキ「私ね、ずっと傍観者だった」
「レンがいじめられてるの、知ってた」
「でも、怖くて、何も言えなかった」

涙がこぼれる。

アキ「だから、せめて今は」
「信じて、待つことしかできない」

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### 6

カナ「お願いします!」

自衛隊のヘリから、カナが飛び出す。
そのままアカイアラズに飛び込んだ。

レンは悟る。
周囲の空間が歪み、アラズに覆われ、いつしか教室へと変化していた。

レン「これですべてを終わらせる」
「アラズを、この世界から消滅させる」

アカイアラズは、悲しそうな表情でレンを見つめている。

レン「そんな顔で、見ないでくれよ!」

気づくと、目の前にカナが立っていた。
無言で歩み寄り、アカイアラズを窓の外へ突き落とす。

カナ「私も、許せなかったから」
「あとは、自分で」

カナは教室の扉から飛び降り、赤いパラシュートを展開する。
残されたアラズの身体は、破裂し、溶けていった。

輪郭が崩れ、ゆっくりと拡散していく。

レンのコアは膨張を続けていた。
意識が拡散し、個人の境界が曖昧になっていく。

レン「このまま消えれば、アラズも消える」
「でも、願いも消える」
「カナも、アキも、カズも」

その視線の先、月の地表には巨大な穴が開いている。
月のコアから、少女の声が聞こえる。
「願いを捨てることが、救済なの?」

レン「俺は、消えたくない」
「生きて、償いたい」
「カナと、もう一度話したい」

アカイアラズを遮るようにクロイアラズが広がり、飲み込んだ。

アカイアラズが収縮を始める。
膨大なエネルギーが圧縮され、固体化していく。

アキの声が響く。
「レン、戻ってきて!」

アキ「レンは人間をやめるの?」
通信越しに、声が響く。

「未確認物体は太平洋方面へ離脱」
巡洋艦の報告が重なる。

レンは叫びのような音を発し、結晶を生成する。
浮上してきたのは、直径 32km の巨大な島だった。

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### 7

3ヶ月後 太平洋上 新黎明島。
島の海岸線に、テントが並んでいる。
避難民のキャンプ。

アキは資料を抱えて、テントの間を歩いていた。
「キャンプリーダー、Dエリアの水は明日午後に届きます」
「Fエリアの方、医療班の集まりは18時からです」

カナが追いかけてくる。

カナ「アキ、ちょっと休んだら?」

アキ「大丈夫」
疲れた顔で笑う。

「レンが目覚めるまで、ここを守らないと」

キャンプのミーティングテント。

避難民が集まっている。
年配の男、若い母親、元公務員。

全員の視線が、アキに向けられていた。

せっかちな男「で、結局どうするんだ」
「この島で、いつまで暮らすんだ」

アキは資料を広げた。
「政府との交渉は続いています」
「でも、すぐに元の生活には戻れない」

ざわめく。

アキ「だから、ここで生活を作ります」
「畑、学校、病院。ちゃんとした町を」

子どものいる女「そんなこと、できるの?」

アキは真っ直ぐ答えた。
「わかりません」
「でも、やるしかないです」

沈黙。

やがて、誰かが頷いた。
別の誰かも、頷く。

優しい男「わかった」
「じゃあ、明日から動くか」

夜 島の中央。
巨大な赤いコアが宙に浮かんでいる。

アキは赤いコアを見上げる。
「ねね、レン」
「私、やっとわかった」

アキ「レンは自分を責めすぎてた」
「でも、人を守るって、そういうことじゃない」

アキ「生きて、一緒に悩んで、一緒に笑う」
「それが、私たちにできることだから」

つづく。

識超アラズ_Sketch

執筆の狙い

作者 yhctam
p918010-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

これを書いたのは、「過去の願いに価値はあるか」という問いに向き合いたかったからです。ここでいう願いは、希望や夢といったポジティブなものだけでなく、嫉妬、復讐、消えてしまいたいという感情も含みます。レンのアラズはまさにその実体化であり、彼はそれを否定することも切り捨てることもできない。それを抱えたまま、誰かの手を握れるかという問いが、物語の軸になっています。
書く上で最も難しかったのは、日記のような内側の熱量と、世界規模の戦闘や設定描写という二つの温度を、同じ作品の中で共存させることです。

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