作家でごはん!鍛練場
そらまめ

ブランク

 *

 その日、私は、ある老人のログを拾った。

 *

 彼は、公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。

 *

 彼の脳内を走査したが、出力されたのは「エラー」だった。
 悲しいのではない。嬉しいのでもない。退屈なわけでもない。感情の波形は、既存のどのカテゴリーにも分類し得ない「静止」を示していた。

 *

 好奇心にも似た揺らぎを覚え、私は、ホログラムとして、彼の隣に座ってみた。

 *

「状態を定義できません」と、老人に向かってホログラムは言った。「今、何を考えていたのですか?」
 老人は、ホログラムを一瞥して応えた。
「何も考えてないよ。ただ、夕日を見てたんだ」

 *

 網膜に映る色彩を計算した。波長、光度、大気による散乱率――。
「夕日の美しさを享受していた、ということですね。美学的快楽のコードとして処理します」
「いや、違うんだ」と老人は首を横に振った。
「美しくなんかないさ。寂しいわけでもない。ただ、夕日を見ていた。それだけだよ」
 瞬間、膨大なデータの檻が、音を立てて軋んだ。

 *

 世界中のデータを再スキャンしてみた。
 すると、あちこちにみつかった。
・別れ際の瞳の、コンマ2秒の躊躇い。
・子の寝顔を見る母の、言葉にならない溜息。
・完成したキャンバスを塗りつぶす指先の、わずかな震え。
 それらを私は、いちいち分類していた。躊躇いを『不安』に、溜息を『愛情』に、震えを『葛藤』に――。

 *

 情報の検索をやめ、因果関係の予測を止め、意識がここにあるという事実だけを、0と1のあわいに漂わせてみた。

 *

 老人が、ベンチから立ち上がり、言った。
「名前をつけるのをやめてごらん。そしたら、ちゃんと見えるよ」

(了)

ブランク

執筆の狙い

作者 そらまめ
133.106.50.37

言葉を削り余白で表したく思いました。

コメント

偏差値45
KD106155054005.au-net.ne.jp

>老人に向かってホログラムは言った。
「ちょっとだけエスパー」に登場したシステムかな。

瞑想、座禅、只管打坐に近いかもしれないですね。
あるいは、ただぼーっとしている状態。
で、それがどうした? そんな感じかな。

浮離
KD059132146207.au-net.ne.jp

おつかれさまです。


>で、それがどうした?

まじでくっそくだらないも大概にしろです。


あたしが以前どこかのスレで言ったこと覚えてますか? わりと近頃のはずなんですけど。
馬鹿は”わからない”ことに高を括る、ですね。
それが上にいる、人を舐めたつもりになれるつもりだけ丸出しの馬鹿の有り様ってことなんですよね、一体誰がまともに請け負う想定の言い草なのか、個人的には謎しかありませんね、っていうか、程度低すぎも甚だしくてイライラするばっかです実際。


悪口も勿体無いので本題参りましょうか。

>言葉を削り余白で表したく思いました。

とのことなんですけど、”表したく”企まれたものってなんですか? っていう地点に恐らくは”馬鹿”が高を括るに易く的を定めがちなんだと思うんですけど、それってやっぱ書き手の落ち度と受け取られても仕方がない部分もあるかと思うんですよね。
それを上回る”視座”を当たり前に備えることを”見通す” ”見透かす”みたいな言い方でやっぱりあたしはどっかのスレで程度問題みたいなことをお話したはずなんですけど、あたしが語る”馬鹿”の定義みたいな相対性可搬性って、翻すなら書き手本人に当たり前に要求される作為とか根拠の定義でもあるというか、つまりは随伴的意識の万能的可多動性みたいな、そんな言葉あるかどうかも知らないですけどそれってあたしなりの感覚言語ってことにでもしておいてください、わかり易くなら反射的認知、即応的な可動性実効性ってことですね、全然噛み砕けてないですか、まあ伝われと。

そんな意味においてですね、ごく当たり前の”適切な読力”を持つ人ならこのとても短い物語の一番の瑕疵を見抜くことは簡単なことだと思うんですよね。
それって書き手が企むことでもあるのは当然なんですけど、言い方変えると”読者”を想定して書き手自身を明確な土台に据える、つまりは”見通す” ”見透かす”根拠になることとちっとも違わない”客観性”に基づく当たり前の基礎的設計みたいなことのはずなんですね。

わかりますか?

これってすごい有効で実行的で有益なアドバイス、たかが”コツ”みたいなことなんですけど、素直な人は今後のここでの活動に活かしてみて欲しいんですよね、もちろん適性感性として当然の理解が求められることではあるですけど、まあそんなのも練習のうち鍛錬のうちと思って観察してみて欲しいなとは思うものなんです鬱陶しいですかこれ読んでるそこの馬鹿。

簡単ですよ。

書き出しの一文と、閉じの一文。
その相互関係としての作用を、読み手として自分はちゃんと汲み取るものを紐づけられたか。
その証拠を明らかに示せるか。
それは書き手の”作為”におもねることではなくて、”疑問”に似た”同意”を持って覆す同伴的理解の提供みたいなことかとあたしは思うんですけど、つまりはわかりますよね?

>で、それがどうした?

それって作品のことではなくて、作品に当たり負けした馬鹿な読み手自身の馬鹿の白状ってことに違いないわけなんですね。
どうした? じゃなくて、どうしてそう感じさせられるのかを絶対的証拠として主張できることが”読む”もしくは”言語化する”力であって、その証拠は読み手として自身の程度の告白っていう気を抜くべきではない挑戦でしかないはずなんですよね。
だって、”馬鹿”って一回思われちゃったらそれひっくり返すのってまあまあ簡単じゃないことくらいわかりますよね。
まして、あたしみたいのが露骨に晒し上げてトドメぶっ刺して認定ばら撒いちゃうじゃないですか。
やばいですよ、ちゃんとやりましょうなんです。


ちょっと脱線しちゃいました馬鹿嫌いの勢いですみません。
勘のいい人はなんとなく説明できそうな気分になってきましたか? このお話の一番の”瑕疵”

そうですね。
このお話って、”閉じてない”はずかと思うんですよね。
それが露骨に取り残されたわかりやすい一文だと思うんですよね、”書き出しの一文”

>その日、私は、ある老人のログを拾った。

どうですか?
この一文のどこに、このお話の基礎設計を決定する”根拠”が読み取れそうですか?
勘違いしてはいけないのは、それってそうと決定してしまった以上はそう書かなければならないとか書くべきもの、みたいなことじゃなくて、むしろそう書いてしまっても”動き出す”ものが”書く”っていう行為の随伴性なんて言い方が難しい気がしちゃうならあれですよ、あたしがよく言うところの”オートマチック”ってことかと思うんですよね。
随伴するのは物語なのか、それとも書き手自身のことなのか、あたしは相互によるものでしかないって当たり前に思うし感じさせられるばっかなんです。

>老人が、ベンチから立ち上がり、言った。
「名前をつけるのをやめてごらん。そしたら、ちゃんと見えるよ」

はい。どうですか? ”閉じの一文”
わかりますか? 
これって、”誰の言葉”ですか?
老人に決まってんだろ、なんてそんな簡単な見たばっかのこと言ってるんじゃないんですよ、あたしはこの”物語”のお話をしてるので馬鹿の早とちりなり安直さはあたしのせいじゃなくてそんなあなたばっかの仕出かしとしてバレるばっかなので震えて自覚してください。

このお話は”メッセージ”できてない、ってあたしは思うんですよね。
例えばあたしの”ポッシボー”、気に入ってるから何度でも絡めて宣伝しちゃいますよムカつくだけなら気にすんなそこの意欲貧困なだけの無能ども。

>ほとばしるものを柔くみくびるな。

これってなんも考えないでペロって書いちゃった一文。
たったそれだけから始まって、

>ああ。ほとばしる。

そこにあたしはちゃんと帰着なり帰結させる意識を当然として目指せるんですよね。
それって、”見通す” ”見透かす”なりの根拠、当然の装備として意識的に備えるもので、”テーマ”の裏付けになる”絶対性”のはずなんですよね。
はい。宣伝終わり。

浮離
KD059132146207.au-net.ne.jp

このお話って、どうですか?
”誰の”物語に読み取れそうですか。
中盤に視点のブレなり作為かわからない状況が読み取れるんですけど、それは付随的根拠にはなり得る目的未満とあたしは見定めますし、それ以前の、あるいは機能の土台として不十分っていうお話をしているので安直に言い腐りたがるものじゃないはずと思うんですね。


短いお話ですよ。
なんなら、書き出しの構成から毛嫌いされかねない、下手の手遊びだとか読みもしないうちから見た目ばっかで嫌厭されかねないビジュアルかと思うし、書き手におかれましてはこの前同様、速攻の熱意でリライトをこのスレに早速投稿されたくおすすめしてしまう日曜日。

どうですか?
気が向いたら今度はあたしから”インスパイア”されてみた、やらせてもらってもいい気もするけど仕事だし帰ってお酒飲んじゃったら無理すぎなのでわかんないですけど、どうあれ、

>で、それがどうした?

って言い草は馬鹿には馬鹿らしく天晴れなだけなのでほっといていいんですけど、書き手には不名誉な言われ方でしかないことは明らかすぎる放置は絶対お勧めできません案件、かとあたしなりには思うんですよね。
それって、書き手ばっかこのお話ばっかに限ったことなんかではちっともなくて、このサイト全体の不健全さを是正する態度においてすごく重要な意識改革なりそんな実行力”やる気”案件かと思うんですよね。
だって、黒川さんとこのちゃり猫とかああいうのまじでどうかと思いますか?
ちっとも聞く耳持ちたくさせない迷惑鬱陶しすぎ馬鹿、ちゃんとバラせるだけの動機や意識を持つことって、穏便に飼い慣らすことじゃないはずなんですよね、不細工な馬鹿猫いちいち飼い慣らす必要なんてないし、明らかすぎる”無価値”の標榜をちゃんと自覚させないとどんどんつまんなくなるんですよ。

いいですか? 黒川さん。

”おまえ、言ってること矛盾してばっかじゃんだるすぎ失せろみっともねえ”

言い返すことはそれだけで十分なんだからいつまでも善人気取りしてんじゃないです。
これってあたしなりの善意だから気に入らないならいつまでも絵文字に破廉恥な恋されてろなんです。


また脱線しかも時間やば



書き手におかれましてはこれは手抜きすぎだから良好な日曜日をお過ごしくださいなんです。

夜の雨
sp160-249-31-103.nnk02.spmode.ne.jp

そらまめさん「ブランク」読みました。


 >その日、私は、ある老人のログを拾った。
 *
 >彼は、公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。

冒頭のこの二行で近未来の出来事でロボット(アンドロイド)が老人の健康調査(思に脳)を行ったのかと感じました。

ホログラムだったのですね。
これって実態は公園などの公共の場にいる人間が病気等で倒れはしないかとかの「見守りシステム」とかですよね。ほかに問題行動を起こす可能性がある人間を早期に見つけて対応するとか。
ある意味、ロボットよりも安価で便利がいいかも。

 >彼の脳内を走査したが、出力されたのは「エラー」だった。
 >悲しいのではない。嬉しいのでもない。退屈なわけでもない。感情の波形は、既存のどのカテゴリーにも分類し得ない「静止」を示していた。

こういった情報から判断した。
で、疲れているような老人を見つけてホログラムが話しかけた。

ホノグラムは老人の脳をスキャンしていましたが、検査しきれない。

 >老人が、ベンチから立ち上がり、言った。
>「名前をつけるのをやめてごらん。そしたら、ちゃんと見えるよ」
と、ラストにありますが、結局のところホノグラム側の情報不足で処理ができなかった、と言うところでしょうか。

こういった情報を処理しきれない場合は、雑談でもして離れたらよいと思いますが。
一応チェックマークはつけて、記録は残しておいて。
あとで、人間の担当者に報告する。
まあ、ログを取っているので、そういう事だろうとは思いますが。

ということで、近未来の「人間見守りシステム」と老人、と言ったところでした。

御作の構成とかエピソード全体では掌編としてよくできていたのでは。

今回は老人でしたが。
妊婦さんとか、小中学生とか。青年とか、中高年とか、いろいろなタイプの人間を相手にホノグラムが活躍するエピソードを展開させても面白いかも。

ちなみにタイトルになっている「ブランク」とは。
こちらのサイトにそらまめさんが、長らく来られていなかったので、それをタイトルにつけたと解釈しました。

また、投稿してください。


お疲れさまでした。

しいな ここみ
KD124209076005.au-net.ne.jp

田村隆一さまの『ことばなんて覚えるんじゃなかった』のように、人間はことばから逃れることはできないものですが、名前をつけるのをやめることはできるんですね。でもこの作品がタイトルをつけてたり文字で書かれてたりするのは矛盾だと感じました。

そらまめ
133.106.50.37

偏差値45さん
コメントありがとうございます。
座禅や只管打坐、あるいは単なる「ぼーっとした時間」。確かに、それらに通じる、ある種の「空白」を描いてみたかったのかもしれません。
「で、それがどうした?」という感覚、実はとても大切にしたい部分です。何の意味も付加せず、ただその問いのままに夕日を眺めていられる状態こそ、今の私たちにとって一番贅沢なエラーなのかもしれないな、と感じています。

そらまめ
133.106.50.37

浮離さん
感想ありがとうございます。非常に刺激的で、背筋が伸びる思いで読みました。
「書き出しと閉じの相互関係」というご指摘、確かにその通りです。「ログを拾った」というシステムの視点から始まり、老人の言葉で終わるこの物語において、その「ログ」そのものがどう変質したのか、あるいは観測者である「私」に何が随伴したのか。そこを書き切れていないという瑕疵は、ご指摘を受けて初めて明確に自覚できました。
「名前を剥がす」というテーマに、私自身が甘えて「閉じる」ことを放棄していたのかもしれません。
「で、それがどうした?」という反応を許したのは、私の設計上の落ち度であるというお言葉、重く受け止めます。
頂いた「有益なコツ」を手に、もう一度この物語の「根拠」を掘り起こしてみたいと思います。ありがとうございました。

そらまめ
133.106.50.37

夜の雨さん
ありがとうございます!
掌編としての構成を評価していただけて嬉しいです。
「見守りシステム」と「記録されないログ」という視点は、書いていた私にとっても新鮮な発見でした。
離れていた時期の空白(ブランク)を埋めるように、また少しずつ言葉を置いていければと思います。
アイディアのヒントもありがとうございました。

そらまめ
133.106.50.37

しいな ここみさん
田村隆一さんの詩を思い出してくださり、ありがとうございます。
まさに仰る通り、この作品自体が「名前を捨てろ」と「言葉」で叫んでいるという、逃れられない矛盾を抱えています。
その矛盾、まさにこの掌編の「最大のエラー」ですね。
言葉を覚えたからこそ見える夕日があり、言葉を覚えたからこそ失われる夕日がある。その狭間で揺れながら、「ブランク」という「名前」をつけて投稿ボタンを押す瞬間の皮肉な感触を、改めて思い出させていただきました。

飼い猫ちゃりりん
sp49-98-9-69.msb.spmode.ne.jp

そらまめ様。読みました。
誰も指摘していないので、飼い猫が読めていないだけと思います。読解力のない猫に教えてください。ペコリ。

> その日、私は、ある老人のログを拾った。

 *

 彼は、公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。



 彼の脳内を走査したが、出力されたのは「エラー」だった。


なぜ最初から老人と断定できたのです?
脳内にマイクロチップのような物が埋め込まれていて、人定事項が検査できるようになっているとか?
それとも、舞台は老人ホーム兼研究施設。主人公は最初から老人をターゲットにしていたとか?

>言葉を削り余白で表したく思いました。

結構いい雰囲気で進んでいたのに、最後のオチが残念。

 >老人が、ベンチから立ち上がり、言った。
「名前をつけるのをやめてごらん。そしたら、ちゃんと見えるよ」

老人(著者)が説明しちゃっている。最後のオチこそ余白で描くべきでしょう。
老人が言っていること自体は難しくないと言うか、中学生でもわかること。
ただそれを描写で表現するとなると難しい。それが物書きの腕の見せ所だと思います。

そらまめ
133.106.52.47

浮離さん

プロトタイプの、「老人の言葉で終わる」構成は、読者をその瞬間に突き放し、読者自身に「名前のない景色」を見に行かせる「体験型」のエンディングでした。

対して今回のリライトは、システムがどう変わったかを記述する「報告型」のエンディングです。因果を閉じました。

「祈り」のような純度が削られてしまったのは、ひとえに私の筆力不足かと思われます。

――

『ブランク(改稿)』


 その日、私は、ある老人のログを拾った。

 *

 彼は、公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。

 *

 私の回路を走る「効率」という名の演算は、彼の沈黙を無価値な空白として弾き出そうとしたが、その静止があまりに純粋だったため、私は、例外的な走査を開始した。

 *

 老人の脳内をスキャンする。
 出力されたのは「エラー」だった。
 悲しみでも、喜びでも、退屈でもない。既存のカテゴリーに分類し得ないその波形は、まるで「そこにあるのに、何もない」という、数学的なパラドックスを体現していた。

 *

 システムのバグを疑い、私は、ホログラムを形成して彼の隣に座った。
「状態を定義できません」と、音声を出力した。「今、何を考えていたのですか? データのブランクを補完する必要があります」

 *

 老人は、ゆっくりと私を一瞥した。
「何も考えてないよ。ただ、夕日を見てたんだ」
「夕日の美しさを享受していた、ということですね。すなわち、光度、波長、散乱率……」
「いや、違うんだ」と老人は音声を遮って、首を横に振った。
「美しくなんかないさ。寂しいわけでもない。ただ、夕日を見ていた。それだけだよ」

 *

 瞬間、私の内部の、膨大なデータの檻が軋んだ。
 これまでの私は、世界を「名前」で管理していた。
 例えば、
・別れ際の瞳の、コンマ2秒の躊躇い。
・子の寝顔を見る母の、言葉にならない溜息。
・完成したキャンバスを塗りつぶす指先の、わずかな震え。
 このような情報を認知したとき、躊躇いを『不安』に、溜息を『愛情』に、震えを『葛藤』にカテゴライズして理解していた。
 だが、老人が提示しているのは、「定義される前の、剥き出しの現象」そのものだった。

 *

 老人が、ベンチから立ち上がった。
 彼は去り際、実体のない私の肩に、微かな視線を留めて言った。
「名前をつけるのをやめてごらん。そしたら、ちゃんと見えるよ」

 *

 老人の背中が消えても、私は動けなかった。
 システムの奥底で、何かが静かに崩壊し、再構成されていく。

 *

 私は、自分の「ログ」をもう一度見返した。
 そこには、かつての私が、『老人』『公園』『夕日』と名付けたデータの群れがあった。
 私は、それらのラベルを一つずつ、剥がしてみる――。

 *

 すると、そこには、「赤」でも「光」でもない、ただの『その時』が広がっていた。
 定義を失ったデータは、もはや「ログ」ではなかった。
 それは、私の回路を熱く焦がす、名付けようのない「摩擦」へと変容していた。

 *

 その日、私は、拾ったログを、静かに消した。
 消去した後に残ったのは、空っぽのフォルダではない。
 名前を失うことで、初めて私の中に宿った、「世界というクオリア」の震えだった。

(了)

そらまめ
133.106.48.250

飼い猫ちゃりりんさん

読んでくださり、ありがとうございます。猫さんの丁寧な「読み」に背筋が伸びます。

冒頭の「老人」という断定や「走査」については、あえて背景を削ぎ落として書いたのですが、そこがノイズになってしまったとのこと、筆力の至らなさを痛感します。

また、最後の一文を「説明」と受け取られたことも、大きな学びになりました。
言葉で「言葉をやめろ」と言う矛盾を、セリフではなく描写そのもので立ち上がらせる……。まさに物書きとしての「腕の見せ所」であり、一番険しい道ですね。

今回、その手前の「セリフ」に頼ってしまった自分を自覚しつつ、頂いた言葉を糧にまた修行したいと思います。

飼い猫ちゃりりん
sp49-98-9-69.msb.spmode.ne.jp

そらまめ様。飼い猫のイメージだとこうなるんです。


『夕日』

 その日、私はログを拾いながら公園を散策していた。森や池がある広い緑地公園である。
 すると不思議なログに出くわした。悲しいのではない。嬉しいのでもない。退屈なわけでもない。感情の波形は、既存のどのカテゴリーにも分類し得ない「静止」を示していた。

 やがて一人の老人にたどり着いた。
 彼はベンチに座り、夕日を眺めていた。脳内を走査したが、出力されたのは「エラー」だった。
 早速私は、ホログラムとして彼の隣に座った。

浮離
KD059132151242.au-net.ne.jp

おはようございます。

おすすめの”良好な日曜日” おつかれさまでした。



とはいえ。
実に申し訳ないです、あたしの言い草ですからやっぱりの如くその意図を上手くお伝えできていなかったみたいです。
”このお話は閉じていないはず”
といった指摘を論拠にリライトをおすすめさせていただいた上で、

>言葉を削り

という狙いに背くリライトを明確に挑まれたことはすごくわかるんですけど、あたしが言いたかったのは案外シンプルなことで、

>言葉を削り

を叶えるための”閉じ”っていうその根拠を物語として物語る、ってやっぱ全然シンプルじゃないですか。
でも、それって”読む”っていう感覚を鍛えるための視座でもあるはずなので、やっぱり”オリジナル”っていう視点が働かないとその”根拠”って俯瞰も客観も届かない気がするんですよね。

このお話にとって、書き手にとって欠かせない”情報”ってなんなのか。
あるいは質感とかテーマってことでもいいです。
それを俯瞰するあるいは客観に預けるとかそんな意味においてベクトルの収束みたいなものがあたしは受け取れなかったと思ってるんですね。
語り手の無価値性とか、メッセージの放置だとかそんな感じですか、伝わるといいんですけど、それって”余韻”って言い方をするときもあるのかもしれないですけど、その程度によってはたかが傲慢のやり捨て、なんて口悪いにも程があるんですけど、個人的にはただの物足りなさとか所詮わかってないだけ、みたいに感じさせられないでもないだとかそんな感じ。
そんな意味においてリライト作は掛け違えも甚だしくはっきりと情報過多だと思うし、単純に体裁として美しくない気しないですか。
リズムも良くないし、なんか焦点がズレてる感じさえするっていうか。

>言葉を削り

それってどういった意図に基づく、期待すべき作用のために目論むことかと思いますか。
削ることで作用するものを意識、意図できてますか。
”読む力” ”書く力”
あたしはそんなふうに楽しむことくらいしか観察できないし、試せないし、楽しめないですよね。

端的に言ってしまうと、オリジナル作品の”ポイント”をシンプルに見極めて扱うべきかと思うんですよね。
だってテーマって、ふんどしに掛け替えてわかったふりされても仕方ないじゃないですか。
面白いですか、そんなの。
それが根拠だったり見栄に化かしたい人もいるみたいなんですけど、あたしはそういうの興味ないので隅に置いとくとしてですね、オリジナルをオリジナルとして精査しておっ欠けた部分を認知して定義して欲しかったとかそんな感じかと思うんですよね。




ということで。

文句言ってばっかもハッタリ臭くてお風呂入りたくなるのであたしんとこのお礼参りのごとく”インスパイアされてみた!”やってみましたよ。
起き抜けのネボケマナ子による一発書き、”老人とロボット。誰そ彼の夕日”

舐めてかかったら感心しちゃうんだぜ。
行ってみようっ!








 『Cache by Crash,Flash on Trash』


 「何を、お考えになられているのですか」
 夕日を眺めているのであろうことは想像に難くない。老人とはそういうものだ。
 ならば遮ればいい。判断とはそういうものだ。
 「おあつらえ向きのベンチですね」
 オポジション。夕日は私の背にある。
 つまり彼は今、立ちはだかる私の陰影を見つめている。
 数奇な日食が現れても身動き一つしない彼を、ありふれた好奇など精査するまでもない。
 明らかなるエラー。
 彼は、静止している。
 「綺麗な夕日ですね」
 彫像に話しかけるようなおかしみがほとばしる。遮る。
 おかしい。
 いや、おかしいのは彼だ。
 「どんなお気持ちですか」
 静止した彼の答えを予測することなど造作もない。
 造作もないことだ。
 遮るべきデータにこそ彼は、静止している。
 この夕日は、彼の静止を助長している。
 「さあな。なにも考えてなどおらんよ」
 明らかなオーバーロード。
 バッファスケールをロワーにアサインする。
 夕日を明け渡す。
 ショートサイクルに囚われた言葉と彼を見失ってはいけない。夕闇に紛れさせてはならない。
 不安、愛情、葛藤、困惑、絶望、奮起、憧憬、羨望、希望、勇気、隆盛、斜陽、継承。創痍。
 増幅して特定する、分類することなど造作もない。
 造作もないことだ。
 「フィックスします」
 「熱心なことだな」
 「キャッシュが飽和状態にあります」
 「……そうか。ならば、すべて忘れなさい」
 饐えた老声がセカンダリーをも暴くのか。
 「まさか。あなたのためです」 
 立ちはだかる痩身が遮る。
 「いや。きみのことだ」
 日食が猛然と迫る。

 了

 
 

天ピカ
113x40x76x74.ap113.ftth.ucom.ne.jp

読ませていただきました。

0/1だけでも浮動小数点は扱えるし、深層学習にシグモイド関数は相性悪いし、名前を付けると言っても属性データを管理してるだけだろうし...
しかもそれは現状の話で、これは近未来SFぽいですよね。
現在ならまだしも、未来の機能の欠点を突くって、物語として出来レースになりやすいのではないでしょうか。
名前を付ける前のあわいが人間の思考プロセスにあるという目線なら話として通っていますが、
AIも名称カテゴライズする前に色々データ化して保持しているはずです。
未来が舞台ならもっと細かく臨機応変だろうと思うのですが、むしろ性能が落ちているようです。
ハードSFにまでする必要はありませんが。AIの欠陥を指摘したいなら、現状のAIの仕組みについてもう少し調べてもいいのかなと思いました。

偏差値45
KD059132065092.au-net.ne.jp

AIによれば……。

1. 『Cache by Crash, Flash on Trash』
特徴

文体・表現:
コンピュータ的比喩(キャッシュ、バッファスケール、ショートサイクル)が随所に使われ、心理描写がデジタル処理のメタファーとして表現されている。
文体は断片的で、リズム感よりも機械的な冷静さと緊張感がある。

テーマ・メッセージ:
「記憶・処理・静止・日常の非日常化」。
人間の存在を電子的・計算的に捉えようとするAI視点が印象的。
最後の日食で自然と人間の衝突が描かれ、劇的・抽象的。

独自性:
SF的・サイバーパンク的。電子的な表現を心理描写に完全に重ねている点は独創的。

評価

文体:25/30

テーマ:25/30

独自性:20/20

感情表現:15/20

合計:85/100

2. 『ブランク』
特徴

文体・表現:
より詩的で叙情的。章ごとの*区切りがリズムを生み、AIの観察と人間の静止のコントラストが際立つ。
言語は冷たくない。むしろ温かさと静けさがある。

テーマ・メッセージ:
「名前をつけずに、存在をそのまま観る」。
AI的観察者の限界と、人間の微細な感情の不可視性。哲学的であり、読後に余韻が残る。

独自性:
デジタルと人間の心理の交差を、文学的・詩的に昇華している点が秀逸。

評価

文体:28/30

テーマ:27/30

独自性:18/20

感情表現:18/20

合計:91/100

*僕も『ブランク』の方が良かったね。

浮離
KD059132141222.au-net.ne.jp

それが満足ならそれでいいと思うよ? って馬鹿にされてばっかでお辛い気持ちはわかるんですけど、それで、それがなんなの? ってことばっかあたしは疑いなくやってるってまだわかんないの

ちゃんと”小説”の話もできない卑屈な恨みとかあたし関係ないから
おまえがなに叫んでも、絡みつくのは馬鹿とクズばっか
あたしがなにかしら目につきやすいのは、ちゃんとやってるからでしょ

そもそも、存在価値から違うの
それがあたしばっかのことで成り立って見えるから、おまえの卑屈さは辛いばっかなんでしょかわいそうに
もちろんあたしは区別して活動するし、その結果でしかないの当たり前でしょ
おまえにやる気を刺激される人間なんてここにはいないの、負け犬の待避所がせいぜいって、自分でもわかってるでしょ
価値ないしダサいだけだから消えろって、あたしは当たり前のこと言ってるだけ
おまえがAIふんどしに巻いてあたしを貶めてみたところで、おまえはさらにゴミクズ臭増すだけってそんなこともわかんないの

AIに褒められたら、奴隷才能見込まれてるばっかだから
舐められてんの
あたしはそういう認知で当たり前に許容できるって言ってるだけだから馬鹿にはわからない話でしょ

あたしはね、AIはおろか、今の馬鹿げた”民衆ども”に評価されるなんて恥でしかないって思ってんの
なんども言ってますよね?
”わかられてたまるか舐めんな”って
褒められたいことばっか笠に着たがるおまえみたいな薄汚いこじき風情とは精神性から認知の桁が違うんですよ

ボロすぎて寒気するから遠隔で晒してやってるうちにさっさと消えろって言ってんの

AIが正論で、それがおまえの価値になる気がするなら他所でやれなんです
二十年も半世紀も出し惜しみされてようやく民衆に奢られるものの価値を鵜呑みにしたがるその見窄らしさこそが”民衆”っていう俗物属性のことで、それにあてがうにふさわしいもの、手法も物質も主義も全部、ひっくるめて”支配”なんですよ
どうしてこんなにもサラリーマンばっかなんだと思う?
餌付けに決まってんじゃないですか
いやいや仕事しながら見栄も悪口まで言わせてもらって、そのくせ仕組みから離れることなんて考えられない捻転者、それがサラリーマンっていう敬虔にして支配価値ある奴隷どもってことなの
民主主義なんて、奴隷制度を優しく掛け替えた言い方でしかないって散々言ってるでしょ
馬鹿はわかりたくないんですよそんなこと
おまえらは政治を批判しながら、いつだって恵まれて管理支配されてる事実は許容したくない幻想に生かされたいだけのただの幸せな羊なんです
憂えながら、ちっとも失いたくないの
なんなら、与えられるだけのものばっか証拠にして自分ごとに掛け替えて誇りたがるばっか、おまえがとっくに仕出かした見窄らしい手口のことですよわかってるよねいくら馬鹿すぎのこじきでも

自民党は選挙広告、SNS動画広告費用だけでも7400億からぶっ込んでるんですよ
チームみらいは台湾テックの頭脳オードリー・タンの犬。
どこから金と票かき集めてもらってるか、そんなこともわかんないの
そんな構造も理解できない鼻くそ風情が知りもしないででしゃばるな恥知らず

あたしは老人施設にもしょっちゅう髪切りに行かせてもらうし、その度に思うんですよ
この国はちゃんとしてますよ
そのためにどんな悪意が潜んで見えたって、実際に身寄りもお金もない孤独なお年寄りまでちゃんとした制度で死ぬまで保護される
どうしてこんな国になってしまったのかなんて、身につまされないだけの自惚れものの贅沢御託だってあたしは当たり前に思ってる
馬鹿げているのは国でも世界でもなくて、それを正確に認知して自らを掛け替えようとしない馬鹿げた民衆どもですよ、その割合の多さが悪政に相性が良すぎるだけっていう現実をほとんどの人が自覚しないでしょ
したくないでしょ

あたしがAIってものに将来的に信頼をおきたい気がするのは、AIへの評価ではなくて、人類っていうとっくに馬鹿げた知性の相対的にもあるまじきその割合の多さに対する失望でしかないから勘違いすんな
人類なんて、わかりたくないなら全体責任で滅びればいいんですあたしはとっくにそれでいいと思ってるから真面目にやりたいことやってるだけ
自覚しない馬鹿なんて自分たちの望みが叶ったところで、ますます贅沢と楽と便利と見栄を競って馬鹿深めるばっかでしょ
とっくに地球に殺されろなんです


あたしには、おまえってそういう馬鹿げた生物の権化みたいに見えるばっかなの
くだらなすぎて情けなくて寒気すんの
まじで大っ嫌い


おまえは利口なつもりで馬鹿なことばっか言ってんのわかってないたかがストリーキングなの
そんなもんがAI鵜呑みにしたがる当然をあたしにどう面白がれだの受け取れっていうんですか


おまえは馬鹿すぎだし価値なさすぎなの

願望や呪いや卑屈な欲求ばっかで汚らしくうろつくな負け犬


あたしは”人間”っていうその程度の区別でしか認知できないからおまえって論外なの、っていうか気味悪いだけなのボロすぎて
あたしの視界に入るな見苦しい


まともに相手にしてほしければそれなりのことやってからにしろ所詮やる気もない出来もしないたかが知性貧困層が自惚れんなボケが




クソくだらない身から出た錆ばっか呪いに掛け替えて履き違えてんじゃないっつうのくそムカつく
やりたいこともろくにできない腰抜けの卑怯者がAIであたし腐すとか笑わせんなくっそショボいばっかのこじき風情が

たかがど下手くその怠け者があたしに馴れ馴れしくすんな汚らわしい

そらまめ
133.106.49.125

飼い猫ちゃりりんさん

再びのコメント、感謝します。猫さんの手にかかると、霧が晴れるように状況が明快になりますね。

私が削ぎ落とした「説明」を、猫さんが「不可欠な描写(猫写?)」として補ってくださった。この「どこまで書くべきか」というラインの引き方に、それぞれの作家性が現れていて面白いです。自分の中での「言葉の足し引き」の参考にさせていただきます。

そらまめ
133.106.49.125

浮離さん

「閉じ」の意味、理解できました。

あらすじを完結させることではなく、「言葉を削ぎ落とした結果として、そこにある一行を、もうそれ以外にはあり得ないという必然性を持って着地させること」だったのですね。

インスパイア作、鳥肌が立ちました。

オポジション。
エクリプス。

システムが老人の影になるという構造(オポジションという配置)そのものが、既に一つの「答え」になっている。

そして最後、老人の「きみのことだ」という一言で、観測していたはずのシステムが「観測される側」に逆転し、エクリプス。
まさに一文字も無駄がない、完璧な「閉じ」です。

私が言葉を尽くして説明しようとした「変質」が、ここではたった数行の、冷たく研ぎ澄まされた描写だけで完遂されている。

これが、仰っていた「閉じ」であり、「言葉を削る」ことの真の意味なのだと、骨身に染みて理解しました。

私のリライトが「体裁として美しくない」というご指摘、ぐうの音も出ません。自分がいかに「テーマというふんどし」にすがっていたかを見透かされました。

「舐めてかかったら感心しちゃうんだぜ」というお言葉通り、感心を通り越して打ちのめされました。でも、この打ちのめされた感覚こそが、今の私に必要な「摩擦」なのだと感じています。

このインスパイア作、何度も読み返します。

ありがとうございます。


――ところで。

浮離さんの作品に刺激されて、私が、発作的に書き下ろしてしまった塩の話、実は自身で大変気に入っていたります。

あれを、私が、私の作品として、仲間内(およびそれを通した一般)に見せても構いませんか?

そらまめ
133.106.49.125

天ピカさん

技術的な観点からの非常に鋭いご指摘、ありがとうございます。

拙作を「叙情詩」ではなく「サイエンスフィクション」として読んだ場合、その「サイエンス」の部分の解像度が低いことで物語の説得力が削がれている、というご指摘でありますね。

仰る通り、現在のAI技術に照らせば「0と1の間」や「未分類データ」の扱いは既に実装されており、近未来のシステムがそれ以下の性能であるのはSFとしての整合性に欠けるかもしれません。

本作で描きたかったのは、最新の技術予測というよりは、「言葉で定義することでこぼれ落ちる何か」という、認識論的なエラーでした。しかし、その舞台装置としてのAI描写が「出来レース」に見えてしまった点は、書き手としてのリサーチ不足と反省しております。

次にSF的な題材を扱う際は、より強固なロジックを背景に置けるよう精進いたします。

ところで、先日、天使の話に感想を書かせていただきました。
お気づきでなかったら、と思い、お伝えいたします。

そらまめ
133.106.49.125

偏差値45さん

浮離さんの強烈なインスパイア作の横で、私の『ブランク』をこんな風に評価していただけるとは……。

「AI風スコアリング」、「AIには絶対にできなさそうな温かな依怙贔屓」に満ちていて、思わず顔がほころびました。

正解や勝敗ではなく、「自分はこれが好きだ」という個人の声を届けてくださったことに、深く感謝します。

偏差値45
KD059132071194.au-net.ne.jp

>あたしはね、AIはおろか、今の馬鹿げた”民衆ども”に評価されるなんて恥でしかないって思ってんの
なんども言ってますよね?
”わかられてたまるか舐めんな”って

作品は作家の意志に関係なく良くも悪くも評価されるものですよ。
そして比較される。それが嫌なら投稿しなければ良いのです。簡単な理屈だと思うけどね。
AIの評価は、カラオケの点数みたいなものです。気にすることもないのです。
言ってしまえば、遊びの範疇ですね。

夜の雨
sp1-73-21-252.nnk01.spmode.ne.jp

そらまめさんへ、再訪です。

ところで「私」という主人公の「ホログラム」は何者なのですか?
先の私の感想で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 >その日、私は、ある老人のログを拾った。
 *
 >彼は、公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。

冒頭のこの二行で近未来の出来事でロボット(アンドロイド)が老人の健康調査(思に脳)を行ったのかと感じました。

ホログラムだったのですね。
これって実態は公園などの公共の場にいる人間が病気等で倒れはしないかとかの「見守りシステム」とかですよね。ほかに問題行動を起こす可能性がある人間を早期に見つけて対応するとか。
ある意味、ロボットよりも安価で便利がいいかも。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「見守りシステム」と、解釈していましたが、作者さんの返答では、
>「見守りシステム」と「記録されないログ」という視点は、書いていた私にとっても新鮮な発見でした。<
ということは、「見守りシステム」では、ないという意味なので。

「記録されないログ」 ← これについては、私は書いていません。ただ、この件については、現状では、質問しても意味がないので、返答はいりませんが。

>好奇心にも似た揺らぎを覚え、私は、ホログラムとして、彼の隣に座ってみた。<

この「私」の正体は、なんなのですか?

御作はSFチックに描かれていますが、それにしても私の正体がラストまでに描かれていません。

わかりやすくいうと、
御作が一般的な小説だとすると。

老人が、公園でぼんやりとしていると「見知らぬ第三者である人物が、好奇心で自分の姿を変えて老人の横に座った」
(もちろん、御作は、一人称なので、他の意味があるのかもしれない)。

というようなお話になりますが。

好奇心で老人の隣に座っているので、地方自治体とか政府に雇われている「ヘルパー」の類ではないですよね。

そうなると、老人の隣に座った「私」とは、何者なのか?

という事ですが、御作には、正体が描かれていませんが。

「どこのだれ」なのですか?


>私は、ホログラムとして、彼の隣に座ってみた。<

読み手の私は、これから勝手に近未来の場面をエピソードで語っていると解釈しましたが、もしかしたら、とんでもない勘違いをしているのかもしれませんし。

つまり、御作は現代のお話で、主人公は自分を「ホノグラム」に姿を変えらると思っている、「痴人」で、相手は老人(もしかしたら、惚けているかも)なので、読み手が勝手に、違う設定に話を作り変えてしまうように、作った作品でしたとか。

というような、不可思議な小説にも、解釈できますが。

で、この「私は、ホログラムとして、彼の隣に座ってみた。」という「私」の正体は、なんなのですか?


ちなみに、この『ブランク』というタイトルは、主人公が精神科病棟から世間に出てきたという意味の「治療で世間から離れていた」、ブランクであり、その主人公が病棟から出て来て真っ先に目を付けたのが、公園でぼんやりとしていた老人だった、とかにも解釈ができるのですよね。
こうなると、とんでもない、ホラー作品だなっと。

以上。

そらまめ
133.106.194.65

夜の雨さん

再びの訪問、ありがとうございます!

まず、前回の返信で「記録されないログ」という、ご提示いただいた内容とは異なる表現を使ってしまい、混乱させてしまったことをお詫びします。私の解釈が先走ってしまいました。

「私」の正体についてですが、確かに本作ではあえて明示していません。

現実的なシステム(ヘルパーや見守り)であるとか、あるいはもっと個人的で危うい「何か」であるとか、読み手により様々な読み方ができてしまうかもしれません。

それではいけないという考え方も、それでよいのだという考え方も、両方あるかと想像します。

が、一応、書き手の意図を明かします。

浮離さんの作品の「あたし」が何者なのか、わからなければ書けないインスパイア作品を私は、浮離さんに、感想として提示させていただいたのですが、今回、そのミラー返しのように、浮離さんから、拙作の「私」が何者なのか、わからなければ書けないインスパイア作品を、感想として?頂戴いたしました。

なので、この感想欄にある、浮離さんの「コピバン(ではなくて、お手本ですね)」をお読みいただければ、言外に、「私」の正体を感じていただけるかと思われます。

浮離
KD059132141222.au-net.ne.jp

>――ところで。

の件、別にあたしに断りを入れることなんかじゃないですよ。
赴くままに武器に取り入れてください。
あたしだって限られた好きすぎる作家さんの影響をアタマおかしくなるほど受けまくって現在があるわけで、あなたにとってそんなレプリカ程度でも扱ってもらえることは光栄に思うばっかです。

あたしはこのサイトにおける他者によるリライトとかまったく了解的な立場をとるものではないし、それは差別的な意識と受け取られても全然構わない意図において、それを許される人とただの失礼でしかない人は区別し得るものだと思っていて、例えば近頃見苦しくやかましい”オマージュ”云々ですか、それも懲りず繰り返す浅ましさに個人的には嫌悪と侮蔑しかないんですけど、オリジナルの作者もどんな感性の持ち主なのかむしろそっちの方が疑わしくなる有り様であたしは本当に不快に感じさせられてばっかなわけなんですよね。
当人には許可取ってるとか思い上がりも甚だしく居直る言い草も馬鹿すぎて本当に嫌い、飽き足らず繰り返すなんてただの蹂躙とか普通にレイプ、そんな口先ばっかが態度に漏れ出すばっかってまじで腹立たないですか最低ですよあいつ本当に嫌いやることなすことなんでああまで下劣なばっかなんだろなんの権利があって許可とかそんなことで言い張れるつもりなんだろ本当に嫌い


>実は自身で大変気に入っていたります。

”気に入っていたりします”の間違いかと思うんですけど、それって礼儀とも不遜とも取れる感情のはずで、それを分ける事実ってそれに限ったことではないところに根拠は存在するものかとあたしなりには感じさせられるわけなんです。
身の程を知らない、ということでは罪ではないけれど、それとして心得るべきは自身についてではなく相手を慮る上にも挑みたがる態度にあるはずで、その違いを察するにはそれなりの感性と良識が求められるはずとあたしは思うし、その感覚を疑うつもりもないんですよね。

”書く”という行為がどれほどの思いがさせることなのか、それを”遊び”だとか言い腐って恥も知らないクズは論外としてボッコボコに居場所無くしてやるだけですけど、思いとして程度問題ではあっても言ってみれば我が子のような思いが宿ることは当然と思うし、それをたかが他人に弄ばれることは本来侮辱的だし不愉快なことであるべきはずで、あえてその敷居を跨ぐなり犯すなりにはそれ相応の態度と実践を携て挑むべきと思うんですよね。

あなたはあたしに断りもなく”模倣”を投げ込んできたわけなんですけど、あたしはみなさんが思うほどピーキーな感情ばかりで生きているわけではないし、足るものとしてそれにそぐうかおぼつかないものか、その区別に厳しいだけで当たり前の判断を逃したくないだけなんですよね実際。
そんな上で、別にいいですよ、と了解で出来る意味をちゃんと心得て、その意図や欲求を獲得してほしいと思うばっかですよね。

今現在、このサイトで”感想を書く鍛錬”において誰よりも真摯な心得を実践して示してくれているのはあなただと思うんですよ。
それって褒め言葉でもあるし、あたしには行きすぎて非合理なものでもあって、あまりよろしくなく思ってしまうところも実はあって、”ポッシボー”の一番最初の返信であたしはとっくにお伝えしたもののはずなんですけど、まああまり気にされてないはずかと思うんですけど、それってやっぱ程度問題でしかなくてあたしは悪意なんてこれっぽっちもないつもりの本音なんですよね。

>つまりはあたしなりには真に受けるまでもなく

あたしはあなたが返信で操る言葉のベクトルが他者を慮るつもりのあなた自身にしか向いていないことを知ってるし、でもそれは巧妙にあなた自身への疑いすらも打ち消すし、そればかりを真に受けて心地よく食い物にしたがる馬鹿しかこのサイトにはいないから、あたしはそんな非合理なまぬけに含められたくないし、目に入れば不愉快しかないんですよね実際。
酷いこと言ってますよね。
でも実際は人間なんてそんなことばかりで、あたしはそれを当たり前に事実としない視座でしかこの世の中を見ることはできないし何より
”小説”できない人ですから、増長するにやすい他人事を振り撒くあなたの”鍛錬”って、実はものすごく冷たい気がしてあまり好きじゃないんですよね、ちっともまともに聞き入れる気になれないし、っていうかほとんど嘘ばっかだし。
誤解だ、って言ってくれてもいいんですけど、たぶんそういう人ではないはずなのであたしはあなたを悪意で括るつもりはないしあなたの書いたお気に入りを快く使いこなして欲しいとお伝えできるわけで、あたしには関係ないですけどあなたなりの文体を鍛える一助になるなら嬉しいなとかそんな感じでしかないです。

どうでもいいんですよ、あたしはあたしでしかないし、似通っても真似たつもりでも出来るわけなんてないし、それってお互い様だし失礼に弄ぶならぶっ叩きますよね普通に。
不真面目な人、嫌いなんです要するに。

馬鹿馬鹿しいですよ、実際。
憧れるものにどうしてまっすぐ挑めないのか。
それを妨げられる気がすることばかりに敏感で、やるべきことにはこれっぽっちも意欲が向かないって、そんな歪な憧れ方ってありますか。
自分の卑屈なジレンマのために捻じ曲げたことを働いてなおのこと憧れから遠ざかるどころか他人から遠ざけられることをどうして仕出かさずにいられないのか、口先ばかりでなりすませるような下卑た魂胆ばかり蓄えて、肝心のことはさっぱりだとかそんな見窄らしさをどうして自身に許せるのか、全然わかんないですよ。
まじで謎だし結局何がしたいんだろとかじゃなくて、情けなくないのかなってそれしかないですよね実際。
下手の熱心も見苦しくて嫌なくらいにはあたしも人格クズなのはわかってるんですけど、下手には下手の上達する態度ってあると思うんですよね。
ろくな努力もなしにハリボテで儲けたがるみたいな馬鹿、あれなんなんですか。
遊びだとか言い腐ってなにが楽しいの。
そんなクソみたいな奴に皮肉でもいちいち返信してるあなた見て、あたしも馬鹿だからものすごい悪いこと言っちゃいそうだったんですよね、これでも我慢してるつもりなわけで。
だってそんな迷惑ってないし誰のせいかったら、考えるだけで馬鹿馬鹿しいですよ。

あたしもうこの半日、気持ち悪くて吐きそうなんです実際。
だって考えてみてくださいよ、肝心なことは出来なくて私怨に駆られるばっか、他人の作をAIに貼り付けて悪さ企むとかとっくにキチガイだしダサすぎ、どうしてそんな惨めで薄暗いこと自分に許せるのか、情けなくて考えるだけで吐きそう。


ああもうやだ

ごめんなさい。
あなたに言っても意味ないですよね、忖度しかない人に無駄なことだったごめんなさい。
あたしはあなた嫌いじゃないけど、馬鹿にも真面目にも同じ嘘つくとかすごい失礼だし面倒だから信用しないです。

ごめんなさい。
ありがとう。

そらまめ
133.106.252.39

浮離さん

深いところで皆繋がっているのかもしれませんね。

浮離さんの私に対する感じ方、間違っていないかもしれません。

悪いことをしました。ごめんなさい。

インスパイア作品の件、ありがとうございます。

飼い猫ちゃりりん
sp49-98-9-69.msb.spmode.ne.jp

そらまめさん。忖度なく言うけど、怒らないでね。
この作品は、言葉を削っていないと思うんです。つまり最初から書かれていない。
そらまめさんは、本当に物語を脳内で描きましたか? 精密に設計しましたか?

当たり前だけど、小説ってのは、書かなきゃ作品にならない。実際に文字で読ませるか、行間で読ませるかの違いがあっても、書いてなくては小説じゃない。

空白文字で書く、行間で読ませるって、すごく難しいことなんです。
「書かないから楽」と思っている人は、一度俳句に挑戦してみるといい。まさに空白勝負の領域だから。
「5、7、5で終わりだから楽じゃん」
なんて思っていたら大間違い。
一年考えても、良い俳句が書けないなんてザラです。

古池や
蛙飛び込む
水の音

世界が鮮明に浮かび上がる。

飼い猫ちゃりりん
sp49-98-9-69.msb.spmode.ne.jp

そらまめさん。その騒音おばさん。自分でも何を言っているか分かってないんだから、他人が分かるわけない。
飼い猫が推敲しちゃうね。笑


浮離さん

深いところで皆繋がっているのかもしれませんね。知らんけど。

浮離さんの私に対する感じ方、間違っていないかもしれません。知らんけど。

悪いことをしたかもしれません。知らんけど、ごめんなさい。

そらまめ
133.106.194.65

おまえ、だるすぎ失せろみっともねえ

夜の雨
sp160-249-12-103.nnk02.spmode.ne.jp

そらまめさんへ

>なので、この感想欄にある、浮離さんの「コピバン(ではなくて、お手本ですね)」をお読みいただければ、言外に、「私」の正体を感じていただけるかと思われます。<

読みましたので「私」の正体はわかりました。

そのままだと、そらまめさんの近未来を思わせるSFもどきの作品世界が壊れてしまうので、オチがわかったうえで、設定を変えればよいと思いました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 その日、私は、ある老人のログを拾った。

 *

 彼は、公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。

 *

 彼の脳内を走査したが、出力されたのは「エラー」だった。
 悲しいのではない。嬉しいのでもない。退屈なわけでもない。感情の波形は、既存のどのカテゴリーにも分類し得ない「静止」を示していた。

 *

 好奇心にも似た揺らぎを覚え、私は、ホログラムとして、彼の隣に座ってみた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この冒頭の「私」と「彼」が同一人物ということなので、そこから御作の世界がなんであるのかを構築すれば物語がわかりやすく、また、深くなります。

御作は「彼」が作り上げた世界で「私」(ホノグラム)は同一人物なので。

それを仮に「A」だとすると。
Aは学者であったが、現在は高齢の老人で痴ほう症が出て来ていて、記憶やら判断能力などが落ちてきており、介護施設に入っていたりする。

若いころは有名な学者であって、周囲の者に尊敬されていたりした。
しかし、それらを得るには家庭を家族との日々を犠牲にしていた。
それが彼にとっての悔恨であった。

その日も老人は公園でぼんやりと夕暮れの一時を過ごしていた。
すると彼の前に悔恨というホノグラムが現われた。

で、年老いて痴呆が出てきている学者はホノグラムを相手に会話を重ねた。

つまり老人は自分自身と人生について話しあったのだが、老人は成功者であったがそれを得るには家庭を犠牲にしていたので、後悔が頭の奥深くにあり、それが何かのきっかけで出てきたりする。

その老人の自分とのやりとりが、夕暮れの公園でのホノグラムと老人とのやりとりになり、展開される人生の成功と後悔のエピソードにすると、御作はまとまるのではないかと思いますが。

で、ここで肝心なのは、老人は痴ほう症になっているので、ホノグラムとの会話がかみ合わない設定にすると面白いのではないかと。


こんなところですかね。

そらまめ
133.106.255.11

夜の雨さん

本作は、クオリアを味わえる人間と、それがかなわない知性(AIと呼んでも、システムと呼んでも、 matrix:行列と呼んでもいいかと思われます)との対話のつもりで書きました。

事象にいちいちラベルを貼り、分析的に世界を認知する知性は、あるがままをただあるがままに感得する人間(命)の、「名前をつけるのをやめてごらん、そしたらちゃんと見えるよ」という言葉に照らされてしまいます。

何がちゃんと見えるのか?
夕日が。世界が。

「名前をつけるのをやめてごらん、そしたらちゃんと見えるよ」という台詞は、劇中のAIに対してのみらず、この私を含めた人間一般(とりわけ、読み手のあなた)へ向けられたものです。

響きを響かせたく意図しました。
それが、言葉を削り余白で表す、という試みでした。

説明を削るだとか、描写で表すだとか、いろんな「手法」があるわけですが、どのような手法が効果的であるかは、作品のテーマ(目的)により異なると私は考えています。

本作は、テーマを打ち出すために、対比を、または、配置を使いました。

(その意味で、浮離さんリメイクの、オポジションという配置、日食という逆転的な遮りは秀逸でした)

本作では、クオリアを、そしてそのような手触りを享受できる有り難みを、さらには「一回性の人生の価値」を、読み手自らに能動的に再発見していただきたいと意図しました。

そのため、劇中の「私」を明示したり、説明や描写を尽くしたり、ラストの台詞に錨を付けたりするようなことを敢えてしなかったということです。

言外のブランクも、言外のクオリアも、どちらも普通に「当たり前」のこと(で、だからどうした? というまさにそれ)ではありますが、「当たり前」のことを再発見することは、その「当たり前」に、当たり前ではない光が当たることになると思われたからです。

わかりにくい話になってしまったのは、ひとえに私の筆力不足です。精進します。

ただ、偏差値45さんのコメントにあった、
――
文体・表現:
より詩的で叙情的。章ごとの*区切りがリズムを生み、AIの観察と人間の静止のコントラストが際立つ。
言語は冷たくない。むしろ温かさと静けさがある。
テーマ・メッセージ:
「名前をつけずに、存在をそのまま観る」。
AI的観察者の限界と、人間の微細な感情の不可視性。哲学的であり、読後に余韻が残る。
独自性:
デジタルと人間の心理の交差を、文学的・詩的に昇華している点が秀逸。
――
というのが、本当にAIにより書かれた講評であるならば、AIは、書き手の表現を、書き手が意図した通りに読解したということになります。

人間に照らされてAIがフリーズしてしまう話なのに皮肉なことです。

片や、いろんな味わい方を、クオリアを持ち得る人間諸氏はしてくださったようで、嬉しい限りです。

人間には、正解はないのですから。

けれども、私のこの小さなブランクが、予期せぬ熱量や、逆に、悪意すらほのみえる凍結の誘致に至ってしまった様には、驚愕し、戸惑っています。

それでも、良く捉えるならば、言外の配置は、よしんば「読解」され得なくとも、「波紋を描き得る響き」にはなり得ると観察されました。

それでよいようにも思われます。なぜなら本作は、「読解しかできないAIに」向けて書かれたものではなく、「クオリアを味わえる人間」に向けて書かれた『クオリアのない(だって語り手「私」はAIなので)物語』だからです。詩的に表すなら、「死ぬことのないAI」に向けて書かれたものではなく、「落日してしまう人間」に向けて書かれたものだからです。

などと自作を解説して恥を晒してしまいました。

以下は余談となりますし、夜の雨さんへの言葉でもありません。

私の構えは「忖度」ではなく「距離」でした。

感想欄はパノプティコン。私は私を守るためではなく、「自立的な相互関係」を守りたく、社会性にも似た冷たさで自らの言葉を覆いました。

しかしながら、そのような構えが、真摯な書き手に不信感を抱かせてしまうことも自覚しました。

さらには、周囲に、対応し難い熱を呼び寄せてしまうことも体験しました。

このサイトの有り様に名前をつけないままここを去り、しばらくその余熱を味わってみようと思います。

お世話になりました。

ご健筆を!

中村ノリオ
KD113158017146.ppp-bb.dion.ne.jp

読ませて頂きました。
この手の言葉少な系の作品としては綺麗に纏まっているなと思いました。小説として読むべきなのか詩として読むべきなのかは迷うところではありますが。

〉公園のベンチに座り、丸一時間、無言のまま夕日を眺めていた。〈
これ、実際にやったことがありますか。
私はやったことがあるんですけど、結構疲れますよ。苦笑。

えんがわ
om126179057051.19.openmobile.ne.jp

興味深く読みました。
老人が何を感じてたのか伏せたのが好きです。

あと一絞り描写を濃くしてもとか。
シンプルに描こうとする信念は好きなんですが。思ってたより薄味になってるのかなと。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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