作家でごはん!鍛練場
偏差値45

天井裏のクイーン

 午前二時、和風の寝室の照明を消し、布団に身を沈めて目を閉じた。
 いつものように音も光もない世界が広がる――はずだった。
 天井裏から小さな足音がした。
 コトトトト……、コトトトト……。
 軽く、乾いた、規則的な音。
 ネズミが走っている。
 子供の頃から聞いていた懐かしい音だ。古民家の我が家では珍しいことではなかった。
 だから大きな心配はなかった。そのまま僕は眠りについた。

 三か月後。
 お仏壇に供えてあった落雁(らくがん)をかじられていた。
 流し台のそばに置いた固形石鹸も削られている。
 見過ごしていた小さな異変は、確かに生活へ入り込み始めていた。
 衛生面を思えば、放置はできない。

 そこでホームセンターで駆除用の粘着シートを買った。
 二枚一組、新聞紙の半分ほどの大きさ。四百円ほどの簡素な罠。
 本当にこれで捕まるのか……半信半疑のまま、流し台の脇に設置する。
 用事があって家から外出して二時間ほどで戻ると、すでに一匹がかかっていた。
 あまりに早く、あまりに呆気ない。
 ネズミは甲高い声で鳴き、身をよじる。だが粘着シートから逃れることはできない。
 まるでそれは「苦しいよぉ。助けてー!」と叫んでいるようだった。
 やがて動きは弱まり、数時間後には完全に止まった。
 「……ごめん」
 思わず口に出た言葉は、誰に向けたものでもなかった。

 これで終わると思った。
 だが、その後、備蓄していた米袋が食い破られていたことがわかった。
 つまり、ネズミは一匹ではなかったのだ。
 再び粘着シートを買い、設置する。三日後、二匹目が捕まった。
 ネズミはキーキーとわめき散らかした。
 あたかも「放してぇ、放してよ! お願い」と懇願しているようにも思えた。
 僕は前と同じ言葉を小さく繰り返した。

 それでも終わらない。
 炊飯器の上に、黒いネズミの糞が無数に散らばっていた。
 まるで僕に向かって「ひどいことをしやがって。クソでも食らえ!」とでも主張しているようだった。
 僕はそのふてぶてしいネズミをクイーンと呼ぶことにした。
 クイーンは賢かった。
 無数に設置した粘着シートを避け、ネズミ駆除剤にもだまされなかった。
 そして数か月間、決着はつかなかった。
 キッチンの床の上を堂々と横切るクイーンの姿を何度か見た。手のひらほどの大きさはあった。
 
 そんなクイーンではあったが……。
 彼女にとって悲劇が訪れる。
 僕には二匹の知り合いの野良ネコさんがいる。白ネコさんと黒ネコさんだ。
 ある日、いつもの散歩に出かける時だった。
 白ネコさんはクイーンの子供を捕獲して息の根を止めていた。
 その翌日には、黒ネコさんがクイーンの子供を殺し、くわえていた。
 そこに自然の厳しさを感じた。
 ある人の言葉を思い出す。
 「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのが良い猫だ」
 まさか本当にそんなことがあるのかと驚いたものである。
 なんの役にも立たないと思っていた野良ネコさんたちに対して、考えを改める必要があるかもしれない。

 謀らずも、クイーンの子供は暗殺されたわけだが、
 彼女のリベンジと呼べる事件が発生する。それはガステーブルの破壊である。
 ガステーブルの下には無数の配線が露出している。それを切断すればガステーブルは簡単に使用できなくなる。
 クイーンは、その配線を切って切って切りまくった。
 その証拠にガステーブルの下からは無数のクイーンの糞が落ちていた。
 さらに食料の食べ残しが発見されたので、間違いなくクイーンの仕業だった。
 その状況は「よくもわたしの子供を殺したな。許せん。ぶっ壊してやる!」と言っているようだった。
 もちろん、それは僕の空想ではあるが……。
 おかげで僕は新たにガステーブルを購入しなければならなかった。
 金額にして約二万円。痛恨の経済的打撃をくらった。
 おそるべしクイーンの復讐である。

 そんなある日のこと。
 ホームセンターのネズミ駆除コーナーを見ている時だった。
 一つの商品が気になった。そのキャッチコピーが良かった。
 「家ネズミに警戒心を持たせない」
 ネズミ駆除剤の一つである。前回の駆除剤はあまり効果がなかった。クイーンはとても警戒心が強かったからだ。
 僕はそのネズミ駆除剤を買った。そして使用してみた。
 そのキャッチコピーの言葉にウソはなかった。設置したネズミ駆除剤をクイーンは自らのアジトへと運んで行った。
 しかも三回もである。しかし四回目はなかった。おそらくその間に死亡したのであろう。
 もっとも死体を確認したわけではないので、あくまでも推定である。
 その裏付けとして、その後に彼女の姿を見ることはなかったし、天井裏のコトトトト……という音はもう聞こえなかった。
 死体を見ていない死は、なぜか心をほとんど動かさない。
 その違いが何なのか、僕はまだ言葉にできないままでいる。

天井裏のクイーン

執筆の狙い

作者 偏差値45
KD059132252114.au-net.ne.jp

お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません。
偏差値45の小説を読めるのは、作家でごはんだけ。
忌憚のない意見をお待ちしております。

*段落の最初の一マス下げは、わけあって故意にしていません。

コメント

しいな ここみ
KD111238241118.au-net.ne.jp

『天井裏のクイーン』拝読しました。

ほぼエッセイですね。それにしては冒頭が小説っぽくて、後半の『描写がほとんどなく、あったことを淡々と書いてる』ような書き方とのギャップに違和感を覚えました。エッセイなら冒頭の具体的な描写は不要で、小説なら山場にもっと力を入れた描写をするべきです。バランス的にへっぽこな印象を受けました。その上一行ずつ改行する書き方がライトノベルみたいなので、スカスカな印象もあります。

私もネズミさんを殺して「ごめんね」と泣いたことがありますが、どこか見えないところで消えている命には心を動かされたりはしません。目の前で誰かが死んだら涙するかもしれませんが、ニュースで聞いただけの遠いところの誰かの死には……いや、やっぱり泣いたことあるな(^.^; 共感力過多?

とりあえず作品の中心となっているのはクイーンと名付けたネズミですよね? そいつに苦しめられ、戦ってきたのですから、『死体を見ていない死は、なぜか心をほとんど動かさない』に繋がるのはなんだかおかしいです。『ごめん』なんて、死体を見ても思うわけないだろうし、死体を見なくてもそれまでの存在の大きさに何か思うこと、感じることはあるはず。構成に無理があります。

しいな ここみ
KD111238241139.au-net.ne.jp

文章について、失礼ながら細かい指摘を──


>そして数か月間、決着はつかなかった

『そして』はいらないでしょう。無駄な接続詞はなるべく削るべきです。

>その証拠にガステーブルの下からは無数のクイーンの糞が落ちていた

その証拠にガステーブルの下には

あるいは

その証拠にガステーブルの下からは無数のクイーンの糞が見つかった

でしょう。

偏差値45
KD059132252114.au-net.ne.jp

しいな ここみ様 コメントありがとうございます。

>ほぼエッセイですね。
そうかもしれないですね。

>スカスカな印象もあります。
まあ、それだけ早く読めるから悪くはないかな、とは思いますけどね。

>私もネズミさんを殺して「ごめんね」と泣いたことがありますが、どこか見えないところで消えている命には心を動かされたりはしません。

そうね。個人的には泣きはしませんが、同じ哺乳類だと多少の罪悪感はありますね。

>そいつに苦しめられ、戦ってきたのですから、『死体を見ていない死は、なぜか心をほとんど動かさない』に繋がるのはなんだかおかしいです。

たとえ害獣であってもね。命を奪くことは切ないものですよ。
とはいえ、完全に事実を受け止めていないからでしょうからね。

夜の雨
sp1-73-29-105.nnk01.spmode.ne.jp

偏差値45さん「天井裏のクイーン」読みました。

ネズミ駆除のお話、結構興味深かったですよ。
これは単なるネズミ駆除のお話ではなくて、作者の偏差値45さんが名前を付けたクィーンという女王を意味するネズミの存在に、敬意みたいなものが感じられたからだと思います。
ほかの二匹のネズミは駆除シートで、簡単に退治することができました。
また野良猫の白黒コンビがクィーンの子ネズミを二匹暗殺してくれました。
まあ、それでクィーンはぶちきれてガステーブルを配線を食いちぎって破壊するのですが。
それにしてもネズミ対策費用としては、かなりな出費ですね。

 >ホームセンターのネズミ駆除コーナーを見ている時だった。
 >一つの商品が気になった。そのキャッチコピーが良かった。
 >「家ネズミに警戒心を持たせない」
なるほど、裏事情に精通している対ネズミ駆除商品ですね。


 そのキャッチコピーの言葉にウソはなかった。設置したネズミ駆除剤をクイーンは自らのアジトへと運んで行った。
 しかも三回もである。しかし四回目はなかった。おそらくその間に死亡したのであろう。
 もっとも死体を確認したわけではないので、あくまでも推定である。
 その裏付けとして、その後に彼女の姿を見ることはなかったし、天井裏のコトトトト……という音はもう聞こえなかった。
 死体を見ていない死は、なぜか心をほとんど動かさない。
 その違いが何なのか、僕はまだ言葉にできないままでいる。

このラストの流れは主人公である偏差値45さんの心の揺れみたいなものが描かれてていて、よいですね。

作品全体の構成とか、それにクィーンというネズミの女王の存在とか、読ませるように描かれていました。
クィーンとネズミに名前を付けるくらいだから、作者さんも存在感に一目置いたのでは。そういった気持がラストのオチに集約されているのではないかと。


それでは創作と感想の鍛練、楽しんでください。

飼い猫ちゃりりん
118-105-126-80.area1a.commufa.jp

匂いに敏感な猫からのお願いですが、AI臭を消してから投稿していただけませんか。
別にAIを使ってもいいし。偏差値さんが使っているかどうかは知りません。また興味もありません。
ただ猫はAI臭が苦手なんです。

> 午前二時、和風の寝室の照明を消し、布団に身を沈めて目を閉じた。

古民家なのに「和風の寝室」なんて人は言わない。普通は「和室」と表現します。最近の古民家は洋風の和室もあるんですか? 「最近の古民家」ってのも変な表現ですが。笑
ネットを見ると「和風寝室」が流行っているから、それに書き手が引っ張られたのかな。

また布団に「身を沈めて」
まあ名文大好きAIにありがちな表現ですね。人なら「布団の入って」くらいでしょ。AIって普通の文章の良さがわかってないんです。常に足し算方式の美学だから「布団に身を沈めて」みたいな「ごり押し名文」になるんです。要するにAIはまだ「侘び寂び」はわからないってこと。
引き算の美学がわかっていない。書かない美しさ。沈黙の美は、AIの苦手分野。だから手前味噌で恐縮ですが『塔の中の少女』みたいな文章は絶対に書けません。今のところは。

念のため繰り返しますが。偏差値さんがAIを使っているとは言っていません。それはどうでもいいことです。
ただAI臭を消して欲しいと思うだけです。

雨音
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拝読しました。
最初、天井裏に女王が…?と一体どんなものなのかと読んでみると頭のいいネズミさんで。主人公とそのクイーンで繰り広げられる戦いが読んでいて面白かったです。こういった小説もあるんだなあと、とても参考になりました。主人公もそうですがねずみさんを駆除してその姿を見るのはやはり痛々しいですね。読んでいて悲しい気持ちになります。でも確かに死体を見ていなかったら感じないかもしれないなと。個人的には死体を見ることで、息の根を自分の手によって留めたということを、確実に目の当たりにしてしまうから…?と思いました。
新しい見方やジャンルを読ませていただいてありがとうございました。

偏差値45
KD124209067014.au-net.ne.jp

②しいな ここみ様 コメントありがとうざいます。

>>そして数か月間、決着はつかなかった

>『そして』はいらないでしょう。無駄な接続詞はなるべく削るべきです。

>>その証拠にガステーブルの下からは無数のクイーンの糞が落ちていた

>その証拠にガステーブルの下には

>あるいは

>その証拠にガステーブルの下からは無数のクイーンの糞が見つかった

よく読んでいただいたようで、ありがとうございます。
確かに、おっしゃる通りです。

しいな ここみ
KD059132144035.au-net.ne.jp

再訪失礼します。

小説家になろうでは『ざまぁ』というものがかなり前から流行っています。読者が感情移入する対象としての『主人公』の自由、権力、自己実現──などを阻害していた相手が失墜、死亡などする展開にして、カタルシスを得るみたいな方法論です。私はこれが嫌いなのですが、いかにも人間らしい心の動きだとは思っております。

そうした『ざまぁ』の論理でいくと、こちらの作品の主人公は、クイーンに対して『ざまぁしてやりたい』という『執着』をもつのが当然と思われるのです。でも最後、『死体を見ていない死は、なぜか心をほとんど動かさない』に繋がる。『なんで?』としか思いません。相手がただのネズミで、ネズミ捕り器からラットライスに替えて死体を見なくなったら心も動かされなくなった──という話ならわかりますが、自分をさんざん苦しめてくれやがったクイーンの死は、むしろ見たいと思うものだと思います。憎い敵を打ち倒したのだから、その死体を見おろして『ざまぁみろ!』と笑いたいものだと思うのです。死体が見れないならむしろ積極的に見つけ出して『ざまぁ』したがるものかと──『俺のほうがうわてだったなww』という展開にもっていくほうが自然だと思います。まぁ、私だったらそこまでの執着も『ざまぁ』したい欲求もないので、そもそもこんな物語じたい書かないと思いますが……。
そうして『ざまぁしたあとの虚しさを描く』とかならわかりますが、この形では不自然さが残る、というお話でした。

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