作家でごはん!鍛練場
雨音

とある朝の開店前

日が少しずつ差し込んでいるが、まだ夜との間にある朝の街 アネモイ。これは街で働く男のちょっとした朝の話。


小鳥が郵便屋のポストの上に留まってこちらを見ている。もう1羽。つがいだろうか。おはよう、おはよう。と挨拶をしているかのようにさえずりをする。チチチッ チチッ という可愛らしい声は、きっと店が開店しだすと聞こえなくなってしまうのだろう。しばらくその小鳥を見つめて、これはなんていう鳥なんだろうな と思いながら郵便屋を通り過ぎていく。2羽がこっちを見て、俺が歩くのに合わせて首が動いているのに思わず頬が少し緩んだ。

メイン通りにでると、時計屋の爺さんが店の前で看板を出していた。

「やあ、イバラくん。おはよおございます」

一見厳格で気難しそうな爺さんだが、口を開けば腰が低くて温厚な人だ。相変わらず言葉もやわらかい。少しおしゃれで三つ編みをしている白いひげは、今日は深い緑のリボンで留めているようだった。銀色の縁の丸メガネが差し込んだ朝日で反射して白くなって、なにやら変人というか、怪しい人に見えてしまう。

「おはよう、爺さん。今日も早いんだな」

「ククッ… 年を取ると早く目が覚めるものなんですよお。そういうイバラくんも相変わらず早起きだねえ」

「まあな。 俺はいつでも寝れるしいつでも起きれる体だからな。マスターにも早く来いって言われてるし。…じゃあ」

軽く手を振って爺さんの前を通り過ぎる。爺さんはニコニコ笑いながら大きく手を降っていた。肩は大丈夫なんだろうか。
少し怪しい笑い方が子どもたちには何故か人気で、クロックじいさん とこの街では通っている。だがこの爺さんを侮ってはいけない。温厚だが、案外茶目っ気があるし、口がものすごく立つ。噂だが、時計屋のとこに来たお偉い貴族が時計に理不尽ないちゃもんをつけて怒鳴り込みがあったとき、何をどういったのかは知らないが、その貴族は爺さんに頭が上がらなくなったそうだ。

時計屋の向かい側が俺の勤め先 喫茶&BAR 「たそがれ」 一面の大きな窓ガラスが映し出すのは、西洋のランプが数多く吊り下がり、ビンテージな机とカウンターが並んでいる落ち着いた店内だ。ビンテージとはいっても、やわらかめの雰囲気で、昼には学生から大人まで幅広い年齢層が来店するし、アルバイトもいる。みんな個性が強くて苦労が耐えないが。

店の扉を開けて店内に入ると、カウンターの席でコーヒーを飲んでいるマスターがいた。高い椅子に優雅に腰掛け、長い脚を組んで静かに飲むさまは、男女問わず大人の余裕を感じて憧れてしまうそうだ。俺は思わない。

「おはよう、イバラくん。今日も看板、宜しくね」

「はいはい、わかってるよ」

もう聞き飽きたセリフを流して腰にエプロンを巻いた。

「相変わらず、口調は直らないねえ。看板男がそんなんじゃあ、お客さんが逃げちゃうじゃないか」

高くゆっている黒髪を揺らしながらカウンターに入るマスターをちらりと見ながら台拭きを取る。

「こんなんでも今まで繁盛してんだから、逃げねえよ。それに、直せるもんならとっくに直せてるよマスター」

この台拭きはそろそろ薄くなってきたから変えないといけないかもしれない。

「それもそうだね。 でもいいのかい? そんな調子じゃ、いつまで立ってもガールフレンドができないよ?」

ゆったりと微笑みながら言うもんだから俺は少し腹立たしく思う。でもグラスを拭く手が丁寧なのは否めない。

「いらねえよ。 そもそも俺にできるわけないだろ?」

窓際の席のもう枯れ始めている花を取り替えながらそう言うと、マスターは少しやれやれと言った様子で赤ワイン色の瞳を緩めた。

「看板男として成立するほどの容姿を持っているじゃないか。色男くん」

「俺そんなんじゃねえって何回も言ってるよな?」

このやり取りはここ最近、挨拶のようなものになってきている。マスターはくすりと笑いながら変えの花を出した。俺はそれを受け取って店内の空いた花瓶にいけていく。小さな白い花がたくさんついていた。

「カスミソウ だよ。時期じゃないんだけど、ちょっとつてで手に入ってね」

「へえ」

「好きだろう? こういう小さい花がいっぱいあるの」

「…なんで知ってんだよ」

「マスターだからね」

相変わらず底のしれない人で、掴めない。俺はもう言葉を返す気も失せて窓を拭き始めた。マスター とは言ってもこの人は女性だ。まあ、中性的な見ためで仕草が紳士な男性そのものなので、もうどっちでもいいような感じになってしまっている。客に男と間違われるのは日常茶飯事。本人も気にしていない。

ふとマスターは手を止めた。

「そういえばイバラくん。今日はブルーくんが開店前に来るから」

「そうなのか? なんでまた開店前に」

ブルー こと 青月(はる)はこの国随一の医術を持っている若い医者だ。マスターとは昔からの顔なじみで仲が良い。あいつのことは気に入っている。というか、なんだかほおっておけない。

「ほら、ブルーくん、忙しいからあんまりうちに来ることできなくなっただろう? だからたまには朝ごはん食べていったらって誘ってみたんだよ。この時間だったらちょうどいいだろうしね」

マスターが店内のランプの光をできるだけ小さくして、白くする。 

「へえ… あいつ断ったんじゃないのか? そんなのいいからって」

「ああ、もちろん。でも押しに押したよ」

やっぱりな と思いながら窓の最後の枠を拭き終えると、人がちらほら街に見えだしていた。クロック爺さんが重そうな時計を運んでいるのが見えて外に出ようかと思ったが、視線に気がついたのかこっちを見てウインクされた。…あれは大丈夫ということなんだろう。

「遠慮しなくていいのにね。 ブルーくんはもう少し大人に甘えればいいんだよ」

コーヒーのいい香りが店に広がってきて、今日の朝メニューのドリンクはコーヒーとカフェオレだということを確信しつつ、青月の姿を思い浮かべる。銀色の美しい髪に、星空のような瞳を持ったきれいな青年。冷たい印象を受けるが(態度はクールなところもあるが)誰よりも優しい。あいつがまだ13歳の頃から知っているが、どこか人と距離を取りがちなように思う。学園の先生が気さくに話しかけてだいぶマシになったが、長年の性というのはそう簡単には消えてくれないものだ。

「まあ、勝手に甘やかしてやろうぜ。 マスターもその気なんだろ?」

やっぱり爺さんのことが気になってもう一度窓の外を見ると、無事運び終えたようで、近くの店の人と挨拶を交わしていた。安心して店内をBAR仕様から喫茶仕様にするために薄いレースカーテンを取り付けていくが、マスターが静かなので振り返ってカウンターを見てみると、マスターは声を殺して笑っていた。

「…なんだよ」

何か俺は変なことを言っただろうか。実に愉快そうに笑っているものだから、なんだか居心地が悪い。

「いいや? その通りなんだけど、ね。フフ いやあ…   気にしないでくれ」

「ええ…」

まあ、気にするなということは、悪い意味ではないんだろう。マスターはすでにいつものような調子に戻っているし、もう聞いても流されてしまいそうなので諦めた。

「そうだ、ブルーくん、最近忙しくて髪が切れてないって言ってたから、君がおしゃれにゆってあげればいいんじゃないかい?」

「え、あいつそんなに伸びてんの?」

「うん。 もともと長めではあったけど」

「…でもいいのか? そんなことしたら死人が出るんじゃねえの」

「それもそうだねえ。 もっと綺麗になっちゃうだろうし… まあいいじゃないか。そうしたらみんな眩しすぎて、今よりは仕事を持ち込むようなこともなくなるでしょう」

「物騒だな」



カランッ 


「お、噂をすれば。 おはよう、ブルーくん」

「おはようさん、青月。カウンターへどうぞ?」

開かれた扉から、先程までの静かな時間とはまた違う時間が、空気が、光が差し込んでくる。銀髪が朝日に煌めいて美しく揺らめく。 低めに結われた長い髪は、俺が想像しているよりずっと長くて、下手したら腰まであるんじゃないだろうか。 星空の瞳は少し丸く開かれた後、諦めたように柔らかく閉じられた。

「…おはよう、美味しいの、作ってくれた?」

俺とマスターは一度顔を見合わせて

「最高のカフェオレだよね? イバラくん」

「当たり前だろ? うちのだぞ」

少し挑発的に青月に微笑みかける。

「俺もとっておきの朝飯作ってやるよ」

今日は確かオレンジのジャムを大量に作り置きしてあるのがおいてあったはずだ。食パンをトーストにして他にもクリームチーズやハムなどを乗せてもいいかもしれない。さっぱりしたのがこいつは好きだ。

青月は少し微笑みながら

「期待してる」

と言った。その微笑みが見れただけでも、俺は今日も来てよかったと思えた。

俺がキッチンに入りマスターがレコードをかける。青月はゆったりと腰掛けて本を読み始めた。今日は穏やかなピアノのジャズ。朝の「たそがれ」での時間が再生され始めた。広がるコーヒーと甘酸っぱいオレンジの香りに、香ばしいパンの香りが合わさりはじめる。


そんな、開店前のちょっとした日常

とある朝の開店前

執筆の狙い

作者 雨音
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とってもお久しぶりです! もうずっと忙しくて書けていなくて…(泣) 今日は時間に余裕があったので短めですが書いてみました。久々すぎて文章がおかしいところがあるかもしれませんが、ゆったりとした気持ちになっていただけたら嬉しいです。

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