作家でごはん!鍛練場
ちぃひろ

シュレディンガーの僕

 家なんか一歩たりとも出なくたって、生きていける世の中になった。パソコンでクリックさえすれば、食事だって、家電だって、なんだって、欲しいものは、直ぐに届く。風邪を引いても、症状をシステムに入力すれば、AIが必要な薬を調合してくれる。それでもダメな時は、部屋の奥の治療カプセルに入ってゆっくり休めばいい。そうすれば、病気も怪我も勝手に治っていく。
 僕がこの家に籠ってから、何年経ったのだろう。家から出る必要性なんて、もう、ちっとも感じない。彩といえば棚に置かれたくまのぬいぐるみくらいしかない、そんな無機質な部屋だけど、パソコンさえ、イイやつがあれば、僕はそれでオーケーさ。
 え、寂しくないかって。そりゃ、こんな所に本当にずっと一人きりでいたら、狂っちゃうだろうよ。でも、僕は一人じゃないから。パソコンの画面の向こうに僕を待ってくれている人が、ちゃんといるんだ。
 僕の一日は、朝起きて、まずパソコンを立ち上げることから始まる。栄養食パンを片手に、ニュース配信で、昨日世界で起こったことなんかを調べる。世界は毎日平和だよ。手を丁寧に洗うアライグマが目撃されただとか、ネギそっくりの翡翠が見つかっただとか、そんな暢気なニュースばっかりだ。
 それが終わったら、最近投稿した動画の再生数や、コメント、入金状況のチェックだね。あれ? 君は僕が働いていないとでも、思っていたのかい。心外だなあ。動画を作って、みんなに喜んでもらう。それが、僕の仕事だ。相手の顔は見えないけどさ、読みきれないくらいの沢山のコメントをもらうんだ。それから察するに、結構人気者なんだよ、僕。ずっと家の中にいたって、ちゃんと働いている。
 午前中は、そうやって僕が僕の分析をしたり、前日に作っておいた動画を投稿したりするのに費やされる。昼ごはんをしっかり食べて、午後は動画の制作。勿論撮るだけじゃないよ。その動画の編集だって、結構面倒くさいんだ。晩ご飯を食べた後まで作業が続くことだって、珍しくない。あっという間に一日が終わっていく。
 たまに早く動画が出来上がった日にはさ、生配信をするんだ。生配信はいいよ。リアルタイムでコメントが飛んで来るんだ。僕はそれで、ああ、僕は誰かに必要とされているんだって、実感するのさ。ほら。僕は一人じゃないだろ。
 でもさ、昨日の配信でさ、嫌なことを言ってくるやつがいてさ。あ。アンチとか、そんなんじゃないよ。そもそも僕は、悪口を言われたって、そんなことは気にしない質だからね。
 やつはね……、ハンドルネームは確か「視聴者A」だったと思うんだけど、視聴者Aは、こんな書き込みをしてきたんだ。
―君はさ、ずっと、外に出ていないんだろう。誰にも観測されていないのに、どうして自分が本当に生きているって、信じられるんだい?―
 僕はそいつが何を言っているのか、初めはちっともわからなかった。変なコメントだなって、僕はその書き込みには触れず、そのまま配信を続けたよ。けれども、またしばらくして、もう一度やつのコメントが流れてきた。
―君はさ、この世界がフィクションで、本当の君は、ちょっとした夢を見ているだけだって、そうは思わないのかい?―
 やっぱり僕は、何を言われているのかわからなかったよ。だけど、そのうちに僕のファンたちが騒ぎ始めた。
―視聴者Aは一体何を言っているの。私たちは、ずっと彼を応援しているのよ。彼は私たちに観測されているじゃない―
 そんな書き込みでコメント欄が埋め尽くされた。さすがに僕もその件に触れないわけにはいかなくなって、こう言った。
「不思議なことを言う人もいるもんだね。僕はこんなにも沢山のファンに囲まれて暮らしているというのに、僕が既に死んでるっていうのかい? さ、この話はこれで終わりさ。もっと楽しい話を続けよう」
 何か他の話題はないかって考えた。朝見たニュースのアライグマのこととか。可愛い生き物の話はみんな大好きだ。うん、それでいこう。そう決めた時、パソコンの画面の端に、また視聴者Aのコメントが映し出された。
―そのファンとやらが、実在しているって証拠はどこにあるんだい? 君は彼らと会ったこともないのだろう? 彼らが君の都合の良い妄想だって、考えたことはないのかい。真実は、君は誰にも観測されていないのさ。誰にも観測されていない君は、生きているとも死んでいるとも言えないはずだよ―
 別に気にしなければ、それでいいような、どうでもいいコメントに違いない。僕はその日の配信をいつものように、自然な形でやり遂げた。
 それなのに、どうしてだろう。配信を終えて暫くしてから、ゆっくりと回る毒のように、少しずつやつの言葉が引っかかるようになって、結局昨日はよく眠れなかった。
 それから朝になって、急に僕は色んなことが気になりだした。よく考えてみたら、この家にはおかしなところがあるんだ。
 2LDKのこの家には生きていくために必要なものが、全て揃っている。丁度いい大きさの部屋も、温かい湯を張れるバスルームも、ちょっとした調理ができるキッチンもある。
 けれども、そういえば玄関がないんだ。今まで少しも必要のなかった場所だから、それがないなんて、考えたこともなかった。玄関がなければ、当然戸口もない。
 僕は動物園のクマみたいに、家の中をぐるぐる歩き回って、玄関を探した。だけど、何もなかったよ。何周したって同じことだった。
 でも、ネットで買った物は、きちんと必ずに届くんだ。注文した物は、いつも気がつくと、飾り物の暖炉の前に置いてある。丁度サンタさんがするみたいに。ということは、やっぱりここは外と繋がっているということだろう? 
 僕は思わず、暖炉の中に首を突っ込んで、煙突があるはずのところを覗き見た。闇が広がっているだけ。梯子もついていない。壁はツルツルとして、登ることを前提としていないのは、明らかだった。
 僕はここに閉じ込められている?
 いや。これは直感だけど、どうやら、この部屋は外にも世界があるということを想定しない部屋なんだと、そんな気がする。それならば、やっぱりこの世界は全て僕の妄想で、本当は僕は死んでいるんだろうか。
 いいや、そんなことはない! 我思う故に我在り、だ。確かにここに僕は存在している、はずだ。はずなんだ。……急に、自信がなくなる。
 と、その時、どうしてさっきまで気がつかなかったのか不思議なくらいに当たり前な、真実を知るための簡単な手段があったことを、僕は唐突に思い出す。
 いつものパソコンの前に座る。慣れ親しんだ検索画面に、震える指で「世界 真実」と打ち込む。唾を飲み込む。
 僕は勇気を出してエンターキーを押し込んだ。と、殆どそれと同時にページが立ち上がった。
 そしてそこには、誠に残念なことに、僕も納得せざるを得ない、この世の悲しい事実が淡々と記されていた。
 二XXX年、この星の地上は到底住むことのできない場所になったということ。人間は、概ね皆滅んだということ。間も無くその全てが滅ぶこと。止むなく、実験的に研究所の職員の息子一名を地下でコールドスリープさせ、二百年後に目覚めさせるようにしたこと。そして、その子の生活が困らぬよう、地下室の上に工場を立て、必要な物資を速やかに提供できるようにしたこと。必要に応じて、AIが彼とコミュニケーションをとること。これらの活動が滞りなく実施されるよう、全てのオペレーションをAIが担うこと……。
 なるほど。死んでいたのは世界の方だった。僕は確かに生物学的には生きていた。寝て起きて食べて、働いて、それは嘘ではなかった。けれども、誰かと共に生きていると思っていた僕は、ただ虚空に向かって叫んでいるに過ぎなかった。そこにファン……僕を観測する者なんていない、無意味な活動だった。
 そんな僕を本当に生きていると言ってもいいんだろうか。誰にも観測されない僕は、一体誰なんだ。
 その時、ふと視線を感じて振り返る。棚の上のくまのぬいぐるみと目が合う。ついにこんな物の視線まで感じるなんて。ぬいぐるみにでもいいから、僕は誰かに見られたいってことかい? だけど、こいつはただのぬいぐるみなんだよ。
 僕はむしゃくしゃしていた。それをしたのは殆ど八つ当たりに近かった。僕はぬいぐるみを手に取り、それを気持ちそのままに引き裂いた。
 と、はらりと一枚、紙切れが、そのぬいぐるみの中から落ちてきた。僕はそれを拾い上げる。
―どうか、あなたの大変な人生が、最後まで幸せであることを―
 僕は驚いた。詳しいことは何も思い出せない。けれども、僕は、この手紙の文字が母の字に違いないと確信していた。なぜそう思うのかと言われると、それは上手く言えないのだけれど、きっとこのぬいぐるみは、僕の幼き頃の思い出の品、そんな気がしてならない。
 そうか。僕は少なくとも、かつては確かに観測されていたんだな。母に愛されていた。それが真実だった。遠い昔の話でも、僕はそこに生きていたんだ。
 ……そうか。それなら、これからも生きてやるしかないじゃないか。他に誰一人存在しないこの孤独な世界でも、どうやら僕は誰かに生かされているらしい。この手紙こそが僕という存在の証明さ。
 僕は何も変わらず、これからも動画を作り続けることを心に決めた。誰も見てくれなくたっていいさ。僕が生きた証を、デジタルの海に流してやるんだ。
 僕は回れ右して、いつものパソコンと向き合った。

 あれ? ところでさ。一体僕は、誰に向かって語りかけていたんだろう。僕を観測する君は誰だい?
 ああ。そうか。ここに誰もいないのならば、きっと君は、僕の中の僕なんだろう。それでもって、この世界のAIは全てを僕から学んでいる。そうであるなら、AIの思考もまた、僕と共にあるはずだ。つまり、僕に現実を突きつけた張本人、君こそが「視聴者A」っていうわけだ。

シュレディンガーの僕

執筆の狙い

作者 ちぃひろ
121-82-146-158f1.osk2.eonet.ne.jp

第22回坊っちゃん文学賞落選作です。受賞するような作品だとは思いませんが、楽しくは描けたのでよかったかなと思います。
個人的反省点としては、オチがまとまり切らなかったところでしょうか。

これって、「シュレディンガーの猫」より、「水槽の脳」じゃない?というのも、まあそうかもしれませんが、それはよしとします。

もし、ご意見、アドバイス等いただけるならば、幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

コメント

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

ちぃひろさん、作品を拝読させていただきました。

 私もこの手の不思議な科学系の話が好きで、少し前にここに「美作夫婦の奇天烈な日常」と言うタイトルのユーモア小説を書いたことがあります。仮想現実もシュレーディンガーの猫も題材にしたので、この作品を興味を持って読ませてもらいました。

 とても良い出来だと感心しました。加えて、最近のネット利用法やYoutube配信などを書いていて、共感しやすかったです。では、なぜ坊っちゃん文学賞を落選してしまったのか。単純に、賞が求める方向性と違った、ただそれだけでは、と個人的には思いました。割と軽妙な日常を描いた作品などが求められているようです、まさに漱石の「坊っちゃん」のように。

 後思ったことは、観測された時、状態が決定する、これが量子力学の最高に意味が分からない点ですが、この作品ではその構造をメタ的に扱って、読者=観測者としていますよね。ところが、この仕掛け、もし「シュレーディンガーの猫」を知らない人が読めば、よく分からないと思うんですよね。これを防ぐためには、作品内で簡単にでも「シュレーディンガーの猫」を説明する必要があると思うのです。大前提「作者が知っている事を読者が同じように知っている」とは思わないほうがいいと思います。難しい専門用語は、知らないかも、を前提に書くほうが親切ではないでしょうか。ただ、坊っちゃん文学賞は字数が4000文字と少ないので、その余裕がなかった、という事もあるかもしれません。

 ちぃひろさんはこの作品にどれぐらい思い入れがありますか。もしもかなりあるなら、改稿して文字数を増やして、別の文学賞に応募する価値はあると思います。ただ、基本的に、公募の新人賞って、過去にどこかに応募したものは不可、というケースがほとんどなので、改稿する場合、ほとんど別の作品にまで書き変えないといけないと思います。完成度の高い作品だけに、別の賞に応募する価値はあると私は思うんですけどね。例えば、もう一人「メアリーの部屋」のメアリーを登場させ、交流させるとか、クオリアなんか出したら収拾不能になる可能性もありますが(苦笑)、何かしらテーマを一つ足すと、別の小説になると思います。

 ともかく落選したのは、賞との相性に過ぎないと思います。文章もよく書けていてレベルが高いと感じましたし、これからもどんどん書いてどんどん応募してほしいと本当に思います。それではお互いに頑張りましょう。

偏差値45
KD059132064172.au-net.ne.jp

文章は『ライ麦畑でつかまえて』的かな。
内容は『トゥルーマン・ショー』的かな。
厳密には少々違うけど。
水も餌も機械が定期的に提供される籠の中のハムスターのような感じがするね。
それに加えて人間は場合、情報が必要ですね。

そんな世界観の中でも人は幸福か、と言えば、幸福にはなれるのでしょうね。
寂しさはあるでしょうけど。
山中でたった一人で生活している修験者や隠者のような感覚に近いかもしれないですね。
とはいえ、生活は至れる尽くせりの快適空間。ふつうに生きてくだけならば不自由はないですからね。
悪くはない気しますね。

>オチがまとまり切らなかったところでしょうか。
確かに……。僕にはピンとは来なかったですね。明瞭さを感じない。

巻菱湖
sp49-109-98-57.smd02.spmode.ne.jp

読ませていただきました。
「シュレーディンガーの猫」の猫側の視点を模ったアイデア自体は悪くないと思います。ただ、表層をなぞるだけに終わってしまったという印象でした。

『僕』は人類滅亡や母の手紙によって、過去に観測されていたことがわかったというような記述がありますが、これも仕組まれた情報だったり、『僕』の記憶違いだったりしたら「シュレーディンガーの猫」、つまり未だに存在が不安定な『僕』が維持されるはずです。つまりこの時点で『僕』は「シュレーディンガーの猫」ではない、と勝手に決めつけてしまったことになります。
また、作品としても『僕』の存在不確定さがキーとなっているのですから、やすやすと詳らかにされると興醒めしてしまいます。
「水槽の脳」などの量子力学をご存知なら、例えば「五分前仮説」とか他の理論も絡めるなどして構想段階で練ればもっと良いものができると思います。

ちなみに、最後にメタ小説という体をオチに持っていったおり、『僕』が作中人物であることを明らかにしたことで、この小説の構造は破綻しています。

ちぃひろ
121-82-146-158f1.osk2.eonet.ne.jp

平山文人様

比較的厳しめの(でも温かい(笑))アドバイスの多いこのサイトで、こんなにも褒めていただけるとは思っていなかったので、にやにやしながら喜んでおります。勿体無い言葉、ありがとうございます。

基本、賞の傾向対策以上に、書きたいか否かを優先して、「まぁ、出しても大きく的外れではないだろう」くらいのものが見つかった時に応募しており、結果として、受賞歴も殆どないまま、それなりの年月書いているので、こういった言葉は素直に嬉しいです。

ただ、やはり、受賞作品を読むと、発想も言葉選びも上手いなぁとは、思います。

「シュレディンガーの猫」の解説の件、確かに、と思いました。4000字なので、これ以上書きようがなかったと言えばそうなのですが、そもそもタイトルにしか、シュレディンガーの語がないんですよね。

あまり本文の中で触れずに過ごしたいという意図はあったのですが、とは言え、初めてこの語に触れる方にとっては不親切な設計だったなと思います。

もう少し自然に概念に触れられる導入を混ぜることができれば良かったかなとは思います。

一度完成させたものなので、再構築してまた公募へ、ということは考えておりませんが、色んな謎を解きながら、部屋から脱出を図ってこの結論に辿り着くゲームになんかできれば、面白いのだろうなぁー、とぼんやりと考えてはいます。

とは言え、そんな余裕はないので、このまま、ちまちまマイナーチェンジをしていくことになるかと思います。

お読みくださり、ありがとうございました。

ちぃひろ
121-82-146-158f1.osk2.eonet.ne.jp

偏差値45様

お読みくださりありがとうございます。
名作だと名前だけ聞いたことのあるライ麦畑……こんな感じの文章なのですか…!?
いつか読んでみなければなりませんね。

さて、この登場人物が幸せかどうか、ということですが、あまり深くは考えたことはありませんでした。ですが、とっても寂しいでしょうね。

しかも、辛うじて「インターネット」を通じて繋がっていたと思っていた人が、実際には繋がっていなかった虚像だったわけなので、とにかく寂しいと思います。

ただ、チャットGPTの普及が進み、多くの人が恋でもなんでもチャッピーに相談しているということですから、虚像に心身共に生かされる時代はそう遠くないのかもしれませんね。

ありがとうございました。

ちぃひろ
121-82-146-158f1.osk2.eonet.ne.jp

巻菱湖様

丁寧なご感想ありがとうございます。

>『僕』は人類滅亡や母の手紙によって、過去に観測されていたことがわかったというような記述がありますが、これも仕組まれた情報だったり、『僕』の記憶違いだったりしたら「シュレーディンガーの猫」、つまり未だに存在が不安定な『僕』が維持されるはずです。つまりこの時点で『僕』は「シュレーディンガーの猫」ではない、と勝手に決めつけてしまったことになります。

実は、これは意図したところです。
この手紙が本当の母からの手紙であることは、確定させないようにしました。
つまり、僕が「観測されている」という自覚を持ったに過ぎない、というストーリーにしたかったのです。

そのため、世界の状況を検索する場面も非常にお粗末に書いています。それこそ、その世界の状況が真実なのか確かめるには、自らが外に飛び出すしかない。

けれども、「僕」は本気でそれをしようとはしない。

検索で浮かびあがる内容は、願望充足的に浮かび上がってきているだけのものかもしれないという、その可能性に気づくことなく、自己完結した世界の中に引きこもっているだけの「僕」。

描きたかったのは、そんな存在です。

5分前仮説、存じておりませんでしたので、ちょことっと検索してみましたが、面白そうな内容ですね。

色々なアイディアを本当にありがとうございました。

夜の雨
sp160-249-18-100.nnk02.spmode.ne.jp

ちぃひろさん「シュレディンガーの僕」読みました。

やはりオチがね、といったところでしょうか。
「シュレディンガーの猫」を検索して動画で視聴しましたが、もちろん理解できません。
御作がその「シュレディンガーの猫」とどこまで似ているのかもわからないので、オチが理解できるわけもないかなと。
「シュレディンガーの猫」については、アインシュタインと同じ考え方でした、私が。
たぶん、世界のほとんどの人々がアインシュタイン派ではないかと。

箱の中の赤と青のボールは、箱を開ける前から決まっている。
これが私と、アインシュタインの考え方です。

それで御作ですが、オチ以外は面白く読めましたが。

主人公の「僕」は、現在の閉じこもりの人物というところですかね。
周囲の世界が滅んだ後にコールドスリープから起きた、というところですか。

 >二XXX年、この星の地上は到底住むことのできない場所になったということ。人間は、概ね皆滅んだということ。間も無くその全てが滅ぶこと。止むなく、実験的に研究所の職員の息子一名を地下でコールドスリープさせ、二百年後に目覚めさせるようにしたこと。<
この「二XXX年」というところを「2023年」とかの、現実的に過ぎた時代にしてみればいかがですか。
別に「1840年」でもよいのですが。
そもそも人間社会なるものは、存在していなかった。
地球自体が存在していない世界で、何者かが、妄想していた、でもよいのでは。

すなわち、私たちが今いる社会は、存在していない。誰かの頭(ほかAIが人間の脳を模倣している)の中の世界ということにして。
物語を創ればよい。

上にも書きましたが、オチ以外は面白かったので、逆算して物語を創ればよいと思います。
つまりいろいろなパターンをイメージして、最後にオチがそのイメージのラストのピースにはまるように創る。

こんなところですかね。


それでは創作を楽しんでください。

ちぃひろ
121-82-146-158f1.osk2.eonet.ne.jp

夜の雨様

素敵なアイディアをありがとうございます。
勝手にSFは未来の話とイメージを持って2xxx年と設定しておりました。

けれども、描きたかったものは、不確かな世界で不確かな認識のまま、自己を規定してゆく、そんな物語ですので、過ぎし日を持ってきた方が世界の虚構性が際立って、絶対に面白かったと、感じました。

そのうち、星空文庫に寝かせてある本作の方はそのアイディアをいただいて、改訂させていただくかもしれません。

キューバ危機の年にしようかなぁ…なんて、思っています。

夜の雨様のアイディアの流用になりますので、それは良くないということでしたら、どうぞお知らせください。

坊っちゃん文学賞は、ショートショートなので、オチが大事だということは、重々承知しているのですが、なかなかアイディアが降りてきてくれず、ピッタリのピースを見つけるのは、至難の業ですね。

ただ、降りてきたときは、とても心地よいはずなので、色んなものを吸収しながら、よいオチと出会える暮らしをできればと思います。

お読みくださり、ありがとうございました。

夜の雨
sp160-249-18-249.nnk02.spmode.ne.jp

ちぃひろさん

>夜の雨様のアイディアの流用になりますので、それは良くないということでしたら、どうぞお知らせください。<
いえ、ぜんぜん問題ありません。
ご自由に、使ってください。


またの作品を楽しみにしています。

浮離
KD182249022074.au-net.ne.jp

策士策に溺れる、って言い方あるじゃないですか?

下にいるのべたん。さんのとこでも言ったんですけど、観察力足りなくないですか。
まっしぐらに書きすぎかと思うんですよね。
熱量に裏付けられた言い訳の多い書き手みたいなので好きに腹を立ててもらって構わないんですけど、シュレディンガーも水槽も好きにしろと思うし、なによりそれに縛られすぎるからこその

>個人的反省点としては、オチがまとまり切らなかったところでしょうか。

って有り様であることくらい当たり前にわかりますよね。
伝わらないかとは思うんですけど、極端な言い方をすればこの作品って小説っぽいことを掛け違えて振る舞った小説っぽいだけのなにか、でしかないはずかと思うんですよね。
オチがまとまり切らなかったんじゃなくて、オチに辿り着くべき仕組み、その理解をそもそも持ち込まれていないはず、って個人的には当たり前に観察させられる気がするわけです。

憶測に浮かぶ舞台設定に対してキャラクターが暮らす環境材料が余りにも古すぎるとか、そんなこと興味ないのでどうでもいいんですけど、設定のいちいちを書き手自身が余りにも根拠として鵜呑みにしすぎていて完全に創作観点として視野狭窄に陥ってる感じがものすごくぎこちない気がするんですよね。
ものすごく不器用な感じ。

あえて言い訳の余地を授けるなら、これってジャンルなんですか? くらいなものかと思いますよね。
SFのつもりならただの下手でしかないはずだから頑張れってそれだけで済むんですけど、そうではないつもりなら、案外"小説"を知らないし楽しめてない人なんだろな、って個人的には当たり前に思ってしまいます。

返信の中で観測に紐づけて創作意図のようなことをお話されてるんですけど、もっと小説的理解なり動機を踏まえるなら、それってただの設定の話でしかないはずですし、その上で書くべきではないメタ視点をテーマに含ませてようやく"小説"なる出発点に立つもののはずと個人的には思うし、作内にあるもないも関係なしにタイトルですらあるシュレディンガーに縛られるなり意図を丸投げ出来る創作意図って、まともな読者には結構物足りない話のはずですし、文章的な意味とは違うリーダビリティみたいなものを促されない、けっこうな淡白さかと思うんですよね。

端的に言ってしまえば、このお話は暗喩的放棄に乏しいです。
それって、小説にはなり得ない深刻な理由になるはずかと思うんですよね。
個人的には小説って"書いてはいけない"のがなによりの初手であって根拠になるものと思っているので、この作品はその意味を履き違えたような、強引なわりにかなり物足りないもののような気がしてしまいます。

天ピカ
113x40x76x74.ap113.ftth.ucom.ne.jp

読ませていただきました。

検索ワード「世界 真実」は悲しいです。B級の作品を一気にZ級まで引き落としてまいます。
世間のニュースを調べていたら、最終更新日が数年前で止まっているサイト記事がヒットした、みたいなポストアポカリプス感が欲しかったです。

主人公がAIに囲まれたただ一人の人間だったってのがオチなのに、そこで終わらせず少し走り出したのが
この話のまとめがふわっとしてしまった原因なのかなと思いました。

いっそのこと主人公もAIの一つで、人類がいなくなった後、AIだけで人間の暮らしを模倣し続けていることに気付く展開でも面白いです。
ニーアオートマタと被りますけど。

「シュレーディンガーの猫」といえば、量子コンピュータが実用化されつつある今、もう少し解像度を上げてもいいのかもしれません
"重なり合わせの状態だった量子が、観測時に一つの形態にとどまる"
主人公を量子と見立てた場合、視聴者に観測されている時だけ、「配信者としての僕」が存在し、それ以外の場合は「視聴者としての僕」、「生活者としての僕」など、「僕」は環境によって様々な形態に変化していく。
どの状態も「僕」にとっては「僕」であり続けているのに、外部からの干渉によって「僕」らしい振る舞いが変わる。
でもそれって別に普通のことですよね。
ただ、観測者もとい外部の干渉が一切なくなった時(この場合アポカリプス)、重なり合わせの状態で安定する「全僕」が生まれるのか、仮想の観測者を作り出してどれか一つの「僕」にとどまるのか、はたまた。というのが本来書きたいことではないのですか。

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