夏風邪
夏風邪をひいた私は、世話がしやすいからと、普段客間として使われている六畳の和室の中ほどに寝かされていた。
父と母は、勤め先の病院へ行ってしまい、お手伝いのおキヌさんがひとり、朝から看病をしてくれていた。けれども、このおキヌさんというのが、齢七十を超える腰の曲がったお婆さんで、細々とした頼みごとをするのには少々気が引ける。生ぬるい氷嚢を首筋に当てがいながら、今度おキヌさんが来たなら、氷を新しくして貰おう、そうしてなにか、冷たい飲み物をお願いしよう、そう思いながら、熱で白く濁った頭を、庭の方へと向けた。
庭に面した障子と、縁側の硝子戸は、換気のために開かれて、あかるい夏の日射しが庭の地面を白く照らし、その上に濃い影を落としている。
白い土塀の前に置かれた、横長の飾り台のうえに並んだ朝顔の鉢は、父と母が、入谷の朝顔市で買って来たものだ。
鉢の縁に沿って刺された、数本の長細い竹の棒の真中と末端には、竹を円環に加工したものが、針金で固定されている。これは、蔓が満遍なく空間を使えるようにとの、作り手側の工夫である。その甲斐もあってか、蔓は鉢いっぱいに這いまわり、青々とした葉を繁らせている。
朝に水を撒いたあとには、大きくひらいた濃い紫の花びらに、いくつもの雫を光らせて、瑞々しい命の輝きさえ感じさせるのに、この昼過ぎの、白い日射しが差し込むいまとなっては、末期老人のように、黒く萎んでしまっている。
変哲のない庭である。すぐに見飽きてしまう。
なに、どうせ暇だろうと、出掛けに父が枕元に置いていった朝刊のことを思い出して、手を伸ばす。
『金閣寺全焼』の見出しが目に入り、舐めるような赤い火の舌が、金色に輝く鳳凰を呑み込む画が頭に浮かぶ。けれどもその後に続く文字の配列を理解しようとすると、文字と文字との繋がりが、ほどけてバラバラになり、意味を理解できなくなって、仕方なく、天井の黒い木目に目を向けた。
熱に侵された人間は、頭で考えるような、理性的なものよりむしろ、美しい景色や心地の好い音楽といった、肉体で感じられる本能的なものに、強く惹かれるのではないかと(理性的に)考えていると、廊下側の襖が微かな音を立てて開き、お手伝いのおキヌさんが、泥棒のような仕草で顔を覗かせ、私と目が合うと安堵した表情に変わって、紀子さんがお見舞いにいらっしゃいましたよ、と言ったあとで、その後ろからひょいと現れた紀子さんの姿を見た途端、ぬるい氷嚢や渇いた喉のことなどは、頭のなかからすっかり飛んでしまって、体温が二度くらい上がった気がした。体温だけではなく、鼓動までが、ばくばくと早まるのを感じた。熱のあるときに、紀子さんと会うのは毒だ。殺生だ。私が、そんなことを考えていることも知らないで、部屋に入ってきた紀子さんは、涼しげな白いワンピースを着て、手に持った竹の編み篭には、夏蜜柑が盛られていた。
紀子さんのしなやかな足が、真新しい畳のうえを、音もなく滑らかに近づいてくるのを、頭の右半分を枕に沈めて私は、黙って見ていた。
近づいてくる度に、ばくばくばくと、心臓が高鳴り、汗が吹き出して、もう本当に、死んでしまいそうになる。
そうして、私の枕元に寄り、膝を曲げて静かに座ると、長い黒髪が揺れた。いまにも泣き出しそうな顔が、こちらを見下ろしていた。
「お身体は」
「まだ熱が、すこし」
「お父様はなんと」
「プール熱と」
「そう」
二日前、わたしと紀子さんは、連れだって、市民プールにいったのだ。
もしかしたら、紀子さんは、私が病に罹った責任を感じているのかもしれない。
「紀子さんのせいではありません」
それには答えずに、紀子さんは、胸元から清潔そうな絹のハンカチを取り出して、
「可哀そうに」
と、そう言って、私のべたべたした首筋を、額を、頬を、柔らかい果物でも撫でるように拭いてくれた。
「伝染ります」
「いいの」
私は薄く瞼を閉じた。淡い光のなかで、睫毛のカーテン越しに紀子さんの腕が、右へ左へ動くのを、ぼんやりと見ていた。私は身体を動かさず、されるがままで、すべてが紀子さんの手のなかにあった。首から下が、あたたかい湯のなかにいるようであった。もういっそのこと、このまま《死んでしまおうかしら》と思った。そうありたいと願った。それが正しいことのように思われた。
紀子さんの優しさが、なによりも苦しく毒であった。このとき私は確かに彼岸にいた。そうして、こちらともあちらともつかず、ゆるやな、緩い流れに身を委ね、どちらかといえばあちら側の方へ、このまま揺蕩っていきたい、などと考えていたが、そんな私の意識を引っ張ってきたのは、鼻先を掠めた、柑橘の微かな匂い。
「お蜜柑」
と私は言って、目を開けた。
枕元にある夏蜜柑が、生の匂いを放っていた。
「ええ、おばあ様が、持っていきなさいと」
紀子さんのおばあ様の微笑む顔が、光のなかに浮かんだ。とても、笑顔の可愛いお婆さん、私はこのお婆さんのことが、とても大好きなのです。
「そんなに汗をかいていて、きっと、喉が乾いているでしょう」
紀子さんは、瑞々しい緑の蔕(へた)のついた夏蜜柑を、ひとつ取り、掌にのせ、皮を剥いていく、親指の爪先が、艶めく蜜柑の皮に、ぬぬぬと食い込むと、香りはいっそう、強くなった。
皮をすべて剥かれた蜜柑は、幼児の握った柔らかい手を思わせた。蜜柑の皮を屑籠に入れる紀子さんの爪先は、微かに黄色く色づき、光っていた。
紀子さんは、私の汗を拭ったハンカチで指を拭いながら、
「喉が乾いているでしょう」
もう一度、決めつけるような口調で言うと、
裸になった蜜柑をひと房、指先でつまむように取り分けて、
「お開け」
私は、力なく口をあけた。
そうして、目を閉じた。鮮やかな青と緑の残光が、黒い瞼の裏に瞬いた。
私は、口をあけて、待っていた。そうして、乾いた口のなかにひと房の蜜柑が優しく放り込まれると、舌の付け根の左と右のあたりから、唾液がじわ、と漏れ出るのが分かった。
ゆっくりと口を閉じ、舌で蜜柑を包む薄い膜に触れ、奥歯の方で軽く噛むと、膜がぷち、と破れて酸味の強い果汁が一気に溢れ出た。酸っぱい汁は、唾液と混ざりあって、そのまま流れるように、喉を通って落ちていった。
「も一つ如何」
私は、目を瞑ったまま、黙って口を大きくあけた。喉の奥にあるひだ、さらに奥の黒いところまで、恥ずかしいところを、紀子さんに晒している自分のことを思うと、また熱がいくぶん上がったような気になって、呼吸も苦しくなってきた。
いま、自分はいったい、どのような顔をしているのだろう、どんなはしたない面を、うつくしい紀子さんの眼前に、ぶら下げているのだろう。
紀子さんの背中越しに見た自分の面を想像してみる。
私は目を閉じ、両頬を赤く染めながら、歯科でするように、口を開けていた。
並んだ白い歯の奥に、赤く腫れあがった扁桃腺が、見えている。内臓まで繋がる黒い喉の奥からは、水気を帯びた白くて熱い息が、みじかい間隔で吐き出されている。
そうやって、口を開けていると、だんだん、顎の付け根が痛くなってきて、溜まった唾液は細かく泡立ち、だらりと一筋よだれが垂れて、顎までつーっと、つめたく流れていった。
私は目を閉じ、それを見ていた。
嗜虐的な笑みを浮かべた紀子さんは、手に持った蜜柑の房を、自らの口のなかに含み、柔らかく顎を動かしたあと、血色のよい唇のあいだからとりだした蜜柑の房は糸を引いて、それが光った。
優しくて、気品に溢れた紀子さんが、そんな淫らな真似をするわけがないことくらい、分かりすぎるほど、分かっているのだけれど、それでも紀子さんは、細かい泡の付いた蜜柑の房を、彼女の目下で阿呆のように口を開いて待つ、私の赤く濡れた舌のうえへ、そっとおいた。(実際、そのとき舌のうえに、蜜柑の房がおかれた。)その際に、紀子さんの指先が、一瞬だけ、舌の肉に触れたのを感じた。私は、口端を綻ばせながら口を閉じ、今度は味うように、しつこく、舌の先で蜜柑を転がして、舐めまわしながらそれを食べた。あとに残ったちいさい種は、噛み潰して飲み込んだ。
そうして、なにも言われていないのに、嬉しくなってまた、口をあけた。
ふふ、あなた、雛鳥みたいですよ、暗闇のなかから、悲しくなるほどうつくしい声が響いてきた。
「でもあんまり食べすぎて、お腹を壊しますよ」
私は薄目をあけて、
「いいのです」
そのとき、緩やかな風が入ってきて、布団から出た顔に触れた。
紀子さんは、風の入ってきた方を見て、
「風鈴をつければ、きっと涼しく感じられますよ」
「はい」
「きっと、よくなりますからね」
「はい」
ちりん、
遠くの方で、風鈴の揺れた音が聞こえた気がした。
執筆の狙い
1950年代を想定して書きたかったのですが、いまは2026年なんですよね。それで苦し紛れに、金閣寺全焼の記事を出しました。昭和とか、いまより昔の時代を書くときに、読み手がストレスなく入っていける、よい方法あれば教えてほしいです。
あと、終盤で主人公の『私』が、頭のなかで妄想して自分を俯瞰して見てますが、必要でしたか? わたし個人の意見としては、主人公の身勝手さが出て良かったのかな、とは思ってるんですが。
その他、気になった所がありましたら、教えていただけると幸いです。