神は死んだが、人は生きている。
「神は死んだ」
誰が最初に唱えたか分からない。しかしその言葉は、生の意味を大きく変えた。
深い不安と虚無が渦巻く今。
神という絶対的な価値の担保が消えた世界で、人はどうやって生の意味を、強さを、肯定を、自分を作り出すのか……
これは、神のいない世界。様々な人々がどの様に生きて、生のあり方をどう見つけ出したのかを描いた物語。
街は、霧に包まれていた。
とある日の早朝。湿ったアスファルト反射する光は血のように赤く、しかし冷たく見えた。
早朝だからだろう。外はひっそりと目を開けた生命だけが活動している。
ーーその中に一人一際目立つ存在がいた。
霧の中でも、その人物だけは輪郭がはっきりと見える。
黒い外套を羽織り、湿った地面をしっかりと踏みしめながら進んでいる男。背は、高くもないが決して低いと言うわけでもない。平均的な高校生男子ほどの身長だろうか。
顔立ちも、記憶に残るほど整っているわけでもない。
だが、何故か不思議と目を逸らせなかった。
見つめているとその男はふと霧の向こうの何かを見つめて笑った。
「ああ、やっと見つけた……」
誰かに向けた言葉の様でもなさそうで、只々達成感に満ちた全てが終わった様な顔を、声音をしていた。
その男はどこかへ走り去っていった。
全てを終わらせるために、見つけたものを決して見失わないために。
それを物陰から見ていた少年。
中学生ぐらいだろうか。しばらくして「あっ」と声をあげて何かに気付いた様に走って行った。
私はそこに何かを見つけた。
それは何か光る物の様だった。
私にしか見えなかったのだろうか。周りにいた人々素通りして行ってしまった。でも、私はそれから目が離せなかった。それはどこまでも届きそうな深く美しい色をしていた。
それは、さっき見た黒い外套を着た人の時の様に……
それから、何事もなかった様に私は家に帰った。
別に誰かに影響されたわけでもない。
ただ、ご飯が食べたくなっただけ。
誰もいない家。簡単な朝食を作りながら考える。
さっきの黒い外套の人は誰で何を見たのだろう?
それを見ていた物陰からのぞいていた少年は何を思ったのだろう?
ぐるぐると回る思考。いつもなら、考えても無駄だと思って思考を放棄するところ。
でも、私は考えるのをやめない。いや、やめれない。
少しでも他のことを考えてしまったら、私が今掴もうとしている何かが逃げてしまいそうで……
そうして、私はフライパンに卵を落とした。
じゅう、という音が静かな部屋にやけに大きく響く。
白身が広がり、黄身がまだ形を保っているのを見て、理由もなく安心した。
世界は、少なくともこの卵に関しては、ほぼいつも通りの反応を返してくれる。
『卵は焼ける。』
そんな当たり前の事実が、今の私には妙に重要だった。
黒い外套の男。
霧の向こうに「見つけた」と笑ったあの表情。
あれは失物を見つけたわけでも、何かの救いを見つけた顔ではない。
ましてやそれが真理や、希望な訳がない。
――きっと終わらせるための顔だ。
そう思った瞬間、胸の奥が微かに痛んだ。
痛んで傷んで傷付き、気付いた。
何かが終わってしまう時、必ず何かが失われてしまうのではないか?
物陰から見ていた少年のことも気になった。
あの子の目は、世界をまだ信じている。
いや、正確にはあれは「信じられるかもしれない」という淡い希望を、まだ失っていない目だ。
少年は何を見たのだろう。
黒い外套の男の背中か。
それとも、あの男の見た何かか……
トーストが焼ける匂いが漂い、私は思考を中断される。
焼きすぎないように、と無意識に手を伸ばす自分が可笑しくなった。
意味なんてなくても、体は生きる手順を知っている。
いや、無意識下で行われている。
朝食を皿に乗せ、テーブルに置く。
向かいの椅子は空いている。
いつからだろう、誰かがいないことを「当然」だと思うようになったのは。
椅子に座り、食べ始めながら、ふと気づく。
「私は、何者なのだろうか?」
神がいない世界では、この問いに正解はない。
教師も、書物も、天啓も答えてはくれない。
それでも人は問う。
問い続けてしまう。
黒い外套の男は、問いに一つの答えを出したのかもしれない。
何かを「終わらせる」という答えを。
少年は、もしかしたら別の答えを探し始めたのかもしれない。
それなのに私は……
皿の上の卵をフォークで切り分けながら、思う。
意味は、与えられるものではない。見つかるものでもない。
ましてや、作るものでもない。
――選び続けるものなのだ。
考えるのをやめられないのは、弱さではない。
それは、最良の選択をするための大事な工程だ。
生きている者たちだけに許された特権だ。
そこで何を考えようが、選ぼうがその人の自由でありその結果とった行動が今、人に唯一残された、嘘偽りのない誠実なモノなのかもしれない。
ふと、鼻を刺す匂いに顔を上げるとトーストが、少しだけ焦げていた。
思考に沈みすぎていたのだろうか。
それでもすぐには動かなかった。
トーストがどうなるかより、さっきの男の笑みの続きを、少年の行先をもう少しだけ考えていたかったからだ。
窓の外では、霧が少しずつ薄れ太陽の光がうっすらと入ってきていた。
街は何事もなかったかのように、今日を始めようとしている。
神は死んでいる。
だが、人は生きている。
そして私もまた人だ。
ただ、この世界でまだ名前のない「何か」になろうとしている、他とは少し違うだけの取り残された生き物なのだ。
執筆の狙い
ここ2、3ヶ月忙しくて書けてなかったので、書き方を忘れてしまいまして。
なので、全部崩して0から書いてみようと思い書いてみました。
現体制になって1回目なので厳しく指導してほしいです。お願いします。