作家になったらⒶ‐ⓐ
自動車の免許があればポルシェかBMWでも買っていたところだろう。
しかし昌夫は、いわゆるエビ脚というヤツで、足に軽い障害があり普通免許さえ持っていないのだった。そこでこのオーディオルームにふんだんに金を注ぎ込んだわけだが、とはいえ、ファンライターあがりのしがないラノベ作家、幾らオーディオに金を注ぎ込んだところで、普段聴いているのは昭和のアニソン、特ソンばかり──。番組名絶叫型のそれら楽曲は大音量で聴けばそれなりに迫力があったが、やはり、買い揃えた機器の性能を引きだし切れているとは到底思えない。
というわけでこの別荘に招く最初の女性ゲストにスコットランド貴族の血を引くというレナをを選んだのだ。
大理石のような肌の色、湖水のように澄んだ瞳、高い鼻梁──。スコットランドといえばケルトだろうか? カエサルの『ガリア戦記』に長身で金髪の民族と記されていたが、レナの髪は碧味がかった黒髪だ。その髪をユニセックスなベリーショートにカットしていて、理知的でノーブルな美貌に実によくマッチしている。ちなみに長身というところだけは『ガリア戦記』が記している通り──。ヒールの高い靴を履いたレナの横にはあまり立ちたくないものだな、と、昌夫はしみじみ思うのだった。
別荘本体の購入資金は『相模与野純愛文学大賞』受賞にともなう処々の雑収入を充てた。
賞の発表は春と秋の年二回──。当該期間中に出版された単行本の他己推薦というのがエントリーの第一条件で、一応プロ作家が対象なのだが、地域への文化人誘致・定着を目的とした賞なので、実質新人賞のような受賞者たちのラインナップになる。市としては当然若いひとたちに入ってきてもらいたいわけだ。というわけで昌夫は、そんな受賞者たちのなかで最高齢の受賞者になってしまった。誘致以前にそもそも地元出身の作家だったという点がプラスに作用したようだ。
賞金はたった三十万円──。
Fラン私大をでたあと昌夫は長いこと無職だった。当然金には不自由していた。そんな昌夫が三十万円をたったと思えるようになった点は取り敢えず「成長した」と評していいだろう。
しかし、無論、三十万円で別荘は買えない。
ただ、いままでコツコツ書き溜めてきた過去作が一気に売れだしたし、それらの文庫化などの印税も入った。さらに、エッセイ、書評、他の作家の著書への跋文──。講演会、サイン会などなどと引っ張りだこに……。気がつけば預金通帳の玉=すなわち桁を示すゼロの数が二つ三つほど増えていた。
はっきりいって確定申告の時期が恐い。別荘購入代は税金対策になるのだろうか?
ここへの生活資材の搬入を一通り終えたのち、昌夫は思ったものだ。
(俺、足が悪いんだよな。税務署の窓口に並ぶんだってしんどいんだ。俺みたいな奴はもう少し適当に働いたほうがいいのかもしんないな)
とはいえ、「彼みたいな奴」にそんなチンタラした働き方を赦してくれる社会とは思えない。そこでこんなことも考えた。
(フェミニズム方面じゃリーン・イン・フェミニズムなんてのが随分バッシングされてたようだけど、ガンガン働いてリーン・インしちゃえばブルジョア化しちゃった裏切り者で、それじゃってんで手を抜いて働きゃマイノリティだってことに甘えてんじゃないの? なんていわれちゃうんだろうな。まったく、どっちに転んだって差別される側が悪いってわけだ。一般人たちの側から観ればね。ま、それもニーチェがいってたパースペクティヴィズムってヤツなんだろうけど、となるとマイノリティの側からすれば、へーゲル的綜合の視点ってやっぱ必要だよな。ニーチェやフロイトを担ぎヘーゲルを散々叩き捲ったポストモダンの連中がマイノリティの味方だなんて話は、絶対あり得ない話だ。ジュディス・バトラーなんてまさにフレネミーってヤツの典型だな)
昌夫も一応作家でありインテリである。
ラノベ作家だけに批評方面ではアニメ、特撮に関する批評から出発し、にも拘らず、それらサブカル系批評の界隈でいまだに支配的なポストモダン系批評には批判的、──というより、恨み骨髄といった感じなのだ。
ところで、自動車の普通免許さえ持っていない昌夫に、今回、別荘への生活資材の搬入に当たりクルマをだしてくれたのは、そうしたサブカル系批評の界隈で知り合った女性編集者の一人だった。その名を小坂志麻といい、かなりの美人である。
西洋人のレナもそうなのだが、志麻もシュッと上背のある女性だ。一見細身のモデル体型で、股下はレナよりむしろ長い。
その美人編集者の態度が、あの日少々おかしかった。
まず第一に服装がおかしかった。動きやすいようTシャツにデニム、と、一応理屈は通っているのだが、トップスもボトムスもパッツンパッツン、胸も尻も、眼のやり場に困るほどだった。
さらに、足が悪い昌夫に代わり力仕事まで熟していくなか、体が火照ってきたのだろうか? ジャケットを取ると、Tシャツと観えたのはなんとタンクトップだった。
レナを迎えた今夜もそうだが、外はまだまだ木枯らしの季節──。
だがしかし、問題のタンクトップは背中が広く剥きだしになっていて、観ている昌夫のほうが風邪でも引いてしまうんじゃないかと心配になってくるほどだった。
第二に志麻は、昼食前の休憩時間に、早くも缶ビールを開けてしまった。アルコールは夜までに抜けるというという計算だったのだろうか? とはいえ、自動車の運転に関しては素人の昌夫のほうが慎重だった。
『あの、小坂さん……。変な意味に取らないでほしいんですが、部屋、ゲストルームがありますから、今晩、泊っていきますか?』
先述のように、志麻は床に胡坐を掻き缶ビールをグイグイやっているところだった。昌夫はまだ梱包を解いていない段ボールの一つにでもかけていただろうか? 志麻は放恣な姿勢ながら、西洋人より長い脚が実に華麗だった。
そして何より、タンクトップの胸の谷間が……。
常にシュッとした背筋の志麻だったが、胡坐になれば、さすがに少々猫背気味になる。そのため両の乳房が僅かに垂れ、谷間がグッと深みを増して……。まさに昌夫の下半身直撃の姿態だった。
そんな姿の志麻がいった。
『変な意味に取らないでって……。私なんか、警戒されちゃってます?』
志麻はたっぷり汗を掻いていた。その体にアルコールを入れ、末梢血管も汗腺もブアッと拡がったところだったろう。おまけに両の腋が開いたトップス──。
昌夫の鼻腔に志麻の甘酸っぱい体臭が香った。
もしもあれが誘惑だったら、志麻も随分リスキーな手札を切ったものである。フェチの昌夫には実はド直球だったのだが……。
もっとも、時勢から観て、酔った女性を抱くわけにはいかない。その夜は映画論などを語り合い過ごした。
一方、レナはというと……。それが文芸誌の出身ながら、昌夫以上のコテコテのヲタクだった。
問題のオーディオルームのCDラックを視るなり──。
「いいじゃない! いつものあなたのプレイリストで! どれからいこっか? 水木一郎? ささきいさお?」
「いや僕は、レナさんに、サラウンドが生きるクラシックの名演かなんかを、教えてもらいたいなって思ってたんだけど……」
日本人の割り合いが四分の一のクォーターでもあるレナの日本語は、くだけた部分まで含め、ほぼ完璧である。
「ふーん? じゃあさッ、川島和子のヴォカリーズなんか、どう?」
「そりゃそういう新録も探せばあるだろうけど、でも、新録じゃあなァ……」
「でしょ? じゃあこれ、『松本零士の世界』! これいこうッ!」
そしてレナはささきいさおにハマってしまい、『進め! ゴレンジャー』がかかった際には自分は堀江美都子のパートを、昌夫にはささきいさおのパートをと、デュエットまで要求してきた。無論、カラオケではないので歌詞などでない。だが二人ともそれぞれのパートを、CDの歌唱に合わせ完璧に歌い切った。
さらに、『ボルテスⅤの歌』、『花の子ルンルン』と、しばらくのあいだレナの「ワンパーソンショー」が続いた。
昌夫は半ば呆れ顔だが、これはこれで、なかなか楽しい夜だ。
(当初の計画とは当然違うんだがな)
オーディオルームの中央にクッションを敷き、並んで坐り、肩を組んで、ときに抱き合って……。汗、唾などに関してはむしろ昌夫のほうが気にしている感じだった。
そして、匂いに関しても……。
志麻の体臭は柚子のような香味だったが、レナの体臭は柑橘系というよりヨーグルト、あるいはレアチーズのようなどこか動物質を思わせる匂いだった。昌夫は思った。
(やっぱりこのひと、肉食人種なんだな──)
とはいえそれで引いてしまう昌夫ではない。むしろまた「当初の計画」が朝までアニソン、特ソンのなかに滝のように流入してきてしまう。
レナは堀江美都子をあらかた歌い終え、いまや山瀬まみの『スターライト・セレナーデ』を仁王立ちになって絶叫していた。
胡坐を掻いた昌夫のすぐ前──。逞しいといっていい白人女性の巨大な尻が、文字通り眼と鼻の先にあった。
だがしかし、色っぽいことにはなりそうにないなと踏んでワインでも開けようかと席を立ちかけた昌夫だったが、意外なことに、レナのほうが、問題の「当初の計画」にリンクしてきたのだった。
「アッ、そのまま──。だってそろそろ第二楽章でしょ? 第二楽章は私のヴォカリーズになるかな……。これまで同様、いっぱい歌わせてね」
レナのヲタク度はどうやら昌夫以上のようだ。山瀬まみを上記B面まで続けて歌ったあと、締めにするつもりらしい安田成美もまた、ビニールのシングル盤ではB面だった楽曲──。『風の谷のナウシカ』ならぬ『風の妖精』……。
そしてそれを歌い終えると、レナはなんと、昌夫の胡坐のうえに直接その尻を載せてきたのだった。
要するに二人羽織の状態で、熱唱のためたっぷり汗を掻いた髪の匂いがムンムン漂ってくる。
視野の下限に、オイルを塗ったようなヌラヌラ状態の項のキラキラがチラつく。
昌夫の胸をすっかり座椅子の背凭れ状態にしてしまいながら、それでもレナは、微かに俯き加減な様子だ。
視野を蔽うレナの頭の先に、雑に重ねられたCDの小山が見える。
「私のニオイ、もう判っちゃってんでしょ?」
「エッ?」
「中学生になって、それでイジメられたの……。私確かに、子供にしちゃちょっとキツい匂いのする制汗剤、使っちゃってたんだけど、中学生になると化粧品禁止の校則とか、いろいろあるでしょ? 香水つけてんじゃないのかって、いわれちゃって……。制汗剤の匂いのあとは、そもそもあんた、体臭自体がキツいのよって……。ああなるともう、生活指導の先生がイジメのいいだしっぺだよね?」
「ああ、イジメなんてモンは先生の誰かが、コイツやっちゃっていいよってサインだしてるモンさ……」
「それで私、中学校の残りの二年間と高校の三年間だけ、向こうの学校いったんだけど……。あなたのことも、随分リサーチしたよ。フェチなんていったって二次元専門、リアルでクサいのはやっぱヤだよなんてひと、案外多いしさ……。全作熟読したよ。でね、今夜はワザと、汗いっぱい掻いて見せたの。私のニオイ、大丈夫なんだよね?」
「ああ──」
とはいえ、昌夫のほうにもいっておかなければならないことがあったのだが、しかし、それもレナが……。
「Sなんだよね? 全作熟読したっていったでしょ? ……っていうか実はそこから、あなたのこと、調べ始めたのかな? あのね、ラヴ・アフェアーな相手としてはSの叔父だけが、私に優しかったの……。そりゃSだからいってること自体はホントにヒドいことばっかりだったんだけど……。でも私がシャワー浴びようとすると、二の腕グイッて掴んで、『牝のクセに上品振っったことしてんじゃないよ』、なんてね。そして飽きもせずなん度もなん度も、『犬や豚だってこんなにクサくないぞ』、とか、『お前のこのニオイに堪えられんのは世界中探したって俺以外いないぞ』、とか……。S男性のああしたパラノイアックな反復性は、私みたいなのにはむしろ安心感かな?」
「S男性の反復性」──。
SMの『千一夜物語』が始まる! 昌夫はふとそんなことを思ったのだった。
執筆の狙い
合意モノSM小説のヒロインたちに関し、フェチ寄りのこの掴みはどうか?
毎度毎度一章だけ投稿でどうも済みません。でも反応がやはりイマイチで……。
エンタメ小説が中間小説なんて呼ばれてた時代の少しあとに文芸サークルに入った筆者──。
西村寿行先生──。
菊地秀行先生──。
当時はその中間小説でもアナルファックぐらい当たり前、浣腸までやらなきゃそんな一般小説との差異が生まれないっていう信念で官能小説の練習をしてきました(というわけで相当匂ってるこのコたちでスカトロまでやっちゃう予定──。っていうか、筆写の官能小説向き習作では常に……)。
今度こそ完結させたい! よろしくお願いします!