作家でごはん!鍛練場
和地谷まこり

きらきらのおねえさん

遠い昔……。


 夜になると、まわりはまっくらで、星だけが空に穴をあけたみたいに、ぽつぽつ光っていた。
 ぼくは、母さんと父さんとくらしていた。ぼくが冬をむかえるのは、これで六回目なんだって。
 晩ごはんのあと、ひとりで外に出て星をながめていた時のことだ。寒い日は、いつもより星が近くて、きれいに見えていた。すると森の奥のほうで、見たことのない光を見つけた。ゆらゆらゆれながら、それは近づいてきた。人影の胸のあたりが、きらきら光ってみえた。
「だれ……?」
 それは女のひとで、胸が光ってた。オレンジ色に。長い髪は星の色、肌は月みたいに白くて、動くたび、空気の中に光がこぼれた。冬を二十回以上はむかえていそうな、きらきらしたおねえさんだった。
 服は着ていないのに、ぜんぜん寒そうじゃない。
「こわがらなくていいよ」
 おねえさんの声は、石を打ち合わせたときの音みたいに、よくひびいた。
「きみ、ひとり?」
 ぼくはうなずいた。
「じゃあ、一緒に行こう。きらきらを探しに」
「きらきら?」
 ぼくが聞き返すと、おねえさんはぼくの手をとって、自分の胸の光るところに押しあてた。
「そう。ここにある光。でも、もう足りないの」
 森の奥へ進むと、木々はだんだん細くなり、地面は冷たい石ばかりになった。
 おねえさんが歩くたび、闇は後ずさりするみたいに逃げていく。
 ぼくは、その光があれば、もう夜はこわくないと思った。
「きらきらは、人の中にあるの」
 おねえさんは言った。
「うれしいとき、だれかを思うとき、あったかくなるでしょう?」
 ぼくは、母さんが火を守っていた夜を思いだした。父さんが狩りから帰りの遅い日も、母さんは火を消さなかった。そのとき、胸の奥が少しあたたかくなったこと。
「それ、見えるわ」
 おねえさんが笑った。
「それが、きらきら」
 ぼくは、おねえさんの胸のきらきらをじっと見た。
「どうして足りなくなったの」
 ぼくがそう聞くと、おねえさんはすぐには答えなかった。そして、泣くのをこらえるみたいに笑った。
「わたし、ずっと使ってきたの」
「夜を照らすのに」
 おねえさんは、森の闇を見まわした。
 森の音が、急に遠くなった。
 しばらくして、おねえさんは空を見上げた。
 星は、どれも小さく、冷たそうだった。
「むかしはね」
 おねえさんは言った。
「人は、もっときらきらしてたの」
「もっと?」
「うん。火を見つけたばかりのころ、夜はこわくて、寒くて。だから、人はいつも、だれかのことを考えていた。ひとりでは、生きられなかったから」
 おねえさんは、胸の光を指でなぞると、
 その光は、少しだけ揺れた。
「ひとりで生きられなかったから。泣く子がいたら、だれかが抱いた。火が消えそうなら、交代で守った」
 ぼくは、母さんの背中を思い出した。
 火のそばで、じっと動かずにいた夜。
「でもね」
 おねえさんの声が、少し低くなった。
「人は夜を火で満たした。明るくして、獣を追いはらった。人は、ひとりでも平気だと思うようになった」
 風が吹いて、木の枝が鳴った。
「きらきらはね、いらないって言われると、消えてしまうの。星も、同じ」
 おねえさんは空を見上げて言った。
「見上げる人がいなくなると、少しずつ落ちていく」
 ぼくは、のどの奥がつまって、なにも言えなかった。
「だから、もっときらきらが必要なの」
 おねえさんは笑った。
「ぼくの、あげようか」
 おねえさんは、びっくりして目をひらいた。
「だめ、やっぱりだめ。それは、きみのだよ」
「でも」
「ごめんなさい。寒いところに連れ出したりして。本当は……」
 おねえさんは、しばらく黙っていた。


「……本当はね」
 おねえさんは、ぼくをまっすぐ見た。
「きらきらを、もらいに来たんじゃないの」
 森の音が、すっと消えた。
「迎えに来たの」
「だれを?」
「きみを」
 ぼくは、なにを言われたのか、よくわからなかった。
 でも、胸の奥が、ひやっと冷えた。
「この冬で、きみは終わるはずだった」
 おねえさんは、やさしい声でつづけた。
「寒さか、けものか、病か。理由は、どれでもよかった」
 風が吹いて、木の枝が鳴った。
「あなたの順番が来たの」
 ぼくは、怖くなって、お家の暖炉の火を思い出した。母さんが、じっと火を見ていた夜。父さんが帰らない日も、火を消さなかったこと。
 おねえさんはぼくの目をじっと見てから、こう言ったんだ。
「今の、見えちゃった」
 おねえさんは、目を伏せた。
「火を守るひとを。待つひとを。だから、迷うわね。天使は、迷っちゃいけないのに」
 おねえさんは、ゆっくりと、ぼくの胸に手をあてた。
「だから、少しだけもらうことにする。これでつり合うはず……。ごめんね。むずかしいことを言って」
 ぼくは、声がうまく出なかった。
「生きられるよ」
 おねえさんは言った。
「そのかわり。少し悲しい未来になるかも」
 おねえさんの胸の光が、急に明るくなったけど、おねえさんの顔はうれしそうじゃなかった。涙がポロポロ落ちてるんだ。
「返すね。いつか、きっと。君の名前は?」
「イェシュア」
「救い、という意味ね。昔から、よく呼ばれてきた名前。私もとても好きな名前よ」
「おねえさんの名前は?」
 おねえさんは答えないで、ほほえんだまま、ぼくをじっと見てた。
「きみが、だれかの夜を照らしたとき、返しにくるわ」
 そう言って、おねえさんは森の奥へ歩きだした。だんだん遠ざかり、森の奥の星の中にまざっていった。
 ぼくは、ひとりでおうちに帰った。
 母さんと父さんは、いつもと同じように、火のそばにいた。
「どこに行ってたんだい」
「きらきらの星をみてた」
 母さんは、ぼくを抱きしめてくれた。
 七回目の冬は、ちゃんとやって来た。

きらきらのおねえさん

執筆の狙い

作者 和地谷まこり
M106072130097.v4.enabler.ne.jp

童話や寓話にチャレンジしてみました。
子どもことばで、深さを出すのに難儀しました。

コメント

偏差値45
KD059132062019.au-net.ne.jp

>童話や寓話にチャレンジしてみました。

そんな感じはしなかったかな。
正直に言えば、何を言いたいのか、分からない。
何かしらの明瞭な教訓があってもいい気しますね。
冒頭から曖昧。方向性が分からなかった。これが物語の大半なので問題が大きい気がしますね。
SFなのか。宗教的な何かのか。悩みましたね。

>冬を二十回以上はむかえていそうな、
ふつうの人はこんな表現はしないと思う。

>服は着ていないのに、ぜんぜん寒そうじゃない。
変人、変態の類です。あぶない人ですよ。

>「じゃあ、一緒に行こう。きらきらを探しに」
誘拐になります。違法ですね。

総じて物語としての完成度が低い気がしましたね。

和地谷まこり
softbank114049131073.bbtec.net

コメントありがとうございました。

平山文人
zaq31fb1c44.rev.zaq.ne.jp

和地谷まこりさん、作品を拝読させていただきました。

一度読んで、大いに頭を悩ませた後、二度目を読み終えた今、この作品に関する率直な感想は
「壮大な交響曲を、フルート一本で演奏した」というような感じです。なぜかと言いますと、
愛、優しさ、社会のこと、イェシュアという名前から連想されるキリスト教的世界、これらの大きなテーマが
メタファー的に提示されているものの、表現が簡単なため、読者の想像の余地が広すぎて、戸惑いが大きいのですね。

文体だけ見れば小学校低学年の子でも読めると思いますが、きらきらの意味を理解するぐらいで
精一杯だと思います。多く想像するための引き出しの中身がまだないからです。
一方、私たちのような大人が読むと、解釈や想像の余地が多く、壮大なテーマが秘められていると
分かるのですが、いかんせん聞こえてくる(文字として目に入る)情報が限りなく少ないため、
「むむむ……イェシュアは子どもの頃のイエスなのか?」などと思考停止してしまうのです。

つまり、ぶっちゃけて言うと、大人に読ませるには必要な情報を削りすぎ、
子どもに読ませるには難解すぎる、という所でしょうか。想定している読者層によっても変わりますが、
もしも大人なら、もう少し書いてほしいというのが正直な思いです。

テーマは素晴らしいのに、言葉が足りないために大人の読者が満足できない、ではどうしたらいいかというと、
これは簡単で、もう一段階記述、表現のレベルを上げればいいのだと思います。
作者様の過去作品はわからないのですが、この作品を読むだけで書く力を持っている人だというのは分かります。

もし今後改稿を考えられるなら、おそらくは頭にあったのは「星の王子様」辺りかなと思うのですが、
これを賢治の「銀河鉄道の夜」ぐらいの文体まで上げてほしいと思うのです。おそらくもっと理解しやすくなります。

辛口の感想になったと思います。ですが、重ねて書きますが、愛や優しさや救いをテーマにしたこの作品は
素晴らしいものを秘めていると断言出来ます。没作などにはせず、改良した作品の姿を私は見たいです。

それではこれからもお互いに頑張りましょう。

夜の雨
sp1-73-30-51.nnk01.spmode.ne.jp

和地谷まこりさん「きらきらのおねえさん」読みました。

つまり「イェシュア」という男の子が7歳を迎える前に天使が迎えに来ました、天国へ召すために。
そのイェシュアと天使の一夜の物語であり、天使にも事情があり自分が消滅しかけていたがイェシュアに少し光の魂をもらったので消滅せずに済んだ。
そのお返しにイェシュアは7回目の冬を越すことができた、という事でしょうか。
ちなみにイェシュアは光を少し天使にあげただけではなくて、これからの人生は少し悲しいものになると天使が話した。
というような物語でよろしいでしょうか。

話の設定部分をわかりやすくして掘り下げておいたほうがよいですね。
それと伏線をさりげなく張るとか。
たとえばイェシュアは6歳で7歳になる前の冬の夜に天使が迎えに来るのだったら亡くなるという事なので、その原因となる病魔とかを描いておく。

イェシュアが冒頭で星を見ていた時に2,3度、咳をする場面を書き込んでおくと伏線になります。
現実のイェシュアは自宅で熱を出して寝込んでいて両親が心配気に一緒にいる、という事にする。

そのイェシュアから魂というか光を少し分けてもらう天使なので、このあたりの葛藤というか理由付けはしっかりと書き込む必要があります。
何しろイェシュアを天界に天使が連れに来ているという事は、寿命が来ているという事なので、そのイェシュアから光をいただくとは、何事かという事になります。

逆に言うとイェシュアが天使に光を少し分けたので、天使が天界へ連れて帰らなかった。しかしイェシュアの体は着実に弱っているはずなので、「少し悲しい未来になるかも」と言った。

ということで主人公のイェシュアが病に冒されていると「読み手の私」は現状の御作から判断したわけですが、「病で亡くなる以外に、事故で亡くなるという方法もあります」。
この場合も伏線を前もっておいておいたほうがよいですね。
例えば森に大きな獣がいて森に入った山菜取りの娘さんが襲われたとか。そういうことをちらりとイェシュアが思い浮かべるとか。なんならイェシュアが森の中で倒れている姿を天使が見ているとか。

どちらにしろ雰囲気だけでお話を作るのではなくて、背景部分やらキャラクターをしっかりと作り込んで描いたほうがよいですね。

現状の御作でも童話の雰囲気はあり天使(女性)の存在やら少年の存在は伝わりますが、せっかく基本部分のアイデアやら物語ができているので、もう少し練り込んでみてはいかがでしょうか。

安房直子コレクション全7巻が出版されていますので図書館で借りて読めば、参考になると思います。
毎日一巻ずつ読めるぐらい楽しめて内容もよいですね。


それでは創作を楽しんでください。

和地谷まこり
softbank114049131073.bbtec.net

平山様
コメントありがとうございます。

当初は、モロにイエス(イェシュアはヘブライ語の読み方だそうです)として書いていて、しかも幼少の頃を、勝手に想像して書いていました。それが、信仰ある人には失礼かと思い、かなり全体にぼかして書いてしまいました。
説明不足も、子どもの理解の及ぶ範囲で書いてしまい、読者には不親切なのは、ご指摘の通りだと思います。
本文中のセリフを借りていえば、説明不足で理解困難な話になってしまい、ごめんなさい、と言う気がしております。。
とても明確なご指摘ありがとうございました。
丁寧に読んでいただき、感謝です。

和地谷まこり
softbank114049131073.bbtec.net

夜の雨様
コメントありがとうございます。
具体的な例も考えていただき助かります。

天使のセリフでもっと説明して書けばよかったと思いました。かなり削ってしまいましたのは、イエスの幼少のことを、私の勝手な想像で書いてしまったことによる、遠慮です。

削ってしまったのは下の内容です。
天使は、実は寿命のない子供を連れていこうとするのですが、この子や家族に同情してしまい、天の主、すなわち神に、なんとか助けるすべはなかろうか、と問います。
神の答えは、死のかわりに、人々を生かし導く役をあたえること。同時にそれは誰よりも困難と苦痛が伴い、最後は悲劇的な死をもって成し遂げられる……。そして、天使が借りていた命を返して、復活。
という、かなり宗教的な感じなので、
バサッと削除してしまいました。
童話形式では、向かないテーマであったと思います。

アドバイスいただき、感謝です。
安房直子コレクション読んでみます!

のべたん。
sp49-106-114-234.ksi01.spmode.ne.jp

楽しく読ませてもらいました。

説明不足な気も確かにしましたが、子ども目線なので、読み手に提示する情報のあんばいが難しいですね。

子どもはある日ころっと死んでしまうこともあり、天使も理由はどうあれ死ぬ、ということを言っていたので、個人的には、それほど気にはなりませんでした。

和地谷まこり
softbank114049136225.bbtec.net

のべたん。様

読んでいただき、ありがとうございます。

子ども視点で書くことで、どうしても書けなくなってひまう内容が多く、苦心した作品でしたり。また新しい体験でもありました。

それでも物語として受け取っていただけたこと、とても励みになります。

ご感想、ありがとうございました。

浮離
KD059132149085.au-net.ne.jp

>童話や寓話にチャレンジしてみました。
子どもことばで、深さを出すのに難儀しました。

狙いに書かれていることと、返信での言説がブレて感じるのはあたしだけですか?

>子ども言葉で、深さを出す

日本語として然るべき語彙なり文意を、あたしは取り違えてますか。

深さを出す。子ども言葉で

ずけずけした英文法と、のらりくらりの和文法。
そんな性分的作用による理解のズレというか、伝わるといいんですけど。
そういった理解を踏まえたつもりで都合受け取る文意として想定される”読者層”って、どんな感じかと思いますか?
”深さ”への理解を子どもに促す作品、という作為であるならなんだか同意できない気がするし、たかが欺瞞を思い付かされなくもないです。
書き手の意図するところによってはたかが偏見でしかないはずの見解を譲らずおつきあいさせていただく一読者として、

>大人に読ませるには必要な情報を削りすぎ、子どもに読ませるには難解すぎる

といった感想なり指摘らしきにはとんちきな印象しか持てないですし、

>テーマは素晴らしいのに、言葉が足りないために大人の読者が満足できない、ではどうしたらいいかというと、
これは簡単で、もう一段階記述、表現のレベルを上げればいいのだと思います。

といった分析かなにからしきも先に疑いを述べた作為と同様として、それに便乗してたかを括るだけのズレた言い草としか受け取れない気がしてしまうんですよね。
他に見受ける付け足しかさ増しみたいな提案らしきかウザ絡み風体については個人的には問題外としてどうでもいいんですけど、つまりは書き手も読み手も同様さながらとして、どういうこと? みたいな気がしてしまうんですよねなんだか。

この作品は、

子どもには言葉が足りない難解なお話だったんですか?
大人にも言葉が足りない物足りないお話だったんですか?

日本語って便利ですよね。
都合理解なり言い草ばっかで意味よりも先にどうにでもなるっぽいだとか。


個人的には、”イェシュア”を個別想定したことでこのお話は然るべき主体性なり整合性をむしろ見失ったのではないのか、なんて思ったりしてます。
書き手の言い分に言い換えるなら、

>深さを出す

という本来の狙いをむしろ制限してしまったのではないか? ってことなのかもしれないですよね。
伝わるといいんですけど、”世界観”って、どういうことかと思いますか。
例えばキリスト臭いネタぶっ込んだら、物語は神話や宗教を世界の基盤として制限されるべく書き手に窮屈を強いるものになるんですか。
個人的には手っ取り早く共有を促す、効率よく根拠を促す”型”、その定義みたいなものくらいにしか思っていないんですけど。
想定して縛られるもまんまと使いこなすも、書き手次第であるなら案外残酷な話でもあるかもしれないですよね。

個人的には、”天使”のまま扱えてしまう時点で書き手はこのお話の”世界観”を決めつけに躾けたか、手の内を漁る程度の飛距離に乏しい”創作”にとどめたもののように感じさせられる気がしてしまうんですよね。
書いていて、楽しかったですか。
綺麗っぽい不思議なやつが突然現れて、対面する無垢な存在がふわふわとつかみどころのないエサをファンタジックに拾い集めるふわっと世界。
興味の薄い人には凡庸な有り様かもしれないし、とはいえそれを童話なり寓話と妄信するのも乱暴な話でしょうし。

>大人に読ませるには必要な情報を削りすぎ、子どもに読ませるには難解すぎる

この作品をどう踏まえた上での言い分なのか、あたしにはわかりません。
なんなら個人的にはこのお話はこれでいいと思うんですよね。
あとは読者次第、程度問題としての読み方感じ方でしかない気がするし、その上で疑がわしく感じさせられるのが先にお伝えした”ブレて感じる”ってことなんでよすね。

>深さを出す

と狙いにある以上、読者はそれを探すし理解したいものじゃないですか。

>説明不足も、子どもの理解の及ぶ範囲で書いてしまい、読者には不親切なのは、ご指摘の通りだと思います。

返信での言い分なんですけど、結局のところ書き手が想定する”深さ”ってなんなのか。
子どもは理解できるけど、このサイトの馬鹿な読者には不親切でしかない”深さ”って、まあまあ悪意っていうかどうあれ日本語っぽくなくないですか。

浮離
KD059132149085.au-net.ne.jp

>天使は、実は寿命のない子供を連れていこうとするのですが、この子や家族に同情してしまい、天の主、すなわち神に、なんとか助けるすべはなかろうか、と問います。
神の答えは、死のかわりに、人々を生かし導く役をあたえること。同時にそれは誰よりも困難と苦痛が伴い、最後は悲劇的な死をもって成し遂げられる……。そして、天使が借りていた命を返して、復活。

といった返信の弁を見てまあまあがっかりしたわけなんです。
どうしてかわかりますか?
たとえば、このお話の主役って誰ですか? 主観なり創作視点はどこに定められそうですか?
少年の目に映る天使、そんな場面視点に物語を預けながら、物語全体の性格なり主観は実は天使の側にありました。

あたしが”ブレて感じる”って言ったのは、そういうことではないです。

あたしはこのお話の盲点は”イェシュア”と”天使”にあるって思ってるんですよね。
台無しみたいな言い方で申し訳ないんですけど、でもそれって書き手への不信感なり失望に近いものかとも思うんです。
批判ではなくて、この作品を現状のまま受け取れる真っ当な態度として思うことなので悪く受け取らないで欲しいんですけど。


”イェシュア”に縛られる必要なんてないと思うし、”天使”は”死神”のはずでしょ。


意味わかりますか?
それって決めつけではなくて、一読者としてこのお話をより構造的に了解的に受け取りたがる当たり前の欲求のつもりです。

”イェシュア”は一少年であってたかが”人間”の優良代表として、”天使”とかそんなの真っ赤な嘘で人間同等のたかが”死神”であって。

神話なり宗教性に触れながら、カルマも想定出来ないようなずぶな書き手も読み手もあたしは全然信用したくないし退屈でしかない、なんてひどい性格してると思いますか。

”人間”にとって”光”を奪われることは歓びであり解放、翻せばカルマという”光”を預かりながら無自覚を生きる”人間”なる愚かさだとか。
”天使”と名乗りながら”光”を奪うことを疑い、人間的呵責に苛まれる無自覚な”死神”
”人間”という無自覚な”光”を奪いカルマから掬う稀な役割を預かりながら、その理解を誤る無自覚さ故に”同情”にとどまりたがる”死神”というカルマ。

奪うこと、生きること。逆転する二律背反。
たかが読者の言いがかりを呪いますか。
基礎的で合理的、珍しくもなんともない想定だと思いませんか。

あたしは鏡張りで行き違う”人間”と”死神”っていう一寸違いの同等世界を想定した気がするんですね。
その上で”イェシュア”を役立たずの如く手に余らせているのではないのかとすら。
”神”なる意図の平板さだとか。

書き手が想定した”深さ”って、なんですか。
狙いの文意は作為に正確でしたか。
それ故に蛇足や誤解的指摘が付きまとう有り様のようにあたしは眺められなくもない気がするし、書き手は自覚するところと似て非なる部分を作為と取り違える無自覚に引きずられすぎたもののように見えて仕方がないんですよね。

あたしはこの作品、書き換える必要はあっても無駄に書き加えることなんてこれっぽっちも賛成できないです。
不愉快に思われたならすみません。

和地谷まこり
softbank114049136225.bbtec.net

浮離様

ご感想ありがとうございます。
さまざまな受け取り方があること、勉強になります。
今後の参考にさせていただきます。

飼い猫ちゃりりん
sp49-98-13-200.msb.spmode.ne.jp

和知谷まりこ様。飼い猫といいます。
童話を書く難しさは、自分もよく知っているつもりです。何度も失敗し、現在も失敗継続中です。
失敗の達人からアドバイスです。
「深さ」なんてものに、こだわらない方がいい。
シューマンの『子供の情景』でも聞いて、リラックスして下さい。何かヒントも得られるかもしれません。

和地谷まこり
softbank114049136225.bbtec.net

飼い猫ちゃりん様

あたたかいコメントをありがとうございます。
童話の難しさ、本当にそうですね。
「深さ」にとらわれすぎない、という言葉に少し気持ちが軽くなりました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内