作家でごはん!鍛練場
葉山

みちのとぼそ

 ぎし、ぎしりと鳴る板張りの廊下をためらいつつ進む富士川汀のそばを、大股の警官が慌ただしく通り過ぎる。そのたびごとに肩をすくめるも、先導する別の警官、Aは富士川の狼狽を気にかける素振りも見せない。下り階段の前で振り返り、はじめて彼我の隔たりに露骨な渋面を示すのみである。富士川は慌て、小走りにてAのもとに駆け寄った。Aの「こちらだ」と述べる声には、わずかな嘆息が混じる。
「は、はい」
 署内にてわめきたてていたかのような蝉たちの声も、階段を降りるごとに遠ざかる。富士川は左右を見回したが、どちらにもコンクリートが迫り来るのみである。
 階段を降りた先、ぶ厚い扉の前にはひとりの警備官が立つ。Aが敬礼をすれば警備官も敬礼を返し、特段の言葉を交わすこともないまま、扉を開けた。「足元にお気をつけて」が、唯一掛けられた言葉である。
 Aは一瞥のみにて、富士川を扉の向こうへと促した。大きくつばを飲み、続く。室内に設けられたガス灯、四箇所に火が入る。寝台と、シーツの盛り上がりが照らし出された。
「改めて、お伺いする。富士川殿。貴君はここに横たわる葉山玄以殿とねんごろでおられた。間違いはあろうか?」
「はっ――」
 返答よりも先に、吐息だけが漏れる。
 一度、二度とむせこんだのち、照らし出された盛り上がりを見る。
「はい。ご遺体が、まこと葉山でありました、ならば」
 Aはわずかな黙祷を捧げたのち、シーツをめくりあげた。首筋に今なおもって生々しく荒縄の巻かれた青黒き痕跡を残すも、すでに血色を失いきった容貌は、故にこそ異様なまでの怜悧さを帯びる。富士川は一度えづきかけたが、なんとか身を支え、Aに向き直った。
「間違い、ありません。葉山、その人です」
「――お悔やみ申し上げる」
 Aと二人で、改めて黙祷を捧げる。と、Aが遺骸の枕元にあった手紙を手に取った。
「それは?」
「遺書、と呼んでよいものか。状況からしても事件性はなく、自殺である、と当局は見ている。しかしそう断定するには、この手紙が不可解に過ぎた。葉山殿のご実家は自殺などという、今回の醜聞を起こした同氏の受け入れを拒否している。ならば、遺体の処遇はこの書面に名の載る富士川殿の意向次第となる。確認いただいてもよろしいか?」
 手紙を受け取り、目を通す。
 やがて時を置かず、富士川の手が震えはじめる。
「間違いありません、筆跡は葉山のもの……けど、こんな……」
 持つ手が緩み、はらり、と手紙が床に落ちた。
「調べによれば、葉山殿は、妾腹とは言え名家の令息として、むしろご嫡男よりも葉山家を受け継ぐに相応しきお方である、との評判まであった。だが、こうした評判と今回の自殺、そして手紙との内容の乖離が、あまりにも激しすぎた。ましてや我々の調べにおいて、ついぞ富士川殿の名前が挙がったこともない。葉山殿についてなにかを判ずるにも、あまりにもわからぬことだらけなのだ。富士川殿はなにか心当たりが?」
 その目は決して遺骸から逸らされぬまま、へたり、と富士川が膝をついた。震える手もそのままに、頭を抱え込む。
「いえ、いえ――わかりません。わたしの知るかれは、ただ、まばゆきお方でした。わたしを包み、愛してくださった、そのような方であった――はず、でした。かれは本当に、わたしの知る葉山なのでしょうか」
 恐懼に震える富士川を、しかしAは冷然と見据えるのみであった。
 ややあって、Aの目が床に落ちた手紙に向く。
 手紙には蟻の群れもかくやと言えるほどの細かい文字が綴られており、またその先頭には、この言葉があった――「去樞ノ辭」。
 じり、とガス灯が小虫を吸い込んで揺らげば、寝台の影もまた、わずかに揺らいだ。


 去樞の辭。
 唐土の莊周、その『齊物論』に曰く、「彼と是と偶を得ること無し、之を道の樞と謂ふ」と。余、幼き日にこれを讀み、俄かに道の樞のうちに沈淪しつと覺えき。余が余たる所以、是が是たる所以は外のたれかれの論ずる能はざるものと感ぜらるるが故なり。其の孔に嵌まりて脫す能はざるも、萬象ことごとく孔の外に遠ざかる。孔は余が身の擧措にしたがひ、一毫もそむかず。されど百骨九竅六臟、身中にありといへども、見ゆるがごとく感ぜる能はず、手足のごとく動かす能はず。すなはち孔は余が外になく、余が内にもあらず、ただ余と象を齊しくするのみ。怪しむべきはこれ余のみならず、他者、あるいは一切の物さへ變はるまじきに、周圍より似たる苦悶の氣配をいささかも感じず。余のただ癡なるか、他の氣づかざるのみか。否、問ふとて詮なからむ。如何にせむとて、余、孔の外に出づる能はざればなり。
 嗚呼、此の耐へがたき逼塞の境涯や。或いは天に神ありて、余を永劫の囹圄に幽閉せりやと疑ふ。僅かに一日一日を無事に過ぐしつつも、此の束縛を免れむ途を思ひめぐらすに、ことごとく徒勞に歸す。然れど余の嵌まりしが樞と稱せらるるは、奇しき符合と謂ふ外なし。樞とは扉の軸木を呑む孔なり。孔は孔なるが故に、そのままにして他を動かさしむ。余もまた此の孔のうちより外に働きを齎したり。途を求め典籍を學ぶ日々に、思はず博識を得にき。これらを他人のために用ゐ、感謝の辭を享け、榮譽の聲を浴びるに至るも、いよいよむなしかることぞ。所詮余が身は孔のうちなれば、自由なき囚人の譽れを拾ふのみ、分厚き壁、厚みなき壁、壓さるることなき壁のただ息苦しさのみ募りけり。
 果てなき幽逼を僅かにも打破るものあり。精通なり。人これを小死と譬ふ、さても尤もなるかな。放散の刹那、腦裏に閃く一道の光、なるほど涅槃とはかくやと思はしむ。加ふるに精は陰門に注がれ、女子に子を授くといふ。余これを聞きてよろこびき。精とは卽ち我が命の微塵を削ぎて、他に余を移し入るる媒ならむか。然らば精、いはば彼我の隔壁を噬み破る利錐ならずや。此の後、余は諸處に精を撒きたりけり。木の洞、布團の合閒、蒟蒻膠や饅菓、あるひは人。されど發するに陰門は避く。子を設くるは非なり、余と苦悶を同じくする者を增やすは許されがたし。そも眞に精を以て壁を破り得ば、發する所かえって陰門なるは意義無きにあらむ。
 係る我が求めに對し、冨士川汀殿は殆ど獻身と稱すべき態度をもて應じたり。感謝措く能はねども、奇矯の念なお胸底に包み隱しがたし。何ぞ斯くまで余の請ひに從ふやと質せば、「愛するが故なり」といふ。耳に馴れたる言なり。種々の小說に見、あるいは道德書にて夫婦・家族の絆を代言する詞として屢々援用せらるるを拾ひ上げ來れり。語の孕む情は終に解し得ざるままなれども、冨士川殿の肯じたる以上は、感謝の證として余もまた「愛す」と答へしかば、まずは應を得たるに似たり。此の用ゐや正しかるや否や判じ難しと雖も、余が意に副ひて殿動き給ひしならば、とかく的を射たりといふべし。
 それにつけても測り難きは、何ぞ冨士川殿は余が意をただ一言にて喜び從はるるや。言の葉をもて殿を動かさしむと解せれども、その所以いまだ解けず。殿の應ずるほどに疑念はいよいよ募るのみ。ここに一說を擧ぐ――愛すなはち精なるや、と。冨士川殿の諸處に施せる精の故に、殿をして余に盡くさしめたりやと量らんとす。然れど乃ち否と斷ず。諺に曰く、子は親に似ると。もし精を施して彼我の壁を打ち破り得ば、冨士川殿にも我が性向に近き兆し現るるは必然ならむ。しかるに氏と交はり幾月を重ぬれど、變容の影なお見えず、余の苦悶を覺ゆる氣配すら無し。遂にはただ余をみる者に止まれり。然れば思はざるを得ず――いづこに精を施すとも、孔を穿つ錐には足らざるか、と。
 やがて其の日、來たりぬ。
 やや散漫にして冨士川殿に精を施さんとする閒際、俄かに地震ひぬ。大なるにはあらねども、余らを狼狽せしむるに足りて、共に周圍を顧みる刹那、彼我の結合解けぬ。その勢ひにて我が精宙に飛び、ぼたりと布團の上に落つ。暫くして震ひ止むと雖も、眼前なる白濁の塊を見、震ひなど問題とせぬほどに我が魂魄ゆらげり。腦裏に過ぎれるは又しても莊周の句なり。曰く、「古人の糟魄」。およそ書に載る詞は、その書を編みし古人の思ひの出し殼に過ぎず、と。死灰に冷水のそそがるごとし。余が前にて、余が出し殼、このわだかまりは死なん。拭ひ取り不淨入れに押し込められ、遂には死なん。然らば余のこれまで放ち來たりし精は如何。木は世を厭へるか、布團は、蒟蒻膠、饅菓は。これを確かに卜する能はねど、短からぬ月日を共にせし冨士川殿が、終に余とならず、飽くまで外より余をみる者たりしこそ唯一の解答ならむ。悟らざるべからず。我が終焉に縋りし假說もまた、本懷を遂ぐるに足らざりき。
 此の先にて余の取らむとする手段は、謂ふまでもなく、幾度となく余が思考の片隅をかすめ來たりしものなり。然れど今日に至るまで敢へて決行せざりき。再び試むる術なきが故なり。此の孔の余が身體を完璧に、寸毫の狂ひもなく覆へるは疑ひなき事實なり。然らば此の身を毀ちさへせば、孔より遁れ得らむか。しかれども斯く反駁し得ん、余が身は余が身にありながら余が意を十全に遂ぐる能はず、たとひその身を損なふとて、別の何者かありて余をさらに他の孔に幽閉せしむること無からむや、と。能く答へ得ず。得ざれども、さりとて孔より脫するに此の手段の外いよいよ案出し難し。然らば踏み込むより他あるまじ。
 ゆゑに茲に宣ぶ。我が決斷、誰にも責むべき所あらじ。ただ我が脫出、我が自由を求むるは、諸氏に取りて狂言者の一齣なる戲と謂ふべき實驗のみ。附言を敢へて申すに、徒らに冨士川汀殿を嫌疑に卷き込まざらむやう御配慮被下度く希ふ。
 嗚呼、余、みちのとぼそを離れ得たるか否か。
 筆を擱くに至れども、究竟を知るを得ず。

みちのとぼそ

執筆の狙い

作者 葉山
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思考の迷路を書きました。よろしくお願いします。

コメント

平山文人
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葉山さん、作品を拝読させていただきました。

 途轍もない古典と漢文の知識をお持ちの方ですね。一葉や露伴を普通に読む私でも正直太刀打ちできませんでした。
これは擬古文体というものでしょうか、生半可な知識ではこの作品は書けないでしょう。研究者とか准教授ですとか、
学求の徒の方かな、と感じます。読めるところまで読んで、藤村操の「厳頭乃観」を思い出しました。
しかし、後半の葉山(作者様ではないほう)の遺書がとても読み進められないので、Gemini先生に翻訳してもらいました。

 生成AIの翻訳が正しいと信じて感想を書いていきますが、なるほど、荘子の「道枢」の思想を軸にしているのですね。
道教には疎いので調べましたが、「道」の中心であり、是非生死を一つとし、更に無限に変化していくものであると。
万物と一つとなる「逍遙遊」を目指す、という言葉を見て、あぁ、坪内逍遥ってこれから名前取ってるんだ、などと
今さら新しい発見がありましたが、これは仏教でいうところの悟りのような感覚かな、と思いました。そして、遺書を書いた
葉山はその孔から逃れられない、と。若くして梵我一如みたいな境地に辿り着いたら確かに動けなくなりそうです。
 しかし葉山はこの嵌ってしまった孔から出たい。そのために性行為を利用しようとするのですが、それでは駄目で、
地震という、自我を揺るがす物理的現象により、性行為もまた脱出のための解ではない、と確信する。葉山が
富士川という女性に救いを求め、遂に彼女にも自分という人間の場所へは来てもらえない、一体となってもらえないという
絶望から自死へと向かってしまったわけですが、客観的に見た時、まずその道枢という考えは本当に絶対真理なのか、という
問いは必ずすべきだと思うのですが、葉山は一切していないようですね、書かれている事だけで判断すると。

 時は、ガス灯がある時代、明治末期か大正ぐらいでしょうか、文明開化と共に西洋文明、宗教、哲学、思想、怒涛のように
入ってきていた時期です。葉山はキリスト教の愛に触れなかったでしょうか。ソクラテスの対話の意味を考える事はなかったでしょうか。カントの格律を知ることはなかったでしょうか。ドストエフスキーの苦悩を共有出来なかったでしょうか。
藤村操の名前を出しましたが、彼はこれら「思想としての近代主義」を知ったうえで、なお絶望して自裁しましたが、
彼にしても一七歳です。葉山もおそらく二十代ぐらいですよね。葉山の行動様式を考えると、迷路に迷うというよりは、
プラトンのイデア論に出てくる「洞窟」に入って、真理の光(道枢)を受けながらその影のまま、周囲の壁を自ら補強していたような閉塞感を感じるのですよね。

 葉山が荘子の考えに惹かれた理由が何かあるのでしょうが、厳しい書き方をすることを許してほしいのですが、彼我は一つで平等(荘子はこう考えています)と認識しながら、他の人と自分は違う、と峻別していますよね。ここに上下という道枢と矛盾する図式を見つけてしまいますし、是非を問わないという考えは、荘子の考えすらも相対化してしまうという二律背反に陥ります。
 ですから、葉山が辿り着くべきだった思想は、「一旦荘子すらも蹴飛ばして、多様な価値に触れてみる」だったと思うのです。しかし実際にはそれをせず、ひたすら迷路を迷い歩くという事もせず、孤高である自分に拘泥しているかのような印象を受けました。孔から出たい、と希いながら客観的には自己完結の儀式しかせず、恋人と深く結びつきたい、と願いながらおよそその努力をしない、そして投げるように死んでしまう。

素晴らしすぎる知性をお持ちである、尊敬に値する作者様に一つ聞かせてください。貴方はこの主人公の生死を肯定しますか?

葉山
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平山文人さん

お読みくださりありがとうございます、またAIを動員してまで読解していただけたこと、作者冥利に尽きます。こちらでもいくつかのAI翻訳にかけて、おおよそ拾ってくれることは確認しています。AI訳を信じていただいて大丈夫です。

本作においてやっているのは、自分が老子および荘子を読みこむにあたって重くのしかかってきた「絶対的孤独」(すべてを相対化させるということは、いわゆる連帯や同調といったあらゆる共感的感覚を解体し、自己を出発点にすべてを等価値化、もしくは無価値化する営みとなる)を拾い上げる、です。

このため、作中の葉山の思索を以下のように設定しています。もともと当人が抱えていた「実存的な意味での絶対的孤独」を荘子のテキストにて照らし出してしまったことにより、思考の根っこを毒されてしまった、という形です。

つまり葉山に取り、道枢は真理といった「ものすごいもの」などではなく、もともと抱えていた孤立感を言葉として的確に説明されてしまった、という感覚なのです。このとき真理であるかどうかは問題になりません。「すでにあった感覚を説明してもらえた」となりますので。

葉山は自身の孤独を解決しようとするのではなく、自身の思い込みに基づいた妄執に対する説明としか哲学を見ようとしません。このため荘子が語る逍遥遊の境地は絵空事、むしろ逍遥遊の中で描かれる「無限の世界の中で、世界を自分の尺度からしか眺められないオケラ」に深く共感をしてしまいます。たとえばこれは、葉山にとっては赤い色に対し「この色を赤と呼ぶ」と言われたことを疑わない(本当は青かもしれないのに!)というレベルで刷り込まれている感覚である、と設定しています。

この作品における葉山の思考、および結末については、自分の感覚と照らした上で、明確な座標づけをしています。「自分にとっての対偶的存在」です。

つまり世界に対する認識そのものは自分とほぼ同じですが、そこに対する解釈が違います。自分はここから「結局世界は自分がいようがいまいがあってしまうんだから、それなら、いま世界の中にあることを満喫しよう」という方向に動いています。対して作中の葉山は「あまりにも無辺に過ぎる世界に対して、結局のところ自分は同化しきれていない」と絶望しています。これは、どこかでボタンをかけちがえた自分の姿でもあります。

以上を踏まえて「主人公の生死を肯定するか」について答えると「ありようそのものは否定できないが、その解釈についてはもしかしたら裏返るかもしれないし『もうちょっとやってみない?』と呼びかけたい」といったあたりになるでしょうか。肯定するわけにはいかないけど、否定するにはちょっと自分の感覚に近すぎて無理、という微妙なラインです。

頂戴したコメントにどう答えるのが適切なんだろうか、を考えるのがとても刺激的でした。改めて、ありがとうございます!

夜の雨
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葉山(作者) さん「みちのとぼそ」見ました。(後半が読めない文章だった)。

「執筆の狙い」を読むと、
>思考の迷路を書きました。よろしくお願いします。<
と、ありますが、「思考の迷路を書きました。」という以前に。むかしの文化人が書いたような文章で、
作者は、作品を書いています。

現代の日本人が読めないような文章と文体ですが。そこいらを紐解いて、読解して、作品に描かれている「思考の迷路」が書けているのか、みなさんにお尋ねしたい。

というような「執筆の狙い」にしてもらいたいですね。
もちろん、そうなると「無理です」てへへ、ということに読み手はなりますが。

御作は前半パートと後半パートに分かれています。
前半パートは読めるのですが、後半パートが読めない。もちろんむかしの文化人が書いたような文字なので、現代の私たち凡人には、読めない文字でした、したがって、そういった文字で書かれた世界の作品で「思考の迷路」を書いたと言われても、理解できない、という事になります。

わかりやすくいうと、「本末転倒」という事になりますね。
主題が「思考の迷路」の謎の部分を読み手がどう解釈するのかといった、味わい深い問なのに、それ以前の「この文章は、読めますか?」といった、ところから始まっていて、その文章が読めない。

もっと、わかりやすく言うと、よその国のことばで書かれた世界のようで、翻訳して現代の一般的な日本人でも読めるように描いてください。
そうすると、「執筆の狙い」にある、「思考の迷路」の謎の部分を読み手がどう解釈するのか、という事が感想で書けるのではないかと。

というようなところですかね。

葉山
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夜の雨さん

本作を見てくださり、ありがとうございます。夜の雨さんが「後半が読めない」と論じていただけたこと、そのものがありがたいです。

この作品は「読むだけの労力をこの作品に注ぎたいとは思えない」と、お読みくださった方に実感していただけるように設計しています。つまり作中に言う「警官A」の立場を体感していただきたい、というものです。

後半の内容について平山文人さんが分析をしてくださいましたが、この姿勢は極めてまれなものである、と考えています。普通、そこまで他者の言葉に踏み込もうとはしません。そこまで踏み込んでくださった平山文人さんには感謝しきりです。

そして、だからこそ夜の雨さんが本作に対し、多くの方が感じるであろう「なにこれ? わけわかんないんだけど」というご感想をストレートに表明していただけたことに感謝します。「そう感じていだきたかった」作品なので。

つまり本作は、迷走そのものを、迷走のまま書き出した、となります。「本末転倒」という総評こそが、まさしくです。

偏差値45
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笑ってしまうほど冒頭から難解ですね。直ぐに挫折しました。
もっと伝わりやすい表現にした方が親切でしょうね。
そうでなければ、いくら文章を紡いでも無駄になりますからもったいないです。
「伝わるだろう」ではなくて「伝わらないかもしれない」この感覚が大事ですね。

葉山
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偏差値45さん

ありがとうございます。
「伝わらないだろう」がテーマなので
偏差値45さんのリアクションは
想定どおりです。

夜の雨
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葉山さん、再訪です。

作品のなかの物語は「思考の迷路」をドラマとして描いたものではなくて、作品自体を読みにくくして、読み手を「惑わし」「思考の迷路」へ誘い込むという、アイデアでしたか(笑)。

ファンタジーとか異界系の物語で、旅人が魔境で魔女の類に謎かけをされて、同じところを堂々巡りして、その地から脱出できないで永遠に迷い続ける、という展開ですね。

こんど異界で魔境に紛れ込んだときは、魔女やら悪魔が化けた人のよさそうな人物に騙されないように、気をつけたいと思います。

っか、今いる世界が葉山さんの「みちのとぼそ」そのものの「思考の迷路」するところかも(苦笑)。

葉山
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夜の雨さん

再訪ありがとうございます。

作中で提示している荘子が「しちめんどうくせえことをぐちゃぐちゃあげつらってんじゃねえよバーカ」としちめどうくさい言葉であげつらうという、めちゃくちゃひねくれた構造なので、そこを真似したかった感じです(笑)

一方で、作中の葉山は思考の迷路にハマってしまったからこそ自死を選ぶので「もうちょっとなんとかならんかったんかいな?」ともなるのですけれど。

葉山
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ノノアノさんはすぐ発言を消すのでこちらで対応。①

(前略)

ジャーナリングで書いた内容は、書いた本人にはシンプルで読みやすいし、書いていて気持ちいいので、面白いものが書けているんじゃないかと勘違いしますが、客観的にはぜんぜん面白くないんですよ。思考の迷路に迷い込んでいる葉山さんも同じですね。たぶんあれじゃスクロールさせるだけで誰も読まないと思います。そういった指摘を受けて腹を立てるのではなくて、客観的に自分を見れるようになってください。

(後略)

葉山
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こちらで対応。②

他人や環境が変わることを期待するのではなく、小さな世界に閉じこもっている自分に気づき、成長してください! そこから始まります!
ノノアノ
 葉山さんは、自分の作品がスルーされている原因を探るより、まずは小説自体がスルーされている現実を知ったほうがいいかもしれません。日本国内で、比率として小説を買って読むのは40人に1人だと分析したプロの作家がいたような気がするのですが、それくらい小説は読まれないのです。みんながみんなしぜんに読むわけではないのです。また、自分自身は書いていても、他人の書いたものを読まないという人も多いのです。

 いまはもう小説は読まれない──なぜだかわかりますか? マンガやゲームをはじめ、SNSなど、いろんな媒体で、さまざまなことを読んでいる時間のほうが楽しいからですね。小説はもう単年度のミリオンセラーもでなくなって10年以上も経つとか。またネットのおかげでデビューしやすくなったけど、毎年、次から次へと新人が出てきて、代わりはいくらでもいるので、ほとんどの小説家は専業ではやっていけません。

 そういった現実をふまえたうえで、小説を読んでもらう努力や工夫をしなければなりません。葉山さんは何かやっていますか? 葉山さんの書いたものを見たかぎりでは、そういうのは感じられませんね。だからスルーされるのです。いえ、スルーされるのが当然の結果なのです。

 なぜスルーされているのか具体的に教えてくれ、とか、そもそもふつうに見ればわかることじゃないですか。あまり感想がつかないし、ついた感想からもわかりませんか? まさに客観的な現実がすでにそこにあるんですよ。その現実を正しく受け入れられないだけではないでしょうか。

 鍛練場には、同じようにあまり感想がつかない作品はありますが、そういうのを読んで、どうして感想がつかないのだろう、とか考えたことはありますか? 考えたことがないのなら考えてみてください。出した答えがご自分の作品にも当てはまると思います。そしてそういったこと、つまり「読む鍛練」をすることによって、客観性を身につけることができるようになります。

 逆に、読まれる作品とはどういうものか、が参考になるので書いておきますと、ストーリーは三幕構成ですね。「設定」「対立」「解決」というふうになっていると読まれやすくなります。でもとくに最初の「設定」が肝なんですね。まずはここに面白いアイディアが含まれてないとダメなんですよ。ちなみにアイディアは主観がないと発想できません。

 それから、日本の創作物は、キャラが命。これはマンガにかぎったものではなく、人はキャラに惹かれるんですね。魅力的なキャラクターを創作してください。あ、魅力的といっても、ご都合主義という意味ではありませんよ。

 プロの作家のなかにはプロットよりキャラクターが重要だから、脇役を含め登場人物を徹底的に作り込んでおく人もいるようです。中国や韓国のアニメが日本を超えただとかよく聞きますが、日本ではまったく受けないのは、キャラの魅力が考慮されていないからだと思います。反日教育をしているあいだは中国や韓国は脅威になりえません。欧米の映画もポリコレによって足を引っ張られ、これまた脅威ではありません。いまのところ、ですが。

 アニメ『葬送のフリーレン』は海外の著名な映画監督の高評価によって、ネットフリックスを通して瞬く間に世界で称賛や権威を得て人気となりましたが、日本の小説家にはまだまだ大きな夢があります。ものすごくか細く狭いですが、世界的に売れる道筋がありますね。ただし、日本だけでも、作家志望の数は潜在的なものを含めると、数百万人はいると言われ、実際に「小説家になろう」の登録者数は280万人です。

 その数字をどう受け止めますか? どうせゴミばっかりだ、自分は天才だ、特別なんだ、だから「『伝わらないだろう』がテーマ」なものを書いても、みんなは注目してくれるんだ、と胸を張って主張しますか? 客観的に評価すれば、葉山さんのはゴミですよ。葉山さん自身も数百万あるゴミ生成器のうちの一つにすぎないのです。だからゴミをどうしたら価値のあるものに変えることができるのか、それを自分の頭で考えるのが、これからの時代に生き残る作家に必要なことだと思います。

 というか、それができないとプロの作家にはなれません。ネット時代は情報化社会で、天然は、珍しく貴重な存在でもないのです。ネットを見ればそこらじゅうにたくさんいます。むかしの無頼派のような作家も、いまではただのコミュ障や境界知能だとか言われ見下されるのがオチで、そういった人の書く作品が見直される時代も、もうたぶん来ないですね。

 しかし主観は発想を鍛えるので、主観的にはちゃめちゃなものを書いたり、また古い時代のなんだかわからないような書き方をしても、そこから新しい何かが生まれる可能性はあります。つまりゴミの中からも、ちょっとやり方を変えれば、お宝になるようなものが出てくるかもしれません。

 とりあえずまとめておくと「アイディア」「ストーリー」「キャラクター」です。それらに注目し、意識し、工夫してみてください。「『伝わらないだろう』がテーマ」だとか、そんなくだらないことをやっていても、そんなものを読みたがる読者はもういないし、またそういったものを拾い上げてくれる編集者もいないと思います。葉山さんがやろうとしていることは時代に合ってますか? 合ってると思ってやっていますか? そういう視点で物事を考えられる意識が葉山さんには必要だと思いました。またそれが「俯瞰」というものです。「主観」「客観」「俯瞰」という視点をもって創作活動に取り組んでみてください。

葉山
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では対応。

ありがとうございます。
この作品を書いてスルーされる理由なんて
理解しているに決まっています。
「だからこそ」伺いました。
「具体的に、なぜ」スルーされるのかを。

説明なしの「当たり前」は主観なので、
客観的視座よりお願いします。

それ以外の話はすべて
自作に関係がない話ですので、
特に対応の必要性は感じません。

葉山
p1460140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

あ、言葉が足りていませんでしたね。
「スルーされるように企図した」なので
スルーされるのは企図通り、ということです。

ちなみに「下らない」と「商品にならない」
の直結はまさしく主観ですからね。
「小説は商品でなければならない」という。

葉山
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はじめの発言で浮離さんにも言及しているので、
ここで浮離さんに触れておこう。

あの方の発言を端的に言えば
「言語の埒外から言語を見る」という特異なもの。
我々が当たり前に用いている言語を
「当たり前でないもの」として見ています。

なので、ちゃんと読み込むと、驚くほど作品の
根源部分から突っ込みが入っています。

ただ問題があり、
かなり強烈な読解が求められます。
「言語の埒外にいる方が、
 少しでも読める言語に翻訳している」
が、あのコメント群の内容なので。

そもそも「言語を当たり前に用いている人たち」
への怒りがあの方の原動力です。

なので、まともに読まないほうがいいです。
「言語の存在否定」レベルなので。

読む覚悟がつくまではスルー、
ついたら挑戦、がいいと思います。

それが浮離さんを「まともに読まないほうがいい」
と提示した理由です。

葉山
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う、ちょっと言葉が違うな。

✗「言語を当たり前に用いている人たち」への怒り
○「言語を当たり前に用いている人たち」が、その当たり前でなさに対してまるで気にかけようともしないことへの怒り

こうだな。

葉山
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「材料が揃った」と書かれたあとに
露骨に書き込めなくなるのもまた
「材料」なんですよね。

すべての書き込みは自己紹介なんですよ。
そして頻繁に書いている人の「書かない」は、
そのものが、また自己紹介です。
それに気付くか、気付かないかがあるだけです。

気付いた上でなお書くか、
気付いたら書けなくなるか。
あなたはどちらですか?

葉山
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明言はしませんが、人として最低限の
敬意のラインすら守れない者を
「ちゃんとした、いち参加者」として
尊重するスタンス、そのものが
懐疑および警戒の対象だ、
と、ここに転がしておきます。

天ピカ
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読ませて?いただきました。

「遺書のつもりで書いた内容が誰にも理解されなかった哀しい男」の話として読みました。
前のコメントで平山文人さんがAIを動員してまで読み取ろうとしてしまった時点で、作者が遺書に込めた試みが失敗に終わったことを表していると思います。
かなり珍しいケースとは思いますが、覆水盆に返らずということで。

「スルーされるように企図した」作品がスルーされることは、作品の意図が成功した結果なのか、無料で読める匿名の作品ということで労力に見合わないと判断された結果なのか、証明のしようがないと思いました。
あえて状況を利用したとも考えられますが、それは都合の良すぎる解釈かなと

小説にしろ、遺書にしろ、コミュニケーションツールである文字を使って「スルーされること」を意図すること自体がナンセンスかと思いました。

「遺書のつもりで書いた内容が誰にも理解されなかった哀しい男」として書くなら、最後に警官Aが「死因は発狂による自死」と勝手に結論付けてしまう、とか
「思考の迷路」を書きたいなら、読者にも伝播させるよう丁寧に描く、とか

文字数ばかり稼いで、「読めないことを意図している」というのは、下手するとただの強がりに見えなくもないので、
ねらいをスマートに表現できると良いと思いました。

結局のところ、
読者は読むことを諦め、あなたは満足する。
本当にそれでいいのか?という感想です。

葉山
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天ピカさん


コメントのご投稿、ありがとうございます!

本作について申し上げますと
「遺書のつもりで書いた内容が
 誰にも理解されないと思っている滑稽な男」
の話である、とご認識いただけますと幸いです。

天ピカさんの仰る「ナンセンス」を狙っておりますので、
「ナンセンス」という評につきましては
「まさしくです」という回答になります。


読者が読みたいと思えるものも小説ですし、
読者が読むことを諦めたくなるようなものを
詰め込めるのもまた小説です。

前者の表現の精度を高めるためにも
後者への研鑽は必要だと考えています。

葉山
133-149-194-131.east.xps.vectant.ne.jp

また自己紹介祭が
浮離作品スペースで始まってる

だから「まともに読まないほうがいい」のに

ただ自分の願望や欲求、もしくは恥部を
さらけ出すしかなくなるんだから

天ピカ
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その開放こそが創作の第一歩ですよ初心者さん

葉山
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天ピカさん

その開放は浮離スペースでなく
作品でなさるのが健全だと思います。

天ピカ
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こんなサバトで健全なんて

葉山
133-149-194-131.east.xps.vectant.ne.jp

汚れたところでならば汚れて構わないとおっしゃるなら、
それはそれで、別に止めることでもありません。

天ピカ
KD175132182187.ppp-bb.dion.ne.jp

作品に似て潔癖ですね

葉山
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天ピカさんにとっての解釈が整合するなら、
それでいいのではないでしょうか。

天ピカ
KD175132182187.ppp-bb.dion.ne.jp

冷笑が小説書くとこうなるってのが興味深い
皆が皆こんなの書くんでしょうね

葉山
p1460140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

それを冷笑と自認なさらないんですね

葉山
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とりあえず、これを改めて表明しておきますか。

いま
「このサイトでまともに関わるだけ損なアカウント」。
飼い猫ちゃりりん、ノノアノ、浮離です。

寄ってきたら速やかな拒絶をおすすめします。
はっきり言って消耗しかないので。

自分の言動が浮離さんのみ称揚気味なのは
「個人として敬服はしている」からです。
そして、同じくらい最悪だとも思っています。

最悪な相手ほど
敬意をもって接しないと見誤りますからね。

浮離
KD059132148167.au-net.ne.jp

敬意を持って接しないと見誤る、とした上で、あたしとちゃり猫を同義に扱って心苦しくない時点であたしなんかからしたら高が知れてる気がしちゃうんですけどそれって悪口じゃなくて、佐藤が自ら自分にそれを許したって話をしてるだけ、ってことわかりますか?

なんかあたしに怒られ廃棄された人とこそこそトラッシュトーキングしてんなあっては思ってたんですけど、最コメ欄に反映されない範疇だぞわかってんだろな、って暗黙のディスり合いのつもりがなんですか、疲れっちゃったんですか。

っていうか、たかがふたりぼっちではやっぱお日様恋しくなっちゃいますか。

でも大丈夫、陽の出とともにすっかり陽の目を見たお二人のまじくそケチ臭い陰険で根暗でしかないお言葉のじゃれ合いは詳らかに晒されましたお疲れさまでした。

”関わるだけ損”

っていうのはたかが言い方で、って、どうして言い切れてしまうのかったら、

>寄ってきたら速やかな拒絶をおすすめします。

と高を括りながらあたしの元に寄りついたのは佐藤ですし、あたしは葉山って佐藤じゃん懲りねえなこいつ、って初日から知ってたしそのうち匿名希望とかまで触れ出しちゃってあらら、なんか冷ややかな看過に逃してつつなく過ごしていたわけなんですけど、はい、どうですか。

”事実”って、なんですか。
人はなんとしてそれをそれと受け取りましょうか。


傷つけちゃったらアレなんですけど、とはいえとっくの事実として現れたものなのであえてもなにもなぞらえてみたところであたしの罪ではないはずなんですけど、例えばですね、


>せんちゃん
2026-02-21 07:32
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婆さんたちの馴れ合いの場

>せんちゃん
2026-02-21 09:09
sp49-105-103-111.tck01.spmode.ne.jp

汚い言葉重ねてるだけ
小学生の悪口レベル


これってみなさんご存知の、あたしのとこに湧いて出たゴミクズの所業なんですけど、どうですか?
ちなみにちゃり猫のとこに湧いた顔文字もこいつだろ、って勝手に特定されても抗えない世の理をこいつはちっとも理解しない無邪気さで湧いて憚らないクソ馬鹿であることも付け足しておきますよ、その上ではい、どうですか?
あたしは、同じ文脈振る舞ってるって思っちゃうばっかなんですよね、わかりますか。

佐藤が自分の作をしょんない作なり企みとか言い逃れるとして、”読まれないことが想定”なんか言い腐ることと、

あたしがあたしの精一杯の”気持ちいい”を差し出しつつ”馬鹿になんか読めねえし当たり前じゃんなめんな”って言い腐るのって、

全然意味違うと思うんですよね。


面白いですよね、そんな対照関係にありがちに見える一方は

>関わるだけ損

としながら敬意? だとかゲロ吐きつつ寄りつくものらしく、

あたしなる一方は当たり前にすべてを把握しつつ別にそんなん普通に看過してやってもなんも関係ないし、が如くまじでほっといたんですけど、はい、どうですか。


”事実”って、なんですか。

あたしをご機嫌ばっかのポジショントーク馬鹿と見たがるのは好きにしろなんですけど、でもあたしのスレはあたしが若干鬱陶しいことを除けば極めてクリエイティブかつこんなサイトとしての良好な機会として活かされてるはずと思いますし、それが不愉快だったり近づき難かったり腐して貶めたいなんてのはクズ以下の死ね存在でしかないんですけど、これ見てるあなたはあなたをどこに所属させたいですか?

わかりますか?
”事実”って、あなたが決められるんですよ。
見つめるも誤認に腐らせるも勝手放題し放題、すべてあなたの自由なんですよ。

とはいえ、それが世間一般として共通でも許容されるでもなんでもないし、むしろ踏み外したら結構な痛手を被るわりと博打な自由度だってことも忘れたらダメなんですよね。

まして、

>関わるだけ損

だとか、それってどうですか? どんなやつのそんな言、なんてものじゃなければいいんですけど、とはいえその受け取り方もあなたの自由だってことですね。



いいですか?

”卑怯者”っていうのは、あなたに許されるそんな”自由”を食い物にして使いこなせる、なんて身の程知らずな勘違いを蓄えて嘯いて憚らなず自惚れて踏み外す”馬鹿”のことって、あたしは思ってるんですよね。
そんなもんの陰険な言い草が的を射たものように感じさせられがちなことも差もありなんじゃなくて、それはあなたばっかがそう見えがちなだけのたかが程度問題でしかないこと、誤認に甘んじる然るべき程度こそ隠しようもないことであることをあんまり舐めてかからないほうがいいと思うんですよね。



くっそ、時間ねえ

さよなら
お仕事行ってきます

葉山=佐藤
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よくわからないな。

ずっと前に申し上げたでしょう。
このサイトの衰退の原因はあなたで、
元凶はあなたを放置したサイト運営だって。

俺はそこから一歩も動いてないですよ。
いつ撤回しましたっけ。

どうせ運営が放置するなら
あなたを観察してみようと思って、
観察の結果、尊敬するには至りました。

なんだったら物書きの中で
一番尊敬している、すらありますよ。
ほんとにすごいと思いますもん。

で、同時にコミュニティの破壊を
なさっています。
コミュニティ損耗という「機能」だけなら
猫氏と同じくくりです。

申し訳ないけど、この作品「程度」で
結構な罪悪感覚えましたからね。
ここより先になんか
到底踏み出せる気もしません。
したくもないです。

浮離さんが浮離さんであることを尊重します。
繰り返しますが、これは間違いなく尊敬です。

で、同じように他の人も尊重したいので、
「浮離の話していることを
 まともに聞くと壊れるぞ」
と注意喚起もします。


「あなたをどこに所属させたいんですか?」
という質問なら、すでに答えています。

「このサイトの外で仲間集めをする」と。

天ピカ
KD175132182187.ppp-bb.dion.ne.jp

スタティックな作品とダイナミックな言動群から

・浮離さんは確固たる創作理論を持ちながら「使えない小説」の指導をする荒らし

・葉山さんは中身空っぽの冷笑

てのがわかります。
見えた範囲の個人の感想なので否定したり、無理解を馬鹿にするのは自由ですが、一貫性はある結論だと思ってます。

他のユーザーもあれだけ情報垂れ流していたら誰だってプロファイリング出来ちゃいます。勿論自分も

個別注意喚起より、作品引っ張り出させて各ユーザーに判断の代を作ってあげるのがいいと思った次第です。

運営が放置してるってのはその自由がアーキテクチャの基盤にあると解釈すれば良いじゃないですか。匿名だしブロックとかないし

せんちゃん
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葉山様
このスレッドを汚す書き込みをしますこと、申し訳ありません。

犬浮離へ
俺の書き込み程度で泣き叫ぶとか、お前は鍛錬場向いてないわ
覚悟ないならそもそも書き込むな
お前の吠え声、怖がってキャンキャン吠えてる犬と同じだから
酒にでも頼ってしっかり吠えておけ

葉山=佐藤
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では、それでどうぞ。

天ピカさんの判断は
天ピカさんのものですので、
こちらが何かを言う筋合いはないです。

葉山=佐藤
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せんちゃんさん

あなたについての認識は
浮離さんと同じだと伝えておきます。

葉山=佐藤
p1460140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

ノノアノ氏の感想を転記しておきましょう。

また再発ですか? ここ以外には、お友達がいないのですか?
ノノアノ
 飼い猫ちゃりりんさんの小説はまだまだヘタクソな素人レベルですよ。馬鹿なこと言ってないで、どうしたらまともな小説が書けるようになるのか、それを考えて、もし考えが及ばないのなら、皆さんに一緒に考えてもらってはどうでしょうか。

 ここの伝言板で前回、おかしなことを言ってしたね? いいですか、私が日本語が読めないのではなくて、飼い猫ちゃりりんさんが、ここの空気が読めてないんですよ。ここは、作家でごはん!の伝言板です。政治ネタの掲示板ではありません。なぜそれが理解できないのか、察しが悪いのか、認知機能が衰えてきているのか、はっきりってちょっと信じられないレベルです。常識がなさすぎです。

 誰も責めはしないけど、現実として、あなたはオマージュといいながら他人の小説をパクって平気な顔をしているとんでもない人ですよ。著作権への意識もかなり低いですね。そういう人はプロには向いてないし、将来的に犯罪者にならないで済むので、才能がないのはむしろ僥倖かもしれません。

 と、きついことを言いましたが、実際そうなんですよ。自覚してどうにかしてください。あと匿名で書き込んでいた佐藤さん。はっきり言います。あなたもヘタクソです。小説の書き方がいまだにわかっていません。お二人とも文章は書けてますが、むしろそのせいで、小説が書けてないんですよ。

 わかりやすくいうと、小学校の作文を書く感じで、大人の文章を書いているだけ。佐藤さんが葉山という名で投稿された『みちのとぼそ』という作品。なぜこれがスルーされるのか、プライドを捨てて謙虚になって聞けばいいんですよ。聞かないから自分では気づけないんだと思います。

 冒頭、ふつうに、書き手が書き手視点で、描写文を書いているだけですよね? 誰かそんなものを好き好んで読みますか? 作者の見栄に付き合う人なんていませんよ。書き方が古いんですよ。昭和のまだ小説の書き方がよくわかってない文豪たちの真似をしているだけで、いまの時代に通用しません。じゃあなぜそんなものを書いているのか。やはりそこにあるのは佐藤さんの劣等感でしょうか。古代中国ネタのものも同じことが言えます。佐藤さんの趣味嗜好は否定しませんが、読者にマウントを取りたいというのが、滲み出てるじゃないですか。小説は作家と読者との共同作業ですよ。もしその意味がわからなかったら、まずそれがわかるようになってください。

 で、お二人とも、煽り癖があるのだと思いますが、とにかく誹謗中傷はやめてください。佐藤さんのレッテル貼りもはっきり言って迷惑です。私は、たぶんあなたたちにとって不都合なことを指摘をしているのだと思いますが、それらは根拠を明示した事実です。客観的な事実のみで書いているので、私でなくても、読める人ならみんな同じ指摘をすると思います。なので私に向けた私怨はやめてください。

 では、飼い猫ちゃりりんさんは、小説内の時間コントロールを覚えてください。説明は加速、会話は等速、描写は減速。飼い猫ちゃりりんさんは、加速加速加速で、時間が飛んでしまうので、読者は落ち着いて読めないのです。まさに飼い猫ちゃりりんさんの文章はAI臭のする文章ですね。素人臭、加齢臭、と言ってもいいかもしれません。詩的なんて程遠いです。笑わせないでください。のべたん。さんのはちゃんと一続きになってませんか? 小説内の時間コントロールについては以下のサイトを参考にしてください。

 https://www.yamauchihiroyasu.jp/n/nc69925486d44(創作論6 小説の3つの要素と、作中時間の操りかた)

 それから、戦後の「カフェー」は風俗営業です。ウィキペディアで確認してみてください。上流階級の女性が流行りのカフェへ出掛けたとか、ちょっと知識のある人だったら噴飯し、たったそれだけで飼い猫ちゃりりんさんの評価は決まってしまい、その後、飼い猫ちゃりりんさんが何を偉そうなことを言っても誰も笑って信用してくれません。何でも調べるを心がけ、言葉の重みに気を配ってください。

 伝言板に飼い猫ちゃりりんさんの作品の批評を書いたのは、佐藤さんにも当てはまるからです。あえて言えば、人格をもった語り手が説明している感じ。ありていに言えば神視点ですね。神視点も一概に悪いわけではありませんが、小説を書いている人なら、その作者が何を考えながら書いているとか、自分も書き手だからわかるところがありますよね? お二人ともそれをもっと意識してみてはどうでしょうか。

葉山=佐藤
p1460140-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

さて、そろそろいい加減
ネタバラシをしておきましょうね。

この作品ですが、思想部分を現代日本語から
AIに翻訳してもらっています。
「可読度を可能な限り下げて、
 読む気を失せさせる」
ためです。

つまりこの作品、作品の体裁をとった
「無駄に込み入って
 みっちり書き込まれたテキスト、
 あなたなら読みたいですか?」
の意識調査なんですね。

アンケートにご協力くださった皆様、ありがとうございます。

天ピカ
KD175132182187.ppp-bb.dion.ne.jp

「可読性が低かったら読まれない」ってわざわざ調査するまでもない事実だと思ってましたが、
調査しないと分からない人がいることは今更否定しません。

だとすると、閲覧数カウンタもいいね数も表示されないこのサイトでは不十分なのではないでしょうか
要領悪いなってのも個人の感想ですが

葉山=佐藤
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こちらを低く見たいのなら
ご自由に見てください、
とすでに申し上げました。

あなたがそう思うのであれば
それでいいではないですか。
序列が定まっていらっしゃるのでしょう?
では、それでどうぞと、
こちらに何回言わせれば気が済むのですか?

以上で天ピカさんへの対応を終了します。
以降、お書きいただいても構いませんが
反応はしません。

天ピカ
KD175132182187.ppp-bb.dion.ne.jp

序列?低く見る?ただ皆さんのことを心配してるだけです。
まぁ、もう止めませんよ。

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