みちのとぼそ
ぎし、ぎしりと鳴る板張りの廊下をためらいつつ進む富士川汀のそばを、大股の警官が慌ただしく通り過ぎる。そのたびごとに肩をすくめるも、先導する別の警官、Aは富士川の狼狽を気にかける素振りも見せない。下り階段の前で振り返り、はじめて彼我の隔たりに露骨な渋面を示すのみである。富士川は慌て、小走りにてAのもとに駆け寄った。Aの「こちらだ」と述べる声には、わずかな嘆息が混じる。
「は、はい」
署内にてわめきたてていたかのような蝉たちの声も、階段を降りるごとに遠ざかる。富士川は左右を見回したが、どちらにもコンクリートが迫り来るのみである。
階段を降りた先、ぶ厚い扉の前にはひとりの警備官が立つ。Aが敬礼をすれば警備官も敬礼を返し、特段の言葉を交わすこともないまま、扉を開けた。「足元にお気をつけて」が、唯一掛けられた言葉である。
Aは一瞥のみにて、富士川を扉の向こうへと促した。大きくつばを飲み、続く。室内に設けられたガス灯、四箇所に火が入る。寝台と、シーツの盛り上がりが照らし出された。
「改めて、お伺いする。富士川殿。貴君はここに横たわる葉山玄以殿とねんごろでおられた。間違いはあろうか?」
「はっ――」
返答よりも先に、吐息だけが漏れる。
一度、二度とむせこんだのち、照らし出された盛り上がりを見る。
「はい。ご遺体が、まこと葉山でありました、ならば」
Aはわずかな黙祷を捧げたのち、シーツをめくりあげた。首筋に今なおもって生々しく荒縄の巻かれた青黒き痕跡を残すも、すでに血色を失いきった容貌は、故にこそ異様なまでの怜悧さを帯びる。富士川は一度えづきかけたが、なんとか身を支え、Aに向き直った。
「間違い、ありません。葉山、その人です」
「――お悔やみ申し上げる」
Aと二人で、改めて黙祷を捧げる。と、Aが遺骸の枕元にあった手紙を手に取った。
「それは?」
「遺書、と呼んでよいものか。状況からしても事件性はなく、自殺である、と当局は見ている。しかしそう断定するには、この手紙が不可解に過ぎた。葉山殿のご実家は自殺などという、今回の醜聞を起こした同氏の受け入れを拒否している。ならば、遺体の処遇はこの書面に名の載る富士川殿の意向次第となる。確認いただいてもよろしいか?」
手紙を受け取り、目を通す。
やがて時を置かず、富士川の手が震えはじめる。
「間違いありません、筆跡は葉山のもの……けど、こんな……」
持つ手が緩み、はらり、と手紙が床に落ちた。
「調べによれば、葉山殿は、妾腹とは言え名家の令息として、むしろご嫡男よりも葉山家を受け継ぐに相応しきお方である、との評判まであった。だが、こうした評判と今回の自殺、そして手紙との内容の乖離が、あまりにも激しすぎた。ましてや我々の調べにおいて、ついぞ富士川殿の名前が挙がったこともない。葉山殿についてなにかを判ずるにも、あまりにもわからぬことだらけなのだ。富士川殿はなにか心当たりが?」
その目は決して遺骸から逸らされぬまま、へたり、と富士川が膝をついた。震える手もそのままに、頭を抱え込む。
「いえ、いえ――わかりません。わたしの知るかれは、ただ、まばゆきお方でした。わたしを包み、愛してくださった、そのような方であった――はず、でした。かれは本当に、わたしの知る葉山なのでしょうか」
恐懼に震える富士川を、しかしAは冷然と見据えるのみであった。
ややあって、Aの目が床に落ちた手紙に向く。
手紙には蟻の群れもかくやと言えるほどの細かい文字が綴られており、またその先頭には、この言葉があった――「去樞ノ辭」。
じり、とガス灯が小虫を吸い込んで揺らげば、寝台の影もまた、わずかに揺らいだ。
去樞の辭。
唐土の莊周、その『齊物論』に曰く、「彼と是と偶を得ること無し、之を道の樞と謂ふ」と。余、幼き日にこれを讀み、俄かに道の樞のうちに沈淪しつと覺えき。余が余たる所以、是が是たる所以は外のたれかれの論ずる能はざるものと感ぜらるるが故なり。其の孔に嵌まりて脫す能はざるも、萬象ことごとく孔の外に遠ざかる。孔は余が身の擧措にしたがひ、一毫もそむかず。されど百骨九竅六臟、身中にありといへども、見ゆるがごとく感ぜる能はず、手足のごとく動かす能はず。すなはち孔は余が外になく、余が内にもあらず、ただ余と象を齊しくするのみ。怪しむべきはこれ余のみならず、他者、あるいは一切の物さへ變はるまじきに、周圍より似たる苦悶の氣配をいささかも感じず。余のただ癡なるか、他の氣づかざるのみか。否、問ふとて詮なからむ。如何にせむとて、余、孔の外に出づる能はざればなり。
嗚呼、此の耐へがたき逼塞の境涯や。或いは天に神ありて、余を永劫の囹圄に幽閉せりやと疑ふ。僅かに一日一日を無事に過ぐしつつも、此の束縛を免れむ途を思ひめぐらすに、ことごとく徒勞に歸す。然れど余の嵌まりしが樞と稱せらるるは、奇しき符合と謂ふ外なし。樞とは扉の軸木を呑む孔なり。孔は孔なるが故に、そのままにして他を動かさしむ。余もまた此の孔のうちより外に働きを齎したり。途を求め典籍を學ぶ日々に、思はず博識を得にき。これらを他人のために用ゐ、感謝の辭を享け、榮譽の聲を浴びるに至るも、いよいよむなしかることぞ。所詮余が身は孔のうちなれば、自由なき囚人の譽れを拾ふのみ、分厚き壁、厚みなき壁、壓さるることなき壁のただ息苦しさのみ募りけり。
果てなき幽逼を僅かにも打破るものあり。精通なり。人これを小死と譬ふ、さても尤もなるかな。放散の刹那、腦裏に閃く一道の光、なるほど涅槃とはかくやと思はしむ。加ふるに精は陰門に注がれ、女子に子を授くといふ。余これを聞きてよろこびき。精とは卽ち我が命の微塵を削ぎて、他に余を移し入るる媒ならむか。然らば精、いはば彼我の隔壁を噬み破る利錐ならずや。此の後、余は諸處に精を撒きたりけり。木の洞、布團の合閒、蒟蒻膠や饅菓、あるひは人。されど發するに陰門は避く。子を設くるは非なり、余と苦悶を同じくする者を增やすは許されがたし。そも眞に精を以て壁を破り得ば、發する所かえって陰門なるは意義無きにあらむ。
係る我が求めに對し、冨士川汀殿は殆ど獻身と稱すべき態度をもて應じたり。感謝措く能はねども、奇矯の念なお胸底に包み隱しがたし。何ぞ斯くまで余の請ひに從ふやと質せば、「愛するが故なり」といふ。耳に馴れたる言なり。種々の小說に見、あるいは道德書にて夫婦・家族の絆を代言する詞として屢々援用せらるるを拾ひ上げ來れり。語の孕む情は終に解し得ざるままなれども、冨士川殿の肯じたる以上は、感謝の證として余もまた「愛す」と答へしかば、まずは應を得たるに似たり。此の用ゐや正しかるや否や判じ難しと雖も、余が意に副ひて殿動き給ひしならば、とかく的を射たりといふべし。
それにつけても測り難きは、何ぞ冨士川殿は余が意をただ一言にて喜び從はるるや。言の葉をもて殿を動かさしむと解せれども、その所以いまだ解けず。殿の應ずるほどに疑念はいよいよ募るのみ。ここに一說を擧ぐ――愛すなはち精なるや、と。冨士川殿の諸處に施せる精の故に、殿をして余に盡くさしめたりやと量らんとす。然れど乃ち否と斷ず。諺に曰く、子は親に似ると。もし精を施して彼我の壁を打ち破り得ば、冨士川殿にも我が性向に近き兆し現るるは必然ならむ。しかるに氏と交はり幾月を重ぬれど、變容の影なお見えず、余の苦悶を覺ゆる氣配すら無し。遂にはただ余をみる者に止まれり。然れば思はざるを得ず――いづこに精を施すとも、孔を穿つ錐には足らざるか、と。
やがて其の日、來たりぬ。
やや散漫にして冨士川殿に精を施さんとする閒際、俄かに地震ひぬ。大なるにはあらねども、余らを狼狽せしむるに足りて、共に周圍を顧みる刹那、彼我の結合解けぬ。その勢ひにて我が精宙に飛び、ぼたりと布團の上に落つ。暫くして震ひ止むと雖も、眼前なる白濁の塊を見、震ひなど問題とせぬほどに我が魂魄ゆらげり。腦裏に過ぎれるは又しても莊周の句なり。曰く、「古人の糟魄」。およそ書に載る詞は、その書を編みし古人の思ひの出し殼に過ぎず、と。死灰に冷水のそそがるごとし。余が前にて、余が出し殼、このわだかまりは死なん。拭ひ取り不淨入れに押し込められ、遂には死なん。然らば余のこれまで放ち來たりし精は如何。木は世を厭へるか、布團は、蒟蒻膠、饅菓は。これを確かに卜する能はねど、短からぬ月日を共にせし冨士川殿が、終に余とならず、飽くまで外より余をみる者たりしこそ唯一の解答ならむ。悟らざるべからず。我が終焉に縋りし假說もまた、本懷を遂ぐるに足らざりき。
此の先にて余の取らむとする手段は、謂ふまでもなく、幾度となく余が思考の片隅をかすめ來たりしものなり。然れど今日に至るまで敢へて決行せざりき。再び試むる術なきが故なり。此の孔の余が身體を完璧に、寸毫の狂ひもなく覆へるは疑ひなき事實なり。然らば此の身を毀ちさへせば、孔より遁れ得らむか。しかれども斯く反駁し得ん、余が身は余が身にありながら余が意を十全に遂ぐる能はず、たとひその身を損なふとて、別の何者かありて余をさらに他の孔に幽閉せしむること無からむや、と。能く答へ得ず。得ざれども、さりとて孔より脫するに此の手段の外いよいよ案出し難し。然らば踏み込むより他あるまじ。
ゆゑに茲に宣ぶ。我が決斷、誰にも責むべき所あらじ。ただ我が脫出、我が自由を求むるは、諸氏に取りて狂言者の一齣なる戲と謂ふべき實驗のみ。附言を敢へて申すに、徒らに冨士川汀殿を嫌疑に卷き込まざらむやう御配慮被下度く希ふ。
嗚呼、余、みちのとぼそを離れ得たるか否か。
筆を擱くに至れども、究竟を知るを得ず。
執筆の狙い
思考の迷路を書きました。よろしくお願いします。