作家でごはん!鍛練場
恋なんて

さくら

【第一章:恋なんて】
「恋なんて、ただの季節のようなものだと思っていた。時間が経てば、勝手に通り過ぎていくものだと。」
秋の終わり、冷え込み始めた代々木公園のベンチで、湊(みなと)は独りごとのように呟いた。隣にはもう、あの柔らかい柔軟剤の香りをさせた彼女――陽葵(ひまり)はいない。
二人が別れたのは、ちょうど一ヶ月前のことだ。理由は、どちらかが浮気をしたわけでも、激しい喧嘩をしたわけでもなかった。ただ、少しずつ、お互いの「未来」の形がズレてしまっただけ。
「ねえ、湊。もし明日、世界が終わるとしたら何を食べたい?」
付き合いたての頃、陽葵はよくそんな他愛もない質問を投げかけてきた。
「うーん、お母さんの作った味噌汁かな」
「普通だね。私はね、湊と一緒に食べるなら、コンビニのアイスがいいな」
そんな風に笑い合っていた時間は、永遠に続くのだと信じて疑わなかった。
けれど、社会人になって三年。湊は仕事に追われ、陽葵は夢だった海外での活動を本気で考え始めた。会えない夜が増え、電話の回数が減り、たまに会っても、会話の端々に「沈黙」という名のトゲが刺さるようになった。
「……湊。私、やっぱり行こうと思う」
最後の日、彼女は泣いていなかった。ただ、ひどく綺麗に、決意に満ちた目で湊を見つめていた。その瞳の中に、もう自分との未来が映っていないことに気づいた瞬間、湊は引き止める言葉を飲み込んだ。
「……そっか。頑張れよ」
それが、精一杯の強がりだった。
今、ベンチに座る湊の視界に、小さなアイスクリームのカップが映る。陽葵が好きだった、期間限定のキャラメル味。
一口食べると、甘さよりも先に、喉の奥がツンと痛んだ。
「恋なんて、しなきゃよかった。こんなに苦しいなら、最初から一人の方がずっと楽だったのに」
そう呟いて、湊は空を見上げた。夕焼けが、嫌になるほど美しい。
結局、恋なんてものは、失った後にしかその本当の重さがわからない。
どんなに願っても、季節は戻らない。けれど、左胸に残ったこの鈍い痛みだけが、確かに自分が誰かを深く愛していたという、唯一の証明だった。
湊は溶けかけたアイスをもう一口飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。
冷たい風が、彼の頬を容赦なく撫でて通り過ぎていった。
「恋なんて」—— 欠けた月を追いかけて ——
【第二章:再会の街角】
陽葵が海外へ旅立ってから、三年の月日が流れた。
湊は二十九歳になり、中堅の広告代理店でそれなりのポジションに就いていた。生活は規則正しく、仕事は順調。週末には同僚と飲みに行き、たまにマッチングアプリで出会った女性と食事に行くこともある。
「恋なんて、もう生活のノイズでしかない」
そう自分に言い聞かせ、湊は心の鍵を閉めたまま生きていた。あの日、代々木公園で食べたキャラメルアイスの味も、もう記憶の隅に追いやったつもりだった。
そんなある日、プロジェクトの打ち合わせで訪れた表参道のカフェ。
入り口のドアが開いた瞬間、カランと鳴ったカウベルの音と共に、心臓が跳ねた。
「……湊?」
懐かしい声。
少し短くなった髪と、以前よりも大人びたセットアップに身を包んだ陽葵が、そこに立っていた。
彼女の隣には、見慣れない外国人の男性が親しげに寄り添っている。
「陽葵……。帰ってたんだ」
絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
陽葵は一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐにいつもの柔らかい微笑みを浮かべた。
「うん、先月ね。こっちは、あっちで仕事を手伝ってくれてる同僚のルカ」
「Hello, Nice to meet you.」
ルカと呼ばれた男性が、屈託のない笑顔で右手を差し出す。湊はその手を握り返しながら、喉の奥に熱い塊がせり上がってくるのを感じた。
「恋なんて、ただの過去の遺物だ」と決めたはずなのに。
彼女が笑うだけで、三年間かけて築き上げた「平穏な日常」という城壁が、音を立てて崩れていく。
「湊、もし良かったら今度……ゆっくり話さない? 伝えたいこともあるし」
別れ際に陽葵が残した言葉が、湊の頭の中で何度もリフレインした。
伝えたいこと。それは、彼女の幸せな報告だろうか。それとも、あの日の続きだろうか。
【第三章:止まっていた時計】
一週間後、二人はかつての行きつけだった裏路地の居酒屋で再会した。
お洒落なカフェよりも、油の匂いと喧騒に包まれたこの場所の方が、今の自分たちには相応しい気がした。
ビールを二口ほど飲んだ後、陽葵がぽつりと切り出した。
「ねえ、湊。私ね、向こうでずっと考えてたの。どうして私たちは、あんなに簡単に手を離しちゃったんだろうって」
湊はグラスを持つ手に力を込めた。
「……それは、お互いの未来のためだったんだろ。お前には夢があったし、俺にはそれを支える余裕がなかった」
「違うよ。……怖かっただけなんだと思う」
陽葵の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
「夢を追いかけるのが怖くて、湊に甘えたかった。でも、甘えたら自分がダメになる気がして、わざと突き放すような言い方をした。……湊だって、そうだったんでしょ? 私を縛り付けるのが怖くて、物分かりのいい男のフリをしただけじゃない」
図星だった。
湊は、彼女の情熱を奪うのが怖かった。自分の狭い世界に彼女を閉じ込めることが、愛だとは思えなかった。けれど、その結果、二人でいることさえ諦めてしまったのだ。
「今更だよ、陽葵。お前にはもう、隣に相応しい人がいる」
「ルカのこと? 彼はただの仕事のパートナーだよ。さよならを言うために、今日は彼に内緒で来たの」
陽葵はテーブルの上に置かれた湊の手に、そっと自分の手を重ねた。
その温もりは、三年前と何一つ変わっていなかった。
「恋なんて、面倒で、残酷で、報われないことの方が多い。……でもね、湊。私、やっぱり他の誰かとじゃ、あのキャラメルアイスの味を思い出せないの」
【第四章:これから(結末へ)】
外は雪が降り始めていた。
店を出た二人は、白く染まり始めた街をゆっくりと歩く。
三年前、湊は「恋なんてしなきゃよかった」と後悔した。
けれど今、隣で白い息を吐きながら歩く彼女の横顔を見て、湊は気づく。
恋とは、完成させるものではない。
互いの欠けた部分を、一生かけて埋め続けようとする「祈り」のようなものだ。
「……ねえ、湊。明日、世界が終わるとしたら何を食べたい?」
三年前と同じ質問。
湊は今度は迷わずに、彼女の冷えた手を強く握りしめて答えた。
「コンビニのアイス。……お前と一緒に」
陽葵は、子供のように顔をくしゃくしゃにして笑った。
その頬を伝う涙を、湊は今度は逃げずに、指先で優しく拭った。
恋なんて、苦しいだけだ。
けれど、この苦しみを愛せる相手に出会えたことを、二人はもう「運命」とは呼ばない。
ただ、降り積もる雪のように、静かに、新しく重なり合っていく時間を、今度こそ離さないと誓った。

さくら

執筆の狙い

作者 恋なんて
madb688a6c.ap.nuro.jp

切なくてでもどこか少し甘いようなラブストーリーを描いてみたく、挑戦させていただきました。みなさんは「恋なんてしなきゃ良かった」と思ったことはありますか?

コメント

さくら
madb688a6c.ap.nuro.jp

名前とタイトル間違えました、!💦
タイトル→「恋なんて」
名前→さくら

黒川憐
M014011049192.v4.enabler.ne.jp

さくらさん、コメント失礼します。
切なくてでもどこか少し甘いようなラブストーリー を狙ったようですがうまくそれが伝わりませんでした。
話はありきたりでプロットじみている、という印象が残りました。
でも、私はこういう純粋な恋愛物語自体は好きです。伸ばせばもっと良いものになると思います。

具体的な解決案です。参考になるかわかりませんが、少しでも役に立つとよいなと思います。

まず、視点のバラつきが目立ったのでそこを合わせたほうがよいかと思います。
>隣にはもう、あの柔らかい柔軟剤の香りをさせた彼女――陽葵(ひまり)はいない。
ここは一人称、湊視点ですよね。でもそのあとの文章
>二人が別れたのは、ちょうど一ヶ月前のことだ。
湊視点でも陽葵視点でもない。「二人が」だと三人称になってしまうかと。湊視点にしたいのであれば
俺が陽葵と別れたのは、ちょうど一ヵ月前のことだ。
のほうがしっくりくるかと思います。
今回の恋愛物語のときは、一人称のほうがよいのかな、と私は思います。そのほうが主人公(今回であれば湊)の気持ちが読者に伝わりやすくなると思うので。
私も前々回恋愛物語を三人称で書き、ごはんの皆さんに多くの指摘を頂きましたので。
私ははじめ一人称で書くのを苦戦していました。なので、まず「湊は~」ではなく「俺は~」とか「僕は~」にして、主人公の感情を付け足すと少しずつできるようになりました。
もし今後恋愛物語を一人称で書くときは試してみてください。案外できます!

冒頭の
>「恋なんて、ただの季節のようなものだと思っていた。時間が経てば、勝手に通り過ぎていくものだと。」
とても雰囲気はよいと思うんですけど、少し完成された言葉すぎるなぁ、という印象がありました。
読者はまだ湊を知らないので、いきなり名言モードに入ってしまうとキャラより作者の声が先に来てしまっていますね。

陽葵の海外へ行く理由が抽象的すぎだったな、と思いました。
海外での活動、夢だったとしか描かれていないですよね。
読者が具体的な未来の重さを感じにくい、という問題が出てきちゃうんですよね。
一文だけでいいので、現実的な詳細を入れるともっと良いかもです。
例えば、国名、期間、職種、成功率の低さなどなど。
「半年のワークショップだけど、その先は何も保証されてない」とかね。

第二章の湊が無傷すぎるな、と感じました。
仕事順調、生活安定、女性関係もそれなり。再会時の動揺が、やや演出的に見えちゃってるんですよねー
改善するなら平穏の中に、小さな歪みを入れるとか。
例えば、マッチングアプリの会話が続かない、楽しいはずの飲み会で疲れている
満たされているが、満足していないという描写があると、再会がもっと良いものになると思います。

ごめんなさい。長くなってしまいました。まだ続きます。

黒川憐
M014011049192.v4.enabler.ne.jp

続きです。

プロットじみている、と言いましたが、構造が分かりやすすぎるのが原因なのかな、と思いまうす。
出会い→別れ→再会→本音→和解
各章に明確な役割があるのはよいことだと思います。
感情が段階的に整理されていくという、教科書的に正しい構造が見えてしまっているような気がします。
これは読者にとって読みやすい反面、「あ、今ここは◯◯の場面だな」
と、作り手の設計図が透ける原因になります。
この原因のせいで切なくてでもどこか少し甘いようなラブストーリー この狙いもうまく刺さらなかったのでは、と思います。

小説とプロットの決定的な違いですが、プロットは、何が起きたか、何を言わせたか、で成立します。
小説は、その瞬間、身体がどう反応したか、本人が言葉にできなかった感情、行動と心がズレる瞬間で成立します。
現時点では、感情が説明されすぎているのがよくないのだと思います。

直し方ですが感情を説明しすぎない、のが重要だと思います。
プロット感が出る書き方
「湊は◯◯だと気づいた」
「それは◯◯という意味だった」
「彼は理解した」

小説になる書き方
・行動が先に出る
・意味は読者に委ねる

例えば第三章の会話だと、気づきを言語化せず代わりに、身体反応を書く。
グラスを持つ手が止まる、返事が一拍遅れる、視線を逸らすなどなど。
読者はそれで察してくれます。
私はある方に読者をもっと信じて頼っていいといわれました。
自分の思ったよりも読者は自分で読み取って、考えてくれるからそこまで書かなくてもわかるよ、ということですね。

この感情、言葉で説明しすぎていないかと確認してみるだけでも大きく変わると思います。

「恋なんてしなきゃよかった」これ何度思ったことでしょう。
私情ですが、私は初恋の人を約5年間想い続けていました。その時は何度も思いましたね。

長くなってしまい、すいませんでした。
さくらさんの言葉の選び方や、話の進め方好みなのでもっと良くなってほしいなと思います。
私ははじめはもっとボロボロでしたが、ごはんの皆さんのおかげで成長できています。
さくらさんもっと伸びると思います。
今後も挫けずかんばってください!応援してます!

黒川憐
M014011049192.v4.enabler.ne.jp

問題点を洗い出して、冒頭だけ書いてみました。(参考にならないかもです私もまだまだなので)

俺≪湊≫は代々木公園のベンチに腰を下ろした。それと同時に金属の冷たさがコート越しにじんわり伝わってきた。
ポケットのスマートフォンを取り出し、画面を点けては、すぐに消す。
通知は来ていない。
来るわけがないとわかっているのに、指が勝手に動く。

風が吹いて、枯れ葉が足元を転がった。乾いた音が耳の奥で響く。
隣の席は空っぽで、そこに誰かが座っていた感触だけが、まだ胸のあたりに残っていた。
息を吸い込むと、かすかに甘い香りが鼻をくすぐる。

コンビニで買ったキャラメルアイスを手に取る。
半分は溶けかけで、スプーンを口に運ぶと、甘さより先に喉の奥がつんと痛む。
冷たさのせいなのか、心のせいなのか、どちらでもよかった。

空を見上げる。夕方の雲が高く、遠くに浮かんでいる。
三年前、同じ空を見て、彼女〝だった〟人ーーー陽葵と笑った日を思い出す。
でもその記憶は、すぐに胸の奥で薄く溶けてしまった。
「恋なんて……」
言葉が続かない。
肩をすくめ、溶けかけたアイスをもう一口食べる。冷たい風が頬をなでて、通り過ぎていく。
その感触だけが、確かに残っていた。

俺はベンチに座ったまま、しばらく動けなかった。
心のどこかで、まだ誰かの温もりを探している自分に気づきながらも、それを認める気はなかった。

青井水脈
171.3.139.110

「恋なんて」
>「恋なんて」—— 欠けた月を追いかけて ——
【第二章:再会の街角】
陽葵が海外へ旅立ってから、三年の月日が流れた。

「恋なんて」—— 欠けた月を追いかけて ——

【第二章:再会の街角】
 陽葵が海外へ旅立ってから、三年の月日が流れた。

>伝えたいこと。それは、彼女の幸せな報告だろうか。それとも、あの日の続きだろうか。
【第三章:止まっていた時計】
一週間後、二人はかつての行きつけだった裏路地の居酒屋で再会した。

 伝えたいこと。それは、彼女の幸せな報告だろうか。それとも、あの日の続きだろうか。

【第三章:止まっていた時計】
 一週間後、二人はかつての行きつけだった裏路地の居酒屋で再会した。

本編の章と章の間は、1行空けた方が、詰め詰めより読みやすくなるかと。


>隣にはもう、あの柔らかい柔軟剤の香りをさせた彼女

柔軟剤で興ざめ、というほどではありませんが。ここはラベンダーとかシトラスミントとか。


黒川さんが丁寧なコメントを書かれて、指摘することはもうなさそうと思いましたが。ストーリーそのものはいいですね、書きたいこともわかりますし。
プロットみたいというか、ややあっけない読後感でした。全体的に、エピソードを足す、それぞれの心情を丁寧に追う。今よりもボリューム、話を長くする。そうすると、二人が再会した時にどうなるんだろうとハラハラしたり、結末に向けてドキドキしたり。読者にも小説の醍醐味を味わってもらうということを意識されたら、もっと良くなるかと思いました。

夜の雨
sp160-249-14-47.nnk02.spmode.ne.jp

さくらさん「恋なんて」読みました。

小説らしい内容ですね。

冒頭の「恋」を「季節」に例えるあたりがおもしろい。
春夏秋冬ほうっておいても、季節は過ぎていく。
恋もその季節の一つに過ぎない、というような意味を読み手に印象づけています。

おまけにサブタイトルが【第一章:恋なんて】ということで、どんなエピソードがこれから起きるのかを読み手に期待させてしまう。

別れて一か月後の湊(みなと)の独り言で始まる
>秋の終わり、冷え込み始めた代々木公園のベンチで<
というようにイメージがわきやすい。

>隣にはもう、あの柔らかい柔軟剤の香りをさせた彼女――陽葵(ひまり)はいない。<
ここで「陽葵(ひまり)」はロボット(アンドロイド)じゃないだろうなぁ、といろいろな展開を考えました。「あの柔らかい柔軟剤の香りをさせた彼女」と、わざとらしいので。とくに「柔軟剤」。
つまり近未来の恋愛小説のひねったショートショート作品とか。

>「ねえ、湊。もし明日、世界が終わるとしたら何を食べたい?」<
この「明日、世界が終わるとしたら」なども、オチへの伏線かも、とか。

>「うーん、お母さんの作った味噌汁かな」
「普通だね。私はね、湊と一緒に食べるなら、コンビニのアイスがいいな」
そんな風に笑い合っていた時間は、永遠に続くのだと信じて疑わなかった。<
この流れもよいですね、母の味噌汁とコンビニのアイスとの対立が二人のちがいをあらわしていて、面白い。
そのあとの「そんな風に笑い合っていた時間は、永遠に続くのだと信じて疑わなかった。」やっぱりSF小説か。

上のように妄想をひろげていると、下のように、話の展開(構成)が一般的になってきました。

>けれど、社会人になって三年。湊は仕事に追われ、陽葵は夢だった海外での活動を本気で考え始めた。会えない夜が増え、電話の回数が減り、たまに会っても、会話の端々に「沈黙」という名のトゲが刺さるようになった。
「……湊。私、やっぱり行こうと思う」<

>最後の日、彼女は泣いていなかった。ただ、ひどく綺麗に、決意に満ちた目で湊を見つめていた。その瞳の中に、もう自分との未来が映っていないことに気づいた瞬間、湊は引き止める言葉を飲み込んだ。
「……そっか。頑張れよ」
それが、精一杯の強がりだった。<
場面を動かすのがなかなかうまい。
湊と陽葵の気持ちの揺れが表現されていていいですね。
「彼女は泣いていなかった。」しかし、これなどは、まだ後半への伏線かもとか、感じる。ロボットは泣かないしぃ。

>今、ベンチに座る湊の視界に、小さなアイスクリームのカップが映る。陽葵が好きだった、期間限定のキャラメル味。
一口食べると、甘さよりも先に、喉の奥がツンと痛んだ。<
陽葵の無邪気さが描かれているエピソードですね。湊との対比がよい。

>そう呟いて、湊は空を見上げた。夕焼けが、嫌になるほど美しい。
>「恋なんて」—— 欠けた月を追いかけて ——
一章のラストですが、「夕焼けが、嫌になるほど美しい」とか「欠けた月を追いかけて 」とか、はまだまだ後半でSF小説への展開が可能だと思わせますが(笑)。



【第二章:再会の街角】などの再会の描き方などもうまいですね。
二十九歳の湊がどんな生活をしているかをコンパクトに説明したあとで、陽葵との再会が「彼女の隣には、見慣れない外国人の男性が親しげに寄り添っている。」なので、外国人の彼ができたのかと想像できるので。
そのあとを読むと仕事仲間という事になっていますが。


で、ラストまで読んでみると地球での恋愛事情になっていますが。話(エピソード)を盛ると、地球に似たほかの惑星での恋人たち(アンドロイド)の物語にできそうだなと思いました。
そういった発想をすると、御作が新鮮に思えましたが。

ちなみに現状の御作ですが、内容の割に短い作品なので凝縮した物語だなと感じました。
御作の内容だと、ストーリーを伝えるために書いたという感じなので。

感受性はこのストーリーなので、作者さんにはあると思いましたので、すでに完成度が高い作品を書いておられるかも。今回はアイデア部分を公開したのかなと。


ということで、お疲れさまでした。

しいな ここみ
KD124209077228.au-net.ne.jp

これは『詩』だと思います。
小説というには文章が凝縮しすぎている。
そして、詩だとしたら、曲が必要な『歌詞』のように思います。
音楽に合わせて朗読したら似合うと思いました。

飼い猫ちゃりりん
14-133-217-204.area1a.commufa.jp

さくら様。飼い猫と申します。
恐縮ですが、最初から違和感が。


>【第一章:恋なんて】
「恋なんて、ただの季節のようなものだと思っていた。時間が経てば、勝手に通り過ぎていくものだと。」
秋の終わり、冷え込み始めた代々木公園のベンチで、湊(みなと)は独りごとのように呟いた。

こんなに長い独り言を言う? もはや朗読。作り物感が半端ない。
独り言にしたいなら、
「恋なんて、季節のようなもんさ」
くらいにしとかないと、リアリティがない。

>隣にはもう、あの柔らかい柔軟剤の香りをさせた彼女――陽葵(ひまり)はいない。

柔軟剤ですか。うーん。猫は柔軟剤の匂いが苦手ってのもあるけど、もう少し気の利いた表現はないですか。柔軟剤じゃなくても、香水でもいいし。その香水の香りの中に若者らしい汗の香りがあったら、グッとくるでしょ。

浮離
KD059132152017.au-net.ne.jp

こんばんは。
作者不在のポンコツアマレス会場お邪魔します。


小説的なこと書きたくて書いてるつもりなのはわかりますし、とはいえそのために必要な基礎的なセンサーみたいなものがそもそも発動していない初心者ならではの題材描写展開感情つまりは、判で押したような”小説っぽさ”をなぞるはじめの一歩的作為でしかないことはまともな感性を待つ人なら当たり前にわかることかと思うんですね。

そんな上で、この書き手個人のパーソナリティとして予想されるのは恐らくは男の人のような気がするということのはずで、女の人であるならかなりヤバめというかなとなく腐女子カースト最底辺風味かつ過保護反発系短絡幻想執着型事故物件みたいな気質を予感させなくもないだとか。
単純に恋愛観として、それを美観に掛け替えるにしても女の人ってたとえ下手なりにもこういう安直な角度にはならない気がするだとか。
酷いこと言ってるみたいに取られるかもしれないんですけど、この上に連なる無責任な感想者たちの言い草と比べたら嘘も偏見にも箸棒のたかがトラッシュトーキングみたいなものかと思うんですよね。




黒川さんいう方がおっしゃられている”視点のバラつき”なるご指摘をまんまと鵜呑みにしている人って、相変わらずの青井の他にどれほどいるものなんですか?
視点がバラついているんですか?
あたしにはこのお話、語り手として湊に観察定点を置いた神視点、三人称一元ってことでなにも問題ないものと受け取れる気がするんですけど、なにかおかしなこと言ってますか。
文章表現として違和感を感じることを指摘の絶対的根拠として、主語人称を変えろだの一人称の方が合っているだのという物言いがまともな指摘と受け取れる気がするなら、それって「このほうがおいしい」って焼きそば手掴みで食べる幼児と変わらない気がするんですよ。
個人的にはこの作品、平板以前に”小説風”であるだけの文章、その程度の筆力として相応に書かれたものでしかないとして当たり前に理解して扱えるもののはずと思うんですよね。

親切に改稿まで投げてくれる熱心さは結構なんですけど、たとえば”小説”って、あるいは共感だとか、つまりは感情的齟齬を感じさせられない上でその物語世界にようやく没入したくさせられる理由って、どんなものが考えられるかと思いますか。

たとえば黒川さんがおっしゃられるところの”キャラより作者の声が先に来てしまっていますね。”といったあたりのこと。
つまりはキャラの動かし方なり情報の吐かせ方みたいなことかと思うんですけど、そのための挙げられた要点が


プロット感が出る書き方
「湊は◯◯だと気づいた」
「それは◯◯という意味だった」
「彼は理解した」

小説になる書き方
・行動が先に出る
・意味は読者に委ねる


そんな前提の上で、

>「湊は~」ではなく「俺は~」とか「僕は~」にして、主人公の感情を付け足すと少しずつできるようになりました。


とのことなんですよね。
わからないことはないんですけど、個人的にはそんなせっかちな理解のあり方によるもちろんの反作用として、先に挙げたような”視点のバラつき”を指摘したくなるといった理解不足を二次災害的に明らかにしてしまうなんて、”小説って、油断ならねえぇ”なんてお節介なこと感じさせらないでもなかったりするわけなんです。

浮離
KD059132152017.au-net.ne.jp

ご覧になられている方々におかれましてはいちいちスクロールするの面倒でしょうからここは失礼を承知の上でがっつり引用させていただいてしまうんですけど、


>俺≪湊≫は代々木公園のベンチに腰を下ろした。それと同時に金属の冷たさがコート越しにじんわり伝わってきた。
ポケットのスマートフォンを取り出し、画面を点けては、すぐに消す。
通知は来ていない。
来るわけがないとわかっているのに、指が勝手に動く。

風が吹いて、枯れ葉が足元を転がった。乾いた音が耳の奥で響く。
隣の席は空っぽで、そこに誰かが座っていた感触だけが、まだ胸のあたりに残っていた。
息を吸い込むと、かすかに甘い香りが鼻をくすぐる。

コンビニで買ったキャラメルアイスを手に取る。
半分は溶けかけで、スプーンを口に運ぶと、甘さより先に喉の奥がつんと痛む。
冷たさのせいなのか、心のせいなのか、どちらでもよかった。

空を見上げる。夕方の雲が高く、遠くに浮かんでいる。
三年前、同じ空を見て、彼女〝だった〟人ーーー陽葵と笑った日を思い出す。
でもその記憶は、すぐに胸の奥で薄く溶けてしまった。
「恋なんて……」
言葉が続かない。
肩をすくめ、溶けかけたアイスをもう一口食べる。冷たい風が頬をなでて、通り過ぎていく。
その感触だけが、確かに残っていた。

俺はベンチに座ったまま、しばらく動けなかった。
心のどこかで、まだ誰かの温もりを探している自分に気づきながらも、それを認める気はなかった。



はい、確認してください。
あるいは率直に、単純に感じるだけでもいいです。
黒川さんおっしゃられるところの”視点”、どうですか?
誰がいつどこでなにを話してますか。


>例えば第三章の会話だと、気づきを言語化せず代わりに、身体反応を書く。
グラスを持つ手が止まる、返事が一拍遅れる、視線を逸らすなどなど。
読者はそれで察してくれます。
私はある方に読者をもっと信じて頼っていいといわれました。
自分の思ったよりも読者は自分で読み取って、考えてくれるからそこまで書かなくてもわかるよ、ということですね。


はい。こちらも同氏による言説なんですけど、どうですか。
あたしが言いたいつもりのこと、わかりますか?

”一人称”って、なんですか。
あたしは上の改稿ははっきり言ってポンコツすぎると当たり前に思いますし、過去の文豪にもこういう書き方してるやつはいっぱいいる、だとかそんな古びてくっさいふんどし投げ返されるような話をしてるんじゃないから勘違いしないで欲しいんですよね。
平たく言ってしまえば、”時代感覚”みたいなことかと思うんですよ。
単純にジェネレーションだとか、欲求理解っていうフィットネスでもいいです。
過去には許容されたものが現代ではちっとも心に美味しくない、なんてものいくらでもあるじゃないですか。
年末だからって仕方なくザッピングでも観るハメになる紅白歌合戦だとか、いまだに大御所扱いで30年来使い古されたど定番ど演歌こりごり歌わされる石川さゆりさんだとか、あたしはあんなの華々しいだけの拷問にしか見えなかったんですけど、なんかアタマおかしいこと言ってますか?
極端かもですけど、とはいえそれも翻すならジェネレーションとしてのマクロ的な成り行きだとかその割合の問題、ってまったく言えないでもないはずかと思う、ってことですよね。
石川さんがどんなおつもりか、なんてお節介がましいこと言ってるんじゃないですから文盲まみれの馬鹿な勘違いはおよしなさいなんです。
文化継承を否定する気はないですけど、所詮は興味までは促されないっていうたかが冷たい感情ですよ。ただそれだけ。
国宝だとか、歌舞伎なんかちっとも興味なかったくせに話題だからってシネマ行列、丸儲けみたいに賛美して恥ずかしげもない人とかあたし結構興味ないんですよねひどい性格してるので。
かつてノノアノ氏が伝言板で”現代の一人称”という暫定理解的なことについて散々言及してたんですけど、それってつまり”石川さんカワイソ”をいつまで恥ずかしげもなく疑わずにいるつもりかよそんなもんで理解なり良心ヅラとかおまえら馬鹿か、ってことかとあたしは疑いなく受け取ってるものなんですけどね。

ここでみなさん大嫌い鼻つまみ者のノノ氏を比較にあげちゃうところがあたしらしく秀逸かと思いませんか。
それってここまでとことん気の毒な感じの黒川さんはじめ軒並みずらずらとポンコツな有り様のみなさんへの”わかりやすく”企てる思いやりのつもりですけど如何様にも勘違いしてくれて構いません知ったことではないですし。

親切な改稿について、お話戻りますよ。

つまりなにが言いたいかって、あたしは”一人称”としてあんな了見で失意なり失恋を語り腐って恥ずかしげもない男なんて、そんなキャラクターなんて一ミリも共感できないです、ってことなんですね。

だってふつうにきもいもん、ふられんのあたりまえくね

なんて、適切にひらがなばっかで思ってしまいますよねフツーに。





そんなこんなで総括です。

この書き手になにより的確に伝えるべく伝えるべき感覚的不理解、その象徴的箇所って、どこかと思いますか。
先を急ぐ必要はないので、ゆっくり考えてみてはいかがでしょうかこれご覧になられている物好きだけど良心的な小説家のみなさん。
そんな難しいことじゃないし知恵に富んだパフォーマンスに化かすつもりもなんもないどころか一目瞭然、まともな人なら一読目で”だっせ”ってヨユーで思うところのはずですし、まあともあれビンゴだったらつまんないよりはきっと気持ちいいでしょうにとかそんな感じ。
きみの基礎感覚適正感覚試すつもりで挑んでみてはいかがでしょうか、どうせそんな面白くもないサイトですし慌てることないですこんなもんでもゆっくりしていきなはれとかそんな感じ。

勘違いしてほしくないのは、その明らかな問題性ということではなくて、”感覚的”理解いわんや”小説である”上で然るべく察知して遠ざけるべき回避性として、その理解のための象徴として託すにふさわしい”違和感”あるいは単純に”ダサい”有り様であること、あからさますぎるも甚だしいとしてその感覚理解を促す上でとても便利である、適正である、といった意味においてベターな例えのつもりなだけなので馬鹿みたいな先っちょ理解で反論したがる相変わらずで破廉恥なだけの愚考はおよしなさいなんです。

浮離
KD059132152017.au-net.ne.jp

では回答ですー。




>図星だった。





はい。きみの答えはどうでしたか。
ビンゴでもおめでとうとかそんなのないです。
ただの当たり前ですしきみんちの冷蔵庫にあるビールでも好きに飲んでください。


黒川さんおっしゃるところの

>視点のバラつき

ですか、それって個人的には知ってる気がしてるだけの所詮盲目みたいな指摘のような気がするんですよね。
間違いらしきを間違いとしてバッサリ切り捨てるなり掛け替えることが改善として適切であることは質や程度にもよることと思いますし、そういった良識っぽさすらうっちゃって説かれる正論らしきに個人的には騙される気はこれっぽっちもないっていうお話を長々してきたつもりなんです。
あるいは、それとしても黒川さんの言説にあえて寄せるなら、”視点のバラつき”なるものとして指摘できるはずの箇所ってやっぱり、

>図星だった。

やっぱりこの箇所に証明されることのはず、と個人的には当たり前に感じさせられるものなんです。
わかりますか?
”視点”って、カメラの話かと思いますか?
それもそうかもなんですけど、あたしなりにはそんな上としながら”人称”すらも都合強制し得る”表現”という娯楽制限への挑戦関門、その適性なりスペックがもろにバレる裁定システムみたいなものかと思ってるとこあるんですよね。

意味わかりますか?

この作品は、”視点のバラつき”という問題は確かに抱えたものかとは思うんですよ。
でもそれって言い方が一緒なだけで、キャラクター視点ばかりで観察されるような単調な話ではなくて、地の文にこそ影響して然るべき基礎理解の有り様を指す当たり前の”感覚値”みたいなものに晒された話のはずかと思うんですよね。
このお話は湊を定点とした三人称一元、神視点で語られる設計ですよ。
上手ではないだけでその基本設計を逸脱したまでのものではないはずで、とはいえそれも程度問題としてクリアされている部分とそうもいかないらしい部分が明らかなだけだよ、ってこと言ってるだけなんですよね。

>図星だった。

湊を見通す”神視点”として地の文を任されたこの物語の”主”である語り手が、いよいよの場面にあって

>図星だった。

と飄々と語ってしまうことの意味って、どうかと思いますか。
主人公、誰なんですか。
それを都合見通す立場から語る役割を得た”語り手”って、そこに託される働きってどういうことかと思いますか。
あたしはこの”図星だった。”という語り手の言質は読者を裏切っていると思うし、この物語世界を案外見下した、馬鹿にした目線を持つ者による安直な暴挙のように感じさせられなくもない気がするんですよね。
簡単に言えば、「なにもったいぶってんだボケェ」なんて反感食らうみたいな、っていうか。
手加減するなりにも、物語の根幹をまあまあ覆す認知症じみたポカに見える、みたいな感じは免れないっていうか。

擁護なりアドバイスのつもりで翻すなら、

>図星だった。

それを言うべきではないとして補完する要素を書いてこそ想像させてこそが”小説”っていう案内の基礎的な方式かと思うし、それを当然として推しつつようやくその物語の個性として積み上がるものを読ませるのが”小説”っていう面倒な楽しみのことかと思うし、企てるべき”創作”ってことかと思うんですよね。
とはいえそんな基礎的な立脚点にそもそも至らなく見えるこの作品に無駄な憶測を巻きつけてポジショントークで見る者の心象評価を貪れる気がするらしく馬鹿げた感想書きに腐心するだとか、無知で未熟なだけのズレた感想におもねってみすみす自らボロい程度を晒すだとか、そもそもすっからかんなこと丸出しのくせに短文感想で意地と見栄だけ捨て置くたかがど下手のクソ生意気だとか、むしろそんな愚かな客層をまんまと引き寄せてその低質なる素養を詳らかに開陳させる恐怖の落とし穴的誘因性を秘めた迷作としてある意味とても健やかな仕上がりと言えなくもない気はしますし、それとして受け取れはしても真に受けるつもりなど思いつけるはずもない当然の有り様として、何度も言いますけどこれはただの程度問題でしかないはずですし、その程度としてむしろちゃんとそれを明らかに振る舞っただけの健全な作であるはず、って個人的には思っています。

段階として、程度として相応に出来が悪いだけであり方としてなにも間違ってはいないはず、なんて仕舞いにだけ寛容を振る舞っておくのは嫌われたくないからじゃなくてこれをご覧になられている方々ほとんどが抱えられているらしいひ弱な良識に与える負荷を生ぬるく軽減するべく安易に見積もった不適切行為を憚らない姿勢でしかないです悪しからず。

気が済みましたか。
そこの普通の感覚のきみ。

通りすがり
116-220-11-109.rev.home.ne.jp

不愉快な時は、ルールの一週間ぎりぎりに「感想ありがとう」でいいのですよ。

浮離
KD059132152017.au-net.ne.jp

羨ましくて口惜しくて耐えられない無能の印象工作員サマ持病の卑屈アレルギー発作お苦しげですねおつかれですざまみろ



センスないのも生まれつき
あたしじゃなくてボロい自分を呪いなさいです負け犬の卑怯者がクソみっともなくいちいち生えるなクズ

飼い猫ちゃりりん
sp1-75-255-161.msb.spmode.ne.jp

浮離さんじゃないですか。まあまあ、そう怒らず。
通りすがりさんは、他人をディスるんじゃなくて、自分のコメントを述べればいいだけじゃないですか。
さあさあ、この作品の良いところを見つけて、コメントしてあげてください。作者様、喜びますよ。

せんちゃん
210.170.118.131

浮離は自分に生まれつきセンスがないことを、いつになったら受け入れるの?

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