王子様のムチ
第1章:黄金の王子と、鼻血まじりの桜吹雪
四月。 空を覆い尽くさんばかりに咲き誇る桜の花びらが、春の柔らかな風に乗って舞い踊っている。 その淡いピンク色の絨毯を踏みしめながら、島村朋子(しまむら ともこ)は、自分の胸の鼓動が耳元まで届きそうなほど激しく打っているのを感じていた。
「ついに……ついに来たんだわ、私の黄金時代が!」
目の前にそびえ立つのは、重厚な石造りの正門。そこには金文字で『私立白金学園』と刻まれている。幼稚舎から大学院までを擁し、政財界の重鎮から往年の名家の子息までが通う、泣く子も黙る超名門校だ。 庶民的な家庭に育った朋子にとって、この学園への合格は、単なる進学以上の意味を持っていた。それは「平凡で冴えない自分」を脱ぎ捨て、少女漫画のような「キラキラした日常」を手に入れるための片道切符だったのだ。
朋子は、新調したばかりの紺色のブレザーの襟を正した。 鏡で何度もチェックしたボブカットの髪。少しだけ奮発したリップクリーム。そして何より、希望に満ち溢れたこの瞳。
「今日の私は、昨日までの私じゃない。ここで運命の恋を見つけて、友達を百人作って、毎日バラ色の生活を送るのよ!」
鼻息を荒くしながら校門をくぐり抜けたその瞬間だった。
「……っ!?」
朋子の足が止まった。 視界に飛び込んできたのは、まるで映画の撮影現場かと思うような光景だった。 高級外車から降り立ち、優雅に髪をかき上げる超絶美少年。 長い黒髪をなびかせ、取り巻きの女子生徒たちに囲まれながら微笑むクールな美少女。 すれ違う生徒の一人一人が、まるで発光しているかのように眩しい。
「な、ななな……何ここ、楽園!? 天国なの!?」
朋子の「ミーハーセンサー」が振り切れた。 彼女は極度の美形愛好家……平たく言えば、重度の「面食い」だった。しかも男女問わず。 目の保養どころではない。あまりの情報の多さに、朋子の脳内のアドレナリンが急速に分泌されていく。
「あっちの彼、彫刻みたい! こっちの彼女、お人形さんみたい! ああ、あそこにいる眼鏡の先輩も知的で素敵……!」
キョロキョロと首を激しく左右に振っていた、その時。 足元に転がっていた小さな石ころに、朋子のローファーが引っかかった。
「わ、わわっ!?」
お決まりの展開。しかし、その威力は凄まじかった。 朋子はまるでスローモーションのように前方にダイブした。手をつく暇もない。このままでは、記念すべき入学式の日にアスファルトと熱烈なキスをすることになる――。
「危ないよ」
衝撃に備えてぎゅっと目を閉じた朋子の体を、ふわりとした温もりが受け止めた。 花の香りが鼻腔をくすぐる。高級な石鹸のような、どこか気品のある香り。
「大丈夫? 怪我はないかな」
恐る恐る目を開けると、そこには太陽の光を反射してキラキラと輝く金髪があった。 透き通るような白い肌。整いすぎた眉と、優しげに細められた琥珀色の瞳。 その人物は、膝をついて倒れそうになった朋子の肩を、しっかりと支えてくれていた。
「あ……あぅ……」
朋子の口から漏れたのは、言葉にならない吐息だった。 目の前にいるのは、現実の人間とは思えないほどの「王子様」だった。
「顔が赤いよ。熱でもあるのかい?」
「あ、あの……わ、わわわ、私は……っ」
あまりの至近距離。あまりの美貌。 朋子の脳内回路がショートした。そして、彼女の持病とも言える「興奮時の反応」が、最悪のタイミングで引き起こされる。
(だ、め……鼻の奥が、熱い……!)
「ん? どうしたん……うわっ!?」
王子様が驚きの声を上げたのと同時だった。 朋子の鼻から、鮮やかな朱色が噴き出した。 それも、ただの鼻血ではない。あまりの興奮に勢い余ったそれは、王子様の顔面と純白のシャツに紅い花を咲かせたのだ。
「ひ……ひぃぃぃぃ! ごめんなさいいぃぃぃ!」
朋子は顔を真っ赤に(物理的にも心理的にも)染めながら、脱兎のごとくその場を走り去った。 後ろで王子様が呆然と立ち尽くしているのも知らずに。
これが、島村朋子と天城翔也の、最悪で「鮮烈」な出会いだった。
入学式が行われるイベントホールは、荘厳な空気に包まれていた。 式次第が進み、アナウンスが響く。 「それでは、新入生代表として、天城翔也さん、お願いします」
朋子は息を呑んだ。 「えっ、さっきの彼……!?」
壇上に上がった翔也は、春の陽光を一身に浴びたような神々しさを放っていた。血塗れにしてしまった制服も予備のものに新調したのか、真っ白になっており、血で崩れた髪型も美しく整えられている。まるで、先程の事故が無かったかのようだ。
「暖かな春の訪れと共に、伝統ある白金学園高等部の1年生として入学式を迎えることが出来たことを……」
その完璧なスピーチを聞きながら、周囲の女子生徒たちが小声で囁き合っているのが聞こえる。
「やっぱり、新入生代表は天城さんよね。成績優秀、陸上部でも活躍してて、まさに完璧だわ」
「それだけじゃないわよ。天城グループ総帥で学園理事長の息子さんで、お母様はあの有名女優なんですって」
(良いなぁ……あんな人とお近付きになりたい……!)
朋子の瞳は完全にハートマークになり、無意識のうちによだれまで垂れていた。
壇上に上がった翔也は、一挙手一投足が計算されたかのように優雅だった
その流暢なスピーチを聞きながら、朋子は完全にトリップしていた。
(良いなぁ……あんな王子様と毎日お話できたら……。あ、ちょっと待って、今私と目が合った!? 絶対合ったよね!?)
そんな朋子の様子を、壇上の翔也の斜め後ろ、在校生席の端からじっと見つめている影があった。 茶髪を少し遊ばせ、耳に小さなピアスを光らせた少年――森井和真(もりい かずま)だ。和真は翔也の幼馴染であり、誰よりも翔也の「裏の顔」を知る人物である。
和真は、壇上で聖母のような微笑みを浮かべる翔也と、それを見てよだれを垂らしそうになっている朋子を交互に見て、楽しそうに口角を上げた。
(へぇ……翔也のやつ、また面白そうな獲物を拾ったみたいだな。あんな分かりやすいドジっ子、久しぶりに見たぜ)
和真の瞳には、これから始まるであろう「退屈しのぎ」への期待が宿っていた。
***
新入生の挨拶が終わり、1年D組の教室。 朋子は自分の席に座ってもなお、翔也の残像を追いかけていた。
(あぁ……天城サマの素敵なお顔が頭から離れない……♡)
「よだれが出ているよ?」
不意に声をかけられ、朋子は飛び起きた。目の前には、上品な黒髪ボブヘアの少女がハンカチを差し出していた。
(キャーッ! こんなところにも美少女がー!)
内心では、再び興奮して舞い上がる朋子だったが、とりあえずハンカチを受け取った。
「あ、ありがとうございます!」
「私は間宮美希。よろしくね、島村さん。天城くんのスピーチ、そんなに感動した?」
美希は落ち着いた雰囲気で微笑んだ。
「ええ、もう! あんなに素敵な人がこの世にいるなんて……!」
朋子が熱弁を振るい始めたその時、教室の入り口が騒がしくなった。
「あの、美希さん。天城さんって、やっぱり凄い人なんですか?」
「ええ、天城翔也くんは幼稚舎から有名よ。この学園理事長の息子さんで、おまけに眉目秀麗、文武両道、品行方正。まさに学園の王子様的存在ね」
美希は詳しく教えてくれた。そんな中。
「よお、翔也。相変わらずの人気だな、王子様」
その声と共に教室に入ってきたのは、先ほど朋子を観察していた少年と、そして天城翔也本人だった。
「和真、あまりからかうなよ。島村さん、また会ったね」
翔也が朋子の机の前で足を止めると、教室中の視線が集中した。 「あ、天城くん! 入学式、お疲れ様でした!」
「ありがとう。……ああ、紹介するよ。こっちは腐れ縁の森井和真だ。態度は悪いけど、根は悪いやつじゃないよ」
翔也が紹介すると、和真はひょいと手を挙げた。
「よろしくな、島村朋子ちゃん。君、さっき壇上の翔也を見てよだれ流しそうになってたろ? 特等席で見てたぜ」
「えっ!? そ、そんなこと……!」
「ははっ、隠さなくていいって。お前、面白いな。翔也が気に入る理由がわかる気がするぜ」
和真はニヤリと笑い、翔也の肩を叩いた。
「な、翔也?」
「……和真、あまり彼女を困らせるな」
翔也は困ったように微笑んでいたが、その瞳の奥には、和真だけが読み取れる「ある意図」が含まれていた。
「ところで、島村さんはどんな学園生活を送りたいの?」
美希に尋ねられて、朋子は人差し指を天高く立てて指さしながら答えた。
「私は、友達100人作りたいと思っているんです! あと、素敵な恋人も……♡」
朋子の言葉に、美希は思わず吹き出して笑った。
「どうしたの? 私、何か変なことを言った?」
「ごめんごめん、あんまり凄いこと言い出すから。でも、応援するよ」
「ありがとう、美希さん! 私、頑張る!」
だが、朋子の友達作りは極めて難航した。
彼女はクラスメイトたちに積極的に話しかけた。 だが、朋子の「友達作り」は、常にピントがズレていた。
「ねぇねぇ、君! その二重の幅、黄金比だね! ぜひお友達になって、毎日その顔を拝ませて!」
「……え、あ、うん。ごめん、ちょっと用事があるから」
「そっちの彼女! 髪の毛サラサラだね! どこのトリートメント使ってるの? 私、君みたいな美少女の隣に座るのが夢だったの!」 「……。変な子……」
朋子の溢れんばかりの情熱(と、やや変態的な視線)は、淑やかな令嬢や冷静な御曹司たちをことごとく引かせてしまった。
入学して早一週間、朋子は完全にクラスから浮いてしまっていた。
だが、朋子は
「大丈夫よ、朋子! ここから挽回すれば良いのよ!」
だが、彼女の「ドジ」は一向に治まる気配がない。
ある日は、生物の授業で使うはずの実験用カエルを、誤って給食室の近くで放してしまい、調理場をパニックに陥れた。 またある日は、廊下で憧れの先輩を見かけて見惚れている最中に、清掃用のバケツを蹴飛ばし、階段を滝のような水浸しにした。
「島村さん、またなの……?」
「す、すみません! 悪気はなかったんです、ただ、先輩の後ろ姿があまりに彫刻のようで……!」
言い訳をすればするほど、周囲の目は冷ややかになっていく。 クラスの隅で孤立していく朋子。 そんな彼女の前に、再び「彼」が現れたのは、放課後の誰もいない教室だった。
「やあ。相変わらず賑やかだね、君は」
窓際。夕日に照らされながら立っていたのは、あの日の王子様、天城翔也だった。 彼は、かつて鼻血で汚されたはずのシャツを新調し、相変わらずの完璧な微笑みを浮かべている。
「て、天城君……! あの、あの時は本当に、本当にごめんなさい!」
朋子は床に頭がつく勢いで謝罪した。
「大丈夫、そんなこと。それに、シャツはすぐに予備のシャツを用意したから。それより島村さん、君、ずいぶんと苦労しているみたいだね」
「は、はい……。素敵な学園生活に憧れていたんですけど……なんだかみんな、私を見ると逃げていっちゃって……」
翔也はふっと目を細め、朋子に歩み寄った。その足取りは優雅で、まるでダンスを踊っているかのよう。 彼は朋子の机に手を突き、じっと彼女の瞳を見つめた。
「君は、一生懸命すぎるんだ。もっと"自分らしく"振る舞えばいい。猫を被る必要なんてない。ありのままの君を見せれば、きっとみんな分かってくれるよ」
「ありのままの……私……?」
朋子の胸が高鳴る。
(なんて優しい人なんだろう。あんなに迷惑をかけたのに、私を励ましてくれるなんて……!)
「はい! 私、頑張ります! 天城君のアドバイス通り、自分を隠さず、全力でみんなと向き合います!」
「うん。その意気だ。期待しているよ」
翔也は優しく朋子の頭をポンポンと叩くと、爽やかな笑顔を残して教室を去っていった。その背中を見送りながら、朋子は拳を固く握りしめた。
(そうよ、天城くんの言う通りだわ! 私は美男美女が大好き。なら、その愛を全力で表現して、みんなと触れ合えばいいんだ!)
翌日から、朋子の行動は「不審者」の域に達した。
***
まず標的になったのは、クラスの美少女たちだった。 「美希ちゃん! 今日もまつ毛のカーブが絶世の美女だね! ちょっと触らせて、ああん、肌がマシュマロみたい……!」 「ちょ、島村さん!? 近い、顔が近すぎるってば!」 間宮美希の頬をスリスリと撫で回し、嫌がる彼女を「照れちゃって可愛いんだから」と羽交い締めにし、力強く抱きしめる。
さらに被害は男子にも及ぶ。 通りすがりの美形な先輩を見ければ、「その腹筋のライン、ジャージ越しでも分かります! 素晴らしい造形美!」と叫びながら、腹部にダイブして筋肉の硬さを確かめようとする。
「おい、離せ! 何なんだ君は!」
「遠慮しないでください先輩! これが私の親愛の証、島村流・友情ハグです!」
鼻息を荒くし、恍惚の表情でしがみつく朋子の姿は、もはや学園の怪異だった。
***
そして、騒動はついに決定的な場面を迎える。 放課後、廊下で読書をしていた超絶美人の生徒を見かけた朋子は、その中性的な美しさに理性を失った。
「うわぁぁ……なんて可憐な女の子なの! まるでガラス細工……守ってあげたい、というか私が守られたい!」
猛ダッシュで背後から抱きつき、そのまま勢い余って二人で消火栓のボックスへ激突。 ガチャンッ、という鈍い音と共にレバーが倒れ、スプリンクラーとホースから猛烈な勢いで水が噴き出した。
「ギャーーー! 水も滴るいい女……じゃなくて、大浸水だよー!」
水浸しになりながらも、相手の濡れたシャツから透ける肌を見て「眼福……」と鼻血を噴く朋子。
だが、濡れ透けたブラウスから覗く、女性にしては筋肉が引き締まっているような……
そんな中、騒ぎを聞きつけた翔也と和真、そして美希が駆けつけた。
***
びしょ濡れの廊下で、朋子は満足げに鼻血を拭っていた。
「天城くん! 見て、ありのままの私で、こんなにみんなと(物理的に)距離を縮められたよ!」
しかし、返ってきたのは温かな言葉ではなかった。
「……おい」
低く、地を這うような声。見上げると、そこにはいつもの「王子様」ではない、氷の彫像のような無表情の翔也が立っていた。
「お前、自分の立場わかってる? これはもう親睦とかいうレベルじゃない。ただの卑劣なセクハラ乱行だ。しかも学園の備品を壊して大浸水……。お前、頭の中までお花畑どころか、肥溜めなんじゃないか?」
「え……あ、天城、くん……?」
あまりの豹変ぶりに、朋子の心臓が凍りつく。
「翔也、落ち着けよ。ほら、カメラ回してるんだからもっといい顔してくれよ」
和真がクスクス笑いながら動画を撮っている。
「ったく、派手にやってくれたよなぁ、お前。男女見境なく暴走しちゃって……。お前、バイセクシャルか? それともただの変態か?」「バ、バイって……! 私はただ、カッコいい男の子や可愛い女の子が大好きなだけで……!」
「それを世間では変態と呼ぶんだよ。本来なら即退学だが、お前を外に放り出すのは社会の害だ」
「ちょ、社会の害って……!」
「おーおー、朋子ちゃん。お前、最悪だぜ。今ので被害届が出てもおかしくないレベルだ」
和真はクスクスと笑いながら朋子を煽るが、怒る余裕は無かった。
翔也はゆっくりと朋子に歩み寄り、濡れた彼女の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「だが安心しろ、天城グループのメンツにかけて、この不祥事は揉み消してやる」
「えっ、本当に?」
「だがな、タダとは言わない。お前みたいな性欲の塊みたいな奴には、躾が必要だ」
「し、躾?」
琥珀色の瞳が、愉悦に歪む。
「今から、俺がお前を更生する。俺が許可するまで、誰にも触れるな。いいな、変態女」
「そ、そんな……そんなことしたら、私のJKライフが……」
「断ったら、今この場で警察に通報する。せっかくのJKライフが刑務所生活に変わるのは嫌だろ?」
「……は、はい」
こうして朋子の「バラ色の学園生活」の夢が、音を立てて崩れ去り、漆黒の「更生生活」が始まったのであった。
第2話:囚われの監視生活と、更衣室の衝撃
深い闇の中だった。 島村朋子は、豪華な装飾が施された冷たい石床の上に、膝をついていた。 天井は高く、窓からは青白い月光が差し込み、二人の影を長く伸ばしている。
「……おい、変態。いつまでそこに這いつくばっている」
頭上から降り注いだのは、鼓膜を凍らせるほど冷たく、けれど甘美なテノールの響き。 顔を上げると、そこには豪奢な椅子に腰掛けた天城翔也がいた。 いつもの完璧な王子の微笑みはない。冷徹に光る琥珀色の瞳が、虫ケラを見るような眼差しで朋子を射抜いている。
「ひぃっ! 天、天城くん……!?」
「様をつけろと言ったはずだ。お前のような社会の肥溜めが、俺の名を気安く呼ぶな」
翔也がゆっくりと立ち上がり、革靴の先で朋子の顎をくい、と持ち上げた。 その冷たい靴の感触に、朋子の背筋を未知の戦慄が駆け抜ける。
「いいか。今日からお前の呼吸、お前の瞬き、その一滴の血に至るまで、すべて俺が管理する。拒否権はない。お前はただ、俺に跪いて服従していればいいんだ」
「そ、そんな……あまりにも、あんまりです……っ!」
口では悲鳴を上げながらも、朋子の視線は翔也の完璧なフェイスラインに釘付けだった。
(ああ……! 蔑むようなその目! 冷酷に歪んだその唇! 踏みつけられそうなこの距離……なんて素晴らしい造形美なのぉぉ!!)
「ぎゃはは! 傑作だな、今の顔!」
背後から、底意地の悪い笑い声が響く。森井和真だ。 彼はスマホのフラッシュを何度も焚きながら、朋子の無様な姿を執拗に撮影している。
「いいぜ、朋子ちゃん。絶望してるねぇ、惨めだねぇ。もっと泣きそうな顔してくれよ。翔也、もっと厳しくやっていいぜ。こいつ、これくらいが丁度いいんだからさ」
「和真、あまり煽るな。……だが、そうだな。島村、お前への最初の罰だ。今ここで、俺たちの靴を舐めて忠誠を誓え」
「な……ななな、な、舐めるだなんて!!」
朋子は顔を真っ赤にし、あまりの刺激に鼻の奥が熱くなるのを感じた。 恐怖、屈辱、そして――それを遥かに凌駕する圧倒的な"美形への興奮"。
(怖い……死ぬほど怖い……。でも、こんなイケメン二人に囲まれて虐げられるなんて、これなんて乙女ゲームのハードモード!? ご褒美すぎて死んじゃうぅぅぅ!!)
「さあ、どうした。早くしろ」
翔也がさらに一歩踏み出し、朋子の顔に影を落とす。
その至近距離での美貌の暴力に耐えきれず、朋子の鼻からは、ついに真っ赤な鮮血が勢いよく噴き出した。
「あ、ああんっ! 幸せすぎて……死にますぅぅ!!」
朋子の世界は真っ白に染まった。
***
「ハッ……!」
朝、朋子の愛犬であるゴールデンレトリバーが笑顔で近寄ってきて、朋子の顔をペロペロと舐めてきた。
「やめてよ、ジョン。くすぐったい~」
顔を舐められて、朋子は思わず笑ってしまった。
朝食を口にする中、朋子の父は心配顔で娘に尋ねた。
「なぁ、朋子……あんなセレブな学校で、お前、本当に無事にやっていけるのか?」
「大丈夫だよ、お父さん。私、今すっごく『注目』されているから!」
表面上は明るく取り繕ってはいたが、本当は別の意味で”注目”されているだけだ。
学園の生徒である見た目麗しい御子息、御令嬢を目の前に浮かれて、暴走した結果、天城グループ総裁兼学園理事長の御子息である王子様(注:腹黒)・天城翔也から更生プログラムを受ける破目になった、なんてことは、さすがの朋子も言えなかった。
だが、当の父親は娘の僅かな表情の変化に訝しんだ。
「本当か? お前は昔から空気が読めないというか、浮かれやすいところがあるからな。くれぐれも学校で、あまり大きな問題を起こさないでくれよな」
「う、うん。分かっているよ」
父親は心配しているが、既に手遅れだった。そのことに朋子は申し訳なく思った。
そんな中、母の黄色い声が響く。
「見て! 玄関に物凄いイケメンが来ているわよ!」
「えっ、イケメン!?」
母の言葉を聞いて、浮かれた朋子が玄関へ向かうと、そこには高級感のある黒いリムジンと校門前で見た時と同じ神々しいまでのオーラを放つ黄金の王子が立っていた。
「……あっ、翔也くん。おはよう」
朋子はぎこちないながらも笑顔を作り、片手を上げて挨拶した。
「気安く下の名前で呼ぶな」
朝っぱらから嫌な顔をされてしまった。
「ごめんなさい。でも、何で天城くんが私の家に?」
「決まっているだろ。これも監視の一環だ。俺の目の届かない所で、お前が何をやらかすか分からないからな」
(……それは、つまり毎朝天城くんの顔が拝めるってこと!?)
朋子の脳内では、バラ色の妄想がマッハの速さで駆け巡る。瞳はハートマークになり、口角からは一筋のよだれが垂れた。
「……気持ち悪い顔をするな。まずは、俺の命令にきちんと応えられるように『躾』を受けてもらう。いいな?」
翔也の氷のように冷徹ともいえる威圧感に、朋子は恐怖しつつも、どこか期待に胸を躍らせてしまうのだった。
***
「あ、あの……天城くん、私は今日から何をすれば……」
天城家のリムジンに乗せられて、緊張のあまり恐る恐る尋ねる朋子に、翔也は答えた。
「今日からお前の『更生』を開始する。まずは、峰倉ヒカリへの謝罪と、彼女のお世話だ」
「峰倉ヒカリさんって?」
「昨日お前が襲った……いや、セクハラをした被害者だ」
「……あぁ、あの可憐な美少女の方ですね!」
朋子のミーハー脳が、一瞬で「恐怖」を「期待」へと変換する。
「彼女は訳あって学園内で孤立している。お前のような図太い神経の持ち主が、彼女の壁を壊すには丁度いい。だが、もし彼女に不快な思いをさせたら、即お仕置きだからな」
翔也からの威圧に、朋子は「はいっ!」と勢いよく返事をするしかなかった。
***
放課後。学園の特別棟にある、ひっそりとした中庭。そこが嶺倉ヒカリの定位置だと翔也から教えられた。
中庭のベンチに座っていたのは、昨日朋子がダイブした深窓の令嬢・峰倉ヒカリだった。
長いブロンドの髪が風に揺れ、読書に耽る姿は一枚の絵画のように美しい。
しかし、彼女の近くには執事服を着た人物が、まるで彼女を護衛するかのように立っていた。あの人は一体誰なのだろう?
だが、ここで怖気づいて帰ったら、また翔也にご褒美……お仕置きされてしまう。
朋子は意を決してヒカリに近づいた。
「あ、あの! 嶺倉さん!」
朋子はヒカリに声をかけるが、彼女の視線は本に集中していた。だが、このまま引き下がる訳にもいかない。
「昨日は、本当にすみませんでしたぁぁっ!」
朋子は地面に額がつくほどの勢いで土下座した。
だが、ヒカリは本から目を離さず、冷ややかな声で応じた。
「……消えて」
「えっ!?」
「不潔。近寄らないで。昨日、私の制服をびしょ濡れにしたこと、忘れてないから」
見上げると、ヒカリの瞳には明確な「嫌悪」の色が浮かんでいた。その美しすぎる顔立ちは、確かに「女性」のそれだが、どこか近寄りがたい鋭さがある 。
(うぅ、やっぱり怒ってる……。でも、怒った顔も凛々しくて素敵……!)
朋子の鼻の下が、またしても熱くなる。
「実は、天城くんに頼まれて来ました! 私、今日から嶺倉さんのパシリ……じゃなくて、お世話係をすることになった島村朋子です! 何なりと私に申し付けてください!」
「……パシリ?」
ヒカリがようやく本を閉じ、朋子を正面から見た。その瞬間、朋子はヒカリのシャツの隙間から覗く、細いながらも引き締まった鎖骨に目を奪われた。
(やっぱり、この人……。女の子にしては、なんだか骨格がしっかりしているような……?)
「お世話なんていらない。天城たちの差し金なら尚更。それに私には桐生がいるし」
「桐生さん?」
すると、そこに現れたのはヒカリの近くに立っていた執事--しかも非の打ち所がないほど整った身なりの、背の高い女性だった。
短くカットされた艶やかな黒髪、鋭くも知的な瞳、そして宝塚の男役を彷彿とさせる凛々しい立ち振る舞い。
「私がヒカリ様の執事・桐生楓でございます」
「桐生……さん?」
(な、何この人……! 美少年かと思ったら、ものすごくかっこいいお姉様……! 王子様系美女だわ!!)
あまりの女性でありながら、かなりの美人だったので、鼻血を吹き出しそうになった。
「失礼ですが、ヒカリ様に何か御用でしょうか」
「あ、えっと! 私、嶺倉さんと仲良くなりたくて!」
朋子が鼻の下を伸ばしながら答えると、楓はふっと冷ややかな笑みを浮かべた。その涼やかな美貌から放たれる拒絶に、朋子は逆に興奮して鼻血がツツーと垂れる。
「お引き取り願います。ヒカリ様は現在、非常にデリケートな時期にあります。貴女のような痴女……失礼、騒々しい方は、嶺倉様の静寂を乱すだけです」
そして、楓は優雅な所作で低い声で囁いた。
「それでもこれ以上、嶺倉様に近づくなら……相応の処置をさせていただきますよ?」
それを聞いて、朋子の顔は真っ青になった。
「それにあなた、あいつらに遊ばれてるだけよ」
ヒカリはそう吐き捨てると、立ち上がって去ろうとした。
「待ってください! せめて、これを受け取ってください!」
朋子が差し出したのは、事前に翔也から「手土産」として渡された高級な洋菓子だった。
「いらない」
「そんなこと言わずに! あ、ちょうどあそこにテラスがありますし、一緒にお茶でも――」
朋子はヒカリの腕を掴もうとして、案の定、自分の足をもつれさせた。
「わ、わわわっ!」
朋子の体が、ヒカリを巻き込んでテラスへと倒れ込む。
そこではちょうど他の生徒達が午後のティータイムの準備をしており、高価な茶器が並べられていた。
「危ない!」
楓が驚くほどの反射神経でヒカリを間一髪で支えた。
だが、朋子の身体は無慈悲にも、ティーセットが乗ったテーブルへと伸びる。
ガシャンッ! という音と共にティーセットが粉々に砕け散った。
「「「…………!!」」」
部室内に、凍りつくような沈黙が流れる。
「あ……あわわ……やってしまった……」
絶望する朋子の視線の先で、ヒカリは自分の制服の袖が汚れたのを、忌々しそうに見つめていた。
「……最低。やっぱりあんた、疫病神ね」
ヒカリの冷たい言葉が突き刺さる。しかし、朋子の視線は別の場所に釘付けだった。 転んだ拍子に、ヒカリのスカートの裾が少しだけ捲れ、そこから覗く脚のラインが、あまりにも「男性的」な筋力を秘めているように見えたのだ。
(えっ……? 気のせいだよね……? 嶺倉さん、お姫様みたいに綺麗なのに……)
***
騒動を聞きつけ、再び翔也と和真が現れたのは、生徒たちが悲鳴を上げている真っ只中だった。
「……島村。お前、初日から期待以上のゴミっぷりだな」
翔也の低い声が、朋子の背筋を震わせる。
「……あなたの差し金? 翔也」
ヒカリが翔也を睨みつける。二人の間に、火花が散るような緊張感が走った。
「やあ、ヒカリ。元気そうで何よりだ。うちのアホが迷惑をかけたね」
翔也は朋子の首根っこを掴んで引きずり出した。
「島村、お前への追加の罰だ。お前が割ったティーセットの代金、500万円な」
「えっ? 何で、あのティーセットが500万円?」
「お前が割った茶碗、あれは有名な陶芸家が焼いた逸品なんだ。どうせ、お前の貯金では払えないだろう? だから、代わりに立て替えてやる。その代わり……」
翔也は朋子の耳元で、甘く、そして残酷に囁いた。
「卒業まで、俺と和真、そしてこの嶺倉ヒカリの三人の前では、絶対服従を誓え。いいな?」
和真が隣で動画を撮りながら、愉悦の声を上げる。
「うわぁ……朋子ちゃん、人生詰んだね。でも大丈夫、俺たちがたっぷり『可愛がって』あげるからさ」
「……は、はい……」
朋子は、夕日に照らされる三人の美形を見上げ、恐怖と、そして抗えない「ときめき」の狭間で、再び派手に鼻血を噴き出した。
「汚い。こっち向くな、変態」
ヒカリの罵倒さえも、今の朋子には極上の「ムチ」のように感じられていた。
***
翌日
「島村さん、大丈夫? 最近、元気ないよ?」
「あ、うん…ちょっと色々あって……」
さすがに、深層の令嬢と宝塚男役の執事の美貌にやられて鼻血を吹き出して貧血気味であるとは言えなかった。
「もし辛いことがあったら、いつでも相談してね」
「うん、ありがとう」
教室で朋子は、間宮美希に嶺倉ヒカリと桐生楓について尋ねた。
「ところで、美希ちゃん。峰倉さんと桐生さんについて、何か知っている?」
「嶺倉さん? 彼女なら、この学園じゃ天城さんや森井さんと並んで有名だよ。3人は幼馴染で、幼稚舎から通っているしね」
美希は声を潜めて続けた。
「嶺倉家は父親が世界的なホテル王で、母親はイタリア名門貴族の末裔なの」
「き、貴族!?」
まさかのトンデモな事実に朋子は大声を上げてしまった。
「教室で大声を上げないの。ヒカリさんは成績も運動も完璧で、中学までは誰にでも優しくて、まさに『本物の姫』って評判だったんだけど……」
「……だけど?」
すると、美希の表情は暗くなった。
「中学を卒業する時、放火事件に遭ったの」
「えぇっ!?」
「犯人はすぐに捕まったんだけど、屋敷は全焼して、ご両親と双子のお兄さんは帰らぬ人になったわ。助かったのはヒカリさんと、執事の桐生さんだけだった。それ以来、彼女はすっかり心を閉ざしちゃって……」
美希が語る悲劇的な背景に、朋子は複雑な表情を浮かべる。
「そんな悲しいことが……。だから、あんなに冷たかったんだ。よし、同じ女の子として、私が彼女の心の氷を溶かしてみせる!」
「でも島村さん、本当に気をつけてね。嶺倉さんは『孤独な姫』って呼ばれていて、誰とも口を利かないの。特に、天城くんたちが関わっているなら……」
美希は心配そうに朋子の背中を見送った。
***
その後、朋子は
だが、彼女はめげなかった。
中庭で冷たくあしらわれたものの、朋子の心は折れるどころか、さらに燃え上がっていた。
「あんなに冷たくて美しいなんて……ヒカリさんはきっと、孤独な自分を守るために氷の鎧を着ているんだわ。よし、私が熱い友情で溶かしてあげる!」
放課後、朋子はさっそく「お近づき作戦」を開始した。
【作戦その1:庶民の味で懐柔】
「ヒカリさーん! これ、私のとっておき! スーパーの特売で買った『激辛イカ天チョコ』です! 一緒に食べればもう親友ですよぉ!」
読書中のヒカリの前に、朋子が怪しげなスナック菓子を突き出す。
ヒカリは本から目を離すことすらせず、冷淡に言い放った。
「……何その餌。片付けて。視界が汚れる」
「えっ、餌!? そんなぁ!」
すかさず横から楓が音もなく現れ、トングで袋を摘み上げた。
「島村様。ヒカリ様の胃壁は繊細なのです。このような出所不明の劇物は、私が責任を持って処分(ゴミ箱へ直行)しておきますね」
楓の涼やかな微笑みが、逆に怖い。
【作戦その2:ガールズトークで急接近】
「ヒカリさん、そのお肌の透明感、羨ましいですぅ! ちょっと触ってもいいですか? 女同士のスキンシップ、友情ハグー!」
朋子が鼻息を荒くしてヒカリの肩に抱きつこうとダイブする。
「寄るな、不潔!」
ヒカリが椅子ごと鮮やかにスライドして回避。朋子はそのまま地面に五体投地する形になった。
「あうぅっ! ……でも、避ける時の身のこなし、まるで一流のアスリート……っ。眼福ですぅ!」
地面に這いつくばったまま鼻血を出す朋子を、ヒカリはゴミを見るような目で見下ろした。
「……桐生。この女、一度精神科に入れた方がいいんじゃない?」
【作戦その3:お着替えで裸の付き合い】
連戦連敗の朋子。
しかし、彼女の辞書に「遠慮」の二文字はなかった。
(こうなったら最終手段よ! 女の子同士、裸の付き合いをすれば、きっと隠し事のない関係になれるはず!)
ちょうど馬術部の活動を終えたヒカリが更衣室へ向かうのを見て、朋子は「今だ!」と確信した。
「ヒカリさーん! 背中、流しましょうかぁぁぁ!」
「……は?」
更衣室の外で待機していた楓の制止を、朋子は「友情パワー」という名の強引な突破で潜り抜けた。
「ヒカリさーん! 一緒に着替えましょ……って……」
勢いよくドアを開けた瞬間、朋子の時間は止まった。 そこには、ちょうどインナーを脱ごうとしていたヒカリと、その補助をしていた楓がいた。
しかし、朋子の目に飛び込んできたのは、可憐な少女の体ではなかった。 細身ながらも、男らしく引き締まった大胸筋。そして、少女の衣服の下に隠されていた、男性特有の"決定的な証拠"。
朋子は呆然と立ち尽くした。驚愕が一周回って、彼女のミーハー脳が冷酷なジャッジを下す。 ボタボタと鼻から鮮血を垂らしながら、朋子はヒカリの股間に視線を固定して呟いた。
「……小さい」
その一言が、静まり返った更衣室に冷たく響く。 次の瞬間、ヒカリの顔がこれ以上ないほど怒りで真っ赤に染まった。眉間に青筋が浮かび、美少女の仮面が「パキッ」と音を立てて割れる。
「おい……! 今、何て言ったか、もういっぺん言ってみろぉぉ!!」
響き渡ったのは、地を這うような野太い男の声だった。
「ひ、ひぃぃぃぃ! 男ぉぉぉぉ!?」
「島村様……。見てはいけないものを見ましたね」
楓の瞳が、暗殺者のように鋭く光る。
「ぎゃああああ! 殺されるぅぅぅ!!」
激怒したヒカリが襲いかかり、朋子は脱兎のごとく逃げ出した。
響き渡ったのは、地を這うような野太い男の声だった。
「ひ、ひぃぃぃぃ! 男ぉぉぉぉ!?」
「島村様……。見てはいけないものを見ましたね」
楓の瞳が、暗殺者のように鋭く光る。
「ぎゃああああ! 殺されるぅぅぅ!!」
激怒したヒカリが襲いかかり、朋子は脱兎のごとく逃げ出した。
「あーっ! 天城くん、和真くん! 助けて、怪物が出たぁぁぁ!」 朋子は止まりきれず、翔也の胸元にロケットのように突っ込んだ。
***
「うおっ!? ……おい島村、何なんだこの鼻血は。汚ねぇな」
翔也は露骨に嫌な顔をしながら、抱きついてきた朋子を剥がそうとする。
「ぎゃはは! 朋子ちゃん、今度は何をやらかしたんだよ?」
和真は面白そうにスマホを構える。
「違うの、嶺倉さんが……嶺倉さんのアレが、ついてて、しかも小さ……!」
「貴様ァァァ! 逃げるな変態女ぁぁ!!」
廊下の向こうから、バスタブを翻し、般若のような形相で猛追してくるヒカリ(と、それを必死で止めようとする楓)が見えた。
「ゲッ、ヒカリ!? あいつ、マジギレしてんじゃねーか!」
和真が顔を引きつらせる。翔也も瞬時に事態を察した。
「……最悪だ。島村、お前、踏んではいけない地雷を全力で踏み抜きやがったな」
「だってぇ! 女の子同士で裸のお付き合いをしようと思ったらぁ!」
「喋るな、舌を切るぞ!」
翔也は舌打ちしながらも、朋子の腕を強引に掴んだ。
「なし崩しだが……おい和真、逃げるぞ! ヒカリに捕まったら、こっちまで巻き添えを食らう!」
「了解! よっしゃ朋子ちゃん、地獄の追いかけっこの始まりだぜぇ!」
和真がゲラゲラ笑いながら走り出し、翔也も朋子を引きずるようにして駆け出した。
「ひゃぁぁぁ! 天城くんが私の手を握って走ってるぅぅ! 吊り橋効果で恋が始まっちゃうぅぅ!」
「黙れ! 走るか死ぬか選べ!」
ヒカリの「待てぇぇ! ぶち殺してやるぅぅ!」という雄叫びが背後に迫る中、三人は入り組んだ廊下を曲がり、目の前にあった理科室へとなし崩し的に飛び込んだ。
***
バタンッ! と扉を閉めた。
「……はぁ、はぁ。とりあえず、ここまで逃げれば大丈夫だろう」
翔也が朋子の手を離し、肩で息をする。和真は壁に寄りかかって爆笑していた。
「あははは! 最高だな! ヒカリのあんな顔、幼稚舎以来だぜ」
朋子は、まだ熱を持っている自分の手首(翔也に握られていた部分)をうっとりと見つめていた。
「……死ぬかと思ったけど、これはこれでちょっとアリかも……♡」
「……お前のその、鋼のメンタルだけは尊敬するよ」
翔也は冷ややかな目で朋子を見下ろすと、重い口を開いた。
「さて……。命拾いしたところで、島村。お前が見た『秘密』について、きっちり釘を刺しておく必要があるな」
「……秘密? 峰倉さんのこと? 何で嶺倉さんは女のフリをしてるの!? 確か、ご家族は死んだって……」
「アレは嘘(フェイク)だ」
翔也は冷淡に告げた。
「えっ?」
「確かに放火事件はあったし、両親も死んだ。だが、実際に亡くなったのは『妹』の方だ」
「ええっ!?」
「死亡届も妹名義で出し、ヒカリは妹になりすまして学園に通っている。理由は一つ――嶺倉家の次期総裁の座を奪い返すためだ」
翔也の話によれば、かつての総裁だった父が、兄であるヒカリではなく妹を後継者に指名した。納得できなかったヒカリは、事件を機に自分が"妹"に成り代わることで、権力をその手に握ろうと考えたのだという。
「でも、そんなことのためにわざわざ女の子のフリなんて……」
「お喋りは、そこまでだ」
背後から、凍りつくような声がした。
振り返ると、そこには白いバスタブを着て、手には乗馬鞭を持ったヒカリが怒りのオーラを背負って立っていた。
「やっと見つけたぞ、この変態……。今すぐ、この場で成敗してやる!」
「ひゃあああ! ごめんなさいいいい!」
そこへ翔也が割って入り、ヒカリを宥める。
「落ち着け。コイツには事情を話して、秘密を守ると誓わせた。な、島村」
「あっ……うん! 誓う! 絶対言わないからぁ!」
ヒカリは疑わしげに朋子を睨みつけ、再び怒りのオーラを膨らませる。
「……翔也が言うなら分かった」
翔也はヒカリを宥めると、彼はやや落ち着いた様子を見せた。
「だがお前、さっき更衣室で……俺のアレを見て、『小さい』と言ったな?」
「あうう……それは、その、期待値が……ひっ!」
うっかり口を滑らせてしまった。だが、それを決定打となり、ヒカリは拳を構えた。
「おいおい、ヒカリ。女の子を殴るのはよくないぞ」
和真はヒカリを宥めるが。
「安心しろ。痛いのは一瞬だけだ。そうすれば、記憶もすぐにぶっ飛ぶ!」
ヒカリの拳が朋子の脳天に振り下ろされ、朋子の眼前は暗転した。
***
それから朋子は自室で目を覚ました。恐らくあの後、再びリムジンで家まで送り返されたようだ。
制服も乱れていないあたり、恐らくそれ以上はされなかったのだろう。
翌朝、憂鬱な気持ちで朋子は実家のダイニングルームのドアを開けた。
「おはよう……」
「おはようございます」
朝っぱらから、まさかの聞きなれない声に朋子は唖然とした。そこにいたのは天城翔也だった。
「えぇっ!?」
「俺もいるよー♪」
しかも、森井和真も一緒にいた。優雅に緑茶を飲む翔也と和真。
そして、なぜかヒカリと桐生までもがテーブルを囲んで寛いでいたのだ。
「和真くんはともかく、何で峰倉さんと桐生さんが……!?」
何も知らない朋子の問いにヒカリはスッと席を立ち、彼女の顎をクイッと持ち上げた。
至近距離で見れば見るほど、憎らしいほどの美形だ。
「決まっているだろう。お前が俺の秘密をバラさないか監視するためだ」
「えっ……」
「翔也はああ言っていたが、俺はお前を一切信用していない。お前のようなオツムの弱い奴は、すぐにボロを出す。だから……」
ヒカリの琥珀色の瞳が、獲物をいたぶるように細められる。
「これからは、俺と桐生もお前を監視する。もし、誰かに秘密をバラしたら……学園から追い出すだけじゃ済まさない。一生、地獄を見せてやるから覚悟しろ」
(一人でも大変なのに、監視者が四人に増えちゃったぁぁぁ!)
絶望する朋子。しかし、四人の超絶美形に囲まれているという状況に、彼女の鼻の奥は再び熱くなるのだった。
執筆の狙い
自称:博愛主義者(両性愛者)の女性主人公と腹黒ドS王子を中心とした学園コメディです。エブリスタにも連載しています。
https://estar.jp/novels/26511188
なぜこの小説を書いたのか
エブリスタ小説大賞の集英社少女・女性向けコミックレーベル合同マンガ原作賞に応募予定の小説です。
『まりあ†ほりっく』のようなノリの作品を書きたいと思ったからです。あと、他にも候補のネタがありましたが、AI(gemini、Claude)に尋ねたら、「『王子様のムチ』の方が漫画にしやすい」と言われたので、書きました。
ただ、キャラ設定は考えているのですが、それ以降のネタや展開をどうすべきか思い浮かばないので、ネタ出しをお願いします(批判、ダメ出しはNG)。
表現したいものは何か、執筆上どのような挑戦があるのか
両性愛者の主人公としたハーレム作品を書きたいと思った次第です。実際に主人公みたいな人がいたら、ヤバイかもしれませんが(苦笑)。