下谷んドッグ
一
太陽暦もとい西暦一八九八明治三十一年、十二月十八日は日曜日。場所は上野恩賜公園です。わたしと〈家族〉が二名居りました。
わたしは江戸犬であるとん。身丈は一尺四寸ちょい足は三寸、かなりの短軀・短足で本日は飼い主であり庖丁屋のご隠居さまで在らせられる矢作清峰翁とそのぼんくら次男の清三郎と共に、西郷隆盛さんの銅像を見に來ました。
「あれが西郷南洲か。田夫然としておるが、あれだけの偉丈夫に我が強大なるご公儀が倒されたのは一つの慰めだノウ。頭でっかちで痩身な男なら、像の造りも反対意見が多かろうて」
清峰翁は両手を合わせ銅像に一礼しました。
淸峰翁の生まれは西暦一八一四文化十一年生まれの八十四歳ですが、常にぴんしゃんしております。元は徳川の貧乏御家人で徒士でしたが、ご公儀が瓦解した後に武士に下された秩禄債権を手っ取り早く売り捌き、清峰翁とその一族が溜め込んだおあしで庖丁屋をしらきました。明治の初年にです。
清三郎は西暦一八三八天保七年生まれの六十歳です。嫁も倅娘もいない、氣楽な生活をしております。
「確かに大人物でしたがね、西郷閣下は」靖三郎は手を合わせました。「デモちょっと違うような氣がしまさあ。眉はもっとフサフサして頬はもっとぺったりされていたような。けれどあのお眼々は似て居ります」
「そなたは西郷と会ったことがあると申しておったな」
「ヱヱ、友人の桐野利秋・陸軍少将閣下が官吏を辞職する前に仲立ちで面会させて頂いたのですが、面前に座るもあの巨大で碁石のような黒々とした眼で見つめられしと事もしゃべる事が出未ませんでした。ありゃ三代前が親族の柿泥棒をも白状させてもおかしくはなかったですな」清三郎はえりを直しました。「流石に怖くなってさっさとズラカリもといお暇しようとしたのですが、立つ前に〈利秋どんから聴いたんじゃが、子どんの教育に力を注いじょるようやなあ〉と聴かれたんです。あの時は小學校に行けない児童に出席一回につき五厘で読み書きそろばんを教える寺子屋をやってましたでしょう。熱くなったあたしはし頃の教育と子供の将來について一席打たせてもらったんです。そうしたら西郷閣下は目尻を下げてあたしの与太を聴いて頷いてくれました。頷きながらも眼を逸らさず聴いて下さって、大した人格者だと感心しましたよ」
「それでどうした」
「薩摩の郷中教育のあらましを聞き終わり、長居するのも失礼ですから立ち去ろうとしたんです。そしたら〈ほんの僅かだが、こいを子どんたちん教育に役立ててくれため〉と金庫から封筒を取り出しあたしに渡したんです。失礼ながら中を確認したら、なんと五十圓!腰を抜かしましたよ。一旦はお断りしたんですがね、あの優しいお眼目で見つめられたら最後ですよ。結局受け取りました。加えて揮毫入りの〈耐雪梅花麗〉と書かれた漢籍を頂戴してお暇しました」
「雪に耐えて梅花麗しく、か。西郷の眞心。売り飛ばしてはならんぞ」
「分かってますがな。あたしの宝物です」
わたしは西郷どんの傍の犬を見つめました。確か名前はツンと云った筈です。西郷どんにサゾ可愛がられておったのでしょう。そうでなければ一緒に銅像になる筈がありません。猟犬となるからにはわたしの躰はちっこく胆力がないので無理ですが、飼い主である清峰翁の恩義に応えしとかどの忠犬として絵にでもなれば本望です。
西郷どんの銅像を眼に焼きつく程見た清峰翁と清三郎にわたしは、彰義隊士の墓碑に線香を備ヱて上野のお山を後にしました。
二
清峰翁は懐中時計を懐から出しました。「三時半か。チト小腹が空いたノウ。軽く蕎麦か田楽でも喰って帰るか」
「それならチト割高ですが珍しいモノを出す屋台がありますよ」清三郎は辺りを見廻しました。「ヱヱと、そのお、あっと、おっと、あすこあすこ」
清三郎が指差すところにやや古ぼけた屋台がありました。暖簾には〈支那そば〉と染め抜かれておりました。
「お邪魔しますよ」清三郎と清峰翁は暖簾をくぐり横板の席に座りました。
わたしは清峰翁の横で伏せをしました。
「おお、こりゃ清三郎センセ、你好。毎度ありがとうございます」店主は清峰翁に視線を向けました。「そちらのお方は」
「このジジイもとい老躰はあたしの親父で清峰。隠居名で、本名は清太郎です」
「それはどうも。清三郎センセ、いつもお世話なってます」店主はオツムを下げました。「謝悠辛、申します。お見知り置きを」
「清三郎が世話とはな」清峰翁は山羊のようなお眼目で謝店主を見つめました。「支那そばと云うなら清國のそばじゃな。後學の為じゃ、一杯頂戴しようかノウ」
「その前に一杯やりましょうや。謝さん、熱いのを二本、それにつまみを」
「はい」謝店主は鉢巻をしめ徳利に酒を注ぎ湯に燗をし、庖丁と食材を取り出しました。「お口に合うかどうか」
「相変わらずの呑助じゃ」清峰翁はため息をつきました。「躾がなっとらんかった」
「マア固いことは云わない云わない。酒はしゃく薬の長ですから」
酒が適当な熱さになったのでしょうか、お銚子が二本、清三郎の前に出されました。つまみもです。
清三郎は清峰翁に猪口を持たせ熱燗を注ぎました。わたしの眼の前にも猪口が置かれました。わたしはちっこい頃から清三郎に戯れで酒を飲まされて、呑兵衛犬となってしまったのです。
清峰翁は猪口の酒をしと口呑みました。「不謹慎であるが、昼間からの酒は五臓六腑に染み渡るワイ」
「それがいいんですよ。とん公、お前さんも呑みなさい」
「ワンワン」わたしはペロペロと猪口を舐めました。美味いのは当然ですが、わたしは焼酎の方が好きなんだなこりゃ。
つまみは煮た鶏肉を細切りにしたものと、茶色で細長いモノでした。清三郎がわたしの眼の前に置きました。
「これは?」清峰翁は謝店主に問いました。
「出汁使った鶏肉、細切りにし塩麹もんだものと、シナチクです」
「シナチク?」
「ええ」謝さんは頷きました。「清国の麻竹いう筍、発酵させたモノです。横濱から仕入れております」
「ほう」清峰翁はシナチクを口にしました。「ウム、歯ごたえが眞に良い。味もなかなかコクがあって美味いノウ。鳥も淡白で良い、ウンウン」
わたしも鶏肉の細切りとシナチクを食べました。鳥肉は蛋白で、シナチクは確かに歯ごたえが病みつきになりそうです。酒にも合うしね。
「おつまみに舌鼓はまだ早いですよ」清三郎は清峰翁の猪口に酒を注ぎました。「さ、呑んで呑んで」
三
「酒はもういい」清峰翁は猪口を空にしました。「支那そばとやらをこしらえてくれぬか。犬にも喰わせたいので小さい丼でお願いする」
「はい、そば二丁、小さいが一丁ね」
清三郎はお銚子を降りました。「あたしには酒があるからまだいいですよ」
「分かりました」謝さんは沸き立つ寸胴鍋に、麺を放り込みました。
茹で上がった頃、謝さんはやや黄色い麺を、汁を張った丼に湯切りして入れ、茶色の肉らしきモノとシナチク、ネギを上に乗せました。
「はい、お待ちどうさま」清峰翁とわたしの前に丼が置かれました。
「ワンワン」わたしは犬語でお礼を述べました。
箸を取った清峰翁は丼をマジマジと見ました。「これが支那そば、か。良い香りがする。この肉片は何かな?」
「これ焼豚です」
「ホウ、獣肉か」清峰翁は丼に再び眼を落としました。
謝店主は咳払いをしました。「焼豚は漢語で叉焼、云います。ニンニクやショウガのおろしたものところどころに詰め、麻紐やらタコ糸で縛り、酒加えた醤油に漬け込んで金串を通して窯焼いたものです」
清峰翁は焼豚を口にしました。「これは美味い。手間暇かけただけのことはありますぞ。サテそばの方であるが、うどんや蕎麦とは違った食感と風味じゃ。これもなかなかのもの。汁もさっぱりしておるが食欲が湧いて良い」
「麺にかん水というもの混ぜております。重曹煎って水に溶かしたもので、コシ欠かせないモノです。汁は鳥を一羽丸ごと、他に野菜放り込んで煮たモノ。かえしは醤油に酒、みりんに香辛料を混ぜたモノです」
ウム、美味い。焼豚とシナチクを平らげると、わたしは犬の分際で猫舌なのですが、しと息で麺を啜りました。平らげると再び平伏しました。
「それじゃ謝さん、あたしのそばを頼みます」清三郎は注文しました。
「あい、もう一丁」謝さんは新たに麺を寸胴鍋に放り込み、しばらく麺を泳がせ湯切りをし、丼に麺を入れ焼豚とシナチク、ネギを上に乗せて清三郎の前に置きました。
清三郎は三口ほどで麺を平らげ、汁をすすりました。「ごちそうさまです」
清峰翁は謝さんに問いました。「応えたくなければ云わずとも結構だが、なぜ横濱ではなく東京は下谷で商売を?ご主人は清國人と見たのだが。マ、商売仇がいない方が良いか」
「御慧眼ね。横濱は大陸町近くに住んで食堂働いていたのですが、ちょとした喧嘩でいられなくなりました。そこで出奔し、大変お世話になった大工の親方さんここ下谷の出で良いところと云っていたの想い出しました。確かに家賃も安く藝事が盛んな面白く良い所ね。そこで無一文からのやり直し、お金借りて屋台始めました。眼新しいモノ好きな江戸っ子にウケる思ったのですが」
清峰翁は汁を飲み干しました。「確かに目新しい。これは流行りますぞ」
「マア薄利多売、なんとかしのいでおります」謝店主は鉢巻を巻き直しました。「いつか店持って品目を増やしたい思っておりますからね。棒棒鶏、春巻、餃子、八宝菜などなど」
「そうそう、その意氣じゃ」清峰翁は財布を懐から取り出しました。「幾らになるかな」
「はい、そば三杯六銭、お酒二本で一銭六厘、合わせて七銭六厘となります」
「確かに割高じゃな」清峰翁は苦笑い浮かべました。「八銭。釣りはいらぬよ」
「へい、ありがとうございます。謝謝。これからもご贔屓に」謝さんはオツムを垂れました。
清峰翁と清三郎にわたしは屋台を後にし、住まいの御徒町へ足を向けました。
四
道には人力車や鐡道馬車、徒歩のしとなどが往來しております。
御徒町に着いたとき、清三郎は背筋をしゃんとし一礼しました。「では父上、あたしは坂本町に帰ります。御用あらばいつでも呼びつけて下さい」
「そなた、今だにあの屯麻寺にやっかいになっておるのか」清峰翁はため息まじりに答えました。
「ヱヱ、珍観和尚には父上に嘉永以來の賭け碁と将棋の借財がありますからねヱ。あたしを無碍に扱えねヱんでさあ」
「和尚は弱く文無しのくせに大枚を賭けるからノウ。儂の手文庫には御一新前からの借用書に満ちているぞ、そなたの家賃をさっ引いても。あの極楽坊主が」
むろん、珍観和尚は清峰翁に一度も勝ったことがありません。
「それに」清三郎は襟足を掻きました。「賭場が毎週しらかれますので俗氣に塗れて居安いんですよ」
屯麻寺はもと普化宗の禅寺でした。普化宗は臨済禅の一派で世を儚んだサムライが虚無僧となる名産地でしたが、幕府との繋がりや身分制度の残滓が強かったため明治の御代となって政府により一八七一明治三年に解躰させられちゃいました。しかし、その二ヶ月ほど前に寺で行われておった賭場の最中にそのことを新政府筋の客から耳にした住職の珍観和尚は、急ぎ曹洞禅の高明な住職とその周辺にマイナイをおくり普化宗から曹洞宗に宗旨がえして廃寺を免れた次第であります。
「では清三郎、今度は御徒町の家に來い。そこで女子師範に通うそなたの姪である桐子の英語習得に付き合ってやれ」清峰翁は襟を直しました。
清三郎は御一新以前の激動の時、旧幕府の洋務学習所である蕃書調所と云うところで外語を落第寸前ながらも収めておりました。
「合点でさあ。ところで今晩、とん公をお貸しいただきませんかねヱ」わたしは清三郎に抱き抱えられました。
「クーンクーン」わたしは嘶きました。
「なんじゃ、雑報書きから絵描きに転向するのか」
清三郎は下谷日報社と云う新聞社にて、記事の取材と執筆を生業としております。羽織ゴロと揶揄されながらもです。
「いヱ、編集の秋山さんが今晩来る予定なんですがね、あのしと無類の犬好きでして。とん公が傍にいたら目尻下げて、こっちの贅沢も容易く許してくれると思いましてねヱ」
「何か要求があるのか」
「ヱヱ、いささか」
「わかった」清峰翁は頷きました。「とんに酒をあまり呑ますなよ」
「了解でさあ」
「ならば月曜もとんの面倒を見てくれぬか」
「何処かへお出かけで」
清峰翁は咳払いをしました。「明日か、横濱で庖丁の品評会があってな、ウチは空となる。わしと清二郎、孫の清明に職人の熊八はそちらで釘付けじゃ。清二郎が妻・おたゑどのは針仕事じゃ。とんは大人しいが、儂が飼うと云った手前、おたゑどのと桐子にとんの面倒を見てもらうのは気が少し重いのでノウ」
「ソウ云うことなら預かりますよ」清三郎はわたしの頭を撫でました。
「そうか、頼んだぞ」清峰翁は御徒町に消えました。
五
坂本町は屯麻寺。山門を抜け境内に入り、法堂の戸を開くと鐡火場と云うか盆がしらかれておりました。賭場です。
壺振りの横には二人のさらしを巻きいかつい刺青をおった中盆と呼ばれる、審判員兼進行係がおり盆は盛況しておりました。中盆の左隣にはこの場の責任者である貸元、侠客の頭目である杉戸の鐡五郎親分が鎮座しております。
壺振りが壺を開けると中盆が塩辛い声を發しました。「ゴゾロの丁!」
賽の目は五と五でした。お客は喜憂しておりました。
「いよう、勝った勝ったぞ!」コマが二十個となって狂乱しているお客がいました。この寺の住職である珍観和尚です。
珍観和尚はうを・卵・兎・鶏から獣肉の牛・豚・馬・羊・山羊そして害獣の鹿に猪そして熊まで喰らい大酒を呑んだくれる、とんでもねヱ破戒坊主です。加えて博奕におなご遊びも盛んです。必ず佛罰が下ることでしょう。
「しさしぶりの大勝ちですな、和尚」清三郎は珍観和尚に声をかけました。「そのくらいにして、勤行したらどうです。しさしぶりに」
「佛ほっとけ、じゃ。ワシは次でも勝負するぞな!」
壺が振られ、お客がそれぞれコマを置くと、中盆が塩っぱい声を發しました。「半方ないか、ないか。ないか半方」
「ワシは半じゃ!半に総て張るぞ!」珍観和尚は泡を吹きながらコマを乱暴に置きました。
中盆が盆台を見据えました。「コマがそろいました」
ツボ振りが右手をツボにおいたまま、左手の指の股を大きく開いて手の平をお客が見やすいツボの横に伏せました。
中盆が唸りました。「勝負!」
ツボ振りがツボを開き中盆が甲高い声を發しました。「サンミチの丁!」
賽の目は一と三でした。むろん珍観和尚はすっからかん、負けとなりました。
「ち、畜生!佛陀の野郎、ワシを裏切りおったな!神の野郎はワシを見放しおって!」聖職者とはとても思えない罵詈雑言でした。
賽の目を確認した中盆は勝った方に負けた方のコマを渡しました。
「よう清三郎センセ。たまにはウチの盆で遊ばないかい」杉戸の鐡五郎親分は清三郎に声をかけました。常に笑みを絶やさぬ温厚なしと柄ですが、たまにうずらの卵を射抜く視線に変わることがある親分です。
「いヱね親分、あたしは博奕に興味がねヱ譯じゃあないんですが、博運ってのがさっぱりでね。神田の方でビリヤード撞球博奕はよくやりますが、あれは腕でなんとかなる博奕で、運が総ての丁半やアトサキに、関東ではあんまし馴染みのない手本引きはまるっきし駄目なんですよ。博運もないのに溺れて枕を悔し涙で濡らしている方が身近におりますしね」清三郎は珍観和尚に目をやりました。「枕は乾いていねヱと」
「破滅の一歩前もわりかし氣持ちいいと聞くがね」
珍観和尚は盆の横に用意された飲食場で、どんぶりに溢れるほどの酒を注ぎかんぴょう巻きを喉に押し込んでおりました。
「珍観和尚はでヱじなお客さまだぜ、清三郎センセ」鐡五郎親分は煙管をふかしました。「何より場を貸してくれるし、負けっぷりが爽快さね。コマを廻せと頼まねヱしな。ウチは借しに応じていねヱから、明治元年からな」
「その分、アレでもいらっしゃる檀家さん衆が泣いているんですよ。マッタク」清三郎はため息をつきました。
「ところで清三郎どの」珍観和尚がどんぶりの酒を飲み干し再び注ぎ、しと息で飲み干しました。「ウイイ。あの熊みたいな男、下谷日報社の秋山眞吾と抜かす若造が清三郎どのを訪ねて來ておるぞな」
「ああ、そうでしたね。それでは親分、また来週。和尚も程々にしなさいよ」
「わかっておるワイ」珍観和尚はどんぶりに再び酒を注ぎました。「來週は必ず勝つぞな。南無珍観南無珍観、摩訶般若波羅蜜多」
清三郎とわたしは離れに向かいました。むかし虚無僧たちを住まわせていた所で、清三郎の住まいと仕事場を兼ねております。
六
離れの戸を開けると秋山さんがぬっと首を出しました。「矢作さん、待たせてもろうたばい。オヤ、とん公じゃなかか。おいでおいで、こっちゃ來んさい」
「ワンワン」ずんぐりした躰型で髪油の匂いが若干氣になる熊本出身の三十路男ですが、わたしはこのしとが嫌いではありません。懐に潜り込み、お土産の風蘭堂の薄焼き煎餅を与えられるがままに食べました。
「下谷竹町夫婦間刃傷事件についてはですね、ご新造さんが働きもせずの酒乱暴力亭主に堪忍袋の尾が切れたのが原因です。下谷警察署でも、竹町周辺でも裏は取っております。住民も裁判所にご新造さんの減刑嘆願をするとのことです。これでこの件は一件落着。原稿は仕上がっております。こんなモンでいいですかねヱ」清三郎は机から封筒を取り上げて秋山さんに渡しました。
「うんうん、ふんふん、フフンフン」秋山さんはわたしに煎餅を与えながら原稿を読みました。「ようまとまっとるし、近所ん人の声も優しか。文章は簡潔で、これで良かですばい」
「それはよかった」清三郎はわたしから煎餅を奪い口にしました。「それでですね、秋山さんにチトお願いがあるんですが」
「そらなんかですか」
「御一新前の無役の御家人だったあたしは小説を書いておりまして」清三郎は襟足を掻きました「当時は今で云う、坪内逍遥くんや二葉亭四迷くんが提唱しておる写実主義・原文一致で書いてたんですよ」
「そら大したもんですなあ」
「それが下手物という蔑みを受け、あんまし売れないながらも書いているうちに御公儀が倒れちまった。それからあたしにとっての上物が書けなくなっちまって、小學校にいけない餓鬼ども、いヱ子供たちのため手習を教える五厘寺子屋をやったり三味しいたり太鼓持ちなどなどして喰い扶持を稼いで、文藝から遠ざかっていたんです。けどね、そんなあたしもすでに齢六十。人生の最後で一作くらい書いてみたいのです。書かせてくれませんか新聞紙上で。人生最後の執筆だとあたしは力入れますよ」
「ムムム、そらやおいかんですばい」秋山さんの眉が八の字になりました。「頁数に限りがあります。新たな版元ば探すんなどうやろうか。うちはいくつかん版元ば知っとります」
「版元からの出版ですと、読者の反応が直に即に伝わってこないのです。読者に意見があればそれを尊重して筋や展開を変える。それこそ新聞小説でやりたいことなのでさあ。売り上げにも貢献したりして。毎日が無理でしたら週イチ、月イチの別紙、それも半丁いや四分の一でも構いませんから。ねっねっね、事件の取材も欠かさねヱですから」
「ううむ、うちん一存では決められんばってん、面白そうですばい」秋山さんはわたしの喉を撫でました。「それで矢作さんは何ば書くつもりとですか」
「考えているのは若きし、桶屋の千葉道場で仲間たちと剣術と談義に明け暮れ、下々の楽しみを語り合った思い出を簡潔に描きたいと思っております。剣豪モノにはならない、いわば群像小説でさあ。明治新政府に出仕したしとびとも登場します。剣術使いなど過去のものかもしれませんが、今のうちに書いておかないと歴史に葬られてしまいます。あの辛くとも楽しかったしびがねヱ。あたしを可愛がってくれた坂本龍馬さんの姿も」
わたしは清三郎の顔を見ました。いつもの寝惚け顔がしきしまって別人のようです。
「ほう、矢作さんは北辰一刀流ですか」秋山さんは椎茸を丸呑みしました。「初めてお聞きしました」
「道場に通う前は、直心影流の免許皆伝者である親父から學んでおりました。あたしは生來しだり利きですから、右への矯正は苦労しました。マア目録は授かりましたがね」
「大した実力じゃなかとですか」
「それは運であって、右利きでも免許皆伝まではいかなかったと思いますよ。今は書くのも箸を使うのも柳生杖を振るうのもしだり手ですから。そんな三流剣術使いを中心にしろげられる人物模様です」清三郎は机の上の徳利を三つ取り、茶碗に焼酎を注ぎました。しとつはわたしのです。
柳生杖と云うのは杖に鐡棒を通した頑丈な兇器で、廃刀令以前にも剣客が腰にさしていたモノです。
「確かに忘却ん彼方と云うとは寂しかです」秋山さんは茶碗を煽りました。「それではあらすじと原稿用紙二、三枚ば書いておいに見せてください。それから主筆含めた編集で話し合うばい。結論は先ばってん、しばしお待ちば」
「ありがとうございます」清三郎はオツムを下げました。「他にも練っているネタはありますから」
「うちが出來ることは少なかとやばってん、矢作センセん願いが叶うよう努力はしてみるつもりばい。ほれとん公、煎餅ばもっと食べなっせ」
「ワンワン」わたしは煎餅を食べ、茶碗の焼酎を舐めました。
わたしが役に立ったのかは分かりませんが、清三郎の話は半ば通じました。
七
それから清二郎が軍鶏鍋の支度をしました。
清三郎は茶碗に焼酎を注ぎました。「これは番外編です。千葉道場での稽古のしびからは離れるのですが、あたしは親父の云いつけで諸國を見聞するため珍観和尚に二両払って得度、僧籍を得て虚無僧となり、地方行脚しておりました。それで場所はみやこ、一八六三文久年間のことです。ご周知かと存じますが、当節では関東以外から東京へ来る事を上京すると云いますが、当時は逆だったんですね。上京、ではなく上洛ですが。しかし当時のみやこは世界でもダントツな危険地帯、酉の刻を半ばすぎの十九時に不逞な浪人四名に絡まれてしまいました。モロチン臆病者ですから『ああ、あたしはここで死ぬのね。嫌だなあ』と覚悟しながらも電光石火の杖うち、見事に輩どもを昏倒させました。何だかんだ云っても一刀流の目録者ですからね」
「いやはや。藝は身ばまもる、とはそん事やなあ」秋山さんはしらたきを口にしました。
「去ろうとした時に氣づきました。眼をさましたらまた追っかけて来るだろうから、連中の帯で足を縛っとこ、普通のしとなら息の根とめるでしょうが、あたしゃ血が嫌いだからと、不逞浪人どもから帯を抜き取ろうとした時、甲高い笛の音がし田舎臭いサムライたちに囲まれました」清三郎は茶碗を空にしました。
「ム、みやこでサムライ集團と云ヱば」秋山さんは茶碗を口につけました。
「あたしは『ウシヤア!』と、柳生杖と深編笠を放り出し、両手を挙げ地面にしざをつけました。取り囲むメンツは殆どがいかついオトコで、殺るために生まれて來たとしか思えませんでした、はい。そしてしとり、殺氣貫禄はあるが爽やかなサムライがあたしに近寄りました。『むう』と。あたしは古い云い方ですが、蛇に睨まれた蛙でした。『ら、ら、乱暴狼藉に及んだのはあたしでなく、連中でして、つまりその、正当防衛と云う訳でして。で、ですからごじしを!』とデコを地面にすりつけました」
「フムフム、読めてきたったい」秋山さんは割下を器に注ぎました。
「そのサムライはあたしの肩に手を載せました。『それは承知しているよ』」
『へ?』唖然とするあたしの右手をサムライはとり立ち上がらせました。
『まずは謝らなくてはならないな。君を襲った此奴らの名は狩野胴九郎・西口忠左衛門・野坂盤助・九頭龍十太夫。筋金入りの徴用詐欺師どもでね。まず大店へ行き〈我々は公儀のモノである。しゃく両、軍費として徴用する。断らば入牢申し渡す!〉と怒鳴ってカネを奪う。次の週は別の大店へ行き〈我々は長洲のモノである。攘夷のためにー〉とカネを奪う。してその次は、云うまでもないだろう』
『マアこの不逞浪人どもが公方さまの家來でもなく長州の藩士でもないこた分かりました。しかしすぐ近くにいらしたんですから、とっとと捕縛すりゃ良かったんじゃないですか』
『確かに我々は連中を監視していた。だがね』サムライは耳に口を寄せました。『内通者と思しきモノがいるらしく、我々の出動日には街を闊歩しない。この詐欺師どもの捕縛は私に下された任務であるからな。加えこの時刻ではどの大店も閉じているから犯行に及ぶまい。身軽であったから大金を所持していたとは考えなかった。そこで我々は此奴らが誰かを殺傷するのを待っていたのだ。殺人あるいは傷害の現行犯と云う訳だよ』
『なあんだ、そうだったんですか、ハハハハ!』あたしは笑ってしまいました」清三郎は軍鶏のモツを口にしました。
「ホノボノしとる場合じゃなかやろうが!」秋山さんは茶碗の焼酎をしと息で煽りました。「っておいが憤ってどぎゃんするんですか」
「ともかくサムライは深く礼をしました。あたしは大慌てでした。『お顔をお上げになって下さいおサムライさま。どうせ虚無僧ナンざ生ける野晒し、世の中のためしとのためとなりゃホンモウです。正直に云や死にたくないけど』
『おお、ナンと云う氣っ風の良さ!』サムライは快活に笑いました。『君の口調から察すると、出自は武洲かな?』
『はい、江戸です。名は清観、出家前は清三郎。徳川家徒士・矢作清二郎の弟です』
『そうか、ならばあの強さが納得出来る、ふむふむ。見たところ北辰の一刀流。私の名は土方歳三、新撰組の副長を勤めている』
『ゲゲゲ!新撰組!そ、それに、あ、あの鬼の副長!か、数々のご無礼、どうかしらにご容赦を!』
『何を申される。清観どのが斬り捨てておられたら、我々は捕縛出来なかったのですぞ。それに拷問の楽しみが、それと内通者を見つけ出し斬首を命ずる。ふふふふ。マア長い話もナンですから、話はゆるりと屯所で』
『はあ、では乞食坊主の分際でナンですが。しかし土方先生』
『何だね』
『新撰組と云やあ浅葱色のダンダラ羽織、って聞いてましたが』
『それは時と場合によるさ』ソウしてあたしと土方さんに新撰組隊士数人は、屯所である壬生村へ向かうのでありました。あ、捕縛した四名もです」清三郎は鍋に軍鶏の肉とモツを入れました。
「やっぱりそうやったですか」秋山さんはささがきの牛蒡を口に運びました。
八
清三郎の語りは続きました。「一宿一飯のつもりでしたがね、土方さんどころか近藤勇さん、副長の山南啓助さん、組長の沖田総司さん・永倉新八さん・武田観柳斎さん・井上源三郎さん・藤堂平助さん・原田左之助さんらにも何故か氣に入られ、屯所の世話になりました」
「そこで矢作センセは入隊したと」秋山さんは茶碗を煽りました。結構強い方ですね。
「いヱ、しとを斬るのは嫌でして。やっとうの稽古にも参加させてもらったり講釈を打たせてもらったりして居心地は良く、友人が多く出來たのですがね、かの〈無敵の剣〉齋藤一さんだけは敬遠しておりました。陰氣ですから。しかし齋藤さんから飯や酒の相手に三助であたしは呼びつけられ、機嫌を損ねぬよう軽口を叩きまくりました。齋藤さんは常に無言です。〈斬る口実を探してんじゃねヱか?〉と怯えまくるあたしでしたが、二週目の木曜日にとうとう云っちまいました。
『あのう齋藤先生』
仏頂面で答える齋藤さんです。『何だ』
『あたしを斬るおつもりであらば、ばっさりとやってくれませんかねヱ。先生がその氣であらば、あたしも覚悟を決めますから』
『貴様を斬りはせぬ』
『ではドウしてあたしをお呼びになさるんで?』
『それはだな』齋藤さんは寅をも猫に変ヱさせる笑みを浮かべました。『貴様の話を聞いておる時だけ忘れられるからだ。忌まわしい過去を』
『さ、左様ですか』
マア齋藤一さんとあたしは江戸もとい東京で後年再会するのですがね、その辺りは購読者の反応次第で」
「ウーム、時代は変わったばってん、新撰組ば良う思わん政府関係者もまだおります」秋山さんはわたしに球こんにゃくを与えました。「ばってん面白そうやけん、先に原稿ば書いとくんなどうやろうか」
「承知しました。それでは編集會議で、なんとかよしなに」
「もしもいかんであったら、うちん知っとる版元に紹介させてもらうけん、気張ってはいよ」秋山さんは器に軍鶏のモツと牛蒡、高野豆腐にねぎをよそいました。
九
「みやこでの書きたい思い出はもうしとつありまして」清三郎はわたしの茶碗に焼酎を注ぎました。「悦楽七割・恐怖三割であった壬生八木邸をお暇したあたし、次は大阪そして山陽に渡ろうと飯屋で筋道を考えておりました。親父宛ての文も記しております。両方終え飯代を置いて立った時、店の隅に黄色い布で包まれたモノを眼にしました。
あたしは店の親父に訊きました。『親父さん、あすこに忘れ物があるよ』
『おやまあ。確か薩摩の、何て云うたかなあ、おサムライさんでしたわ。食べてはったのは』
『鹿児島のおしとですか』
『何や大切なモノらしいですなあ。でも唐芋は怖いよって、触らぬ神に祟りなしですわ』
『それではあたしが薩摩藩邸に届けましょうかね』
『ほな、頼みます』
そうしてモノを手にしたあたしですが、途中長身で歌舞伎人形を思わせるサムライに捕まりました。
『おはんさあ、途中で黄色かモン見ちょらんかったか?中身は云えもはんが』
『黄色い?もしかしておサムライさま、薩摩のおしとで?』
『そうじゃ』
『それでは、あなたさまがご尊敬されている、またはご懇意にされているおしとを述べて下さい』用心のために訊くあたしでした。
歌舞伎の若武者顔負けのサムライは淀みなく答えました。『ないとゆてん西郷吉之助先生、大山格之助どん、永山弥一郎さあ、村田新八さあ、篠原冬一郎さあ、中井休之進さあ、それにー』
『分かりました。次に』あたしは懐紙を高々と上げました。『これを一刀両断して下さい。薩人であらば容易い筈』
サムライの顔は真っ赤になりました。『おいは急いじょるんど!面倒臭かあ、チエストオ!』
懐紙は見事に真っ二つどころか四つとなりましたが、あたしにはその刃を確認する事が出来ませんでした。『さ、さ、さすがは最強の誉れ高き示現流!』
『たまがったか!』
あたしは深く頭を下げ、袈裟から黄色いモノを取り出しました。『ご無礼の程お許し下さい。不埒なニンゲンに渡しては獄門になるのはしつ定ですから。お受け取りを。あ、ちなみに中身は見ておりません』
『おお、そいじゃ、そいじゃあ!』サムライはモノをしったくるなり背を清三郎に見せました。『フムフム。こんたあ、ほんもんじゃあ。おいは字ばちっくと苦手さあ分かる』
そしてサムライは、おんなをも焼き殺す笑みを浮かべました。『おはんさあ、まっこち、見ちょらんか?』
あたしは深く頷きました。『ウソは申しませんよ。これでも僧ですから』
『そっかあ!おいはいっだましすっだあ!あははは!』サムライは豪快に笑いました。
『何云ってんだか分かりませんが、良かった良かった』
サムライはモノを懐に入れると、右手を差し出しました。『おはんさあ、おいの恩人でごわす!あいがてあいがて、あいがともしゃげもしたあ!』
『そうですか、ってよく分かりませんが。握手ですね。痛!は、離して下さい』
『いっもはんか』サムライが手を離したので、あたしは深編笠を脱ぎました。『あたしの名は清観です。ではお達者で』
去ろうとするあたしに、それをとめるサムライです。『待ってくいやんせ清観どん!おはんさあぎいかて、よかにせに礼をせんな、薩摩隼人じゃなか。藩邸にご案内致しますゆえ』
『な、何だ。あづま言葉も云えるじゃないですか』
『軍政の中心は江戸になるかも知れませんから。まだまだ勉強中です』
『ではあたしが小姑になりましょうかね』
『かたじけなかあ』
『それでは行きましょうか。ところであなたさまのお名前は?』
『おいの名あ、中村半次郎でごわす』
あたしはしっくり返りました。『ゲゲゲ!あ、あの、しと斬り半次郎!ど、どうかしらにご容赦を!』
『そいは噂じゃあ噂。おいは誰も斬った事ありもはん、はははははは!』中村さんは見るからに気分ソウカイな笑顔でした。
そうしてあたしは薩摩京藩邸の厄介になるのでした。云うまでも無く中村半次郎さんはのちの陸軍少将、桐野利秋閣下です。御一新後に、ってあんまし図に乗り吹聴するのはイヤハヤ」
「それも興味んあるお話ばい」秋山さんは髪を後ろになでつけました。「矢作さん願いが叶うよう、うちも尽力させていただきます」
清三郎の執念が実るかどうかは分かりませんが、窓が少ししらいたような雰囲気でした。
十
その後も酒と鍋は続き、清三郎と秋山さんは歓談しておりました。わたしは器の軍鶏肉とモツ、玉こんにゃくに牛蒡などを食べ、焼酎を舐めながら聞いております。少し酔っ払って來ました。
「秋山さんは」清三郎は秋山さんに酌をしました。「大新聞に移る氣はないのですか」
「おいに大新聞に小新聞などん区別はなかとです」秋山さんは茶碗の焼酎を口にしました。
大新聞とは政治評論が中心の硬派の新聞で読者は士族や官僚などで、漢文調の文躰でした。朝野新聞や時事新報などの論説紙です。対して小新聞と云うのは通俗的な社会ダネが中心で、平易であり平仮名が多用され、漢字にはルビが振られておりました。読売新聞、東京朝日新聞などがあります。大と小の中間、過激な報道を行う政財界の権力者の妾摘発を行った〈マムシの周六〉と呼ばれた、黒岩涙香さんが創刊した萬朝報と云う新聞もあります。下谷日報社は主に下谷と近隣で起こった事件・事故などを報道する小新聞です。
「フム、新しい御代となっても選挙権は金持ちにしか与ヱられませんからねヱ。二十五歳以上で所得税が三百円以上なんてどんな商売して納めりゃいいんだか。総人口の三厘ほどだと聞いております」清三郎はわたしの茶碗に焼酎を注ぎました。「眞の普通選挙が実現するには、人民がもっと市井のことを知るしつ要があるとあたしも思いますよ」
「中学校ば出た時は新聞社へ入社など考ヱもしもうせんでした。ばってん上京し早稲田村ん東京専門學校で學んどるうちに、世に起こったことば正確かつ速急に人々に知らする新聞に興味ば持ち入社した次第ですたい。いま我が社ん購買層は下谷住民に限られとるばってん、いずれは東京市民そして府民まで広げよごたるて思うとります」
「あたしも及ばずながら購読者に受ける記事を書きますから」清三郎は手酌で焼酎を煽りました。「小説も書けるモノなら一生懸命書きますよ。写実・原文一致でね」
わたしはすっかり酔っ拂ってしまい、二本足で立ち上がり踊りました。
「お、とん公が踊り出しました」清三郎は立てかけてあった三味を手に取り、しいて唄
い出しました。「月がー出た出たー月が出たーアーヨイヨイ」
歌うは〈伊田場打選炭唄〉でした。わたしのお気に入りの唄です。身をくねらせ踊りました。秋山さんも手拍子をしましたが、どこまで踊ったのか、その後どうしたのかの記憶がありません。サノヨイヨイ。
十一
目が醒めましたが、少し酒が残っておりました。障子から朝しがさしており、清三郎の懐中時計を見ると七時。部屋を見渡すと秋山さんの姿がありません。わたしが寝ているうちに帰られたのでしょう。清三郎はまだ眠っているので、布団を噛んでしっぺがしました。
清三郎は起きず寝言を唱えました。「ううむ下谷七軒町の、町口氏の住民に対する寄付行為はムニャムニャ子曰く、學びて思わざればくらし。思いて學ばざれば殆あやうしー」
わたしが昨日に呑み残した焼酎と軍鶏鍋をチロチロと舐めていると、乱暴に戸がしらき、珍観和尚が入って來て清三郎の枕を蹴っ飛ばしました。
清三郎は躰を起こしました「なな、なんですか一躰」。
「喝!」珍観和尚は喚きました。「いつまで寝ておるのだ清三郎どの!ワシは腹が減っておるのだぞ!用意してやったので本堂に來ぬか!」
明らかに昨日の派手な負けに怒りがおさまらないようです。清三郎の所為ではないのですが。
「もっと穏やかな起こし方はないんですかねヱ」清三郎はまなこをしだり手で拭いました。「扱いがしどいと親父に云いつけますよ。博奕将棋と囲碁の借金を親父が取り立てたらあんたは寺を売って去らなきゃならないんですから。そのお歳で宿無しは辛いでしょうねヱ」
「だだだ、黙らっしゃい!」珍観和尚は狼狽しました。「せ、清峰どのを打ち破る策は常に、既に考えておるのじゃ!顔を洗ってとっとと喰って仕事に出ぬか!」
「へいへい、分かりましたよ。そういうことにしときましょう」清三郎は総髪のオツムを掻きました。「ではありがたく頂きましょうか。行くよとん公」
顔を洗った清三郎と珍観和尚にわたしは本堂へ向かいました。
御膳には山盛りの米・麦・粟・稗の雑穀飯、豆腐を加えた根深汁、香の物、そして厚く切って焼いた肉が並んでいました。
「なんですかこの肉の厚切りは。流石に朝からは重いと云うか、あんた僧侶なんだから獣肉は慎みなさいよ和尚」
「昨日、鐵五郎親分から頂戴した豚肉ジャ」珍観和尚は豚肉の厚切りを頬張りました。「あれば喰う、なけらば喰わない、獣肉は厚けりゃ厚い方が良い。これぞ一休禅師のお言葉、諸行無常。いらないのならワシが喰うぞ」
「ヱヱ、召し上がって下さいよ。あたしゃ根深汁と漬物で結構ですから」
「そうか。豚公、成佛するのだぞ。南無珍観」珍観和尚は清三郎の皿から豚肉を奪いました。
わたしはおんなし獣を喰うのを一寸ためらいましたが、豚の成佛を祈ってキレイに平げました。
「ご馳走さまでした」清三郎は丼の雑穀飯と根深汁、香の物を平らげました。「サテ食器洗いですが」
清三郎は懐から二銭銅貨を取り出し、指で弾いて宙に飛ばし右手の甲に落とすとしだり手で覆いました。「表か裏か」
「ウーム」珍観和尚はあごを撫で、充血した眼差しで清三郎の右手甲を睨みました。「う、裏ジャ」
清三郎はしだり手を上げました。「表ですね。では洗い物よろしく候」
「お、おのれ」珍観和尚はたれが見てもソウ見える地団駄を踏みました。「いつか佛罰が下るからな!神聖なる僧侶住職に連日洗い物などさせおってからに」
「小坊主でも入山させるか下女を雇ヱばいいじゃないですか」
「坊主仲間に紹介を頼んでおるのだが、何故か何故か、何故かワシの寺は敬遠されておるらしくてノウ。ワシが一人前の僧侶にしてやるか、立派な嫁ぎ先を紹介してやるのに。心なき中傷を受けておるワイ」
負け続けて御破算となる博徒になるか、下女は珍観和尚に手をつけられるかのどちらかですね。市井のコレ一市民と珍観和尚を見ればたいへん面白い人物なのですが、聖職者として見ればこれほど信用出來ない人物はおりませんからね。
十二
離れに戻ると、清三郎は團十郎茶の羽織と袴を着ました。家紋は大中黒・新田しとつ引としていますが、新田氏とは何の関わり合いも因縁もありません。先祖の清兵衛は三河國矢作で露天の庖丁鍛治をしておりましたが、神君家康公の足軽組に何の考えもなしに参加し、守備よく手柄を立てのちに士分を頂戴し、直参となるべく家系図も諱・忠臣も偽造した譯であります。先祖供養でしばしば鍛治を行っていた矢作一族は、もとの稼業に戻ったのでした。
「サテとん公」清三郎は咳払いをしました。「お前さんの面倒を見ると親父に約束しましたが、ここで大人しくして待っているか。それともあたしの手伝いをするかい」
「クーンクーン」わたしは珍観和尚が拵えた、下手くそな木彫りの佛像を蹴飛ばしました。
「和尚につきあうのではなく、御佛に仕ヱてても構わないんですよ」清三郎は頷きました。「それでもあたしについて來るのかい」
「ワン」
「マア犬猫まで和尚は喰うはずはありませんがねヱ。それではとん公、取材に同行しなさい。下谷新報社までの記事運送と云う仕事もありますから」
「ワンワンクーン、フッフ」わたしは勢いの良い返事をしました。
わたしは首輪に綱をつけられ、寺を清三郎と共に出ました。
ヤサを出ると不忍池の南に位置する下谷警察署に参るため下谷山吹町・万年町・車坂町・上野しろ小路などを歩きました。職人さんや軍人さん兵隊さんに學生さん、和装洋装の紳士とご婦人などが行き交いしておりました。高価な自転車にお大尽の馬車もチラホラ走っております。
門番を司る四尺杖を持つ巡査どのに挨拶し、警察署に入りました。
受付の巡査に犬を連れていることを少し咎められましたが、清三郎は〈あたしの取材道具なんで、はい〉と、いつものすっとぼけた答えで返しました。
十三
警務係の窓口に行き、大道寺巡査部長どのに面会を求めました。
三分ほどして會津出身の巡査部長どのが現れました。「ようよう、ブン屋の矢作さんでねヱが。筆は尖らせでおるがね」
「おかげさまで六十過ぎても職替ヱの心配はありませんよ」
「そうがね」大道寺巡査部長どのは口ひげを撫でました。「とん公さ会うのも久しぶりだな」
「ヱヱ、ちょっと実家の男衆が皆留守にしておりまして、あたしが面倒を見ないと。それに急ぎのネタを社に届けると云う役割もあります」
「ワン」
「犬は賢くて嗅覚は抜群だ。ドイツ帝國では今がら二年前さ警察犬どして採用されだどの事だよ。本職も警察犬に関する論文を讀んだが、我が警視庁でも大幅に採用されんのは近がっぺどツネヅネ思っておる」大道寺巡査部長どのは煙草にしを点けました。
「とん公は躰がちっこいのでマア難しいですね」清三郎はわたしの頭を撫でました。「で、何か事件はありましたか」
「報告によるど殺しはなし。他には強盗二件、窃盗一件、詐欺一件、放火に傷害はなし。マアマア平穏といったどごろだ。新聞記事としては弱ヱが」
「イヱイヱ、犯罪はないにこした方が良いですよ。ですが」清三郎は鉛筆と帳面を懐から取り出しました。「詐欺に興味ありますねヱ。ちょっと詳しい話をお聞きしたいんですが。強盗の話も聞かせて下さい」
「ウム、では後ろの長椅子で。田村巡査部長、ちょっと場を頼むよ」
「はい」田村巡査部長どのは返事をしました。
長椅子に腰かけると大道寺巡査部長どのは紙巻き煙草を咥え、しを点けました。「被害者は谷中清水町さ住む山路康太・ふでと云う夫婦だ。ある日ひとりの男が訪ねて来て、夫婦の息子が日本橋の米屋さ奉公しておるのだが、店の金十円着服したのがばれ、店主が警察さ突ぎ出そうどしてる、げんともその十円返したら告訴はやめる、前科者さ世間は厳しいがどうだべがど囁いだ。たれにも云ってはいげねえど云われ、夫婦は何とかして十円をかき集めてその男に払っだ。げんとも改めて夫婦が息子とお店さ行ぎ問うだどごろ、それは全くの嘘で騙されたとのこどだ」
「成る程。高すぎず安すぎず、ソウ云うのは一般庶民が騙され易いかも知れませんな」清井三郎はしだり手で鉛筆を持ち帳面に記しました。「類似の事件を防ぐために、報道するしつ要があります。それで他の事件についても聞かせて頂けませんか」
「マ、犯罪抑止のだめどなるんだら聞がせっぺ」
清三郎は詐欺事件のあらましを書いて、余白に強盗二件と窃盗二件ありと帳面に記すと、頁を破き折りたたんで、わたしの首輪につけた巾着袋に入れました。「サテとん公、下谷日報社まで行きなさい。実家じゃありませんよ」
「ちゃんと着ぐべが」大道寺巡査部長どの灰皿に煙草を押しつけました。
「大丈夫ですよ、何度もやってますから。巾着袋は社の備品ですから、匂いでたどり着けます」清三郎はわたしの鼻を軽くつまみました。「サア行きなさい」
「クォンワンワン」わたしは警察署を出て下谷日報社へ向かい走りました。
十四
大柄な飼い犬と野良公に脅されながらも何とか身をかわし、長者町の下谷日報社に到着しました。下谷警察署の西でそれ程離れてはいませんが、十五分ほどかかりました。
下谷日報社の社屋は、一階と二階が印刷所でその三階です。倉庫は別に借りております。印刷所と日報社は別会社です。印刷所には下谷日報社以外のお得意さまがあります。わたしは印刷所を入ると階段で三階へ上がり、戸をトントントンと叩きカリカリとしっ掻くと戸がしらきました。
「オヤ、とん公じゃないか。久しぶりじゃのお」廣島出身で広告の営業担当者である須藤大吾さんが出迎えてくれました。「その巾着の中にゃあ矢作さんが書いたものが入っとるんじゃのお。こっちに來んさいや」
わたしが社に入ると、須藤さんは巾着の中身を抜いて読みました。
「ウーム詐欺か、許せんのう。矢作さんは追加取材じゃのお。とにかく下谷と近隣住民に伝え、被害を抑えにゃあいかんのう。とん公は矢作さんが帰るまでここにおってもええぞ。おおい秋山くん、矢作さんがとん公にネタを持って來さしたでヱ」秋山さんが來ると、須藤さんは清三郎の帳面の頁を渡しました。
「ご苦労やったなとん公。これでも食べなっせ」
わたしは秋山さんに牛乳と乾蒸餅つまりビスケットを与えられました。ビスケットは香ばしく、牛乳は美味でした。
下谷日報社には清三郎と秋山さんに須藤さんを含めて十二人が在籍しております。そのうち五人は東京出身ではありません。東京出身者以外の人間が東京を見ると面白くなるという、主筆の狙いです。取材中なのか、記者はみな出払っておりました。いるのは須藤さんと、編集者の秋山さんと東京出身の宮代英世さんのみでした。
東京は下谷出身の大越慎一シュシツ主筆が部屋から現れ、わたしを見ました。「おお、確かおまえさんは矢作さんトコのとん公だったな。ご苦労さん、またネタを運んで來たか」
「ワン」
「相変わらず賢い犬だな。諸君、わしはこれから麹町区の帝國議会議事堂へ行ってから弁護士の川上弥之助先生に会ってくるから、ちょっと席を外すよ。四時までには帰る予定だ。新聞紙条例に引っかかって禁固刑や罰金を取られたくないからな。ついでに日露関係がどうなっているのか、ちょっと塩梅を聞いて來る」
川上弁護士は社の顧問弁護士です。
「いってらっしゃい」皆は会釈をしました。
「ウム」大柄ながら細身で羽織袴姿の大越主筆は部屋を出ました。
チナミに老いぼれの清三郎を記者としてしろってあげたのが十歳年下の大越主筆です。清三郎が幇間持ちでちょくちょく大越主筆の座敷に出ていたとき、四方山話をした挙げ句、意氣投合して雇い入れたとのことです。
十五
床で居眠りしておりましたが目が覚めました。午後五時、清三郎を含む記者たちは社に帰って來ていて原稿を書いておりました。書けた記者は編集に原稿を渡しております。編集の方々は記事の配置を行なっておりました。あとは印刷所の文選に廻して仮刷りをし、校閲して本印刷です。
仮刷りを見ると誤字脱字はないらしく、網点によって濃淡のある上野公園と西郷閣下の銅像の写眞を形成する編み目写眞も、良い具合と記者さんに編集者さん方は褒めておりました。そして仮刷りは本印刷されることとなりました。
「さて、明日の号は校了も済んで無事に出せる。みなご苦労さん」大越主筆はみなを労いました。「夜討ちの取材をする者には手当を出すぞ」
清三郎が手を挙げました。「記事となるのは明後日の号ですが、早めに取材をしてネタにするのも良いでしょう。我々記者はゴキブリが如く素早く動くのが生き様ですからねヱ」
「そうか矢作さん、頼んだぞ」大越主筆は清三郎の肩をたたきました。「早く電話機が設置出來るよう、部数を増やさねければな」
わたしと清三郎は下谷日報社の社屋を出ました。
十七
午後七時半ころ。御一新前、清三郎と蕃書調所の同門である青沼彦五郎さんに会うべく本郷区本春町へ向かいました。途中で灘産の日本酒を一升と牛肉の佃煮を買いました。本当に酒好きばかりですね、清三郎の廻りは。わたしもその一匹なのですが。
青沼さんは東京外國語學校のロシア語學科で教授を勤めていました。退任後の今は自分の私塾で英語とドイツ語にロシア語を教える塾で悠々と教鞭をとっております。少々のオランダ語と拙い英語しか分からない清三郎とは違いロシア語とドイツ語に英語をしとりで身につけた有能な人物です。
清三郎が戸を叩くとニキビ顔の青年が戸を開けました。「どなたですか」
「オヤ、新顔の書生さんですね、あたしは下谷新報社の矢作清三郎と申します。つけ加えるなら青沼彦五郎さんの蕃書調所における同門です」
書生さんが笑みを浮かべました。「矢作さんですね。少々お待ちを」
「よう矢作くん」程なく顎髭をたくわえ着流し姿の青沼さんが玄関に現れました。「久しぶりだねヱ。記事のネタ探しかい」
清三郎は答えました。「ヱヱ、昨今の日露情勢をロシア通の青沼さんにお聞きしたくて」
「お安いご用だよ。ちょうど酒が切れていた時だ。一升とはありがたいねヱ。肴は何かあるかね」
「牛肉の佃煮です」
「おお、私の好物だ。よく覚えてくれたね。聞きたいことがあればなんでも答えよう。あれ」青沼さんはわたしを見ました。「その犬は確か、お父上の愛犬・とん公じゃないか。清峰翁から譲り受けたのかい」
「いヱ」清三郎は首を振りました。「男衆、親父と兄貴に甥っ子と職人が横濱で開かれる庖丁のしん評会に泊まりで行ってましてね。義姐上と姪っ子のおなご衆に任せるのも悪いので、その間あたしが面倒見ているんですよ。仕事も手伝わせています」
「清峰翁もご壮健で何よりだ。よし、とん公も居間に上がりたまヱ」青沼さんはわたしの手足を雑巾で軽く拭きました。
居間につき、二人は一升徳利の酒を茶碗に注ぎ乾杯しました。わたしの茶碗にも注がれたので舐めました。
十八
「大韓帝国は、清國の冊封体制を日清戦争後日本によって解かれたがね」青沼さんは茶碗酒をあおりました。「満洲を勢力下に置いたロシア帝國が朝鮮半島に持つ利権を手がかりに南下政策を取りつつある。ロシアは朝鮮ツマリ大韓帝國の皇帝・高宗を通じて、売り払われた朝鮮半島北部の鍾城・慶源の鉱山採掘権や森林伐採権、関税権などの財政基盤を取得した。我が大日本帝國が大韓帝國に変わって買い戻したが、それでも朝鮮半島での影響力を増大させ、着実に勢力拡大をしているのが現状だ。完全に朝鮮半島を支配下に置かれたなら、我が大日本帝國の制海権はないも同然、軍艦や商船が撃沈されるかも知れんね」
「それは恐ろしいですねヱ。聞くところによると何やらロシア人は日本人をイポンスキー、黄色い猿と嫌っている氣配がありますし」清三郎は懐にしだり手を差し込み胸を掻きました。「仮にかの強大なロシア帝國が我が大日本帝国に攻めて來たならば、この國土を枕に討死する覚悟を弱虫のあたしでもするしかありませんよ。どうすればいいですかねヱ」
「ロシアの極東進出政策に対して、大英帝國イギリスは警戒を強めている」青沼さんは牛肉の佃煮を摘んで口に入れました。「清國と朝鮮には誠に申し訳ないが、イギリスと同盟を結んだ方が良いだろう。現実問題モスクワやサンクトペテルブルクまで攻めるのは不可能だ。向こうからも無理だがバルチック艦隊が大航海して日本海か太平洋に侵入する恐れがある。ここは日英同盟締結のために政府・内閣と外務省に交渉してもらうしかない」
「そううまくいきますかねヱ」
「同盟を結んでイギリスに睨みを効かせてもらいつつ」青沼さんは茶碗を空けました。「朝鮮と満州にバルチック艦隊をどうにかした後、アメリカ合衆國に仲裁を頼む。応じてもらえれば即停戦、とりあえず極東は当分安泰だ」
清三郎は帳面に鉛筆を走らせました。「完全な勝ちはないとしても、我が日本の安全と権益は守られると」
「何度も云うが、清國と朝鮮の王朝には氣の毒だ。だが小國が生き残るためには仕方がないのだと、イチ國民として頭を下げるしかない。しかしだ、藩閥はカマキリほどに大嫌いだが、完全とは云い難いが國民が躰制・國の行く末を左右する、絶対封建主義を否定した御維新の亞細亞輸出にはやぶさかではない、と云うのが本音だ」青沼さんは茶碗に酒を注ぎ、牛肉の佃煮を箸でつまみました。
「フーム」清三郎は頭をしだり手で掻きました。
「これは私の意見だが、ご同業の東亞及びロシア事情通なら多かれ少なかれ同じじゃないかね」
大國と小國の論理。わたしのようなちっこい無力な酒呑み犬でもわかります。野良公やハグレ犬にはさんざ痛い目に遭いそうになることも多いですからね。どう縄張りを避けるか、どう庭場を避けて平穏に歩くか、それでも虐めに合いそうな場合は直心影流免許皆伝の主人・清峰翁に云いつけてやるぞ、鉄扇一撃で脳みそグシャグシャだぞと脅し吠え、小ずるい飼い犬生活を送っております故。
十九
雑談しながら一升徳利を空にしました。わたしは不覚にも酔っ払いました、っていつものことですが。
「それでは青沼さん、ここらで失礼致します」清三郎は立ち上がりました。「ところで息子さんはお元氣ですか。農商務省に入省された」
「ああ、倅なら森林局の主任技師になったよ。嫁はお産が近く、我が女房どのが倅の家を日参している。今夜もだ」
「それはおめでとうございます。お祝いの準備をしなければ」
「ありがとう」青沼さんはオツムを下げました。「高いものは結構だからね。ああ、孫が立派に成長するまで老躰にムチ打って働かねばなるまいな」
わたしと清三郎は青沼さんのお宅を辞しました。
本郷区本春町を出て下谷区に入りますと、家の灯りが一層明るくなっておりました。恐らくですが、士族で内職に従事されている方々が多いのではないでしょうか。ここらは職を失った士族が多いですからね。我が矢作家は先祖から受け継いだ庖丁鍛治の技術があり結構繁盛してますから、没落士族の烙印を押されず済んでおります。
坂本町には直接帰らず、わたしと清三郎は上野駅へ向かいました。ランプの照りが盛んなレンガ造りの駅舎で、その美しさにいつ何度見ても飽きません。明治二十四年に青森まで二十六時間の線路が開通しましたが、生あるうちに荷物扱いで結構なので行ってみたいものです。ああ、聞いたことしかありませんがねぷた、いいですねヱ。見たことはありませんが、見て意見吐いてモノを喰うといった歴史を述べられるモノだと。
執筆の狙い
積もった。この先どお行けばいいか、感想を。