無への回帰
影は下にしかできない。俺がニューヨークに腰を下ろして三日たってから抱いた感慨はそれだった。あるときから人ごみを歩けなくなった。たしかそれは社会人六年目のこと。街を歩いていると幾重もの目がこちらをギョッとみつめているような感覚になり、ソレはいつまでも俺に絡まっていた。どうしてそうなったか? 詳しいことは話さない。そんなことをしても意味がないからだ。大量の目に囲まれて、俺は動けなくなった。電気は止まった。ガスも止まった。家主から怒られる瞬間だけが社会と触れ合える唯一の時間になった。そんな日々を過ごしていくうちに、俺は極端な考えに駆られ、手持ちの金をすべて費やして、資本主義と傲慢に取りつかれたニューヨークへ向かった。
大体のいきさつはそんなところだ。俺は日本から12時間かけてアメリカにやってきた。鉄の機内は怖かった。CAの笑顔や手さばきは均質化されていて、無味で、無臭だった。窓際の席に座っていた。雲が絶えずこちらを見ていた。そして、窓ガラスはずっと冷たかった。
俺はエコノミークラスの客のなかでも一番早く空港を出た。そこからはあまり覚えていない。俺は意味もなくニューヨークを闊歩した。タイムズスクエアのディスプレイから流れる広告はうるさい。いや、うざい。そんなことしか記憶に残っていなかった。
あるとき、ニューヨークに来て五日目くらいのことだったろうか。ピザを食べ、呆然と街を歩いていると、後ろから叫び声が聞こえた。だが、振り返らなかった。俺は英語が分からない。抑揚のついた断末魔のような声がしきりに鳴っていた。前方から、生きることを急かされているように走って来た二人の黒人警察官の風貌を見ると、心変わりした。
コトを起こすなら今だ。
白人の皮膚は陽に焼かれている。高層ビルが琥珀色の陽光を反射させている。風が吹き、捨てられたごみは宙を舞っていた。ディスプレイから流れる広告は相変わらずうるさい。しかし今となっては、それらすべてが俺の心変わりを讃えているかのように思えた。そう、ニューヨークに遍在するこの景色は俺がコトを起こすのを祝福しているのだ。
俺はエンパイアステートビルに登った。エレベータは俺を上へ上へと運んでいった。高いビルに登るのはこれが始めてだ。俺は一度たりとも何かを見下ろしたことはない。だからこそ、このビルを選んだのだ。
展望台には多くの人間がいた。ただ、そのどれもが俺とは人種が、いや、そもそも生物としての装いが違うようだ。嘘みたいな顔、笑い、甲高い声。顔中から生のベクトルを感じさせる人々の様相は、この世のものとは思えない。ある男の腕につけられた時計なんかにはダイヤがちりばめられている。それが日光を反射し、俺の目をくらまし、歩くのを困難にするほどだった。ふくよかな腹を突き出した外国人たちは体が何度も俺の身体にぶつかった。
もしかして俺の身体は、透明化されたままただの物体としてここにいるのだろうか。
とめどなく発生する自傷的な思考をこぼしながら俺はただ一人、子供を肩車している中年女の横でニューヨークを一望した。まずは下を見る。安心したかったからだ。しかし人間は一人として目に入らない。その代わり、無意味に動く換気扇や白い煙、数年前に建設された高層ビルが目に入るだけだった。仕方なく顔見上げても、そこに広がるのは限りなく深い青空。どれも死体のように無機質で、北風のように冷たかった。
人ごみに紛れて俺はタイミングを見計らっていた。人が落ちないように設計された三メートルの鉄格子は、簡単に死なせてくれないだろう。俺は、たとえ邪魔が入ってもいいように、足で蹴飛ばせそうな人間に囲まれるのを待った。
黄昏時、いよいよ世界が闇で覆われそうになったころ、展望台には家族連れが集まってきた。未来への活力を充分に備えた子供たちが俺の周りで写真を撮り始めた。
いいよなぁ、写真を撮るって。つまりそれって、この先も生きている前提の行為なんだよな?
コトを起こすには今が最適だ。俺は大きく息を吸った。排気ガスのような、大量消費社会の厭な臭いが鼻につく。そして俺は両足に力を入れ、柵を登り始めた。すぐに騒ぎが起こった。屈強なアメリカ人が英語で叫びながら脚を掴もうとしてきたが、俺は必死になってよじ登った。俺は他人からのエゴイスティックな手に捉えられることなく、鉄柵を登ることができた。あっさりと。
死。その大きな目的を達成するために俺の身体のリミッターが外れ、筋肉や骨が63kgの身体をひょいと持ちあげられるほどに収縮と弛緩を重ねたのだろう。そして俺は、これが日常の一コマであるかのように、きわめて滑らかに投身した。人々の叫びと子供の泣き声に抱擁されながら。
地面に激突するまで10秒もなかった。走馬灯すら見なかった。恐怖や後悔、達成感すらない。俺のこころは空っぽだった。そして最後に見たものは俺が作り出した黒い影だった。そうして俺は、ニューヨークでコトを終えた。
執筆の狙い
結局のところ、社会は空想上での自殺しか許さない。
追記 これを書いたからといった精神的に落ち込んでいるわけじゃありません。ご安心を