【朝起きたら、少女は”ヒマワリ”だった――太陽の花嫁――】
――今よりも太陽の日が強く、月が夜を作らず、大地では生と死の境目があいまいな時代。
ある小さな村の外れに、ひとりの少女が暮らしていました。
名を ひなた といいました。
彼女の両親は流行り病で亡くなり、ひなたは孤独でした。
村人たちは自分のことで精一杯で、病弱な少女を気にかける余裕などありません。
ひなたは、外で遊ぶ子どもたちを、窓の中から見つめながら――
「…いいな。私も、あんなふうにお日様の下で笑えたら…」
ごほっごぼっと、せき込みながら、つぶやきました。
ひなたは強い光を浴びることができませんでした。
生まれつき体が弱く、太陽の強い光が肌を焼くのです。
夏の日差しが眩しいほど、彼女は部屋の中の影を歩きました。
――そんな、ある晩のこと。
ひなたは激しい咳に苦しんだあと、不思議な夢を見ました。
夜明け前の空がまだ灰色をはらみ、世界が光と影のはざまに揺れる闇の中。
「――ひなた…よくひとりで頑張りましたね…」
どこからともなく、優しい声が響きました。
ひなたが振り返ると、そこには青と緑の光をまとった女性が立っていました。
髪は木々のようにゆれ、瞳は深い森と海の色をたたえていました。
「あなたは…だれ…?」
「わたしはテラ。この大地の母。あなたをずっと見ていました」
「光を恋《こ》いながら、触れられずにいた子…可哀想に…」
女性の瞳から涙が地に落ちると、黄色の明りが周囲の闇を払っていきます。
「だって…私は、光の中では生きられないから」
ひなたは首を振りました。
「一度でいいから、お日さまを、触ってみたかった…」
少女が浮かべた笑顔は、あきらめに満ちていました。
「…それが貴女の願いなのね…」
テラは静かに微笑みました。
「ならば――光の中でも生きられる姿にしてあげましょう」
そう言って、彼女はひなたの胸に、そっと指をあてました。
その瞬間、少女の体はふわりと軽くなり、眩しい光に包まれます。
――ひなたが目を覚ますと、そこは見知らぬ草原でした。
風の音、土の香り、そして体が――動かない。
見下ろすと、腕も脚もなく、代わりに細い茎と葉が、頼りなげに風で揺れています。
(…わたし…お花になっちゃったの…?)
そのつぼみは まだ小さく、そのすきまからは花の色が見えません。
(…どうして…?、わたしは…)
怖くて泣きたくても、涙は つぼみを伝って、露になるだけでした。
けれど――東の空から朝の光が降りそそいだ瞬間――
その心は不思議なほど温かく、満ち足りていました。
(ああ……太陽って、こんなにも温かくて、キレイなんだ…)
人々が「暑い」「まぶしい」と太陽から顔を背けている時代。
花になった ひなただけは、まっすぐに目をそらさず、太陽を見上げました。
ヒトであった頃の、痛みも苦しみもありません。
(あの神様は、わたしの願いを叶えて下さったのね…)
一度でいいから、お日さまを触ってみたいという願い。
ひなたは太陽の光を浴びて、細かった茎を太く、まっすぐに伸ばしていきました。
多くの葉を茂らせ、大輪の花を咲かせていきます。
(この嬉しい気持ちを、わたしを照らしてくれる太陽さんに届けたい!)
それは生まれて初めて光に包まれた、ひなたの微笑みでした。
やがて畑仕事をしに来た村人たちは、その姿を見て驚きます。
太陽に似た、まだ誰も知らぬ、見たことのない黄色い花。
「これは神の贈り物だ」と囁き合いました。
村人たちはその花を――陽(ひ)に向かう花――と呼びます。
それが世界で最初の ”ヒマワリ" でした。
――この光を愛してくれる者がいるのか?――
その花を、太陽は見つけました。
どんな時も自分を見つめ返す その瞳。
強い日差しを投げかける太陽は、その笑みを見て、胸の奥が嬉しさにあふれました。
――この花のために、今日ものぼろう。
その日から太陽は、毎朝 ヒマワリを探すようになりました。
朝いちばんに金の光を注ぎ、昼は一番強く照らし、夕暮れには名残惜しそうに橙の光で包みました。
――この花を枯らせないように、日の力を調節してあげよう。
そう思うたび、世界は優しい太陽の光で、少しずつ美しくなりました。
(太陽さん…わたしを、世界を照らしてくれて、ありがとうございます)
ヒマワリは太陽に礼を言います。
(僕に似た花よ、お前は光を怖がらなかった――ありがとう)
太陽はヒマワリに礼を言います。
大地と太陽の間に咲く花は、無言の会話で世界を繋いでいったのです。
そして、ヒマワリが太陽に届くほどに成長した、その夜――
金の髪、白い衣、光を宿す瞳の青年の姿。
太陽は人の姿をとって地上に降りました。
夜風が吹く、世界が眠る夜の草原を歩き、ヒマワリに寄り添います。
「――ヒマワリ、君を花嫁にしたい。
明日の朝、迎えにいくよ――」
そして、静かに熱の籠った声で、花に|囁《ささや》きました。
(――はい、太陽さん。朝を待っていますね――)
風に揺れる花びらが、恥ずかしそうに、かすかにうなずきました。
ヒマワリと太陽の心は、夜の寒さに負けない、温かな気持ちで満ちていました。
――初めて心の底から笑ったヒマワリは、その夜、光の夢を見ました。
花びらが金の衣に変わり、髪には大輪の花冠が飾られ――
金色の海を歩き、太陽が手を差し伸べる夢を…。
けれど、その光景を遠くから見ていた者がいました。
――月です。
月は、いつも太陽を想っていました。
けれど、昼には会えず、夜には彼の残した光を真似て照らすだけ。
だから、太陽が誰かに微笑む姿を見ると、胸が痛みました。
「…太陽は、あの花を愛しているのね…あの子が、太陽の心を奪ったのね」
月の胸に、冷たい影が落ちました。
月は静かに地上へ降り、人々の夢にささやきました。
「知っていますか? あのヒマワリという花。
種は命を養い、花托は痛みを鎮め、葉は胃を癒すのですよ」
人々は目を覚まし、驚きました。
「そんなに役に立つ花なら、刈って使おう!」
「病気の家族に持って帰ろう!」
月は静かに笑いました。
「…あなたが誰かを愛するなら、せめて私は、彼女を消してあげる…」
その笑みは、涙をこらえるように少し震えていました。
――鎌が光を反射し、露が砕けます。
夜明け前、畑には人々の影が差しました。
「花托は薬に」
「葉も胃にいい」
「種は体を元気にする」
笑い声が夜明け前の空気に溶けていきます。
誰も悪意など持っていません。
ただ、与えられた恵みを信じ、感謝していたのです。
ヒマワリは叫びました。
(待って…太陽さんが迎えにくるのに…!)
けれど声は村人たちに届かず、悲鳴のように花弁が風に散ります。
その刃がヒマワリの茎を断ち切り、ひなたは刈られていきました。
根も、茎も、葉も、すべて大切に持ち帰られて。
茎は薬に、種は油や食料に、花弁は香に――
ひなたの命は細かく分けられ、乾いた棚に置かれていきました。
――やがて太陽が昇ります。
約束を胸に、空を駆けのぼった太陽は、そこに、もう金の花がないことを知りました。
――なぜ奪った。
怒りが胸を焦がしました。
――どうして愛する者を壊した。
雲が燃えあがり、空が揺らめきます。
太陽が世界を焼き尽くそうとした――その時――
(太陽さん…怒らないでください…)
足もとの土から、かすかな声が聞こえました。
それは、ひなたの声でした。
(人たちはね、私を喜んでくれているの)
(花托で痛みをやわらげて、種で元気になって、笑っているの)
(私はきっと、今も誰かの命になっているの…)
(だから、焼かないで――お願い…)
それは、土の奥から届いた、ヒマワリの声でした。
(…あなたの光で、私はまた、ここに還れるから…)
ふと、太陽が地上に光を落とすと、子どもたちが新しい種を植えていました。
小さな手で、笑い合いながら。
(…君は、なんて優しいんだ…)
太陽は息を詰め、涙をこぼしました。
それは金の雨となり、大地をやさしく濡らしました。
(…ひなた…あなたは、私の土に還っても、きっと誰かの命になるわ……必ず…)
あらゆる命の記憶をたたえる眼差しが、その様子を見守っていました。
大地の母テラは、無言のまま、ひなたを包み込んでいきました。
――翌年の夏。
畑には豊かな作物が実り、人々は「今年はなんていい土だろう」と笑いました。
「あの花は、人にも土にも恵みをくれる」
「また種をまこう」
こうして、村人たちは再びヒマワリを植えました。
夜、太陽は再び地上に降り、土の上の小さな芽を見つめました。
柔らかな光が芽を包み、彼は優しく囁きます。
「おかえり、ヒマワリ。
君はもう、世界のすべてに宿っているよ」
風がそよぎ、夜空の星がひとつ強く光りました。
――それは、太陽に恋した少女が、天に咲かせた、最後の花。
「君はもう、土と空をつなぐ光だ」
太陽は微笑みました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ごめんなさい、太陽。あなたを独り占めしたかったの……」
太陽を追って地上に降りた月が、小さく呟きました。
「月……君が、村人たちをそそのかしたのか……」
太陽は静かに空を仰ぎ、言いました。
「…でも、どうしても見てほしかったの。 あの花みたいに、あなたに笑いかけてほしかったの…」
月の光が雲の影から震えていました。
太陽はしばらく何も答えず、
「……怒りはなくならない。 でも、君も僕の大切なものだ……それを忘れないでおくれ…」
やがて優しく答えました。
「……だからこうしよう。君と僕が重なれるのは、年に数度だけ。その時だけ、君を抱きしめよう」
月は涙をこぼしました。
「…それで、十分。ありがとう、太陽」
――それからというもの――
太陽は毎朝、ヒマワリの畑をいちばんに照らし、月は夜ごと、露でヒマワリの葉を潤しました。
ヒマワリは、大地と太陽と月に愛され、また太陽の花嫁になる夢を見て、何度も生まれ変わるのです。
そして、年にほんの数回――
太陽と月が重なるとき、世界は金と銀の光に包まれ、ヒマワリの畑が、ひとときだけ“昼も夜もない優しい光”に染まるのです。
それが太陽とヒマワリと月が微笑み、もう一度出会う、奇跡の瞬間でした。
(おしまい)
執筆の狙い
以前こちらにも投稿しました、『ひまわりのかくれんぼ』に良い感想をいただきましたので、同じヒマワリをテーマとした童話を置いてみます。
また、メキシコで執筆活動をされている方から『ひまわりのかくれんぼ』へ感想をいただき、その感想からイメージした作品です。
※小説家になろう公式企画「秋の文芸展2025(友情)」と、しいな ここみ様の『朝起きたら企画』参加作品でもあります。※
(民間療法)
古くから、ヒマワリに薬効があるとされてきました。
花 → 発熱・頭痛の緩和(鎮静作用)は
種 → 利尿・咳止め
根 → 体内の熱を取る(解熱・消炎)