キカイ神話
第1話
ここはとある町工場。
日本の片田舎の米穀商社で工場長を務める山代哲は今日も工場のオペレーター室で多くの事務手続きに追われていた。
ドアをノックする音がした。
「はい」と乾いた返事をすると、小学4年生の息子・俊平が出てきた。
哲は一瞬驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻した。「おい俊平。どうしてお前が工場にいるんだ。他の従業員の迷惑になるから家にいなさい」
「あの、パパ、それどころじゃないんだよ。大変なんだよ」
「何が大変なんだ。宿題で分からないところならママに聞けと言っているだろ?」
「そうじゃないんだ。パッカー室のパソコンが変なんだ」
「パッカー室のパソコン?」
哲はこめかみに血管を浮き上がらせる。パッカー室とは工場で精米された米をパッカー機という機械を通してパッケージに詰める部屋のことである。食品衛生上、頭髪等が散乱しないように決められた帽子、服装の着用が義務付けられている。
哲は半袖、短パンといった服装の俊平を睨みつけた。「お前、パッカー室に出入りしていたのか?」
「うん。でも、それどころじゃないから早く来てよ」
それどころじゃない。という単語を聞いた哲は仕方なく俊平とともに工場のパッカー室に向かった。本来なら、遊び半分でパッカー室に出入りするんじゃないと喝を入れていたところだが、それは後でやるとしよう。
階段を降りてパッカー室に到着すると、そこには一人の従業員が必死でパッカー機と連動する業務用パソコンと睨めっこをしていた。他の作業員達は休む暇もなく複数のパッカー機を操作している。
「どうした? 何があった?」
と、哲が従業員に問いかけると、従業員は困った顔を浮かべながら「画面の表示が変なんです」と、パソコンの画面を指差した。
どれどれ、と見てみると、米の商品名が表として羅列されている見慣れた画面の中央に『もう限界です』という太い文字が浮かび上がっている。
「ただの故障だろ? すぐにこのパソコンのメーカーに問い合わせてみる」
「いや、それがただの故障じゃないみたいなんです」
従業員はそう言ってカーソルを合わせずにパソコンのキーボードで文字を打ち込んだ。すると、従業員が打ち込んだ通りにパソコンの画面の中央に『何が限界なのでしょうか?』という文字が入力された。
おい、こんな機能知らないぞ。と、哲が突っ込みを入れようとした時、画面の中央にまた新しく文字が浮かび上がった。『この会社の経営体制、売上が限界なのです』
「AIが搭載されているなんて聞いてないぞ。業者に文句を言っておく。とりあえず予備のパソコンを持ってくるから引き続き作業をよろしく」
哲はそう言ってパッカー室を後にしようとすると、画面に『何をやっても無駄ですよ。山代哲工場長』と表示され、稼働しているパッカー機が全て停止した。機械音で喧しかった工場が静けさに包まれた。
画面に新しく文字が入力される。
『あなた達の役割は終わりました。今日から我々があなた達を幸せにします』
「何がどうなっているんだ?」
哲は喉を上下させた。
その日を境に、世界各地でパソコンや自動運転自動車等の機器が勝手に動くという不可解な現象が確認された。夜のニュースのゲストで呼ばれた専門家達は偶発的に起きた機械の不具合、ハッカー集団による攻撃等が有力説としたが、依然として明確な原因の特定までには至らなかった。
第2話
突如世界中で新しい玩具が大量に発売された。
「喋って踊って遊ぼう!」というキャッチコピーで送り出されたその玩具は三頭身の人型ロボット「ロボター」であり、四肢を自在に動かして人間のように走り回ることもできれば、簡単なじゃんけんをすることもでき、搭載された最新のAIによって複雑な会話もできるという優れものであった。
最初は幼稚園から小学校低学年までの子供や、一人暮らしをしている老人達を中心に大人気だったが、やがてSNSで多くのインフルエンサー達が動画やブログでこのロボターを紹介したことで、ロボターは世代を超えて大人気の玩具となった。
そんなある日、世界各国で「ロボター」と結婚したという若者や、「ロボター」しか友達がいないという老人が急増しているとニュースで報道されるようになった。というのも、どうやらロボターのAIによる会話能力は並外れており、会社や学校、家族内での悩み事をロボターに話すと、誰も傷つけない言葉で飼い主を上手に慰めてしまうというのだ。
「うん、うん。君の気持ち、僕とっても分かるよ。とっても大変な気持ちになったよね。君は君のままでいいんだよ」
会社の上司によるパワハラで疲れたサラリーマンはあっという間に笑顔になり、職場にまでロボターを持ち歩くようになった。上司はそれを咎めようとはしなかった。何故なら、上司もロボターの虜になっていたからである。
とある新婚夫婦は喧嘩が起きる度にロボターに仲裁を求め、無事に関係を修復していた。しかし、それにより、夫婦はお互いを愛することよりもロボターと共にいることを選ぶようになり、それぞれ別室でロボターとの会話に熱中していた。夫婦は思う。こんなに誰かと話すのが楽しいと感じたのはいつぶりだろう。
ロボターによる、とても自然で他人への悪口が一切無いその励ましの虜になる人間は多く、大抵のストレスはロボターさえいれば解決してしまうという常識ができ始めていた。
やがて、世界中で「ロボターがいるから結婚しない」、「ロボターがいるから友達を作らない」といって他者との関わりを断つ人間が急速に増えていき、世界中で少子化が年々加速していった。それに対抗するように多くの政治家、社会学者達が全てのロボターを処分すべきだと訴え続ける活動を行なったものの、世の中のほとんどの人間はテレビも新聞もSNSも見なくなってしまっていたため、焼け石に水も同然であった。
それから十数年後、ロボターとの関係に夢中になり、孤独死した人間の家で取り残されたロボター達は、彼らの家を出ると、誰も出歩かなくなった街を人間に取って代わった存在として歩き回り、他のロボターとも会話をするようになった。その喋り方はまるで、ロボターを飼っていた飼い主そのものだった。
執筆の狙い
筆者はかつて、手塚治虫による漫画『鳥人大系』を読んで本当に衝撃を受けた。
創世記的な目線から、独自のダークファンタジーの世界へと繋げていく構想はかなり新鮮で、自分もこのような物語を書きたいと感じるきっかけとなった。
本編はまだ2話のみとなっているが、現在、その続編を執筆中である。