作家でごはん!鍛練場
atom

秋の日の記憶

「昨日、立花隼人君は事故に遭って亡くなりました」
 担任の早見先生がそう言うと教室は一瞬静寂に包まれた。窓の外の朝の日の光が教室に差し込んでいて、窓際の席が空いている。そこは隼人が座っていた席だった。教室のクラスメイトたちはそれから小声で話を始めた。幾重にも重なった声が、しばらくすると悲しみに包まれる。僕は隼人と付き合っていた中村香織の席を見た。彼女は呆然としていて、目には涙が滲んでいる。隼人と僕と香織は仲がよくて、よく三人でファミレスに行ったり、カラオケに行ったりした。
「それでは今日のホームルームを終わります」
 早見先生はそう言って、教室から出て行った。クラスメイトたちは、話を続けている。僕は隼人が亡くなったことを昨日知っていた。両親が知り合いだったこともあって、そのことを夜に知らされた。
 僕は香織の席に歩いて行った。彼女はハンカチで涙を拭きながら、周りの女子生徒たちに励まされている。
「大丈夫?」と僕は声を掛けた。
「大丈夫だよ」と香織は言う。
 しばらくするとチャイムが鳴り、数学の授業が始まる。僕は席に着き先生が来るのを待った。佐々木先生という数学の教師は教室に入ってくると、プリントを配り始めた。今は秋で、来年の冬は受験だ。プリントは小テストで、僕は問題を解き始めた。
 ただ過ぎていく時間の中で、隼人と見た夕日を思い出す。暗くなっていく世界の中で、水平線の向こうに太陽が沈んでいくのを見ていた。美しい光景だったと思う。
 僕はプリントの問題を解き終えると、窓の方を眺めていた。隼人がいないという実感がまだ掴めない。今にでも彼が教室に入ってきて、僕の座っている席にやってくるような気がした。
 時間になるとプリントを回収された。佐々木先生は黒板にテストの解答を書き始めた。クラスメイトたちは皆真剣に黒板の文字をノートに写している。彼らはそれほど隼人と親しいわけではなかったのかあまりショックを受けていないようだった。香織はまだ涙を拭いていたので、僕は彼女と話がしたいと思う。今感じている悲しみを共有できるのは彼女しかいないような気がする。
 数学の授業の間、僕は隼人と過ごした時間を回想していた。しばらくすると英語の授業が始まり、外国人の先生がやってくる。クラスメイトたちは隼人が亡くなったことをある程度受け入れたようで、教室は以前と同じ雰囲気だ。僕は英語の文章問題を解きながら、空いている隼人の机を見ていた。僕は彼に何かを伝えることができたのではないかと思う。

 放課後になると、僕はしばらくの間教室に残っていた。周りの生徒はホームルームが終わると、教室を出ていく。隼人がいなくなっても僕らの日常はあまり変わらなかった。毎日授業を受けて友達と話し、教室を後にする。ふと香織の方を見ると、彼女はこちらを向き目が合った。僕は視線を逸らしたが、香織は席から立ち上がり僕の方へと歩いてくる。
「少し屋上で話さない?」と彼女は言った。
 僕は席から立ち上がり、彼女と一緒に廊下を歩いた。彼女は天文部だったので、屋上の鍵を借りることができた。僕らは階段を上り屋上の扉を開けた。
 屋上に出ると空一面が見える。水色の空に白い雲が浮かんでいた。風は涼しくて心地がいい。
「隼人は今どこにいるのかな」
 香織は手すりにもたれながら、そう言った。
「隼人のこと好きだったの?」
「そうだなぁ」
 懐かしそうにそう言うと彼女の髪が風に揺れている。僕は彼が亡くなってから一日が経ったが、自分でも自分の気持ちがわからない。
「なんだか自分でも落ち込んでいるのかわからないんだ」と僕は言った。
「突然のことだからね」
 屋上から見下ろすグラウンドではサッカー部が練習をしている。吹奏学部の演奏の音も聞こえた。隼人がいなくても世界はいつものように続いていく。
「もう僕たちも卒業だから離れ離れになるのかな?」と僕は言う。
「私は地元の大学に残るんだ。圭介は東京に行くんだっけ?」
「そうだよ」
「じゃあこうやって話をするのも後少しかもね」
 僕も屋上の手すりにもたれかかって、風景を眺めていた。段々と薄暗くなっていく。香織は僕の隣で滲んだ涙を手で拭いていた。
「そろそろ帰ろうか」と彼女は言った。
「星を見てからにしない?」
「いいよ。圭介ってそういうの好きなんだ」
 僕らは夜になるまで屋上で時間を潰した。香織は少しずつ元気になっているようだ。暗くなっていく世界の中で、ぼんやりとした悲しみを感じる。僕にとっても隼人は特別な人だ。もうこれから彼に会えなくなるという事実がまだ実感できない。今にでも彼が屋上の扉を開けて僕らの方へ歩いてきて、冗談を言って笑い合うような気がする。
 太陽が沈むと空には星が浮かんでいる。僕と香織は屋上の床に仰向けに寝転がり、空を見ていた。
「綺麗だね」と彼女は言った。
「また素敵な人と出会えるよ」
「そうだといいんだけどね」
 空にはまばらに星が輝いていて、丸い月が浮かんでいる。僕らは秋の夜風に包まれながら、しばらくの間、空を見ていた。

 大学を卒業後、食品メーカーの人事部に配属されて、目の前にいる中途採用の人が書類に判子を押している。彼は背が高くて、髪が短く、営業部に配属されることになっていた。この会社に来る前は不動産会社で営業をしていた。
「なんだか緊張しますね」と彼は言う。
「そのうちに慣れますよ」
 僕は彼から書類を受け取り、間違いがないか確認した。労働契約書から健康診断の紙まで五つの書類があったが、問題なさそうだった。
「今は何をしているんですか?」と僕は聞く。
「パソコンの設定をしています。来週は取引先に挨拶に行くみたいです」
 僕らが話をしている会議室は秋のせいか少し寒かった。毎年秋が来ると隼人のことを思い出す。何となくだけれど、彼と隼人は少し似ているような気がする。
 書類をクリアファイルに仕舞うと、「これで以上です」と言った。彼は会議室から出て、僕も電気を消した。
 エレベーターの前で少しの間、雑談し、僕らは別の階へと行った。オフィスに戻ると、主任の白石さんに書類を渡す。
「どうだった?」と彼女は僕に聞いた。
「いい感じの人でしたよ。書類も問題ありませんでした」
「私も採用面接で会ったけど、明るくてしっかりした人だよね」
 僕は自分のデスクに戻り、彼の情報を入力した。今年は十人程を中途採用で予定しているが、まだ七人だった。
 僕は高卒採用の説明会の資料を作成しながら、午後の時間を過ごしていた。しばらくすると白石さんが僕のデスクにやってきた。
「少し休憩しない?」
 僕らはオフィスから出て、一階にあるカフェに行った。エレベーターに乗っていると、「今度家族で旅行に行くんだ」と白石さんが言う。
「いいですね。どこにいくんですか?」
「熱海。温泉に行くことにしたの」
 エレベーターは一階に着き、ビルの中にあるカフェに入った。僕は店員にカフェラテを注文し、白石さんはコーヒーを注文した。店員からトレーを受け取ると二人掛けの席に座る。白石さんはコーヒーを飲みながら、旅行について話をしている。
 僕はふと隼人のことを思い出した。彼が今でも生きていたら、僕らは居酒屋で酒を飲みながら仕事について話をしていたかもしれない。彼は香織と結婚して、もしかしたら子供もいた可能性もある。そう思うと彼が亡くなったのは不運だったと思う。もし少しでも状況が違えば彼はまだ生きていたのだ。

 その日は仕事を早めに切り上げて定時で退社した。ビルの建物を出て、繁華街を歩いていると、多くの人が通り過ぎていく。この街には外国人も多く、様々な人がいる。僕はただぼんやりと周囲の風景を眺めていた。
 駅の改札を抜けて、ホームで電車を待っていると、後ろから「圭介だよね?」と呼び止められた。振り返るとそこにいたのは中村香織だった。
「偶然だね」
「出張でここに来ていたの」
「帰り?」
「そうだよ。よかったら夕食でも食べない? 久しぶりに話がしたいし」
 僕らは偶然駅で会い、近くの焼肉屋に行くことにした。その店は駅のすぐ側にあって、何回か行ったことがある。
 店の中に入ると、店員に個室を案内された。
「高校生の時以来だね」と彼女は言った。
 彼女は地元の大学に進学し、僕は東京に行ったので、高校卒業後は疎遠になっていた。僕としても隼人がいなかったので、彼女と会うのは少し気が引けた。
 タッチパネルでビールと肉とサラダを注文し、僕は香織と話をする。
「あれからいい人には出会えた?」と僕は聞いた。
「大学生の頃に付き合っていた人はいたけど、同棲をして別れたの。会社員になってからは、職場に女性が多くて、出会いがあまりなくてさ。圭介はどうなの?」
「今は付き合っている人はいないよ。僕も大学で初めて付き合ったんだ。だけどすれ違いが多くて別れた」
 そんな話をしていると、店員が肉とサラダとビールを持ってきた。僕らは乾杯をしてビールを飲んだ。何となく過ぎていく毎日の中で、香織が今目の前にいるのは新鮮な体験だった。彼女は高校生の頃よりも化粧をしているせいか綺麗に見える。隼人と付き合っていただけあって、魅力的なのは変わらなかった。
「隼人のこと覚えてる?」と僕は聞いた。
「覚えてるよ。私にとっては忘れられない人だからさ」
 香織はそう言うと肉を網に載せて焼いていた。僕はサラダを自分の皿に取った。
「隼人が死ぬ前に二人で海に行ったんだ。水平線に沈んでいく夕日を見てさ。辛いことは多いけど、生きていれば見ることができる景色もあると思うんだ。だから隼人が亡くなったのは残念だよ。きっと色々な未来があったと思うから」
 僕らは肉を焼くと食べ始めた。香織は時々ビールを飲みながら、食事をしている。
「今でも生きていたら隼人はどんな景色を見たんだろうね」
 香織はそう言うとビールを飲み干して、もう一杯注文した。僕は酔いを感じながら今の時間を楽しんでいた。隼人がいないのは寂しかった。彼は僕らにとっては大切な人だったのだ。

秋の日の記憶

執筆の狙い

作者 atom
KD106179132252.ppp-bb.dion.ne.jp

定期的に短編を書いています。今回も親友の死をテーマに書いてみました。

コメント

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

拝読しました。
感じたのは、一人称作品として安定感がないように思えました。学生時代と社会人時代の語り手が分離している。なぜそう思うのかは、どちらもリアルタイムに近い一人称形式で書かれているからです。
一人称は、ストーリーすべての出来事が終わった後に、語り手が読者に対して語っているのが通常の形式だと思います。

「~~る。」と「~~いる。」「~~た。」「~~いた。」の使い分けがしっくりきませんでした。「~~る。」「~~いる。」は、そのシーンにおいて時間の流れがあり、かつ語り手が読者をそのシーンに引き込みたいとき使うのだと思います。「~~た。」はまったくの過去とは言えず、「~~いた。」は過去の一定期間を指します。

これも安定感に繋がるかもですが、純文学としてもエンタメだったとしても、語り手が読者に言いたい事、伝えたい事が分からないことだと思います。心理描写が不足してるかもしれませんね。どれぐらい悲しいのか、どのくらい寂しいのか、どれだけ好きだったっか。

頑張ってください。

追伸
かなり昔に読んで忘れてしまったノルウェー森のラストはどんなだたっけ?

atom
KD106179132252.ppp-bb.dion.ne.jp

匿名希望者様

ちょっと意味がわからないです。

匿名希望者
nat-ftth1.kkm.ne.jp

ご理解いただけないのは残念です。

要は、語り手の語っている話し方(文体)は、小説全体で統一されていても、経験した語り手の感情や考え方、視点(視野)や時点は、ストーリー上の主人公の心情や考え方とは異なります。

語り手は、ストーリーが終了した以降に読者に語っているので、「僕は隼人が亡くなったことを昨日知っていた。」と言う地の文はあり得ないと思います。

説明力不足で失礼しました。ご活躍を願っています。

atom
KD106179132252.ppp-bb.dion.ne.jp

匿名希望者様

言いたいことはわかるのですが、それが小説がよくなる方向には思えないんですよね。回想として書き、心理描写を加えるのも小説としてはありですが、描写中心で説明を少なくする方向の方がよくなる気がします。

心彩・みあ【からりぼ】
p023.net027121041.broadline.ne.jp

拝読させていただきました。

すばらしい作品だと思います。
学生時代〜社会人時代までを感情豊かに表現されていて、すごく感動しました。
このような、すばらしい作品のご投稿ありがとうございます。
こちらの作品から得た知識を生かし、このようにすばらしい小説を書けるよう努力します。

心彩・みあ【からりぼ】
p036.net027121006.broadline.ne.jp

atom様

超初心者なので、アドバイスなどを言えなくてすみません。
もし、よければ小説を書くコツなどを教えていただけると嬉しいです。

atom
KD106179132252.ppp-bb.dion.ne.jp

心彩・みあ【からりぼ】様

コメントありがとうございます。
すばらしい作品ということでよかったです。
書くコツとしてはとりあえず好きなように書いてみるのがいいと思います。
小説を書いていく中で試行錯誤をして、よい作品にしていくのがいいのではないでしょうか。

心彩・みあ【からりぼ】
p049.net027121006.broadline.ne.jp

ありがとうございます。
ぜひ参考にさせていただきます。

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