秋風夜更かし日和
大人になってからこうして星をじっと見ることなんて無くなっていた。秋を告げる少し冷たい夜空は、白い砂粒のような星を点々と散らす。空を見つめた理由は、なんとなく、月が見たかったから。三日月か半月か確かめたかったから。なんとなく。
車が行き交う県道をとぼとぼと歩く。ときどきライトが強烈に光る車があって、わたしは少しイラっとしてわざと光を遮るように手を目の前に掲げる。
深夜十二時。ああ、今日も終わっちゃった。何もせずに終わっちゃった。何かしたかな。ああ、そうだ、お昼にとっても美味しいカレー屋を見つけたんだ。なんだ、何かあったじゃない。あそこのマトンローガンジョシュ美味しかったな。羊肉がごろごろ転がってて、スパイスでお肉の臭みが消えて、甘い羊の香りがふわっと香って。それにコクのある風味豊かなカレーソース。ご飯も大盛り無料だっけ。こんなマトンカレーがいつまでも食べ続けられる世の中だったらいいな。
路傍の石を蹴とばす。ころころころころ。とんっとんっと跳ねる。スペインのフォワードみたいに思いっきりシュートしたいな。この夜空に。なんて。ブー!
五月蠅いな。クラクション。ちょっと身体が寄れただけだよ。
あいつ、どうしてるかな。なんかね、超きつくてつまんない仕事やってるんだって。延々とベルトコンベアで流れてくるお弁当のご飯の上に鮭を乗せ続けるような。ひと通りお互いの未来の展望のない将来について盛り上がって、昔のこともちょっと懐かしんで盛り上がったけど、でもね、だめだよ、わたしなんかと落ちちゃ。なんて思ってたらもう電話こないな。助かったのかな。わたしのことなんて忘れちゃったのかな。それとも落ちきっちゃったのかな。わたしなんかと一緒にいてもいけないと思いつつ、でもまた声聞きたいよ。成功した自慢話だらけの元友達よりもずっときみのことが気になるよ。
車通りも少なくなったころ。県道にポツン。コンビニ。タグチマート、昔ながらの個人店かな、なんかラインナップが冴えないけど、立ち読みし放題なのが気に入った。
つまらない漫画ばっかり。必要のないエッチなシーンだけの漫画と、殴り合ってるのにやたら考えて悩んでる漫画。あとはなんかテレビゲームの影響を受けたような似非西洋ファンタジー。あっ、これ昔読んだ漫画だ。こんなマイナーな雑誌に続編描いてんだ。へー。相変わらずつまんないや。
かれこれ三時間。
コンビニのトイレを使いつつ、とちゅう月見ちくわうどんとカフェオレを買ってコンビニ前の駐車場で食して。
何も言わない店員がかえって不気味だけど、最後に「ありがとですー」といってまた夜の中へ。ってもう朝が近いか。空が白けてきた。
思い立って脇路に逸れ、田んぼ道へ行く。少しずつ色を黒から蒼に変えていく空。でも、一等星の瞬きはかろうじて見える。東の空の端っこが少し朱色に染まっている。オレンジと赤の中間。それをセロファンで透かしているような色。鈴虫の音がりぃんりぃん。秋風さわさわ。
それに浸っていると、いつのまにか。光の色を取り戻した田んぼは黄金色に染まっていた。稲穂は実り、薄い黄と緑が混ざり、それが地平線の方の小さな農家がぽつぽつするところまですっと続いている。わたしは空の美しさよりもそれに打たれた。
太陽はすっかり昇り、わたしは午前さん。くだらなくて青いわたしだけど、ああいう風に美しく実るものって出来ないかな。なにか美味しくなれないかな。なんてああ、眠いや。家帰って眠ろう。明日からがんばろう。うん。きっと。
執筆の狙い
ようやくそろそろ秋って感じですね。お願いします。