カチカチ山・雨たぬきの物語(童話)
昔々、カチカチ山で悪さをして命を落とした、一匹のタヌキがおりました。
・・・けれど、そのタヌキには、ひとりの息子がいたのです。
息子のタヌキは、「父のようになってはいけない」と心に誓い、ひっそりと人里近くの山に暮らしながら、村人たちの農作業を手伝ったり、薪を集めたりと、一生懸命に働いていました。
自分の正体が知られてはいけない。
「悪いタヌキの子だ」と言われてしまえば、また人間たちに憎まれてしまうから。
だから、彼はいつも黙って働き、名前すら名乗りませんでした。
他の誰よりもよく働くタヌキ。
村人たちはそんな彼を、親しみを込めて「働き者の“他ぬき”」と呼んでいました。
けれど、ある日──。
かつて父を懲らしめたウサギと、助けられたおじいさんが村にやってきました。
そして、ふとした拍子に息子タヌキの正体が知られてしまったのです。
「アイツは、あの悪いタヌキの息子じゃ!」
ざわめき、怒号、恐怖。
村人たちは夜の山へ松明を手に、タヌキを追いました。
タヌキは「ちがう、ぼくは悪くない……!」と叫びながら、深い山へと逃げていきました。
しかし、その年は雨がまったく降らず、山はカラカラに乾いていました。
松明の火は枯葉に燃え移り、あっという間に山火事となってしまったのです。
「た、助けてくれぇ!」
「火が! 火がこっちに来るぞ!」
逃げ惑う村人たち。
タヌキは山のてっぺんで、それを見下ろしていました。
──自分のせいで、また誰かが傷つくのか?
タヌキは決意しました。
「ぼくが……雨になる!」
空に向かって大きく吠えると、彼の体はふわりと変化し、もくもくとした雨雲となって天へとのぼっていきました。
激しい炎に向かって雨を降らせるタヌキ雲。
けれど火の勢いはすさまじく、どんどん水分を失っていきます。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
身体中の水分を喪いながらも、タヌキは必死に火を消そうとしました。
そして、涙を流しながら、ひたすら雨を降らせ続けます。
やがて、その涙が火の最後のひとかけらを、静かに消し去ったのです。
──気がつくと、村人たちは無事でした。
燃えかけた木々も、多くの命も、タヌキの雨に救われ、あたりには静寂が戻っていました。
そして、そこには──。
ふたたびタヌキの姿に戻った彼が、地面に横たわっていました。
「もっと……もっと、みんなと一緒にいたかったな……」
静かにそう言って、タヌキは笑顔のまま、息を引き取りました。
村人たちは泣きました。
ウサギも、かつて父にひどい目に遭わされたおじいさんも、皆が涙を流しました。
「おまえは、立派だったよ」
「もう“悪いタヌキの子”なんかじゃない。おまえは、わしらの仲間じゃ」
そう言って、村人たちはタヌキを丁寧に埋葬しました。
父タヌキの墓の隣に墓を建て、碑文を刻みました。
『ここに眠るは、かけがえのない“他ぬき”。
罪を越え、涙で山を守り、みんなと心をつないだ友。
われら、彼を忘れぬ。』
こうしてタヌキは、唯一無二の『他ぬき』となったのでした。
(おしまい)
執筆の狙い
こちらのサイトでは童話ジャンルの投稿が少ないように思え、あえてこの作品のサイトを持って来ました。元は「小説家になろう」に投稿した、カチカチ山をベースとした童話です。厳しい意見を宜しくお願いします。m(_ _)m