あなたと出会えたけど、
第一章:冷たい雨の夜
岡崎の町に、秋の冷たい雨が降っていた。街灯の光が濡れたアスファルトに滲み、夜々は傘も差さずに歩いていた。黒い制服の裾が濡れて重くなる。夜々の目は、何も映していないようで、すべてを見透かしているようでもあった。
「月岡琉希。対象は彼。接触し、自然な形で処理しろ」
任務は簡潔だった。夜々の家は代々、裏の仕事を担ってきた。表向きは古道具屋。だが、裏では〝消す〟ことを生業としていた。夜々は十七歳。初めての任務だった。
夜々は感情を殺す訓練を受けてきた。笑わない。泣かない。誰にも心を許さない。そう教えられてきた。
でも、心の奥底には、誰にも見せたことのない“人間らしさ”が、わずかに残っていた。
それは、雨の匂いに似ていた。冷たくて、どこか懐かしい。
第二章:転校生
月岡琉希は、二学期の始まりとともに転校してきた。黒髪に淡い灰色の瞳。整った顔立ちに、どこか影が差していた。
「月岡琉希です。よろしくお願いします」
その声は、静かで、よく通った。夜々は教室の隅から彼を見ていた。彼の名前を聞いた瞬間、心臓がひとつ跳ねた。
計画通りに接近する。昼休みに声をかけ、放課後に偶然を装って道を共にする。彼は警戒する様子もなく、自然に夜々を受け入れた。
ある日、図書室で彼が言った。
「君、俺を殺しに来たんだろ?」
夜々はページをめくる手を止めた。指先が震えた。
「……どうして、そう思うの?」
「目が、冷たい。でも、少しだけ迷ってる」
彼は笑った。まるで、すべてを受け入れているように。
その笑顔が、夜々の胸を刺した。
第三章:揺れる時間
それから、奇妙な関係が始まった。夜々は彼を観察し、隙を探しながらも、彼と話す時間が増えていった。
彼はよく空を見た。よく人を助けた。よく笑った。
「俺、もう逃げるの疲れたんだ。君が最後なら、それもいいかなって」
夜々は、次第に彼に惹かれていった。殺すべき相手なのに、彼の声が、仕草が、心に染み込んでいく。
夜々は初めて、誰かの名前を心の中で繰り返した。
「琉希……」
夜々は、自分の中に芽生えた感情に戸惑っていた。任務と感情がせめぎ合い、夜の静寂の中で何度も自問した。
「私は、何をしているの?」
彼の笑顔が脳裏に焼きついて離れなかった。
ある日、彼が言った。
「夜々って、海みたいだね。静かだけど、深くて、優しい」
その言葉に、夜々は初めて涙を流した。誰かに“優しい”と言われたのは、初めてだった。
夜々は、任務を放棄する決意をした。家に戻り、報告書を破り捨てた。
「私は、もう殺せない」
その夜、琉希からメッセージが届いた。
「誕生日、おめでとう。灯台に来て」
第四章:灯台の夜
灯台は、町の外れにある古い建物だった。風が強く、空には星が瞬いていた。波の音が遠くから聞こえる。夜々は、手を固く握りしめながら階段を登った。
琉希は、一人、灯台の縁に立っていた。制服の裾が風に揺れ、彼の横顔が月明かりに照らされていた。
「夜々、誕生日おめでとう」
彼は、小さな箱を差し出した。中には、夜々の好きな青い石のペンダント。
「君に、何か残したかった」
夜々は涙をこらえながら、言った。
「もう、殺せない。私は……あなたが好き」
琉希は、静かに微笑んだ
「ありがとう。俺も、君が好きだった。」
その瞬間、彼は灯台の縁に立ち直った。
「でも、俺は君を縛りたくない。君の手を汚したくない。だから、これで終わりにする」
「待って、やめて……!」
夜々が叫んだ瞬間、琉希は身を投げた。
風が止み、波の音だけが響いた。
夜々はその場に崩れ落ちた。ペンダントを握りしめ、涙を流した。
「どうして……どうして、あなたには死んでほしくなかった…」
夜々の心は、風に引き裂かれたようだった。
終章:残された光
それから、夜々は誰も殺せなくなった。夜々の心には、琉希の笑顔と、最後の言葉が残っていた。
「君は、光の中にいてほしい。」
夜々は、灯台の下に小さな花を植えた。青い石のペンダントを胸に、風の音を聞きながら、彼の声を思い出す。
「琉希、私は……生きるよ。あなたがくれた光の中で。」
灯台の光は、今も夜の海を照らしている。まるで、彼がそこにいるかのように。
執筆の狙い
なんとなく書いてみました。コメントお待ちしてます。