拳に込めた想い
第一章 入部と出会い
四月の春風がまだ少し肌寒さを残している午後。
中学一年生の綾乃は、部活動見学の紙を握りしめ、校舎裏の体育館へと足を運んでいた。
「ここが……少林寺拳法部、だよね」
武道と言えば剣道や柔道のイメージが強かったが、彼女が心惹かれたのはパンフレットの片隅に載っていた「少林寺拳法」の写真だった。型を組み、気合を合わせる先輩たちの姿は、不思議と凛として美しく見えたのだ。
扉を開けると、すぐに鋭い声が響いてきた。
「――アァ!」
「アァッ!」
体育館の一角、道着姿の生徒たちが整然と並び、息を合わせて動いていた。拳を突き出すたびに空気が震えるようで、綾乃は思わず背筋を伸ばした。
「見学?」
声をかけてきたのは二年生の蓮司だった。すらりと背が高く、眼差しは真剣なのに、笑うと柔らかい雰囲気を纏う。
「あ、はい! 一年の佐伯綾乃です。見学を……」
「おう、よく来たな。じゃあ、後ろで見てて」
彼が軽く手を挙げると、部員たちは次の動きに移った。
「中段突き、構え!」
「アァッ!」
声が重なった瞬間、綾乃の胸の奥がぞくりと震えた。力強いのに、ただ大きな声を出しているのではなく、全員の息がひとつに揃っている。その迫力に、思わず拳を握りしめていた。
練習がひと段落した後、蓮司が近づいてきた。
「どうだった? 少林寺の気合、結構すごいだろ」
「はい……! 胸に響く感じがして」
「だろ? あれはただ叫んでるんじゃなくて、気を体の中心から出すんだ。声が揃うと、不思議と心まで強くなる」
説明を聞くうちに、綾乃の心は決まっていった。
「私、入りたいです!」
言葉にした瞬間、蓮司の目が驚いたように見開かれ、すぐに柔らかく笑った。
「よし、歓迎するよ。じゃあ今日から一緒にやろうか」
その日、初めて道着に袖を通し、正座をして礼をした。
緊張で体が硬くなっていたが、周りの部員と一緒に声を合わせると、不思議と勇気が湧いてきた。
「アァ!」
その響きの中で、綾乃は小さな決意を胸に刻んだ。
――いつか、先輩みたいに強くなりたい。
そして、この胸を震わせる気合の声に、自分も負けない力を込めたい。
第二章 基礎と苦戦
入部から一週間。綾乃の足はすでに筋肉痛で悲鳴を上げていた。
少林寺拳法の練習は、思っていた以上に体力を消耗する。突きも蹴りも、ただ腕や足を動かせばいいわけではなく、腰を落とし、丹田に力を込めることを要求された。
「もっと腰を落として! そう、肩の力を抜け!」
三年生の女子キャプテン、美鈴先輩の声が飛ぶ。
綾乃は必死に姿勢を保とうとするが、太ももがぷるぷる震え、すぐに腰が浮いてしまう。
「はぁ……はぁ……」
額から滴る汗をぬぐう余裕もない。
横を見ると、同じ一年生の男子、浩輝が涼しい顔で突きを繰り返していた。
「アァッ!」
その声の力強さに比べて、自分の声は情けなく響いてしまう。
「……アァ……!」
「声が小さい!」
美鈴先輩の一喝に、綾乃はびくりと背を伸ばした。
しかし気合を込めようとしても、肺が苦しくて、喉の奥で声がつまる。
練習が終わる頃には、膝から崩れ落ちそうになった。
「つ、ついていけるのかな……」
そんな不安を口にすると、近くでタオルを首にかけていた蓮司が、にやりと笑った。
「最初は誰でもそうだよ。俺だって一年前、声が裏返って笑われた」
「えっ、先輩も?」
「おう。大事なのは諦めないこと。筋肉痛も、そのうち友達みたいになるから」
冗談めかしたその言葉に、思わず笑ってしまう。
すると蓮司は道着の袖で綾乃の肩を軽く叩き、真剣な眼差しを向けた。
「綾乃の気合、まだ胸から出てない。喉からじゃなく、もっと下からだ。丹田に意識を集めろ。いいか、一緒にやってみよう」
二人は体育館の片隅に立ち、正面を向いた。
「中段突き、構え!」
蓮司の号令に、綾乃は拳を握り、深呼吸する。
「……アァッ!」
「アァァッ!」
二つの声が重なった瞬間、胸の奥にずしりと響いた。
自分の声が、ほんの少し先輩の声に近づいたような気がして、綾乃の頬が自然と熱くなる。
「今の、悪くない」
「ほんとですか?」
「ああ。綾乃、もっとできるようになるよ」
その言葉が胸に残り、次の日も、その次の日も、綾乃は足の痛みに耐えて体育館へ向かった。
――何度失敗しても、声を揃えたいと思った。
先輩と同じ「アァ!」を響かせられるように。第三章 演武の相棒
六月の半ば、部室に貼り出された紙を見て、綾乃の心臓は跳ね上がった。
《夏季大会・演武ペア発表》
「……えっ」
そこに書かれていたのは、
二年 藤原蓮司 & 一年 佐伯綾乃。
「わ、私が先輩と……!?」
演武とは、二人一組で型や技を組み合わせ、呼吸を合わせて披露するものだ。観客の前で行うからこそ、失敗は許されない。
「お、俺たちペアになったな」
蓮司が軽く笑いながら声をかけてくる。
「よ、よろしくお願いします!」
緊張で声が裏返り、周りの部員にくすくす笑われた。顔が一気に熱くなる。
翌日から特訓が始まった。
「上段受け!」
「アァッ!」
蓮司が突きを繰り出し、綾乃が受ける。だが動きが遅れて、腕にずしりと衝撃が走った。
「いった……!」
「大丈夫か?」
慌てて近づく蓮司の手が、綾乃の手首を包み込む。熱が伝わり、鼓動がさらに速くなった。
「す、すみません……」
「いや、俺の突きが強すぎたな。……でも、ここはもっと腰を落として受ければ力を逃がせる」
蓮司が後ろに回り、腰にそっと手を添えて姿勢を直す。
「こ、こうですか?」
「そう、それだ」
息が耳にかかるほど近く、綾乃は顔を真っ赤にした。
何度も失敗し、やり直し、汗だくになって声を張り上げる。
「アァァ!」
「アァッ!」
動きが揃う瞬間が増えるたびに、不思議と胸が高鳴った。
練習が終わった帰り道、部活帰りの自転車を押しながら、蓮司がふいに呟いた。
「綾乃、思ってたより根性あるな」
「え?」
「最初はすぐ辞めるんじゃないかと思ってたけど……正直、驚いてる」
その言葉に、綾乃は俯きながらも笑った。
「……私、先輩と一緒だから頑張れるんです」
蓮司が一瞬、黙り込む。
街灯に照らされた横顔は、いつもよりずっと大人びて見えた。
「……そう言ってもらえると、俺も頑張れる」
二人の足音が重なり、夜風の中に消えていった。
執筆の狙い
自分の部活を舞台に書いてみました。
あんまり上手くかけてないかもです。
改善点など、よろしくお願いします。