ワイルドサイトを行け
おしんで涙してから家を出る。この時点で遅刻だ。夏服の季節だが、俺は年中ガクランで決める。背中に虎の刺繍の入った特注長ランだ。袖には「唯我独尊」。ボンタンは5タック、ワタリ60センチのこれも特注。家の前に舎弟の修と政男が待っていた。当然舎弟達も長ラン。修は背中に「聖子」の金文字。政男は「革命」。
俺達三人は道幅いっぱいに横並びで突き進む。俺は真ん中。無駄なダベリなんて無い。肩で風を切る。八草のガキどもを見つけたら即戦闘。そんな毎日。
修は俺が編入してくるまで極東工業を締めていた元番格。身長一メートル九十センチ、体重百キロ。とにかくでかい。左右の角のように見える鬼ソリコミがトレードマーク。ちなみに眉毛もない。本人曰く戦績は三千勝一敗。小学校の低学年の頃から、世界最強を目指して、一日一戦必ずこなしてきた。そして全勝の強者。俺とタイマンするまで無敗だった。松田聖子のファン。
政男は、とにかく頭が切れる。筋肉馬鹿の俺と金の大事な脳みそ。日本屈指の進学校、ベンジャミン学園からの編入生。俺と金がタイマンをはった日にやってきた。ボロボロだった俺達を治療してくれた変な奴。奴が何故、極東にきたのかは謎だ。本人が言いたくないみたいだから聞かない。ただ、前の学校の名前がいやだったとは言ってた。
「ケンちゃん、あそこ」
寂れた繁華街を抜けて、町で唯一の映画館の前で政男が中指を立ててそのまま指差す。中指を立てるのはこいつの専売特許。黒人ものの裏ビデオで覚えたらしい。侮辱のサインだといっていた。政男が叫ぶ。
「ファックッ!」
そして、これが、戦闘開始の合図でもある。血が沸騰。俺は走り出す。自慢のリーゼントをなびかせて。
八草商業の三年を発見。いや、待っていたのか。相手は三人。ご丁寧に道具まで持って。定番の木刀、ヌンチャク。いつもの馬鹿コンビ、馬場と鹿内の真ん中にでかい奴。八草の番格、亀山だ。この間、潰したばかりなのに懲りない奴。俺が向かうは、当然、番の亀山。奴もわかっている。俺にとびっきりの笑顔で真っ直ぐ突っ込んでくる。奴だけは道具をもっていない。ステゴロ。奴のことは、嫌いではない。むしろ好きな奴。同じ種類の人間。同じにおいのする人間。ちょっとだけ血の気の多いやんちゃ坊主。それが俺達。こんな日々が長く続くことを望んでいた十七歳の俺。
助走をつけて思い切りジャンプ。亀に向けてドロップキック。奴もわかっている。身軽に翻して攻撃を回避。地面に着地した俺を待っていたのは、狙い済ました亀の右ストレート。鼻血が飛び散り脳みそがぐらぐら。焦点が定まらない状態で足の甲が顔面を襲ってくる。ヤバイ。すれすれで首をすくめて回避。そのままジャンプ。得意の延髄切りをお見舞い。にやりと笑いながら倒れる亀。俺もさっきの右がまだ効いていて片膝をつく。起き上がる亀と目の高さが同じになった。ここで異変に気付く。なんやー、こいつは。
「なんや? そのオカマみたいな髪型はっ!」
ふふんと得意顔の亀は流し目で俺を睨みながら、歯を食いしばって、がくがくした生まれたての子羊のような膝で立ち上がり、でかい骸骨ブラシを内ポケットから取り出し髪を整え始める。
「リ、リーゼントはどーした?」
亀は得意そうに髪をかき上げ、親指を立てて言った。
「今の時代は、フッくんだぜっ」ああ、シブがき隊のフッくんかぁ。こいつあほだから、声までフッくんに似せておる。
「きもちわりぃ」
「なにーっ! 四千五百円のパーマかけたんやぞー」
あほの絶叫と同時に俺のパンチが顔面をぶち抜く。後ろにぶっ倒れる亀にウエスタンラリアットの予告。左腕を高々と掲げ、肘のサポーターを直す仕草をする。
「このプロレス野郎がぁ」
立ち上がりざま俺のラリアットをくらいぶっ飛んだ亀は撃沈。
「ウィィィィ!」雄叫びとともにスタン・ハンセンポーズ。「まことちゃん」のサバラみたいなやつ。
修を見ると血まみれだが、満面笑み。八草のガキのヌンチャクを奪って振り回している。
「アチョー」ぶんぶん振り回すのはいいが、何回か自分にぶつけてる。多分あの流血も自分でやったものだろう。修の脳みそは鼻くそより小さい。
政男は俺達三人の中で唯一道具を使う。身長が百五十八しかなく、体重も四十そこそこ。この世界の住人である政は体力的に不利。体力の不足分は頭でカバーってか。今日の道具はいつにも増して過激だった。政男は両手に鉄の棒。五十センチぐらいの鉄棒にコードが繋がっている。その棒を八草の奴にくっつけるだけで、悲鳴をあげて倒れこんだ。後で聞いた話だと、車用のバッテリーをカバンに潜ませていて、電撃を食らわしていたらしい。かなり過激な奴だ。
俺は亀を倒した後に勝利の一服。いつもの習慣だ。吸い終わるころまでには修と政男が馬鹿を片付けてくれる。これもいつものこと。
教室に着くと、まず喧嘩話に華を咲かせる。男ばかりのクラスの楽しみといったらこんな程度。四十三人の馬鹿が集まっていれば、喧嘩ネタに尽きることなんてない。今日の話題はやっぱ俺達。話し上手の政男の周りに人だかり。机の上に座って政は身振り手振りを加えて今日の結果報告。いつも思うがこん時の政男は凄くいい笑顔だ。
俺は人の喧嘩話には目が無いが、自分の事となるとその輪には入れない。修はいないから、多分、屋上で寝ているんだろう。情報屋のケイが教室に飛び込んできた。報告事項だ。全員の血走った目が一点に集中する。
「日の出通りで三年が八草の二年にやられたぞ」
じゃ、今日は一勝一敗で引き分けか。馬鹿共のため息と怒号。こんなのは、明日も明後日も続く日常。こんな調子で終わることの無い戦いに十七歳という人生で一番輝く「青春時代」を捧げる俺。ああ、若さゆえー。
この日の夕飯は唐揚げだった。最高にうまい唐揚げだ。母ちゃんは作ってくれてから、今日、二つ目の勤め先に行っている。朝七時から夕方までは近くの弁当屋。夜は自動車学校で事務の仕事。土曜日の夜は知り合いのスナックに手伝いに行っている。母ちゃん一人で俺を食わしてくれているのだ。感謝の気持ちしかない。父ちゃんとは会ったことがない。生まれる前に逝っちまったから。
極道でやんちゃだった父ちゃんは、鉄砲玉になって飛んでって、たった十七歳で星になっちまった。そんとき俺は、十四歳だった母ちゃんの腹の中で父ちゃんの代わりに母ちゃんを幸せにすべく待機していたわけだ。で、現実はいつもご迷惑ばかりかけてすみませんの状態なのでどうすればいいのか日々思案中。
最後の唐揚げを頬張り、手を合わせてご馳走様をしている時に電話が鳴った。急いで三十回噛んで、お茶を飲む。一口に三十回噛むというのは母ちゃんとの小さいときからの約束なのだ。俺は一度も破ったことはない。
急いで受話器を取る。「はいっ、土屋でございますっ」おお、上手に言えた。電話は母ちゃんからだった。電話のこと褒めてくれてうれしかった。忘れ物をしたから持ってきてほしいとのことだ。母ちゃんの勤めている車校までは愛車のテイタムオニール号で行けば五分程度で着くことができる。テイタムオニール号とは修からビニ本二冊とエロテープと鶴光のオールナイトニッポン、ミッドナイトストーリーが120分テープにびっちり入っているカセットのダビングしたやつと交換してもらった、ラッタッタ改。改とは鍵が無くてもライトが着かなくても免許がなくてもナンバーが手書きでも走らせることができるという優れものなのだと修は言っていた。テイタムオニール号については母ちゃんには内緒だから、ちょこっと離れたところに停めてある。急がなくては。愛しの母ちゃんが待っている。母ちゃんの忘れ物、紫のベルトポーチを腰に巻いてキック一発エンジン始動。さぁ、レッツラゴー。
車校の前は通るが中には入ったことがない。入口付近でうろうろしていると、見覚えのあるバカ面を見つけた。「おい」声をかけるが完全にガン無視してやがる。「おい」二回目で速足になりやがった。「おい」三回目で全力疾走で逃げ出しやがった。「おい」全力で追いかけながら四回目を言うと、道を曲がったところでいきなり振り向いて殴りかかってきやがった。間一髪かわす。
「な、なにすんじゃぁ」
「馬鹿野郎! おまえみたいな不良と知り合いだと思われたら迷惑やろが!」亀山はフッくんヘアーをガチガチにスプレーで固めてサザエさんのような髪型で凄んできた。
「お前かて八草工業の番格やないか」
「あほっ、ここじゃ、緩やかパーマ、フッくんヘアーの爽やか亀山保君じゃ。ちゅうか、お前なんで車校におるんや? まだ高二やろが。ガキは帰れっ! 泣かすぞ」
「母ちゃんが忘れ物したんで届けにきただけや」
「ほー、孝行息子やな。……親孝行はええことや」
「そういうこっちゃで車校に戻るぞ」
「まぁ、そーいうことなら、しゃないけど、絶対、俺に近づくなよ。来たらコロスぞ」
亀はちょっとだけ八草工業の番格の顔で睨みをきかせてから車校にスタスタ歩いて行く。
「しかし、八草の番格がなんちゅうシャバい恰好しとるんや」
「かっこえーやろ」ストーンウォッシュのジーンズに袖を切ったジージャン。極めつけは頭にバンダナをまいておる。
「だっせぇ」
「なにーっ! ダイエーのおねえさんが選んでくれたんやぞ。お前こそなんや、そのガラは。小坊か。ぼけっ!」
こいつ、母ちゃんが買ってきてくれたガンキャノンのTシャツにケチをつけよった。
「なんやとー」殴ってやろうと思ったときに車校の自動ドアが開いた。亀が小声で釘を刺してくる。「ぜってぇ、俺に話しかけるなよ」わーった。わーった。めんどくせぇ。
亀はすました顔で長椅子に座っている大学生みたいなシャバ憎にニッコリと微笑み、軽く手をあげてあいさつしている。しかも、爽やかに「こんばんわー」だと。俺はそんな亀を見て今まで経験したことのない大量のさぶイボで凍えて死にそうになっていた。俺は舐められちゃいかんから、ガンを飛ばしまくる。飛ばして、飛ばして飛ばしまくる。きょろきょろしていたら、母ちゃん発見。受付のところでお仕事をしておる。母ちゃんのところへ行こうとしたら、亀が俺に立ちはだかるように立って、いきなり腕を掴まれ、外に連れ出された。「な、なにすんじゃあ」
鬼の形相で怒っている亀。「お前、ジュリさんのところへ行こうとしたやろがぁ。極東のガキどもは普段から女みたことないから、すぐに発情しよるからな。お前みたいな虫けらを排除するんが俺の使命よ」今にも殴りかかってきそうな血走った目で睨まれているがなんのこっちゃかわけわかめ。
「ちゃう、ちゃう、母ちゃんみつけただけや」
「はあ? 母ちゃん? どこに?」
「受付に座っとる」
「ああ、ジュリさんの横のおばんか」二人いたから多分そうだろう。多分そうやと言うと亀はすまんかったと謝ってきた。わりと素直な子や。
「ジュリさんて誰?」
亀はぽっと頬を赤らめてもじもじしながら言う。「も、もしかしたら、俺の嫁さんになるひとやげ」
母ちゃんの横に座っているねぇさんのことか。目が小さくて離れていて鼻がでかくてしゃくれてるけど、「かわいいな」ととりあえず言っておくと、亀は嬉しそうに「だろっ」と親指を立てた。
受付のカウンターまで亀は着いてきた。こいつまだ俺が眉毛がゲジゲジで目が小さくて離れていて鼻がでかくてしゃくれてて太っているジュリさんにちょっかいだすと思っているみたいや。だしません。千円もらってもだしません。亀とメンチを切り合いながら腰からベルトポーチを外す。母ちゃんに声をかけて手渡す。
「これやろ」
「あ、ケンちゃん、ありがと。お風呂は入った?」
「まだ」
という、親子の普通の会話をしているとき、横に亀がいないことに気づいた。
おしんが『加賀屋』で奉公が決まった日、外に出ると修と政男とあと一人、短ランに『愛』の金文字。八草の番格、亀山。二対一でメンチを飛ばしあっていた。
「なーんでじゃ、お前がなーんでおるんじゃ?」
「あっ、ケンちゃん」亀が即反応。なにがなんだかわけわかめ。修と政男も同じでぼーっと口を開けて呆けとる。俺ら三人とも頭がウニになっとった。
「な、なにが、け、ケ、ケンち、ちゃんじゃ! 気色悪い」
「だってー、ケンちゃんでしょー。もう、昨日もジュリさんのこと、母ちゃんだなんて、冗談いってー、おにいさんびっくりしちゃって知らない間に号泣しながらバイパス通りの追い越し車線を全力疾走しちゃってたよ。きっとカールルイスより速かったよ」
「ジュリさんておかっぱ頭でエラが張ってて眉毛がゲジゲジで目が小さくて離れていて鼻がでかくてしゃくれていて太っているおねぇさんの事やろ?」
「違うっ! 近づくと魚の匂いがして口癖が「かわいいー」でおかっぱ頭でエラが張ってて眉毛がゲジゲジで目が小さくて離れていて鼻がでかくてしゃくれていて太っているおねぇさんは鈴木さんちゅうんや」
「ほう、鈴木ジュリさんか」
「ちゃうてー。ジュリさんはケンちゃんの姉さんのことやろが。これからは、俺のこと、おにいさんって言ってくれ」
「だから、ジュリさんて誰や」亀はあーと言って手を叩いた。なにか合点いったみたい。
「そーか。ケンちゃんの姉さんのことジュリさんって呼ぶの俺だけだった」はあぁー?
「浜田朱里ちゃんに似とるやろ。やで、俺はずっとジュリさんって呼んどったんよ。あんだーすとーん?」
俺と修と政男はきれいに声がそろった。「あほやろ」
俺と修はきれいに声がそろった。「ハッピーアイスクリーム」
0.5秒遅れた政男は俺たちに3時のおやつにアイスわを奢らなくてはならない。
「で、なんで、お前がケンちゃんの家の知ってるのよ?」修が亀を睨みながら言う。
「ああ、前にジュリさんつけてきたらここに入ったから」
つい無意識のうちに亀を殴り倒していた。「なんの用じゃ!ぼけっ!」
「ああ、そうや。それ言いにきたんや」
歩きながら話そうと言った亀は八草の番格の顔になっていた。
`八草商業は極東工業としばらく休戦したい´
「どういう意味?」俺たちの頭脳政男が訊くと亀は真っすぐ前を見ながらいう。
「俺たちはダークと揉めるかもしれん」
「え?」
ダーク。この地域で住んでいる不良なら知らないものはいない。誰も手を出すことのできない最凶最悪の暴走族組織のトップグループ。下部組織の人数になるとおそらく300人以上はおるやろう。
「あほか。ダークになんて勝ち目なんかあるわけないやろ」あかん。あいつらは高校生がどうにかできる相手やない。
「おお、わかっとるよ。勝ち目ないやろなぁ。……まあ、揉めるかどうかもまだわからんしな。やが、可能性はあるから、戦力は温存しておきたいんや。お前ら無茶苦茶やりよるから、毎日、うちの保健室は満杯やからな」それはうちも一緒だ。
「なんでダークと揉めるかもしれんのや?」
「まぁ、いろいろあってな。頼むわ。皆に言っといて」
「あほか。ちゃんとした理由を知らんのに極東のあほどもにどう説明せいちゅうんや。納得いかんことを、はいそうですかっていうこと聞くエリートなんて一人もおらん。学校内でも俺らと対立しとる奴らはいくらでもおる。お前ら八草かて同じようなもんやろが」
亀山は黙ってしまった。どうすればいいのか必死で考えているのがわかる。握っている拳が震えている。「理由はきかんでほしい」
政男がゆっくりと言った。「僕たちだけに話してくれればいいです。納得できる内容なら僕が責任をもってみんなに呼びかけます」しばらくの沈黙で歩き進めると、馬鹿コンビの馬場が映画館の駐車場で待っていた。
「すまん、かんべんしてくれ。頼む」そう言って亀は頭を下げてから馬場に向かって走っていった。
それから数日間、亀達は現れなかった。母ちゃんに聞いたが車校にも来ていないみたいだ。政男がみんなにうまいこと言って、八草との揉め事も今のところはない。俺たちは平穏だ。変化があったといえば昼間からやけに族車を見るようになった。何かが起こっていることは簡単に想像できる。得体の知れない不穏なもの。気持ちのいいものじゃないことは確かだ。もやもやしたまま机に座っていると、凄い勢いで情報屋のケイが飛び込んできた。
「ダークが八草狩りを始めた!」
土曜の夜、母ちゃんがスナックに手伝いに行ってから、修と政男を家に呼んだ。ケイに聞いた話だと、八草は壊滅状態らしい。最初のうちは多少抵抗できとったみたいだが、やっぱり数が違いすぎる。ダークに捕まったらリンチされて、髪の毛をバリカンで刈られてしまうそうだ。
「なんであいつらダークなんかに目つけられてまったんや?」
この間、亀と会ったばかりだったから、妙に気になってしまう。修も政も同じみたい三人でぼーっと『さんまのサタデーナイトショー』を見ているときも、直管の爆音が黒色の空気を揺らし続けた。十台や二十台じゃない。百台以上の単車、改造車のパレードだ。揺れが収まるまで五、六分。お目当てのお色気スター千一夜のコーナーに集中できなくて怒り心頭の時、突然家のドアが叩かれた。時計を見ると深夜一時。
ドアを開けると、顔面蒼白の馬鹿コンビの一人、馬場。俺の顔を見るや否や土下座しよった。
「すまん。保くんを助けてくれ。俺らだけじゃなんにもできん。頼む」
俺らは勉強もできん、女にもてん、習字やそろばんもできん。なーんもできん落ちこぼれで、どーせ俺なんかが口癖で、何に対しても冷めた目でみて。そんな中で、唯一心を揺らし気持ちを燃え上がらせるのが拳での会話ってやつで。八草のガキどもとは殴り合ってはいるが、互いに憎しみあっているわけじゃない。こうも潔く頭を下げられたら断ることなどできるはずがない。
「どういう事なのか俺に話せ」
「車の中で話す」
もの凄いスピード。前行く車を全て追い抜き、信号も全てパスする。緊迫が伝わる。俺もビリっと身が引き締まる。
ダークの頭は柴崎という、現役のプロボクサー。こいつは蛇のように執念深く、残虐なとんでもない奴らしい。柴崎の周りには、常に何人かの女がセッティングされている。強引な方法でつれてこられた美少女ばかり。でも、たまには自分から言い寄る女もおったそうだが。
八草は商業高校だから女子もいる。校舎は別々らしいが、同じ敷地内に。そこにとびきりかわいい一年生がいた。名前はミナ。ミナはバイトの帰り道、突然、ダークのワゴンに連れ込まれ、柴崎に強姦された。ミナは初めてだったそうだ。それから、柴崎の取り巻きの一人にされてしまう。写真を撮られ、脅されて、言うことを聞く以外なかった。売春を強要され、金を取られ、弄ばれる。そんな生活を二ヶ月続け、おかしくなってきとった。体重も激減。人生めちゃくちゃ。ミナは心が限界に達した夜、風呂場で手首を切った。何とか一命は取りとめたが、心を閉ざし、笑顔を忘れた。
ミナは馬鹿コンビ、鹿内の自慢の妹なんだと。
鹿内は事実を知り一人でダークのメンバーを襲い、柴崎の居場所を突き止めようとするがなかなかうまくいかない。ダークも鹿内は八草だと突き止め、ダークの八草狩りで鹿内をあぶり出そうとする。そして今日、鹿内はダークにつかまり、柴崎から亀に呼び出しの電話がかかってきた。「八草はどう落とし前つける気だ」と。鹿内を人質にとられた亀はダークの言うがまま一人でアジトに向かった。ここで馬場が俺に助けを求めてきた。馬場が言うには、絶対に亀は謝らないという。どんな拷問を受けようとも謝らない。例え死んでもと言ったところで号泣しよった。
「まだか」
「そこの角を曲がった倉庫や」馬場が早口で言う。何十台もの単車と改造車が停まっている。倉庫の目の前までフルスピード。何台かの単車をなぎ倒し急ブレーキで急停止。白煙からゴムの焼けたにおい。
馬場は外に飛び出て、倉庫に向かう。俺と修も後に続く。馬場が鉄製の扉をこじ開けた。叫んで突っ込んだ。背中が揺れている。
何人ものガキどもが一斉に馬場に飛び掛かる。三、四人はぶん殴っておったが、多勢に無勢。後ろから金属バットで殴られ、馬場は片膝をつき、そこに目掛けて集まってきたガキどもに押さえつけられた。一瞬のことじゃ。ここまで数秒。
その向こうが俺にも見えた。全身の毛が逆立つ。プツプツと鳥肌が立つ。こんな感覚、久しぶり。妙に冷静になる自分を感じる。
熱くなりすぎた炎は、白く輝き、そして透明になっていくと政男が言っておったことを思い出した。今の俺がそう。透明。
あいつに、お慈悲は持たんでいい。
天井から逆さに吊り下げられている二つの塊。血まみれの鹿内と亀だ。床には血だまりができておる。顔がパンパンに腫れとって、意識のない二人をサンドバックのように殴っている鬼畜。
あれが、柴崎か。タオルで汗を拭きながら、もがく馬場に嫌な笑みで寄ってくる。
「誰だ? お前」言ったが先につま先で馬場の顔面を蹴り飛ばす。
その時、俺はすでに宙に舞っていた。
ドロップキックが柴崎の顔面に炸裂。吹っ飛ぶ柴崎。「この外道がっ!」倒れこむ俺に目掛けてくるガキ共。
「早く、二人を降ろせっ!」修は頷くと、木刀を振りかざして叫びながら二人の元へ進む。馬場はすでに立ち上がり、そこらのガキ共を殴り倒しとる。「馬場、修を援護じゃ」俺と馬場は修ともみ合っているガキどもを潰す。
「よぉ、すまねぇな」
前歯が無くなった鹿内がニッと笑った。口から血が滴り落ちてくる。
「しゃべるな。もうちょうい待っとれ」
亀はじっと俺をみて何も言わない。
ロープは屋根のアングルを通して、建物の鉄柱に括りつけてあった。しっかりと結ばれていてなかなか外れない。修がポケットからジッポをだして、ロープを焼き切ろうとする。その火は弱弱しく、二人の呼吸のように思えた。無防備になった修を何人ものガキが襲ってくる。修は頭を勝ち割られ大流血。俺も一人一人ぶっ潰すが、キリがないくらいの人数がいる。馬場は力尽き、持っていた木刀を奪われ、フクロにあっている。
糞どもがぁ。たった三人に何人が襲ってきよるんじゃ。少なく見積もっても二十人は下らん。俺も何発かは食らっている。修がロープを切るまで、防戦するしかない。時間を稼ぐ。これが俺の今やるべきこと。
ダークのガキから奪った金属バットを振り回す。馬場をボコっとった奴らを蹴散らす。
「切れたっ!」修が切れたロープをしっかりと握り締める。
ゆっくりと二人は床に降りてきた。
八草の番はぼろぼろなのに目だけがギラギラしていた。
戦いのときには、おかしな間がある。こういう混乱状態のときにはよくある。へんな膠着状態。まるで台風の目に入ったような静かな時間。それが今。
「こっからが勝負や」俺は爆発寸前、破裂寸前。
眼前には敵のみ。扉はその奥。こいつらを蹴散らして脱出せなあかん。二人の重傷者を抱えて。はよせんとこの二人は本当にヤバイ。どうすりゃええ。どうする。
このガキ共の綻びはどこじゃ。目だけを動かして見渡す。
そいつはおった。タオルで口を押さえて、あぐらをかいておる。だが、目は笑ってる。人数、状況で圧倒的に有利にたったときにできる、絶対的な余裕。奴はその上であぐらをかいている。
この静寂を破るべき奴が立ち上がった。きたっ。ゆっくりと立ち上がり、ガキ共に道を作らせる。全員が柴崎に注目。俺達に向かって奴は言う。
「お前らには、二つの選択肢がある。一つは今からぶっ殺されて土となる。二つ目は金だ。俺の女のシノギ分、五百。俺の顔面に蹴りを入れた慰謝料、五百。あわせて一千万。耳を揃えて払うか。一分やる。よく考えろ」
柴崎は煙草をくわえた。いくつもの火が奴の周りを囲む。絶対的な権力。絶対的な恐怖。アホな奴ら。弱点をさらしおった。
「よう、ダークのちんこヘッド、三つ目もあるだろ」俺の問いに柴崎は睨むだけ。
「お前、プロボクサーなんだとな。強いんやろ。だったら、俺とタイマンはらんか?」
柴崎は笑った。軽く鼻先で。まだかからんか。
「まっ、素人の高校生に蹴られるような奴だから、大したことはないんだろうがの」
奴は妙にゆっくりとした動作で俺に向く。余裕を見せつけるために。しかし、目は怒っている。こういう奴のプライドは高い。そのプライドも弱点な。
こいっ。かかってこいっ。
「君は自殺志願者なのかい?」うっしゃ。
「いんや、ちがうよ。俺は極東の番格、土屋健司だ。あんたより強いよ」
ダークのガキ共から少しの騒めきと笑い声。馬鹿にした笑いじゃ。ええぞ、もっと笑え。
「三つ目ってなんだ?」かかったっ。
「俺がお前に勝ったら、俺らの言うことを聞け」
「君が負けたら?」
「お前の言うことを全部聞く」
「おおー」とダークのガキどものどよめき。ええぞ、もっと柴崎を盛り上げてくれ。
「じゃあ、極東と八草は俺たちの傘下だ。金は三倍の三千万。八草の女どもにウリでもやらせてでも金は払ってもらう。そして、君はこの場で短い生涯に幕をおろす。それでいいかい?」亀を見る。小さく頷く。
「いいともー」タモリのいいともじゃ。こいつ知っとるか?
柴崎は手を叩いて笑っている。大笑い。俺もつられて笑ってしもた。あとは、怒りを放出させるだけ。
柴崎はニヤつきながら、おいでおいでと小さな子供を呼ぶような仕草。目の前まで歩み寄る。
「はじめてええんか?」はよしてくれ。もう我慢がならん。
「いいともー」ダークのガキ共がまた大笑い……。レイテン一秒だけ。
開放された瞬間、俺のつま先が柴崎の喉元に食い込んだ。流血大王、キラー・トーア・カマタの必殺技、ジャンピングトゥキック。プロレスなら反則技。
喉を押さえ、苦しそうに舌を出して後ずさりする柴崎。目が泳いどる。勝負あった。でも、まだ止まらない。放出は止まらない。闇雲に飛んでくるパンチをかわしながら、左の手首をとり、捻る。上げた腕を肩に担ぐ。猪木がシンの腕を取った、伝説のアームバー。逆間接に伸びきった腕を肩に乗せて締め上げる。静寂の倉庫。聞こえるのは柴崎の悲鳴のみ。
「おいおい、いてぇよ。やめろよ、ほんの冗談だったのによぉ、マジになんなよぉ」
間接がギシギシ音をたてる。「やめろ。折れる。やめてくれっ」やかましいわ。お前がいつも聞いていた台詞じゃろうが。お前、やめてくれ、言っとる奴らをおもちゃにしとったんやろう。
「虫がいいこと言うな」
「やめてくれぇ」
柴崎の腕を持ち上げ、力いっぱい肩にぶつけた。
「ゴキ。」
鈍い音とともに、柴崎はのた打ち回り、崩れ落ちた。
「俺の勝ちだ」ダークのガキどもを見渡す。
全員の眼が血走っとる。そりゃそうだろう。圧倒的に人数で勝っているのだ。このままおとなしく約束通りこいつらが俺らの言うことをきくはずがない。そんなことは充分にわかっとるわ。だから柴崎を盾にこの場を脱出する。無理矢理、柴崎を立たせてみるみる腫れていく腕を思い切り掴む。柴崎の絶叫が響き渡る。
「俺らに近づいたら、こいつの腕、一生動かんようになるぞ」
「てめぇら、俺にこんなことして、ただで済むと思うなよ」柴崎が叫ぶ。ダークの奴らが飛び掛かるタイミングを計っていることはすぐに察した。こちらにはボロボロの二人。修と馬場の怪我もひどい。互いに動くに動けない。
そんな時、扉が勢いよく開いた。うっしゃー。
政男を先頭に、怒号とともに極東のガキどもが大量に入ってきた。みんな、髪型をびしっと決めて、それぞれにおしゃれしてきている。
「おまたせーっ! ケンちゃん、修、大丈夫かー」
馬鹿どもがどんどん入ってくる。あっという間に倉庫の中は定員オーパ。
スーツ姿に花束をもったケイが叫ぶ。「八草ギャルとダンパじゃねーのかよっ!」
「お前ら、約束通り俺たちの言うことを聞いてもらうぞ。文句ある奴おるか」
そんな奴、おるわけがないわな。人数的優位がなくなり、自分らの力の象徴の柴崎がこのざま。絶対だったものが絶対でなくなったとき、こいつらの根本も壊れた。
「柴崎を残して、お前ら帰れ。そして、今日のことは全て忘れろっ!」亀が叫ぶ。
俺達に歯向かう奴なんて一人もいなかった。出口に近いガキから順番に外に出て行く。不満げな表情を見せているが、奴ら内心はほっとしていると思う。頭の柴崎を置き去りにして、ぞろぞろ、ぞろぞろ。
「まてっ! 行くなっ!」柴崎が叫ぶが、誰も流れを止めない。恐怖で繋がっている絆なんてそんなものだ。
鹿内は俺に深々と頭を下げて「ありがとう」と言った。次は修、政男、極東のガキどもと丁寧に礼を言い続けた。そして、馬場に抱き着いて号泣した。「すまなんだ」馬場は謝るなと鹿内を強く抱きしめた。最後に亀の前に行ったとき、亀はいきなり物凄いビンタをした。吹き飛ぶ鹿内。へへと少し笑って言う。
「保くん、ありがとう」
「おう。ダークにやられた奴らには、鹿内に俺が強烈なおしおきをしたと言っておくから、もう気にすんな」
「うん」
場違いなほどにこの時の鹿内は晴れ晴れした表情をして言った。
「柴崎とサシにしてほしい」
俺たちは、結局、一睡もできなかった。何をしてたわけじゃない。ただ、黙っていただけ。お天道様が目を覚まして、小鳥の囀りが聞こえる頃、朝のニュースが鹿内の事を報じた。少年Aという名前で。
『 悲劇。ボクシング界の新星、惨殺 犯人は高校三年生 』
鹿内が正しかったのか、間違っていたのかはわからない。ただ、奴がこれから背負うものは、とてつもなく重い。
おしんの姉さん、はるが亡くなった。久しぶりに号泣してからの登校になった。修と政男が待っている。「いこか」。
あの土曜の夜から、亀山に会っていない。政男の提案で、しばらく八草とは休戦状態でいることになった。俺たちは空気の抜けた風船みたいに。あと、ダークは解散した。
いつもの席に座ってぼーっとしていると、情報屋のケイが今までで一番勢いよく飛び込んできた。馬鹿どもの視線が集中。
「このクラスに転校生がくるぞ」極東にくる転校生ということは、相当なワルであることは間違いない。どんなやつだ。緊張が走る。静寂の中、ケイはひときわでかい声で叫んだ。
「おなごじゃー! おなごじゃー!」
歓喜と地鳴りと怒号でわけわかめ。43の馬鹿共は涙を流して今日という日に感謝した。
了
執筆の狙い
結構前に投稿したものを少し直しました。よろしくお願いいたします。