みんな違ってみんないい〜あなたはどちらの意味で捉えますか?〜
私たちの周りには、色々な人がいます。学校や町、家族の中でもみんなが同じような考えを持っているわけではありません。見た目も違えば、考え方ややり方も違う。しかしだからこそ世界は面白いのだと感じています。それがなぜ大切なのか、主張したいと思います。まず私たちが「違う」と感じることは、いい面も悪い面もあります。たとえば学校で友達と意見が食い違うことがありますよね。ある時、私たちは誰かが何かに対して違う意見を言うと、「なんでそんなこと言うんだろう?」と思うかもしれません。
でも、その違う意見や考え方こそが私たちに新しい視点を与えてくれるんです。友達が言った意見をきっかけに自分の考え方を見直したり、新しい発見をしたりすることができます。そのように、「違い」こそが自分を成長させてくれる大きな力になるんです。私がこのように「みんな違って、みんないい」というテーマを大切のにするようになったのは、実際に自分が「違い」を感じた経験があるからです。それは、中学一年生の時のことです。私が中学一年生の頃、大会で初めて会った人とバドミントンの試合をしました。私はバドミントンが周りよりも優れていて特別上手いというわけでは無いですが得意な方で、いつも部活動の友達や先輩たちと一緒に楽しくプレーしていました。でもある大会の試合で相手に負けてしまいました。そのとき私はとても悔しくて「なんでこんなに頑張ったのに負けてしまうんだろう?」と自分の力不足を痛感しました。でもその時部活動の顧問の先生がこう言いました。「負けても、次どうするかが大事だよ。この後どのくらい努力できるかが大事だよ」顧問の先生の言葉が私の心に響きました。顧問の先生はすごく厳しくハードな練習メニューもありました。でもその言葉には確かな力がありました。私はその言葉に勇気をもらい「負けたからこそ、次はもっと頑張ろう」と思えるようになりました。顧問の先生の言葉が私の狭かった視野を大きく広げてくれたのです。顧問の先生の考え方が私にとって新しいものだったからこそ、その言葉があの時の私を前向きにしてくれました。私たちの社会にはたくさんの「違い」があります。それは、見た目の違いもあれば、性格や考え方、価値観の違いもあります。でもその「違い」こそが私たちを特別なものにしていると思います。もしみんなが同じだったらどうでしょうか?きっと世界は退屈でつまらない場所になってしまうと思います。みんなが同じように考えて、同じように行動していたら新しいアイデアや発見は生まれません。また、私たちが違うからこそ助け合いということが生まれます。クラスやグループで得意なことや苦手なことが違うからこそみんなで協力して問題を解決できるのです。例えば、数学が得意な友達は数学が苦手な友達を助けてくれます。逆に絵が得意な友達はしおりの表紙の絵などを決めるときにみんなを引っ張ってくれます。違いを活かすことでみんなが良い成果を出せるのです。またそこから新たな友情関係が生まれたりするのです。私は違いがあることを恐れるのではなく、それを楽しんでいきたいと思います。もし、自分と違う意見を持つ人がいたらその人の考えを一度聞いてみてください。自分と違う考えを受け入れることでより深く物事を理解できるようになります。違う意見を持つことは悪いことではありません。むしろそれは自分の考えを広げるチャンスです。だからこそ、「みんな違って、みんないい」という言葉は私たちの社会にとってとても大切な言葉だと思います。そしてみんなが違っていることは時に困難や対立を生むこともあります。時には、違いを受け入れられないこともあるかもしれません。でもその違いを乗り越えるためには理解と思いやりが必要だと思います。お互いに「違い」を尊重し、受け入れることで私たちはもっと強く、優しくなれると思います。だから違いを恐れるのではなく積極的に違う意見も受け入れ尊重していくことが大切だと思います。最後に私は「みんな違って、みんないい」という言葉が今の私たちにとって必要不可欠な考えだと思います。自分と違う意見や考えの人を尊重し、理解し、共に成長していくことが私たちの社会をもっと素晴らしいものにしていける。だからこれからも違いを恐れずにどんな人とも向き合っていきたいと思います。そして私たち一人ひとりがそれぞれの個性を大切にし、ともに豊かな社会を築いていけることを願っています。みんな違うからこそ、私たちは素晴らしい世界を作り出せる。これからもその「違い」を大切にしていきたいです。
執筆の狙い
主張文みたいになってしまいました。
小説じゃないです
すみません