誰ぞがための戦いか
一 燕人の復讐
いまだ戦火の爪痕を繕いきれずにある長安(ちょうあん)城の前に、いままた軍勢が攻め寄せていた。数万からなる甲冑が、春先に似つかわしくないぎらぎらとした日差しに輝き、そこかしこでは「燕(えん)」の文字があつらわれた旗が揺れる。
対して長安城を守るよう布陣する軍勢には「秦(しん)」の旗が振られる。燕軍に比べ、その装いはやや薄汚れていた。その後ろ、城壁の上には、ひときわ豪奢な甲冑に身を固める男が、三人の大男に守られ立っていた。
「慕容沖(ぼようちゅう)! 故郷を失い、泣いていたそなたを庇護した恩も忘れて、こうして死にに来るとはな!」
三人の大男が声を揃えて叫んだ言葉は、真ん中の男の代弁なのだろう。燕軍を率い、先頭に立つ美丈夫、慕容沖は、ぎり、と歯を食いしばると、こちらは自らの声にて、叫ぶ。
「戯言も甚だしい! 燕土を踏みにじり、燕人を引き裂いたは、他ならぬ苻堅(ふけん)、きさまではないか! あまつさえ我が兄帝、慕容暐(ぼようい)様を弑しておきながら、どの面を提げてわが主がごとくほざく!」
ただひとりの言葉、そのはずである。しかし軍すべてを飲み込み、慕容沖の後ろに従うひとりひとりに怒りと高揚とをもたらしゆく。
なるほど、あやういな。
あたりを見回し、馮安(ふうあん)の胸はざわついた。
総大将の言葉に心動かされていないかと言えば、嘘になる。しかしそれよりも、なんの遮蔽物もなしに敵軍と向かい合い、誰もが牙でもむき出しにせんかとばかりの顔つきとなっているのが。誰しもが怒りと殺意にまみれ、自らの身を顧みようともせずにいるのが。
――死ぬぞ、初日は。盛大にな。
誰かがそう呟いていたのを思い出す。
こうして対陣し、ようやく意味がわかった。馮安は見誤っていたのだ、燕人らの、苻堅に対する憎しみの深さを。
馬首はそのまま、身のみで振り返り、自らの後ろに続く郎党を見る。
まだしも、人であった。
ひとまず安堵する。
馮安は、どちらかといえば腰掛けである。身も心も燕に捧げたというよりは、行きがかり上軒先を借りている、とするのが近い。引き連れるのも似たような輩である。
これならば、と思う。
これならば、まだしも死にづらかろう。
慕容沖が腕を振り上げ、餓狼の群れを解き放つ。憎悪と狂奔と歓喜の怒号が馮安の耳をつんざく。生じた流れには逆らわぬよう手勢を動かしつつ、さて、どうしたものかと算段を立てる。
まったく、慕容垂(ぼようすい)どの。
どうしてあなたさまは、老骨なんぞを、こうもしんどくこき使われるのですか。
◯
魏(ぎ)呉(ご)蜀(しょく)三国の戦乱を経て中原に招来された胡族たちの殺し合い――五胡十六国(ごこじゅうろっこく)時代。
胡族漢族が相乱れ争う中にあり、慕容垂の戦歴は出色であった。ならばこそ生まれ落ちた燕では謀反を疑われ、出奔。敵として戦った国、秦の王である苻堅に従い、燕を滅ぼす一助を担った。
とは言え、旧来の燕土においては「慕容垂様を追い詰めた皇族が悪い」とも思われていた節があった。それは苻堅が華北(かほく)をまがりなりにもひとつにまとめ上げ、更には華南(かなん)をも版図に収めんと野望を燃やした末に失敗した大戦――淝水(ひすい)の戦いの直後、もとの燕の国の民が、こぞって慕容垂に帰順を願い出てきたことにあらわれている。
身ひとつで敗走する苻堅を回収、長安へと送り届けたのち、慕容垂は民の声を受け、燕土に戻ることにした。他者よりは散々に謀反を疑われたが、それどころではない。慕容垂は燕土に渦巻く反苻堅の潮流、その激しさに危惧を抱いていた。決壊するがままにすれば、いかほど無秩序な死と破壊が吹き荒れるかもわかったものではない。それは予感というより、確信でもあった、という。
西暦 384 年のことである。
◯
「沖はな、あやういのだ」
その乱れたありさまをみて、誰がそれを慕容垂だと思うだろうか。
出立の前夜、内々を集めて催された、別離の宴でのことである。
「将軍。ひと目もございます、いま少しお慎みを――」
「うるさい! 家族を心配して何が悪い!」
ひと息のもとに酒盃を空けると、馮安の目前に突き出してくる。馮安はため息をつき、そこになみなみと注ぐ。
注ぎ入れているのは、すでに酒ではない。水である。無論、気づいていないはずもあるまいが。
ぐいと飲み干し、わざとらしく長々と息を吐く。ちらと馮安に向けてくるまなざしに感謝の色がうかがえたのは、ただの気のせいなのか、どうか。
「この戦ばかにわかるのは、しょせん戦ごとについてでしかない。戦いにおいては、勝ち方、負け方がある。苻堅様は最悪の負け方をされた。ならば各地で苻堅様に押さえつけられた者たちが立ち上がるだろう。沖も例外ではない。あれは甥たちの中でも、その軍才は飛び抜けている。が、悲しいかな、宮暮らしに縛り付けられ、その上――」
ぐ、と慕容垂が涙ぐみ、言葉に詰まる。
慕容沖、慕容垂の甥。なお父が先代の燕帝慕容儁(ぼようしゅん)、兄が燕滅亡時の皇帝慕容暐(ぼようい)である。
優れた知性と卓越した膂力を兼ね、それ以上にまばゆかんばかりの容姿を授かった。それが災いし、慕容暐が苻堅に降伏を申し出た際、苻堅の夜伽として差し出された。
以降苻堅よりの寵愛をほぼ独占し、諸后すら夜を持て余した、と話に聞いている。立場だけで言えば、厚遇、と言えぬこともない。だが、皇帝に連なる身、兄を支え、次代の燕を担わん、と心していた者にとっては、いかほどの屈辱であっただろうか。
「馮安どの。わしがそなたに頼む筋合いではない。それは重々承知している。だが、そなた以上に暴れ馬を御すのに長けた方を知らん。沖は苻堅様を襲うだろう。ある意味で、やむなきことかもしれん。あれの味わった屈辱は、わしなんぞでは到底受け止めきれるまい。だが、だからこそ、あれを燕の地に連れ帰ってきていただきたいのだ。あれに、改めて燕を導いてもらわねばならん」
言い終わるか否か、慕容垂はごつ、と地面に額を叩きつけた。とたんに周りからの目が、次々に馮安に突き刺さってくる。
――くそ、何だこれは。逃れようがないではないか。
無防備な慕容垂の後頭部を見下ろしながら、さりとて他のところに視線を飛ばすわけにもゆかない。心を落ち着けるため白いあごひげを二度、三度としごき、それから慕容垂の肩に手を置く。
「お顔をお上げくだされ、将軍。陛下がいまだ長安にとらわれておる以上、燕の棟梁は将軍を差し置いておられぬ。そのあなたさまにこうまでされて、どうしてこの老骨が断れましょう」
ぴくり、慕容垂の肩が動いた。
「慕容沖どのを助け、陛下を救い出す。そして将軍が鎮撫された燕土に還御(かんぎょ)頂き、燕国光復を成し遂げる。不肖の身に負うにはあまりにも重き任ではございますが、力の限りは尽くさせていただきましょう」
のそりと顔を上げた慕容垂の顔は、何はばかることなしに涙で濡れていた。すでに齢六十をこえ、数万もの輿望をたやすく背負う乱世の雄でありながらにして、これなのだ。
――かなわんな、まったく。
慕容垂は馮安の手を取ると、さらにそこから号泣してみせた。
二 猛将楊定
怒号、鋼同士のぶつかり合う音。轟く馬蹄。あるところでは悲鳴が上がり、かと思えば耳の近くで矢が空を切り裂く。
馮安の甲冑にも二、三本の矢が刺さっている。さいわい鎧下で止まっているため大事には至っていない。
ある程度まで進んだところで、あえて馮安は円陣を組んだ。
戦術どころか、敵も味方もあったものではない。燕人は、ただ憎しみを。秦人は、ひとの形をした猛獣の討伐を。互いが、互いをどう、より無惨に殺すか。そればかりを考えている。その狂奔に飲まれるわけにはいかなかった。
「総大将の旗は見えるか!」
「は、押し込んでおられるよう見えます!」
「なんだと!」
左、やや後ろからの声であった。あわてて馮安は馬首を巡らせ、向き直る。見れば、確かに「大燕」のほか、金に縁取られた「慕容」の旗が戦場のただ中にて翻されていた。
慕容沖を取り囲む兵らは精鋭である。敵味方入り乱れる中にあり、それでも無人の野を進むがごとく。まさに戦場の主、とでも評すべき佇まいでは、あった。
だが、問題はそこではない。
「ばかな、少しでも鼻が利く将なら、たちどころに狙ってくるぞ!」
馮安が言い終わるか否かの内に、慕容沖軍の正面が「盛り上がり」、爆ぜた。その向こうからは「楊」の旗が現れる。
その先頭には、ひと目で返り血とわかる汚れを満身に浴びる大男。
「楊定(ようじょう)か!」
長安を守る秦の武将のひとりであり、これまでにも幾度となく慕容沖軍の前に立ちはだかってきた存在である。
馮安自身も幾度かかち合い、そのたびに少なからぬ損害を被ってきた。策略なしに対峙したいとは、到底思えぬ相手である。だが、よりにもよって、そんな輩が慕容沖の正面に現れるとは。
「皇太弟(こうたいてい)殿下を守れ!」
悠長に守りを固めている暇などない。目前の敵をなぎ払いつつ、馮安を先頭に、錐行にて突き進まんとする。しかし敵も心得たもの、馮安と慕容沖との間に、敢えて厚く陣を敷き始めた。
そうこうする間にも、楊定の巨刀が燕兵らを新たになぎ倒す。慕容沖のまわりを固めているのは精鋭中の精鋭である、そのはずだというのに。その高らかな笑い声が、こちらにまで届くかのようである。
馮安は歯噛みすると、目前のひとりを斬り払い、後ろを固める副官の鮑遵(ほうじゅん)に向け、言う。
「軍では間に合わん! この場を任せるぞ!」
「はっ!?」
それ以上の返事を待ついとまなどない。ひしめきあう敵軍の流れ、そのほつれを見出し、手綱をさばく。馮安の愛馬も心得たものである。その意図を的確に汲み、馬体をわずかな穴にねじ込んで見せた。
後背からは、鮑遵の「将軍をおひとりにしてはならぬ!」と言った声が、そしていくつかの馬蹄の音が聞こえた。振り返りはしない。まっすぐに、敵を振り払い、慕容沖のもとに向かうしかない。
いったん動き始めさえしてしまえば、気付く者も少なからずあらわれるものである。いくぶんかの味方が、敵軍の動きを食い止めんと展開するのが見受けられた。
ありがたい、ありがたいことである。しかしそれでいて、なおも楊定と慕容沖の接触に間に合うか、否か。
またも、楊定の巨刀で燕兵らが吹き飛んだ。
楊定は横や後ろにも目がついているというのか、飛び交う矢のうち、自らを損ねかねないものについてのみ、的確に打ち払っていた。それでいて、その歩みが鈍ることはない。よもや慕容沖とて無策で身をさらしているわけでもあるまいが、あまりにあやうい賭けであるようにしか、馮安には映らなかった。
なにかだ、なにかの手立てを。
そう、馮安が考えていたところ。
馮安からは楊定を挟んで、その向こう。
ひとりの男が馮安を見、石に結びつけた紐を掲げ、慕容沖を指さし、ついで指を楊定の後ろに動かした。
行動の意図を、自身の役割、いま立たされている境遇に照らす。
迷っている暇はない。馮安にとって最も望ましい結果に基づいて解釈し、顎先のみで石を投げるべく促す。対手がにやりと笑う。
楊定の大刀が、新たに燕兵を薙ぎ払う。その機を見計らった慕容沖が、懐より小ぶりの弩を取り出し、楊定の眉間に向け放った――
そこに、合わせて。
対手の男より、石が飛ばされた。
楊定は慕容沖よりの必殺の隠し矢を難なく弾きながら、なお石にも目を留めていた。驚くべき対応力では、あった。
だが、その石は楊定を狙わない。
飛んで来た石、正確には石にくくりつけられていた縄をつかみ、馮安は馬にむち打ち、長安に向けて走る。
すなわち、楊定の後方に向けて、である。
「うォッ――?」
縄はうまく楊定の胸甲にかかった。馮安、そして対手が速やかに走り、楊定を鞍から引き剥がす。
古今無双の驍勇とはいえ、緩と急との双方をさばけるわけでもない。また馬の力においそれと勝てるはずもない。巨躯が浮き、馬の尻あたりに落とされる。
「楊定を捕らえよ! この機を逃せば、永劫にそなたらが殺され続けるものと知れ!」
慕容沖の号令は鋭く、迷いのないものだった。
地に落ちた楊定に縄が打たれた。慮外の剛力を示す武将である。念のため四肢を外された上で、慕容沖の前に転がされる。
燕兵らが、歓声を上げた。
楊定捕縛の報は、速やかに戦場に向け喧伝された。見るからに敵手の勢いは減退し、そのため慕容沖らも馬から降りる。
馮安は胸こそなで下ろしたが、とは言えここで総大将の無謀を見過ごすわけにもいかない。慕容沖のもとに向かう。
「殿下! 何と言う無茶をなされるのです!」
「だが、お陰でやつを引きずり出せた。違うか?」
「そ、それは……」
その顔には、汗ひとつない。はじめからこの顛末を見越していたかのようですら、ある。
慕容沖は馮安の方に軽く手を置くと、今度は楊定のほうに向き直った。
「さすがの戦ぶりであった、楊定殿。ここで貴公を捕らえることができたが、何よりの戦果よ」
縛められながらも、楊定はにやりと笑う。四肢には激痛が走り、加えて自らの死が、目の前に迫るはずだというのに。
「見事だ、慕容沖どの。我ながら、こうもたやすく捕らわれるとは思いもよらなんだ」
「なに、おれが何かをできたわけでもない。そなたにたたえられるべきは、馮安どのと――」
いちど慕容沖は馮安に視線を飛ばしたが、そこからすぐに軍中を向く。
「進み出られよ、馮安どのに石をお投げになったお方よ! 楊定どのを捕らえることが叶った殊勲の第一は、そなたである!」
そろそろ、日も暮なんとしている。長安城にこのまま取り付き、うかつに攻めでもすれば、宵闇はむしろ守り手を助ける。
敵手の反攻は許さぬようにし、後方では野営のための準備が始まっている。
その中から、ぬるり、と。
「殿下より直々のお呼び立てを賜りますとは、勿体無きこと」
背筋をぴんと伸ばした威丈夫が包拳とともに進み出る。その口許には、穏やかな笑みが結ばれていた。
ぞわり。
男を目の当たりとして、ひと呼吸にも及ばないほどの、わずかな間。
馮安の、毛穴という毛穴が、開く。
男が馮安の姿を認め、わずかに目を薄らがせる。とはいえすぐに慕容沖に目を転じ、ひざまずく。
「あえて天のご照覧なさる場にこの鄙夫(ひっぷ)をお呼び立てくださりましたこと、さて、どう見立てましょう。戦場における僭越は百も承知。なればこの素っ首、陛下のみもとにさらけ出すが良いのでしょうか」
言うと、その襟元を開いてみせた。そのふるまいを眺めることしばし、ふ、と慕容沖が笑う。
「よくよく目端が利くことよ。ならば馮安どののこともご存知の上で、こたびの挙止(きょし)に出られたのだな?」
「遠目にてお姿は拝見しておりました。その華々しき武勲を耳としましたことも、幾度となく。ならば、こちらの見立てを汲んでいただけるものと信じ、投じた次第にございます」
「では、馮安どのを試したのだな?」
つい、苦笑が漏れそうになる。目の前の男を、いままさしく試しているのは、他ならぬ慕容沖自身である。
「いかにも。察していただけねば、陛下の身に何が起こったともわかりませぬ。ともなれば僭越もなにもございませぬゆえ」
その返答を聞き、慕容沖は大いに笑った。
「わかった、わかった! その目端、豪胆さ! 認めぬ訳にもゆくまいよ、大燕広しと言えど、そなたほどの男はそうもおるまい! ならば改めて、この沖の力となって頂きたい。名をお教え頂いてもよろしいか?」
「は」
男は一度襟元を正すと、改めて慕容沖に包拳してみせる。
「姓は慕容(ぼよう)、名は永(えい)。かたじけなくも慕容の末席を汚す凡夫にございます」
三 導き手
楊定捕縛を成し遂げてまもなく、だしぬけに苻堅が西方に逃亡した、との知らせが入った。総大将を失った長安城は、速やかに開城。この大戦果に燕人らは湧いたが、当の慕容沖は怒りを隠しきれずにいた。
それも、その筈である。
燕帝慕容暐は、すでに苻堅の手に掛かり、この世には亡い。皇帝のおらぬありさまで燕国復興を訴えても無意味である、と慕容沖が帝位に就きこそしたが、こうした戦のさなかでの戴冠に、どれほどの権威が備わることだろう。
そも慕容沖は、苻堅を殺すためにこの戦いを指揮していた、と言ってよい。その目途の前に、帝位なぞいかほどの価値があったのであろうか。
さらに悪いことに、突如として長安城に苻堅死亡の報が届いた。
西方に割拠する勢力からの宣言であった。曰く、苻堅より天王(てんおう)の位を譲り受けた。そして苻堅は自殺した。以降、この関中は我々が治め、導いてゆく、云々。
この報を受けてより、慕容沖の振る舞いが目に見えて放埒、暴虐となっていった。政務を投げ出し、酒宴、虐殺、姦淫の日々。幾度となく馮安が諫言を試みるも、まるで聞く耳を持とうともしない。それどころか、近衛兵らに刃を向けられさえもする。
幾度目のため息をついたことだろうか、その日も馮安はなんの手応えも得られぬまま慕容沖の居室の前より退き、自らにあてがわれた居室へ向かおうとした。
そんな馮安をめがけ、少年が駆け寄ってきた。
ひく、と馮安は口元を引きつらせる。
「馮安様! ようやくお目にかかること叶いました!」
息せき切る少年は、馮安の前に立つと拱手(きょうしゅ)し、頭を垂れてくる。
「度重なる陛下へのご諫言をお寄せくださりましたこと、まこと面目なき限りにございます。本来ならば、我ら宗族こそが陛下に奏ぜねばなりませぬのに」
「おやめくだされ、慕容忠(ぼようちゅう)様。老骨なればこそ、身を惜しまぬのみにござりますれば」
出来得る限りの恐縮を示したうえ、馮安も少年に向け、拱手を呈じた。
燕皇室の宗族、慕容忠。
長安に連行されたのは慕容暐や慕容沖だけではない。他の兄弟やその妻子もがあわせて連行され、秦の諸侯としての地位を確保されていた。そうした皇族のひとりである。
面倒臭そうなお方に捕まった、馮安はなんとかその前から逃げ去ろうと目論んだ。とはいえ燕の公達をおいそれとないがしろにできるはずもない。穏やか、と評して頂けるような笑みを浮かべ、聞き遂げるよりほかない。
「まこと、流遇の我らにこうもお力添えを頂戴できておりますこと、勿体なく存じまする。ならば、せめて少しでも馮安様のお力になれれば、と思うのですが」
馮安は拱手を解かぬながらも、慕容忠を観察する。
こと政の場において、題目と思惑とは、むしろ一致するほうが珍しい。なので馮安は幾度となく痛い目に遭った。また相手に煮え湯を飲ませても来た。
では、この相手にはどう振る舞うべきか。
慕容の宗族の多さは、ともすれば船頭の多さともなる。それでも慕容沖には長安を落とした軍功の輝かしさがある。だが、それを自らの意志でかなぐり捨て始めている、この長安城にあっては。
試してみるか、馮安は口火を切る。
「陛下は、こう仰せになりました。いまさら燕の地に戻ったとて、すでに叔父上、いやさ、慕容垂が燕人をまとめ上げておろう。まして先帝、わが父上は、慕容垂を冷遇した元凶にほかならん。ならばおめおめ殺されに戻るようなものではないか、と」
慕容忠の顔に驚愕と、次いで失望が表れた。
「それは、まことですか?」
「陛下が思いを改めて頂けるのであれば、それは重畳。なれど戦場に生きる身なれば、いたずらに陛下の翻心にのみ期待するわけにも参りませぬ」
「斯様なお言葉、外に漏らすも憚られましょうに。打ち明けて頂けましたこと、感謝申し上げます」
馮安に向けてくる面持ちは、あくまで、悌。しかしすぐその顔に翳りが差す。
「そうか、故にこそ慕容永殿が……」
唐突に現れたその名に、総毛立たずにはおれない。
楊定との戦いにおいて唐突に現れた、一門の誰もがその名を知らずにいた、慕容。その出自を訝しむものも多くあったが、慕容沖の一声にて抑え込まれた。いわく、強者一門に強者があるのは喜ばしきこと。大燕の勇躍がより速まろう、とのことである。
慕容永は自らの立場をよく理解していた。戦場においては迅雷の如き指揮をしてみせながらも、ひとたび戦の場を離れれば、上にも下にも恭しく接する。その上であれこれと動いていたのは耳にしていたが、まさか、ここでその名を聞くことになるとは。
馮安の予感が告げる。この先に待ち受けるは、凶事しかない。ならばこそ、聞き出さぬ訳にもゆかぬ。
「慕容永殿は、殿下になんと?」
「いまの燕には、新たな導き手が要る、と申しておりました。馮安殿にすら御し果せぬ陛下を、他の誰が説得できるのか、と」
そこで、こちらの名を出すのか。
不自然にもすぎる。
馮安は、所詮はいくさ人である。手勢を取りまとめて駆け巡る戦場ならばともあれ、こと政の場においてなにがしかの功を挙げられる気はしない。そもそもにして、幾分の覚えめでたいとは言え、それはあくまで慕容沖との間、のみのこと。ひしめく慕容たちに睨みを効かせられるほどの発言力など、ない。
慕容永からも認められている、安易にそのように考えるわけにもゆかぬ。言わば、慕容忠を通じて何かを伝えきたかのような。
――いや、殿下が目の前におられることが全て、か。
その若さ、その未熟さ故なのか。慕容忠はまっすぐに馮安を見、頼り、すがるべき相手であると信じていた。少なくとも、馮安にはそう感ぜられた。
愚かだ。
誰が誰を殺さんと目論んでいるかもまともに把握しきれぬ中、どうして無邪気に他者に寄りかかろうと思えるのだ。
しかし、その裏に立つものの影に、ひとたび気付かされてしまえば。
すでに慕容垂に誓った慕容暐還御の望みは露と消えた。また慕容沖を連れ帰るのすら、ほぼ叶いはすまい。ならば、せめて慕容の民だけは。
「慕容が千歳の栄えを考えねばなりますまい」
馮安は口上ののち、深々と頭を垂れた。
間もなく、慕容沖は娘婿の側用人によって殺害された。皇帝の暴死により後釜を狙わん、と志す慕容の宗族が次々に立つも、馮安、そして慕容永の率いる軍の前に討ち果たされた。
慕容沖死後の混乱は、慕容忠が立てられるまで、二月もかからずに終わった。その立役者はほぼ慕容永であった。長安を発ち、東に向かわんとする慕容の民の目は多くが慕容永に向き、一部が慕容忠、もしくは馮安を見る、というありさま。
どんよりとした曇り空の下、進発する慕容の一団。それを見守る馮安のもとに、慕容永があらわれる。
「あなた様にともに戦っていただけること、まこと心強くございます。力を合わせ、陛下を盛り立ててまいりましょう」
慇懃そのもの、といったそのあいさつに、馮安の背に走る怖気は収まらず、むしろ激しさを増していた。しかし、その功績がずば抜けているのも確か。そこを思えば、馮安の返すあいさつはやや身の入らぬものとなってしまう。
そこに気付いたのか、どうか。
慕容永はうっすらとした笑いを浮かべ、馮安の前を離れた。
「願わくば、忠臣であってくだされよ」
慕容永の背中に向けて口にしてみたところで、馮安の胸中よりうすら寒さが抜け落ちることはなかった。
四 苻丕
ともがらを殺され、虐げられれば、相手に怒りを覚え、恨みを抱く。さりとてその相手に怒りをぶつけ、殺してみれば、今度はこちらが恨みを受けることとなる。
「先帝、苻堅様より賜った大恩も忘れ、先帝を追い詰め、結果として死に至らしめたきさまらが、どの面を提げてのうのうと家路につこうというのだ!」
相変わらずの曇り空の下、東に向かわんとする馮安らより見て、左手。北の地に陣を構え、そこかしこに「苻」字があつらえられた旗が揺れる。
先頭に立つのは、苻堅の息子のひとり、苻丕(ふひ)。
慕容永が馮安の隣に並ぶ。
「忠義、復仇。涙ぐましい限りですな。そも、奴らの言う先帝が我らを虐げさえせねば、奴らとて北の僻地になど押し込まれずにも済みましたでしょうに」
その口ぶりは、苻丕を憐れむかのようであった。
馮安は後ろ、西方を見遣る。
慕容二十万の民は、二万ずつが十の集団に分かれ、進んでいる。苻丕を無視して東に進めば、その脇腹を食い破られるがままとなる。先行する二、三の集団はともあれ、馮安らが連れる中核集団と、そこに続く集団にとり、捨て置くわけにはゆかぬ相手である。
しかし、馮安の心は踊らない。
「彼我ともに亡国の抜け殻でしかあるまいに。脆き者同士で喰らい合えば、ともに埋めがたき傷を負うだけであろう。どうにかやり過ごせぬものか」
馮安がつぶやくと、慕容永が苦笑する。
「抜け殻、なればこそでありましょう。弱き者ほどおのが実情を受け入れ切れぬもの。ならばあとは、いましき日の栄華にすがりつくしかありませぬ」
「弱き者、か」
馬を進め、対手の陣容を見渡す。
熱量は、ある。しかし、やや散漫である。そこかしこで旗が思い思いの揺れ方をしており、苻丕の言葉に対し、お世辞にも呼応しているとは言い難い。見るに、あちらこちらでは軍勢ひとかたまりほどが周囲から外れ、その部分だけで似通った動きをもする。
「旌旗(せいき)動かば、乱――でしょうか」
孫子(そんし)である。
挿された旗が統制されず、あちらこちらに揺らぐ。すなわち指揮系統が行き渡らず、それぞれが目前の敵の撃滅に対し、さしたる関心を払わずにいる。
その言葉が、示すのは。
「慕容永殿、時が惜しい。この老骨、試みに鉄城に身を投げてみようと思うが、いかがか?」
「なに、池の湯はとうに冷めきっておりましょう」
湯池鉄城(とうちてつじょう)。城の守りの堅さを鉄になぞらえ、目前に横たわる堀の手強さを熱湯に例える言葉である。
古典に則り問えば、古典にて返す。このやり取りをたやすくできるものなぞ、そうはいない。まして、その古典は慕容に伝わるものではない。漢人に伝わるものである。
すなわち、慕容永をただの庶流慕容として見るのはありえぬこと。
戯れに投げかけた問答にあえて応じてみせたのは、自らの来歴をこれ以上隠す必要もない、ということなのだろう。とは言え、敵を間近としながら、そこをいま問えるはずもない。
ならば、なすべきことをなすのみ。
「何騎をお借りできようかな?」
「三千ではいかがか?」
「それは重畳、差配は慕容永殿にお任せしても?」
「承りましょう」
馮安は後ろに付き従う者ものらに一瞥したのち、手綱を撃った。やおら駆け出せば、後続は、はじめから分かっていたことであるかのように追従する。
対して眼前に固まる人垣は、馮安の動きを全く想定しきれていないようであった。
ひとたび駆け出せば、その耳目には唸りを上げる風や、予期せぬ出来事に惑う敵の動き以外のものを受け入れる余地はない。
馮安は、ただ、前を見据える。
戦において、対手の迷いほど勝利に資するものはない。考える暇を与えてはならぬ。少しでも速く対手の備えを砕き、乱すべきである。
慌ただしく揺らぐ軍を、苻丕が懸命に統制をとらん、としているのがわかる。すかさず馮安は手綱をひねる。敵の殲滅を目指す必要はない。求めるべきは、ただ敵手に取り返しのつかぬ傷を刻むこと。
やがて苻丕が、迫り来る馮安を見た。その顔に怯えが走るのも、わかった。
横薙ぎの矛に、肉と骨との手応えを得る。
跳ね上げた首は、すぐさま後続により拾い上げられた。周辺に見える驚愕、恐怖が、首の価値を如実に物語る。
「秦将、苻丕! 燕の馮安が討ち取った!」
背後よりの、怒号。
おおよそ緊密とも言いがたかった統制である。総大将ひとりが失われれば、瓦解は速い。既に武器を投げ出し、逃げ出さんとするものもあった。
馮安は駆け手を緩め、大きく息を吐く。
「北地の勇士らよ! 正しき主に巡り会えず、義をも失った迷い子よ!」
その音声は、恐慌に湯だたる戦場にすら、よく響く。多くの耳目が馮安の方に向いてきたのを感ずる。
馮安は、天高くに矛を掲げた。
「秦王敗亡ののち、いつまでも明けようともせぬ宵闇の中、よくぞ戦われた! 貴公らを惑わす迷妄はいま、ここに取り除かれた! ならば燕の地に戻らんと希う我らが、これ以上貴公らに矛を向ける道理もござらぬ!」
馮安の子飼いたち、だけではない。慕容永の発した三千騎までもが、馮安の後ろに整然と居並ぶ。そのうちのひとりが苻丕の首級を矛に結びつけ、掲げた。
「貴公らの武は、正しき義のもとにあり、はじめて振るわれるものであろう! 拙者には、この素っ首が貴公らを導くに足る器であったとは、どうしても思えぬのだ!」
言葉を、そこで切る。
馮安が何を感じるかなぞ、さしたる問題ではない。馮安の言葉を前に、大いに揺らいだ秦の将士らが何を思い抱くか。そこに委ねるしかない。
逃げ足を思わぬ形で留められた者らは、やがてひとり、またひとりと、手にした武器をなげうち、馮安に向く。そして上体を馮安に向け、なげうつ。
その波が、じわり、じわりと広がる。
馮安は動かず、そのひとりひとりを見届ける。
さざ波は、やがて大潮となる。
平伏と、慟哭。
眼前に広がるのは、意に染まぬ戦いに身を投げ込まざるを得なかった者らの嘆きであったのだろう。そのひとつひとつを汲み取ることは許されぬ。しかし、その潮流をどう受け止められるか、ならば――
「ふ、馮安様!」
馮安の予断は、しかし、不意の報告に切断される。
「後方にて狼煙が上がりました! 我らにあずかり知れぬものであります!」
動揺を抑えきれぬ配下兵の声色を聞き取り、馮安は己の不明を呪った。
新たな指示を飛ばさんとする、その正面。
ぬらり、と慕容永が現れる。
「慕容――」
「大いなる、燕国の志士!」
慕容永の言葉に、応じるかのように。
正面の山間より、新手の騎兵らが姿を表す。
ひとたび見出された騎兵はまたたく間にその数を増し、馮安に認めうる限りの、すべてを埋め尽くす。
高らかに、慕容永が叫ぶ。
「我らは、ここに燕の再興を果たすのだ! これはまた、魏王のお志とともにある!」
次々と山間より姿を表す騎兵たち。そこにはふたつの旗が翻る。すなわち魏、すなわち拓跋――
馮安の前に現れたのは、北地を統べる男。
魏王、拓跋珪(たくばつけい)の軍勢であった。
五 拓跋珪
「ふ、馮安様!」
「どうした、鮑遵(ほうじゅん)」
「我らはいま、迅雷の攻め手にて苻丕を討ち取りました、ならば拓跋珪とて――」
「やめておけ」
「いっ、いかなる故にございますか?」
迫りくる騎兵団の、その毫とも揺らがぬさまを目の当たりとし、馮安は嘆ずるよりほかなかった。
「やつの率いる、その一軍が我らに等しい。ならば鮑遵、おまえは六倍する自身を向こうに回し、どう勝ちを収めようというのだ」
いきなり現れた新手、その威容にうろたえる。ひととしてごくありふれた気持ちであろう。ならば、そこを責めたところで意味がない。鮑遵の肩に軽く手を置けば、わずかに震えているのがうかがえた。
いや、あるいは、自身の震えか。
「慕容永どの」
迫りくる大軍を前に、ひとり泰然自若であるものに向け、問う。
「何が起こっているかを把握なさるのは、貴公おひと方のようだ。少しでも良い、お教え願えまいか?」
す、と慕容永の目つきより、熱が落ちた。
たちどころに、馮安は気付く。
「仮面を、脱ぎ去った」のだ。
「見ての通りよ。孤(わし)が拓跋を引き入れたのだ。なに、馮公。そなたには大いにご尽力いただいた。悪いようにはせぬともさ」
その口ぶりまでもが違う。
手綱を取り、押し寄せる軍勢に向け、悠然と馬を進める。それからちらりと馮安に目をくばせてきた。ついてこい、とでも言わんばかりである。
応じるよりほかない。矛は従者に預け、腰に剣を帯びるのみで、続く。
軍気、とでも呼べばよかろうか。
拓跋の旗が近づけば近づくほど、馮安の総身を熱とも冷気とも呼びきれぬ何かが刺す。この感覚を、馮安は良く知っている――それは、はじめて慕容垂と対峙したときのこと。あのときの馮安は、たちどころに悟った。勝てぬ、と。
今よりも遥かに若く、未熟であった頃のことである。だが改めて、同じきものを目の当たりとしてみれば。
慕容永は最前に出たところで、馬を降りてひざまずく。包拳を高く掲げ、自らの顔は伏せる。掲げる高さは、すなわち対手に払うべき畏敬の念の高さでもある。
馮安は、拓跋珪を知らぬ。ただし軍気に当てられさえすれば、わかる。慕容永に倣わなければ、滅ぶ。
慕容永より馬一頭ぶん後ろで止まり、下馬。慕容永と拝礼を同じくする。
「よもや生き延びるとはな、慕容永! きさまに賭けてみたかいがあったわ!」
その音声、特段怒鳴ったようでもない。しかし、大いに耳を叩く。
何よりも驚かされるのは、その若さ、である。声の張りからして、齢三十にも届くまい。だというのに、なんと底知れぬ響きを孕むのか。
「魏王よりのご支援を賜り、秦氏に奪われた燕人二十万の奪還叶いました。まこと、感謝申し上げます」
「要らぬ言葉よ! おれには関中の擾乱が必要であった! たまたまきさまと利害が合ったにすぎぬ!」
「恩は恩にございますれば」
どがら、と単騎が前に出たのがわかった。
「まぁ、良かろう! それで? きさまとおれとの約定は果たされた! ならばこの先に何を望む?」
「魏王の扶翼としての、燕祚(えんそ)の光復にございます」
「ほう?」
気配が、やや剣呑さを帯びる。総身に冷たい汗が噴き出す。
上目遣いにて、慕容永の様子をうかがう。その首筋には、やはり滂沱と汗が染み出ていた。
「顔を上げろ、いつまでも伏せられていては聞けるものも聞けぬ」
「――は」
「合わせて、馮安とやらもだ」
「は?」
思わず、声を上げてしまった。
とは言え、命は命である。顔を上げ、はじめて魏王の姿を目の当たりとする。
大きい。
体格、のみではない。その自信か、あるいは傲岸さは、天下を飲み尽くすことになんの疑問をも抱いていないかのように思われる。
「大叔父上が語っておったぞ、馮安どのは、わしには過ぎた将である、とな。きさまの一騎駆け、確かに見届けさせてもらった。老いてますます盛んとは、まさしくきさまのことだな」
「痛み入りましてござる。なれど、大叔父上――とは?」
拓跋珪が、ひととき止まり。
ややあって、呵々と笑う。
「そうか、きさまは知らぬのか! おれの祖母は、慕容垂(ぼようすい)どのの姉上よ! その縁を差し置いても、あの御方には多くのことを教わった! いま、おれがここに立つも、あの御方よりの導きなくば叶わなかったであろうな!」
だが、その笑いが、一息もせぬ間に――凍る。
「慕容永。きさまは既に燕帝を奉戴しておろう。すでに在る皇統を前に、何故、この期に及んで光復と嘯くのだ? 大叔父上が仰がれる鼎では足りぬ、とでも言うのか?」
言葉にして、刃。拓跋珪が慕容永を見れば、背後に立つ騎兵らの殺気もまた、慕容永へと注がれた。
「足りませぬ。垂が祖父、廆(かい)は大逆の徒にござりますれば」
それは、あらかじめ用意してあった言葉でもあったのだろう。とは言え、祖父とは。あまりにも奇をてらいすぎておりはすまいか。
慕容永は、さらに言葉を継ぐ。
「大いなるわが祖父、慕容運(ぼよううん)。慕容の統帥は本来祖父に継承されるべきものでございました。なれど祖父は廆の奸計に嵌り、その身を平民に貶めねばなりませんでした。廆の血筋は、燕の地を統べ果せこそすれど、しょせんはかりそめの王位。故にこそ秦氏に土地と民を奪われるに至ったのです。いま天罰はくだされ、新たなる世が始まらんとしております。偽りの慕容は役目を終え、正しき慕容が、拓跋の旗がもと、燕の民を導くときが参ったのでございます」
迷いなき慕容永の言葉は、しかし理路としては大いに破綻したものである。
口に上った、慕容廆。仮に慕容永の祖父が実際に奸計に陥れられたところで、その血統は確かに百年もの間北方の覇者足り得たのである。まして、いま燕の地の輿望(よぼう)を一手に集めるのは慕容垂、慕容廆の孫。まかり間違っても、慕容永ではない。加えて他ならぬ拓跋珪が、その慕容垂よりの恩義を被っている、と語っているではないか。
にもかかわらず、それを言い切る。
ならば、ありえぬはずのことがあり得る、と考えるしかあるまい。
それを裏付けるかのように、拓跋珪が、くっと笑う。
「百年の逼塞(ひっそく)の末、よくものたまうものよ!」
「古には、光武帝(こうぶてい)の例もございます」
――拓跋珪は、既に慕容垂との開戦を決意しているのであろう。そうでなくば、慕容永とこのような言葉遊びに付き合う義理もあるまい。
改めて、慕容永が包拳を示す。
「いま苻丕を滅ぼして得たこの地は、いみじくも、春秋の昔に魏と呼ばれておりました。ならば我らが燕を取り返した暁には、魏王に返還仕りましょう」
ふん、と拓跋珪が鼻を鳴らす。
「口上はもう良いわ! ならば勝ってみせよ、その武をおれに示せ! しかる後にであれば、諸々考えてやらぬでもない」
拓跋珪よりの下賜品、慕容永よりの献上品が交換される。その中には慕容永の嫡子の姿もある。慕容永が約定を違えれば、かれは遠い異国の地にて殺される。
自らのさだめをよくよく弁えていたのであろう、拓跋珪らが馬首を返したあとも、慕容永の息子はずっと父を見つめていた。当の父はじっと頭を垂れたままであったが。
拓跋珪らが遠く離れてから、はじめて慕容永は面を上げた。満身を濡らす汗もそのままに、長く、長く息を吐く。
馮安は、そんな慕容永の胸元をつかみ上げた。
「きさま、なにを語った! よりにもよって、慕容垂どのを、だと!」
慕容永の冷ややかなまなざしは揺らがない。
代わりに、兵たちが馮安に刃を突きつけてくる。その気配を察するのと、慕容永に振りほどかれるのが、ほぼ同時。
「そなたがかしづくは、燕祚に対してであろうに。ならばその功に免じ、この無礼までは許そう」
両者の間に、兵らが割って入る。抵抗する暇もなく馮安は後ろに追いやられ、もはやいかほどの長さの槍であれ、慕容永には届かない。
「わきまえろ、馮安。そなたとて、あれを目の当たりにしたではないか。誰があれに勝てるというのだ? あり得るとすれば、それこそ慕容垂どのくらいではないか? しかし、あの御方がお隠れになったあとでは?」
冷厳なる言葉に、返す言葉を失う。
馮安自身、うすうす感じていたことであった。燕国は、あまりに慕容垂の強さに寄り掛かりすぎている。才人がおらぬでもない。しかし、突出しすぎた軍才は、いきおい後進の牙を折る。
「分かるか? あれと対等であってはならんのだ。恭順の意を示し、隙をうかがう。我らも痛いほどに感じ取っておることよ、覇者の才は、必ずしも子に受け継がれるものでもない。ならば、時を待つのだ。慕容垂どのは、それをやるには大きくなりすぎた。ならばせめて、我らの手で葬るのが情けというものではないか?」
その言葉の裏に潜むものが何であるか、うかがい取る事はできない。ただ、分かることがある。戯れで語っていることでは、ない。
「それがきさまの語る、慕容存続の道、ということか?」
「そう。払わねばならぬ犠牲だ」
「犠牲――」
不意に、馮安の脳裏にかすめるものがあった。
「きさま、まさか!」
その言葉を、あるいは慕容永も待っていたのだろう。その手が掲げられると、一台の車が場に現れる。
――そこには慕容忠(ぼようちゅう)を始めとした、燕の皇族の死体が載せられていた。
慕容忠を始めとする、もとの燕の皇族を殺し尽くした慕容永は、遂に燕帝を自称した。
対する慕容垂は、自身の血族を虐殺されたこと、その上で箸にも棒にも掛からぬ傍流が僭称の大逆をなしたこと、いずれもが許しがたき罪であるとした。あわせて皇帝に即位する、と宣言。
それは最も端的で、最も攻撃的な、慕容永の即位に対する拒否の表明であった。
六 長子城の戦い
慕容永と、慕容垂。いわば燕の正統を巡っての争いは、慕容垂による侵攻という形で始まった。
長子城(ちょうしじょう)に拠点を構える慕容永のもとに慕容垂がたどり着くには、山を越える必要がある。そのために用いられる道は二本しかない。軹関(しかん)と井関(せいかん)である。軹関が広く、比較的なだらかな道であり、城を落とそうというほどの規模の軍を動員するにふさわしい。対する井関は狭く、急峻。下手に強行軍を出したところで、多くの脱落者を出すのが見えている。
ゆえにこそ、馮安は井関を重んじるべきである、と説いた。
あまたなす戦を経、もはや慕容永幕下において慕容垂の戦を知る将は少なくなっている。慕容永ですら、その例外ではない。
戦馴れした者ほど、己が勝利に高く値をつけるものである。勝利がただの僥倖に過ぎぬと、自らに常に言い聞かせ続けられる者など、どれだけいるだろうか。
慕容永、及びその臣下らの見立ては、ほぼ軹関で統一されていた。かたくなに井関攻めを唱える馮安に対し、名将も老いには勝てぬか、とばかりのまなざしがしばしば向けられたものである。
ただしそれは、馮安としても望むべき事ではあったのだが。
「馮安様、報せが届きました! 井関に軍影あり! 慕容垂軍と思われます!」
慌ただしく報告の木簡を持ち寄るのは、鮑遵(ほうじゅん)である。
木簡を受け取り、内容を検める。確かにその旨が記載されている。わずかに口端を吊り上げると、馮安は木簡を篝火の中に投げ入れた。
「なっ、慕容永様には――」
「報せが遅れたほうが、奴も長らく、偽の勝利に酔いしれておれようよ」
二報、三報と届けば、慕容永も軹関の守り、どころではなくなる。慌ただしく長子城に戻ってくれば、怒りと焦りとを満面に浮かべ、馮安のもとに詰め寄った。
「これはこれは、陛下。よくお戻りになられた」
「白々しいまねを! 馮安、きさま、わかっておるのか! いまさら慕容垂が我らを許すはずもない、ならば、負ければ――」
「殺されましょうな。なに、願ってもなきこと」
こともなげに言ってのけた馮安に、慕容永、だけではない。すべてのものが凍りつくかのようであった。
周囲を見渡す。
誰もが、次の言葉を見失っている。
怒りのあまり、いまにも我を失いかねない慕容永。
対する馮安は、従容の極みである。
「ならば、申し上げましょう。この老骨に燕帝殺しの片棒をお担がせになったところまでは、お見事。晴れて慕容垂どのが、このしわ首をも狙いに参ることとなりました。ただ、ひとつ思い違いをしておられるようですな。この身、もとより慕容垂どのよりの願いがため、転がし回ってござった」
慕容二十万。
実態よりは過大な数でこそあったが、それで良い、と思っている。どうせなら百万でも良い。その重みこそが、慕容垂の宗族を守り切れなかった無力に打ちひしがれながらも、倒れずにおれた証である。
彼らは長子城に収まり切れず、ある一団は近隣の城に、ある一団は宿営地に身を寄せ、燕人同士の戦、その趨勢を戦々恐々と見守っている。
「故に任果たせずば、処断を甘んじるのみにござる」
「き、きさま――!」
慕容永が剣を抜く。
が、ここは城内。馮安の周りにも多くの兵がある。拓跋珪のときとは違う。何が起こっているかを判じきれずとも、主の身が危ぶまれるのであれば、遅滞なく守りに回る。馮安の従える郎党とは、そのような者たちである。
「やり合いますか? それもよろしゅうございましょう。もっとも、その期をうまうまと見過ごす慕容垂どのでもございますまいが」
馮安の言葉は、慕容永はともかく、配下将らには深く突き刺さったようである。向けられる険気が、格段に萎んだのを感じた。
――ここだ。
馮安は、拳を握る。
そして、叫ぶ。
「おのおの方に問う!」
ものものは射竦められ、やがてのろのろと馮安に向く。
あらかたの注目を一手に集めた上で、馮安は言葉を継ぐ。
「此は、誰ぞがための戦いか!」
思い浮かべるのは、長安から長子までの道すがらにて喪った、数限りなき顔、そして顔。
「苻王へ叩きつけた憎しみは、代々を暮らした燕の地より引き離され、奴婢として我らを虐げんとされたが故ではなかったか! 我らの怒りは正当なもののはずである、だのに苻王の残党は我らに憎しみを示した! 憎しみが憎しみを呼ぶ、分かりきったことではなかったか! にもかかわらず、なぜこの期に及んで、我らは同胞に刃を向けておるのだ!」
自らの言葉に、いかほどの力があろうか、とは思わずにおれぬ。
この身とて、所詮は拓跋珪よりの甘言に釣られ、燕帝の係累をあたら損ねたに過ぎぬのだ。
なれど、なおも譲りきれぬ仕儀もある。
我が身に求めらるは、慕容二十万の民をして、つつがなく故地に帰せしむこと。ならば眼前にて、ありありと馮安の言葉に打ち据えられながらも、それでもなおも懸命の冷笑を浮かべる慕容永を、どう活かし切るか、をも検討せねばならぬ。
「お、愚かなことを。先にも申したであろう、慕容垂では、拓跋の前に滅ぶしかないのだ。故に、別なる手立てを取れる慕容が率いねばならぬ」
動揺を禁じ得ぬにもかかわらず、なおも高らかな口上を呈じる。慕容永の将器、いやさ、その君器は、世が世ならば、惑う慕容を導くに、確かな道筋を示したのであろう。
感ぜずにおれぬ。
なればこそ、その舌鋒は、ここで潰さねばならぬ。
「なるほど! 勝てば我らの手は同胞の血に染まり、負ければいたずらに拓跋の敵の勢いを損ねることで、拓跋に資するわけですな!」
馮安の発するひとことのごと、慕容永の周囲のものものに逡巡が広がりゆく。
馮安の後ろでは、武器を取り落とすもの、すすり泣き始めるものがちらほらと現れていた。
「繰り返しまするぞ、陛下。この老骨には、もはや慕容垂どのを妨げるだけの武を振るう義がござらぬ。罪深きこの素っ首、喜んで差し出す所存にござる」
その一言が、決め手となる。
城内にいる誰もが、武器を投げ出し始めた。あるものは慟哭し、あるものは歯噛みする。
無論、誰もが慟哭を示したわけではない。中には長安よりの旅路の中で加わった者らもいる。とは言え、ふたりの軍主、その主力にくずおれられてしまっては。
慕容永の顔に、もはや余裕はない。怒りと混乱、そして恐れをも隠すことなく示し、後ずさりさえする。
「ばかな……死ぬための計略だと? 有り得ん、なぜそこまで愚かなまねを……」
そこには答えず、代わって、包拳を示す。
「行かれよ、慕容永殿。この老骨、そなたを殺す心積もりはない。さりとて殺される気もござらぬが」
これ以上問答をすれば、慕容垂に捕まろう。それを期しての包拳である。
こちらの意図に気づいたか、どうか。はっとした慕容永の顔が、ややあって憎しみの色に染まる。
「よかろうとも、馮安! きさまだけは拓跋の走狗に成り果てようとも、喰らい殺してくれる!」
言うなり、慕容永は撤退の号令を掛けた。
従うものも、存外少なくはない。これもまた、慕容永の手腕のたまものであったろう。
無論、馮安のもとに投降してくるものも、多い。受け入れはするが、ただちに武装を解かせる。ここから先に待つのは、裁きの場である。
馮安自身も平服となり、軽く身を清めた上で、城内の各員をねぎらって回る。あるいは、これが最後のあいさつとなるやもしれぬ――
「伝令! 慕容垂軍が到着しました!」
――などという感傷を、無邪気に受け入れてもらえると思うのが、愚か。それは、わかっていたはずのことであったのだが。
馮安は、大きく吐息をつく。
「長子城の士卒に命ずる。我らの身命は、いま、まことの燕主に委ねられた。抗うことなかれ、背くことなかれ。主の妙なる威光を受け入れ切れなんだは、すべてこの身の不明なればこそである」
帯は解かぬまま、平服を肩脱ぎとする。老いさらばえた上体を日の下にさらし、城門より出で、叩頭拝跪する。特に命じたわけでもなかったが、馮安の後ろには、同じように振る舞うものが多くあった。
遠方より轟く、馬蹄の音。時を追うごとに音は激しさを増す。
ついには地すら揺るがせ、その懐かしくも恐ろしき軍気を、馮安の総身に叩きつける。
「見慣れた白髪が見えるな」
どうして、聞き違えよう。
馮安の耳を撃ったのは、他でもない。
慕容垂の、声であった。
終 馮氏一門
「平伏のまま、首を刈り取られたいのか? ならば、それもよかろうが」
凍てついた、慕容垂の言葉。
ここまでの日々が、いかに苛烈であったのかを察するに余りある。
馮安は、弾けるように頭を上げた。
「それも重畳! とは申せど、身に死を賜るお方のお姿を知らぬままというのも味気なくござるな!」
往時より、いささかやつれたであろうか。無理なからぬことではある。荒れ狂う燕地を統御するのには、並ならぬ労苦を負ったことであろう。
とは言え、その威容に衰えはない。むしろ研ぎ澄まされさえしたかのようでもある。
慕容垂。燕の雄飛に大いに資し、老境に至ってなおその驍武にてその名を天下に轟かせるもの。
馮安は、示しうる限りの笑顔にて、包拳を呈じた。
「燕主よ! 謹んで申し上げる! 主より賜りし、燕帝庇護の任! この老骨、みごと全てを失い申した! いっそすがすがしき心地にござる!」
慕容垂のもとに、たどり着けた。
それで良い。尊崇すべきお方の求めに応えようと試み、叶え果せなかった。それが全てである。
「なれば燕主よ! この身、いかようにても――」
「いたずらに、散らせようてか?」
低く、轟くが如き、言葉。
慕容垂が馬より降り、まっすぐに馮安のもとにやってくる。真正面に立つと、その指で、くい、と馮安の顎を持ち上げる。
「まばゆき笑みだ。いったいいかほどの自責、懊悩、悔悟を押し殺せば、斯様に笑えるのか」
そして、がばと抱く。
「なるほど、馮安。そなたはわしよりの命を果たせなかった。ならば罰は下さねばなるまい。しかし、これだけは言わせてくれ。そなたが帰ってきてくれた。しかも、慕容二十万をも引き連れて。これに増す喜びなぞ、ない」
「!」
その言葉は、たやすく馮安が抑え込んでいたものを突き崩すのだ。
押し込みに押し込み、詰めるだけ詰めた、思いの丈。それらが涙となり、叫びとなって、表に現れる。留められるはずもない。
馮安は、泣いた。
慕容垂とともに、泣いた。
数多のますらおを率いる、ふたりの老丈夫は、まるでひと目もはばかることなく、泣き叫んだ。
「垂進軍入城,永奔北門,為前驅所獲,於是數而戮之。」
晋書慕容垂載記は、長子城の戦いの顛末を、右のように記している。
軍を率い逃れようとした慕容永ではあったが、結局のところ捕まり、慕容垂の前に引っ立てられた。
戦において、敗れた軍主に待ち受けるのは、処刑。珍しきことではない。ただし処刑に際し「數」字が見られるのは稀である。
「數」は「せ(める)」と訓ぜられる。罪状を数え上げ、糾弾する、の意である。
それが具体的にいかなるものであるかを窺い知ることはできない。史書はただ、敢えてその字を載せる必要があった、とのみ告げる。
西暦 394 年のことであった。
○
馮安の処分は、軍権および官位を剥奪、庶人として和龍(かりゅう)にて蟄居、というものであった。ただし和龍は魏との最前線である中山(ちゅうざん)、燕地流通の要である薊(しょう)という二大城塞に守られ、また和龍自体も堅固な守りを備えた城である。慕容垂の意図は明確であった。
馮安の目の前に、息子の馮跋(ふうばつ)が居住まいを正し、座っている。その燃え上がらんばかりの強き眼差しは、はて、誰に似たものか。
「跋よ。繰り返すぞ。もはや、燕は亡国。彼の国では拓跋珪(たくばつけい)になぞ、到底抗えまい。父として、お前をみすみす死地に飛び込ませるのは気が進まん」
慕容永滅亡の、翌年。
慕容垂は、息子の慕容宝(ぼようほう)に大軍を預け、魏軍に先制攻撃を加えた。しかし拓跋珪は慕容宝軍を自国深くにまで引き込んだ上、完膚なきまでに破砕した。史上、参合陂(さんごうは)の戦いと呼ばれる。
この大敗に怒った慕容垂は自ら軍を編み、反攻を試みた。しかし、そのさなかに、死亡。あとを継いだのは、敗軍の将、慕容宝であった。
慕容垂でようやく、五分。それが若き拓跋珪の将才である。到底慕容宝でどうにかなる相手ではなく、たちまち大いに攻め込まれ、都の中山を拓跋珪に囲まれている。
「燕帝は、父上に義をお示しくださいました。ならば、その息子である私が義もって応じることに、なんのふしぎがありましょうか」
「まったく、よく回る口だ」
「長子城での父上のお言葉は、いまだこの跋の胸にて息づいております」
「敗者の戯言よ、早々に打ち捨てよ」
「では、そのように振る舞いまする」
気炎、だけではない。如才のなさをも備えている。かくもしなやかな才気を、よくぞ、と思う。
ならばこそ、と言いそうになり、かぶりを振る。
馮安には馮安の生があった。ならば馮跋にも、馮跋の生がある。
「良かろう。ならば、この父よりふたつ、頼みがある。ひとつは、この父のもとにそなたの訃報を届けぬようにして欲しい。もうひとつは、」
ふと、慕容永の顔が浮かんだ。
やつの野望に早く気付けておれたならば、未然にやつを討ち果たしてさえおれたならば。詮無き振り返りである、しかし、馮安の心に刺さった棘は、死してなお外れるものでもないのだろう。
「――常に、自らの義に従い、戦って欲しい。この老骨のごとき悔恨に、お前には沈んでほしくはないのだ」
馮跋は平伏する。
「お言葉、深く胸に刻みまする」
その言葉を聞くと、馮安は大きくうなずき、安堵の嘆息を漏らすのだった。
○
燕入りした馮跋は、親譲りの武幹をもって魏よりの大攻勢をよくしのいだ。
とは言え、徐々に押し込まれ行くのは避けがたきことであった。やがて燕人らは慕容の主を見放し、新たな主を求めた。このときに馮跋が選ばれたのは、いかなるめぐり合わせであったことか。
馮跋の存命中、魏は最後まで燕地を侵せずに終わる。
馮跋死後の燕はやがて国威を衰えさせ、魏の傘下に下る。とは言え馮氏一門は魏に重んじられ、ひとりの娘が、ついには皇后の座を射止めさえする。
――文成文明皇后、馮(ふう)氏。魏は彼女の手により、最盛期を迎えることとなるのである。
執筆の狙い
戦争によってもたらされる多くの死を思うだけであまりにもキツかったため、その思いを吐き出すために書いたものです。
なお、過去にこちらにも掲載したことのあるもと原稿
https://kakuyomu.jp/works/16816927861163034395
から、フィンディルさんより頂戴したご感想
https://phindillnokanso.fanbox.cc/posts/4445504
を踏まえて改稿したものです。
改稿前、感想を踏まえるととんでもない文字数になってしまうので「ぜひ」とは言えませんが、よろしければ!