束縛事情
「綾香ぁ〜。今日のお昼、私と一緒に食べるよね?」
今日も、私は琴葉に呼び止められる。
「っ……あの、私も一緒に食べてもいい?」
おっとりした瀬奈が声をかけると、琴葉の表情がさっと変わった。
「はぁ?……まぁ、いいけど。」
さっきまで柔らかかった声色が、途端に冷たくなる。
琴葉は、相手によって態度を変える人だ。特に、私と瀬奈が一緒にいるときは。
その様子を、周りの子たちがちらちらと伺ってくる。居心地の悪さに、胸がざわついた。
「琴葉。私、瀬奈とも一緒に食べたいんだよ。……あ、そうだ!今日の放課後、カラオケ行かない?ね?」
「……わかった。約束ね。」
眉をひそめながら答えると、琴葉はかかとを鳴らして教室を出ていった。
正直、私は琴葉の束縛に少し疲れていた。
でも、こんなふうに強引にでも近くにいてくれる人は、彼女しかいない。
このときの私は、琴葉の存在の重みをまだ理解していなかった。
放課後。
制服姿のままスクバを抱えて、私たちはカラオケに入った。
すっかり顔なじみの店員さんに「青春してるねぇ〜」なんて笑われて、少し恥ずかしくなる。
「ねぇ琴葉、今日も点数対決しようよ!」
「……ふふ、いいね。負けないから。」
学校ではいつも私を縛りつけるような琴葉が、ここでは別人みたいに無邪気になる。
そのギャップに、私はなんとなく安心していた。
だけど——。
「ごめん、飲み物なくなっちゃったから、取ってくるね。」
ドリンクバーに向かう途中、私は偶然、瀬奈の姿を見つけた。
「……瀬奈?」
エレベーター前で、彼女は誰かに電話をしていた。
「うん……うん、もうすぐだから。大丈夫、あの二人は気づかないよ。」
私に気づいた瞬間、瀬奈は弾かれたように笑顔を作り、
「なんでもないよ〜、安心して!」と軽く手を振った。
けれど、その笑顔はどうしても「作り物」に見えてしまう。
胸の奥に、冷たいものがすっと流れ込んだ。
部屋に戻ると、琴葉が待っていた。
「遅かったね。……誰かと話してた?」
「う、ううん……」
言葉が喉につかえて、うまく答えられなかった。
そして——点数対決のフィナーレ。
私は歌いながらも、視線の端で瀬奈を意識していた。
その瞳は、琴葉ではなく、まっすぐに「私」だけを見つめている。
——あの優しい瀬奈が。
——どうして、そんな目で私を見るの?
不穏な空気を、歌声だけがかき消していった。
※ここからは、瀬奈のパートです。
「ごめん、琴葉。飲み物なくなっちゃったから、とってくるね。」
そう言って綾香が部屋から出た、瞬間。
「……あれ?綾香?」
私は偶然を装って綾香に話しかける。
「せ、瀬奈!? どうしてここに……?」
驚きで声が裏返る綾香。
学校では一緒に来ていなかったはずなのに、と思っているのだろう。
私は、にこっと柔らかい笑顔を見せた。
「えっと……たまたま。友達と来てて。綾香に会えるなんて、偶然だね。」
※ここからは綾香のパートです。
——偶然?
けれど、胸の奥に違和感が残った。
偶然にしては、あまりにも出来すぎている。
(どうして、ここがわかったんだろう……?)
瀬奈は紙コップを手に取りながら、私を覗き込むように視線を送ってきた。
「……琴葉と一緒なんだよね?」
「えっ……うん、そうだけど……」
一瞬、瀬奈の瞳に影が差した。
けれどすぐに、またにこやかな笑顔に戻る。
「そっか。……いいなぁ、私も混ざりたいな。」
笑顔なのに、心臓の鼓動が速くなる。
なぜか、背筋がぞくりとした。
私は曖昧に笑ってその場を離れたが、頭から「偶然」という言葉が離れなかった。
——そのとき私はまだ知らなかった。
筆箱の中のシャープペンシルに、小さなGPSが仕掛けられていることを。
数日後。
私は教室で、いつものように筆箱を取り出した。
すると、背後からふいに声がする。
「綾香、そのシャーペン、まだ使ってるんだね。」
振り返ると、瀬奈がいた。
にっこり笑いながら、けれど妙に食い入るような目をしている。
「えっ……うん。普通に気に入ってるから。」
「そう……よかった。だって、それ、綾香にすごく似合ってるから。」
言いながら、瀬奈はそっと私の手に触れた。
ぞくり、と鳥肌が立つ。
その夜。
帰宅してスマホを見ると、LINEが何件も瀬奈から届いていた。
『綾香、今日はちゃんと家に着いた?』
『ご飯は食べた?』
『さっきまで勉強してたでしょ?えらいね』
——どうして知ってるの?
背筋が冷える。まるで私の行動をすべて見透かされているみたいだ。
次の日。
下駄箱を開けると、中に小さな手紙が入っていた。
『綾香、琴葉といると疲れるでしょ? 私ならずっと楽にさせてあげられるよ。』
息が詰まる。
手紙を握りつぶしながらも、私は誰にも相談できなかった。
だって瀬奈は——表向きは、いつも優しい友達だから。
その優しさの仮面の下に、私しか知らない狂気が潜んでいることを、琴葉でさえ気づいていなかった。
綾香〜、昨日の授業ノート写させてくれてありがとう!」
翌朝の教室。瀬奈は明るい声で話しかけてきた。
周囲の子たちも「瀬奈ちゃんって本当、いい子だよね」と微笑む。
私は曖昧に笑って返す。
でも、心臓は妙に早く打っていた。
——だって、昨夜あんな手紙を受け取ったばかりなのに。
「綾香は優しいから、つい頼っちゃうんだ〜」
瀬奈は私の腕に軽く触れながら、楽しげに笑う。
その笑顔は完璧で、誰の目にも“親友の笑顔”にしか映らない。
……けれど。
私の耳元にだけ、囁くように小さな声が届いた。
「でもね、綾香。琴葉とばっかり一緒にいると……本当に疲れるでしょ?」
ぞくり、と背筋が冷える。
さっきまでの明るい声と違い、その声は甘く、ねっとりと絡みついてくる。
「大丈夫。私がいるから。綾香は、もう無理しなくていいんだよ。」
目の前の瀬奈は、誰が見ても優しい友達。
けれど私にだけ、仮面の下の狂気を少しずつ覗かせてくる。
——笑顔のまま、逃げ道を塞がれていく。
執筆の狙い
前回の続きです。コメント、よろしくお願いいたします。